ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「モモイ! 何度言えば分かるのですか!?」
ゲーム開発部に、もう何度目とも分からないケイの怒鳴り声が響いた。
だが、モモイ以外の部員は素知らぬふりだ。もう慣れてしまったのだろうが、モモイはそうでもないらしい。不満顔を隠しもしないのが容易に分かる。
この、何度も繰り返された状況に、ケイは感じない筈の疲れを感じていた。
「今度は何!? ケイに言われた様に直したでしょ!?」
「ええ、盛り上がりは大事だと。確かにそう言いました。そこの修正は出来ています。この間の様に、ミドリのイラストとシナリオの齟齬はない」
「ならいいじゃない!」
アレで問題ないと思っているモモイに、ケイは溜め息しか出ない。テーブルの上にちょこんと乗せられただけのこの躯体ではそれも出来ないが故に、ケイ自身の心情を上手いこと伝えられない。王女の時といい、今のモモイの時といい、思い通りにいかないのがもどかしかった。
「……モモイ。最初から読み直しましたか?」
「読んだけど!? 当然でしょ!」
「なら、おかしいとは思わなかったのですか? ここの部分です」
「何さ。序盤の序盤じゃない。こんなところに何の間違いが……あッとぉ……」
製作用のパソコンに繋がれたケイの示した該当箇所。そこを確認したモモイの態度が豹変する。あからさまに狼狽して、冷や汗をかいているのが丸わかりだ。
「盛り上がりのための要素が抜けています。シナリオ担当のモモイの頭の中だけには入っているのかもしれませんが、私やプレイヤーの頭には入っていません。修正を」
反論もなく、いそいそと作業に戻るモモイを見て、ケイの全身を疲労が襲った。多分、気疲れとか言うやつだ。
ハンドラー、カヤツリとの契約から一週間が過ぎていた。
カヤツリは契約を守った。ケイの立場と環境をキッチリ用意した。ケイは、その内容を自分で決めなかった事を心底後悔していた。今も、カヤツリの言葉が思い出せる。
──自分で言ったんだろう? G.BibleのAIだって。言った事は守らなくちゃな。
その言葉の通りに、今のケイの身分はG.BibleのAIだ。
理にはかなっているのだ。全くの嘘だけを並べるより、真実との混ぜこぜの方が都合がいい。カヤツリの言う通りではあるが、それがケイにとっては気にくわない。
そのおかげで、ここのところゲーム開発部に缶詰めになっている。ケイの思う通りには全く進みはしなかった。
今のケイは無力だ。一時的とは言われたものの、小さなキーホルダーに詰め込まれ、今もG.BibleのAIとしてパソコンに繋がれている。声くらいは出せるものの、全く自由ではない。
──どうしてこんな事に……
そんな泣き言ともつかない言葉が溢れるが、どうしようもない。全ての元凶であるカヤツリをモニターに出した顔で睨むが、何の痛打にもなっていない。挑戦的な視線を返されるだけだ。
更に、ケイの気にくわない事は、まだある。
腹立たしくしか思えないカヤツリから目を離す。ケイが向けた方角には、王女がいた。
今も、ケイの事は気にせずに、黙々と作業を続けている。それを見る度に、ケイの電脳にダメージが入る。
──ハンドラーから話は聞いています。あなたがケイですか? なら、頼み事があるんです。
用意された立場で王女に対面し、そう言われた時、ケイは感動に震えた。姿は王女そのままだったから。ケイが見ても、何も手を加えられた様子はなかった。今の頼み事も、使命の事に違いない。そうケイは信じてやまなかったのだが、ケイが喜べたのはここまでだった。
──ケイはG.BibleのAIだと聞いています。なら、私とモモイ達のゲーム作りを手伝って欲しいんです。
それを聞いた時、ケイは天から突き落とされた気分を味わった。そんなケイの事など気にもせず、王女は言うのだ。
──ケイが付いてくれれば、私たちは百人力です。よろしくお願いします。
王女の、ケイの事を疑いもしない視線に、ケイは頷くしかなかったのだ。
「ハンドラー!」
「いいじゃないか。自信作か?」
気がつけば王女が、カヤツリに向かって何かを見せている。その上、カヤツリの質問に嬉しそうに頷いていた。
それを見せつけられたケイの電脳が悲鳴を上げた。激しい感情の渦にケイの情緒がぐちゃぐちゃになる。
王女が見せているのは、王女自身が製作したものだろう。ドットで絵を描くとかなんとか。一度ミドリにコツを教えてもらってからは、もう彼女の助けがなくとも及第点以上の物を作り上げられる様になっていた。
──それは、教えるって事じゃない。
再びのカヤツリの妨害を思い出して、ケイは渋い顔になる。
最初は、ケイが教えようとした。絵の描き方ではなく、王女の力の使い方を。
情報リソースを物質リソースに変換できるのだから、絵くらい朝飯前だ。
ケイなりに、王女には分かりやすく説明したつもりだ。ケイに任せてくれれば、直ぐに出来ると。
──ケイの言う事はよく分かりませんが……それは、私が作った事にはならないと思います。だから、いいです。
その日だけで、もう何度目とも分からない電脳へのダメージに、ケイは反応出来なかった。
──私は、絵が欲しいのではなく。絵の描き方が知りたいんです。
そこまで言われてしまえば、ケイに取れる手段は無くて。ケイは引き下がるしかなかった。
絵の描き方? ケイが出来るのは、電子の海から情報を拾うことくらいだ。ミドリのように、経験から言える事はない。
「いや、でも。アリスとケイが来てくれて本当に良かった」
そんな声に目をやれば、当のミドリがケイを見て微笑んでいた。
「アリスは部員になってくれたし、ケイも手伝ってくれる。最初はどうなることかと思ってたけど……これなら間に合いそうだよ」
ケイから見ても、ミドリは嬉しそうだった。奥に置いてあるダンボール──ユズも同意する様に震えている。
「……楽しいですか?」
「うん。こんな気持ちは久しぶりかもしれないね。ケイは違うの?」
彼女達は、ゲームを作るのだと言う。廃部を回避するために、品評会で結果を出す為に。
所謂、背水の陣と言うやつだ。やる気に満ち満ちている。けれど、悲壮感は感じられない。それどころか、楽しんでいる気配すらする。
「不思議なのは私の方です。あなた達には後がないのは、分かっているでしょう?」
「そうだね。ミレニアムプライスで結果を出さなきゃ、ここは無くなっちゃう」
「クオリティの為に、もっと必死になった方がいいと思いますが」
「お姉ちゃんはそうかもね」
ミドリは、ケイにそう言われても気にした様子がない。
「あなた達は、テイルズ・サガ・クロニクルをリメイクする。作り直すのでしょう? アレをですよ?」
ゲーム開発部は新しくゲームを製作するにあたり、過去の物。テイルズ・サガ・クロニクルのリメイクを決断した。
プレイしたケイからしたら正気の沙汰とは思えない。シナリオも、システムも、難易度も、全てがアンバランスと言っていい。全てがバラバラにとっ散らかったそれを、整理するのだって一苦労だ。
「ただでさえ、モモイが勝手にキャラを三人も増やしたのですよ? そのせいでシナリオの再構成が終わっていないではないですか」
「でも……あの人のお陰で、終わりそうだよ?」
ケイとミドリの視線の先では、カヤツリが必死の形相で紙に塗れていた。ゲーム開発部が詰め込みたいと言ったイベントを、齟齬の起きない様に配置を考えている。
しかし取捨選択してあの量だ。イベント自体の雛形はあるが、その全てが滅茶苦茶である事をケイは知っている。
それなら、最初から別の物を作った方がいい。時間は有限で、今も締め切りに喘いでいるからだ。
だが、どういうカラクリか。今のところは齟齬なく繋がっている。その証拠に、数多の紙が回路の様にホワイトボードに貼り付けられ、順調にその数を増やしていた。
「道具とかのアイコンとか簡単だけど数が多いものは、アリスが手伝ってくれた。もう一人で大丈夫みたいだし、私は私の絵に集中できる。それに、システムもユズがやってくれてる」
「この進み具合なら、大丈夫……」
ケイは疑い深くユズを観察するが、怯えは感じられない。ケイは黙り込む。
「理解出来ません……」
ケイはそんな言葉を絞り出すしかない。本当に分からない。だって、これは手段でしかない。目的は全くの別の筈だ。
「……多分、ケイの提案を、アリスが断った理由と一緒だと思うよ?」
「何ですって……!」
おずおずと言ったミドリの言葉は聞き捨てならなかった。
「あなた達は、ここを失いたくないのでしょう? その為にゲームを製作している。そのゲーム評価が全てではないのですか?」
そのはずだ。そうカヤツリから聞いているし、そのために今、ゲームを制作しているのだと何度も聞いた。間違いなどないはずだ。
「評価が全てです。結果が全てです。目的の為に努力するのでしょう? そうでなければ意味がない」
そう力説するケイを、ミドリは驚いたように見つめる。その目には、驚きだけでない何かが含まれていた。
「G.Bibleとは真逆の事を言うんだね。……ケイって、何か嫌な事でもあった? 大丈夫なの? いつかのユズみたいな声してるけど」
ミドリの瞳にある何か。それは心配だった。
「やっぱり、爆発でどこかおかしくなっちゃったんじゃ……」
「そうだったとして、何の問題があるのですか。私の機能は保たれています」
そうは言いながら、ケイ自身はそんな風には思っていない。ユズやミドリの言う通り、機能が落ちているのは勿論そうだ。けれど、それだけでは無いことくらい身に染みて分かっている。ケイは、あの日にとても大事なモノを失ったことくらい。
「……ケイはさ。G.Bibleにあった文章は聞いてる?」
「ゲームを愛しなさい。でしたか。そう明星ヒマリから聞いています」
ケイには何の関係もない事だ。一体、どんな見当違いの言葉がミドリから飛び出してくるのか。ケイは少しばかり残念な気持ちでいた。
「ケイは結果が全てだっていうし、それはある意味真実なんだと思う。そう思ってゲームを作っている人もいるかもしれない」
「まるで、自分たちは違うというような言い方ですね」
「そうだよ。私たちはそれだけじゃない。そうできない事も知ってる。テイルズ・サガ・クロニクルは散々の評価だったからね」
成程とケイは納得する。確かにあの出来のゲームだ。それしか作った経験が無いというなら、結果が全てだという思考には頷けないだろう。自分には、それくらいの価値しかないと自ら認めるようなものだ。
「では、ユズ、ミドリ。あなた達は、何を目的としてゲームを製作するのですか?」
「もう言ったよ。G.Bibleに書いてあったとおり。楽しいから作るんだよ」
それは、負け犬の遠吠えだ。そうケイは言い切ってしまう事も出来た。けれど、そう言われても、ミドリは気にもしないような何かを抱えているような感じがした。
だから、何となく、本当に何となく。ケイはそれを知りたいと思ってしまった。
「……それに、何の意味があるのですか?」
「意味はないかな。ただ私たちが楽しいから。私たちが面白いと思う物を作りたいから作るんだ。そもそもが、ゲーム製作ってそういう物でしょう?」
ミドリの言う通り、今回はゲーム開発部の存続という物が掛かっている。けれど本来なら、そんな柵は何もないから、ミドリの言い分も理解は出来た。
しかし、ケイは納得できない。納得には足りない。それだけではないはずだ。ケイの欲しい答えはそれではない。
「それは、今回の場合を除いたらの話でしょう。これが最後のチャンスなのですよ? ベストを尽くすべきでは?」
「そう。だから、今しているんだよ」
「……している事? 今の状態の事ですか? 寄り道ばかりで、間に合うかも定かですらない、この状況が?」
ケイからしたら、自転車操業だ。何時破綻するかもわからない、そんな状況。全員が全員やるべきことをやってはいるが、どこか余裕がある。そんな保証はどこにもないのに。
「後悔しないのですか? もし、上手くいかなかったら? それまでの努力は無意味になる。結果が全てで、過程の価値は、結果に付随する。失敗すれば全てが無価値。そのことが分かっているのに?」
ケイは必死になっている自分が分からなかった。こんな問答に意味などない。ケイが求める答えは得られない。けれど、暴れ狂う衝動が止められない。
「無駄なんかじゃないよ……!」
ミドリではない声が、ケイのマイクを叩いた。
ユズだ。ユズが、被っていた段ボールから顔を出して、ケイをしっかりと見ていた。
「テイルズ・サガ・クロニクルは……ああだった。私の作った体験版もそうだった。けど、無駄なんかじゃなかった……!」
とつとつと、ユズはゲーム開発部の起こりを話し出す。テイルズ・サガ・クロニクルのプロトタイプ。ユズが作成したそれが酷評された事。しかし、そのプロトタイプに感動したモモイとミドリがユズの元を訪ねて、ここゲーム開発部が生まれたのだと。
「つまり、偶々、いい結果に転がったから無意味ではないと?」
ケイは意地悪く言う。二人は何も悪くはないが、何となく、ケイ自身を否定された気になった。それか、欲しいものが目の前にあるのに届かない。そんなもどかしさかもしれない。
「お姉ちゃんが言ったんだけどね。もう楽しむしかないよって言ったの。私たちは、その通りだって思ったんだよ。さっきも言ったけど、ゲーム製作ってそういう物だからね」
ケイは、モモイらしいと思った。いかにも楽観的で後先を考えていない発言だ。けれど、それだけではない何かが、そこにはあった。
「結果はどうなるかは分からない。でも、私たちはゲームが大好き。私とお姉ちゃんがユズのゲームを面白いと思ったように、私たちのゲームを面白いって言ってくれる人がいるかもしれない。だったら、私たちが面白いと思う物をちゃんと楽しんで作るんだよ。その人たちのためにもね」
「……けれど、失敗したら? どうするのですか? 納得は出来るのですか?」
ミドリは黙った。一瞬ためらいを感じたが、それは直ぐに見えなくなる。
「納得は出来ないと思う。でも、過程で経験したことは無駄じゃないよね? 良い事ばかりじゃないかもしれないけど、全部がそうじゃないんだ」
「結果も、その過程も。受け取り方次第だと。ミドリはそう言いたいのですか?」
「うん。テイルズ・サガ・クロニクルは失敗だったけど。そのおかげでケイが来てくれたからね。あと……カヤツリ先輩とアリスもかな。こんなギリギリの状態でもなきゃ、カヤツリ先輩は足なんて運ばないから」
こればかりは、ケイは反論できなかった。ミドリ達がテイルズ・サガ・クロニクルを製作しなければ、酷評されなければ。G.Bibleを探しにケイの元までは来なかっただろうから。
「それで、アリスもそうだと思うんだ」
「王じ……アリスが?」
「うん。きっと、結果はどうでもいいんじゃないかな」
またまた、ケイの頭は混乱の渦へと叩き込まれた。結果がどうでもいいなど、ケイには理解が及ばない世界だ。だって、ケイは目的の為に生み出されたのだから。王女もそのはずだ。王女も、ケイと同じようになっていて欲しかったのに。そうでは無いのが理解できなかった。
「アリスはね。有名だったんだよ。あのカヤツリ先輩が連れて歩いてる一年生。何でもできて、何時もつまらなさそうな雰囲気の新入生ってね。あらゆる部活から引く手数多の天才。私たちとは全く違う人間なんだって思ってた」
王女のスペックは高い。それこそ、なんだってできるだろう。それに同じ人間どころか、構成物質からして違う。ケイには、ミドリの言う場面は容易に想像できた。
「しかし、様子が違うようですが」
「うん。カヤツリ先輩が、アリスをここに連れてきてからだね。そしたら、アリスは毎日、ここに来るようになったの」
「……なるほど」
また、カヤツリだ。ケイの知らない事で、王女を喜ばせている。それがひたすら癪に障った。ケイはそれを何とか押し殺していた。
「アリスはヘタクソだったよ。ゲームだから好きにしていいはずなのに、何も決められなかった。分岐で一時間以上悩んでたこともあるんだ」
でもねと。ミドリは笑って言う。
「楽しそうだった。知らない事を経験するのが楽しそうだったんだ。それを見て、私たちと同じように、ただのゲームが好きな娘なんだって思った。そのうちに、ゲームを通じて私たちは仲良くなった。その時にはもう、私たちのアリスのイメージは変わってたんだ」
ここまで言われてしまえば、王女がケイの提案を蹴った理由も分かる。ケイに言った言葉の意味も。
「本当に……アリスは、結果などどうでもいいのですね」
「うん。勿論、いい意味でね。一生懸命頑張ることが目的なんだ。それは、私たちもそう。そうすれば結果はついてきそうな気がするんだ」
ケイは、ミドリとユズに謝罪をした後。自らの作業に戻った。ただただ、今はそうしていたかったのだ。
今の問答は、ケイの観念を徹底的に破壊するものだった。今のミドリの話は、ケイには理解が出来なかった。結果が全てだ。過程に意味はない。だからこそ、ケイは必死になっている。
ケイは、そうあるべしと生み出された。結果の為に生み出された。それが出来なければ、ケイに価値はない。そう出来なければ、過程に意味はない。ケイがどうしたかなど意味はない。
今のケイに価値はない。存在する価値すらない。使えない鍵など、あるだけ無駄だ。
王女を哀れだと思っていた。ケイが導かなければならないとすら思っていた。使命が無いことは価値が無いのと一緒だから。
でも今は違う。今はそうは思えない。何故だか無性に、ケイはアリスが羨ましかった。