ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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269話 三人のお茶会にて

 部屋中に、良い香りが満ちていた。

 

 今日は、セイアとミカとナギサ。三人の予定を合わせて行うお茶会だ。一年生の頃は毎日のように開いていたものだが、ティーパーティに入ってからは開催回数は激減していた。

 

 セイアは香りを鼻いっぱいに吸い込む。変わらずナギサの入れた紅茶は一級品だった。寧ろ、日を追うごとに上達しているような気すらする。

 

 当のナギサの姿はない。何時ものように、お茶会で摘むケーキの準備でもしているのだろう。彼女のロールケーキは絶品だから、セイアとしても楽しみでしかない。

 

 

「いやー。でも、驚いたよねぇ」

 

「急にどうしたのですか? ミカさん」

 

 

 突然のミカの発言に、人数分に切り分けたロールケーキを持ってきたナギサが、驚いた声を上げる。

 

 ミカはミカで、待ちきれないという様子だ。ずっと我慢していたのかもしれない。

 

 

「ナギちゃん。だってさぁ、ティーパーティー、いやトリニティの歴史上初じゃない?」

 

「ああ……そうかもしれませんね」

 

 

 チラチラと二人の視線がセイアに刺さってくすぐったい。仕方なく、セイアは口を開いた。

 

 

「それで、二人は私に何を聞きたいのかな?」

 

「ホントに噂の通りなの!?」

 

 

 待ってましたとばかりに、ミカが飛びついた。紅茶を嗜んでいるナギサは、耳がピクピク動いている。興味無さそうなのは、フリだけらしい。

 

 

「まず私はその噂を知らない。今のままでは、肯定も否定も出来ないね」

 

「え、セイアちゃん、知らないの?」

 

「ああ、知らないね」

 

 

 セイアはロールケーキを口に運びながら頷く。

 

 

「察するにミカ、君の好みそうな噂なのだろう? その類の噂は、本人に秘匿されて然るべきだ。そうやって外野が楽しむものなのさ。だから、私が知る由も無い」

 

 

 ミカは出鼻を挫かれながらも、セイアの話を噛み砕いている。

 

 

「つまり、知らないってこと?」

 

「つまりも何も、最初からそう言っているだろう。知らないとね」

 

 

 数十秒後のミカの返答に、セイアは当然だと返す。

 

 やはり、カヤツリとの会話のようにはいかなかった。

 

 それに嘆息しつつも、セイアはミカの方へと視線を戻す。

 

 

「それで、その噂とやらは何なんだい? ナギサも知っているようだが」

 

「セイアさん。貴女が愛人を連れ込んだという噂です」

 

「そうそう、ツバメってヤツ?」

 

 

 予想以上の下世話な内容に、セイアの溜め息が大きくなる。

 

 

「はぁ……ツバメの使い方は間違っているね。それが使えるのは相手が年下の場合だ。それこそ私ではなく、そうだね……私服姿のナギサだったのなら、格好だけは当てはまるかもしれないね」

 

「あー……そうかも、ナギちゃんなら……モガッ……!?」

 

 

 ナギサを見て、全面同意の様子を見せたミカの口に、ロールケーキが丸々一本打ち込まれた。

 

 見事なホールインワン、その下手人であるナギサは、切れ長の目をさらに鋭くして、第二打のロールケーキを手に召喚している。その次の目標は言うまでもない。

 

 

「済まなかった。少し、いや、大分適切ではない例えだったようだ」

 

「ええ、そうです。そうでしょうとも。このままではロールケーキが足りなくなるところでした」

 

 

 その足りなくなる分のロールケーキがどこに行くのかは、目の前ミカが証明してくれていた。セイアは、今の話題を記憶から抹消する事にする。

 

 

「それで、実際はどうなのですか? まさか、本当に愛人という訳ではないですよね?」

 

「……!」

 

 

 ナギサの質問に、口一杯のロールケーキを消費中のミカの頭が勢いよく振れていた。

 

 

「そうだね。なんて言えばいいかな……」

 

 

 セイアの頭で思考がグルグル回る。

 

 セイアがカヤツリをトリニティへ連れてきて、一ヶ月が経っている。車をヘルメット団から取り戻した後、数日後にカヤツリはトリニティへやって来た。

 

 その後セイアが何をしたかといえば、とりあえずとばかりにカヤツリをティーパーティーへ加入させた。次期幹部候補の権力を使ったゴリ押しとも言う。

 

 セイアの目論見は上手くいっている。少なくとも今のところは。それなりにセイアも骨を折っているから当然である。

 

 そして、愛人関係など。そんな色欲一辺倒の為にそこまではしない。

 

 相性は良いのだとは思う。知った情報から、セイアが求める物を持っている。未来視で、そう決まっている。

 

 情報だけでカヤツリを知った時、まるで救世主に出会った気分になったのを覚えている。きっと、セイアを助けてくれる。先が見えない未来でも、諦めないでいてくれる。

 

 セイアはきっと、カヤツリが望む物を提示できる。アビドスが欲しいものは一つしかない。もう決まったようなモノだと。恥ずかしいが、白状するなら浮かれていた。それこそ、王子様を待つお姫様のように。

 

 そして、それでは上手くいかなかった。

 

 

 ──部屋を、特に机の上をよく見る事です。貴女なら良く見えるはずですから。それに、何事とも使い方です。それでは、良い夢を。

 

 

 その言葉が初日。黒服へカヤツリが何をしたのかを聞いたセイアの質問の答え。

 

 だから黒服と名乗った大人の言葉の通り、セイアはカヤツリを訪ねた初日に。応対するカヤツリの身体の隙間から、部屋の奥を見た。

 

 荷造りの最中なのか、散らかっている部屋。しかし、換気の為か部屋を仕切るドアは全開で、掃除の為なのか家具も動かされている。

 

 だから、いつもなら家具や扉で隠れて見えないだろう机の上。そこで開かれたノートのタイトルが良く見えた。

 

 

 ──アビドス復興計画──Vol.35。

 

 

 ちらりと見えただけのそれに、セイアの意識は引き寄せられた。Vol.35と言う事は、同じものが少なくとも三十四冊あるという事だ。

 

 中身は見ていない。見てはいないが分かる事はある。お遊びで、そんな冊数は使わない。そのくらいはカヤツリはアビドス復興に本気だという事だ。先が見えない、そんな苦行を今も続けている。理屈で押せば行けると考えたセイアの想定外。その通りに、初日は素気無くカヤツリに追い返されることになる。

 

 セイアは、どうすれば良いのか分からなかった。未来視で決まっているからと、簡単に勧誘できると思っていた自分がバカみたいだった。

 

 諦めないことを評価していたくせに、今カヤツリが向き合っている事を簡単に諦めると思っていたのだ。そして、そうでは無いことを今になって分からされている。

 

 そこで初めて、セイアは自分が未来視に頼り切っていたことを自覚した。あんなに疎んでいたくせに、使えないとなると不安になる。未来視の通りに行かない事を望んでいたくせに、そうならない事にショックを受けている。心のどこかで思っていたのだ。未来視で決まっているのだから、結局上手くいくのだと。

 

 

 ──どうして、上手くいかないんだろう。未来は、そう決まっているのに。

 

 

 何て失礼な話だ。それこそ、セイアが押し付けられて、疎んでいたモノのはずなのに。セイア自身が、それを他人へと押し付けていた。そして、ずっと上手くいかないと駄々をこねている。

 

 この姿勢こそが、一番の原因かもしれなかった。ならば、それを変えなければならない。セイア自身のスタンスを変える必要があった。未来視任せではなく、セイア自身が行動しなければならない。

 

 セイアが助けて欲しいなら、セイアを理解してもらう必要がある。セイアは理解されたかった。セイア自身しか分からない苦しみを理解して、助けて欲しかった。

 

 ならば、セイアも同じ事をしなければならない。そのためには、理解が必要だった。カヤツリを理解する事。そして、その材料も。

 

 そこで黒服の言葉が思い出されたのだ。

 

 

 ──貴女なら良く見えるはずですから。それに、何事とも使い方です。それでは、良い夢を。

 

 

 ──貴女なら良く見える? ノートは閉じているのだから、セイアどころか誰にも見えないのに?

 

 ──何事も使い方? まるでセイアだけが使える方法があるのか?

 

 ──良い夢を? 預言の大天使といったくらいだ。あの大人は、セイアの未来視を知っていた。それを夢の形で見ることくらい知っているのでは?

 

 

 あの大人は、ちゃんと答えを言っていた。未来視を使って見ればいい。セイアだけが使える方法で、ノートの中身を見ろと言ったのだ。

 

 直接言わなかったのは、あの時点のセイアに言ったところで無駄だったからだろう。そこまで読んでいたところに、末恐ろしいものを感じたのを覚えている。

 

 そして、セイアは見た。恐らく生まれて初めて、見たいものを指定して力を使い、それが成功した。

 

 見たのは、机に向かうカヤツリだった。恐らくは数日後の姿だろう。パソコンを操作しながら、ノートに文字を書きつけている。

 

 ノートの中身。それはパソコンに入れられたデータの山。そこから必要な情報を抜き出して、誰でも分かりやすいように作られたアビドスを救うための方法。

 

 つまり中身は、タイトル通りの現実的な復興計画だった。それが三十五冊分。ティーパーティの業務も行い始めたセイアにも、それが並々ならぬ努力と労力で形作られたものだと分かる。

 

 そして、カヤツリを取り巻く状況にセイアは愕然とした。

 

 カヤツリ以外のアビドス生の様子。まるで引っ越し前後の様な部屋。そして、目の前のカヤツリの様子。

 

 カヤツリは酷い顔だった。セイアが訪れた時には見せない顔で、机に向かっている。その顔をセイアは知っている。かつて、セイアがよくしていた顔だ。鏡で毎朝見ていたから知っている。

 

 カヤツリは足掻いていた。諦めと望みの間で足掻いていた。かつてのセイアと同じように。

 

 違うのは努力の有無。それがどれだけ難しいのかをセイアは知っている。セイアがそうしようとして、出来なかったことだから。そして、許せなくもあった。

 

 誰も、カヤツリの苦しみを知らないのだ。カヤツリ自身ですら知らない。それがどれだけ難しいのか、苦しいのか、そして、凄い事なのか。知っているのはセイアだけ。

 

 でも、だからこそ、思う事もある。

 

 

 ──いい。この人がいい。私が理解するのなら、私を理解してくれるなら、こんな人がいい。この人でないと嫌だ。

 

 

 もっと、知りたいと思った。どうして、そんなことが出来たのか。今も続けられるのか。

 

 そして、理解してほしいとも思った。この苦しみが分かる人間にこそ、セイア自身の事を理解してほしかった。

 

 だから、二日目にはあんな手段を取った。セイアが、カヤツリに対して良いと思うことをした。そして、その結果が今だ。

 

 

「私と彼は、ただの契約関係に過ぎない。愛人関係なんて、爛れたものの筈がないだろう?」

 

 

 酷い侮辱だ。カヤツリだけでなく、セイア自身の気持ちに対する侮辱。そんな一方通行な理解はセイアの求める物ではない。

 

 

「ええ、そうですよね。セイアさんに限ってそんな事はありませんよね。単純に、能力で選んだのでしょう?」

 

 

 ナギサの説に、セイアはとりあえず頷いておいた。事実、カヤツリの能力は高かったからだ。

 

 

「……おかしくないかな? セイアちゃん」

 

 

 ようやくロールケーキを飲み込んだミカが、声を上げた。

 

 

「何がおかしいというんだい? そもそも、そんな事は家が許さないよ。ミカも、そこは当然頭に入っていると思うが」

 

 

 正論をぶつけるセイアに対し、ミカは考えを改める様子はない。それどころか、名探偵の真似事か、かけてもいない眼鏡を掛けなおす独特の動作の真似までしている。

 

 

「あの人、トリニティ出身じゃないよね?」

 

「ふむ。なぜ、そう思うのかな?」

 

「あの人が、セイアちゃんが探してた王子様なんだよね?」

 

 

 質問に質問で返すなと言いたいところだが、困った。図星である。ミカのこういうところを忘れていたセイアのミスだ。過程をすっ飛ばして、結果を当ててくる厄介なところを。

 

 

「それに、私もナギちゃんも連絡が来たんだ。セイアちゃんも言われたんじゃない? よく見ておくようにって」

 

「そうだね。家から言われたよ。それに、彼と電話で話していた」

 

 

 電話の相手は家だ。セイアの実家、百合園家。それを聞いたミカは、目を輝かせる。

 

 

「それでそれで!? 何て話してたの!?」

 

「さあ? 私は聞いていないし、彼も話さないんだ」

 

「でも、家からは何かなかったの?」

 

 

 セイアは記憶を探る。大したことは無い。セイアの望みを許可されただけのように思う。それを伝えると、ミカのテンションが上がる。

 

 

「おぉ……セイアちゃんもやるじゃん」

 

「何をやるのかは分からないが。それがミカの話したい事なのかい? その、執拗に拘っているが」

 

「いやぁ……だってねぇ……心配というか、浮かれ過ぎというか……」

 

「心配? ミカに心配されることなんてないと思うけれどね」

 

 

 むしろ逆だ。セイアにとってはミカの方が心配でしかない。ミカの性格上、ティーパーティは向いていなさそうな気しかしない。今はまだいいが、三年生になったら考える必要があるくらいには。

 

 

「セイアさん。自覚してやっているわけでは無いのですか?」

 

「自覚? いったい何のことだい?」

 

 

 聞いたナギサは、驚いたように口に手を当てている。セイアには何のことなのか、さっぱり見当がつかない。

 

 

「ねぇ、セイアちゃん。あの人の小物、そこそこの値段するよね。あれ、セイアちゃんがプレゼントしたんでしょ?」

 

「そのくらいは当然だろう。君も理解していると思うが」

 

 

 ミカの言葉に、セイアは少し辛辣に返す。

 

 当たり前である。トリニティはお嬢様学校だ。セイアやミカ、ナギサレベルの富裕層はそうそういない。かといって、庶民ばかりという訳でもない。在校生の裕福さのレベルは非常に高いのだ。

 

 そこに、アビドスの時の服装で行けばどうなるか。火を見るより明らかだ。最低限の身なりという物はある。セイアが呼びつけたのだから、それくらいは用意するのが義理という物だろう。

 

 

「……一つだけじゃないよね? 何か見るたびに格好が違うんだけど。あの腕時計。あれ、セイアちゃんの趣味だよね?」

 

「私のセンスが悪いとでも言うのかい!?」

 

「そうじゃなくてさぁ……」

 

 

 ミカの目に呆れが見える。非常に釈然としない。制服は仕方ないが、小物くらいは幾つか変えるべきだ。カヤツリも最初は抵抗していたが、最近は素直だ。きっと分かってくれたに違いなかった。

 

 

「セイアさん。私たちは心配なのです」

 

 

 ナギサが改まった様子で、そう言うので。流石のセイアもただ事ではないと感じ始めた。今更ながら不安になって来る。

 

 

「突然、学外から男性を連れてくる。自分の傍に置くよう手を尽くす。高価なモノを高頻度でプレゼントする……」

 

「ホストに嵌まった人みたいじゃんね」

 

「ミカ……! 兎に角、私たちからは、そう見えるのです。心配するのも分かるでしょう?」

 

「……」

 

 

 言い返したいことはいくつも思い浮かぶが、二人の目にあるのは心配だというのが分かる。それを跳ね除けるほどセイアは狭量ではない。

 

 

「それで、どうしろというんだい?」

 

「少し、話をします。彼に話して時間を取ってください」

 

「私とナギちゃんは、噂とセイアちゃんからしか知らないからね」

 

 

 会って判断する。そういうことだろう。そこで、セイアを騙くらかしているようなら、それなりの手段を取る気だ。

 

 実態はそうではないが、二人の気持ちもよく分かる。もしも、セイアが二人の立場だったとしたら、同じようにしただろうから。そうであるなら、セイアの答えは決まっている。

 

 

「いいとも、好きなだけ話をするといい。それで、話はこれだけかい?」

 

「いいえ? 単純にこのお茶会を楽しむ。そういった目的もあります。なにせ久しぶりですし、セイアさんも元気がなさそうでしたから」

 

「む……済まなかったね。随分と心配をかけたようだ」

 

 

 二人の気遣いを疑った事をセイアは謝る。騙し打ちされたようなものだとはいえ、アレは二人が心配したが故の物だったから。

 

 

「セイアさんが謝る事ではありません。セイアさんは楽しみにしてくれたというのに……」

 

「そうそう、私たちが、この場でこの話をしたのが悪いんだもん。セイアちゃんが気にすることじゃないよ」

 

 

 二人は、何時ものように笑っていた。実に良い親友を持ったものだと、セイアは自らの幸運を再確認する。

 

 

「まあ、セイアちゃんが最近楽しそうでよかったよ。セイアちゃんがその様子なら、良い人なのかな? 私たちが心配していた事にもならなさそうだし、もう一つの事は、その人を呼んで話せばいいよね……」

 

「まだ何かあるのかい……?」

 

 

 ミカの呟きに嫌なモノしか感じない。未来視に振り回されて、現在の、周りの事が見えていなかったセイアは何かをしていてもおかしくはなかった。冷たい汗が背中を伝う。

 

 

「まあ、何といいますか……よくある事といいますか……当然の結果といいますか……」

 

 

 ナギサは言いにくいのか、言葉を選んでいる様子だった。そして、意を決したように口を開いた。

 

 

「セイアさんが連れて来た彼ですが……少し困った事態になっているかもしれません」

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