ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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262話 埋め合わせ

 ザクザクと、土を掘る音が響いていた。その音の出所は、アビドス高校の校庭の大穴からだった。

 

 

「ん。セリカ。交代」

 

 

 その穴から、一掬いの砂が放り出された後、シロコの頭がひょこりと突き出している。

 

 セリカはといえば、疲労が滲んだ顔で、スコップをシロコから受け取っていた。

 

 

「ホントに何かが出て来るのかしら……」

 

「掘るだけで、事態が解決するとは聞きましたが……」

 

「カヤツリ先輩でしたか……あの人が言うんですから、何かあるんでしょう」

 

 

 後輩たちの心配そうな声を、ホシノは何とも無しに聞いていた。

 

 何だか、心が浮ついている。フワフワしていて、捉えどころがない。今はそんな気持ちではいけない筈なのに。懐かしい気持ちで一杯だった。

 

 

「ホシノ先輩!」

 

「うへ!? なぁに? セリカちゃん。おじさんの番はまだ先なんだけど……」

 

「そうじゃないわよ! 何か聞いてないの!?」

 

 

 セリカは、腰に手を当ててお冠の様子だった。穴の方を見れば、シロコが穴の淵から這い上がるのに苦労している。ホシノの番から、余程深くまで掘り進めたらしい。

 

 

「おじさんは、何も聞いてないよ」

 

「え? でも、コソコソ何か話してたじゃない。アレは、穴の中のことなんじゃないの?」

 

 

 そうとも言えるし、そうでないとも言える。ホシノはセリカへどう答えたものか悩んだ。

 

 

「おじさんは、ここを掘ってくれって言われただけだからね。何が埋まってるかは聞いてないんだ」

 

「えっ……お金が埋まってるんじゃ……」

 

「さぁね? 何が埋まってるかは知らないけど、現金ではないと思うな」

 

 

 口ではそう言いながら、ホシノはこの穴の中にある物の大体の予想が付いていた。

 

 一年間だ。本当はもっと短いけれど、このアビドスを宝探しで掘り返した経験がある。砂からの手応えで、埋まっている物の正体は分かっていた。

 

 ホシノは腕時計を確認する。もうすぐ昼だ。利子を払い終えるまでのタイムリミットはあまり残されてはいない。ギラついた日差しが、ホシノたち対策委員会を照り付けていた。

 

 

「やっぱり、手分けして仕事した方が良かったんじゃ……」

 

「でも、セリカちゃん……カイザーPMC。そこの理事さんからの請求は、到底払えないよ。時間がないから……」

 

「ん、アヤネの言う通り。それこそ、もう一度、銀行強盗をするくらいしかない。でも……」

 

 

 アヤネがセリカの愚痴へ困ったように答えて、シロコもそれに同調した。

 

 

「先生にも止められちゃったしねぇ……おじさんたちにできるのは、ここを掘ることくらいだよ」

 

「うう……こんなの理不尽じゃない……!」

 

 

 遂にセリカが怒り出した。

 

 

「何で、私たちがこんな目に会わなきゃいけないのよ!」

 

「セリカちゃん……それは……」

 

「皆、なんで好き放題するの!? そんなの……そんなの!」

 

 

 セリカの、その怒りの矛先は、きっと色々なものだ。かつて、ホシノが感じていた怒りだった。

 

 その時、ホシノはどうして欲しかったのか。ユメ先輩に何と言って欲しかったのか。未だに答えは出ない。でも、ユメ先輩はユメ先輩なりの答えを言ってはくれていたのだ。未だに、その意味は分からなくとも、今は、ホシノがそうするべき立場だった。

 

 

「カイザーは、宝物を探してるって言ってたでしょう?」

 

「ホシノ先輩……」

 

 

 セリカが、珍しいモノを見る目で見ている。

 

 

「カイザーはアビドスが欲しい。正確には土地がね。その他の物はどうでもいいんだよ。PMC基地でも言ってたでしょ? 終わった土地って」

 

「だからって……」

 

「そうだねぇ。間違ってる。世間の常識から言ったらそうだよ。力があるからって、何でもしていいわけじゃない。その筈なのに、ズルいよねぇ」

 

 

 ホシノは笑う。そう、間違っている。だからと言って納得出来るかは別の話だ。昔の自分もそうだった。今だってそうかもしれない。目の前のセリカと同じように。

 

 

「だったら、私たちも……うう……」

 

「そうだねぇ……やり返してもいいって思いたいよねぇ……銀行強盗の時みたいにさ?」

 

 

 その時の事を思い出す。ヒフミを含めた全員で、先生を押し切った。でも、今になって思うのだ。

 

 

「……カヤツリがこの前言ってたんだけどね? 正しいってことは一番強いらしいよ?」

 

 

 コソコソ話の中で言われた事だ。今なら何となく、その意味が分かる。

 

 もし、もし先生の言う通りに、時間をかけて正式な形式を取っていたなら。

 

 もっと早くにカタがついたのではないか? こんなことにはならなかったのでは? あの致命的な証拠が使えたなら、借金か利子を大幅に削減。それどころか帳消しに出来たかもしれない。

 

 それは、もうもしもの話だ。ホシノたちは、もう選択してしまった。今更、カヤツリの言葉が思い出される。

 

 

「でも、セリカちゃんは偉いね。ちゃんと考えてる」

 

 

 私とは違ってね。そんな事を思う。きっと昔のホシノなら、感情のままに突撃していた。納得が出来なかったからだ。誰も、丁寧に教えてはくれなかった。そうホシノは思っていた。でも、本当は違うのだろうなとも思っている。

 

 だから、自分がして欲しかった事を、今度はセリカへするのだ。まだまだ不満そうなセリカへ、声をかけようとして、ホシノは校門の方から大勢の気配を感じた。

 

 視線を向ければ、綺麗に整列した集団と、その前に佇む一つの人影が見えた。

 

 

「取り込み中の所、失礼する」

 

 

 そんな言葉を発して、近づいてきた人物には、ホシノは見覚えがない。けれど、何処の人間かは分かった。

 

 

「カイザーPMCが何の用? 見ての通りに忙しいんだけど?」

 

「何、直ぐに済む」

 

 

 軍服と軍帽から、カイザーPMCの指揮官らしきその男は、部隊を引き連れて校庭へ侵入してくる。上空のローターの音から、ヘリまで来ているらしい。対策委員会全員の意識が張り詰めた。

 

 

「そこに、我々の探す物があるのだろう? 手伝ってやろうではないか」

 

「随分と横柄なヤツだね。不法侵入だと思うんだけど?」

 

「ククッ、確かに、そうかもしれないな。しかし、それは時間の問題だろう? 決まった結果が早く来ただけだ」

 

 

 ホシノは舌打ちをした。その一言だけで、相手が何をしてくるかが分かったからだ。

 

 

「君たちの掘り出している物。それを利子として徴収しに来ただけだ。ああ、安心してほしい。足りなくても、君たちには、まだここの土地という払えるものが残っている」

 

「ふざけんじゃないわよ! いったいどういうつもりよ!」

 

 

 相手の言う事を理解したセリカが激昂した。他の面々も、険しい顔を向ける。

 

 

「まだ、時間はあるはずです。そんな無法が通るはずが──」

 

「通るさ。今までだって、そうだっただろう?」

 

 

 アヤネが悔しそうに黙る。

 

 

「連邦生徒会は君たちを無視した。他の学園もだ。キヴォトスの皆が、アビドスが終わりかけているという事を知ってはいるが、誰も何もしなかった。それはなぜか? 非常に簡単な答えだ」

 

 

 その男は愉快そうに告げる。

 

 

「関係が無いからさ。自分に関係が無いから、利益が無いから無視をする。だから、ここで我々が何をしても何も起きない。君たちが抗議をしたところで意味もない」

 

「そんなわけない! だって、これは犯罪よ! 確かな証拠が……!」

 

「証拠? そんなもの、どこにある? そして、それを真面目に検証する人間が居るとでも?」

 

「先生がいるわ!」

 

「おお、先生、先生ね」

 

 

 先生という言葉を聞いた男は、大仰に驚いたふりをした。

 

 

「確かに、あの大人はするかもしれないな。最初の仕事に、こんなところを選ぶくらいだ。実にお優しいことだ。しかし、君たちは、アビドスはそれまで保つかね?」

 

 

 ノノミとアヤネが、嫌な顔をする。ホシノにも、男の言っている意味は理解できた。

 

 

「検証とは時間がかかる。その間にも証拠は風化していく。そして、君たちに有利な結果が出たとしよう。その時には、ここはどうなっている? 君たちにそんな余裕はあるのか?」

 

 

 全員、何も答えなかった。答えは分かり切っている。それを見た男は、上機嫌そうに頷いている。

 

 

「そう。保ちはしないし、余裕もない。そして勘違いをしている。証拠が真実かそうでないかなど、どうでもいいのだよ」

 

「そんなはず……」

 

「なら、どうして今、こうなっている? 君たちは助けを求めているのに、先生とやらが来るまで、誰も手を差し伸べなかった。我々の都合の良いように物事が進んだ」

 

 

 言い返そうとしたシロコは黙りこんだ。何かを言い返そうとするも、答えが見つからないのか、口をもごもごさせている。

 

 

「そうだな。君たちには分からないだろう。だから、その様なのだよ。君たちが幾ら訴えても聞き入れられず、我々の訴えが聞き入れられる理由は実に単純だ。信用の差だよ。利益の差と言ってもいいかもしれない。そこの、ネフティスのお嬢さんはロジックを知っている様子だな? 教えてやらなかったのか?」

 

 

 ノノミが、悲痛な顔で俯いた。シロコやセリカが殺気を向けるが、男は意に介した様子もない。

 

 

「単純に考えてもみたらどうだ? 我々はキヴォトスに名だたる大企業だ。アビドスだけでなく、他の自治区にも進出している。キヴォトスのあらゆる事業に多少なりとも食い込んでいる。数多の従業員を抱え、キヴォトス経済の一翼を担っている。それに比べて、君たちはどうだ? 滅びかけの土地にしがみついている異常者だ。需要も供給も、何も生みだしはしない。そこで、問題だが、第三者は、どちらの言葉を信じると思うね?」

 

 

 男は、ホシノたちの答えなど聞くつもりはないのだろう。両手を広げて、大声で宣言する。

 

 

「もちろん我々だ。何故なら、不利益が生じるからだ。逆に、君たちに味方しても、利益は生じない。それならば、人は利益の産む方へと着く。証拠の真贋など、どうでもいい。人は信じたいものを信じるようにできている。人とは、そういう物だからだ」

 

 

 ホシノは、違和感を感じた。妙に話が長い。すぐさま襲ってくると思っていたのに、まだ話を続けるらしい。

 

 時間稼ぎだろうか? そんな風に思うも、まだ半日以上の間がある。ホシノたちの邪魔をしたいなら、幾らでも手段があるはずだ。

 

 男の後方を見る。部隊が整然と並び、上空には疎らにヘリが飛んでいる。これも妙だ。

 

 カイザーはホシノが強い事を知っているはずだ。だからこそ、今まで迂遠な手段。ヘルメット団を使用した兵糧攻めや、借金の利子で苦しめてきた。今になって、こんな力押しを選ぶだろうか?

 

 力押しをするにしても、数が少ない。それに、時間も十分に残っている。タイミングもおかしい。ホシノなら、ホシノが一番嫌なのは、時間切れ終盤でこれをされることだ。

 

 それに、ノノミの出自を知っているのはどういう理屈だ? それは、ノノミ本人とホシノしか知らない事実のはずだ。シロコですら知らない。カイザーの理事なら知っているかもしれないが、目の前の人間の階級で知っているのは微妙なラインだった。

 

 ホシノの中の違和感がどんどん膨れ上がっていく。この男は一体誰だ?

 

 

「ふむ……そろそろか」

 

 

 ホシノに睨まれながらも、男は腕時計を確認した。今更になって、何かの音が近づいてくるのを感じる。そして、その正体はすぐに分かった。

 

 

「増援……」

 

 

 砂煙の向こうから、何機ものヘリが見えた。廃墟の屋根の上から、パワーローダーの頭が見え隠れしている。この長話はこれを待っていたらしい。

 

 

「いや、待ってよ。それなら、最初から連れてくればいい……」

 

「そうだな。その方が効率的だ」

 

 

 さっきとは違う。芝居かかった口調ではない、いたって普通の声が聞こえた。

 

 その声が発せられたのは、目の前の男からだ。いつの間にか、雰囲気が様変わりしている。嫌な、此方を見下すような傲慢さが消えていた。あったのは、一年前に感じていたはずの視線だった。

 

 

「まだ、気づかないのか?」

 

 

 男は揶揄うように、ホシノへ聞いてくる。声色も、さっきまでの様子は様変わりしていた。そして、その声をホシノはよく知っていた。

 

 

 □

 

 

「それで? 今日の顛末を説明してもらってもいいかしら」

 

 

 ヒナは努めて普通に、カヤツリへと話し掛けた。話し掛けられたカヤツリの動きは、どこかぎこちない。とても気まずそうに、ヒナの正面へ座っていた。

 

 それは、もう日が落ちて薄暗い風紀委員会本部も相まって、取り調べの刑事と容疑者のようにも、ヒナは錯覚した。

 

 

「どこから?」

 

「マコトとの悪だくみからよ。そこから、随分と忙しくしていたみたいね? マト先輩に、マコトに、対策委員会に、先生。駆けずり回っていたみたいじゃない」

 

 

 マコトとの悪だくみ。それを聞いた瞬間、カヤツリの身体が一瞬震えたのを、ヒナは見逃さなかった。今更ながら、イロハに渡りをつけて置いて本当に良かったと思う。

 

 

「電話会談で、トリニティが恫喝してきた。まぁ、そこで使えると思ったんだよ」

 

「何に?」

 

「俺のケジメ」

 

 

 ケジメと聞いて、それが何のことかヒナは理解した。やっぱり、アビドスの、小鳥遊ホシノの為だった。予想が当たって、ヒナの心がチクリと痛む。

 

 

「それで、カヤツリはどうしたの? 私は、トリニティとゲヘナの合同演習中にカイザーが乱入してきたとしか知らないのだけれど」

 

「テレビは見なかったのか?」

 

「テレビ?」

 

 

 テレビと聞いて、首を傾げる。今日の顛末に、ヒナは余り関わっていない。ヒナの本分は治安維持だからだ。だから今聞いているのだし、そんな暇はなかった。

 

 カヤツリは携帯を取り出して、動画サイトだろう画面を見せた。

 

 

「クロノスに垂れ込んだんだよ。わがカイザーで、不正が蔓延っている。生徒が理不尽な目に遭ってる。内部告発って奴だ」

 

 

 画面の中では、おなじみのレポーターがマイク片手に口角泡を飛ばす勢いで叫んでいる。余程興奮しているらしい。どうにもヘリからの映像なのか、眼下にはアビドス高校が映っていた。

 

 大穴の開いた校庭で、対策委員会とカイザーPMCらしき人間が言い争っている。

 

 

「よくクロノスが動いたわね」

 

「普段なら動かなかったと思うよ。だけど、今は先生がいる」

 

「ああ、そういうこと」

 

 

 ヒナは納得した。シャーレの先生の初仕事だ。クロノスも折を見てとは思っていただろう。そこに、丁度良くタレコミがある。よりにもよって、先生がいるアビドスの。そして大企業であるカイザーの不正だ。非常に美味しい。

 

 

「ホシノに頼んで穴を掘らせた。何も埋まってはいないが、カイザーは勝手に勘違いする。そこで変装して、数はマトの伝手で揃えて、それらしいことを大声で言えば、それで終わる」

 

「カイザーは? 妨害位あったでしょう?」

 

「そんなの織り込み済みだよ。クロノスの放送は生放送じゃない。途中からの放送にしてもらったんだ。その方が、いい画が取れるってね」

 

 

 カヤツリが、携帯の画面を指す。対策委員会と、変装しているカヤツリの言い争いは続いていたが、突如止まる。数秒後に砲撃が撃ち込まれた。

 

 

「本物のカイザーが撃ってきた。そりゃあ当たり前だよな。時間切れの瞬間に攻め込む手はずなのに、先走った奴がいるんだ。全力で、砲弾を叩きこんででも止めるだろう」

 

「だから、遅らせたのね。生放送だと感づかれるから。でも、どうして?」

 

 

 そう言いながら、ヒナは疑問が浮かんだ。随分と手段が過激ではないだろうか。

 

 

「今までずっと、そうしてきたからだよ。カイザーはアビドスで好き勝手やって来た。悪事を働いても、全部権力でもみ消してきた。そんな事が沁みついてたんだよ。上は兎も角、下にはね。だから、今回ももみ消せると思っていたんだろう」

 

「でも……」

 

「そう、知らないとはいえ、クロノスの前で。公共の電波の前でやってしまった。アビドス内なら、もみ消せたそれも、外じゃそうも行かない。それで、ついでとばかりに合同演習の方へと誘導したんだよ」

 

 

 多分、全部計画の内だ。そうでなければ、都合よく演習場所に鉢合わせるわけがない。

 

 

「トリニティは、先生に渡りをつけたい。マコトはトリニティに優位に立ちたい。俺は遺産を嗅ぎまわるカイザーを殴りつけたい。先生はアビドスをカイザーから守りたい。皆の利益が一つになった」

 

「それだけじゃないでしょう?」

 

 

 ヒナの言葉に、カヤツリは黙った。冷や汗が垣間見えて、ヒナはため息をつく。

 

 

「カヤツリのこの煽り、連邦生徒会に喧嘩を売ってるわね。助けるべきなのに、助けないって」

 

 

 今の連邦生徒会は死に体だ。連邦生徒会長が失踪し、業務で一杯一杯だ。だから、アビドスの事などに、かかずらっていられない。でも、そんなことは表向きに言えるはずもない。事情を知らない外の人間からは、悪印象が増えるだろう。

 

 それを解消するには、アビドスに支援をするしかないのだ。そして、支援と言っても色々あるが、一番楽なのは金と物資を渡すことだ。

 

 

「先生を通して、アビドスに支援をさせる。そうすれば、先生の株も上がるし、上役である連邦生徒会のメンツも保てる。そうする方が得をするように動いたわね」

 

「あと、カイザーに止めを刺すためだよ。一企業が学園を合法的に潰そうとしていた。ましてや、乗っ取ろうとまで。連邦生徒会としては対処に動かないといけないし、元々トリニティもカイザーを危険視していた。明日にも系列店舗は撤去だろうな」

 

 

 カヤツリは何でもない事のように言うが、さらっと、とんでもないことを言っていた。カイザーは多分もう終わりだ。

 

 全てが仕組まれていたのなら、カイザーの保有する主力の実働部隊は、トリニティとゲヘナに擦り潰されている。カイザー側は大混乱だろう。誰がこんなことをしたのか、探す暇もない。

 

 なぜかって、先生が乗り込むからだ。あの大人は生徒を救うためなら、犠牲も厭わない。そんな凄みが確かにあった。足を舐めろと言われたら、迷いもなく舐めるような凄み。

 

 そんな先生の、シャーレの追及をかわし続けられるだろうか。カイザー自体は躱せても、手足である系列企業を切り捨てなければならない。上手く切り抜けたとしても、先生の目が光っている。上手くは動けないだろう。

 

 そして、全ての証拠はきれいさっぱり消せるかと言えばそうでもない。何かしらの見落としは必ずあるものだ。悪事をやっていないのなら、心配の必要はないが。カイザーはそうではない。

 

 今までとは違うのだ。カイザーの理屈が通用しない舞台に引きずり出された。動画でカヤツリが信用と言っていたが、その張りぼての信用も吹き飛んでいる。利益の話もそうだ。今のカイザーの味方をして、利益など産まれない。寧ろ叩いた方が利益が出る。

 

 カイザーは、今死ぬか、後で死ぬか。そんな状況に陥っていた。カイザーの抜けた穴は、他の誰かが埋める。それこそ、代わりは幾らでもいるのだから。

 

 そこまで考えて、ヒナは大きく息を吐く。少しばかり緊張してきていた。

 

 

「全部、小鳥遊ホシノの為?」

 

「それと、俺のためだよ」

 

 

 ケジメとカヤツリは言った。アビドス時代の、小鳥遊ホシノにしてしまった事へのケジメだ。そのために、そのためだけに、カイザーを滅茶苦茶にしたのだ。マコトや先生だけでなく、トリニティや連邦生徒会まで巻き込んで。ただ一人の為だけにそこまでした。

 

 それは、好意では無いのだろうか。ヒナの為には、そこまでしてくれないのに。小鳥遊ホシノの為には、そこまでする。ヒナの胸に嫉妬の炎が燃え上がった。

 

 

「なら、ケジメは終わった。そう判断してもいいの?」

 

 

 ヒナの言葉に、カヤツリは答えない。答えようとして迷っている。それを見たヒナの中に、追加の燃料が投下された。

 

 

「アビドスとの連絡役をしてくれとでも言われたでしょう?」

 

「うっ……」

 

 

 カヤツリが居心地悪そうに呻く。小鳥遊ホシノからしたら、そうするだろう。接点を絶対に残そうとするはずだ。そして、それをカヤツリは断れない。何故なら負い目があるからだ。

 

 

「……それで、カヤツリはどうしたの?」

 

「保留にしてもらったよ」

 

「今日の事を、私に言わなかったのは?」

 

「言えなかった。ヒナには利益が無いから……」

 

 

 その返事で、ヒナの中の炎の勢いが弱まった。炎が収まっている間、ヒナは静かに考える。

 

 カヤツリはどう思っているのか。どうして、ヒナに何も言わなかったのか。それが今のヒナには大事だった。

 

 

「じゃあ、私に利益があったなら。言えた?」

 

「無理に決まってる……だって、失礼じゃないか。全部が全部自分の為なんだよ。ヒナの為じゃない。小鳥遊ホシノの事を納得する為に、助けてくださいなんて……」

 

 

 カヤツリは振り切りたかったのだろう。負い目や後悔を振り切りたかった。でも、それをヒナには頼めなかった。カヤツリが思っていた小鳥遊ホシノとの関係は、今になって知る由もないが、まぁ頼めないだろう。

 

 本来なら、ここまでする義理はない。特別な感情があるなら別であるが、それを注ぐべきはヒナであって、ホシノではないからだ。

 

 ヒナは不安だった。カヤツリの心が離れていきやしないだろうか。そんな不安だ。ホシノから見れば、横取りしたようなものだから。今のカヤツリは気にするかもしれなかった。

 

 今日のカヤツリは言わなかった。ヒナに、今回の事を言わなかった。それは、普段のカヤツリらしくはないのだ。

 

 普段なら、完全に理論武装する。ヒナの事は後回しになんかせず、真っ先に説得しに来るはずだ。そうでないと、予定が組めないから。

 

 でも、今日のカヤツリはそうしなかった。その理由を、ヒナはしっかりと確認したいのだ。

 

 

「言えなかったのは。私に後ろめたかったから?」

 

「そうだよ……」

 

 

 カヤツリの返事に、ヒナの炎が弱まっていく。ヒナは、唇の端が吊り上がるのを我慢する。

 

 

「ふーん……そうなんだ。そうして、許してくれると思ったの?」

 

「分からないけど……後でもいいかなって……」

 

「そう……」

 

 

 ヒナは俯いて、顔をカヤツリから見えないようにする。もう、唇の端が吊り上がるのを我慢できなかった。

 

 カヤツリが甘えていた。まるで、子供みたいに。ヒナに怒られるのが怖かったから、嫌だったから、後回しにしたのだ。それで、許してくれると。心のどこかでそう思っているのだ。

 

 好意に甘えるのを見るのは初めてではないが、こんなカヤツリは始めて見た。きっと、ホシノにだって見せない姿だ。こんな弱い姿を見せるのを、カヤツリは好まない。今だって俯いて、とても小さくなっている。

 

 

「カヤツリ。私は怒ってるわ。少し、傷つきもした」

 

「う……」

 

 

 嘘である。怒っているどころか上機嫌だ。でも、折角のチャンスだ。これを逃すのは惜しかった。俯いて小さくなったカヤツリに気がつかれないように席を立って、気配を殺して近づいていく。

 

 

「埋め合わせが必要だと思わない?」

 

「え……? うん……」

 

 

 顔を上げたカヤツリは、ずっと近いヒナの顔を見て固まっていた。ヒナの意図がちゃんと伝わったらしい。

 

 どうするかは、カヤツリ次第だ。幾つか選択肢はあるが、ヒナは逃げ出す以外の選択肢であれば怒るつもりはなかった。足りなければ、ヒナの方で何とかするからだ。

 

 目を閉じたヒナの顔に、熱い吐息が当たるのを感じる。段々と、ヒナの鼓動も早くなる。

 

 その瞬間が訪れて、どんどんとヒナの時間が引き延ばされていく。そして、額に残った熱と湿った感触に、ヒナは唇を尖らせた。

 

 

「意気地なし」

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