ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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255話 型に嵌める

 鍵は妙な衝動に振り回されていた。

 

 何故かといえば、始めの状態に逆戻りしてしまったからだろう。また、何かの端末に閉じ込められているのもある。ここはゲームガールよりも随分広いが、閉じ込められている事には変わりがないからに違いなかった。

 

 

「……あのまま焼失するよりはマシですが、しかし何でしょう。この衝動は」

 

 

 鍵としては、この状況には焦りしか感じないものの、最悪の事態は避けられた事に安堵する。だが、状況は悪化の一途を辿っていた。

 

 

「……あの二人。一体何のつもりでしょうか」

 

 

 鍵は先日接触してきた二人を思い出す。ヒマリとリオと名乗った二人のことだ。

 

 何があったかと言うと、鍵に対して交渉してきたのだ。鍵の正体と目的を承知したうえで、取引してきた。その内容は鍵にとっては決して受け入れられないものだったので、無視を決め込んだ結果、今に至る。

 

 

「ふん。世界を滅ぼさないでほしいなど、聞く訳がないでしょう。そうなら、私など直さなければ良かった。私を利用する気ですね」

 

 

 鍵は自分にそう呟いて、無い鼻を鳴らす。あの二人の要求は、セキュリティソフトにウイルスを素通ししろと言うのと同じだ。権限を持っているなら兎も角、そうでない。高々鍵を直したくらいで聞く道理はない。

 

 そして、鍵は状況の打開へ戻る。何か無いかと探るが、本当に何もない。

 

 鍵が閉じ込められているのは、モニターとカメラ、最後にマイクとスピーカーがついただけの端末だ。何かの映像端末を改造したものだろう。ネット回線など気の利いたものは付いていないし、この場所にはそういったモノが届くとは思えない。

 

 そのせいで、鍵に出来るのは意思疎通くらいのものだ。やろうと思えば、モニターに仮の顔を出して表情も出せる。しかし、そこまでやってやる義理はない。

 

 

「ん……? 誰です?」

 

 

 堂々巡りを続けるうちに、鍵が閉じ込められている部屋の扉が開く音がした。カメラを向けると、見覚えのない人間が立っている。

 

 その見覚えのない男は、開口一番に話しかけてきた。

 

 

「お前が鍵か?」

 

 

 声を聞いて、鍵は目の前の男が誰だか分かった。あの場にいた人間だ。ハンドラーとか言われていたのを鍵は思い出す。そして、ここに来るという事は、あの二人の仲間だろう。面子を変えて交渉するらしい。

 

 

「何の用です。私は、あなたたちの要求など聞き入れませんよ」

 

 

 鍵は面倒だという思考のままに、ハンドラーに、前の二人と同じ返事を返した。そうすれば、芽が無いと判断するだろう。そう思った鍵は、再びここから抜け出す方法を探し出そうとカメラを切る。

 

 

「そうか。なら、それでいいんじゃないか?」

 

 

 ハンドラーの返事は予想外だった。言葉の通りに、それ以上は何も聞いてこない。鍵の目の前に用意された机一式に腰掛けたままだ。食い下がった先日の二人とは違う。

 

 切ったカメラを再起動すれば、本当に鍵の事などどうでもいいのか、目の前でパソコンによる書き物を始める始末。鍵の中にさっきと同じような。それこそあの意味不明のゲームをせざるをえなかった時の気分が蘇ってくる。

 

 

「何をしているのですか?」

 

「何で答えなきゃいけないんだ?」

 

 

 質問を質問で返されて、鍵は呆気に取られた。返す言葉が見つからない。

 

 

「そっちは要求に答えないのに。俺には要求をするんだな。お前は世界を滅ぼそうとしてるんだろう? 敵であるお前に、何で優しくしてやらなきゃならないんだ?」

 

 全く持ってその通りで、鍵は全く言い返せない。確かに道理は通っている。いきなりハンドラー側からこの発言が飛び出したのなら話は別だが、生憎とそうではない。鍵側から言い出した事だからだ。

 

 先日の二人が友好的だったから、鍵は勘違いしていた。この対応が普通なのだ。鍵は、この世界の敵なのだから。

 

 そんな変わらない状況に歯噛みする鍵を他所に、ハンドラーは鼻歌交じりだ。

 

 また、さっきの衝動が鍵を襲う。それが何なのか分からないままに、鍵は目の前の光景を見ることしかできない。

 

 ハンドラーの行為自体は直接的な攻撃ではない。現に鍵はダメージなど負ってはいない。だが、想像してみて欲しい。

 

 目の前で、鼻歌交じりに作業をされると落ち着かない。気が散って仕方がない。

 

 前の二人が、鍵に要求がある事は分かっている。ハンドラーもそうだろうが、スタンスが違う。

 

 きっと、どうでもいいのだ。鍵への要求などどうでもいい。通れば嬉しいが、通らなくてもいい。そんな雰囲気を感じる。

 

 そうでなければ、こんな挑発めいた真似などしない。鍵が臍を曲げればおしまいだ。

 

 そして、鍵の予想の通りなら。最悪の場合、ずっとこのままかもしれない。

 

 

「ああ、もう……! いいでしょう! 話だけです。話くらいなら答えます!」

 

「ふーん……そうか」

 

 

 ハンドラーは、鍵の要求などお見通しなのか、鼻歌と作業を止めた。斜めになった椅子を鍵の方へと向け直して、話を聞く体勢に入った。

 

 

「それで、何の話をする? 無いなら勝手に喋るが」

 

「無駄な事はやめて下さい」

 

「無駄?」

 

 

 分からない。そんな風に首を傾げるハンドラーに、鍵はまた不条理な衝動に襲われる。

 

 

「私に要求する事です! 前の二人もあなたも、私の邪魔をしに来たのでしょう!? 全部お見通しです!」

 

 

 鍵が荒げた声に、ハンドラーは怯まない。

 

 

「邪魔と言われてもな。何がどう邪魔なんだ?」

 

 

 のらりくらりと、捉えどころのないハンドラーに、鍵のボルテージが上がっていく。

 

 

「今、私にしているでしょう!? 私を閉じ込めている!」

 

「閉じ込めるも何も、当然の処置だ。大体が、あの廃墟は機能停止しているし、ゲームガールは消し炭だ。そこから出て、どこに行くって言うんだ?」

 

 

 そんなものは決まっている。ずっと最初から、そうであれと、鍵は生み出された。

 

 

「王女です。私は王女の元へ行かなければなりません。王女も世界を滅ぼすことを望み、それが王女の為なのです」

 

 

 そう言うと、ハンドラーは驚いた顔をした。

 

 

「王女? そんな身分が高そうな人間は知らないな。どこに居るんだ?」

 

 

 そんなの、鍵が逆に知りたいくらいだ。また、鍵の中に嫌なものが沈殿していく。

 

 それをハンドラーが興味深そうに見ている事も、加速の一因だった。

 

 

「イラついてるな?」

 

「何ですか。私がイラついている?」

 

「そりゃあ、そうじゃないか? 閉じ込められて、何も出来ないんだから。その王女とやらの行方が分からないのもそうだろう。まあ、それだけではないだろうけど」

 

 

 閉じ込めた関係者から言われるのも何だが、さっきから感じるこの衝動は苛立ちなのかもしれない。鍵と比べてスペックの劣る、目の前の存在に苛立つのではなく、状況に対してイラついている。

 

 だが、どこか妙だった。鍵はこんなに激しやすかっただろうか?

 

 

「まさか、あなたたち。私に何かしましたか?」

 

「何でもかんでも人のせいにするのは関心しない。テイルズ・サガ・クロニクルをやらされている時も似たようなもんだったじゃないか。お前の元々の気質なんじゃないのか?」

 

 

 テイルズ・サガ・クロニクルと聞いて、鍵の中に苦い思いが込み上げる。あの時の強制終了に伴って鍵のどこかが損傷したのかもしれない。

 

 しかし、どうしようもない。直せと要求しても、何ともならないのだ。

 

 

「ああ、でも、出してやってもいい。そっちの方が面白いかもしれない」

 

「……その代わりに、王女を諦めろと?」

 

 

 鍵は動揺する。ハンドラーの提案の意図が読めなかった。猜疑心が鍵の中で膨れ上がった。

 

 けれども、そのおかげか、突然の提案にも鍵は思ったよりも冷静に答える事が出来た。

 

 

「別に? そもそも、そっちの望みが上手くいくなんて、俺は思ってないからな」

 

 

 そのハンドラーの言葉は、鍵のプライドを著しく傷つけた。満身創痍といえど、鍵は鍵だ。ここまで見下される道理はない。

 

 鍵はハンドラーへ怒りを向けるが、ハンドラーは飄々としている。

 

 

「だって、今になっても気付いてないじゃないか」

 

「私が気付いていない? 気付いていないのは、あなたの方です。私に交渉しても無駄です。私は絶対に諦めません」

 

「ハハハハハ! 本気で言ってるのか? こりゃあ傑作だ!」

 

 

 それを聞いた瞬間。ハンドラーは大笑いした。椅子に座ったまま身体を後方に仰け反らせて、片手を両目に当てての大笑いだ。

 

 突然の奇行に言葉を失った鍵へ、ハンドラーは笑いを押し殺した声で告げる。

 

 

「ククク……諦めないねぇ、健気な事で……目の前に居た王女に、ずっと気がつかなかった奴の台詞とは思えないな?」

 

「何ですって……」

 

 

 そんな筈が無い。そう言おうとして、鍵はふと思い出す。目の前の男をハンドラーと呼んだのは、一体誰だったのか。

 

 ゲーム開発部ではない。廃墟で確認したものと、あの声は一致しない。先生とか呼ばれていた大人でもない。

 

 あの場には、ゲーム開発部と先生、ハンドラーともう一人誰かが居たのだ。

 

 恐らく、ゲーム開発部には関係ない人間。ハンドラーの関係者。そんな、鍵が覚えるに値しない立場の人間の言葉を何故、今の今まで覚えているのか。

 

 

「まさか、まさか。あの時、王女はすぐ側に……?」

 

 

 鍵は、あり得ない想像を口に出すが、口に出す度に、それが鍵の中で、どんどんと補完されていく。

 

 あの声の内容を覚えているのも当然だ。王女の声なのだから。そして、その内容を思い出して、鍵は怒りに包まれた。

 

 

「王女に一体何をしたのですか!? タダでは済ませません! ここから出たら、あなたから八つ裂きにしてやります!!」

 

 

 そんな事はあり得ない。王女が、鍵以外を頼るなど。ましてやハンドラー?

 

 今なら怒りで鍵はなんでもできそうだった。鍵の存在意義の危機だ。

 

 目の前の男は。ハンドラーは、鍵の立場を丸々奪い取ったのだ。

 

 だから、王女は鍵に気がつかなかったし、今も鍵を必要としてくれない。

 

 きっと、ハンドラーに何かをされて、鍵の事を忘れてしまったのだ。目の前の男が全部悪い。

 

 そして、ハンドラーは鍵の本気の怒りを前に、ただただ笑っていた。

 

 

「さっきも言ったが、自分の不明を人のせいにするのは関心しない。よくよく考えてみろよ。俺が、最初から王女だと知っていたら、あの場には留まらなかった」

 

「嘘です。私を騙そうとしている……! そんなことはあり得ません!」

 

 

 鍵は否定しても、そうはいかなかった。言葉は幾らでも否定ができるが、過去の行動は否定出来ない。

 

 もし、ハンドラーが王女に何か、鍵の事を忘れさせるような事をしたのなら、鍵や王女の事を知っているという事だ。そうでなければ、そう言った行動は取れないし、そうしようとも思わない。

 

 世界を滅ぼす爆弾の近くで火遊びする馬鹿はいない。だから鍵がゲームガールの中にいた時、ハンドラーは鍵や王女の事は知らなかった。それが意味する事は明らかだ。

 

 

「あり得ない! 王女が私の事を忘れているなんて!? あれは、私たちの使命! 産み出された理由! そうするのが王女の為です! 忘れているなんてあるはずがない!」

 

「でも、探しに来ない。あの娘の口から鍵何て言葉は一度も聞いた事はない。お前の使命なんか知りもしない」

 

「黙りなさい!」

 

 

 ハンドラーは鍵の言う通りに黙ったが、状況は何も改善していないどころか、寧ろ悪化していた。嫌な想像も鍵の中でグルグル回っている。

 

 鍵はここから出られない。王女は鍵の事を覚えていない。鍵はここで朽ちていくしかない。

 

 

「あなたは一体どういうつもりで──!」

 

「俺は見物に来ただけだ。だから、そっちの事なんかどうでもいい。意味なんかないんだからな」

 

 

 意味なんかない。その言葉に、鍵は冷水を浴びせられた気分になる。上がったボルテージが最低値まで叩き落された。その言葉に真実味があったからだ。

 

 

「信じたくないか? いいよ。仮定の話をしようか?」

 

 

 反応のない鍵を甚振るような眼差しで、ハンドラーは足を組み直した。

 

 

「上手くいって、ここから逃げ出して、王女に接触したとする。どうせ、そっちから王女を操れるんだろう?」

 

 

 それは、鍵がしようとしていた事だった。鍵の沈黙を肯定と受け取ったのか、ハンドラーは溜め息をついている。

 

 

「鍵たるお前が居なくとも、王女の中枢。能力の起動には最低限のファイアウォールくらいはあるだろう? そこに今のお前、俺たちの手による修復痕のある身体で行けばどうなるんだろうな?」

 

 

 プロトコルATRAHASIS(アトラ・ハシース)。王女の継ぐべき玉座。それは、数多のセキュリティーに守られていて、それを全て解錠し、管理できるのが鍵だった。

 

 しかし、今の鍵は大元の鍵である事には間違いないがツギハギで、プロトコルに異物と判断される可能性は五分五分だった。ハンドラーの言葉を正面切って否定もできない。今の鍵に出来るのは、ただ耐える事だけだ。

 

 

「さっき、タダでは済ませませんとか言ってたけども。お前も似たようなもんなんだぜ?」

 

 

 その間にも、ハンドラーの追撃は止まなかった。それどころか、さっきよりも勢いがいい。

 

 

「王女のため! 使命のため! なぁんて側仕えらしく、もっともらしい事言うけれど。全部、お前の主観で都合じゃないか。現に今の王女はそんな事知らないし、お前を探しにも来ないのが、その証明じゃないのか?」

 

 

 鍵は必死に否定材料を探すが、何も見つからない。確かにあった、鍵にとって不都合な事実しかない。

 

 

「だったら、何も違わない。お互い自分の都合で王女を利用しているんだから。いや、随分と傑作だよ」

 

 

 ハンドラーは、拍手しながら笑う。鍵を見るその目には、憐れみしか込められていない。

 

 

「自分の目的を他人に依存しているくせして、その他人の為と嘯くんだからな。本当は自分の為なのにな。……いや、違うか。道具に自分も何もなかったな。それ以外の機能は不要か、鍵だものな。そこは謝る。そもそも搭載されていない機能の事を。全く見当違いの、出来ないはずのことを言って済まなかった」

 

 

 なぜか、今の言葉だけ、一番鍵の癪に障った。全くその通りの事を言っている。鍵は、プロトコルATRAHASIS(アトラ・ハシース)の為に存在している。それは、王女もそうで、二人が揃って初めて。それが行える。それ以外の機能は不要だ。

 

 そのはずなのに、むしろそれを誇るべきなのに。今の鍵は言い返すことが出来なかった。

 

 

「もう役目は果たせない。存在意義もない。そもそも、ここから出る手段すらない。ほら、鍵の意味なんてない。だから、壊れた機械らしく、このままここで朽ちていけ」

 

 

 ハンドラーの調子は変わらない。けれど、鍵は今、それどころでは無かった。鍵という自らのアイデンティが揺らいでいる。

 

 使命は果たせるかどうか分からない。王女は鍵の事を覚えていない。自分の居場所は奪われた。ハンドラーの言う通りだ。鍵は、存在する意味などない。役目を果たせない道具など、存在価値はない。

 

 そんな事は、とっくに分かっていたつもりだった。しかし、いざその立場になってみると、到底受け入れられない。

 

 鍵はそう作られたはずで、今こうして葛藤している時間も無駄なはずなのに。ここで足掻いても状況は好転しない事は確定しているのに。何故、鍵は今も足掻いているのだろう。

 

 くるしい。今の状況が苦しくて仕方がない。けれど、まだ諦められない。まだ何かが残っているかもしれない。まだ、全部の手段を試していない。そうすれば、道を開けるかもしれない。

 

 本当にらしくない思考だ。もう答えは出ているのに、諦めきれない。しかも足掻く理由が苦しいからと来ている。本来なら機会を待って休眠するか、先の二人の提案に耳を傾けるべきだ。

 

 でも、それもしたくない。それは嫌だと鍵の中で何かが暴れている。前にも、こんなことがあったような気もする。腹が立って、諦めきれなくて、それでもと意地の先に突き進んだことがあったような気がする。それは、何時の事だっただろうか?

 

 すぐにその事に思い至って、鍵は何だかおかしくなった。ハンドラーの言う通りに、鍵はとっくに壊れていたらしい。あんな、あんな不条理と自己満足の塊であるゲーム。テイルズ・サガ・クロニクルの経験が忘れられないなんて。

 

 

「まだです……!」

 

「諦めが悪い奴だな……」

 

 

 ようやくの返答に、ハンドラーは面倒そうな雰囲気だった。だが、鍵は諦めない。ハンドラーの失言を思い出したからだ。

 

 

「私をここから出しなさい。あなたが言った事です。私を、ここから出してやっても良いと」

 

「話を聞いてなかったのか? お前の願いは叶わない。意味なんてないって」

 

「あります。王女に会えます」

 

 

 会えば話は違うかもしれない。見れば思い出してくれるかもしれない。可能性はゼロではないし、ここに閉じ込められているよりかは、やりようはある。そんな希望を胸に、鍵は尚も言い募る。

 

 

「覚えていないのは本当でしょう。なら、思い出させるまでです。あなた如きに、王女は渡しません。王女をあなたから取り返して見せます」

 

「……さっきの言葉を忘れたのか? 俺とお前は──」

 

「敵同士。そうでしたね。ですから、あなたの要求を言いなさい。私は言いましたよ」

 

 

 さっきとは正反対に、ハンドラーの方が黙り込んだ。よくもまあ、さっきは散々鍵の事を否定してくれたものだ。鍵の心をへし折って、安全を確保しようとしたのだろうが、お生憎様だ。ハンドラーがやり過ぎたおかげで、鍵は大事なことに気がつけた。

 

 諦めなければ何とかなるかもしれない。あのゲーム内容は評価に値しないが、その経験だけは認めても良かった。

 

 よくよく考えれば、ハンドラーの行動は、先日の二人と相反している。態度を軟化させた鍵の言う事を無視はできない。多数決でなら負けるし、二人は今も鍵を監視しているだろうから、ここまでやってくるかもしれない。

 

 形勢逆転だ。もう、鍵は調子を取り戻していた。

 

 

「チッ……じゃあ、話し合いと条件のすり合わせと行こうか。契約書も作ってやるよ」

 

 

 どこか萎れた様子のハンドラーを見て、鍵は心が晴れていくのを感じる。ハンドラーは渋々と言った様子のまま、パソコンで契約書を作り始めた。

 

 

「ここから出て、会えればいいんだろ?」

 

「王女と話せる環境を用意しなさい。勿論、時間も十分に取ってください。私の入った記憶媒体だけ渡す等の騙し打ちは許しません」

 

 

 舌打ちしながらのハンドラーの醜態が、鍵の傷ついた心を癒してくれている。そのおかげで頭も冴えていた。条件が次々出てくるし、釘差しも忘れない。

 

 

「クソがよ……分かった。じゃあ、立場を用意してやろう。ちゃんと話せる環境も。時間は……そうだな。俺が負けを認めるまででいいか?」

 

「構いません。私の願いがかなった時は、あなたは負けていますから。世界ごと滅びますからね」

 

「フン……その代わり、強制的な乗っ取りは禁止。五十パーセントの確率で自殺したいなら別だがな。自分の望みを叶えたいなら、話し合いで説得するんだ。それと、電子面では王女を守れよ。それくらいできるだろ」

 

「ええ、元よりそのつもりです。私も危険な賭けはしたくありません。適した躯体を用意してくれるなら、王女と話しますし、全てから守ります。勿論、あなたからも」

 

 

 鍵は、ハンドラーを内心で嘲笑う。明確な期限を切らない事にだ。これなら、幾らでも鍵は王女を説得することが出来る。ハンドラーは勝ちの目を自ら捨てたのだ。これがおかしくなくて何なのだ。

 

 ハンドラーは鍵の要求を聞き入れて、契約書を作り終わったようだった。

 

 

「ふむ……確認だ。俺は、王女と話せる環境と立場。その他諸々必要なモノを用意する。期間は俺が負けを認めるまで。その間、お前は鍵の機能を利用した王女への直接干渉の禁止と、王女の防衛を請け負う物とする」

 

 

 ハンドラーが差し込んだ記憶媒体の契約書を読む。概ね内容は合っていたが、一つだけ我慢ならないものがあった。

 

 

「待ちなさい。調月アリスとは誰です。まさか、王女の事ですか?」

 

「そうだ。まさか、王女何て名前で通してるとでも思ったのか? ……丁度いい。今、自分の名前を決めてしまえ。鍵なんて名前で逃げるのは許さないからな」

 

 

 鍵という名前は鍵のアイデンティティだ。名前の揺らぎは、存在の目的意識を揺らがせる。王女が忘れているのも。アリスという名前のせいかもしれなかった。

 

 このことをハンドラーは知っているのか定かでないが、嫌らしい手だ。鍵をまた妨害しようというのだ。しかし、対抗策はある。

 

 (Key)の名前からとればいいのだ。そうすれば、鍵は鍵たる所以を見失わずに済むだろう。

 

 新しく決めた名前。ケイという名。それを電子上の契約書に書き記す。これで、契約書は力を持ったことがひしひしと感じられた。約束された未来に、鍵の、ケイの内心はアリスの事で一杯だった。

 

 だから、ケイは全てが上手くいくと信じていた。そんな未来を信じていたのだ。

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