ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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271話 トリニティの休日

 あっという間に季節は秋になった。

 

 この季節が何の季節かと言えば、引き継ぎの季節だ。

 

 つまりは、来年度の所属が決まる時期ということで。カヤツリの仕掛けた爆弾が起爆する時でもある。

 

 その結果はカヤツリの予想通りに終わり、いつかのようにカヤツリはセイアに呼び出されていた。呼び出しの場所と他の面子からして要件は分かる。結果発表という訳だ。

 

 

「まずは……ホスト直属の就任おめでとうと言うべきかな」

 

 

 部屋に着くなり、セイアが祝いの言葉を述べる。

 

 

「ああ、ありがとう。セイアも次期ホストおめでとう」

 

「ふむ、面倒だが仕方あるまいよ。でも、君に祝われるのも悪くないね。初めてじゃないかな?」

 

「少し、宜しいですか?」

 

 

 セイアとカヤツリの会話に、ナギサの声が割り込んだ。

 

 視線を向ければ、ナギサとミカが妙に緊張した面持ちで二人を見ていた。

 

 

「どーぞ」

 

「ありがとうございます。では遠慮なく」

 

 

 ナギサの静かな質問にカヤツリは了承を返す。その間にも、ミカがセイアを引っ張って、そそくさと距離を置くのが目の端に移った。

 

 向かいのナギサの雰囲気は剣呑だ。例えるなら、ヴァルキューレの取調室。そこの雰囲気に近い。

 

 この対応をされる覚えはある。覚えしかない。複数回もやられていては嫌でも覚える。またぞろ、セイアが心配になったのだ。

 

 早速、ナギサから追及が飛ぶ。

 

 

「今回のお忍び。いつから知っていたのですか?」

 

「お忍びの散策だとは知らなかった。でも、何かイベントはあるかもしれないとは思っていた」

 

 

 お忍びとは文字通りの意味だ。次期トップ、カヤツリの場合はセイアだが、その人間を丸一日の息抜きをプランニングする。

 

 お忍びの名の通り、知る人間は必要最低限。何をしてもいいが、他の人間に必要以上の迷惑をかけてはいけない。女王が身分を偽って、休日を楽しむあの映画を想像すると分かりやすいか。

 

 それを、カヤツリはしなければならなかった。

 

 正直言って面倒だ。こんな面倒な事をしなければならなくなったのは、セイアのせいが百とは言えない。様々な思惑が絡まった結果だった。

 

 

「これは試験だった。幹部が上手く部下を使えるか、部下も上役の命令以上のことができるのか。来年度前のリハーサルとして、これは企画された」

 

「ええ、その通りです。毎年恒例のイベント。内容は毎回、派閥ごとに違いますが目的は同じです」

 

 

 カヤツリは感心する。割と合理的だったからだ。

 

 まだ三年生が後始末出来る範囲でリハーサルする。それが上手くいくにしろ、いかないにしろ、何かしらは残る。それが自信か反省かは人それぞれだが。

 

 

「そして、内容はそれぞれの派閥の次期トップが決定します。つまり、私とミカさん、セイアさんですね。それぞれが、それぞれの内容を提案し、それぞれの派閥がそれを実行する。その筈でした」

 

 

 しかし、そうはならなかった。その筈でしたとは、そういう意味だ。ナギサは紅茶を飲みながら、小さく息を吐く。

 

 

「セイアさんからの提案を聞いた時、冗談だと思いました。これは確かに、次期トップの最後の息抜きとしての側面を持っています。とはいえ、セイアさんの提案は難しい物でしたから」

 

 

 カヤツリの提案した事は簡単だ。三つの派閥の企画を一つに纏める事。

 

 全ては、セイアのワガママから始まった。企画を決める裁量はセイアにあったが、その企画が無茶だった。

 

 

 ──三人で、半日だけでもいいから、一年生の頃のように立場を捨てて楽しみたい。

 

 

 無茶だ。無茶だが、不可能ではなかった。建前も、本音も、利益も、方法も、カヤツリの手の届く範囲にあった。だから、やってみたのだ。

 

 

「貴方は、まず先輩達から切り崩しにかかった。余計な手を出されない様に。建前は何と言ったのですか?」

 

「ティーパーティーの由来を引き合いに出した」

 

「……いやらしい手を使いますね」

 

 

 呆れた様にナギサは首を左右へ振る。

 

 

「それは断れません……少なくとも表立っては」

 

「そこが良いところだとは思うよ。筋が通っている」

 

 

 ティーパーティーの由来は文字通りの意味でしかない。お茶会である。

 

 重要なのは、そのお茶会が開かれた理由の方だ。

 

 トリニティは、反目し合っていた幾つもの学園が対ゲヘナで団結した結果誕生した。

 

 しかし、元々は敵対派閥同士。船頭が多ければ船は山へと座礁する。それでは対ゲヘナどころではなく自滅する未来しか待っていない。

 

 だから、お茶会で方針を決めたのだと言う。お茶会の中では、過去の遺恨を捨てて話し合おうと。

 

 その方針はまだ残っている。ティーパーティーという名前と、派閥の合議で意思決定を行う所だけだが。

 

 

「形式を有り難がるなら、形式で攻めてやるだけだとセイアが言うから。台本は相談しながら用意した」

 

「ああ……セイアさんらしいですね。今回の次期ホストの決定打はそこでしたか。それで、セイアさんは貴方が用意した正論で押し切ったと。貴方たちは本当に……」

 

 

 落ち着く為か、ナギサは紅茶で喉を潤している。

 

 

「それで、サンクトゥス派の筆頭……今は元ですが。彼女はあれで良かったのですか?」

 

「良かったとは?」

 

 

 分かっている癖に。そんな非難が混じる視線がカヤツリに突き刺さる。

 

 

「彼女が貴方にしてきた事への報復です。先日の件は、これまでの仕返しをする絶好の機会でしたが? 三年生の口出しを封じたのは、その為もあったのでしょう? だから、貴方は形式を持ち出した」

 

 

 形式は大事だ。自分の発言に権威を付けるのに一番手軽なのは後ろ盾を得ることで。後ろ盾の中で、誰もが使いやすいのは形式。所謂、歴史の重みというヤツだ。

 

 その形式に従っている限りの間だけ。今までこうして上手くいっていたからと、その方法の正当性を歴史という時間が担保する。

 

 だから、三年生は口を挟まない。ティーパーティー所属の者が、ティーパーティーの由来を元とした催しに口を挟めない。

 

 大層な理由があれば別だ。それこそ、誰かを潰そうとしているとか。

 

 でも、カヤツリはしらばっくれるだけでいい。まだやっていないのだから証拠はない。状況証拠でしかない。それでは理由としては弱すぎる。

 

 それ以上深入りするなら、カヤツリが嫌がらせを受けていることを知っている事が前提だ。それを持ち出す事は出来ない。見て見ぬ振りをしたと認める事になる。それこそ、カヤツリに対して何かを差し出さねばならない。

 

 そして、筆頭へそこまでする義理は三年生には無い。ティーパーティーに被害が出ない限りは黙認する。たかが小競り合いに過ぎないから。

 

 これは、筆頭とカヤツリの間だけの諍いだからだ。筆頭もその事は承知でやっている。

 

 

「筆頭、ヤツは言い訳の出来る範囲の嫌がらせに終始した。俺がセイアに頼れない程度に抑えた。アレは挑発であり、時間稼ぎ」

 

「ええ、自分の仕事は完璧に行い、サンクトゥス派内での足場を固める。貴方がサンクトゥス派で台頭出来ないよう外回りの仕事のみを回した。細かな嫌がらせも派閥の外へ追いやり、自分の勢力を伸ばすための時間稼ぎ。そうすれば、流石のセイアさんも貴方を重用は出来ません」

 

 

 そう、罪状からして器物損壊だが、たかが筆記用具。セイアがくれた時計を壊さないところから、理性はある。

 

 それを壊せば大騒ぎだ。芋づる式に嫌がらせが発覚する。歴とした損害があるなら三年生も動かざるを得なくなる。そうでなくともカヤツリがそうさせる。

 

 だから、筆頭の目的は別だった。セイアがワガママを通すなら、通せなくすれば良い。

 

 一人で仕事は出来ない。部下がいなければ回せない。幾ら仕事ができようと、部下とコミュニケーションが取れない上役より、取れる上役を選ぶ。

 

 部下の報告をまとめ、セイアと意思疎通を図り、セイアの目的に応じて部下を動かす。行政官はそういう仕事だ。

 

 だから、筆頭はそうした。セイアはどうにもできないと諦めて、サンクトゥス内を自らの色に染め上げた。

 

 

「普通なら挽回出来ません。セイアさん一人と、サンクトゥス派の殆ど全てでは考えるまでもありません。ただ、これでセイアさんがワガママを言った理由が分かりました」

 

 

 遠くで自慢気にウインクするセイアを見たのか、ナギサが深いため息を吐く。

 

 

「貴方は彼女の前提をひっくり返した。派閥毎のイベントを、ティーパーティー全体のイベントに変えてしまった。彼女にとっては、晴天の霹靂です。今まで築いてきたものが使えないのですから」

 

「建物の柱をいくら固めてもな、一番大事なのは基礎部分だぜ。ヤツは派閥が基礎だと思ってたみたいだけど」

 

 

 カヤツリがやった事は単純だ。ナギサが言った通り、派閥毎のイベントをティーパーティー全体のイベントにしただけだ。

 

 ミカとナギサとセイア。三人一緒のお忍び。何故これが困難かと言われれば、一つの派閥では対応できないからだ。自らの派閥のトップを優先する事はできない。そんな事をすれば派閥の失態だ。

 

 他の派閥の重鎮すらマトモに接待出来ないのなら。それこそ、他学園の対応など任せられない。

 

 かと言って、下手に拒否も出来ない。これはティーパーティーにあやかった行事だから。

 

 そして、ミカとナギサとセイアが友人であることは周知の事実。三年生になれば派閥の柵が関係を引き裂く。プライベートで三人集まって遊ぶなど、数えるほどしか出来ないだろう。それも、プライベートビーチ等の人目につかない所限定だ。学生らしい放課後の寄り道など、望むべくもない。この機会を除いては。

 

 よって、これを断るには相応の理由が要る。

 

 まさか、出来ませんとは口が裂けても言えない。一つだけ、誰もが思いつく方法があるからだ。

 

 一つの派閥で出来ないなら、三つの派閥が協力すればいい。これなら幾らでも対応出来る。各派閥から各トップの望みを持ち寄って擦り合わせる。

 

 簡単そうに聞こえるが、非常に面倒だ。しっかりと分けられた普段の業務とは違って、誰が対応するのかという問題がある。他派閥の誰に聞けばいいのか、誰にも分からない。自分の派閥の事は把握していても、他の派閥はそうではない。

 

 代表者を適当に立てる訳にもいかない。少なくとも、それなりの権利と知識、他派閥との面識が必要だ。

 

 それは当然、筆頭も分かっている。だから代表者を務めようとした。

 

 

「別に、俺も外回りで遊んでた訳じゃない。ティーパーティは生徒会組織。様々な組織に用事がある。コネクションは幾つも作っておいた。正義実現委員会、シスターフッド、救護騎士団、図書委員会、その他諸々を」

 

 

 作り方はとても簡単だ。仕事をしっかりとやればいい。相手の都合の良い様に、また頼みたいと思われる様にすればいい。

 

 人の誑かし方は簡単だ。ニコニコ笑って人の話を聞けばいい。相手が聞いてほしい事を聞いて、話したいことを話させればいい。

 

 頼られる方法は簡単だ。その人間を知ればいい。何が好きで、どんな人間なのか。何をして欲しいのか。話を聞いて探ればいい。

 

 それらを適度に、人間事に適した配分で行って、その人間にとっての便利な人間になればいい。そして、それをどんどん増やしていく。

 

 それだけでいい。それが強みだ。人はストレスなく話せる人間を求めている。そして、その人間が色々な伝手を持っているともなれば。何か困った時、皆思うのだ。

 

 

 ──あの人なら、何か知ってるかも。

 

 

 外回りの仕事で築いたコネクションは、回り巡ってパテル派やフィリウス派にも及んでいる。向こうはこう思うはずだ。

 

 

 ──あの人経由でなら、だいぶ楽じゃないか?

 

 

 こうなれば、もうこっちのものだ。サンクトゥス派はどうしようもない。カヤツリを使わなければならなくなる。カヤツリの築いたものは、カヤツリしか使えないから。意地と派閥の損失どちらを取るかは言うまでもない。下に居る者は、上に立つ者が誰かなどどうでもいいから。

 

 

「あの筆頭は視野狭窄にも程がある。それに、いい勉強になったんじゃないのか」

 

 

 カヤツリは、あの時の筆頭の表情を思い出して既視感を覚える。それがどこで見たのかは、直ぐに思い出せた。

 

 

「他人は勝手なモノだって。理解したいようにしか理解しないし、自分の都合が一番だ。筆頭自身の都合なんてどうでもいいんだ。今まで従っていたのは、その方が自分の得だから。筆頭自身に従っていたわけじゃない。それなら、俺でも筆頭でも、どっちでもいいのさ」

 

 

 筆頭の支配は崩れた。もう誰もカヤツリに嫌がらせをする人間は居ない。それをすれば不利益しかないからだ。それを筆頭自身が証明してくれている。

 

 

「哀れな奴だよ。偉いのは肩書であって、奴自身じゃない。その肩書に見合った事をしなければ見限られるに決まってるだろうに。勘違いは良くない」

 

「……なるほど。貴方なりの仕返しは終わっていると。しかし、相手の逆恨みは怖くないのですか?」

 

 

 少し、心配そうにナギサが聞いてくるが、その心配は無用だ。カヤツリは、筆頭の人となりをしっかりと思い返す。

 

 

「そんな度胸は無いよ」

 

「その根拠は?」

 

「逃げ道は用意してあるから」

 

 

 そこまで聞いて、ナギサは納得したようだった。

 

 

「筆頭をそのままにしたのが、逃げ道ですか……確かに、完全に失脚させれば、それこそ彼女は全てを失うでしょう。なりふり構わず貴方にやり返す。もう何も失う物が無い人間は無敵ですから」

 

「逆に残っている物があるのなら。それが曲がりなりにも自分の力で手に入れた物ならば。絶対に簡単には捨てられない。そうでないなら俺に嫌がらせはしなかったし、それを捨ててまで復讐する熱量はない」

 

 

 多分、許せなかったのかもしれない。今更ながら、カヤツリは思う。

 

 筆頭の地位は、彼女なりに努力して手に入れた物。いつかセイアの傍で働くことを夢見たのかもしれない。それが、軽い物のように扱われたのが我慢ならなかったのだろう。

 

 

「それをセイアさんは、貴方から聞いて承知していた。寧ろ、手伝ったという事ですか。巻き込まれた訳でないと……」

 

「ああ……ヤツをどうにかする為に、勝手にセイアを巻き込んだ。そう見えたから、確認の為にこんなことを?」

 

 

 ナギサは静かに首を横に振って、力を抜いた。

 

 

「もう何回か話して、貴方の人となりは理解していますが、念のためです。貴方はセイアさんに甘すぎますから。それに、セイアさんの様子からして問題は無さそうでしたが……ミカさんが、少しやり過ぎではないか。と」

 

「どうして欲しかったって?」

 

「話せば分かると。あそこまで精神的に追い詰める必要はないのでは。と」

 

 

 頭の中で、問答無用という言葉が響く。余りにも頭がお花畑過ぎやしないだろうか。お嬢様らしいというか、なんというか。

 

 大体、筆頭が精神面でボコボコにされているのはカヤツリの所為ではない。

 

 

「ですから私が話しているわけです。ミカさんの方も、セイアさんが話をしているでしょう。幾つか理由はありますが、それが本日ここへ来てもらった理由です」

 

「誰に聞かせるような話じゃないのは分かるけれども……」

 

 

 渋い顔をするカヤツリに、ナギサが窘めるように言う。

 

 

「ミカさんなりに色々あるのでしょう。拗ねていると言いますか……まあ、ミカさんですから。実際ミカさんが出れば止まったかもしれません。私としては、そうならなくてよかったとは思いますよ。事態が拗れるどころでは済みませんから」

 

 

 それはナギサの本心なのだろう。安堵の息を吐いて、ナギサは居住まいを正す。

 

 

「ひとまずは感謝を。あんな楽しい思い出を残せるとは思いませんでした。それは貴方とセイアさんのお陰です」

 

「……友達が出来たんだっけか。一年の阿慈谷とか言う」

 

 

 ナギサは否定しなかった。それどころか微笑んでいる。嫌な予感がする。これは、紅茶の話を数時間垂れ流された時と同じ雰囲気だ。

 

 

「ヒフミさんは良い人ですよ。私の正体を知っても、態度をあまり変えませんでした。モモフレンズでしたか。そのキャラクターがお好きなようで……」

 

 

 言葉の洪水がカヤツリに襲い掛かった。助けを求めるようにセイアの方を見るが、セイアも、ミカですら目を逸らしている。ナギサの話は終わる様子を見せない。

 

 

「そういえば、貴方も友人が出来たのでは? 今回の件の進行中に暇なことだねと。セイアさんが愚痴を零していましたよ」

 

「……なんて?」

 

 

 数分間のヒフミ洪水から生還したカヤツリを襲ったのは、身に覚えのない冤罪で。カヤツリは目を丸くする。

 

 

「浦和ハナコさんでしたか? 次代のティーパーティ候補として勧誘に行ったのではないのですか?」

 

「あれは……まあなんだ。ごっこというか……」

 

「ごっこ」

 

 

 鸚鵡返しにナギサが呟く。目には興味の光が浮かんでいる。同じように、遠くのセイアからの突き刺さる視線を感じた。

 

 

「俺がお忍びの件の所為で筆頭を追い詰め過ぎた。その時に筆頭が下の下の勧誘をしたらしくてな。セイアの知り合いだともいうし……少しばかり詫びをした」

 

 

 彼女は秀才だった。一年生なのに、三年生までの科目全てで満点を取り続けるくらいには。そこまでの秀才であれば、勧誘くらいはかかる。ティーパーティだけでなく、他の派閥からも。

 

 それくらいの才媛だ。味方に入ればとても心強いだろう。

 

 そこで、切羽詰まった筆頭は悪手を取った。強引な手段を取ったのだ。

 

 

「他の派閥に取られたくないのもあったんだろうし、強力な手駒が欲しかったのかもしれないが……ティーパーティに入るのが確定事項みたいな言い方をしたらしい。全く勧誘が止まないのもあって怒っていた。対処が必要になった」

 

 

 怒っていたというのは、カヤツリの想像でしかない。けれど当たっているとは思う。

 

 そうでなければ、サンクトゥス派が内紛状態だと分かる噂を、極限まで薄めて流さないだろう。流石にそれは看過できず、介入するしかなかった。コネクションを持つカヤツリですら探すのに苦労したのだ。絶対に悪意があった。

 

 カヤツリが問い詰めた時点でハナコは認めなかった。今でも認めていないが、確証が無いのをいいことに、カヤツリがティーパーティだからと、カヤツリの出身を揶揄ってグチグチとトリニティ節を言ってきた。

 

 

 ──元の場所は良いんですか? 先輩。

 

 

 腹が立つ気持ちは分からないでもない。自身の将来を勝手に決められたようなものだ。それは怒ってもいい。カヤツリは出身を隠していない。調べたら分かる。故郷を捨てて、こんな事をしていていいのかという煽りだという事も。けれども、ハナコはカヤツリの過去を知らないだろう。ホシノやユメ先輩の事など知るはずもない。普段なら流せたが、そうもいかなかった。

 

 ただ、桃色の髪の女生徒にそう言われるのが我慢ならなかった。

 

 それはライン越えだ。だから言ってやったのだ。

 

 

 ──傷つく勇気もない臆病者が言うじゃないか。安全圏からなら強気だ。元の場所自体も無いお陰か?

 

 

 そう言われて固まった笑顔の割に、恐ろしく不機嫌そうな浦和ハナコを思い出す。彼女にとっては図星で、言われたくない事だったのだろう。

 

 でも、そういうことだ。本当に嫌なのであれば、さっさとカヤツリの話を聞いて終わりにすればいい。それなのに、そうしないという事は、被害者という立場だからだ。その立場からなら、安全に鬱憤を晴らすことが出来る。

 

 派閥に入る事を露骨に避けている。さっきの暴言。被害者という立場を崩さない姿勢。考えれば何のことは無い。自己紹介しているようなものだ。

 

 好きなように振舞いたい。ありのままの自分で居たい。人に使われるのは嫌だ。かといって使うのも嫌だ。腹が立ったから鬱憤を晴らしたい。でも、しっぺ返しは御免だ。

 

 そんな汚い本音を綺麗な言葉と立場で隠している。流石トリニティ一の才媛。実にトリニティらしい。流石に全部は口に出さなかったが。

 

 カヤツリもこんな面倒な人間の相手は御免で、埋め合わせをして手を打つことにした。

 

 

「それで、俺が勧誘の振りをすることにした。筆頭の勧誘のコバエ避け。ごっこという訳だな。それと……」

 

「それと?」

 

「いいや。何でもない」

 

 

 筆頭の勧誘の断りに、カヤツリの名前を使って良いとは言ったが。今回の件で筆頭の負けが確定したのを聞いた時のハナコの笑みを思い出した。

 

 きっと今までの鬱憤を晴らす言葉を筆頭へ投げかけたのだろう。今も精神的に筆頭が参っているのは、ハナコの所為だとカヤツリは確信していた。

 

 

 ──勧誘がなくなるまででしたよね? ならば次回もよろしくお願いしますね。

 

 

 意地悪そうな笑みを秘めた、ハナコの顔を思い出す。あの一言が相当腹に据えかねたらしく、勧誘がなくなるまでと言って、定期的に日々の愚痴に付き合わせてくる。

 

 付き合わないなら、何か嫌らしい手を使ってきそうだ。あれが友だちの訳が無い。体の良いゴミ箱でしかない。

 

 問題が片付いたと思えば、また新しい問題が出てきてカヤツリは憂鬱だ。

 

 

「ふむ、貴方も楽しんでいるようですね」

 

「そう見えるのは変だろう」

 

 

 不服そうに言い返したカヤツリに、ナギサは困ったように笑って言う。

 

 

「しかし、セイアさんとミカさんは、そう思っていないようです」

 

「……まさか、ここに呼び出した幾つかの理由って……」

 

 

 ナギサはそれには答えずに、静かに微笑む。ちらりと後ろへ目をやって呟く。

 

 

「貴方が友人でないというなら、そうなのでしょうが。私ではなくセイアさんを納得させるのが優先でしょうね」

 

 

 苦笑いするナギサと、その後ろから戻って来るセイアとミカを見て、カヤツリは宙を仰いだ。

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