ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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272話 昔の女

 ここ最近、一日は思ったよりも短いのだとミカは実感していた。

 

 まだ朝かと思ったら、あっという間に昼食で。それが終われば直ぐに放課後。そんなサイクルを繰り返している。

 

 そこまでは普段と大きく変わりないが、新学期になってから、ミカには仕事が増えていた。

 

 何かと言われれば、ティーパーティーのパテル派トップの仕事が山のように。そのせいで、夜ゆっくりする時間もない。

 

 よって、退屈で先が見えず、気に入らない業務から逃げ出したミカは、ズンズンと廊下を風を切って歩いていた。

 

 向かう先はただ一つ、ミカの仕事をショートカットしてくれるかもしれない場所。

 

 この前に、ミカ渾身の案についての酷評をグチグチと言われたのもあって。多分一言言えば、それらしい資料をポンと出してくれる。派閥は別であるが、セイアの友人のよしみで出してくれる筈だ。

 

 

 ──セイアちゃんばっかりラクしてズルイじゃんね。

 

 

 ミカは心の中で文句を言う。明らかにセイアだけ余裕がある。それはきっと、カヤツリのお陰に違いないのだから。

 

 それを求めて人気の無い廊下まで来たミカは、お目当ての扉を見つける。

 

 そこは屋根裏部屋へ続くドアで、ドアに比べて真新しいコルクボードが吊り下げられていた。

 

 

 ──外出中。

 

 

 そこのコメントを見て、ミカは肩を落とす。普段なら、いつまでと時間も貼り付けてある。それが無いという事は、部屋の主ですら分からないという事。つまり、ミカは無駄足を踏んだことになる。

 

 

「ちぇっ……ん?」

 

 

 誰もいない筈の部屋から、気配がした。一瞬、居留守か何かかと思ったが、そんなはずはないと思い直す。

 

 

 ──泥棒?

 

 

 そんな思考も過ぎるが、そんなはずはない。元筆頭による嫌がらせ。それを警戒していたカヤツリが、対策してあるとか聞いた事がある。どんな仕掛けかは聞いた事は無いが、元筆頭へのあの仕打ちからして、穏やかなものではない筈だった。だから、そんなはずは……

 

 

「まさかね……」

 

 

 ミカは、ドアを軽くノックする。大事な一言を添えるのも忘れない。

 

 

「セイアちゃん?」

 

「む……ミカかな。入るといい」

 

「どうしたの……? こんなところで……」

 

 

 部屋の住人とは違う声。その沈んだ声に、ミカはチクリと胸が痛んだ。

 

 それを隠して扉を開けると、セイアが奥の部屋から顔を覗かせて、手招きしている。

 

 初めての男子の部屋に、恐る恐る入ったミカは、セイアの様子を見て呆れ返った。

 

 

「人の部屋に入り浸るのはどうかと思うな」

 

「勿論、許可は取っているさ。合鍵だってある」

 

 

 そんな事を、ベッドの上を布団を巻き込みながら転がるセイアが宣う。

 

 だからといって、他人の部屋のベッドをぐちゃぐちゃにしていい道理はないと思うし、そのつもりで許可を出した様には思わない。

 

 キチンと整頓された部屋を、ぐちゃぐちゃのベッドが台無しにしていた。

 

 

「流石に、あの人怒ると思うんだけど」

 

「当然の報いだとも。それに、後で直すさ」

 

 

 よくよく見ると、セイアはムクれていた。正直言って、ミカにはどこにムクれる要素があるのか理解できなかった。

 

 

「何かあったの? 何だか落ち込んでるけど。まさか、この部屋にセイアちゃん以外を連れ込んだ訳じゃないでしょ?」

 

「そんな事を実行したのなら、こんなものでは済まないよ。君も知っている様にね」

 

 

 セイアちゃんはいいんだ? そんな余計な言葉をミカは飲み込む。

 

 セイアの発言にはミカも同意だった。臍を曲げたセイアは面倒臭い。中々そんな事は無いが、万一曲げた場合は反動で酷いことになる。部屋に立て籠もるくらいはするかもしれない。

 

 当のセイアは、話を聞いて欲しそうな雰囲気を纏っていて、ミカは少しばかり気になった。

 

 

「で? 一応聞いてあげるけど……何があったの?」

 

 

 セイアは無言で、机を指差した。ここから見ても、何かがあるようには見えず、ミカは机に近づいた。

 

 

「何もないけど?」

 

「よく見るんだ。カヤツリが帰ってきても分かりやすいように、チリ紙の上に置いたのだからね」

 

 

 セイアの言う通り、これ見よがしに広げられたチリ紙の上に何かが乗っていた。桃色の糸のような何かだ。

 

 糸にしては細すぎるし、長すぎる。じろじろとそれを見たミカは、その正体に気がついて大きなため息をついた。

 

 

「はぁ……、まさかベッドに髪の毛でも付いてたの? だから、ベッドにマーキングしてるってこと?」

 

「いいや。さっきも言ったろう。部屋に入れたら許さないと。外の玄関前に落ちていたんだ」

 

 

 むくれたまま、ぼそぼそと答えるセイアに、ミカは眩暈がしてきた。よくもやってくれたものだ。一度、女心の扱い方という物を叩き込んだ方が良いかもしれない。

 

 

「あのさぁ、セイアちゃん。玄関前に落ちてたってことは、部屋に入る前に服を払った時に落ちた。つまり服についてたってことでしょ。それくらいは付くよ……」

 

 

 兎にも角にも、ミカはセイアに対して言い訳を始めた。断じて、カヤツリの為ではない。

 

 

「お互いに地雷を踏んで、面倒な娘に粘着されてる。向こうの気が済むまで放置。それで、セイアちゃんは納得したんじゃないの?」

 

「そうだが……そうじゃないんだ」

 

 

 セイアの元気がなくなっていく様子に、ミカは悲しくなった。大体が、あの三人で問い詰めた時から嫌な予感はしていたのだ。

 

 カヤツリが嘘を吐いている。そう疑っているわけでは無い。疑っているのは、カヤツリの認識だ。

 

 粘着は粘着だが、話を聞いた限り、元筆頭の様な物を感じない。悪意と執着というよりも、もっと単純で面倒臭いもの。

 

 少女マンガでよくある。小さい頃に良くあること。気になる異性に嫌がらせをする。

 

 そんな風景を幻視した。その降って湧いた想像は、問い詰められたカヤツリからの情報で色付いていき、ミカの中で結論が出た。

 

 

 ──その娘を無意識のうちに誑かしたんだ。

 

 

 そう、実体験ゼロの、ミカの恋愛脳が囁いていた。

 

 浦和ハナコの情報は調べればすぐだった。なにせティーパーティへの勧誘対象だ。どれだけの事をしたのかくらいは見ることが出来た。

 

 一年生にして、三年生までのテストで満点を取る才媛。そんな彼女は、あらゆる組織の勧誘を断り続けている。

 

 ミカはハナコではない。けれど、同じ女の子だ。分かる事もある。しかも、最近実感している事でもあるのだ。

 

 二年生と三年生になって感じた差は、他人との距離感だった。以前と比べて、とても遠い。理由は簡単だ。他人がミカを見る時、ティーパーティの一員としてみる。それもパテル派のトップとして。

 

 その対応は当然だ。派閥のトップに馴れ馴れしくする下っ端など、あまりいい顔をされないだろう。その逆もまたしかりだ。それは、セイアがカヤツリで散々に証明してくれていた。

 

 他人は、パテル派のトップとしてミカを見る。他人はミカの都合を無視して、ミカへそう求める。カヤツリが言っていたように、自分の都合で動かそうとする。

 

 そのことについて、ミカは別に平気だ。ナギサやセイアが居てくれるし、一人ではないと知っているからだ。しかし、ハナコはどうなのだろう。

 

 答えは、カヤツリが言っている。上も下も嫌で、安全圏にしかいられない臆病者と。

 

 それは、当然なのではないだろうか。きっと、ハナコは、ミカたちが情報で見ただけの人間では無い。ミカたちの知らない面もあるのだろう。

 

 しかし、他人はそうではない。ミカの時のように、トリニティの才媛としてのハナコを押し付ける。そうであれと、そうでなければいけないと。お前は、私たちの為に、そうあるべきだ。だって人より出来る人間なんだからと。

 

 それが、ハナコは嫌だったのだ。元筆頭への仕返しや、カヤツリに対する暴言からそれが分かる。

 

 そして、そんな孤独な女の子に、カヤツリは何をした?

 

 

 ──傷つく勇気もない臆病者が言うじゃないか。

 

 

 正面から喧嘩を買った。正面から言葉で殴りつけた。

 

 ポカンとしていたとカヤツリは言った。つまり、ハナコにとっては図星だったのだ。

 

 元筆頭との騒動で、カヤツリの性格は知っている。目には目を、歯には歯をだ。やられたらやり返す。恐らくは容赦などしなかったに違いない。

 

 口喧嘩の一部始終をカヤツリから聞き出した時、カヤツリの暴言は、ハナコのスタンスの事だけだった。言葉で殴られた以上は、言葉で殴った。自分の立場とか、相手の立場とか、そういったモノは使わずに、相手が一番言われたくないことを言い続けた。

 

 それに対してハナコがどう思ったかは分からない。でも、悪いようには思わなかったのではないか。カヤツリのそれは暴言だったけれども。ハナコを見て、ハナコをある程度理解して、暴言を吐いた。

 

 それは、ハナコが求めている物だったのではないのか? だから、詫びとして、カヤツリに勧誘除けを強制したのだ。

 

 カヤツリが、訳の分からない様子だったのも当然だ。カヤツリからしたら、本気で暴言を吐いただけなのだから。

 

 

 ──どうしよっかな……。

 

 

 ミカは大きく息を吐く。ハナコの事は置いておいて、問題はセイアだ。拗ねているのは分かるが、どこか不安そうにも見える。あの時無理やり自分を納得させていたらしい。

 

 ハナコの頭髪は唯の切っ掛けだ。

 

 そして、問題の頭髪。多分、偶然。もしくはワザと付けたに違いない。呼び出すのはハナコだから、椅子か何かに仕込んでおくだけでいい。

 

 何故かって、勧誘除けは永遠ではない。もうミカたちがティーパーティのトップに立ってから暫く経つ。そろそろ、勧誘も終わる時期だ。

 

 だから、こんな混乱の種をバラまいている。カヤツリが自分から怒鳴り込んでくるように。セイアの事など端から目的に入っていない。そもそも、邪魔をしたという気すらないだろう。こんなことくらいで、セイアとカヤツリの仲が崩れないと思っている。それはミカとしても同意ではある。あの仲の良さだ。告白くらいしているだろう。

 

 

「……あの人がセイアちゃんを最優先してるのは分かるよね」

 

「分かっているさ……でも、胸の奥が不快なんだ」

 

 

 それ嫉妬だよ。とは気軽にミカは言えなかった。それをセイアが自覚していないし、それが恋心ゆえの物なのかも分からない。それにミカが勝手に名前を付けるのは違う。それは、ミカのモノではない。

 

 セイアだって分かっているのだ。カヤツリの優先度はセイアが最上位であることくらい。でも、恋心は理屈ではない。女の子はお砂糖とスパイスと素敵な何かで出来ているのだから。

 

 それと同時に、カヤツリへの苛立ちが沸き上がって来る。余りにも浮ついている。

 

 

「全くもう! あの人もあの人だよ! 色々な人に良い顔して! 特に何なの!? 私とかあの娘とかには、微妙なくせしてさ!」

 

「ああ、ミカも気づいていたのかい」

 

 

 気づくも何も、すぐ分かる。気づかないのはナギサ位のものだ。

 

 カヤツリ自身はきっと気づいていないだろう。気づいているなら、もっとうまく立ち回っている。

 

 カヤツリは良い顔をするのが上手い。人の都合の良いように立ち回るのが上手い。頼っても嫌味ではないくらいの距離感を保っている。

 

 殆どの人間にできるそれが、ミカやハナコ相手だと崩れる。しかし毎回という訳ではない。一定のポイントでおかしくなる。

 

 

「私が良いと思う案を言うと、凄い嫌そうに怒るんだよ。甘すぎるって。それに、この前だってアビドスの事を言われて怒ったんでしょ。だからさ……」

 

「そう、ミカ。君と浦和ハナコだけさ。カヤツリの素が出るのは。そして、君たちの共通点はすぐわかる」

 

 

 セイアの目線の先には、あの毛髪があった。ミカとハナコの共通点、カヤツリが怒るポイント、そしてセイアの消沈。ミカの恋愛脳が答えをはじき出した。

 

 桃色の髪の長い女。カヤツリのおかしくなるポイントはそこだ。そして、ミカでもハナコでもない誰か。トリニティではなく、きっとアビドスの。だったらセイアの言う答えは一つしかない。

 

 

「それってつまり、昔の女が忘れられない……ってコト!?」

 

「昔の女とは言いえて妙だね。そうだったかすら分からない。分かっているのは、この間にアビドスへ電話をしていたくらいさ」

 

「聞けば……って聞けないよね……」

 

 

 昔の女が忘れられないんですか? そんな事を聞けるはずもない。カヤツリとの喧嘩上等のハナコだって聞けないだろう。人には踏み入れられたくない領域の一つや二つはあるものだ。

 

 

「セイアちゃんはさ。どうしたいの? あの人に謝ってほしいの? それとも、何かを約束してほしいの? だって、あんなに仲いいんだからさ。言ってあるんでしょ……?」

 

「……ミカ。君は、分かっているだろう?」

 

 

 縋る様なセイアに、ミカは根本的な間違いをしていたことに気づく。

 

 

「……まさかとは思ってたけど、告白とかは? それに似たようなこととかも言ってないの?」

 

「……してたら、こんな事にはなっていないさ」

 

 

 ミカは予想外の事態に頭を抱えた。あの様子だから、告白くらいはしているかと思っていたのだ。こうなると話は変わって来る。

 

 

「あの人の昔の事があるから言えないの?」

 

「そうなんだ。情け無いことにね」

 

 

 確かに、カヤツリがあそこまで取り乱すのだから、普通の関係ではなかったのだろう。告白するにも、それを清算してからになる。が、その肝心の事を聞くことが出来ない。

 

 過去の事を気にしないために、告白の成功という事実が必要で。そのためには過去の事を知らねばならない。袋小路に嵌まっている。

 

 

「あれ? でもセイアちゃんさ。あの人をここまで連れて来たんだよね? それは平気だったの?」

 

「確信があったからさ」

 

「いや、だから。そこでアビドスの関係は清算したんだよね? そうでなきゃ、トリニティまで来ないでしょ」

 

 

 カヤツリのアビドスの執着は軽く無いように思う。ハナコの嫌味で怒るくらいだ。どうでもいいとは思っていない。

 

 そうであるなら、トリニティまで来ている時点で勝ったようなものだ。アビドスとトリニティを選ばせて、カヤツリはトリニティを取ったのだから。

 

 

「違うんだ。私はタイミングが良かっただけなんだ」

 

「どういうこと?」

 

 

 力無く呟くセイアに、ミカは聞き返すと。セイアはポツポツと話し出す。

 

 

「初めて会った時、カヤツリは荷造りをしていたんだ。後でそれとなく聞いたんだが、同級生と喧嘩をした後だったらしい」

 

「……喧嘩別れ? タイミングが良かったって、そういう事?」

 

 

 カヤツリに荷造りを決意させる程の喧嘩をしたタイミングで、セイアがトリニティへの切符を持ってやって来た。勢いのまま、トリニティへと引き摺り込んだ。

 

 そんな想像を呟けば、セイアは力無く頷く。ミカはどうしたものかと頭を捻る。いっそ、また詰めてやろうかと物騒な考えの後、嫌な想像が頭をよぎった。

 

 

「まさかさ。今日いないのって、アビドスにいるんじゃ……」

 

「違うさ。今日行っているのは連邦生徒会だよ。エデン条約の件でね。おかげで最近は話せていない」

 

 

 そこは確信があるようで、セイアはしっかりと言い切っていた。ミカと言えば、エデン条約と聞いて気分が重くなる。

 

 ミカやナギサ、セイアすらも忙しくさせられている原因だ。この間にミカが小言を言われた件も、エデン条約関連である。

 

 何が、頭お花畑だと言うのか。野蛮なゲヘナ生徒よりも、まだ彼女たちの方が絶対に良いはずなのに。危ないとか、この間の件で何も学ばなかったとか。そんな事を色々言われたが、それは完全な部外者だったからなのに。元々はトリニティと同じだったのだから、カヤツリの心配は杞憂に過ぎないはずだ。

 

 そもそも、セイアを悲しませている人間に言われたくない。行動で示しているから大丈夫何て思考こそがお花畑に他ならない。女の子は言葉で言ってもらわないと不安なのに。それこそ、行動で証明してから言えば……

 

 

「うん? 行動で証明する……そうだよ。そうすればいいんだよ!」

 

「ミカ……?」

 

「大丈夫だよ、セイアちゃん! 私が何とかして見せるから! だから、安心して待ってて! あ! ちゃんと部屋は掃除するんだよ!」

 

「ああ……?」

 

 

 混乱して、言葉もないセイアを置いて、ミカは部屋を飛び出す。

 

 頭の中では計画は既に出来上がっている。何時だってお姫様を助けるのは王子様なのだ。だったら、そのお膳立てをしてやればいい。カヤツリの今の最優先はセイアなのは、間違いないのだから。

 

 頭の中で青写真を描いて、その先に訪れる幸せな未来を想像しながら、ミカは自室へと駆けだした。

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