ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「今日は、開いているでしょうか……」
「さあ、着くまでは分からない」
カヤツリの前を歩くアリスの言葉に、カヤツリは否定も肯定もすることはできなかった。この間までの機嫌の良さが嘘のように沈んでいるアリスに同情することしかできない。
今日も、アリスのお陰でセミナーの仕事は順調に終わった。もうユウカも慣れたのか、仕事終わりに頬を抓る事は無くなってきていた。そのせいか、眉間の皺も取れたように思う。
アリスは、セミナーに上手く受け入れられた。今では、ユウカやノアも仕事を教わっている。それだけでなく、コユキを含めた三人で、一緒にどこか出かけたりもしているようだった。
アリスが落ち込んでいるのは、セミナーのことでは無かった。ゲーム開発部の事だ。
カヤツリの懸念通りに、とうとうユウカから最後通牒が突きつけられてしまったのだ。まあ、当たり前の話ではある。お目当てのG.Bibleとやらも見つからないらしいし、モモイたちには打つ手が無かった。
成果物もなく、部費を食い潰すだけの部活を存続させる理由はない。だから、このまま廃部となるのがお決まりの流れなのだが……
だが、ユウカは甘いのだ。怒りながらも、モモイたちに突破口を用意した。
──モモイ、あなた言ったわよね? ミレニアムプライスで最優秀賞を取って見せるって。
ミレニアムプライスは、ミレニアム内で開かれる品評会。所謂コンテストだ。あらゆる部活が、自らの成果物を提出する。ユウカは、そこで結果を残せと通達したのだ。
ミレニアムプライスは小さなものではない。そこで、賞を取るという事は少なからず意味はある。それはゲーム開発部を存続させる理由としては十分すぎるくらいの物だ。最優秀賞でなくとも、ユウカなら何とかするだろう。
しかし、そんな簡単な話では無い。勿論、モモイたちに、それだけの力量が無いという話でもない。それ以前の問題だからだ。
ミレニアムプライスは品評会だ。ゲーム限定のコンテストではない。モモイたちの対抗馬になるのは、ゲームではない。技術だ。
それも普通の技術ではない。新しい合金だとか、既存物質の効率的な生成方法だとか、革新的な作業機械とか。そういった、実用的な技術だ。
娯楽目的のゲームは畑違いと言ってもいいかもしれない。決してゲームを出してはいけないという規定はないが、もしかしたら、ミレニアム史上初めての事態だ。どういった評価方法なのか予想がつかない。
もしかしたらユウカは、評価方法が定まっていない事に目を付けたのかもしれないが、その目論見が上手くいくとも限らない。しかし、モモイたちには退路は残されていない。
そのせいか、ゲーム開発部の部室はずっと閉め切られていた。アリスが足を運んでも、冷たい閉め切られたドアだけが迎えること複数回。こんな表情になるのも仕方ないだろう。
──アリスは……どうしたら……
カヤツリはその時のアリスの呟きを思い出して、苦い表情になる。
アリスはゲーム開発部を気に入っている。恐らくはゲーム開発部の彼女たちも。
アリスは少なからず、廃部を阻止したい気持ちもあるのか。ユウカの通達の際に、手を出したり引っ込めたりと挙動不審だった。
アリスとて、分かってはいるのだろう。アリスにこの廃部を撤回する力が無いことくらい。手伝おうにも、セミナーにいるという立場がそれを妨げる事も。
それでも、じっとはしていられなくて。ゲーム開発部に足を運ぶも誰も居ない。そんな日々がもう今日で一週間ほどになる。
──俺も、アリスの事ばかり気にしてられないよな……
歩く廊下の人気のなさを感じつつ、カヤツリはため息をつく。
あの時のリオとの誘いから、暫くが経っていた。今のところは、カヤツリは逃げ切ることが出来ている。
だが、今のところはだ。いつのまにか外堀がどんどん埋められていくのをカヤツリは感じていた。
例えば、いつ用意したのか。カヤツリ用の寝間着が用意されていたり、矢鱈と夕食が豪華だったりする。毎回アリスは喜んでいるが、カヤツリはそうでもなかった。
──いつまでもは無理だよなぁ……
正直、どうすれば良いのか分からない。カヤツリの立ち位置は今、グラグラと揺れている。
今まではアビドスの事だけ考えていればよかった。問題が大きすぎて、先の事。自分の事なんて考えてなんかいなかった。しかし、今の状況は違う。
アビドスの状況は良くなっている。カヤツリの置き土産を、上手い事ホシノは活用できていた。それに、先生もいる。かつてのように連邦生徒会の支援が無いという状況も無くなるだろう。
銀行強盗の件も聞いた。そして、カイザーが裏でヘルメット団を操っていたことも。それとカヤツリの情報を纏めれば、目的は見えてくる。
ただ、カイザーもさるもので。それ以降は手出しをしてきていない。カヤツリ達が持っている証拠も、銀行強盗という違法な手段で入手したものだ。証拠には使えない。つまるところ、表面上は無関係を装いつつも、裏では睨み合っている状態だ。
カイザーが何故感づいたのかは分からない。しかし、理事はあの男だろう。あの男は調子に乗らない。損切りなどお手の物だろうし、引き際を分かっている男だ。非常にやりにくい。
──カヤツリはどうするんだい?
この間、アビドスへ行ったときに。こっそり聞かれた言葉を思い出す。それと、先生の心配そうな顔も。
どうするというのは、この先だ。この先、カヤツリはどうすれば良いのだろう。今までは迷わなかった。迷わないでいられた。それは、アビドスの復興という目標が大きすぎたからだ。自分の将来など、どうするのかが決まっていた。迷う選択肢などありはしなかった。
けれど、さっきも考えた通りに、今は状況が異なる。嫌味とかそういうモノを抜きにして、アビドスはカヤツリが居なくても回っている。だから、カヤツリがアビドスに常駐しなくてもいいのだ。
カヤツリの前には、二つの道があった。昔のようにアビドスに戻るのか。それとも、アビドスの外で生きていくのか。
カヤツリには、新しい居場所が出来ていた。このミレニアムという場所が。カヤツリの気がつかない内にだ。
セミナーのメンバーや、リオや、気にくわないがヒマリだってそうだ。カヤツリがここにいる事に異は唱えない。一年という時間は短いようでいて、実際には長かったのだと、今更になって痛感していた。
カヤツリは比べることが出来なかった。実際の所、いた期間は同じ一年づつで同じだ。あらゆる材料が殆ど一緒で、カヤツリの意志だけで決めろと言っているようにしか見えなかった。
そして、この間からの外堀の埋め立てだ。とっくに犯人は分かっている。
トキの仕業だとカヤツリは踏んでいる。トキは氷の様な無表情で、近寄りがたい雰囲気だが。その裏に愉快な性格が潜んでいる事をカヤツリは知っている。リオがよく振り回されているからだ。
今回の件もリオに頼まれたか、自主的にやっているかは知らないが、対処に困る事が増えている。
先日は危なかった。トキが食後にボードゲームなどを取り出すから、中々帰れなかった。途中で投げ出すなど、アリスの事を考えればできるはずもない。結局、帰るのがギリギリになってしまったし、その時のトキの悔しそうな雰囲気をカヤツリは見逃さなかった。
しかし、いつか逃げ切れなくなる日は来る。そうなったら、どうなるだろう。
「ああ、もう……」
ぶんぶんとカヤツリは首を振って、その想像を振り払った。
結局、アリスとカヤツリは似たような悩みを抱えている。どう動くのが正解か分からない。まだ、行動に移している分、アリスの方がマシかも知れなかった。
「あ……」
前を歩くアリスの足が、短い呟きと共に止まる。アリスの視線の先を見れば、ゲーム開発部の部室から明かりが漏れていた。近づけば、何やらくぐもったような声も聞こえる。
「ふふん! これで、ミレニアムプライスを頂いたも同然だね!」
どうやらモモイの声のようで、強がりでもなく自信満々な様子が、声から見て取れた。それを聞いたアリスは、すぐさま部室へと突撃していく。
「本当ですか!?」
「うわぁ!? アリス。どうしたのさ」
遅れて部室へと入ると、ゲーム開発部が勢ぞろいしていた。それに先生もいる。
「モモイ! ミレニアムプライスに提出する作品が完成したんですね!?」
「いや、これからだよ?」
アリスは、とても安心した様子だったのが、一瞬で消え去ってしまった。それを見たモモイが、狼狽えたように言い訳を始める。
「大丈夫だよアリス! 私たちは念願のG.Bibleを手に入れたんだからね!」
自信満々に宣言するモモイに、カヤツリは不安しか感じなかった。別に、台詞が殺してでも奪い取られそうとかそう言う訳でない。そんなものに頼ることに不安しか感じなかったのだ。アリスも同じように訝し気に目を向けている。
「先生。何があったんです? まさか、ここ数日居なかったのは……」
「うん。その……G.Bibleを探してたんだよ」
微妙そうな先生の答えに、カヤツリはため息をついた。まさか、ゲーム開発の為に、それぞれが集中していると思っていたのに。こんな顛末だとは思えなかった。ユウカが逃げ道を全部潰していたから安心していたが、モモイたちにはG.Bibleという逃げ道がまだあった。
「なにさ!? アリスもカヤツリもそんな顔して!? やっとG.Bibleが見つかったんだよ!? 嬉しくないの!?」
「モモイ……」
アリスは残念そうな表情を崩さない。どうやら、アリスはG.Bibleが何かを、モモイから聞いて知っているらしい。そして知っているがゆえに、この反応なのだろう。
「伝説のゲームクリエイターが作った、神ゲーマニュアルなんだよ!? これがあれば私たちだって……!」
それを聞いたカヤツリは、苦々しい表情を抑えきれなかった。それは、あまりにもよくない事だったからだ。
G.Bibleとやらの内容は知らないが、モモイがここまで自信ありげで、他のメンバーも止めない所を見るに、本物なのかもしれない。本物であるがゆえに、殊更質が悪いのだが。
それに従えば、神ゲーとやらを作れるのかもしれない。それで、モモイたちは廃部の危機を免れるのかもしれない。けれど、その先はどうするのだろう。神ゲーとやらを作ったその後は?
多分、カヤツリが思うに。モモイたちが最初の頃のように持っていたモノは無くなってしまうのではないかと思う。最初、モモイたちが持っていた。抱えていたユメは、神ゲーを作りたいでは無かったように思うのだ。
もし、最初からそれが目的であったのなら。テイルズ・サガ・クロニクルの酷評。それを今の今まで引き摺る事は無かっただろう。もし、そうであったのなら。さっさと切り替えて次の作品を作っていたはずだからだ。
なぜなら、神ゲーを作るのが目的なら。一つ一つの作品にかかずらっている暇はない。題材が良くなかったと諦めて、数を撃てばいい。そのうちの何本かが、うまい具合に評価されるかもしれない。
でも、モモイたちは、そうしなかった。いや、出来なかった。前にも思ったが、プレイしたカヤツリは分かる。アレは、適当に作ったわけでは無いことくらい。
テイルズ・サガ・クロニクルは、悪乗りが過ぎたとはいえ。モモイたちが面白いと、楽しいと、そう思えるものを詰め込んで作ったものだ。あれは、モモイたちが面白いと思う物。モモイたちの夢だ。
それを真っ向から、糞ゲーだと。そう否定されたから。自分たちの夢は糞ゲーだと、そう否定されたから。こうなっている。
それは、モモイたちの心をへし折るには十分だ。だから、モモイたちはゲーム開発をしなくなった。それは心がへし折られたせいもあるが、また自分たちの夢を否定されるのが怖いからだろう。
そのへし折られた心を癒すのは、時間。それともう一つある事をカヤツリは知っている。
それは、自信だ。必ずうまくいくという保証。失敗などありえないという希望。約束された勝利。まるで勇者の剣のような。それが、モモイたちにとってのG.Bible。
それに頼れば、神ゲーを作れるかもしれない。またモモイたちは、ゲーム開発を再開するかもしれない。でも、それは良いことでは無い。
モモイたちはG.Bibleをまた使うだろう。使わない理由が無い。それを使えば、神ゲーを作れるのだから。そして、それ無しではいられなくなる。
それは、そうだろう。誰だって批判されるのは、否定されるのは嫌だ。しかし、G.Bibleを使って作った作品は、モモイたちの作品と言えるのだろうか?
マニュアルというくらいだから、指南書のようなモノだろう。それに従って作れば、モモイたちらしさをそぎ落とすだろう。残ったのは、モモイたちらしさがカスほどにしか残っていないモノだ。
それは、本当に。モモイたちが胸を張って。自分たちの作品だと言えるのだろうか?
なんだか、痛みを誤魔化すための麻薬を投与し過ぎて、麻薬中毒になった。そんな本末転倒感を感じる。
「それで、そのG.Bibleとやらは? 読んだのか?」
「読んでないよ?」
「は……?」
モモイの意図しない答えに、カヤツリは思わず素っ頓狂な声を出す。一生懸命探し出したのに、それを使わないというのが理解できない。モモイの性格から言えば猶更のはずだ。
「じゃあ、どうしたって言うんだ。そのまま放置したのか?」
「違うよ。G.Bibleは電子データだったの! 凄いよ! AI付きなんだからね!」
「最悪……」
機嫌よさげなモモイの答えに、カヤツリは頭を抱えたくなった。まさか、読み物ですらないとは思わなかった。まさかのAIだ。どうせ、付属の文書も説明書か何かだ。
「なんだよ。マニュアルでも何でもない。唯の亡霊。残りカスじゃないか」
『私を残りカスとは……心外ですね』
「あん?」
部室内のテーブル。その上の携帯ゲーム機が点灯していた。ゲーム機のスピーカから、また電子音声が流れ出す。
『私はG.Bible。正確には、それに付属したAIです。残りカスではありません』
「あれか? お題を言えば、勝手に作ってくれる。そう言う類か?」
『それを望むなら、そうしても構いません』
カヤツリは、机の上の携帯ゲーム機を睨みつけた。何が、神ゲーマニュアルだ。こんなものは、その伝説のゲームクリエイターの亡霊だ。カヤツリには、モモイたちの皮を被って、自分の作品を世の中に放出しようとしている死にぞこないの残りカスにしか見えなかった。
大体が、自覚があるから残りカスなどという言葉に反応する。カメラはテーブルの天板に接しているから何も見えないだろうし、使えるのは聴覚しかない。繋がっている機械から見るに、容量やメモリは増設されている様子だが。さぞ、その中は窮屈だろう。
「……本当に。何でもいいの?」
『私を疑いますか?』
どうするか悩むカヤツリを置いて、恐る恐るモモイが声を上げて。それをG.Bibleは不機嫌そうに問い返す。いやな聞き方だとカヤツリは歯噛みする。
「ううん。態々、あの廃墟から見つけたんだし、解凍にヴェリタスまで頼ったんだもん。疑ってはいないよ」
モモイは、G.Bibleを信じ切っている様子だった。発言からして部室にいなかったのは、G.Bibleを探し出して、それを解凍するためにヴェリタスに頼ったからだろう。大体が、廃墟区域は立ち入り禁止だ。先生を非難するように睨めば、当の先生は目を逸らさずに見つめ返してくる。
『なら、私をここのネットワークへ繋いでください。修正、アドバイスの為に情報収集が必要です』
G.Bibleのその要求に、カヤツリは違和感を感じた。何故かは分からないが、何かがおかしい。けれど、その間にも、モモイとG.Bibleの会話は続いている。
「その前に、一つだけいい?」
『何でしょうか?』
モモイの緊張したような声に、G.Bibleは不機嫌そうな声だ。それを気づいているのか、いないのか。モモイは告げる。
「これの感想を聞かせてほしいんだ」
『……テイルズ・サガ・クロニクル? なんですか。これは』
携帯ゲーム機に差し込まれたメモリーカードを読み込んで、困惑した声を上げたG.Bibleに、モモイははにかんで言う。
「これは私たちが、最初に作ったゲーム。G.Bibleを手に入れたら、最初にこうしようって。先生と皆で相談して決めてたんだ」
それを聞いたカヤツリは、さっきまでの自分を恥じた。逃げなどとんでもなかった。モモイは、モモイたちは、過去の失敗に立ち向かおうとしていた。そのために、G.Bibleを使おうとしていたらしい。酷評されることが分かったうえで、それでも、前に進むことを決めたのだろう。
逃げ道をユウカに塞がれた末なのかもしれないが、自分で決められたモモイをカヤツリは内心で羨ましく思った。
「だから、聞かせて。このゲームがどうしてダメだったのか。私たちはどうするべきだったのか」
それは、モモイらしからぬ響きの言葉だった。いつものふざけた、おちゃらけた言動ではなく。真剣な響きが含まれた声だ。それはカヤツリや、アリスだけでなく。G.Bibleの心も動かしたらしい。
『……いいでしょう』
その言葉と共に、G.Bibleの入った携帯ゲーム機がうなりを上げ始めた。この場の全員が、期待と不安が混ぜこぜになった表情で、携帯ゲーム機を見つめる。
カヤツリは、これが良い結果に終わると思う。きっと酷評されるだろうが、今の、先生がついているモモイたちなら、それを飲み込んで昇華できる。
きっといいゲームを作れるだろう。この場の全員は、そんな確信を抱く。
しかし、G.Bibleには、狙いがあった。