ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
いつも薄暗いオーナーのオフィスだったが、今日は様子がずいぶん違った。オーナーの机は片付けられ、複数のモニターと二つの椅子が置かれていた。
そのうちの一つに座るオーナーはとてもいい気分だった。なにしろ今日は特別な日だからだ。一番大きいモニターには廃墟──アビドス市街地と、そこに佇む砲を背負ったカヤツリの乗った機体が映っていた。残りのモニターは周りに展開したゲヘナの部隊が映っている。
「随分と上機嫌ですね」
「いえ、少々見苦しいところを見せました。実験の結果が待ちきれず、つい興奮を。でも貴方たちも同様でしょう?」
オーナーの隣にはデカルコマニーとゴルコンダが座っていた。元々オーナーだけで行うつもりだった観戦だが、彼らも観戦を希望したため、彼らは今ここにいた。
デカルコマニーが資料を捲り、ゴルコンダが所感を呟いた。
「セトとホルスですか。殺し合いでもするかと思いましたが、随分と関係は良好の様ですね。この間の提案も断られたのでしょう?」
「ええ、断られる前提の提案ですが。ただ確認はできました。これで彼の神秘は分かりましたから」
「彼の神秘はそうですね……異邦の外敵を打ち払う玉座の守護者といったところですか。簒奪者ではないようですね」
ゴルコンダは確認したかったようだった。今、彼がどういった神秘なのか。テクストで言えばビナーを打ち払ったことで確定しているが、ホルスとの関係も確認したかった。
「彼は王位を簒奪すると思いますか? ゴルコンダ」
「しないでしょう。するとしてもそれは恐怖の方です。玉座の簒奪者であり、砂嵐と雷霆の破壊の化身。そうですね。色彩にでも触れない限りは」
「ええ、おおむね私も同じ考えです。両者とも崇高を生徒という枠にそぎ落として記号化した存在ですからね。それほど崇高の関係性は人格面まで影響を及ぼさないでしょう」
そういえばとゴルコンダは思い返す。オーナーは彼を拾ったと言っていたが、どうやって? まさか不安定な状態で砂漠を徘徊していたわけではないだろう。オーナーは嬉しそうな雰囲気で話し出す。
「世界の創造をめぐる戦いでホルスに敗北し、現在のコデックスの外にいるはずのセト。通常であれば、今のキヴォトスには現れることはないはずでした。おそらくセトもその気はなかったでしょう」
納得できる話だった。誰が、自分の気に入らない奴の世界で暮らしたいと思うだろうか。少なくともゴルコンダは御免だった。
「話は変わりますが、ゴルコンダ。貴方は壊れかけの箱庭があったとしたら、どうしますか?」
「状況によりますが、直すでしょうね。どこまでできるかは分かりませんが」
「原因が中にあったらどうしますか? 箱庭を崩壊させかねないものがあったとしたら? 箱庭に入れるのなら、入ってどうにかしようとしませんか?」
つまり、セトは今のキヴォトスの維持のためにここまで降りてきたという事だろうか。わざわざ、宿敵のテクスチャに則って。
「その箱庭が、今は他人の物でも、いつかは自分の物になるかもしれないとしたら?」
「……ああ、そういう事ですか」
キヴォトスが崩壊しないようにするための、外側の番人。別にセトとて、世界の在り方で対立しただけで、いつか自分たちの番が来た時に、大元の箱庭が壊れているのは望まなかったのかもしれない。それか、案外主権を取り戻す気満々なのかもしれないが。
「だからですか、彼が生徒なのに男性なのは」
「恐らく無理やり侵入したか、今のテクスチャを被るのは癪だったのでしょう。うまくテクスチャが被せられずにいました。そのせいで自分自身を見失い名前すら無くしていましたね。偶々通りかかった運び屋たちに拾われなければ、そのまま消えていたでしょう」
キヴォトスの生徒は大元の神性から崇高という形で出力されている。神秘と恐怖がコインのように重なり合って。神秘は崇高の陽の面、恐怖は陰の面。太陽が生命や豊穣の正の象徴、そして日照りや日食などの負の象徴があるように
簡単に言えば、今のキヴォトスに神性がそのまま現れるのは、元々の存在が重すぎて不可能なのだ。だから、神秘と恐怖というテクストでラベル付けして圧縮した、生徒という一要素でしか存在できない。混沌の領域のような空間か、関係の深い神秘か恐怖がいて、前のテクスチャに近くなったなら別だろうが。
今回のセトの場合は、どうなるかゴルコンダには分からなかったが、安定している理由は察することが出来た。
「なるほど。偶然にも名前と役割、信仰を手に入れたことで、失った要素を補填して形を保ちましたか」
「ええ、運び屋たちが彼をビナーに対する防人にしたことで、彼は役目を手に入れ安定しました。元々セトはアポピスに対する防人でしたからね。まあ捨てられたことで消失寸前になりましたが、私が契約で縛り上げ、生徒にする形で再び安定させました……おや、始まったようですね」
オーナーの説明をよそに、モニター内では戦闘が始まっていた。彼の乗った機体が主砲をゲヘナの部隊に向かって発射するが、大して効いていないようだった。ゲヘナはそのまま中距離を保ちながら、銃撃を加えている。ただ彼の方も急所を避けつつアームを振り回して迎撃している。
それを眺めつつオーナーは説明を続ける。
「私は崇高を知りたいのです。だからキヴォトス最高の神秘──小鳥遊ホシノの神秘に恐怖を適応すれば、少し乱暴ですが、理論上は崇高を確認できるのではと思っていました」
彼を見るまでは──オーナーは大きく息を吐く。決して最初のプランを諦めたわけではないが、優先度は多少落ちたのは事実だった。
「人々の祈りと神格に応じた偉業を達成することで、失った要素を取り込んで、神秘として安定していく彼を見て思ったのです。神秘と恐怖それぞれに対応した偉業を達成させれば、このキヴォトス内でまた違った形の崇高を観測できるのでは。と」
崇高の存在について外から来たオーナーたちには、生徒の神秘の観測によって崇高の在り方を予測することまでは可能だった。ただ高次の存在にあるものを直接観測することは出来なかった。例えるなら地面に映った影を見れば形の予想はできる。ただ影をいくら弄っても、影の大元には何の影響も及ぼせないし、色や全体の詳細もわからない。
だから、一番形が分かりやすい影──キヴォトス最高の神秘に、別方向から移した影──恐怖を重ねることで、影の大元──崇高を観測しようとした。
ただ彼の場合は違う。ここに零れ落ちたのは同じ影ではあるが未完成であるが故に、こちらの介入で容易に別方向の影が見れるのだ。全方面から映した影を集めれば、それは影の大元であるものに等しい。セトが辿った偉業は知っている。全て達成すれば、きっと崇高として現れるだろう。もしかしたら、外からの外敵である色彩を撃退してくれるかもしれないし、最初のプランが失敗して彼女が暴走しても、偉業に従い迅速に処理してくれるだろう。彼の意思にかかわらず。
「それで、今回の催しですか。どこまで細工を?」
「……クックックッ、貴方に頼んだこと以外はほぼしていません。彼の性格か運命か、元に戻ろうとしているのかは分かりませんが、自分からアビドスの外敵の排除に動いていますからね」
愉快そうに笑うオーナーをよそに、画面内では状況が変わってきていた。彼はゲヘナの部隊を残り一人まで減らしているが苦戦していた。被弾が増えており、相手のゲヘナの火力が高いのか、装甲はもう穴だらけだった。彼と協力者の作戦では煙幕を張ってから自爆する予定のようだが、残りの一人の攻撃が激しすぎて、その隙が無いようだった。おそらくだが、相手に話が通っているわけではないようだ。
「これは、まずいのでは? いくら彼でも相手が悪すぎます」
「いえ、心配はいりませんよ。その相手を用意したのは私ですから」
心配そうなゴルコンダをよそに、オーナーは余裕綽々だった。微塵も心配するそぶりが見られない。オーナーは余裕の態度を崩さずに画面を見つめる。
「これも偉業の一部です。アビドス砂漠に集結する異邦の敵、彼が持つのは貴方にテクストを付与してもらった武器と乗り物、彼女を少なくとも沈黙させなければアビドスに危機が訪れる状況。それにそろそろ黄昏時ですよ。条件はもうこれ以上ないほど揃っているでしょう?」
「……この偉業で彼の神秘が完全に安定すると? ですが恐怖の偉業はどうするのですか? 彼がオシリスを殺すとは思えませんし、ホルスが彼を襲うとは思えませんが」
オーナーはくつくつ笑って思う。やはりゲマトリアの同志での交流は面白く興味深い。こちらが聞いてほしいことを的確に質問してくれる。
「セトはオシリスを直接殺害したわけではありませんから。彼は死ぬような状況を用意しただけです。やりようは幾らでもありますし、それにホルスとセトの対決は私に考えがあります。両方とも数年越しの計画になりそうですがね。それに、私が大事な契約相手を死なせるとお思いで?」
「流石に貴方の事ですから、考えてはいますか。彼は楽にはなれなさそうですね」
ゴルコンダはオーナーの説明に納得したようで再び鑑賞に戻る。いよいよ画面内の戦闘は佳境に入り始めたようで、彼の機体が青い燐光を帯び始め、機体の上に何かが浮かび始めている。ビナー戦の時と同じだった。
それを見てオーナーが歓喜の声で呟いた。
「happy birthday」
□
カヤツリは機体を操りながら、通信機に怒鳴っていた。話が全く違ったからだ。確かに精鋭部隊が来るとは聞いていた。ただこれは想定外にもほどがあった。いくら何でも強すぎる。比較対象がヘルメット団かホシノしか知らないカヤツリだが、どう考えてもホシノと同じレベルの強さだった。
「いったいどうなってる!」
『分からないよ! そもそもあの子が出てこないようにしてたんだよ! こっちは! なのに当日になって参加を希望するとか、どうなってるんだい!』
幽霊も混乱しているようで口調にいつもの余裕がない。部隊全員が強いわけではない。一人一人はヘルメット団より強いが、カヤツリでも対応できる範囲だった。
問題は今残っている一人だった。背丈はホシノや幽霊と同じくらいの、銀髪の少女だが異様に強い。ホシノほど速くはないが、腰の翼で三次元軌道をしてくる上に持っている大型の機関銃の火力が高い。他の部隊の銃弾は装甲で弾けるが彼女の銃撃は普通に貫通してくる。
「……チッ」
『焦るんじゃないよ。アンタ。もう条件は達成してる。後はアンタが脱出してから機体を自爆させるだけだよ。もう少しなんだ』
「その暇がないんだよ!」
空中に飛んだ彼女に向かってアームを叩きつけるが、機関銃を滑らせるように当てて空中で流されて躱された。背を向けたこちらに機関銃の弾が雨のように降り注ぐ。
カヤツリは舌打ちした。的が小さくてやりにくい。カヤツリはホシノとのじゃれあいで、壁蹴りで三次元戦闘されるのが非常に面倒だと知っていた。だから遮蔽物の無いところに誘導したが、まさか飛ばれるとは思わなかった。キヴォトスでは小さい奴が強いという法則でも敷かれているのだろうか。
──それなら、先輩や自分よりもホシノが強いのは納得だな。そうカヤツリは自嘲する。幽霊が用意したこの機体は主砲の性能が落とされているせいか、その分機体の性能が上がっており、ビナー戦の時より動きやすかった。それに1ヶ月の準備期間で夜遅くまでシミュレーターを借りて練習していた。それなのに苦戦しているからだ。
ただ、それは前から感じていたことだ。ホシノが連携の練習とかいって模擬戦した時も、一人でパトロールをしていた時も、ビナー戦の時も戦いにくさを感じていた。全身が鎖か何かに縛られていて、うまく動けない。無理やり小さい体に入って動かしているような。あるべきものが欠けているような。そんなもどかしさがあった。
そんなことを考えていたせいか反応が遅れた。ゲヘナの少女が銃を構えて正面にいる。両アームをコックピットを守るように交差させるが、カヤツリの予想に反して銃口から出たのは銃弾ではなく、紫色の光だった。光はそのまま左のアームを貫通してコックピットの一部を削り取った。
『大丈夫かい!?』
「……ゴフッ……あんまり大丈夫じゃないな……」
コックピットが全損しなかったのはいいことだが、コックピットの一部が爆発して破片がカヤツリの脇腹に突き刺さっていた。とても痛いはずだが、あまり実感がない。しかも今ので左のアームが使えなくなった。状況が悪化した。なんだか眩暈もする。
「あぁ、くそったれめ……」
『おい! アンタ! 聞こえてるのかい!?』
カヤツリは静かにキレていた。こちらの都合も知らないゲヘナにも、邪魔しかしない企業にも、思うように動かない自分の身体にも。もう幽霊の声など耳に入っていない。そもそもなんで自分が手加減なんて配慮をしなくてはいけないのか、無法なのは向こうだ。こっちも武器を使えばいい。
周りをすばやく確認すれば、戦闘の余波で崩れたビルがあった。風化していて壁はなく、鉄筋コンクリートの柱と枠組みが残っているだけだ。
──ああ、あれならちょうどいい。ブースターを吹かして一息で移動する。少女が追い打ちで銃を連射するが無視して、柱を右アームでもぎ取った。
右アームで柱を振り回しながら空中の少女に殴りかかる。柱が傍を通り過ぎる時の風圧で彼女はうまく飛べないらしく、いままでのように銃で流せないようだった。そのまま建築物が乱立する市街地まで押し戻していく。銃弾は柱で弾く。開けた場所でないなら飛びにくいだろう。
『聞こえてないのかい!』
なんだかとても体が軽い。思うように体が動く、思うように状況が進められる。こんな気持ちは初めてで、カヤツリは気分が良かった。いまなら生身でもホシノといい勝負が出来そうだった。なんだか耳元がうるさいが無視した。
「……っ」
ついに躱しきれなくなったのか柱が少女にクリーンヒットした。直撃の瞬間に翼でガードしたようだが、そのまま地面に叩きつけてやった。身体が小さいせいかよく飛んだ。そのまま追撃。柱を少女に向かって振り下ろす。
『アンタ! もういいよ! そのまま煙幕焚いて脱出しな! 自爆はこっちで……』
少女は体勢を立て直していて、銃でガード。柱と銃で鍔迫り合いになった。力が拮抗していて、お互いに動けない。今の状況で彼女は打つ手はないが、カヤツリにはレールガンがある。いざという時のために積んであるのだ。
コックピットの隙間から銃口を突き出す。展開して構えるとビナーの時と同じように砲に青白い雷光が走る。狙いは目の前の少女だ。
耳元がうるさい。今はコイツを動かなくするのに忙しい。自分を狙う雷撃に気づいたのか、少女の顔に焦りが見える。だがもうお前は逃げられない。お前はここで倒れろ。
『怒りで頭がトんでるのかい! これ以上はダメだよ! 全滅させたら意味がないじゃないか! ……畜生!!』
本当にうるさい。早くコイツを無力化して、ホシノと先輩の所に帰らなければならない。アビドスを。あの二人の場所を守らなければ……二人が待っているのだ。彼女たちは幸せにならなければ。そうあってほしいのだ。だから、お前はここで死──
レールガンから雷撃が発射される直前に、カヤツリの乗った機体が爆発した。コックピットにも爆発が連鎖してレールガンが暴発する。市街地を爆発が飲み込んだ。