ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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263話 アリウスの提案

 クロノスの放送から、数ヶ月ほどが経った。

 

 あの放送は一時期は巷を騒がせたものの、今では大したことは無くなっていた。道行く人に聞けば、ああ、そんな事もあったねと流されるくらいにまでは落ち着いている。

 

 ただ、カイザーにとっては落ち着いたとは言えないだろう。

 

 カイザーPMCはほぼ壊滅。各自治区に進出していた各部門も撤退を始めている。表向きに行っていた部門は甚大な被害を受けた。

 

 悪行の証拠も、急いだにしては奇麗に抹消できていたらしい。しかし、全てではない。アビドスの利子を三千倍にしたのは事実で、そこから芋づる式に色々と隠しきれなくなったようだ。

 

 一応、トカゲの尻尾、カイザーなら蛸足の方が良いだろうが。残ったそれを自切して、本体は生き残った。生き残っているだけとも言えるが。

 

 早い話、カイザーの問題は解決した。トリニティは安全を確保し、先生への伝手と恩を手に入れた。ゲヘナは遺産を嗅ぎまわるカイザーを排除でき、アビドスは利子が通常の物になり、連邦生徒会からの支援も受けられるようになった。

 

 概ね、カヤツリの狙いは達成したと言える。ただこれは、前段階であって。本命はまた別だった。

 

 

「入るぞ」

 

 

 カヤツリの、そんな一言で開かれた扉の奥には、マコトが不機嫌そうな顔で、自分の椅子に座っていた。不機嫌な理由はとても分かりやすい。

 

 

「注文通りに人払いはしたが、一体何の用だ? イブキとの至福の時間を短くするほどの理由なんだろうな?」

 

「エデン条約について、話がある」

 

 

 エデン条約、その言葉を聞いた瞬間に、マコトの不機嫌さが増した。

 

 

「なんだ? 権限は渡したはずだが? ヒナに戻せというのなら──」

 

「違う。そういう話じゃない。エデン条約へどう対処するかの話だ。調印式まで、時間はあまり残っていない」

 

「対処……? そんなもの、必要が無いだろう」

 

 

 ここまで言っても、マコトは不機嫌そうな態度を崩しもしない。椅子にふんぞり返ったまま、面倒くさそうに吐き捨てるだけだ。

 

 

「この間に、自分自身でしただろう? これ以上、何の対処が必要だ?」

 

「エデン条約を結んでから、いや、どう結ぶかの対処だな。多分、逃げられない」

 

 

 マコトはカヤツリの言葉を聞いて、目を剥いた。頭の中で考えが纏まっていないのか、目を剥いたまま固まっている。この間と同じという訳にはいかない様子だった。

 

 この間とは、トリニティとの電話会談の事だ。それとカイザーの事。対処は対処であるが、あれは対症療法だ。単純にトリニティに対して弱みを見せなかったという、ただそれだけのこと。

 

 本来の問題である。エデン条約をどうするかについては、何も解決してはいない。寧ろ、トリニティが、先生への伝手を得たことで悪化している。

 

 

「トリニティは本気だ。本気でエデン条約を結びたいらしい。補習授業部とやらに出張している先生から、エデン条約の事を、それとなく聞かれたぞ。受けた方が良いと俺は思う」

 

「却下だ、却下! ゲヘナにデメリットしかないと、そう言ったではないか!? シャーレからの評価点稼ぎか!? それとも、ヒナに絆されたか? それを何とかするのが、キサマの仕事だろう!」

 

 

 マコトからの返答は当然だった。実際、マコトの言う通りにするべきなのだ。デメリットしかないのであれば、受けない方が良い。カヤツリも、マコトがやらかしたことを把握していないのなら、そう思っていた。

 

 

「そっちがやらかしたんだろう? まさか、忘れたんじゃないだろうな」

 

「私がいったい何をやったというのだ!? やったかもしれないが、それはもう終わったことだろう!?」

 

 

 いつものマコトの醜態に、カヤツリの呆れが加速していく。どう言ったところで、マコトは自分の非を認めないだろうし、本気で忘れている可能性もある。都合の悪い事はさっさと忘れられるとうマコトの特技だ。

 

 そこが良いところでもあり、悪いところでもあるのだが、今回は悪い方へと作用していた。

 

 

「アリウスだよ。忘れたとは言わせないぞ。最近また連絡が来ただろう。なんだ、あの飛行船」

 

 

 マコトが勝手に了承してしまったアリウスとの取引。あれが、カヤツリの中でずっと引っかかっていた。マコトは全くそうではないようだが。だから、先日いきなり届いた出所不明の飛行船の事も忘れているのだろう。

 

 

「アリウスの提案など、あんなもの無視すればいいだろう! 飛行船のことを問い詰められても知らない振りをすればいい! そもそも、奴等は問い詰めるなんて選択は出来ん!」

 

「それでもいいが、そうすると俺たちはアドバンテージを一つ失う。まだ、俺たちには優位が残ってる」

 

 

 優位と聞いて、マコトは黙った。雰囲気が変わったところを見るに、ようやくスイッチが入ったらしい。

 

 

「アリウスから、飛行船が来た。つまりは、まだアリウスは気づいてない。俺たちが騙されたままだと思ってる」

 

 

 アリウスからすれば、まだゲヘナとの取引が続いていると思っているのだ。アリウスが、二正面作戦をする予定かどうかは分からないが、そう思っている。

 

 

「アリウスからの条件はまだだ。まだ達成する段階でない。だから、今の所、アリウスは予定通りに動いているんだろう」

 

「泳がせると。そういう訳か?」

 

「今の所は動きが読める。それを維持したいんだよ」

 

 

 簡単な話だ。取引を破棄していないのなら、アリウスは当初の計画通り。トリニティの復讐へ動くだろう。アリウスは、ゲヘナにはこう説明している。

 

 

 ──かつて、トリニティから迫害された。それの復讐だ。

 

 

 実際の所、それは真実だ。だが、微妙に情報が足りない。アリウスが元々トリニティに統合された集団の一つだったこと。統合に反対した故に迫害されたという事。元々、トリニティ側であるから、ゲヘナへの敵愾心も持ち合わせている事。

 

 それを巧妙に隠していた。そうでなければ、ゲヘナは協力しない。自分たちを襲う恐れのある集団に支援などしない。

 

 そして、その事実は容易に知れることでは無い。ゲヘナの情報部でも、ゲヘナ側の資料でも、名前しか拾えなかった。カヤツリが黒服という禁じ手を使用しなければ分からない事だ。

 

 つまりは、アリウス側はゲヘナからビッグアクションを起こさない限りは、ゲヘナを騙せていると思っている。

 

 

「ふむ。アリウスは何を考えているかは、分かっているのか?」

 

「あまり分からない。この間、要求されたことは何だったか。最新版はマコトから詳しく聞いてないからな。メモ位残してるだろう。キリキリ吐け」

 

「しまった……」

 

「オイ、待て、まさか……」

 

 

 マコトの顔が冷や汗でびしょびしょになっている。まさかとは思うが、それをどこにやったのか忘れたようだ。

 

 今もマコトが机の中身をひっくり返しているが、時間が掛かりそうにしか見えない。こういう時の短縮方法は一つだけだ。

 

 

「ヒナを呼ぶ」

 

 

 マコトの反応は良くない。声を発しはしないが、雰囲気でわかる。

 

 

「この間の事で言い負かされたか? そもそも、これもヒナの差し金か?」

 

 

 カヤツリも嫌な顔をする。言い負かされたどころか、要求の連続だったのだから。補填に足りないとか言って、幾つの要求を呑まされたか覚えていない。が、それとこれは、直接的には関係が無い。

 

 

「いや? これは俺の判断だ。エデン条約の担当は外れたが、直前まで担当だったんだ。聞きたいこともあるし、ヒナしか知らない事もあるだろう」

 

 

 元々、エデン条約を担当していたのはヒナだ。ヒナの仕事だった。だから、この後、カヤツリが考えている事を実行するとどうなるか知っておいた方が良い。むしろ、知っておいてほしいのだ。

 

 カヤツリの行為は、ヒナの願いを打ち壊しかねないからだ。この間のように、後だしではいけないと思った。だから、こんな面倒な手段を使っていた。

 

 

「ヒナには関わる権利がある。ヒナだって、ゲヘナが大事だと思ってる。そんなことくらいは、そっちだって分かってるだろ」

 

 

 マコトは、舌打ちをして。それ以上は何も言わなかった。それを見たカヤツリは、懐から携帯を取り出した。

 

 

 □

 

 

 ヒナは直ぐに来た。これまでの事、アリウス等の事を説明中の、マコトの所業に対しての呆れた表情が印象的だった。

 

 そして、マコトが自分の机をひっくり返し始めて数分。ヒナとカヤツリの助力もあって、そのメモは見つかった。条件を読んで、カヤツリは顔を顰める。

 

 

「またまた……細かい条件だな。調印式の場所と時間の指定か」

 

 

 内容自体は簡単だった。エデン条約調印式の会場を指定する事と、調印式の間は飛行船にいる事だけだ。指定場所も不可解な場所だ。

 

 

「フン……トリニティの古聖堂か。アリウスは、随分と懐古主義な集団らしいな」

 

 

 マコトがパソコンで検索すれば、直ぐにどこか出た。いつ建てられたかもわからない石造りの建造物だ。調印式の会場としてはらしいが、そこを指定する意味が分からない。

 

 

「……なるほどね」

 

「ヒナ……?」

 

 

 ヒナは何かを思いついたようで、マコトの代わりにパソコンを操作した。

 

 

「アリウスは迫害されたのでしょう? 迫害されたという事は、元々の居場所からも追い出されたという事。私たちは、彼女たちの居場所を知らない。そして、それはトリニティもそう。今のトリニティも、昔のトリニティもそう」

 

 

 ヒナが古聖堂周辺の地図を確認するが、何もない。ただの空き地というか、何もない土地が広がっているだけだ。古聖堂の周りは広い公園になっているからだ。

 

 

「追い出されたのなら、まだいいけれど。彼女たちは迫害されたのよ? 見つかってはならなかった。それなら、それらしい場所。見つからないような場所に居るはず。その場所は分からないけれど……」

 

 

 ヒナは、古聖堂の解説記事を引っ張り出した。その記事の中の単語を指差す。

 

 

「カタコンベ……。地下墓地というのなら、きっと複雑に入り組んでいるでしょう。人が隠れ住む。逃げ込むには良い場所よ。よくマンホールから下水道に逃げる娘もいるから」

 

「ここにずっと住んでるってことか? まさか、オペラ座に住んでる不審者じゃないんだぜ。狭すぎるだろう」

 

「恐らくは、通り道なんじゃないかしら。本拠地がきっとどこかにあって、ここからトリニティへ急襲する予定なのよ」

 

 

 確かに、実際どうなっているかは兎も角、辻褄は合っていそうだった。場所を指定した理由の仮説は判明したが、まだ疑問は残る。

 

 

「だったら、態々調印式にする意味はあるのか?」

 

「フン。奴らは爆撃すると言っていた。行儀よく爆撃機を飛ばすのか、それともミサイルあたりを保有しているのかは知らんがな」

 

 

 マコトは、ヒナを押しのけながら古聖堂の記事を指差す。

 

 

「地下深いところにカタコンベはある。その上には古聖堂。おそらく地下までは爆撃は届かんだろう。見栄っ張りで臆病者のトリニティのことだ。調印式にはかなりの部隊を詰めさせる」

 

「そこに爆撃して一掃する。地下からは無傷のアリウスが、死に体になったトリニティに襲い掛かる……止めないと」

 

「キキ。お行儀がいい事だな。トリニティなど放っておけばいいものを」

 

「トリニティだけじゃない。先生だって、ゲヘナの生徒だって来るのよ。巻き込まれる」

 

「なら、来ないようにすればいいではないか。方法などいくらでもある」

 

 

 ヒナにマコトが噛みついている。嫌がらせとかではなく、本気で言っている。こうなる事は分かっていた。全部終わってから、トリニティもアリウスも滅ぼしてから。全部事後報告すれば一番楽だ。でも、それはヒナに対して不誠実だ。

 

 

「ヒナは、どうなってほしい?」

 

「カヤツリ……?」

 

「カヤツリ、血迷ったか!?」

 

 

 ヒナの返事を遮って、マコトがカヤツリを睨んでいる。真面目な話題であれば、ヒナと反目はしないのだが、今回は例外だった。

 

 スタンスが違う。マコトはトリニティなんかどうでもいいのは分かっている。ヒナは、そうでもない。カヤツリはただ、どのくらい気にかけているのか知りたかったのだ。

 

 だが、マコトの様子を見る限り、機嫌の悪さがそろそろ限界だ。仕方なく、カヤツリは順番を変えた。

 

 

「血迷ってない。物事には順序があるんだ。今、二つの案がある」

 

 

 カヤツリは指を二本立てて、口を開いた。

 

 

「一つは簡単だ。全部、滅ぼす。アリウスもトリニティも滅ぼす方法だ」

 

 

 ヒナの方から強い視線を感じたが、今は見ないふりをした。淡々と言葉を吐き出す。

 

 

「アリウスの好きなようにさせれば、トリニティは甚大な被害を受けるだろう。だが、その場合、アリウスはゲヘナにも攻めてくる。調印式と同じように攻撃してくるかもしれない。だから、そうなる前に手を打つ」

 

 

 マコトを押しのけて、カヤツリは古聖堂を中心とした地図を縮小した。そこで、候補地をいくつか指さした。

 

 

「アリウスの攻撃直後に、ここから対地ミサイルを古聖堂とトリニティの校舎に叩き込む。数日前から、少しづつ何かに紛れさせれば見つからないだろう。調印式まで保てばいい。アリウスからの攻撃も、あると分かっていれば対処のしようはある」

 

 

 ヒナと、何故かマコトの方から息を呑む音が聞こえた。

 

 

「アリウスの動機は復讐。なら、攻撃と同時に宣言か何かをするだろう。こっちで偽装してもいい。それから攻撃すれば、俺たちの攻撃は、全部アリウスがしたことになる」

 

「調印式の出席メンバーは?」

 

「固さに自信がある奴らを選ぶしかないな。出来る範囲の防衛策を取ってもらうしかない」

 

 

 もっと強くなったヒナの視線が痛いが、カヤツリは我慢して先を言う。

 

 

「こうすれば、エデン条約は立ち消えになる。結ぶ相手が居ないんだからな。過剰な攻撃を加えれば、計算が狂ったアリウスも古聖堂の瓦礫で生き埋めだ。生き残りがいても、調印式を襲撃したという悪行がある。アリウスは再び弾圧される。過去の焼き直しってわけだな。これが、第一案」

 

「いいではないか。早速──」

 

「そして、デメリットの話だ。人死にが出た場合、それに耐えられるか? 万が一っていう物は必ずある」

 

 

 マコトの言葉をカヤツリは遮った。文句を言おうとしたマコトは、カヤツリの顔を見て黙る。

 

 

「ずっと、聞こうと思ってたことがあるんだ。議長だけじゃなくて、ヒナにも。だから来てもらった」

 

「それは、大事な事?」

 

「ああ、とっても大事だ。俺には絶対に分からなくて、ヒナとマコトには分かる事だよ」

 

「チッ……何が聞きたい? さっさと言うがいい」

 

 

 遠慮はいらないとのことで、カヤツリはずっと聞きたかったことを口に出す。

 

 

「どのくらい、トリニティが嫌いなんだ?」

 

 

 ゲヘナとトリニティは犬猿の仲だ。特に理由があるわけでは無い。大昔からずっとそうだから、そうなっている。

 

 それは、そういう物だという事は知っていた。しかし、カヤツリはゲヘナ生ではあるが、ゲヘナ生まれという訳ではない。生粋のゲヘナではない。その感覚は分からない。

 

 その嫌悪感が、空気感によるものなのか、経験によるものなのか、それとも、ただの体質なのか。それがずっと気になっていたのだ。こんなことはなかなか聞けない。

 

 だって、経験。トリニティに酷い目に遭わされたみたいな。そんな地雷が出てきたら困るから。

 

 

「それに、何の関係がある」

 

「あるさ。心底憎んでいる。それこそ、アリウスみたいなしっかりした理由があるならいいさ。でも、ただ嫌いだから。そんな理由で人殺しになるのは嫌だろう? お前、丹花にいつも通りに接することが出来るか? 血にまみれた手でさ。丹花に自慢げに話せるのか? トリニティの生徒を殺しましたって」

 

 

 マコトは、ハッとした顔になる。更にカヤツリは言葉を放つ。

 

 

「それで? どうなんだ?」

 

「初めは、唯の嫌悪感。夕食に嫌いな食べ物が出てきた位のね」

 

 

 ヒナが、静かに答えた。

 

 

「それは、きっと相手も同じ。お互いがそんなだから、どうしても刺々しくなる。そして、周りもそうだから。実際に酷いことをされた訳でなくとも、そういう物だという感じになる」

 

 

 ヒナは、目を瞑って。何かを思い出している様子だ。

 

 

「私は、エデン条約に関わって。少なからずトリニティの生徒と話をした。嫌な人もいたし、普通の人も、良い人もいたの。私たちと、そう大して変わりはしなかった」

 

「ありがとう」

 

「いいのよ。それで、マコトはどうなの?」

 

 

 マコトはさっきまでの勢いが嘘のように沈み込んでいた。もう答えは聞かなくても分かった。もしもの未来、イブキに拒絶される未来でも見ているのだろう。ぶつぶつと、マコトはうわ言を呟いていた。

 

 そんなマコトを横目に、ヒナは問うてくる。

 

 

「初めから、こうする気だった?」

 

「こうでもしないと、議長は話を聞かないからな」

 

 

 やれやれというように、カヤツリは首を振った。ヒナも困ったように苦笑いしていた。

 

 

「私に聞きたかったのは、エデン条約の事?」

 

「そう。嫌々やってるようには見えなかったからな。担当を下ろされた時に、嫌そうな顔をしたろう? それに担当になって、トリニティ側の様子を見た感じ、こっちへの嫌悪はあっても殺意はない。桐藤ナギサも何かに怯えているだけだ。何かあったみたいだ」

 

「カヤツリ……」

 

「良いんだよ。別に、俺が勝手にやったことだ」

 

 

 何ともないように言うが、ヒナは微笑んだままカヤツリを見ていた。それとなく、カヤツリは顔を逸らした。

 

 エデン条約には、義務感もヒナ自身の目的、負担の軽減もあったのかもしれない。けれど、ヒナなりに、トリニティと本気で向き合っていたように思った。だから、カヤツリが全部台無しにするのは、惜しいと思った。それだけだ。

 

 

「ここから本題だが……デメリット二つ目だ。アリウスの動きに妙な点がある」

 

 

 抜け殻になったマコトを放置して、ヒナへ話す。さっきまでの視線はもう感じないせいか、少し気持ちが軽い。

 

 

「どうして、ゲヘナへ取引をしたのかという点だ。アイツら、ゲヘナの事も憎んでるはずだ」

 

「それは、カタコンベから急襲するためだと思うけど。トリニティと同時に、ゲヘナへも攻撃を仕掛けるから、最初から守る気はない。それなら、辻褄が合う」

 

 

 ヒナは、当然の考えを言ってくる。その考えも正しいが、カヤツリは引っかかるのだ。

 

 

「爆撃だけでも被害は大きい。この復讐劇で、一番大事なのは襲撃を察知されない事だ。情報を漏らさない唯一の方法は、知っている人間を限定する事。ゲヘナと取引なんて、そんなリスクを冒すのは変だ」

 

 

 今回は、マコトだから成功していたようなものだ。こんなことで、折角の復讐をふいにするとは思えない。マコトの無能さにオールインするのはリスキーが過ぎる。実際、今バレている。

 

 顎に手を当てたヒナが、おもむろに呟いた。

 

 

「……どうしても、古聖堂で調印式を開催させたかった?」

 

「そうだと思う。それが目的なら、それこそ辻褄が合うんだ」

 

 

 ゲヘナ側が、アリウスに騙し打ちされることを看破したとして、ゲヘナ側はどうするか。さっきの第一案と同じである。途中までは計画に乗る。その方が先が予想できるから。

 

 

「きっと、古聖堂で調印式をさせる。それだけが、アリウスの目的なんじゃないか? 何が起こるのかは分からないが……」

 

「どうするの……?」

 

「そこで、第二案だ」

 

 

 カヤツリは、さっきまで立てっぱなしだった指を全部折る。

 

 

「全部、先生にぶちまける。アリウスの事も、全部。最悪を回避する為の情報共有だ。とりあえずトリニティの情報が欲しい。そしたら、先生は先生で勝手に動くだろ。それで、できたら、先生を挟んでトリニティと交渉する」

 

 

 不安そうなヒナを元気づけるために、努めてカヤツリは普段通りの声を出すが、ヒナの顔から、不安は消えなかった。

 

 

「信じてくれるの? 先生は兎も角、トリニティは……あそこはゲヘナみたいに単純じゃない。それに、エデン条約はもう止められない。先生が納得しても、トリニティは頷かない」

 

 

 ヒナの懸念は尤もだ。トリニティは複数の派閥が集まってできている。ティーパーティがトップのように見えるが、ティーパーティ自体も三つの派閥に分かれている。

 

 トップとして、ホストが決められてはいる。しかし、今のホストは代行なのだ。本来のホストであった百合園セイアは療養中。絶対に揉める。この間の騒動も、今から思えば、揉めているのかもしれない。

 

 

「そうだな。きっと信じてはくれない。先生の言葉にも耳を傾けないかもしれない。そもそも時間もない。だから、出来たら、なんだ。それで、交渉で要求するのは一つだけだ。多分、絶対に頷くと思うね」

 

 

 だが、カヤツリには秘策があった。確証はないが、一番アリウス側がやられたくない事は分かる。

 

 

「アリウスが、ここまでして確定させたかった事。それを崩す」

 

「開催場所を変えるということ? そんな事したら、先が読めない。それに、アリウスが早まって何をするか分からない」

 

「違う。分かりやすい手は取らない。出来るなら、それが一番いいが。トリニティ側も頷かない可能性が高い。会場の用意はそんな簡単じゃないしな」

 

「じゃあ、どうするの? 開催場所を変えられないなら、どうしようも……」

 

 

 アリウスにバレずに、アリウスの目論見を崩す方法。それは開催場所を変える方法ではない。

 

 

「場所も変えない、日時も、参加する人間も変えない。変えるのは一つだけだ」

 

 

 古聖堂で調印式をすることが重要なのだ。そして、調印式というのは契約に調印。サインすること。だから、それを崩してやればいい。調印式を調印式で失くしてやればいい。

 

 静かに、カヤツリは作戦の概要を話す。

 

 

「ご丁寧に調印式当日に調印する必要はない。調印式前に、先にエデン条約に調印する。これが、アリウスを騙す唯一の方法だ」

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