ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
あの後の結果は、セトの予想を外れる物でもなかった。偽物が本物に勝てる道理もない。あっという間に映像は終わった。
ちらりとホルスの方を見ると、眉間の皺が寄っている。きっと、セト自身も同じ顔をしている。
ホルスのアタリがきついのも、多少は分かった。映像と今いる世界は違うのだとは分かってはいても、多少なりとも負の感情は残る。ホルスは、ホルスなりに我慢していたのかもしれない。
「切り替えていく」
嫌な想像と気分を振り払うように、短くセトは言い切った。その声は、静かになった部屋では、やけに響いた。くるりとホルスがセトの方に皺の寄った顔を向ける。
「次に行くと? そろそろ、教えてくれても良いと思いますが」
「まだ一つだけしか見てないのに、結論は出せない」
セトの予想は外れていない気もするが、一発目から予想外の展開だったので、少しばかり自信が揺らいでいた。ホルスの方は、セトの考えを知ってか知らずか、答えのお預けを食らっているせいか、不機嫌さを隠す気もない。
「はぁ……今回のミレニアムの感想はどうでしたか?」
「ちょっと理不尽が過ぎる」
セトの答えに、ホルスの不機嫌さが緩むのが分かった。どうにも、期待していた答えが返ってきて嬉しいらしい。先を促すような視線を感じつつも、セトは口を開く。
「絶対にやらなくちゃならない事があるのはいい。でもそれが、あまりにも突拍子もない」
アリスにテイルズ・サガ・クロニクルをプレイさせる。これが絶対にやらなければならない事だった。理事の失脚はやった方が良いというレベルだが、テイルズ・サガ・クロニクルのプレイは必須イベントと言ってもいい。そんなもの、分かるはずもない。
それに、分からない事もある。何故、アリスとケイは分断されていたのか。あの扉は何故、カヤツリに反応して開いたのか。
恐らく、実行したのは同じ人間だ。そして、あの扉はカヤツリだけでなく、先生にも反応したはずだ。セトの世界ではそうだったからだ。
何故、先生に反応したのかは想像がつく。きっと、ゲーム開発部へアリスを回収させるためだ。こうなってくると、G.Bibleの噂も怪しくなってくる。あの中身は一体、誰が書いた? ゲーム開発部の状況を狙い撃ちにしたような。あの文言は。
「そんなに考え込んで、どうかしましたか?」
「……いや、何でもない」
ホルスの問いかけを、セトは流した。今うだうだ考えても分からない事は、一旦放置するに限る。まだまだ情報が足りない。
「ともかく、他のを見るしかないでしょう」
「また同じじゃないんですか? あのゲームをやっていないから、同じ時期に終わっている可能性もありますよ」
「それこそ、確認するべきだと思うけど? いい気分にはならないのは確実だけどね」
それに、セトの予想が正しければ、全てを実践した後の結果があの映像なのだと思う。あのルートでやれることをやった結果があれだ。だから、どうしようもない事以外。色彩襲来以外の、他のルートの滅亡要因が関わってくることは無いのだと思っている。
ホルスはまだ何か言いたそうではあったが、これ以上は何も言わなかった。そして、セトに向かって一枚のディスクを突き出した。
□
「クキキキ……それで雁首並べて、おめおめと帰って来たわけか? ん~? 答えて見せろ。アコ行政官」
「ぐ……」
万魔殿の本部。そこで、マコトが呼びつけたアコに向かって、今回の件について報告を求めている。それをカヤツリは、ヒナと並んで眺めていた。
あの事件から三日ほど経っているが、特に問題がぶり返したという事もない。
報告をするアコの表情は、普段の苦虫を噛みつぶしたような表情ではなく。珍しいくらいの焦り顔だった。八つ当たりをする余裕もないくらいの状況に、今必死に頭を回転させているのだろう。
反対に、マコトの表情は嗜虐心に満ちていた。とっくに詳細はカヤツリから報告済みで、全部知っているだろうに。内容を態々アコに言わせるところから、それが分かる。
「相変わらずね……」
「それはそう。ヒナの部下を、風紀委員会を合法的に嬲れるんだから。暫く止めないぞ」
ため息交じりのヒナの呟きに、これまたため息交じりの呟きでカヤツリは返す。普段なら、耳ざとくマコトは聞きつけてくるだろうが、今はアコを嬲るのに夢中だからか気づいていない。
「珍しく、助けないのね」
「そっちも、そのつもりはないだろう? こればっかりはな」
多分、二人の意見は一致している。アコは今回の件では助けない。全く持って、アコの為にならないし、アコも望まないだろう。寧ろ、そっちの方が傷つくかもしれない。
「流石に、今回は庇えないというか……しちゃいけない類だろう。それに、やっぱり俺がアビドスの方に行って良かった。話がこんがらがってたからな」
「そうね……」
今も小さくなっているアコだが、今回は巡り合わせが悪かったとしか言いようが無い。アビドスとゲヘナの間の思惑がこんがらがった挙句の顛末だ。
ヒナが聞いたところによると、アコはただ先生と接触したいだけだったらしい。そこに便利屋が騒動を起こしたせいで話が面倒臭くなった。今更ながら、カヤツリ自身の意見を押し通して良かったと思う。
「それで、どんな話をしたのかしら?」
ヒナの言葉に、どきりとカヤツリの心臓が跳ねた。自分の斜め下を見れば、此方を見上げるヒナと目が合う。カヤツリを探る眼差しだ。
「小鳥遊ホシノと、どんな話をしたの?」
「開口一番に戻って来てと言われたよ」
ヒナの瞳が大きく揺れた。
「向こうは、知らないみたいだったから。ゆっくり最初から説明した」
今にも消えてしまいそうな小鳥遊ホシノの表情がカヤツリの頭にリフレインする。何故だか、カヤツリの胸が激しく痛む。あの時もそうだったのだ。
「戻って来てと言われても、俺は何も覚えていない。確かにアビドスに居たという事実はあるが、俺の中にその記憶はない。そんな風に言った」
「私に怒ったでしょう。それとマト先輩にも」
「知ってた。いや、分かってたのか。だから……」
ヒナは、カヤツリの代わりに行こうとしたのだ。カヤツリの代わりに、アビドスと、小鳥遊ホシノとケリをつけようとした。薄々は感じていたことだったが、やっぱりそうだったらしい。
「そう。カヤツリが行けば、きっと小鳥遊ホシノはそうなる。だって、記憶を失っているなんて知りもしない。死んだとすら思っていたかもしれない。そんな小鳥遊ホシノが、貴方が生きていると知ったなら。アビドスに帰って来れないのは、ゲヘナが邪魔をしているからだ。そう思っているに違いなかったから」
カヤツリは、小鳥遊ホシノの視点を想像する。ヒナが言ったとおりの考えになるのも仕方が無かった。マトに会おうとしなかったのも分からないでもない。
「絶対に小鳥遊ホシノは貴方を諦めない。きっとそうするって思ってた。だから、私が出ようと思ってたの。真実を突きつけて、無理やりにでも納得してもらうつもりだった。貴女が思うカヤツリは居ないんだって」
ヒナはまず真実を突きつけて、それからの話をしようとした。らしいと言えばらしい。
「多分、その方が揉めたと思う。小鳥遊ホシノはそんなに強くない。いや、強いけど……折れてるのか」
ヒナのやり方は、受け止める人間頼りの方法だ。事実を受け止めて、立ち向かえる人間。ヒナの様な人間なら適した方法だろう。しかし、カヤツリが会って話して、彼女の過去を考えれば。きっと無理だ。小鳥遊ホシノはその事実を受け止められない。
「そこよ。カヤツリ」
ヒナは揺れが収まった瞳で、カヤツリをじっと見つめてくる。
「今なら分かるわ。私が行っても小鳥遊ホシノは受け止められなかった。でも、貴方が行っても、そんなに変わらないはず。昨日だって、その日のうちに帰れるなんて思えない。だから、何を言ったの? 私がアコと話している間に、何を言ったの?」
「……俺が言ったわけじゃない」
「何ですって?」
驚きの表情をするヒナだが、事実そうなのだから仕方がない。カヤツリは何を言えば、小鳥遊ホシノを止められるかは分かっていたが。そんなものは唯の時間稼ぎに過ぎないのだ。
「そりゃそうだろ。俺が言ったところで、どうしようもない。嘘なんか付けない。直ぐに見破られる」
「となると……先生かしら」
「それと、十六夜ノノミだ。寧ろ、一番の立役者かもしれないな」
カヤツリの話を聞いて、狂乱する小鳥遊ホシノを止めたのは、先生の一言だった。
「じゃあ、もう一回だね、だってさ」
記憶は失っているが、死んではいない。だから、もう一度関係を構築し直せばいい。寧ろ、前よりいい関係を築けるかも知れない。そんな甘い言葉ではあるが、その言葉は確かに、小鳥遊ホシノを止めたのだ。
「十六夜ノノミは? 何て言ったの?」
「それは知らない。なんか、コソコソ囁いてた」
「思い出して。断片でもいいから」
ヒナは少し強く囁く。目を見れば、どこなく真剣な眼差しだ。よっぽど知りたいらしい。メモまで用意する気の入りようだ。仕方なく、カヤツリは記憶を漁る。
「……えっと、自信が無いんですかとか。ホシノ先輩が誰よりも一番過ごしてるとか、知ってるとか……」
「後は? 何かあるでしょう?」
「ああ、そうだ。一番はホシノ先輩だって。何かと比べてるみたいだったが……」
ベキリと何かが壊れる音がした。よく見れば、ヒナの手が真っ赤になっている。一瞬怪我でもしたのかと焦るが、何のことは無い。ペンのインクだ。
どうにも、メモに使っていたペンを握りつぶしたらしい。足元に、ペンの残骸が転がっている。ヒナと言えば、真っ赤に汚れた手も気にせずに、何事かを呟いている。
「そう。そういうこと……勝負ってこと。上等じゃない……」
珍しいくらいに、闘気に満ちたヒナだ。やる気に満ち溢れている。それは、実に良い事だが、問題が発生した。部屋が静かになっている。
「クキキ……」
「委員長……」
マコトとアコの二人が、ヒナを見つめている。マコトはどこか怯えた表情で、アコは少し気まずそうな。突然そんな視線を向けられたヒナは、首を傾げている。
「話は終わった?」
「……後で通達する。行政官を連れて帰って良いが、カヤツリは置いて行くがいい……」
「? 分かったわ。帰るわよ。アコ。私からも話があるから」
「はい……」
ヒナは目配せして、部屋からアコを連れて出て行った。アコにヒナからも色々言うのだろう。
「クキキキ……急に怒ることは無いだろう!?」
ヒナが居なくなって、きっかり一分経ってから、マコトは宙に叫びだした。さっきまで我慢していただろう冷や汗が、滝のように流れ出している。
「感謝しこそすれ、このマコト様に怒気を向けるとは……! エデン条約に手を貸してやろうというのにだ!」
「まあ、落ち着けよ……俺だけ残したのは、その話があるんだろう?」
ヒナの怒気に気圧された事を恥だと感じたのか、怒気を放ったヒナが気に入らないのか。もしくはその両方か。冷や汗を流しながら怒るなどという器用な真似をするマコトを宥める。
単純に、ヒナが怒気を放ったタイミングが最悪だった。怒気自体はヒナが無意識に放ったのだろうが、マコトとアコはそうも行かない。
あの二人は、丁度エデン条約についての話をしていたのだ。今はヒナが主導で進めているそれを、マコトが取り上げるという話になった瞬間にそれだ。ヒナが反応したのは、カヤツリとの話だったが。二人はそんな事を知らない。エデン条約で怒ったと思うだろう。アコは兎も角、マコトがこうなるのも当然だった。
「……まぁいい。行政官の、風紀委員会を糾弾する口実が出来た。この寛大なマコト様が水に流してやろうではないか」
マコトは一人で自己完結して、いつもの調子に戻った。冷や汗もいつの間にか無くなって、普段通りの万魔殿議長としてのマコトが座っていた。
「とりあえず……アビドスと先生。シャーレとの間に問題はないのだな?」
「今もアコから聞いたし、前もってメールで送ったろう。週に何日か、昨日も俺がアビドスとシャーレに通う事で話は付いてる。カイザー関連の事の話し合いだ。こっちにもメリットがある」
「遺産の事は、誰にも漏れていないな?」
マコトの表情は、至って真面目だった。今更になって、何時もいるはずのイロハの姿が無い理由に納得した。初めから、この話をするつもりだったらしい。
「その話は誰にもしていないが……」
「トリニティから要請が来た。エデン条約の件で話し合いたいとな。電話会談だ」
「まだ、三日しか経ってない。嗅ぎつけられたと思うのは早計じゃないか」
しかし、たかが三日、されど三日だ。トリニティへ、今回の騒動の情報が渡るのも時間の問題だった。流石の速さだと感心する。
「アビドスにトリニティの生徒が一時期居たのだろう? 阿慈谷ヒフミだったか?」
「スパイだって? まずないと思うが。話を聞いた感じ、頭のネジは飛んでそうだったが」
ペロロとかいうキャラクターの為に、ブラックマーケットに着の身着のままで行く。その場の空気で銀行強盗に参加する。いかにもハジケているが、スパイならそんな事をしない方が良い。
「だから、天雨とヒナをエデン条約から外したのか?」
「フン。元々、風紀委員会が携わる案件ではないだろう。それに今回の件もある」
確かに、押し付けられたものとはいえ。学園間の間の取り決め事だ。唯の治安維持組織である風紀委員会の出る幕ではない。それに、シャーレと他校を巻き込んだ問題を起こした人間を担当から外すというのも理解はできる。
「らしくないじゃないか。いつもなら、これがゲヘナで押し通すのに」
「トリニティが、シャーレへ要請を提出した。これだ」
情報部が掴んだモノだろう。要請内容をカヤツリは読み込んだ。
「補習授業部……?」
「まだ設立してはいないようだがな。先生に、教員として協力を要請している」
「建前だろう。そんなの。設立前ってことは、その補習授業部からの依頼ではない。それを設立した奴が、先生に会いたいのか」
そんなことが出来る組織は、トリニティに一つだけだ。トリニティの生徒会組織、ティーパーティだけだ。
「今のホストは確か……」
「以前はサンクトゥス分派の百合園セイアがホストだったが、今は入院中らしくてな。今のホストは、フィリウス分派の桐藤ナギサだ。そして、霧散するはずのエデン条約を急速に推し進めているのも桐藤ナギサだ。そして、百合園セイアは一歩も部屋から出てこないらしい。クキキキ……匂うな。カヤツリ」
何となく、マコトの言いたいことが分かった。非常に面倒な事態になっていることを、マコトは危惧している。
「あれか? フィリウス分派の暴走だと? サンクトゥス分派を引きずり落とそうって?」
トリニティの生徒会はティーパーティ。そのティーパーティは三つの派閥で維持されている。時期ごとに、最終決定権を持つホストが持ち回りで任命されるのだが。今期は少しばかり、騒動があった。
現ホストだった百合園セイアが療養したのだ。今年度始まってすぐの事態で、確かにきな臭い。でも、きな臭いがそれだけだ。
「エデン条約の締結の手柄で、ホストを奪おうと? そんなことするかね」
「クキキキ、忘れたのか? カヤツリ。アリウスの事を。散々私を脅かしてくれたじゃないか」
「あー……確かに在り得るか……」
マコトがこんなにも精力的な理由を、カヤツリはようやく把握した。
「エデン条約機構だっけか。トリニティとゲヘナから構成されるやつ。それで、両校の紛争を解決する……」
「トリニティ対アリウスの抗争に、我々ゲヘナが巻き込まれるかもしれん」
マコトの言葉にカヤツリは顔を顰める。十分にあり得る事態だ。アリウスは元トリニティ。正確には微妙に違うが、元々は前トリニティの一派だ。エデン条約機構の条件に当てはまらない事もない。
アリウスはトリニティに敵愾心を抱いている。それはマコトに来た密約からも分かる。つまりは、近々アリウスはトリニティに攻め込む予定という事だ。そして、トリニティもそれを感づいているのかもしれない。
だから、エデン条約を急いでいるのではないのか? マコトではなく、ヒナでもいいという姿勢。それにシャーレへの依頼。全く手段を選んでいない。そして、今回の電話会談だ。嫌な予感がむくむくとカヤツリの中で頭をもたげる。
「それで、何をして欲しいんだ?」
「電話会談に参加しろ。向こうの狙いを探れ。カヤツリよ。それくらい出来るだろう?」
マコトの顔は真剣そのものだった。雷帝の遺産がらみでしか見たことが無いマコトだ。いつもの、さっきまでのアコを嬲っていたような表情ではない。
「いつからだ?」
「キキッ! そう言ってくれると分かっていたぞ!」
まだやると返事はしていないのに、すっかりその気になっているマコトにカヤツリは呆れた。けれど、それを表に出さずに、いつもこうならいいのに、そう思いながら、自慢げに語るマコトの言葉に耳を傾けた。
ゲヘナ編は短めの予定です。