ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
267話 王子様
新学期の始まりというのは、大抵晴れるものだ。
今年のトリニティの新学期も快晴から始まった。この快晴は連日続いていて、しばらくは暖かい日が続く。そんな天気予報も幸先のいいスタートを後押ししてくれるようだった。
百合園セイアも、そういう思考を否定するわけでは無い。天候と気分の関係性には明確に関連がある。晴れていれば気分が上向きになるし、雨ならば気分が下向きになる。
セイア本人は兎も角、授業が終わり、それぞれの用事の為に校内を歩く生徒たちはその様だ。友人と一緒に出掛けるのか、一人で趣味に耽るのか。どれが真実かはセイアには分からないが、新入生、在校生の違いもなく、この先の未知。未来を楽しみにしているのが分かる。
「あ、セイアちゃん」
その恰好の実例──聖園ミカが、セイアの元にやって来て。セイアは呆れが混じった視線を向けた。
「もう一日の大半が過ぎたというのに、元気なことだね。ミカ」
「当然だよ! ナギちゃんも一緒にティーパーティで活動できるんだからね」
ミカはそのことが嬉しいのか、満面の笑顔だ。桐藤ナギサと共に、ティーパーティに入る事になったのがとても嬉しいらしい。
セイアも含め、ミカとナギサを入れた三人は仲がいい。友人を飛び越えて親友と言ってもいいかもしれない。そんな三人ではあるが、ミカとナギサの関係はセイアとは少し違う。ミカとナギサは幼馴染なのだという。
昔馴染みと同じ部活だというのは、相応に嬉しいものなのだと言うのが世間の通説だ。ミカもその例に漏れないのか、ここ最近はこの調子なのである。
だからと言って、扱いの差を感じたことは無い。少なくとも、セイアはそう思っているし、他の二人も似たように思ってくれているとセイアは信じていた。
しかし、喜んでばかりいられないのも事実。セイアは軽口を叩く。
「まさか一日中、その調子だというのではあるまいね?」
「そうだけど? 逆にセイアちゃんは眠そうじゃない?」
「私は君ではないからね。私にはマネできない芸当だよ。それに、大事なことを忘れてやしないかい?」
呆れ半分、感心半分の言葉に。並んで歩いていたミカの笑顔が、不満顔に早変わりする。いい気分に水を差されてご立腹らしいが、とても大事なことだ。
「……ミカ。確かに同じティーパーティだ。今は一緒に仕事をすることが出来る。でも、思い出してみるといい。数日間のオリエンテーションの時のことだ」
「……普通のオリエンテーションだったよ?」
「そうだね。内容は確かにそうだ。しかし、不自然な点があっただろう?」
「そんなの、あったっけ……?」
ミカは記憶が朧げなようで、思い出せそうな様子ではない。ミカ自身、面倒くさくなったのか、すっぱりと頭を捻るのを止めてしまう。
「答えだけ教えてよ。セイアちゃんは分かってるんでしょ?」
「安易に答えだけを求める姿勢は、相手に失礼ではないのかい? 最近は書籍や映画の要点だけを求める風潮が巷には溢れているようだ。何、一日の時間は限られている。出来るだけ短い時間で楽しみたい。最低限の労力で、最大限の快楽を。その考えに一定の理解は示そうと思うが、私自身の答えとしては否としたい。結果も大事ではあるが、それに至る過程も大事だろう?」
あんまりにも不躾なミカの対応に、セイアの語りのスイッチが入った。
「考えてもみたまえ。結果とは過程の積み重ねだ。過程を堪能してこその結果だよ。味や栄養が変わらないのなら、ミキサー食でもいい。生きていけるのなら、点滴や錠剤だけでいい。結果だけ聞かせろという回答は、そんな暴論を良しとするのと同義だとは思わないかい?」
ついつい、セイアの語りに熱が入っていた。
「結果だけを求めたところで、対応できるのはそれだけだ。別の似たような事態に陥った時、同じ対処法が通用するとは限らないのだよ。試験に合格するために過去の問題を解いて、それで満足するが如きの所業だよ。同じ問題には対応できるだろう。しかし、理論を同じくする問題には対応できない。試験の本質を見失ったが故の落とし穴という訳だね」
ミカからの、セイアの問いかけに対する返事はないが、熱が入ったままのセイアは口を動かす。
「私が言う事柄は答えではない。私の考えであって、正解には程遠いのかもしれない。しかし、ミカ。君が愚者の役割を演じたいというのなら、止めはしないさ。私の口から答えだけを取り出すといい。君の望み通りにするとも。私としては聞いてくれる方が嬉しいがね」
セイアはいつものように言葉を投げかけるも、ミカは答えずに、どこか諦めたような態度をとるだけだ。少し、やり過ぎたのかもしれなかった。
「長いよ……つまり、どういう事なの?」
「ふむ……つまりは、人の話は最後まで聞いた方が良いという事だよ」
「最後の所だけだよね、それ。それだけで伝わるよ……」
ミカは呆れつつも、最後まで話は聞いていた。何だかんだ言いつつも、聞いてはくれていることが、セイアは嬉しかった。そのせいで、ついつい熱が入ってしまうのだ。
「不自然な点からいくとしようか。あの時、私とミカ、そしてナギサは別々のグループではなかったかい? 数日間ずっとだ」
「偶然じゃないの?」
「一日だけなら、そうかもしれない。しかし、一週間もあったんだ。一度も私たちは同じグループにならなかった。交流目的も含む、初回のオリエンテーションとしては不自然だ」
一度なら偶然だが、その偶然が何度も続くのであれば、それは必然だ。三人をそれぞれ分ける理由。それを薄々セイアは分かっていた。
「恐らくは派閥間の争いだろうね。それに私たちは現在進行形で巻き込まれているともいえる。パテル、フィリウス、サンクトゥスの争いにね」
トリニティのティーパーティは、他の学園と違う所がある。トップが三人という点だ。他学園は大体一人というのが主流で、そのトップを中心とした生徒会組織が学園を運営する。
ティーパーティはどうするかと言えば、派閥のトップの三人で話し合い。持ち回りで任されるホストが代表者として動かしていく。そして、ここまで考えると話が見えてくる。
「今、私たちは二年生だ。ティーパーティへの誘い自体は一年生の末頃。数ヶ月もあったのだから、次の後継者についての話し合いには十分な時間だ」
「セイアちゃん。話が見えないんだけど、次のって話なら、私たちには関係ないんじゃない? ほら、だって今の先輩達の話でしょ?」
「ミカ、君が課題をギリギリまでため込むタイプなのは知っているが。その考えは改めた方が良いと思うよ」
「む……」
ミカの疑問に、セイアは冗談交じりの答えを返す。バカにされたと思ったのだろう。少しミカがむくれていた。
「今の三年生ではなく、今の二年生。私たちの代の後継者の話さ。派閥間の調整は難しい。ティーパーティの運営上、誰かが突出してもいけないのだよ。同じくらいの人間を三人選ぶことが前提で、それぞれを自らの派閥から選出する必要がある。初めから、そう出来るように選別するのさ。そうでなくては間に合わないからね」
それが、別々にされた理由だろう。今から派閥で固めて、慣れさせておこうという訳だ。実に効率的、きっとティーパーティが出来た当時からの様式なのだ。
セイア含む三人が選ばれたのも、同じ理由だろう。ミカやナギサ、セイアの家は突出して裕福で、自画自賛するわけでは無いが、三人ともそれなりに仕事もできるから。
言いたいことを言えてセイアは気分がいいが、そんな事を聞かされたミカは少し沈んでいる。非難がましい目でセイアを見てくる。
「それで、セイアちゃんはなんで今、それを私に言ったのかな。もしかして……」
「何、安心するといい。ナギサや私と今まで通りにできないと、そう言いたいわけでは無いんだ」
ミカの不安を払しょくするために、セイアは努めて明るい声を出す。
「私たちは気にしないが、他の人間が見たらどう思うか。私たちにとっては、唯のはた迷惑な話だよ。今は気にしなくていいが、三年生になったら嫌でもついて回る物だからね。いい機会だから、余計なトラブルを未然に防ぐためにも話しておこうと思っただけさ。君の機嫌を損ねたことは悪いと思っているよ」
それを聞いて、ミカは安心したようだった。さっきのようにとはいかないが、明るさを取り戻している。そして、急に何かを思いついたかのように手を叩いた。
「あっ、そう言えばさ。セイアちゃんはどうなの? やっぱりそれで、元気が無いの?」
「どうとは? 言っている意味が分からないが」
ミカは笑顔だ。さっきと同じような笑顔のくせに、何か含む物を感じる。ミカの言う通りに元気が無いのは真実だが、原因は知らないはずだ。あれは、セイアだけの秘密なのだから。
「またまたー、誤魔化しちゃってー。去年もそうだったって、ナギちゃんから聞いたんだから」
「ナギサに?」
セイアに心当たりはない。しかし、ミカは困惑するセイアの様子を、何かを隠しているとでも思っているのだろう。笑みがどんどん深くなる。
「今年も王子様が見つからなかったんでしょ?」
「は?」
あんまりな言葉に、セイアの頭が真っ白になる。思わず口から反論が飛び出る。
「ミカ。君は今、自分が何と発しているのか理解しているのかい? 君にお姫様願望があるのは知っているが。それを他人に。それも私に当てはめるのは、些か早計だと言わざるを得ないね。そもそも、このトリニティに男子生徒など在学していない。勿論、他校にもだ。だからこそ、君の指摘は的外れと言う事さ。あれだろう? 何か刺激的な文章でも読んだ。そのあたりだろう? 全く、困ったものだよ。君の、その影響されやすいところは、前々から直した方が良いと常々思っていたんだ。やはり、先ほどの話をしてよかったと思うよ。いいかい、これ以上見当はずれの事を言うのなら。そんな事ばかり考えているから、頭髪が思考で染色されているんだなんてことを、私は君に言わなければならなくなる。大体君の──」
「ストップ! ストップ、セイアちゃん! 分かった! 分かったから!」
ミカはセイアを大きく揺らして止めた。視界がぐらぐら揺れて、セイアは口を閉じざるを得なくなった。そうなって初めて、ミカのセイアを揺らす手が止まる。
「急に何を言い出すんだい!?」
「揶揄ったのは悪かったよ、でも、そこまで反応しなくてもいいんじゃない? 残念なのは分かるけど」
ミカの反応は妙だった。まるでセイアが大げさな反応をしたかのような。まるでセイア自身が悪いかのような反応だ。
「いや、私には、その王子様とやらの心当たりが無いんだが」
「えっ、随分前にセイアちゃんから聞いて来たし、さっきも自分で言ったのに? ナギちゃんもそうだって……」
「ミカにも? ナギサにも?」
頷くミカに、セイアは失策を悟った。これはセイア自身のミスだ。無意識にやらかしてしまったらしい。
「うん。今年の新入生に男子生徒は居ないよ。去年も絶対に来るはずなんて言うからさぁ。古いセイアちゃんの知り合いかもって、勘ぐるのも仕方がないじゃない?」
「すまない。思い出したよ。寝ぼけて勘違いしたようだ。迷惑を掛けたね」
「別にいいし、そろそろ着くけど、今日はどうする? 帰るなら私が言っておくけど……」
ティーパーティの本部が見えてきたあたりで、ミカがそんな提案をしてくる。セイアの身体を慮ってくれている。しかし、セイアは休む気はなかった。休んでなどいられないからだ。
だから、セイアは言葉にするのだ。これは、セイアの願いだから。
「何、ミカたちとの時間が大切だからね。このくらい平気だとも」
□
──いい加減にしてほしい。
慣れてしまった感覚に、そんな事をセイアは思った。
眠い目を擦りながらも状況を確認する。着ている服は寝巻きでは無く制服で。窓の外は星々が輝く夜空ではなく、太陽が輝く晴天だ。
今日の少なくない仕事を終えて、布団に潜り込んだ後のこととは思えない。
状況を整理して、セイアは呟く。
「これは、いつもの夢かな」
足元はフワフワしていて、日時も場所も定かではない。これが通常の夢の特徴ではある。
しかし、目の前には馴染みの景色が広がっている。トリニティの敷地内で、覚えていない細かな装飾まで見える。
その上、足の裏には地面の固い感触をしっかり感じる。空気の匂いもする。
夢らしからぬ。まるで現実のような空間に、セイアは閉じ込められていた。
「毎度毎度、自分の事ながら、難儀な事だね」
もう何度目ともしれない体験に溜息しか出てこない。けれど、このままここで不貞腐れても、何も解決しない事をセイアは経験を通して知っている。
慣れた人通りの多い廊下を歩く。道行く生徒は誰もセイアに気づかない。彼女たちの間をすり抜けて、セイアは今回の目的地へと向かう。
「こんな物、いらないのだけどね」
そう呟いてみても、誰も同意などはしてくれない。無駄だと分かっていても、こうしたくなるのだから仕方が無いのだ。
セイアには特別な力があった。予知夢というやつだ。
夢で、未来のことを少しだけ垣間見ることの出来る力。ミカに語ったことは、ここから予測したことだ。三人全員が、ティーパーティの各派閥のトップになる事。そんな未来を見たからだ。
話だけなら強大な力だが、セイアはこの力を毛嫌いしていた。強大な力には、デメリットがつきものだ。そのデメリットが碌でもない。
まず一つは、現実と夢の区別がつかない事。余りにリアルすぎて、現実と夢の境界があいまいだ。だから、いつも寝不足だし。夢の内容と現実にあったことを取り違えることがある。
「しかし、久しぶりにやってしまったね」
ミカとの会話を思い出して、セイアは苦笑する。このせいで、ミカに無用な心配を掛けてしまった。
目的地に近づくと、誰かがすすり泣く様な声が聞こえてくる。声の主はセイアのよく知っている人間だ。
「ミカ……」
暗い、誰もいない部屋。そこでミカが蹲って泣いていた。部屋の中は滅茶苦茶で、ミカの制服も髪も同じようにぐしゃぐしゃ。まるで誰かが暴れた後の様だ。
どう見ても、ミカが暴れたようにしか見えない。そして、ミカは普段こんなことをする人間ではない。前に回り込んでよく見れば、ミカの顔は涙でボロボロだった。
『ごめん……ごめんなさい……セイアちゃん……』
見ていられないと、セイアは部屋から出て行く。部屋から遠ざかるとミカの泣き声はどんどんと小さくなっていった。
これが、第二のデメリット。良い未来ばかり見れるわけではないし、見たい時期をコントロールする事もできないし分からない。さらに悪い事に、未来視で視た未来は変えられない。今までずっとそうだった。
つまり、ミカがあんな風になる未来が必ずやってくるという事だ。そのくせ、原因も分からない。分かるのは、ミカがセイア自身の事で泣いている事と、少なくともあと二年以内にそれが起きることだけだ。
けれど、何が原因で泣いているかは分かっている。セイアが見た未来は、何もミカの事だけでもない。ナギサの時だってあった。状況は、大体ミカの時と同じだ。部屋は奇麗なモノだったが、ナギサ自身のダメージの方が大きかった。
「嫌なものだね。私に何かが起こるのが分かっていて、何もできないとは……」
そして、これが最後のデメリット。セイア自身は決められた結末を見る事しかできないという点だ。セイアはこれに介入できない。セイアがこの力を疎んでいる最大の原因でもある。
今までだって、嫌な場面を見たことはある。これよりは小さいものだったが、変えようとしたことがある。結果はセイアの敗北で終わった。数回の挑戦と敗北以降、試してすらいない。
変えられない何時かの場面を見せつけられる。なおかつそれが自分のせいで、自分の大切な人たちが嘆き悲しんでいる。そして、セイアはそれに対して何もできやしないのだ。
ギロチンに掛けられて、自分の首を切り落とすまでの一瞬を永遠に引き延ばされている。それがいつ終わるかもわからない。でも、いつか絶対にやってくることだけは分かっている。まるで死刑囚の気分だ。
「全く……まだ終わらないのかい?」
いつもと違う状況に、セイアは文句を垂れる。いつもは碌でもない未来を見せられた後に、いつの間にか現実へ戻されているのだが、今日は違った。この場合は、まだ見ていないものがある時の挙動だった。待っていれば勝手に覚めるが、感覚的には徹夜と同義だ。明日のセイアがその責任を取ることになる。
仕方なく、セイアはひたすら前へと歩く。行き先はミカの時と同じように、夢が勝手に連れて行ってくれる。どうせ、またぞろ良くない未来なのだろう。
「む……」
見覚えのない道順に、セイアは唸る。これは初めてのパターンだった。ミカの部屋でも、ナギサの部屋でも、ましてや自分の部屋でもない。どこに向かっているのか、セイア自身も分からない。
そして夢の導きは見覚えのない扉の前で終わる。中からは人の気配を微かに感じて、セイアは期待と共に扉を開けた。
「また君か……久しぶりかな?」
そこには、男がいた。仕事だろうか、机に向かって何かをしている。そしてセイアは、目の前の男に見覚えがあった。
名前は知らない、どこの誰かも知らない。でも何回も夢で見たことがある。ずっと前からの、夢の同居人。セイアにとっては、顔見知り以上の存在だった。
この男が、ミカの言う王子様の正体。何度も出てくるくせして、現実世界では全く会わない。特に、ここ最近は夢にも出てこない事が多い。
男はトリニティの中で、いつも何かをやっている。そして、その時は嫌な未来の雰囲気がしない。大抵誰かと一緒に居て、悪い雰囲気ではないのだ。突き止めてやろうとミカたちへ頼んだのは随分前。それなのに、欠片も手がかりが掴めない。
しかし、今目の前に新たな手がかりがある。ならばと仕事の内容を盗み見する。
「君は誰なんだい……どうして、ここにいるのかな?」
セイアは男に問いかけるが、答えてくれるわけもない。でも、聞かずにはいられなかった。
仕事内容はありえなかった。これは何時の物か分からないが、トリニティの外交の為の資料だ。この男はティーパーティがやるような仕事をしている。それも、今のセイアの立場ではできない事。それこそホストの秘書役がやる仕事だ。
しかし、それはありえない。もう、ティーパーティのオリエンテーションは終わっている。あの場に、今の段階ではトリニティ内にすら、この男は居なかった。だから、これはあり得ない未来のはずなのだ。
オリエンテーションにいないという事は、幹部コースには入れない。ヒラの状態からになる。それも途中入学の。
ヒラの状態から、ティーパーティの上まで上り詰めるなんてありえない。ありえない未来だと思えるが、未来視は絶対だ。それはセイア自身も確信があった。ならば、これはこれから起こる未来という事になる。
「もしかして、最近現れないのは、あの未来のせいなのかい?」
男の出現頻度は減っていた。特に、ミカやナギサの夢を見るようになってからだ。それに比例するように、悪夢は増えていた。
「君が居たら、未来は悪くならないのかな?」
そんな願望を口に出す。そこで、何かがセイアの中で引っかかった。
男がトリニティにやって来る。それは一体どうやって為されるのか。セイアには予想がつかない。少なくとも、今の状況では逆立ちしてもあり得ないのだ。誰かが動かない限りは絶対に……
「誰かが動かない限りは、絶対に……? フフフ……そうか、ミカの事を揶揄えないな、これは」
何だかおかしくて、セイアは笑いだした。朝自分で言ったくせに、すっかり忘れているからだ。セイアが重視するのは未来視という結果ではなく、その過程だと。自分で偉そうに言った癖してこれだ。
誰かが連れてこない限りはだ。だから、その通りなのだ。ミカかナギサか、或いはまた別の人間が連れてくる。つまり、それはセイアでもいいのだ。
未来視の内容だけに気を取られて、忘れていた。あれは、過程ではなく結果。結果は変えられないが、過程なら? セイアでも、過程は変えられるのではないのだろうか?
セイアが動かないから、ここにいないのではないだろうか? 何度も夢に出てくるのに、会えないのはそういう意味なのでは無いのか?
もし、もし、この男をトリニティに連れてきて、今の状況を再現する事が出来たのなら。それはセイアが過程を変えたという事だ。
このまま待つのもいいだろう。しかし、それは受け身だ。ずっと未来視に振り回されることだ。セイアが主導で動くなら、ある程度の先の予想が立てられる。
あの未来を変える事は出来なくとも、起きた後の事を考えて、備える事は出来るのではないだろうか。未来は変えられない以上、大した前進ではない。牛歩である事には変わりない。でも、セイアにとっては大きな前進だ。
何だか、気分が上向いてきていた。それと同時に、周りが暗くなっていく。予知夢の終わり、時間切れだ。
「偶にはミカの言葉を借りるとしようか……それに、待っているのは私の性分では無かったね」
暗闇に消える誰かに向かって、セイアは宣言する。
「待っているといい。王子様」
予知夢が終わり、セイアの視界が閉ざされていく。いつもは諦念に溢れたそれが、今のセイアには希望に満ちているように感じられた。