ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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270話 困ったこと

 ──相も変わらず飽きない事。暇なのかな?

 

 

 カヤツリは目の前の惨状に呆れの感情しか出てこなかった。むしろ、ここまで一貫していると感嘆の気持ちすら湧いてくるかもしれない。

 

 

「ったく……エコの概念は無いのかね」

 

 

 ティーパーティ内のカヤツリの席、そこのもう使い物にならない筆記用具をしまい込んで、予備の筆記用具を取り出す。嫌がらせを限定させるためにワザと放置したとはいえ、執拗にここまでするとは。勤勉さには頭が下がる思いだ。

 

 

「チッ……」

 

 

 どこからともなく小さな舌打ちが聞こえるが、誰が発したかは分からない。カヤツリにとっては誰でもいい。どうせ全員が敵である。カヤツリは自分の仕事をするだけだ。その仕事も、問題でしかないのだが。

 

 

「ほら。これが今日の分の仕事よ」

 

 

 素っ気なく、一応は同級生の同僚から仕事を回される。何時ものように、仕事内容は雑用と勧誘という子供の使いだけだ。

 

 カヤツリは小さな笑いを背に受けながら本部を出る。どうせ、カヤツリが居ない間にまたぞろ何かをするのだろう。

 

 回された仕事にしてもそうだ。向こうから見て評価の足しにもならない仕事か、無謀な勧誘ばかりを回されている。新入りに回すのは間違いではないが、何の説明もないのは含むところしか感じ取れない。

 

 こんな日々がずっと続いている。カヤツリの予想に反して命は狙われないのが唯一の救いかもしれない。それと、三年生たちの態度も、分かっていて見逃しているのが容易に分かる。

 

 二年生の代わりにカヤツリの質問には答えてくれるところからして、何かの思惑があるのだろうが。正直言って良い気分とは言い難い。

 

 まぁ、好きなようにやるから良いのだが。そう思いながら、今日の仕事に邁進しているカヤツリの懐が震えた。モモトークの通知だった。

 

 

「うげっ……」

 

 

 送り主を見たカヤツリの喉から、呻き声が上がる。送り主からして、嫌な予感しかしなかったからだ。

 

 

 ──今日の放課後。私の部屋に来たまえ。

 

 

 そんな文面が映った画面を消して、カヤツリは内容と、それを打ったセイアの表情を想像して気分が重くなった。

 

 

 □

 

 

 カヤツリが扉を開けると、セイアが先に待っていた。

 

 

「来たね。まあ、座るといい」

 

 

 セイアは袖で向かいの席を指差す。前のテーブルには二人分のカップとフードカバーのかかった大皿一つ。二人以外誰も居ない。どうにも異様な雰囲気だと、カヤツリはため息をついた。

 

 セイアの表情が固い。いつもは浮世離れした何事にも動じない雰囲気のくせして、それが今は揺らいでいるのが分かる。それが突然の、自室への呼び出しに関連している事だろう事も。

 

 

「それで? 何か言いたい事でも?」

 

「君、私に黙っていたね」

 

 

 席に着きながらのカヤツリの言葉に、セイアは短く言い放った。そのセイアの返事に、とうとうバレたかとカヤツリは嘆息した。紅茶がやけに苦い。

 

 

「ナギサとミカから聞いたよ。君、嫌がらせを受けているそうじゃないか」

 

 

 嫌がらせとは、またお優しい表現である。所によっては、アレはいじめというのだ。

 

 セイアの言うナギサとミカ、パテル派とフィリウス派の幹部候補。サンクトゥス派のやり過ぎで、いつかはバレるかと思っていた。まさか、他派閥から漏れるとは思わなかった。他派閥に隠しきれないとは、やっている方も詰めが甘いというかなんというか。自分の後始末位はするかと思っていたが、思った以上に使えない。視野狭窄に陥っているらしい。

 

 

「受けているが、何の問題が?」

 

「問題しかないだろう!? 何で、そんな平気そうな顔をしているんだい!?」

 

「そりゃ、平気だから。お嬢サマの手を煩わせる程でもない」

 

 

 セイアは、ショックを受けたような顔をしている。カヤツリは自分の発言を思い返す。もしかすると誤解を与えたのかもしれない。

 

 

「ああ、嫌がらせを気づかなかった事を責めてるわけじゃない。大事にならないように向こうはやっている。それに、お嬢サマの友人も態々調べてくれたんだろうが……ま、大したことじゃないからな」

 

「大したことじゃない……? 君、持ち物を壊されたんじゃないのかい? それに、碌な仕事を回されていないとも聞いているよ」

 

「そうだな。でも、壊れていいヤツを用意しているから。分かっていれば対策のしようもある。こうなることくらいは分かっていたはずだ。そうだろ?」

 

 

 カヤツリがそう言っても、セイアの様子はちっとも変わらなかった。何かが気に入らない顔をずっとしている。

 

 

「何が気に入らないんだ」

 

「幾つもあるに決まっているだろう……? 分かっていたさ。ティーパーティへ君を強引に入れたら、何か反動があることくらいは……でも、こんな事になるなんて思わなかった」

 

「ああ……自分に来ると思ってたと。でも、そうじゃなかったから?」

 

「君を連れて来たのは私だから、私が三年生から嫌味を言われて、評価を下げられる。あと……陰口か。あとは、私の選んだモノを持っていれば大丈夫だと、私の立場で守れると思っていたのさ。愚かなことにね」

 

 

 むすっとしたままセイアは頷いた。だから、世間知らずだというのだ。そんなわけがない。この嫌がらせは、セイアに対する鬱憤も多く含まれている。しかし、それは絶対にセイアには向かない。

 

 だから、あんな高い腕時計を幾つもくれたのだと、カヤツリは勝手に思っていたのだ。アレを破壊する事は絶対に出来ない。それはラインを超える事を意味するから。

 

 

「……どうして、言ってくれなかったんだい?」

 

 

 拗ねるように、カヤツリを責めるように、そんな響きがセイアの言葉に篭っていた。

 

 これが、幾つかの内の二つ目なのだろう。一つは嫌がらせの実態をセイアが知りもしなかったこと。そして、それを相談されなかったこと。カヤツリと自分への不満。

 

 セイアからしたら、自分のせいだと思うだろう。しかし、それを了承したのはカヤツリ自身、セイアが気に病む必要性は皆無だ。

 

 それにこの嫌がらせも一年で収束する予定である。セイアにはどうしようもない。それこそ、セイアが介入する意味はない。

 

 

「言って欲しかったのか? 言われたところで、どうしようもできないのに?」

 

「そんな事は無いはずさ。私が気づいているともなれば……」

 

「止まらない。それに、何とかしてもらう必要もない」

 

 

 確信が籠ったカヤツリの言葉に、セイアは珍しいくらいに黙る。少し、やり過ぎたかもしれなかった。

 

 

「……そもそも、この嫌がらせの原因は俺だよ。サンクトゥス派の二年生の気持ちを考えてみれば分かるだろう? いきなり、上の我儘で将来を粉微塵にされたようなモノなんだぜ?」

 

 

 あの仕事を回してくる二年生。本当なら、あの生徒がサンクトゥス派二年生の中での筆頭。セイアの部下としての立場を約束されていたに違いない。

 

 しかし、そこにカヤツリがやって来た。セイアのゴリ押しで、自分が座るはずだったポストが奪われてしまった。怒らない方がおかしい。

 

 

「かといって、お嬢サマに文句は言えない。将来の上司だからな。心情的にも非常にやりにくいだろう。ならどうするかといったら、やりやすい方をやる」

 

 

 カヤツリがトリニティ生ではなく、男というのがそれに拍車を掛けている。あんな噂をバラまいたのも、仲間を増やすためだろう。知っている人間より、知らない人間の方が殴りやすい。

 

 

 ──百合園セイアが、悪い男に入れ込んでいる。

 

 

 事実入れ込んでいるのだろうが、露悪的に過ぎる。四六時中一緒に連れ歩いているならまだしも、そうではない。そもそものコースが違う。幹部コースと下っ端コースで違うから、仕事が一緒になる事など、ほとんどない。

 

 それに、セイアの暴挙にも説明がつけやすい。カヤツリがセイアを唆した。ああ、なんて可哀そうなセイア様。私たちが助けないと。そう自分と仲間を納得させる。人が人を害する時、一番に求める物は理由だ。殴ってもいい理由を求める。何故かって、人は良い顔をしたい生き物だから。

 

 

「そこで、お嬢サマが介入して見ろ。泥沼にしかならない。もっと過激になるだろうさ」

 

「しかし、道理が通らないとは思わないかい?」

 

「最初に道理を破ったのは、お嬢サマの方だろ? 向こうからしたらそうなのさ」

 

 

 セイアがまた口を噤んだ。存分にその自覚はあったらしい。実際その通りでもあるが、それに対して、嫌がらせという手段をもってして対抗するのは違う。

 

 セイアは、そこが気に入らないに違いなかった。自分が悪いのだから、自分へと責が来ると。そう思っていたのだろう。重ねて言うが、そこが世間知らずなのだ。感情という奴は、理屈ではない。

 

 

「だから、三年生も介入してこない。最初に道理を破ったお嬢サマと、道理の通らない方法をとる筆頭。お互い様だから積極的には介入しない」

 

 

 だから、筆頭に教えてもらえないカヤツリの質問に答えてくれる。しかし、三年生からは介入しない。それはフェアではないからだ。

 

 三年生にしてみれば、どうでもいいのだ。カヤツリが勝とうが筆頭が勝とうが。残った方が強い。トリニティの中枢で働く能力を持っている。この位は跳ね除けるのが最低条件位に思っている。誰が勝つか、裏で賭けでもしていそうな食えない雰囲気を感じる。

 

 

「……なるほど。私ではどうしようもないのは理解したよ。でも、君は良いのかい?」

 

「良いも何も、そういう雇用契約だ。この位は想定内で契約したんだ。気に病む必要はない」

 

「そこだよ。君のそこも私は不満なんだ」

 

 

 憮然とした顔で、セイアはカヤツリを指差した。

 

 

「その言葉からして、この事態を予想していたんだろう? 私に言ってくれても良かったはずだ。君の言う通り、どうしようもなかったとしたのなら。言ったところで結果は変わらない。どうして、君だけで抱えていたんだい?」

 

「それは……」

 

「私が気に病むと思ったのかい? それとも抱えきれないと判断したのかな?」

 

 

 セイアの追及にカヤツリは苦い顔になる。嫌な事を思い出したからだ。

 

 

 ──どうして言ってくれなかったの!?

 

 

 あの時の、ホシノに向けられた怒りが胸の内によぎる。どうしようもない真実を言ったところでどうしようもない。現にホシノは耐えきれなかったし、カヤツリのせいにした。碌な結果にならなかった。

 

 それなら、知らなくていい。知らないままでいれば幸せでいられるのだから。あの時もカヤツリが言わなければ、ああはならなかった。今いる場所が楽園だと信じているのなら、そこは楽園に相違ないのだから。

 

 

「人に説明するのは骨が折れる。それも、自分の意図通りに説明するのは。よく分かっていると思うが」

 

「ああ、よく分かるとも。それが理由だと? 面倒だから。そう言う理由かい?」

 

 

 違うだろう? そんな問いかけがセイアの目に浮かんでいる。誤魔化しは許さないという姿勢だ。何というか、カヤツリの性格を把握されている感じがする。

 

 

「はぁ……変わるよ。言った場合と言わない場合で変わる。結果は変わらないが、過程が変わる」

 

「ああ、私に配慮したと。そういう事だね。だが、それは君にも言えるのではないかな」

 

 

 少し不満が解消したのか、セイアの機嫌は少しいい様子だ。

 

 

「君自身が嫌だったんだろう? 用意した言葉が上手く届かないのが嫌だった。それで嫌な思いをさせるくらいなら、最初からしない方が良い。諦めに似た優しさという奴だね。でも、答えは用意してあるんだ。諦めているなら最初から用意しなければいいのにね」

 

 

 その通りだ。伝えないと決めたのなら、その理由を用意する必要はない。納得してもらう必要はないのだから。

 

 

「……気持ち悪いくらいに当ててくるな」

 

「私もそうだからさ。自分で経験したんだ。嫌でも理解できるというものだよ」

 

 

 また、内心を覗き見たようなことを言う。初対面でも、そうだったが。この解像度の高さは何なのだろうか。

 

 

「幾ら努力しようと伝わらず、幾ら足掻いても変えられない。決まった結末を見せられ続けると、最後に残るのは諦めだよ。でも、箱の底に残った希望は捨てきれない。しかし、それは叶うことはなく摩耗していく。希望も災いの一種というのも頷ける」

 

 

 セイアは前のめりだった姿勢も楽にして、何かを思い出すかのように目を細めている。

 

 

「でも、そうではないと最近思ったのさ。私と同じように足掻いて、諦めなかった君に会えたからね」

 

 

 どうにも、初対面から評価が高い理由はこれらしい。何となく、セイアが不機嫌だった理由が分かる気がした。

 

 

「だから、諦めたような対応が不満だと? そんな事をしなくても、分かっているから」

 

「そうだね。君の配慮も、その奥のモノも、完全にとはいかないが理解はできる。だから、私にその対応は必要ない……いや、言ってしまおうか」

 

 

 途中まで言葉を吐いたセイアは、少し考え込んで、じいっとカヤツリを見た。

 

 

「私が君をトリニティへ連れて来た理由。初対面に言った事も間違いではないが、他に理由があるんだ」

 

「へぇ、それは?」

 

「まだ言えないんだ」

 

 

 あんまりな答えに、カヤツリはセイアを睨む。セイアは気まずそうだ。

 

 

「いや、それなりに勇気がいるのさ。君に言って良いのか分からない。まだ君の反応が怖い。拒絶されたらと思うと嫌な気分になる。君が、アビドスの事や家に何を言われたのか言おうとしないのと同じさ」

 

「なんだ。結局、お客様扱いが気に入らない。もっと信用しろってことか」

 

 

 あんまりな結論に、カヤツリは疲れた気分になる。つまるところ、セイアはもっと遠慮を失くしてほしいという事だ。嫌がらせの事とか、変な気遣いはいらないとか、同じような経験をして気持ちがある程度分かるからとか。色々言っていたが結論はこれだ。

 

 セイアは隠し事があるらしい。それは非常に言いにくい。それこそ、カヤツリがホシノと喧嘩してから、あそこで燻っていた事を言えないのと。カイザーにいた事を話せないのと同じくらい。随分と個人的な隠し事。

 

 その隠し事の予想は付かないが、その問題にカヤツリが必要で。協力を頼むのに最後の踏ん切りがつかないのだろう。

 

 アビドスの事は、時間が掛かる。家の事もカヤツリの過去を確認されただけだ。カイザーの人間だった、それも理事の側近。それが娘の側に居て、娘はそれを知らないとなれば、相応の脅しと確認は入る。いずれにしろ、カヤツリもセイアも時間が必要なのだ。

 

 なら、カヤツリは待つだけだ。

 

 

「そうだね。理解してくれたなら何よりだ」

 

 

 すっかりセイアの不満は消え去っているようだ。そして、大きく伸びをしながら言う。

 

 

「それで、嫌がらせは大丈夫なのかな? 私の対応は無意味で、私の責は君が被っている事。そして問題ない事。君の説明で納得はした。君も私の要望を理解してくれたのなら、私は君に任せよう」

 

 

 嫌がらせの対応に関しての本音を聞けたから、要望がない限りは任せると言ったところか。返事は言うまでもない。

 

 

「ああ、大丈夫。そうだな……自分の足元ばかりで、建物の土台を気にしてないから。秋にはケリがつくだろう。多分、三年が仕掛けたイベントがある。種は撒いたから、後は正面から分からせてやればいい」

 

「ふむ。理解したよ。なら、話はここで終わりだ。また同じ話をする機会が無いことを祈るよ……おや、その顔は不満かな?」

 

 

 嫌味たっぷりのセイアの返しに、カヤツリは嫌な予感がした。セイアの顔が悪戯を企む顔だからだ。

 

 

「お客様扱いが気に入らない。私の要求を君はそう解釈したね?」

 

「なんだ、お嬢サマ。違うって?」

 

「まさか、君の言った通りでいいんだ。問題は、それさ」

 

 

 セイアはカヤツリの口を指差して、口だけで呟いた。

 

 

()()()()?」

 

 

 これが、幾つかの不満の最後。セイアはカヤツリを試すように、テーブルの上のフードカバーを持ち上げた。

 

 

「ふむ。じゃあ、君を呼びつけた本来の用事と行こうか。このロールケーキ。ナギサから貰った物だが、何分量が多くてね。手伝ってくれるかい?」

 

「……分かった。セイア。喜んで食べさせてもらう」

 

 

 カヤツリの返事を聞いて、セイアが満面の笑みでロールケーキを切り分ける。今度の紅茶は苦くはなかった。

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