ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
また、幾日かの時が過ぎた。今日も、俗に言ういい天気で、絶好の登校日和だ。王女の機嫌も上々で、ケイとの関係性も悪くない。
だと言うのに、ケイは言いようのない焦燥感に駆られていた。
寝ても覚めても、どこか落ち着かない。どこかで早くしろと、間に合わないと誰かが暴れている。
その原因については分からない。目下の問題であるテイルズ・サガ・クロニクルの進捗は順調だからだ。王女も自分の仕事を終わらせて、モモイのシナリオの感想を述べたりしている。
ケイ自身もテストプレイは行っているが、特に文句もない。面白いかどうかは別として、以前のテイルズ・サガ・クロニクルよりは整合が取れている。もう最終調整が終われば完成と言っていい。
求められた事が十全に出来ているかは分からないが、ケイの仕事はもう直ぐ終わるのは確かだった。
それは、喜ばしい事の筈だ。ゲーム製作なんていう雑事から解放されて、漸くケイ自身の使命に向かって動き出せる。
なのに、ケイ自身がケイを裏切っている。全く嬉しくない。日々の焦燥感が増すだけだ。
「ケイ。どうかしましたか?」
気づけば、アリスがケイを覗き込んでいた。珍しい事に、心配そうな目つきだ。
「なんともありません」
「そうでしょうか? ここのところ、ケイは元気が無いように見えます」
今の状況を言い当てられて、ケイはドキリとした。
ケイの躯体は、未だにキーホルダーのまま。今も王女の部屋のテーブル。ケイにとっての定位置に鎮座している。
そんな状態だから、表情など分かるはずもないのに。王女はケイの事を言い当ててくる。ケイは全く王女の事は分からないのに。
「この躯体が窮屈なせいでしょう」
「なるほど、そうかもしれません」
ケイの誤魔化しで、王女の追求は止まってしまった。そのことすら、ケイを掻き乱す。
ケイの言いたい事が伝わらない。前なら、こうなる前、二つに分かたれてしまう前なら、こうはならなかった筈だ。
思った事が以心伝心で伝わる。齟齬も誤解も、煩わしい事は何一つなく一瞬で。
だが、今はどうだろう。答えは火を見るよりも明らかだ。何も伝わってはいない。
もう、ここまでくればケイも認めざるをえなかった。王女は何も覚えていない。使命のしの字もだ。
あの時のカヤツリの言葉は真実だった。本当に王女は何も知らない。だからこそのあの自信満々な態度だったのだ。
それをケイは強がりだと思っていた。とんだ間抜けでしかない。罠である契約にまんまと乗ってしまった。
あの時の間抜けな自分を叩きのめしたくなるが、もう何もかもが遅い。
王女を説得するしかケイに道は残されていない。けれど、それは茨の道だ。
これまでの期間、ケイなりに王女の事は観察していた。アリスと呼ばれていること、ゲーム開発部に所属していること、その他諸々の事をだ。
そこから導き出された結論は単純で、ケイを失意に叩き落とすには十分だった。
──王女は世界を滅ぼさない。
ゲーム開発部の場面だけでも、それが分かる。ケイがどう言葉を重ねても、きっと首を縦には振ってくれない。
それどころか、拒絶されるかもしれない。今ここにいられて、こうして話しかけてくれるのは、カヤツリが用意した立場あっての事だから。鍵だからケイだから、そうしてくれるに過ぎないのだ。
ケイが鍵で、あなたは王女。私たちは世界を滅ぼす為に生まれたのです。だから、そう作られたのだから、そうするべきなのです。
そんな事を言ってしまえば、全てが終わる。挽回の手段などありはしない。かといって、やけっぱちにもなれない。
契約がケイを縛っている。行動に移そうとした瞬間にペナルティがケイを襲うだろう。
かと言って、このままG.BibleのAIとして永遠に過ごせというのも嫌だった。ケイの未来は真っ暗で、一筋の明かりすらない。
「ケイ……ケイ!」
沈んでいたケイの躯体が揺らされていた。カメラに意識を向ければ、王女が心配そうに覗き込んでいた。
「……どうかしましたか?」
「ケイ……本当に大丈夫ですか? さっきから……いえ、やっぱり。ここ最近おかしいです」
どうやら、王女はケイのことをずっと呼んでいたらしかった。ケイが返事をしないものだから、こんな事になっている。
王女は困った様に、ケイを見つめていたが。何かを思い付いたのか目を輝かせた。
「そうです。そうでした。リオに頼りましょう! 確か、近々来るようにも言われていました! ケイの身体について話があるそうです!」
リオと聞いて、それが誰だったのかケイは何とか思い出した。
あの場にいた三人の内の一人だ。ヒマリやカヤツリと比べて、どうにも口数が少なかったことを覚えている。それと、ヒマリと同様に、カヤツリとは真反対のスタンスだった事も。
少しだけ、ケイに光明が差した気がした。
「……あの男も来るのですか?」
「ハンドラーですか? 確か、今日はアビドスに行く日ですから……丸一日は帰って来ません。ケイは一日中、リオの所に缶詰になります。リオの方も時間が掛かると言っていたので、大丈夫だとは思いますが」
「……そうですか」
差し込んだ光明が大きくなった。少しだけケイの中に活力が戻ってくる。
「ハンドラーに話せないなら、リオに話してみるのはどうでしょう?」
「……どうしたのですか、突然……」
いい考えだと言うように王女が手を叩く。ケイは少しだけ狼狽えた。もしかして、ケイの考えていることが見破られたのだろうか?
「私から見たハンドラーは良い人ですが。ヒマリおばあちゃんから言わせれば、女泣かせらしいです」
だから、なんだというのだ。カヤツリが女泣かせであることと、ケイの未来が真っ暗である事に相関関係はない。勝手に王女は勘違いしていた。
それでも、王女は勘違いしたまま、ケイへと話しかけてくる。
「きっとケイも不満に思ったのでしょう。だから、ハンドラーと喧嘩中なんです」
「私が? あの男と? ハァ……」
王女の的外れな指摘に、怒りよりも脱力感が優った。
喧嘩というのも奇妙な話だ。ケイとカヤツリの間にあるものは、喧嘩などそんな可愛いものではない。
けれども、ずっとケイが思っている様に。ケイの思う事など王女に伝わりはしないのだ。その証拠に、満面の笑みでケイに言ってくる。
「リオなら、ケイの気持ちが分かるかもしれません。それに、きっと話も合うと思います」
□
「……如何かしら?」
どうしたもこうしたもない。リオの言葉にケイはそんな感想しか出てこなかった。
見間違いであって欲しいと何度も見返すが、リオとその側に鎮座する物体は変わりはしない。
やはり、ケイは王女の事は何も分からなかったらしい。そうでなければ、こんな事にはなっていないし、こんなにも苛立たない。
「もう少し、なんとかならなかったのですか!?」
突然のケイの怒鳴り声の理由をリオは理解出来ない様子だ。それが、更にケイを苛立たせる。
王女の言った通りに、リオは自身の仕事場でケイを待っていた。隣に鎮座するものが呼んだ理由だというのは直ぐに理解した。
白いボディの無骨な機体だ。高さは王女と同じくらいで、横幅のシルエットは随分と大きい。ここまではいい。文句は山程あるが、まだ飲み込める。
問題は腕が四本もある事だ。しかも脚部は無限軌道。顔の部分がモニターであるのが、唯一のマトモな部分だ。兎に角、こんな物にぶち込まれて、長期間過ごすなど、ケイは死んでもごめんだった。
「嫌です! まだ今までの方がマシです!」
「……多機能複腕も無限軌道も、合理的だと思うのだけど……? 実に、アバンギャルドな……」
「これは、デザインと素材に対する冒涜です! こんな物の素材となった金属に謝ってください!」
ケイの本気の拒絶が伝わったのか、リオは渋々といった様子で、アバンギャルド君とやらを片付け始めた。その最中にも、チラチラとケイを見てくるのが非常に腹立たしい。ケイがアレに入ることなど、一生ない。
「もっとマシなものは無いのですか!?」
そう叫べば、リオが何かを画面に見えるように差し出してくる。どうにも他の案を抱えていたようで、それらのデザインがいくつか載っていた。
「不満のようね。残念だわ」
「その反応が理解出来ないのですが!?」
勿論、それらもリオの言うアバンギャルドなデザインだった。ケイにとっては考慮にも値しない。
「王女そっくりとは言いませんが、何か無いのですか?」
「貴女が望むものは、幾らでも都合はつくわ。けれど耐久性を犠牲には出来ないの。貴女が銃弾一つ、爆弾一つで破壊されるなんてあってはならない」
少しだけ、ケイは驚いた。ささくれ立っていた気分が収まるのを感じた。期待に黙ったケイに、リオは言う。
「貴女を失えば、アリスは悲しむもの」
「……そうですか」
一瞬でケイの心が冷え切った。何のことはない。ただ王女の為だった。一体何を期待していたのか。ケイはバカバカしくなる。
──初めから、遠慮や手心など必要ないというのに……私は何を考えていたのか……
今日はカヤツリが居ないと言う。ならば今この時がチャンスだった。カヤツリが居ないのであれば、どうとでもなる。
ケイは前々から温めていた作戦を実行する事にする。
「技術的に困難だと。そうであれば、私から提案があります」
「その代わりに、アリスの能力を起動させろと? そういう腹積もりなのかしら?」
一瞬で切り返されて、ケイは言葉に詰まった。余裕なのか、リオはケイの答えを待っている。
「……あの男ですか?」
「そろそろ我慢できなくなる頃だとは言われたわ。それと、こういう機会があれば、謝っておいてくれとも」
漸くケイが絞り出した答えは、余りにも情けなかった。まだ終わっていないのに、まだ言い訳は効くはずなのに。どこかで負けを認めていた。そして、リオの答えもその通りだった。
「それで、代替案だけれど……」
「ふざけないで下さい!」
あくまでさっきの話を続けようとするリオに、ケイは怒鳴り声を上げた。
今度は本気だ。本気で、心の底から怒っている。呆れなどという不純物は混じっていない。百パーセントの純粋な怒り。
「今のを咎めないなんて、私を舐めているんですか! 契約で縛られているからと、舐めているんです! そうでしょう! バカにするのもいい加減にしてください!!」
「舐めてはいないわ。バカにしてもいない。咎めるまでもなく、貴女は実行する気はないようだし、私は貴女を対話の相手として認めている。そうでなければ、今の躯体のままの方が都合が良いし、放置する方が楽だもの。一々貴女を弄んで喜ぶほど私は暇ではないの」
リオはジッとケイを見つめている。吐き出す言葉も正論で、まるでリオの方が機械じみていた。
そんな一時の感情すら、ケイの何かを傷つける。
ケイはもう限界だった。原因も、場所も、いつ起こるかも分からない。そんな激痛がケイを苛んでいる。そんなところに、この状態がカヤツリにはお見通しだったと言われ、その上見逃されたのだ。怒りだって湧く。
「どうにも、アリスの言うような躯体の不調という訳ではないようね。何が辛いのかしら?」
「分かりません! 絶対に! 王女でさえ、ここにいるあなたたちには分からない! あの男のせいで!!」
リオの無慈悲な問いかけ。それに対して反射的に、無意識に叫んだ言葉に、ケイは納得してしまう。
そうだ。全部あの男。カヤツリのせいだ。あの男と王女が出会わなければ、あの男が不平等な契約を結んで来なければ。ケイはこうはならなかった。
こんなに苦しくて、辛くて。王女の側なのに休まらなくて。こんな惨めな気持ちにならなくて済んだのだ。あの男が、ケイから全てを奪ったのだ。
「何が辛いのかしら、ですか! 私から生きる理由を奪ったくせに!」
「そうね。その通りだわ。幾つかを除いては」
「何ですか、私には、ここにいない誰かの恨み言を言う事さえ許されな──」
「私が頼んだのよ」
ケイの思考が止まる。飛びだそうとした言葉は、途中で消えて。ケイの視線が真っ向からリオを捉えた。
「私がカヤツリに頼んだの。アリスの面倒を見る事と、貴方を説得するようにと。だから、貴女が怒りを向けるべきは私よ。カヤツリでなくね」
「……だから何だと? あなたが楽になっただけでしょう……! 最初から私を利用するつもりだった! そして、それを知ったところで、私の願いは永遠に叶わない!」
あんまりな言い分に、ケイの怒りが収まる様子はない。尽きることなく胸の奥から暗いものが溢れてくる。溢れたそれは、ケイの足元へと溜まっていく。
「あなたには分からない! あって当然だと、そうあるべきだったものを奪われた苦しみは!」
「そうね。分からないわ。私たちに、そんなものは無いもの」
リオの答えが気に入らなかった。本当にそう思っているのだ。自分たちには生まれ持った使命などはないから分からないと。ただただ、後味悪そうにケイの怒りを受け止める事すらしてくれない。
「減らず口を! 大体、何でこんなことをしたんですか!?」
「私が、アリスを破壊しない事を選んだからよ」
「何ですって……!」
リオは淡々と経緯を話す。王女を探していた事、何も知らない王女を最初は破壊しようとしていた事、ヒマリからの提案があった事を。
「利用した。そう、貴女の言う通りよ。言い訳はしないわ。私は、私の願いを叶えるためにアリスと貴女を利用した。貴女と同じよ」
ケイは言葉に詰まった。確かにモモイたちを利用して、王女と接触しようとしたことは正しいからだ。そして、途端に自分が情けなくなる。もう一つの意味は考えたくもなかった。
そしてリオとケイの差だ。ケイは言い訳ばかりで、何とも情けない。癇癪を起こして泣きわめいているだけ。鍵たる姿とはかけ離れている。大体が、お互い様なのだ。ケイは敵なのだから。敵に邪魔されたからと、敵へ駄々をこねる方がおかしい。
そんな事は分かっているのだ。でも、あふれ出した暗いものは、ケイを許してくれない。ケイ以外の誰かの所為にしたくて仕方がない。ケイ以外の誰かが、王女ですら恨めしくて、羨ましくて、やり場のない何かがケイを苛み続ける。
「……王女を破壊しなかったのは、何故ですか。選んだという事は、破壊も選択肢にあったのでしょう?」
「……何も知らなかったからよ」
その時のことを思い出しているのか、リオはどこかを見つめていた。
「アリスは空っぽだったの。けれど、アリスは名もなき神々の王女なのよ。どんなにアリス自身が否定してもそれは変えられない。生まれ持った
なぜか、リオの口元が微笑んでいた。ケイを笑うのではなく、それは自嘲の笑みだとケイにすら分かった。
「私は間違っていた。アリスは、自分で成りたいものを決めたのよ。破壊することを宿命づけられたはずなのに。そうあれかしと生まれてきたはずなのに、アリスは何かを作り出そうとしている。だから、信じてみようと思ったの。この判断が間違いだとしても、やれるべきことをやってみたいと思ったの」
「それが、理由ですか……」
また情けなさがケイを襲う。今度はリオではなく王女とだ。王女は変えられてしまったのではなく、自分で変わったのだ。ケイの助けがなくとも、ケイが居ない間に自分で何とかした。ケイの自尊心の罅が大きくなる。怒りと暗い何かは、その隙間から零れ落ちていく。さっきまで溢れそうになっていた怒りは、きれいさっぱり無くなってしまった。残っているのはボロボロの自分だけだ。
「……王女は、どうして……」
「どうして変われたか。それは、知らなかったからよ。自身の使命を知らなかったから、変わることに対する障害が無かった……ああ、そういう事なのね」
ケイの質問に答えながら、リオは何かに気がついた様子だった。少し考えて、リオはケイへと話し掛けてくる。
「だから、調子が悪いのかしら。ケイ」
「最初から言っているでしょう……! 私は使命を奪われたから……」
「私は、違うと思うわ。使命を果たせない事は苦しいのでしょう。けれど、それなら私に怒ったりはしないはずよ」
真剣な眼差しのまま、リオは口を止めない。
「その苦しみを癒せるのは、使命を果たすことだけ。それなら、私に怒るなんて無駄なことはしない。寧ろ利用しようとする。その行為自体は貴女に苦しみをもたらさない。それは使命のための行動だからよ。使命の為に足掻くことは無駄じゃないもの」
リオの正論の連打は止む気配がない。
「それでも、貴女は苦しい。なら答えは多分一つ。貴女は使命を果たすことを諦めたのでしょう? 全部は思っていないのだとしても、心のどこかで諦めている」
「それは! そんなはずは……」
ケイの中で、リオの指摘を素直に受け止める自分も居た。ケイはもう、どうすれば良いのか分からなかった。
「だから、苦しいのかもしれないわ。諦めと使命で板挟みになっているから。貴女はアリスとは違うから。名もなき神々の王女だったことを知らないアリスとは違って、全てを知っていた貴女は鍵であることを辞められないから」
完敗だった。ケイはもう反論が見つからなかった。カヤツリの時とは違って、言いくるめられたわけでもない。ただある純然たる事実と、幾らか楽になったケイの心が、それを証明していた。
ケイは、羨ましかった。自分以外の全てが。王女ですら羨ましかったのだ。だって、好きなものになれる。使命が無いから、何にだって成れるのだ。
けれど、ケイは成れない。ケイは鍵だからだ。それ以上でもそれ以下でもない。だから、鍵以外の何にも成れない。それなのに、今の状況では鍵にすら成れないのだ。自分は一体何なのか。世界に一人ぼっちだという孤独感がケイを苦しめる。
「……やはり、貴女もアリスと同じなのね」
「そんなはずないでしょう……!」
ケイはリオを睨みつけた。ケイの事は仕方がないが、王女の事と同一視されるのは腹が立った。今のケイと王女は全く違うのだ。
「貴女は、何者かになりたいのでしょう? それはアリスも同じだったはずよ。初めからアリスは今のようだったわけでは無いもの。そして、私たちもそうなのよ」
「そんな事はあり得ません。あなたたちは使命を持って生み出されたわけでは無いのに……」
「そうね。でも、そうであることは苦しいのよ。世界の誰も自分がすべきことを保証してくれない。自分が何をできるかもわからない。私たちは、役割を与えられたゲームの主人公や登場人物では無いの。何者かどころか、ただの誰でもない誰かでしかない。私たちは皆そうなのよ。私もカヤツリもヒマリもアリスも。そして、貴女もよ。今感じている痛みと苦しみは、誰しもが感じる物なの」
ここまでリオが、ケイの内心を言い当てられた理由を、今更ながらケイは理解した。カヤツリに何かを吹き込まれてはいない。やけに真に迫っている。恐らくリオも経験したことだからだ。今ではないずっと昔に経験したから、ケイの状況が身をもってわかるのだろう。
「私は……」
「貴女がどうすべきかなんて私には分からないわ。そして意味もない」
ケイはどうしようもなくて、助けの言葉を口に出そうとする。けれど、それに対してのリオの返答は無慈悲だった。
「今ここで、私なりの新しい使命を与える事もできる。納得させるのも、カヤツリなら上手くやるでしょう。けれど、それでは何も変わらない。鍵であった使命が私の使命に変わるだけよ。ただの対症療法に過ぎないわ」
「そういえば……あの男が言っていたらしいではないですか。謝っておいてほしいとは何ですか?」
「口説き落とした時に貴女の望みを捻じ曲げて、誤認させたこと。そう言っていたわ。それしか聞いていないし、カヤツリに聞いても無駄。それに私を参考にしても無駄よ。他人のものは参考にはならないし、してはならないと思うわ」
詳しく聞いても意味が分からなかった。参考にならないというのも、酷い言い草だ。つまりは、ケイ自身で見つけろという事だ。誰にも頼らず、ケイ自身で見つけなければ意味がないと。ケイの中で不満が膨れ上がる。
「何かないのですか。王女はあったでしょうに……」
「今、あるでしょう? 何も知らないアリスはカヤツリが適任だったけれど、知っている貴女は私よ。貴女はそっちの方が良いと思ったのだけれど。今ここにいるのがカヤツリだったなら、貴女はここまで話さなかった」
「ぐっ……」
それもそうだ。カヤツリには一度嵌められている。だから、ここまで真面目に話さなかったに違いない。まさにリオの言う通りだ。
「私はカヤツリのように、貴女を理解はできないわ。何も言わないのに察する事なんてできない。私はそう言った事は不得手だから、言ってもらわないと分からない。今回、前もってアリスから連絡があったように。言ってくれないと分からないわ」
「次からは、そうしろと……」
「難しいかしら?」
当たり前に決まっている。今のことだって、一度ケイが逆ギレ、怒り狂わなければ分からなかったことだ。ケイ自身のモヤモヤを言葉にするというのは難しい。モヤモヤを理解しなければ、言葉になんかできないからだ。
「でも、皆やっている事よ。アリスでもそうなの。それに、今回のようなことをまたアリスにさせるつもりかしら」
「ぐぐっ……」
ケイは呻いた。今回、王女はケイの事を事前にリオへ通達していた。つまり、ある程度はケイの状況。何か困っていることを察してくれたということだ。今、ケイがやろうとして難しいと思った事をやってくれた。それに甘え続けるというのは、まだ残っている鍵の沽券に関わる。
「その代わり、言ってくれたなら全力を尽くすわ。今の貴女は、ミレニアムの所属なのだから。貴女がどうするのかは分からない。けれど、他の皆に害をなすまで、敵になるまではそうする。ひとまずは、貴女の新しい躯体かしら」
何となく、ケイはリオの使命という物が分かったような気がした。多分、今言った事だ。だから、こんなことも言えてしまうし、咎めもしないのだ。
ケイは敵だ。それなのに、そうなるまでは力を貸してくれるのだろう。そして、敵になった時には正面から抵抗してくる。最初に会った時の印象とは全く違った。今、ここにいるケイを見ている。舐めているわけでは無くて、ケイを信じている。
今ケイが持っていないモノ。失くしてしまったものを見つけられたなら。こうなれるのだろうか。苦しまなくて済むのだろうか。王女を悪く思わなくても済むのだろうか。王女を、自分を信じられるのだろうか。
何時まで時間が掛かるかは分からない。けれど、今までのように何も進まないよりはマシだった。
なら、やってみてもいいかもしれない。そう、ケイは思った。