ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
今回も独自設定が含まれます。
廊下に足音を響かせながら、カヤツリは歩く。
窓の外はすっかり夜で、廊下には全く人気が無い。
「あんなにバカだとは思わなかったな」
歩きながら、カヤツリの口から悪態がついて出た。
誰が、こんな事を考えついたのかは予想がつく。ご丁寧にも、エデン条約に乗り気でなくて、イかれた代案を出してきた人間に心当たりがある。
ミカだ。聖園ミカ。あのバカしかいない。
──ゲヘナとなんて、上手くいくわけないよ。
そんな言葉で、エデン条約に反対してきたのを覚えている。
その意見は正しい。トリニティとゲヘナは水と油だ。上手くいくわけが無い。だから、カヤツリは限界ギリギリまで時間稼ぎをするつもりだった。
時間を掛ければ、流石に連邦生徒会が介入してくる。エデン条約は向こうの提案なのだから当たり前だ。
そうすれば、連邦生徒会を主導にさせれば、自治区内のヘイトはある程度擦りつけられるし、維持費も対応も丸投げにしてやれる。
それに、連邦生徒会長の任期満了まで逃げ切る事が出来れば立ち消えになるかもしれない。それなのに、あのバカは……
──ゲヘナじゃなくて、他の人たちとならいいの?
そんなミカの言葉を思い出して、口に苦い味が広がる。
「俺は多少のバカだとは思っていたが……ありゃパーフェクトじゃないか……」
こんな悪態も出ようというものだ。ハナコの話が無ければ、手遅れになっていたかもしれない。
確かに、アリウスと交流を開始するという話になれば。エデン条約どころの話ではなくなる。何せ、歴史上消えた集団だ。独立を維持するにしろ、しないにしろ。連邦生徒会も動くだろう。今は、アリウスの対処で忙しいんですという言い訳も立つ。
それに、一番の問題であるエデン条約機構に誰を選ぶかも解決する。
エデン条約機構にアリウスを加入させる。そうすれば、他の生徒の受け入れもいいはず。
いきなりやって来た新参が、すぐに受け入れられるかと言えば答えは否だ。何かしらの仕事で、母体集団に貢献する必要がある。
元々ある仕事を奪うのは反発を呼ぶ。元々ある仕事に新参の集団を入れるのも既得損益の侵害。しかし、これなら問題ない。カヤツリも、他の派閥から誰を抜くかなんて考えなくていい。
「連邦生徒会もあれだな。SRTじゃ足りないって?」
エデン条約の肝はエデン条約機構。ティーパーティーと万魔殿の指揮下から離れた連合軍。誰が指揮権を持つかでまた揉める匂いしかしない。
まぁ、それらしいことを言って。連邦生徒会が美味しい所を持って行くのだろう。
少なからず戦力がゲヘナとトリニティから削れるのも目的なのかもしれない。それか、両校に口を出す口実か。
エデン条約は不利益しかない。誰もゲヘナとの和解など望まない。その上面倒だけ降ってくる。受けないに越した事はない。だから額面だけなら、ミカの考えも悪くはない。
エデン条約の言い訳を手に入れ、エデン条約機構への代替戦力も手に入る。
だが、絶対にそこまで考えてはいない事は分かっている。多分、可哀想だとでも思ったか。
「だから、甘ちゃんなんだよ」
また悪態が口をついて出る。ミカは何も分かっちゃいないのだ。
多分、アリウス分派という名前が良くない。まるで、トリニティから分かれただけの様に聞こえる。それに、トリニティ特有の仕組みのせいもある。
トリニティはティーパーティーが生徒会組織だ。だから、一番力を持っているし学園の運営もしている。ここまではいい。
普通の学園は生徒会組織に従う。しかし、トリニティはそうではない。下部組織がそれなりの力を持っている。時には反抗だってする。
それは成り立ちのせいだ。ハナコから聞き出して、今の今まで古書館に詰めて調べたから分かる。
トリニティは数多の力ある学園の集合体。各派閥も形式上はティーパーティーは上だが理念上では横並び。だから、反抗してきたり、独自の戦力を抱えていたりする。
恐らくミカ。あのバカは、アリウスをかつて、仲違いした元トリニティの集団。そんな風に思っている。他の、例えば、正義実現委員会や救護騎士団と同じように接していいと。
──おんなじトリニティなんだから、協力出来るよね!?
バカだ。バカがいる。
中途半端な知識ほど恐ろしいものはないと言うのに。
図書委員会の委員長、古関ウイに取引までして調べても、アリウスの事はほとんど分からなかった。
──昨日今日の短時間では無理ですよ。この子たちの中から探すのは大分時間が掛かります。
あまりの収穫の無さに、ウイがそんな言葉を投げるくらいには。
分かったのは、ハナコの語ったアリウス誕生と排斥の大まかな流れが正しかった事。それくらいだ。
──確実を期すのなら、関連書籍はシスターフッドが持っていると思います。あそこの前身は血生臭いですし、今もそうかもしれませんが。それでも、その子達を読ませてくれるとしても時間が掛かります。何せ、古代語でしょうから。
ウイのアドバイスに従って、シスターフッドには打診済み。ウイには読むのを手伝わせる事を条件とした。ウイはまさかそこまでするとは思わなかったのか、喜びと困惑が混じって挙動不審だったが、カヤツリには時間がないのだ。
ミカがアリウスと接触する前に止めねばならない。
アリウスがトリニティにどんな感情を持っているかは分からない。ただ、いい感情ではない事は確かだ。
非は向こうにあるとはいえ、居場所を追われた。それも、団結を深めるための共通の敵として。そして、今の今まで出てこない。
つまり、アリウスはトリニティを必要としていない。
そして、追い詰められた集団がどうするのか。カヤツリは理事から教えられて知っている。
──よく覚えておけ。負け犬は誰かのせいにしたがる。負けを認めないで済むのなら、何だってする。大事なものすら差し出す。一度の負けも許容出来ない。最後に勝てばいいことすら分からぬ愚か者。故に負け犬なのだ。
早い話が仲間割れをする。迫害された瞬間まではその余裕が無い。しかし、余裕ができた瞬間に仲間割れをする。この状況が認められなくて、自分のせいだと思いたくなくて、人のせいにする。
アリウスの場合は、トリニティに加わるべきかそうでないかだろう。そして、今の今まで接触がないという事は、そうでない勢力が勝ったのだ。
話は変わるが、カヤツリはトリニティに来て苦労した事がある。それは、部下の納得のさせ方だ。ヘイトの向け先と言ってもいい。
アビドスでは無縁のそれは、生徒数が多くて余裕あるトリニティでは必須技能。元筆頭のいざこざも、ヘイト管理の一環だった。
それは、アリウスにも言える。今まで見つかっていないという事は、恐ろしくアクセスが悪い場所になる。
そんな場所で豊かな生活が出来るだろうか? トリニティですら不満が溜まるのに、そうでないアリウスで溜まらない筈もない。
不満の解消にはいくつか方法がある。一つはパンとサーカス。その日の食事と娯楽を提供する。だが、これは難しいだろう。欲望は際限がない。
残るは、過去トリニティが行なった事。共通の敵を立てること。迫害したトリニティを敵として団結する。
今まで何ともなかったのは、どうしようもなかったからだ。トリニティに太刀打ち出来なかったから。
しかし、そこに仲良くしようよ。なんて使者が来たらどうなるだろう?
答えは簡単だ。溜め込まれた不満が爆発する。ミカを利用して、トリニティへ復讐しようとする。
もし、万が一。そうではなく、和解した方が勝ったパターンも良くはない。
トリニティは保障を要求される。過去の狼藉の保障だ。
初めはいいだろう。施すのも、施されるのも。優越感と利益があるからだ。
だが、この構造には問題がある。それは、トリニティ側の罪悪感に依存しているところだ。
アリウス側も、時が経てば増長する。お前らは過去、私たちに酷いことをした。だから、何をしてもいいと。
トリニティ側も時が経てば疑問に思う。何でやってもいないことでこんなに言われるのかと。
そして、トリニティ側が爆発する。そうなれば過去の焼き直しだ。今度は骨も残らない。
「ホントに、嫌がらせか何かか?」
感覚的で感情的な選択が、最適解を引き当てるところ。そんなところがユメ先輩そっくりで、カヤツリをイラつかせる。
ミカはユメ先輩だ。失敗しなかった。恵まれ過ぎて失敗出来なかったユメ先輩。
陳腐な言い方になるが、天に愛されたとも例えればいいか。ミカは基礎スペックが高い。全てが高水準で纏まっている。頭もいい、身体も丈夫、身分も高い、友人も同スペック、そして何よりの
だから、ミカは困らない。苦労しない。改善しない。
余りにも基礎スペックが高すぎて、失敗らしい失敗が出来ないのだ。失敗してもスペックの暴力で何ともなってしまう。悪意に関する勘の良さも人一倍。だから、あんな甘ちゃんのままここまで来た。
そもそもいい子ちゃんだから、表立って敵対しにくい。疎まれても、高い身分が立ちはだかる。頭が回る人間はここで回れ右をする。それを気にしない人間は、圧倒的な身体スペックで叩き潰される。それでもという人間は友人が排除する。
下手したらユメ先輩よりも性質が悪い。ユメ先輩は信念を持っての発言だが、ミカは違う。単純にその方が良いと思ったからだ。
アリウスを見下しているとか、そう言った風ではなく。そうあるべきだという純然たる善意で行動している。それに伴ういざこざも、何も想像だにしていない。
「あのガーガー五月蠅いアヒルめ……」
甘ちゃんに五月蠅く言う理由もしっかり言ったのに、何を気に入ったか知らないが、時々押しかけてくる人間を見捨てるのも気分が悪い。運よく間に合う範囲だ。
「……あん?」
自身の部屋である屋根裏部屋の前まで辿り着いたカヤツリは、疑惑の視線を扉に向けた。
扉の隙間に、細い糸が挟まっている。糸は扉と同じ色で、非常に分かりにくくなっている。
これは、カヤツリのトラップだった。扉を誰かが開ければ分かるように挟んでいる。それが、印をつけた所定の位置にしっかり挟まっている。
「何か仕掛けたな……?」
黙ってカヤツリは扉から後ずさる。これはトラップだ。落ちた位置に気づかないならそれでいい。しかし、気づいた人間はどうするか。当然、糸を戻そうとするだろう。
戻すのは元の位置。だから印をつけている。二重のトラップなのだ。カヤツリは初めから、印の位置に糸を挟んでいない。つまり誰かが、カヤツリの居ない間に扉を開けた。そして、糸に気づいて戻したのだ。なら、どうするかは決まっている。
カヤツリは、すぐさま行動に移した。
□
聖園ミカの用意した場所は、屋外かつ高所ゆえ標的の部屋がよく見えた。
「部屋の爆弾に気づかれたか」
「どうするの? リーダー」
ミカの手引きにより、事前に仕掛けたカメラで標的が部屋から急速に離れていくのを確認し、サオリは感心する。それが不満なのか、不機嫌なミサキの声が響く。
「勿論、追撃する。ここからミサキは進路を砲撃、ヒヨリは狙撃で足を止めさせろ。窓から離脱などさせるな」
「リーダーはどうするんですか?」
「屋内に侵入し、あの部屋まで追い立てる。姫も連れていく」
「姫ちゃんもですか?」
「嫌な予感がする。念の為、二人がかりの方が確実だ」
淡々と指示を飛ばすサオリに、特に異議もないのかスクワッドの仲間たちはすぐさま動き出す。
手筈通りに屋内へ侵入すると、標的の進行方向から爆音が聞こえる。ミサキのロケットランチャーだ。続けざまのヒヨリの狙撃に観念したのか、サオリとアツコの方へと向かう足音が聞こえた。
「!?」
サオリとアツコの銃撃に、標的はたたらを踏んだ。空き教室に逃げ込むも問題ない。追い立てるように交互にアツコと銃撃を繰り出す。
今の所は順調だった。見たところ、標的の武装は背中のライフルだけ。取り出す暇もないし、自室に戻って立てこもった方が良いと考えるはずだ。そうすれば、当初の計画通りに部屋ごと爆殺する。
最初の逃亡も運が良かっただけかもしれない。そう思った瞬間、遠くの方で爆発音が聞こえた。ミサキのロケットランチャーではない。恐らく、百合園セイア襲撃担当のアズサの攻撃だろう。
窓の外を見れば、寮の一角から炎が上がっている。
「アズサもやったようだな……む」
サオリを何かが襲う。冷たい何か。それが、標的の隠れた教室から放たれている。何処かで感じた懐かしいそれに、サオリは反応が遅れた。
「サッちゃん!」
アツコの声に伏せたサオリの頭上を、机が通り過ぎていく。机は壁に中ほどまでめり込んで止まる。警戒しつつ振り向いた教室の入り口から、窓から吹き込む雨の如くに机が飛んできた。
たまらないとばかりに、教室の入り口から離れれば。轟音と共に教室のドアが唸りをあげてサオリたちを襲う。
「しまっ……うあっ!」
銃で止められるわけもなく、反応が遅れたアツコが廊下の奥まで吹き飛ばされた。
「姫! お前……!」
サオリの前には、標的が立っている。アツコの銃撃で砕け散ったドアを放り捨てて、ライフルを構えてサオリを睨みつけていた。
これが殺気だと、ようやくサオリは思い出す。アリウス以外で感じるはずもない物に、頭がついてこなかったらしい。
研ぎ澄ましたサオリへ、標的は一歩踏み出してくる。接近戦の構えだ。
その判断は正しい。銃相手に接近できるならした方が良い。特にサオリの持つアサルトライフルの様なバレルが長い銃相手なら。しかし、そのくらいはサオリも想定している。サイドアームである拳銃を向ける。
「な!」
サオリの意思に反して、拳銃を持つ腕が跳ね上がった。標的のライフルの銃身がサオリの腕に添えられていて、それがサオリの腕の動きを増大させていた。
そして、がら空きになり前へと進むサオリの腹に、跳ね上げた動きのままのライフルの銃床が弧を描いてねじ込まれた。
「グ……」
死ぬ気で息を吐くのを耐える。殴られた勢いのまま後ろへ飛ぼうとするサオリへ、逃がさないと右からの追撃の回し蹴りが叩き込まれ、サオリは壁に叩きつけられる。今度こそ、肺から空気が抜けた。
『リーダー!?』
せき込んで、ヒヨリの声に返事をする余裕もないサオリを守るためか、ヒヨリの狙撃が標的を襲うが先ほどとは違って気にした様子もない。
当たってはいる。当たってはいるが、微妙に身体を揺らして致命傷を避けていた。血を流しながらも、そのまま倒れたサオリまで近づいてくる。追撃のスタンプが振り下ろされる。
「やらせない……!」
アツコのそんな声と共に、辺りが煙幕で覆われた。そしてサオリの身体から痛みが消えていき、間一髪で床を粉砕した足を躱す。
煙幕と回復はアツコのスモークグレネードとドローンだ。マダムの知り合いからのそれが、その真価を発揮していた。
だが、戦況は不利だった。サオリとアツコは防戦一方。相手の位置取りが絶妙で手も足も出ない。
今の位置は近距離と中距離の狭間だ。サオリとしては近距離は持ち込みたくない。恐らくはさっきのカウンターがねじ込まれるだろう。
サオリが取りたいのは中距離だ。そうすれば、アツコよりも威力に優れるサオリのアサルトライフルの面制圧で優位に立てる。けれど、そうさせてくれない。
距離を離そうとした瞬間、相手も距離を離す。そうなってしまえば、射程に優れた相手からの狙撃がサオリを襲う。
ならばと詰めようと前に行くと、銃を掴まれ前へ流された挙句の膝蹴りだ。
だから、この距離感で相手の猛攻を何とか躱すしかない。標的に比べて下手なサオリのカウンターは後隙を狩られてしまう。超近距離に持ち込もうにも、相手の方が腕力が数段上だ。この均衡も何時までも耐えられはしない。攻撃を防ぎ続けた腕が震えてきている。
標的の視線は冷たいままだ。ただ、どうやってサオリたちを効率的に殺すか。それしか考えていない目だ。ベアトリーチェとも違う異様な目線。サオリが殺気を感じ取れなければ、きっと受けきれなかっただろう。
ヒヨリやミサキの援護も望めない。ヒヨリは狙撃のし過ぎで位置を把握されて、反撃の狙撃で銃を破壊されている。ミサキの得物はロケットランチャーで、標的だけでなくサオリやアツコも巻き込みかねない。
そして、いつまでも時間をかけてはいられない。外が騒がしくなってきている。こうなれば、賭けに出るしかなかった。
「姫! 着いてこい!」
その一言でアツコは察したのか、交代するサオリに追随する。追って来る標的を見て、サオリは賭けに勝ったことに安堵する。
標的は兎馬カヤツリ。百合園セイアの腹心。だから、百合園セイアの部屋が爆破されたと察した瞬間に殺気を飛ばした。逃げるのを止めて、殲滅に切り替えた。
ベアトリーチェや聖園ミカの言った事とは正反対だ。誘導しなければ百合園セイアの襲撃に乱入しない? 口の回るだけの男? とんでもない。百合園セイアが傷つけられたと知った瞬間から暴力、殺意の塊ではないか。アリウスに居ても違和感がないくらいの凶暴性だ。こんな事なら、もっと別の方法を取っていた。
だが、良い事もある。カヤツリはサオリを追うしかない。だから、誘導できる。ヘイロー破壊爆弾を仕掛けたあの部屋まで誘導できれば勝ちの目は見えてくる。
駆け込んだ勢いのまま、サオリとアツコは部屋へと飛び込んだ。
「ミサキ! タイミングは任せる!」
『分かった。リーダーごと爆破させるようなことはしないでよ』
珍しいミサキの心配声に、サオリの頬が緩む。そんな余韻を吹き飛ばすようにドアが蹴り破られた。
カヤツリが部屋へと一歩踏み出す度、サオリたちに緊張が走る。ここからはタイミングが勝負だ。カヤツリだけを残し、サオリとアツコは離脱しなければならない。
一人づつでは感づかれる。二人同時に離脱し、間髪入れずに部屋ごとカヤツリを爆破しなければならない。
サオリは机を蹴り倒して、即席のバリケードを建造する。それをあざ笑うかのように、カヤツリはベッドを振りぬく。机の残骸が床へと散らばった。
サオリは冷や汗を流す。一番嫌な手を使ってくる。
カヤツリの攻撃をガードは出来ない。まともに受ければ連続の殴打で動けなくなり、スタミナが切れれば終わりだ。直撃した場合は言うまでもない。
銃で撃とうにも振り回される物が巨大で、それが盾になってしまう。屋外なら体の良い的だが、ここは屋内だ。しかも狭い部屋の中。躱しにくくて仕方がない。
「合わせろ、姫!」
サオリとアツコの銃撃により、遂にベッドが破壊された。宙を舞うシーツの、その隙間を縫って、カヤツリがサオリへと襲い掛かる。
流れるような連撃に、サオリは為す術もなく床へと叩きつけられる。追撃の蹴りが飛んでくるが、これをサオリはわざと食らった。
「うあっ……!」
アツコのドローンの回復範囲から出たせいで、全身に激痛が走る。だが、これがサオリの狙いだった。抵抗なく蹴り飛ばされたおかげで、部屋の外まで飛ばされている。
後はアツコだけだ。当のアツコも、部屋から駆け出している。
カヤツリが後を追いかけるが、座り込みながら動けないサオリもアサルトライフルで狙撃する。アツコの操作か、回復フィールドを展開していたドローンが続けざまにカヤツリへと突撃する。
流石のカヤツリも、足が鈍った。
『リーダー! 姫! 早く!』
ミサキの安堵の声が無線から響く。後数歩でアツコは部屋から出る。カヤツリはその数歩後だ。今も距離が離れていく。どう見たって、カヤツリは間に合わない。スイッチを押す音が聞こえ、ミサキの起爆までのカウントダウンが流れる。
アツコが部屋から脱出しても、爆発までは猶予が数秒ある。そこに、サオリがロケットランチャーを撃ち込めば終わりだ。流石にロケットランチャーの直撃は足が止まる。
──勝った!
サオリも、ミサキも、ヒヨリも、アツコも。アリウススクワッド全員がそう思った。
「あ……」
「え……」
サオリとアツコの喉から、意図しない言葉が漏れた。
目の前で、アツコが倒れていく。完全に転んでいた。アツコも信じられないのか目を見開いている。
「あ……ああ!」
アツコの足に、何かが絡まっていた。それは大きな一枚の布切れ。粉砕されて床に散らばったベッドの残骸の一部。先程舞って、床に広がっていたシーツが絡まっている。
アツコに絡まったシーツの一方を握っているのはカヤツリで、アツコが踏んだ瞬間に、それを思い切り引っ張ったのだろう。腕を後方に振りぬいていた。ドローンも、別のシーツをプロペラに巻き込んだせいで機能を停止している。
カヤツリが倒れ込んだアツコに蹴りを数回入れると、アツコは動かなくなる。最悪だ。アツコが取り残されてしまった。
「止めろ……!」
「近くにいた……コイツが悪い」
次はサオリだと言うのか、カヤツリが一歩踏み出す。そんな事はサオリにとってはどうでもいい。早くアツコを部屋から出さなければ、ヘイロー破壊爆弾に巻き込まれてしまう。
サオリは懸命に身体に命令を出すが、回復フィールドもなく、ダメージが蓄積した身体は思うように言う事を聞いてくれない。この状況下では、致命的なほどに遅いスピードだ。
流石のカヤツリも、サオリの様子から何かに気づいたのか。爆弾の場所へと振り向く。
だがもう遅い。時間切れだ。
足掻きも虚しく、サオリの目の前で二人は爆炎に包まれた。