ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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259話 予想外のデッドエンド

「少し、予想と違うか……」

 

 

 未だに滅ぶ様子を見せない映像に、セトは不満そうに舌打ちした。どうにも、自分の予想とは違った展開らしい。

 

 

「貴女の予想だと、どうだったんです?」

 

 

 検索の設定が終わってから、しかめっ面で映像を見ていたホルスがポツリと言った。

 

 

「鍵……ケイ。あれが暴走すると思ってた。ケイが死ぬか、アリスが壊れるか。それか両方か。どちらかが起こると思ってた。それが、ミレニアムの詰みポイントだから」

 

「それに、何の問題があるんですか? 今の映像を見る限りは、そうなっていないようですが。彼も相変わらずのようですしね」

 

 

 厭味ったらしいホルスの言葉をセトは無視する。一々、反応していたら時間がいくらあっても足りない。そして、この質問が出るという事は、未だに何も理解していない。

 

 

「この映像の終わる時期、私たちの世界では何があった?」

 

「そうですね……この時期なら、エデン条約関連は収束しているでしょう。あの地下の引きこもりには早い。となると……ああ、あれですか」

 

「そう、色彩が来た」

 

 

 色彩。正確には並行世界のシロコことアヌビスと、これまた並行世界の先生ことプレナパテス。おまけのシッテムの箱のAIとカヤツリとホシノの成れ果て。それがやって来た時期だ。

 

 セトは検索終了時間のバーを見る。まだ一つしか完了していなかったが、その一つの映像の終了時期は分かる。

 

 

「今分かるだけでも、ゲヘナは同じくらいの時期に滅んでる。一番長続きした場合でこれだから、多分、どのルートも最終試練はこれなんでしょう。何が切っ掛けで外からやってくるのかは分からない」

 

 

 ──思いたくはないけど、シロコが存在する時点で確定した事象なのかもね。

 

 

 そんな嫌な推測がセトにはあったが、口には出さなかった。そんな事よりも他の方を考えた方が精神衛生上いい。少なくともセトが知る限り、世界が滅ぶ原因は幾つか見当がつく。セトは指を三本立てた。

 

 

「色彩が来る前にも、世界が滅びかけたことがある。それこそ、何度も見た小鳥遊ホシノの暴走」

 

 

 耳が痛いのか、ホルスが目を逸らした。

 

 

「エデン条約でのベアトリーチェの暗躍。それに伴う彼女の目的と手段」

 

 

 先生からのまた聞き。それと黒服の愚痴からではあるが、カヤツリはベアトリーチェの目的について、ある程度の情報を握っている。カヤツリからしたら、意味のない情報ではあるが。セトにとっては違う。それが、世界を滅ぼしかねないモノだと分かる。

 

 

「そして、名もなき神々の王女の覚醒。これが、私の把握する範囲内での世界滅亡の直接的な原因」

 

「それで今回の場合は色彩でしょう? 何が予想外なんですか?」

 

「詰みポイントと言ったでしょう。私たちの世界で、アリスとケイがどんな役割を果たしたか忘れたの?」

 

「何って、アトラ・ハシースを覆う多次元防壁の解除……ああ、そういう事ですか」

 

 

 ホルスはようやく納得した様子だった。ホルスの言った通り、色彩襲来の際、アリスが行った事は多次元防壁の解除。それが無ければ、アヌビスとプレナパテスの元まで辿り着けなかった。そして、多次元防壁はあの二人でないと突破できない。

 

 

「色彩を乗り越えるためには、アリスとケイ。名もなき神々の王女の存在が必要不可欠。あの段階まで、名もなき神々の王女には存在してもらわないといけない。それも、名もなき神々の王女としての能力を振るえる状態で」

 

「中々、無茶じゃありませんか?」

 

「だから、詰みポイント。世界を滅ぼす直接的な原因のくせして、ある一定期間までは排除できないんだから」

 

 

 そう、詰みポイントとはそういう意味だ。いつ爆発するか分からない爆弾なのに、排除することができない。自分たちの味方になってもらわないといけない。その上、当の爆弾は敵方と来ている。

 

 

「それで予想外って言ったうちの一つは、アリスがテイルズ・サガ・クロニクルをプレイしなかったこと。向こうのアリスは、私たちの世界のアリスとは少し違う」

 

 

 今も流れている映像を横目で見る。こちらの世界と同じように、テイルズ・サガ・クロニクル2は特別賞を貰ったらしい。画面の中のアリスは、嬉しそうに。何かを噛み締めているかのように微笑んでいる。こっちのアリスなら飛び跳ねるくらいはするだろう。

 

 

「とても理性的で、理詰めで行動する。そして、自分が名もなき神々の王女である事を知らない。あれじゃ、ケイを説得するのは難しいかもしれない」

 

 

 こっち側の鍵。セトの居る世界のケイは、鍵であることを捨てた。アリスのサポートとして生きていくことになる。口に出すのは簡単だが、それは簡単ではない。

 

 自身の存在理由を捨てる事は、思い付きで出来る事ではない。ケイの性格なら猶更だろう。それが出来たのは、アリスが説得したからだ。ケイと同じ存在であるアリスが、感情の赴くままに自身の感情を伝えたからできたことだ。画面の中のアリスは、そうできるかは半信半疑といった所か。

 

 そう思いつつ、画面の中で、カヤツリに噛みつくケイを見てセトは笑った。

 

 

「ただ……ケイの方がテイルズ・サガ・クロニクルをプレイしたから感情豊か。この様子じゃあ、説得の必要もないかもしれない。まぁ全部滅ぶんだけど」

 

「ドライですね……」

 

「一々まともに受け止めてたら変になる。これは私たちには、どうしようも出来ないんだから。それに、まだ半分も行ってない」

 

 

 勿論セトとて、いい気分ではない。だが、自分たちに出来るのは、この結果を受け止める事だけだ。ホルスの方は、何かを振り切るように口を開く。

 

 

「それで、もう一つの予想外が、その点ですか」

 

「そう。上手くいっているのに、この世界は滅ぶことが確定してる。除外条件に小鳥遊ホシノの暴走が入ってるから、それ以外の原因でね」

 

 

 ホルスは、考え込んで。何かを思いついたのか手を叩いた。

 

 

「契約の所為ではないですか? ケイの方を縛ったでしょう? あれで、名もなき神々の王女の力が使えないのでは?」

 

「その時は、条件を追加すればいい。そのくらいはカヤツリも考えているでしょう。必要なら、そうする。ケイも使命を横取りされるのは癪だろうから、拒否はしない」

 

「分かりません……もう、いいですよね」

 

「あ! ったく……そんなに見たくないわけ?」

 

 

 考えるのが面倒になったのか、ホルスは画面を早送りし始めた。該当箇所までスキップするつもりらしい。

 

 気持ちは分からないでもない。多分、ホシノとカヤツリとリオのやり取りを見たくないのだろう。今も、ちらっと見えた映像に苦虫を噛みつぶした顔をしている。

 

 そんな調子で、しばらくは平和な映像が流れていたが、急に画面が真っ赤に染まった。

 

 

「やっぱり来たか。それで、地上の様子は……ああ」

 

 

 セトは顔を顰めた。映っているのはモニターだらけの部屋だ。モニターにはキヴォトス全域の状況が映っている。窓の外の空の色と同じように画面は真っ赤で、良い状況では無いことは直ぐに察せられた。

 

 

『先生は……?』

 

『無事のようね。だけど、こちら側の損害が酷いわ。カイザーは退いて静観の構えのようだけど、私たちの状況は変わらない。これから、アトラ・ハシースの方舟の多次元防壁を破壊しなければならない』

 

『カイザーからのウトナピシュティムの本船奪取の際にも、少なくない損害が出ました。アビドスの皆さんは平気だと言いますが……』

 

『直前にビナーと一戦交えているのよ? 整備の為に一日休息を入れたとはいえ、万全とは言い難いわね。けれど、この休息のお陰で、事前に多次元防壁の変更が可能である事を察知できたのが救いかしら』

 

 

 リオとヒマリが沈んだ表情で話している。聞く限りでは、状況は良くないらしい。

 

 

「カイザー? この状況でですか?」

 

「多分、サンクトゥムタワーの襲撃事件の事でしょう。ただ、私たちの時とは違う。どうにも、手酷くやられたらしい」

 

 

 セトは、ホルスの相手をしながら机の上の報告書を盗み見る。内容を確認して、セトは眉間を抑えた。

 

 

『しかし、最初のカイザーの襲撃を阻止できなかったのは痛手ですね。サンクトゥムタワーの制御権は守り切れましたが、各学園の連携が滅茶苦茶です。蔓延していた誤情報のせいです』

 

『……デマに踊らされたと?』

 

『そう。先生はミレニアムに監禁されている。そんなデマです。勿論ゲヘナ版とトリニティ版、アビドス版。その他のモノもあります。やられましたね』

 

 

 リオとヒマリの重苦しい会話を聞いて、セトはここまでの状況が目に浮かぶようだった。

 

 こんなものを先生がいない状況で、しかもキヴォトスに謎の高エネルギー反応がある状況で、誰もが先生を必要とする状況ですればどうなるか。

 

 まず、先生を探すだろう。そして見つからない。まさか、連邦生徒会内部に裏切り者がいるとは誰も思わない。そして、探せるところを探した後人間はどうするか。

 

 探していない所を探す。それは当然の思考だ。失くしたモノはとても大事なものだから、満足いくまで探すだろう。自分の目で確認しない限り納得できない。

 

 そして、この場合の探していない場所。それは他学園の自治区内だ。

 

 普段なら、その自治区を治める学園の報告を信じられるだろう。しかし、こんな情報が出回ってしまえばそうもいかない。捜索したけれど先生は居ませんでした。そんな言葉を信じられるわけがない。上は兎も角、下が納得しない。

 

 自治区内を探させろと押し問答になる。そこで銃が出てしまえば終わりだ。撃った撃たないの乱闘が始まる。それはどんどん広がるだろう。だって皆がそうしているからだ。

 

 下が理性的だったとしても、人為的に起こせばいい。やられ役と実行役を用意して、相手を煽って、相手に掴みかかって。そうすれば、掴みかかられた方は威嚇で銃を向けざるを得ない。その瞬間に、群衆の中で空砲を撃てばいい。やられ役は撃たれた振りをして、血糊でも使えば完璧だ。後はサクラを使って扇動すればそれでいい。

 

 セトの知っているあの大人は、それくらい出来るしやるだろう。

 

 

「しかし、何故カイザーがこんな嫌らしい手を? あの時は、結局力押しで来たはずです」

 

「上が違うんでしょう」

 

「上?」

 

「私たちの世界と向こうの世界。カイザー関連で決定的に違う事があるでしょう?」

 

 

 ホルスがセトを睨んでくる。さっさと言えという無言の圧が、セトにのしかかる。仕方なくセトは口を開いた。

 

 

「理事。この世界ではカイザー理事が失脚していない。きっとこの作戦の指揮を執ったのはアイツ。ジェネラルじゃなくてね。先生を警戒して、こんな手を使うのは。先生を評価しているアイツか、黒服位のモノでしょうね」

 

「カイザーの襲撃が、意図せず色彩側のアシストになっている。つまり、理事はアビドスで失脚してもらわなければならなかったと? そんなの……」

 

 

 信じられないような目で、ホルスは画面を見つめている。画面の向こうの状況は最悪だ。

 

 こちらの世界では起きなかった小競り合い。あれで、少なからず各学園の戦力は消耗してしまった。それだけならまだいい。最悪なのは、不信感が残ってしまった事だ。

 

 あんな単純な情報で小競り合いが起きた。それくらいの事を相手はするのだと。全員の脳裏に刻まれてしまった。そんな相手と共同戦線を張れるだろうか? 張れたとして、どこまで信用して背中を預けられるのだろうか?

 

 先生がいれば、そうはならない。先生を信じて、先生がいるならと普段のパフォーマンスを発揮できるかもしれない。しかし、この後。先生はウトナピシュティムの本船でアトラ・ハシースの方舟に突入するのだ。その間は先生は地上にいない。

 

 先生が居ない状態で、地上は持ちこたえられるのか? 終わりのない虚妄のサンクトゥムの守護者を撃退し続けられるのか? 直接先生に助けられた人間なら持ちこたえられるだろう。先生が来てくれると信じられる。前にそうしてもらったからだ。しかし、そうでない人間は無理だ。そして、このキヴォトスには、そんな人間の方がずっと多い。つまり、何かきっかけがあれば総崩れしかねない。

 

 

「カヤツリは? こっちでは独自に動いたでしょう?」

 

「そうしたみたいだけど。無理。こっちみたいにはいかない。面識が無い」

 

 

 ホルスが漏らした文句に、セトは冷たく答えた。何度も言うように状況が違う。

 

 

「こっちみたいにゲヘナとトリニティの伝手が無い」

 

「トリニティは兎も角、ゲヘナは? 砂漠横断鉄道の取引があったでしょう」

 

 

 セトはため息をついた。それは違う。その場合の面識はゲヘナとの面識だ。それでは意味がない。

 

 

「確かに、空崎ヒナや万世マトとの面識はある。ホットラインを小鳥遊ホシノへ譲渡したとはいえ、まだ使えるでしょう。けれど、この場合の面識って言うのは、羽沼マコトとの面識。それと百合園セイアや桐藤ナギサみたいなトップとの面識」

 

 

 サンクトゥムタワーの襲撃は容易いことでは無い。カイザーですら、あれだけの手間をかけた。よって、それなりの準備がいる。公的な言い訳や、後詰めの戦力等々。つまり、こちら側は三大校への伝手があった。だから、ミレニアムだけの向こうと違って、バックアップ体制が完璧だったのだ。

 

 

「あと、この暴動で風紀委員会は動けない。正義実現委員会もね。他の自治区もそう」

 

「しかし、あの娘がいますよ」

 

「小鳥遊ホシノ? 状況が違うと言ったばかりなんだけど。こっちとは違って、カイザーがまだ健在なのを忘れたの?」

 

 

 こちら側では、理事がいなかった。寧ろ、カヤツリは理事からある程度情報を流してもらっていた。だから、ホシノを呼べたのだ。

 

 しかし、向こうはこれが無い。

 

 

「理事が健在のカイザーに、ウトナピシュティムの本船の確保に増援が来ている状況。なおかつシロコが行方不明で各地で暴動が起きている。この状況下でアビドスから、最高戦力の小鳥遊ホシノを呼びつけるなんて選択をカヤツリは出来ない」

 

 

 恐らくは、後手に回らざるを得なかったのだろう。こちら側でもそうだったが、先生は結局独力で脱出したのだ。セトは深くため息をついた。

 

 

「まあ、良い事もある。公に調月リオが参加できるお陰で、突入前に多次元防壁を察知できたみたいだから。勿論、向こうがそれを好きに変化させられることもね」

 

 

 画面の中ではミサイルの雨が上空のアトラ・ハシースの方舟に向けて殺到していた。多くはすり抜けるが、幾つかは遅れてすり抜けた。

 

 

「何ですか、あれは……」

 

「調月リオの本領でしょう。ミレニアム中の演算装置で防壁を演算した。足りない分は自分の頭でも使ったのかもしれない。それでミサイルの幾つかに本命を紛れさせたみたい。ウトナピシュティムの本船じゃ無いから、計算が不完全で空振りに終わったけど、次にとる手は直ぐ分かる」

 

 

 セトは映像を早送りする。目当ての箇所は直ぐに見つかる。なにせ、大きいから分かりやすい。止まった映像を見たホルスは抗議の声を上げた。

 

 

「ウトナピシュティムの本船による突入ですか? こちら側と変わらないじゃないですか」

 

「違う。見てみなよ」

 

 

 セトは上空へ向けて浮遊していく本船ではなく、地上を指差した。浮上する本船から離れた場所。ミレニアムの方角から、眩い光が立ち上った。

 

 

「アリスとケイの協力。名もなき神々の王女の部分的な覚醒。勿論制御されている上でのね」

 

「本船からではなく、地上からの狙撃!?」

 

 

 生成された見覚えしかない巨大なレールガンを見て、ホルスは驚きの声を上げた。

 

 

「本船に乗ったら、アリスとケイは本船から攻撃を受ける。こちら側では、色彩側が防壁を変更できると知らなかったから、ああなったけど。分かっているなら話は違う」

 

「情報リソースは? 本船が使えないのは……」

 

「作りかけだろうけどエリドゥがあるし、キヴォトス中からリソースはかき集めたと思う。本船を使うのは最終手段でしょう」

 

 

 地上からなら、アリスとケイは本船の被害を受けない。名もなき神々の王女の能力と()()()()()()アリスの基礎スペックをケイが使用する。向こうが防壁を変更しても、二人なら対応可能だろう。問題のファイアウォールはアリスが承諾しているから気にする必要もない。

 

 セトの想像通りに、地上からの砲撃が本船より先に防壁へと直撃した。すり抜けずに拮抗して、黒い防壁の向こうが透けている。防壁が点滅している様子から、向こうは防壁を変更しようとしているが、その都度アリス側が対応している。防壁の点滅が段々と静まって、防壁が消えていく。

 

 

「上手くいったか。アヌビスに勝てなかったパターンかな……ん?」

 

 

 本船が防壁の内部に侵入したところで、妙な気配をセトは感じた。気配の元である地上を見る。

 

 役目を終えたレールガンは沈黙している。それはいい。しかし、アリスとケイから嫌な気配が止まらない。その正体を探って、セトは違和感に気がついた。

 

 

「役目は終わったのに、何をしてるの?」

 

 

 アリスの様子がおかしい。名もなき神々の王女の能力を止める様子が見えない。このまま行けば、完全に覚醒しかねない。

 

 

「ケイが裏切った? この状況で? あり得ないでしょう!? 契約だってあるのに……そもそも、アリスが抵抗するはず……!」

 

 

 セトは仮説を次々と口に出すが、すぐさま否定する。セトの中の常識が仮説を成り立たせない。その間にも、名もなき神々の王女への覚醒は止まらない。

 

 

()()が出てきましたね」

 

 

 ホルスに言われずとも分かった。アレは、アリスではない。ケイでもない。もうミレニアムの制服を着ていない。黒いドレスのような服を着ている。綺麗な青い目も真っ赤に染まっていた。

 

 

「彼女って何!? 何か知ってるんでしょう!?」

 

 

 何か知っていそうなホルスに、セトはきつい口調で問い詰めた。セトは何かを見落としていて、ホルスはそれを知っているのだ。こうもなる。

 

 

「だから、アレは名もなき神々の王女ですよ。アリスでもケイでもありません」

 

「そんなの! 分かって! ……いや、アリスでもケイでもない……?」

 

 

 その言葉がセトの中で引っかかった。細い糸がセトの中で繋がっていく。

 

 

「名もなき神々の王女って、アリスをケイがサポートする。そういった形じゃ……」

 

「そうですが違いますよ。アリスとケイは元々一つだった。誰かに無理やり引き裂かれて、ああなっただけです。最初から私たちがアリスと呼ぶ人格という訳ではない。ケイだって最初は機械そのものだったでしょう? あれは真っ新になったところに名前を付けただけですから。元々の色というか、名もなき神々の王女という本来の主体があるに決まってるでしょう」

 

 

 今更、セトは考え違いに気がついた。多分、カヤツリもそうだろう。根本から間違っていたのだ。

 

 文字通りに、二人で一つだったのだ。アリスとケイが合わさって、全く別の。名もなき神々の王女という主体があった。アリスとケイはその二つから分裂したに過ぎない。名もなき神々の王女とは、全くの別個体なのだ。

 

 

「でも、どうやって……」

 

「目の前にあるじゃないですか」

 

 

 ホルスが、しかめ面で画面を指差した。上空に浮かぶ黒い船を。

 

 

「アトラ・ハシースの方舟? それが、どうし……待って、アレは唯のコピーでしょう!?」

 

「ええ。アレは本物ではない。しかし、色彩による完全なるコピーです。だからこそ、多次元防壁も展開できる」

 

 

 セトはホルスの言いたいことは察せられた。にわかには信じがたいが、目の前で起きているのだから、信じるしかない。

 

 

「アトラ・ハシースの方舟に、多次元防壁にアクセスしたから?」

 

「ええ、なにせアトラ・ハシースの方舟は、本来名もなき神々の王女の玉座ですからね。本来の持ち主である王女がアクセスしたんです。AL‐1Sに異常があるとなれば、補正するでしょう。別世界とはいえ、無名の司祭も居るのですから。あと、名もなき神々の王女の元データ位は搭載しているでしょうしね」

 

 

 きっとクラウドサーバーの様なものだ。アリスですら子機に過ぎなかった。アトラ・ハシースの方舟が、アリスとケイを名もなき神々の王女へと補正してしまった。これでは、契約も意味がない。縛っているのはアリスとケイであって、名もなき神々の王女ではないからだ。

 

 

「じゃあ、こっちが無事だったのは……」

 

「本船に乗船していたからでしょうね。あれは、名もなき神々への対抗兵器。アトラ・ハシースの方舟からの干渉は弾くでしょう。それに、そうする意味もなかった」

 

「それは、本船でプロトコルATRAHASISを使ったから? 対抗兵器でアリスが力を解放すれば、本船に破壊されるから……」

 

「それと……アリスの方が壊れていたのもあるかもしれません」

 

 

 ホルスは神妙に頷きながら補足した。セトは、大きなため息をつく。

 

 

「テイルズ・サガ・クロニクルをプレイするのは、アリスじゃないといけなかった……?」

 

「そういう事になりますね。電子データでしかないケイだと、上書きされて終わりでしょう。勿論アリスの人格も。私たちの時は、電子データではないアリスの躯体が壊れていたから、上手くは行かなかった」

 

 

 提示された正解ルートに舌打ちしながら、セトはホルスを睨んだ。

 

 

「随分と詳しい。何か隠してるでしょう」

 

「貴女が見なかっただけじゃないですか」

 

 

 見なかったという言葉で、セトは唇をかんだ。

 

 

「天童アリスルートみたいなこと言ってたのはそっちでしょうに」

 

「貴女が勘違いしただけです。私は王女ルートと言いましたからね」

 

 

 ホルスは悪びれる様子もない。セトは聞こえるように舌打ちして、王女ルートの進捗状況を見るが、再び大きく舌打ちする。

 

 

「何これ、全然進んでない……」

 

「彼女は、我儘で、欲張りで、恐ろしく嫉妬深いですからね。王女なので当然らしいですよ。末路は察せるモノがありますが、見るのは多分最後になるんじゃないですか?」

 

 

 そう言いながら、ホルスはちらりと画面を見た。続けてセトも見るが、状況は最悪だった。

 

 アリスとケイ。もとい、名もなき神々の王女の後ろに、何かが現れ始めている。それは上空に浮かんでいる物と同じ。本物のアトラ・ハシースの方舟が顕現していた。

 

 

「ここから先は……もう終わりか」

 

 

 もう見なくても、この先が分かった。これが世界が滅んだ原因なのだろう。ホルスが言うに、王女の性格は分かる。きっと偽物の方舟へと向かう。ここから先の事は嫌でも分かる。

 

 方舟(バケモン)には方舟(バケモン)をぶつけんだよ! そんな台詞も浮かぶが、漁夫の利とはいかないだろう。こちらとの戦力差が開き過ぎだ。それに良い予感もしなかった。

 

 そんなセトの考えを代弁するかのように、静かにホルスが呟いた。

 

 

「ええ、勝った方が私たちの敵になるだけです」

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