ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「長い休息でしたね。黄昏のセト」
どこかの病院のベッドで目を覚ましたカヤツリを迎えたのは、喜色満面のオーナーだった。いつになく機嫌が良さそうで、ビナー退治あたりから機嫌がいいのは確かだが、その中でもかなり機嫌がいい方だ。
周りを見れば個室のようで、窓の外は真新しいビルが並ぶ街並みが広がっている。少なくともアビドスではないことは確かだった。
ベッドの中で身体を動かす。身体は思い通りに動き、別に腕や足が枯れ木のようになっているといったこともなかった。むしろ調子がいいくらいだ。ただカヤツリにはレールガンを発射しようとした前後の記憶があやふやだった。今が何時で、ここがどこなのかもわからない。そんなカヤツリの疑問に答えるようにオーナーが口を開いた。
「ここはミレニアム内の病院です。貴方が機体ごと自爆した後、満身創痍の貴方をここで治療したわけです。ゲヘナの協力者に感謝した方がいいですよ。彼女が貴方を回収したのですから。それに治療費も彼女負担のようですしね」
やはり幽霊が我を忘れたカヤツリごと機体を自爆させたらしかった。カヤツリにも思うことはあるが幽霊にとっては、苦渋の決断であろうことは予想できた。あそこでレールガンが少女に直撃していたら、どうなっていたか分からない。あの強さから考えて死にはしないかもしれないが、出来レースどころの話ではなくなっていただろう。
「ああ、それと件の協力者から、目が覚めたら連絡を寄こすように言伝を預かっています。電話が終わるまで私は姿を消していますから」
そんな言葉と携帯電話を残して、オーナーは姿を消した。携帯を見ると前の物ではなく新しいものだった。前のやつは自爆の時に壊れたのだろう。日付を見れば、大体一ヶ月ほど経っている。ホシノからの着信履歴が凄まじいことになっていたが、とりあえず、オーナーの言う通りに幽霊に電話を掛けた。
『……目を覚ましたのかい。悪かったね。アンタごと自爆させて』
「別にいい。俺も悪い、あの後どうなった?」
カヤツリが一ヶ月も寝れていたのだ。大体はうまくいったのではないかとカヤツリは思っていた。幽霊は、どこか暗い口調で話し出した。
『……アンタが爆発した後ゲヘナは撤退したよ。作戦通りにね。で、ネフティスの脅しも、たぶんうまくいった。各学園のヘイトはカイザーに向いている。おおむね作戦は成功したと言っていいだろうね』
つまりはカヤツリが身体を張った甲斐があったということだ。後は退院してアビドスに帰るだけだ。戻ったら先輩とホシノには、心配をかけたことを怒られるだろうが、それはもう仕方がないことだ。ただ、幽霊の口調がさっきから暗いのが気になった。向こうの思うように進んだのだから、もっと喜んでもよさそうだとおもったが。
『……アンタに悪い報せが一つある』
真面目な幽霊の声にカヤツリは嫌な予感が止まらなかった。そんな声は初めて聞いたからだ。自分の勘がその先の言葉を聞いてはいけないと叫んでいた。ただ幽霊の言葉はそれを許してくれなかった。
『アビドスの生徒会長が亡くなったよ』
意味が分からなかった。だって、そんなことは起こらないはずだ。カヤツリはいないがホシノがいる。ホシノがその辺の奴らにやられるとは思えなかった。狼狽するカヤツリをよそに、幽霊は淡々と言葉を紡ぐ。
『キヴォトスで人死になんて大事件だからね。しかも生徒会長だ。だから、こっちでも調べたんだよ。辛いだろうがよく聞きな』
幽霊は容赦なく情報をカヤツリにぶつけてきた。死亡が確認されたのは数日前ということ。遺体に目立った外傷はなく、おそらく砂嵐による遭難での衰弱死。見つけたのはホシノだという事。発見場所と最後に生存が確認できた銀行の記録からみて、おそらくネフティスとの契約後に遭難した可能性が高いこと。
「──っ」
カヤツリは言葉に詰まった。
つまりなんだ? ネフティスの契約に行かなかったら、先輩は死ななかったかもしれないという事か? しかも、自分がこんなところで寝ている間に遭難して衰弱死? じゃあ。じゃあ。自分がもっと落ち着いていたら、計画通りにいっていて、予定通りに帰ってこれたら、見つけられたかも知れない。先輩は死ななかったかもしれない?
身体が冷たくなっていく。これからどうすれば良いのだろう? だって、これで2回目だ。前回は明確な憎悪をぶつけてもいい相手がいた。ただ今回は明確に自分のせいだった。手の中の携帯が嫌な音を立てた。
『私とアンタの取引は一旦これで終わりだ。それで、これからアンタはどうするんだい?』
「……」
カヤツリには答えられなかった。カヤツリにはホシノに合わせる顔がなかった。
『私はアンタより一年くらいしか多く生きてないけどね。それでも今のアンタに言えることはあるよ。たぶんアンタは馬鹿なことを考えてるんだろうけどね』
「知ったような口を利くなよ。お前に何が分かるんだ」
『分からないよ。私はアンタじゃないし、近しい人間が死んだわけじゃないからね。ただ、向き合わなきゃいけない事から逃げた奴の末路は、よく知ってるつもりだよ』
幽霊のこちらの事を知ったような口ぶりにカヤツリの言葉が荒くなる。幽霊はカヤツリの声を気にもしていなかった。
『アンタ、今ここで逃げたら後で死ぬほど後悔するよ。これは学園違いの先輩からの助言だけどね。死んだように生きるのは辛いよ。幽霊みたいにね。……この連絡先は残しておくから、列車砲やネフティス、カイザー関連で何かあれば電話しな。取引の報酬だよ。ああ、もちろんこの事は他言無用だからね』
幽霊は、そう言って通話が終わった。随分と幽霊は親身だったが、カヤツリの心は沈んだままだった。
「話は終わったようですね」
オーナーの声に視線をやる。電話が終わったのをどう察知したのか知らないが、オーナーが病室に戻ってきていた。相変わらずの神出鬼没ぶりだった。
「貴方の依頼の話です」
オーナーの言う依頼は、一年アビドスに通えという依頼のことだろう。まだ期間は満たしていない。ただオーナーの態度を見る限り、重要な話ではあるようだった。
「今回のアビドス生徒会長の件は知っています。そこで提案です。黄昏のセト。依頼を中断するか、このまま続けるか。今ここで決めていただきたい」
「……突然ですね。オーナー。前と言ったことが違うじゃないですか」
「以前とは状況が変わりましたから。貴方にとって、これは不可抗力に近い。貴方に責を問うような真似はしませんとも。もちろん中断の場合も依頼は達成扱いにしましょう。流石に報酬は減額しますが」
どうしますか?とオーナーは問いかける。これはカヤツリにとって嫌な展開だった。逃げ道ができてしまったからだ。このまま中断すれば、喉から手が出るほど欲しかった自由が手に入るだろう。全てを放り出して、全てを忘れて、全てを過去にして、生きていくことができる。ホシノに会わなくて済む。きっとそれもいいだろう。時々思い出して、とてもつらくなるだろうけど。死ぬまで後悔は続くだろうけど。
──今ここで逃げたら後で死ぬほど後悔するよ。
さっきの幽霊の言葉が脳裏をよぎる。アビドスに戻るのもいい。でもどの面下げて戻ればいいのか。先輩が死んだのは自分のせいかも知れないのに? ふざけているのか。自己嫌悪でカヤツリは死にたくなった。
だってホシノにカヤツリは相談しなかった。先輩に頼まれたのもあるが、幾らでもチャンスはあったはずなのだ。青春を楽しんでほしい? もっとちゃんとしてほしい? とんだ嘘つきだ。どれだけ上から目線なのだ。誰よりもホシノに、そのままでいて欲しかったのは自分だったくせに。何が相棒だ。全く頼らなかったくせに。本当は自分が楽しかったから言わなかったくせに。あの関係が心地よかったから言わなかったくせに。
なんて人でなしだ。今も先輩が死んでしまったことよりも、これからのアビドスのことよりも、あの場所が壊れてしまったことよりも、これから、どうするかで頭が一杯のくせに。本当なら、もっと動揺しなければいけないのに、先輩がいなくなって、とても悲しくて、胸に穴が開いているような感覚があるのに、次はどうするか、どこか冷静に計算している自分がいることが嫌でしょうがなかった。
元々の契約はカヤツリが帰ってきてから行くはずだった。先輩が予定より、ずっと早く契約に行った理由は分からない。ただ、ホシノに伝えていれば、遭難することはなかったはずだ。カヤツリの怠慢と俗な欲がこの事態を招いたのだ。ホシノの事だから、カヤツリの居なかった一ヶ月必死に先輩を探したに決まっている。ホシノを、そんな目に合わせた上に自分はのんきに眠っていたのだ。だから、責任は取らなければならない。
「それでは、貴方の答えを聞きましょうか」
アビドスに帰るのか、それとも帰らないのか。カヤツリは答えを出した。
□
「はぁ……意気地なしのクソ野郎め」
カヤツリは自分の空き教室の前で、ため息をついて佇んでいた。ホシノに会うのが恐怖でしかなかった。きっとホシノはカヤツリの話を聞けば怒り狂うだろう。泣くかもしれない。それで、カヤツリはホシノにどうされても仕方ないと思っていた。
これが意気地なしでなくて何なのだろう。ホシノに判断を丸投げしているだけだ。でも全てを捨てていく選択を取ることもできない。カヤツリにとって、この場所は大事な思い出が多すぎて捨てられない。
さっきまでホシノを探していたが見つからなかった。途中で生徒会室を覗いてみると、中が片付けられていて様子が一変していた。ホシノが片付けたのだろうか。先輩がいない悲しみの中で? またカヤツリの罪悪感が増した。
急いで病院から戻ったが時間が予想以上にかかってしまい、もう夜だった。今から家に帰るのは非効率だし此処に泊まるしかない。その前に掃除がいるだろうが。そう思って、扉に手を掛けるとスルスルと扉が開く。鍵が開いていて誰かが入った形跡があった。
部屋の中に入れば埃は積もってはいるが、換気でもしたのか空気は澄んでいた。椅子に座って、そのまま背もたれにもたれかかる。
カヤツリはもう疲れていた。肉体的にではなく精神的にだ。
ホシノと話したあとは、どうするか考えていない。考える気力もあまりない。だって、何を支えにすればいいのか分からない。今までは先輩とホシノと彼女たちがいる場所を守りたくて、カヤツリは頑張ってきた。もう守ろうとした場所は半壊状態だが、ビナー退治の時のホシノに言った、あの言葉に嘘はない。
何とかしたい気持ちもある。やらなければならない理由もある。ただ自分は失敗したのだ。もう自分を信じられないのだ。
そして先輩がいなくなって、どうすればいいか分からなくなった。なんだかんだ先輩はカヤツリやホシノを引っ張ってくれていたのだ。先輩の持ち前の明るさでかなり救われていたことに、先輩が居なくなって初めて気がついた。目の前の問題にカヤツリは押しつぶされそうだった。こういう時、先輩ならどうしただろう。
「先輩……」
ふと前を見ると机が目に入った。メモが貼ってある。手に取ってみると先輩の字で何か書いてある。ここを出る時にはなかったから、先輩が契約に行く前に、ここに置いたのだ。きっとカヤツリ宛だろう。
──ホシノちゃんをよろしくね
いつかの先輩との会話で、何度か聞いた言葉だ。先輩がいたなら、苦笑しながら当たり前のように肯定できただろう。今の自分にできるだろうか。ホシノへの罪悪感だけで、ここに来て、罪悪感と不安と現実に押しつぶされそうになっている、今の自分に?
「でも先輩は俺を信じてくれたんですよね……? だからメモがここにあるんですよね……」
先輩が何を考えてこんなメモを残したのかは、もう分からない。だけど、きっとカヤツリならできると思って残したに違いないのだ。先輩はそういう人だとカヤツリは知っている。先輩が信じてくれるというのなら、こんな自分でも少し前に進める気がした。手に取ったメモを大事に机にしまう。
ならばできると信じてみる。今の自分を信じることは難しいけれど、先輩が信じてくれたというのなら、少しは自分を信じられそうな気がした。
もういない先輩の事を想う。時には先輩がいないことに耐えきれない日もあるかもしれない。もしかしたら、この後にホシノに拒絶されるかもしれない。今までのようにはもう戻れないかもしれない。でも少しずつ頑張ってみようと思うのだ。
だって、カヤツリがそうしたいのだ。この気持ちが何だったのかは分からない。それを笑いながら教えてくれただろう先輩はもういない。
そしてもう確かめる気も、その資格もない。そんな資格は、あの日々を壊した段階で失ってしまったから。先輩がいた頃の、あの日々の中にしか純粋な”それ”は無かったのだから。今からの壊れた日々のホシノに対する”それ”はきっと変わってしまったから。けれどカヤツリには、その動機だけで十分だった。
ただ、今夜だけは眠らせて欲しかった。目を覚ましたら、いつもの自分に戻るから。もう少しだけ夢の中でいいから、あの頃を思い出していたかったのだ。先輩とホシノがいた、幸せだった。あの日々を。
さっきから止まらない涙をぬぐって、もう戻らない過去を想って、カヤツリは目を閉じた。