ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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264話 過去の再現

「嬉しそうだね」

 

「何?」

 

 

 いきなり姫。秤アツコに話しかけられて、錠前サオリは自身の気持ちに戸惑った。

 

 そもそも、マスクをしているから、サオリの表情など分かるはずもない。

 

 それに嬉しそうだと言われても、そんな筈はないからだ。マダムの教えの通りなら、この世界は虚しいだけだ。

 

 

「止めてよ、リーダー。浮き足立つのは、気持ちは分からないでもないけど」

 

「そうですよぉ……」

 

「む……」

 

 

 けれどもアリウススクワッドの、他のメンバーにも言われてしまえば、きっとそうなのだろう。三対一では勝てるはずもない。抵抗は無意味で、サオリは反論しなかった。ただ、理由が分からないモヤモヤがサオリの胸中に残るだけだ。

 

 

「でも、仕方ないと思う……」

 

「そうですよねぇ……やっと終わるんですよ」

 

「今よりも、マシになるとは思えないけど……」

 

 

 槌永ヒヨリと戒野ミサキの言葉で、漸くその理由にサオリは得心する。

 

 それは当然なのかもしれない。今日は調印式当日、作戦決行の日だからだ。トリニティへ復讐出来る。そんな日だから。

 

 この日のために、自分達を迫害したトリニティへ、迫害の間接的な原因であるゲヘナに復讐する為に、サオリ達は生きてきた。この二つの物のせいで、アリウスは地獄と化した。

 

 そして、この日々も直ぐ終わる。もうアリウスの部隊は持ち場についている。この作戦が成功すれば、アリウスの勝利だ。

 

 そうすれば、今よりも少しはマシになる筈だ。やらなければならない事が終わった。そうでなければ、理屈が通らない。

 

 ゲヘナとトリニティのせいだ。サオリ達が辛く苦しいのは彼女たちの所為らしい。この二つが無くなれば、そんな目に会う道理は無い。

 

 だからなのか、他のメンバーも何処と無くいつもと違う様にサオリは感じた。昔、本当に昔、もう朧げにしか覚えていない春の記憶。そこで同じ気持ちを抱いた気がする。それを見るサオリ自身もどこかが懐かしくなる。

 

 しかし、そんな時間は、目的地が見えた事で終わりを告げた。

 

 

「話はここまでだ。着いたぞ」

 

 

 その一言で、アリウススクワッドの空気が切り替わる。すぐさま、前方の建造物の安全確認に入る。

 

 そこは古ぼけた聖堂だった。聖堂といっても、廃墟に近い。剥き出しの岩肌と、申し訳程度に残った聖堂の壁が、そこが聖堂であったことを証明していた。

 

 

「何も無いよ。リーダー」

 

 

 見回りを終えたミサキからの報告を受けて、サオリは無線を取り出す。

 

 

「その必要はない」

 

「ッ!?」

 

 

 突如として出現した気配に殺気を叩きつけるが、それは全く気にした様子はない。

 

 反射的に突きつけた銃の先には、双頭のマネキンが立っている。如何にもなスーツを着たそれは、思いの外滑らかに近づいて来る。

 

 

「……素晴らしい。風化による損傷が激しいのが残念だ……」

 

 

 マネキンは、サオリの事を無視して、風化した床や壁を眺めていた。ぶつぶつと何やら呟いている。

 

 まるで、サオリ達の事など目に入っていない。

 

 その場の全員で顔を見合わせる。その眼に映る感情は一つだけだ。

 

 

 ──誰が行く?

 

 

 あのマネキンは、マエストロと呼ばれる人物らしい。マダムの知り合いで、ここから先は、マエストロの協力が必要不可欠だと言われていた。

 

 つまり、あの状態のマエストロに声を掛けねばならない。どう見ても熱中している。そこに声をかけるなどいい想像は浮かばない。よりにもよって、あのマダムの知り合いだ。機嫌を損ねれば、どうなるか分からない。

 

 決行時間までは、かなりの余裕があるが、いつまでもこうはしていられない。

 

 

「私が行こう……」

 

 

 サオリはすぐさま決断した。

 

 何、いつも通りにやればいい。

 

 いつもマダム相手にしている様な感じでいけば、そう悪くはない筈だ。

 

 サオリは意を決して、三人の先頭に立ちマエストロへ近づく。

 

 

「何をしている」

 

 

 突然の声にサオリは目を白黒させる。マエストロは、再度何処から出ているか分からない声を出した。

 

 

「私の準備は整っている。其方の準備を。ロイヤルブラッドを、あそこへ連れていけ」

 

 

 マエストロが聖堂の奥を指差していた。アツコをあそこへ連れていけと言うが、サオリには、意味が分からなかった。

 

 

「待ってほしい。エデン条約を書き変えると。私達はマダムに聞いている」

 

「その通り。その為にも必要な事だ」

 

 

 それと、これとがどう繋がるのか。サオリの頭には理解が及ばなかった。その場から動こうとしないサオリに、マエストロは訝しむ様な雰囲気だ。

 

 

「ベアトリーチェから、何と説明を受けている?」

 

「ここの安全確保と、エデン条約を書き変える事。無限の兵力を手に入れる事。それと……」

 

「私をここへ連れて来る事か? それだけだと?」

 

 

 アリウススクワッドがマダムに命令された事は、ここにマエストロを連れて行く事。それ以降の事は、大まかな説明しか受けていない。非はないはずだ。

 

 しかし、マエストロの語気にサオリは震えた。どう見ても気分を害したようにしか見えなかった。マダムの時のこと、全身の痛みを思い出して、全身が強張る。

 

 

「直ぐに動かなかったのは、詳細な説明を受けていなかった所為だと……仕方あるまい。ベアトリーチェなら、やりかねんな」

 

 

 驚いた事に、マエストロから不機嫌さが小さくなったのを感じた。そのまま、マエストロは、あるかどうかも分からない目で、サオリを見据えて来る。

 

 

「説明を始める……何を驚いた顔をしている? この状況が理解出来ないと?」

 

 

 頷くサオリに、マエストロは、また不可解だと言うような態度だった。

 

 

「本来であれば、ベアトリーチェがしなければならない事だ。それを怠ったのはベアトリーチェだ。ならば、その責は奴が負うべき物だ。恐らくはする気がなかったのであろうがな」

 

 

 そう、マエストロにとっては当然の事実を聞いても、サオリにとっては違った。

 

 マエストロはマダムの知り合いだ。つまりは大人だ。サオリ達にとって、大人とは恐怖の象徴でしかない。

 

 機嫌を損ねればを酷い目にあう。そうでなくとも痛い目を見る。そういう、抗いようのない天災の様なものだった。

 

 

「そして、私が請け負ったのは作品の制作だ。腕を振るうのは私だ。手を抜くなど私の方針に反する。より良い作品の為に、アシスタントたる君らに説明する必要がある」

 

 

 それなのに、マエストロはこんな事を言う。さっきの口ぶりからして、サオリ達には不機嫌さを向けないようだ。理解不能の体験で、上手く言葉が出てこない。後ろの三人にも、動揺が広がっている。

 

 

「……何、気にする必要は無い。普段なら説明などせず、私だけで制作を始めた。だがこれは、私の試みでもある。芸術の一端を理解しない未熟者は必要ないが、今回は好都合だ。何の芸術にも染まっていない、真っ白なキャンパスが今は必要なのだから」

 

「試み?」

 

 

 漸く、サオリの喉から声が出た。

 

 

「そうだ。黒服と言う男がいる。私と、ベアトリーチェの共通の知り合いだが、最近機嫌が良くてな。長い時間と労力をかけた実験が失敗したにもかかわらずだ」

 

 

 カタカタとマエストロが身体を震わせる。

 

 

「どうにも奴は作品の出来に満足しているらしい。不定で、移ろい、定まらないモノなど、奴の感性とはほぼ遠いものはずだが……芸術の徒として、私も刺激を受けてな」

 

 

 サオリはマエストロのカタカタいう音が、マエストロの笑いなのだと漸く理解した。

 

 

「そして、私も試みを始める事にした。アシスタントなど初めての試みだが……これを見たまえ。どう思う?」

 

 

 マエストロが指を指すのは、マエストロ自身が眺めていた壁だ。

 

 どう思うと言われても、サオリには分からない。何やら彫ってあることくらいは分かるが、それは磨耗していて元々何だったのかすら分からない。

 

 たとえ、分かったとしても、サオリはこういうものに詳しくない。しかし、答えないと言う選択肢は無い。今も、試すような視線を感じる。何か無いかと探して、どこか既視感のある物を見つけた。

 

 それは、壁に刻まれた紋様。大きく削られて、輪郭だけになったそれ。

 

 マエストロも気づいたのか、纏う雰囲気が変わる。

 

 

「ほう、それが気になるか? 後ろの者達もどうだ? これが分かる者は?」

 

 

 試すようなマエストロの声に、一つの挙がる手があった。アツコの手だ。アツコは緊張した声が聞こえる。

 

 

「校章。アリウスの」

 

「そうだ。風化してしまっているがな。どうした? 何かあるなら言うがいい」

 

 

 アツコの答えに気を良くしたのか。マエストロは、再びサオリへと問いを投げかける。

 

 

 サオリは迷った。これは、大人へ意見すると言う事だからだ。マダムにやろうものなら、生きて帰れない。

 

 でも、マエストロは説明と言った。これはブリーフィングのようなものなのかもしれない。そう思った瞬間、答えがスラスラと出てきた。

 

 

「風化では無いと思う……これは、削られた跡だ。周りと違って深い。それに、粗削りだ」

 

「……確かに、その様だな。やはり他者の視点という物は重要だ。私では気がつかなかっただろう」

 

 

 なんだか妙な気分にサオリは包まれていた。初めての感覚に戸惑うサオリを置いて、また別の声が響く。

 

 

「えへへ……それが、私たちの任務に何の関係があるんですか?」

 

 

 ヒヨリが、どこか怯えの混じった表情で手を挙げていた。隣のミサキは信じられないのか、目を見開いている。ヒヨリが厚かましいのはいつものことだが、相手が相手だ。

 

 サオリたち相手ならいざ知らず、相手はマエストロだ。マダムの知り合いの話の腰を折るなど、マダムと違うかもしれないとはいえ、自殺行為だ。しかし、出した言葉は覆せない。

 

 焦ったようにサオリはマエストロの様子を伺う。しかし、サオリの予想に反して、マエストロは変わらなかった。

 

 

「大いにある。ここが私の求めた地だという事がはっきりしたからだ。これを見るがいい」

 

 

 マエストロは、壁の模様の一つ一つを指差していく。どれも見たことが無い物だ。

 

 

「これは、トリニティと併合された学園の物だ。確かにその学園があったのだと、それらによってトリニティが形作られたのだと、そう保証する場所だ。今は忘れられて久しいがな」

 

「それと、さっきのアリウスの校章が、関係あるんですか?」

 

 

 今度はミサキだ。ヒヨリに対する態度を見て吹っ切れたらしい。マエストロはヒヨリの時とは違って、少し不機嫌そうだ。

 

 

「先ほどの言葉の通り、大いにある。こうした多くの学園が、ゲヘナと対抗するために手を組んだ。その中で、一つの学園だけが頷かなかった。統合を拒否し、団結を破壊し、集団を危険にさらした」

 

 

 その話には聞き覚えがあった。きっとこの場の全員が知っている。

 

 

「その学園の名は、アリウス分派と言う。校章の用意があったことからも、きっと仲間になると信じられていたのだろうな。それを拒絶したのだ。削り取られるのは当然の結果と言えるだろう」

 

 

 なんだか責められているような気分になって、サオリは唇をかんだ。いい気分に水を差された気分だが、今は黙ってマエストロの話を聞くしかない。

 

 

「そして、これが示すのは。ここがまさに第一回公会議が開催された地だという事だ。上ではなく、ここでだ。これが非常に重要だ。質問を聞こう」

 

 

 ここで、マエストロは話を止めた。どうやら、質問時間らしい。何となく、何もないとなると不機嫌になりそうなので、サオリは手を挙げる。

 

 

「ここに、契約書に相当する物があるということか?」

 

 

 これは、サオリなりの考えだった。マダムは、エデン条約を書き換えろという命令と、その内容だけをサオリに伝えた。書き換えるには、契約書が無ければならない。しかし、エデン条約の本体は厳重に保管されている。どうするか、ずっと疑問だったのだ。

 

 

「違う。エデン条約を書き換えるのではない。我々は再現するだけだ」

 

 

 サオリの考えは全く違うらしかった。残念な気持ちもあるが、続きへの好奇心が勝る。それを受けたマエストロの身体が軋んだ。

 

 

「儀式という概念がある。決められた手順を順守することに重きが置かれる行為だが、その理由は簡単だ。儀式とは再現なのだ」

 

 

 再現という言葉が再び出てきた。おそらくこれがキーワードなのだろう。サオリは、マエストロの声に集中力を研ぎ澄ませる。

 

 

「儀式とはイベントの再現だ。そのイベントを再び起こすために、同じ状況を再現する。条件が同じなのだから、同じことが起こるはず。無知が引き起こした、そういった単純な理屈だ。それが、今回の作戦における基本的な構造になる」

 

 

 だから、マエストロは場所に拘ったのだ。ここに特別な由来があるのは、さっきの会話で明らかだった。これを利用して、何かを再現するという事だろう。その何かはすぐに分かった。

 

 

「第一回公会議を再現するという事か? そうすれば、同じことが起きると?」

 

「そうだ。部分的に再現する。何故なら、第一回公会議は締結されている。トリニティが存在することがその証だからだ。一度結ばれた契約は、破られない限りは結べない。であるから、ここでエデン条約を利用する」

 

 

 どんどん点と点が繋がっていくのを感じて、サオリは衝動的に口を開く。

 

 

「第一回公会議は状況だけを使い、肝心の内容はまだ締結されていないエデン条約を流用すると?」

 

「その通りだ。なぜなら重視されるのは手順であるからだ。かつて第一回公会議が結ばれた聖堂で、役者がそろい、契約が結ばれることが重要だ。契約の内容は重要ではない。手順と行為が重要なのだ」

 

 

 成程と思う。そうすれば、ここに来た理由が分かる。寧ろ、ここでなければならない。役者というのも、想像がつく。

 

 

「だから、姫を?」

 

「役者には、かつて第一回公会議に参加した人間。またはその資格がある人間が必要だ。例えば、アリウスの生徒会長。彼女は統合の資格を有してはいたが、賛成しなかった。しかし、使用しなかったその資格は未だに残っている。そして、その青い血を継ぐ者がここにいる」

 

 

 マエストロの視線はアツコに注がれていた。だから、マダムはロイヤルブラッドと呼んだのだ。サオリたちに守れと命じたのも頷ける。

 

 

「そして、ここまでの準備を経て。戒律の守護者が起動する。ベアトリーチェの言った無限の兵力に該当するのはこれだろう。これを私が複製(ミメシス)する。この複製を作品として認めるのも、これを兵力として使用するなど、非常に業腹だがな」

 

 

 話し終えたマエストロはマエストロで満足したのか、身体の軋みをあたりに響かせて何やら作業を始めた。そして、サオリの中で、全ての線が繋がった。

 

 アツコとこの場所、上で行われている調印式を利用する。そうすることで、この場はかつての第一回公会議の再現になる。マエストロの言葉通りなら、重要なのは、場所と人、そして行為。

 

 場所はそのものがある。人はアツコがいる。行為は、上で今まさに行われている。

 

 そして、アツコが宣言すればいいのだ。エデン条約を書き換える。そうすれば、その内容が認められる。何故なら、第一回公会議がそうだったからだ。今もトリニティは存在しているのが、その証明だ。

 

 そして、戒律の守護者とやらが起動する。後は簡単だ。全部なぎ倒してしまえばいい。

 

 サオリが考えを纏めている間にも、作業は瞬く間に進んでいた。マネキンとは思えない素早い動きで、マエストロは準備を続けているが、急にその手が止まった。

 

 

「奇妙だ。こんなことはあり得ない……!」

 

 

 マエストロが、苛立ちを含んだ声で呟く。その理由は明らかだった。全く何も起きない。

 

 理由が分からないのか、マエストロはグルグルと歩き回っている。

 

 

「場所も、役者も、行為も。全てが揃っている。何故、戒律の守護者。ユスティナ聖徒会が出現しない!? まさか、神秘が枯れてしまったとでもいうのか……!?」

 

 

 マエストロは苦しんでいるようだが、サオリたちに為す術はない。理屈は説明してもらっているが、全くの門外漢だからだ。素人が口を出すほど危険なことは無いと、サオリはよく知っている。

 

 そして、サオリの無線が鳴った。サオリの顔が青くなるのが、サオリ自身でも分かった。

 

 

『いつまでかかっているのです。マトモに仕事もこなせないのですか?』

 

 

 無線からマダムの声が響いた。マダムの感情など、この場に居なくとも分かる。不機嫌が前面に押し出されていた。

 

 恐る恐る、サオリは言い訳を繰り出す。それを聞いても、マダムの機嫌は直らない。それどころか寧ろ悪化した。

 

 

『あの、役立たずの木偶に換わりなさい……!』

 

 

 木偶。そんな存在は一人しかいない。そして、その発言は静かなこの空間ではよく響いた。つまり、マエストロにも聞こえている。

 

 マエストロはサオリの手から無線機をひったくると、サオリたちの時とは真逆の不機嫌そうな声で応戦した。

 

 

「協力関係の者へ向かって、その口の利き方は感心しない。程度が知れるとは思わないのか?」

 

『自らの仕事を果たせないモノを、木偶と呼んで何が悪いのですか?』

 

「貴様……!」

 

 

 マダム節がマエストロへ炸裂していた。どう見ても、マエストロは気分を害して怒っていた。それを知りながらも、マダムは更に暴言をぶつける。

 

 

『どうせ、貴方の拘りを優先したせいでしょう。私が欲しいのは貴方の作品ではなく、ユスティナ聖徒会の複製です。それくらい簡単でしょう』

 

「状況を再現しても出現しないのだ。何かが起こっている可能性がある。手順には従わなくてはならない」

 

『エデン条約の書き換えを、ロイヤルブラッドへ宣言させなさい。恐らく、それで出現するでしょう』

 

「しかし……」

 

『儀式は私の領域で、今回の主導者は私です。貴方はただの協力者。口を慎んだらどうです』

 

 

 マダムの要求にマエストロは噴飯ものの様子で、アツコに指示する。そして、アツコが口を開いた。

 

 

「私は、アリウスのロイヤルブラッドとして宣言する……」

 

 

 アツコは、マダムの指示通りに内容を告げる。そして、その声の響きが消えないうちに、異変は直ぐに起きた。

 

 

「来たか」

 

 

 いち早く気がついたサオリが臨戦態勢に入る。いつの間にか、人影が出現していた。

 

 黒い修道服に、顔を覆うガスマスク、手の重火器。そして、青みが掛かっている幽霊のような身体。目的のユスティナ聖徒会が顕現していた。

 

 

『成功しましたか。私の所へも出現しました。やはり制御権は私にあるようですね』

 

「何……?」

 

 

 機嫌の良さそうなマダムの声に、マエストロが反応した。手の中の無線へ、再度話し掛けている。

 

 

「そちらへ出現したと?」

 

『ええ。複製したのでしょう? 仕事が早いではありませんか。これなら──』

 

()()()()()()()()()()()()()

 

『な──』

 

 

 マエストロの持つ無線から爆発音が響いた。それと同時にサオリも発砲、そばからも銃声が響く。

 

 

「何ですか……どういうことですか……!」

 

 

 ヒヨリだ。ヒヨリのスナイパーライフルから、硝煙が上がっている。その先には、吹き飛ばされて瓦礫に埋まったユスティナ聖徒会が居た。

 

 

「どういうことなんですか? ユスティナ聖徒会は、私たちの味方になるはずじゃあ……!」

 

「ああ、私も見た。姫を撃とうとした」

 

 

 サオリは確かに見た。ユスティナ聖徒会が、徐にアツコへ銃を向けたのを。あのままでは、アツコは反応出来なかった。味方だと信じきっていたからだ。

 

 この予想外の状況にヒヨリは混乱していて、ミサキも信じられないような表情だ。撃たれそうになったアツコは、サオリの方へと駆け寄ってきている。

 

 

『分隊から、アリウススクワッドへ! 繰り返す! 分隊から、アリウススクワッドへ!』

 

 

 マエストロから返された無線がまた、けたたましく叫びだす。今度はマダムでなくて、調印式を襲撃するはずの分隊からだった。切羽詰まった声で、後ろから銃声が聞こえる。

 

 

『何かに襲われている! 状況の説明を! あっ──』

 

 

 撃たれたのだろう。無線の主の声が途切れた。奥から、嫌な音と絶叫が聞こえる。

 

 

『痛い! 痛い! 止めて、やめて! いやだいやだいやだいや──』

 

 

 絶叫の後は弱弱しい声だけで、その声もすぐに聞こえなくなる。焦ったサオリは、他の分隊にも無線を繋ぐが、結果は同じだった。

 

 

「サオリ……」

 

 

 アツコの声に、前を見れば。絶望が広がっていた。

 

 ユスティナ聖徒会が増えていた。今も増えている。床から、壁から、天井から。何度、修繕しても隙間から沁み込む雨漏りのように、今も彼女たちが染み出してきている。

 

 サオリたちは少しずつ後ずさりするが、囲まれていくのが嫌でも分かる。

 

 

「なるほど、そういう絡繰りか……ベアトリーチェめ。意図せず、最悪の物を再現したな……」

 

 

 そんなマエストロの呟きも、サオリには何処か遠い出来事のようにしか感じられなかった。声は聞こえても、内容が頭に入って来ない。

 

 そんな事を気にする余裕がない。ユスティナ聖徒会からの悍ましい敵意に、負けないよう踏ん張るので精一杯だ。

 

 蛇に睨まれた蛙だ。何処か本能の部分で、絶対に勝てないと叫ばれている。

 

 けれど、サオリは逃げる訳にはいかなかった。サオリの後ろには、アリウススクワッドの仲間がいる。アリウスで待つ仲間もいる。彼女たちを守るのが、サオリの使命だ。

 

 だから、サオリは銃をユスティナ聖徒会へ向ける。

 

 サオリの闘志に答えるように、ユスティナ聖徒会(トリニティの歴史と過去)が、サオリたち(アリウス)へ牙をむいた。

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