ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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276話 キッドナッパー

「ったく……」

 

 

 一通りの始末を終えて、カヤツリは草臥れた呟きを漏らす。

 

 くすんだ壁紙に、埃臭く湿った空気。換気が悪いのか、どこなく息が詰まる。今までの小奇麗な部屋から、いかにもなオンボロホテルに引っ越しともなればこうもなる。

 

 

「……大丈夫そうだな」

 

 

 気分を切り替えて、細く窓のブラインドを上げて外を見る。これまた薄汚れた通りをロボットや不良、獣人たちが行き交っている。

 

 追手の影はなく、カヤツリは安堵の息を漏らす。これで、ようやく一息つけるというものだ。

 

 昨夜の襲撃から数時間が経っている。夜は明け、もう昼過ぎと行った所か。

 

 ここまでは、とても大変だった。人一人抱えたうえで高層階から飛び降りて、爆発に紛れ、ここまでやって来たのだから。

 

 ここは、トリニティから程離れた場所にあるブラックマーケットである。アビドス付近のものと似たようなモノではあるが、異なる点もいくつか存在する。

 

 アビドスのブラックマーケットは一番品揃えの幅が広い。アビドスは荒れ放題で、ヴァルキューレも近寄らない。よって、大っぴらに悪事が出来る。違法物品の保管もしやすい。よって金銭とか、密輸品とか。そういった物質的な何かを手に入れたいのなら、アビドスのブラックマーケットがおすすめである。

 

 それで、ここトリニティのブラックマーケットであるが。ここが売りにしているのは、アビドスとはある意味で真反対の物だ。

 

 トリニティは富裕層が多く住んでいる。需要と供給という奴で、富裕層が欲しがるものは数多く取り揃えられている。盗難された美術品だの、密輸品の珍味だの、ヴィンテージワインだの、輸入が禁止されている動物だの、所謂高級志向の物が。

 

 カヤツリがここを選んだ理由は、もう一つの方。

 

 トリニティは富裕層が多い。そう言った大人たちは、後ろ暗い仕事を抱えているものだ。ここは、そういった仕事の集会所。誘拐、窃盗、恐喝エトセトラ。理事もよく利用している。

 

 だから、カヤツリが誰かを担いでいようと、気を失った人間と一緒にチェックインしようが誰も気に留めない。それは、ここでは少し珍しいくらいの光景だからだ。

 

 

「よし、少しだけ休んで……忘れてたな」

 

 

 部屋の奥の方から、何かが零れる音が聞こえた。あれは洗面所の方だ。心当たりしかないカヤツリは、そちらへ足を向ける。

 

 現場に着くと、閉め切った浴室から音が聞こえる。引き戸を開ければ、浴槽から水があふれだしていた。

 

 それだけでなく、持ち込んだ椅子ごと縛られて固定されている襲撃者がそこにいた。気を失っているのか、身動ぎもせずにいる。

 

 白い制服のフードを捲れば、菫色の髪の少女が顔を出す。被っていた仮面を剥いだときは、少し驚いた。

 

 カヤツリの苦労も知らずに、実に気持ちよさそうに気を失っている。一寝入りしてからにしようと思ったが、思い立ったが吉日とも言う。今から始めよう。コイツには聞かねばならない事が、山のようにある。

 

 手始めにと、カヤツリは気絶した襲撃者を頭から浴槽へと放り込んだ。勿論、襲撃者は息が出来ずに暴れる。それをカヤツリはギリギリまで抑えつける。

 

 

「うーん、これくらいかな……おはよう。いい夢見れたか?」

 

「ゲホッ、ゴホ……」

 

 

 襲撃者の襟首を引き上げて、カヤツリは極めて冷静に、そう口に出した。

 

 気絶していたところを冷水に漬けられた襲撃者は、大きく息継ぎをしている。たっぷり数分は漬けてやったから、とても空気が美味しいに違いない。

 

 今すぐ話をしたいところなのだが、まだ姫とか呼ばれていた襲撃者は息継ぎに夢中だ。ある意味でカヤツリの目論見通りではあり、この先の作業の有効性が示されてはいる。が、今は話が耳に入らないだろう。

 

 カヤツリは、襲撃者から話を聞かねばならない。きっと話さないだろうことは分かっている。だったら、話したくするまでだ。

 

 目の前には冷水の張った浴槽がある。さっき襲撃者を漬け込んだせいか、幾分か水量が目減りしているが、顔がつかれば問題ない。

 

 

「ここは……何で生きて……」

 

「ふぅん……生きて。ねぇ……」

 

 

 縛られて固定されている襲撃者の呟き。それがカヤツリの懸念を擽る。けれど、それは後回しだ。この後の光景が簡単に想像できて、カヤツリは身構える。

 

 

「ここはどこ!? 離して!」

 

「骨が折れるな……」

 

 

 暴れ出した襲撃者を、無言で冷水へと漬け込む。ごぼごぼという音ともに、身体が暴れているが、カヤツリの力を押しのけるには至らない。

 

 当然の反応だ。爆発に巻き込まれたと思ったら、拘束されて叩き起こされたのだから。誰だって暴れる。そして、こんな状態で話など聞いてくれるわけもない。下準備が必要だった。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 抵抗が弱まってきたところで引き上げると、さっきの場面に戻る。また暴れるなら、しなくなるまで何度でも漬け込むだけ。キヴォトスの人間は数十分漬け込んだところで窒息しないから、多少雑に扱っても問題ない。

 

 数度の漬け込みの後、ようやく襲撃者はおとなしくなる。長丁場になるかもしれない予感がカヤツリの背中を走って、陰鬱な気分が増した。

 

 

「今から、質問をする」

 

 

 今度は口答えは無かった。安心して、カヤツリは簡潔に言う。

 

 

「一つの質問につき、十秒やる。その間に答えろ。そうできないなら、また同じことをする」

 

 

 浴槽を指差しても、息継ぎに必死な襲撃者の反応は薄い。薄いが、小さく頷いたのをカヤツリは確認する。

 

 

「所属と名前は?」

 

「アリウスの、秤アツコ」

 

「他の三人もか?」

 

「そう」

 

 

 答えるまで、おおよそ五秒。上々と言ったところだろう。恐らく嘘は吐いていない。執拗な水攻めと、制限時間の強要。嘘を考える暇など与えなかった。それに嘘を言うにしても、アリウスはない。遅刻してきた理由を聞かれて、異世界に飛ばされましたと言うくらいに現実味がない。

 

 もしも、ティーパーティの手の者だったら。シスターフッドとか、正義実現委員会とか。それらしいことを言うだろう。それ以外だったとしても、実在も怪しいアリウスを一番には挙げない。本当にアリウスからの刺客でもなければ。

 

 一先ず、襲撃者はアリウス。そう仮定したカヤツリは次の質問の為に、アツコの前に何かを突き出した。

 

 

「これ。誰から貰った?」

 

 

 それは、黒い仮面だった。アツコの顔を覆っていたモノだ。実にSF染みたデザインの一品で、それだけならカヤツリも気には留めなかっただろう。

 

 でも、カヤツリは見たのだ。爆弾が炸裂し、反射的にアツコを盾とした瞬間の事。仮面が光り輝いて、何か膜の様なものを形成し、それが二人を守った。

 

 そして、さっきのアツコの発言。生きてだ。まるで死ぬのが分かっていたような発言。キヴォトスの人間はそう簡単には死なない。あの程度の爆発では絶対に無理だ。実際カヤツリは死んでいないが、爆弾を仕掛けたアツコにはそうだと確信させるものがあった。もしかしたら、あの爆弾は何か特別製の物だったのかもしれない。

 

 恐らく、カヤツリが無事だったのはあの障壁があったからだ。そして、カヤツリが知る限り、どちらも一般には出回っていない。万一あったとして、ミレニアムの実験室位だろう。ミレニアムとアリウスが繋がっている可能性もあるが、そうする必要性が分からない。であるなら、もう一つの方しかない。黒服だ。

 

 

「マダムから」

 

「マダム……? 女? 誰だそいつは」

 

 

 もしかしたら、黒服の手下だろうか。カヤツリの代わりを見つけたか。

 

 

「大人だよ……アリウスの生徒会長」

 

 

 しかし、カヤツリの予想は外れた。ああいったモノを作れるのは黒服位のものだと思ったのだが。デザインや色合いも、黒服らしさが滲み出ている。いきなりカヤツリの行動指針が破綻した。

 

 

「……何で、俺を襲った?」

 

「そうしろって、マダムに命令されたから」

 

 

 また、マダムだ。マダムとやらは、余程カヤツリに恨みがあるらしい。トリニティに襲撃まで掛けるほどの理由が。

 

 

「そのマダムとやらは、理由を言ったか?」

 

「貴方が、マダムの知り合いの教え子だからって」

 

 

 それを聞いて、カヤツリは訳が分からなくなった。マダムとやらは黒服の知り合いらしい。ゲマトリアとか言うサークルがあるのは知っている。そこの人間かもしれない。カヤツリは黒服以外には、ゴルコンダとデカルコマニーという絵を持った首なし人間にしかあったことは無い。けれど、彼らはとても紳士的だった。

 

 情報が足りなさすぎる。カヤツリは賭けに出るしかなかった。目の前の襲撃者をある程度信用するという賭けだ。

 

 

「……十秒以上話していい。マダムは、なんて命令したんだ」

 

「百合園セイアと兎馬カヤツリ。二人の襲撃。特にあなたは必ず殺せって。サっちゃんはそう言われたみたい」

 

「サっちゃん? ……お前が一番上じゃないのか? 唯の鉄砲玉? ……ああ、クソ。あの長髪の方か。姫、何て紛らわしい呼ばれ方をしやがって」

 

 

 カヤツリは頭を抱える。姫と呼ばれているくらいだから、アツコがトップだと思っていたのだ。しかし、サっちゃんとかいう方がリーダーらしい。つまりは、マダムとやらの目的は見えてこないだろう。鉄砲玉如きに重要情報を話すとは思えない。手詰まりだ。

 

 今のカヤツリは、何の情報も持っていない。あるのは襲撃された理由とその下手人。マダムへ通じる情報を何もカヤツリは持っていない。それの唯一かもしれない手掛かりが、あの仮面だったのに。

 

 あの仮面が黒服製の物であるなら、アリウスは黒服が関わっている。そこはいい。問題は、黒服がどういったスタンスで関わっているかだ。あの力技の襲撃は黒服らしくはないから、黒服の手下か何かの手腕かと思ったが、前提からして違う。

 

 カヤツリを狙ったのは、マダムとか言う奴だ。恐らくは、アリウスの実質的な支配者。それか、支配者の取引相手か。それと黒服が取引している。これでは黒服と交渉したところで無駄だ。黒服は取引相手。契約相手の情報は絶対に喋らない。それがサークル仲間ともなれば猶更だ。

 

 カヤツリの全身を焦りがはい回る。分からない事が気持ち悪い。カヤツリの所為でこの襲撃が起こったのか。それとも、マダムとやらの個人的な事情で起こったのか。それが全く分からない。

 

 ミカの動きがアリウスに悟られたのなら、ミカが危ないし。爆発に巻き込まれたであろうセイアの事も心配だった。しかし、このままではトリニティへ戻ることはできない。全く何も分からないまま戻ったところで意味はない。

 

 アツコに聞いても、大した情報を持っていない可能性が高い。マダムの事など、名前くらいしか知らないのではないだろうか。痛めつけたところで時間の無駄かもしれない。

 

 カヤツリの欲しい情報を持っていたとしても、アツコがそうだと理解して言ってくれるわけでは無いからだ。こういった尋問では、さっきの通りに単純な物事しか聞き出せない。複雑なモノを聞こうとすれば、どうしたってこちらの狙いを晒さねばならなくなる。

 

 それに、アツコも全ては話さないだろう。そうする理由が無い。幾ら水攻めしたところで、限界はある。

 

 よってアツコの処遇はまだ保留中だ。アリウスに返す場合、情報は出来るだけ伏せておきたい。殺害も視野には入っているが、それは最終手段だった。

 

 

「ねぇ、サっちゃんはどうなったの?」

 

「あ?」

 

 

 余裕を取り戻したのか、それとも慣れたのか。アツコが口を開いた。その様子に、カヤツリは眉を顰める。随分と立ち直りが早い。諦めとも言うのか、何だか慣れているような貫録を感じる。その上、自分よりもサっちゃんとやらの方が心配ときた。

 

 

「自分の身を心配した方が良いんじゃないか?」

 

「答えて」

 

 

 随分と恐れ知らずだ。自分の立場が全く分かっていない。だが、丁度良いかもしれない。これは使える。

 

 

「直ぐに逃げたから知らんよ。作戦が失敗しましたと、おめおめ逃げ帰ったんじゃないか」

 

「……」

 

「ああ、だんまりね」

 

 

 

 そう聞いた瞬間、アツコは黙り込んでしまう。余裕が出てきたから反抗することにしたらしい。面倒なことになったが、ここを糸口にする。

 

 

「そんなに、サっちゃんとやらが気になるか?」

 

 

 反応は変わらないように見えるが、よく見れば心なしか、さっきよりも生気がない。幾ら冷水に漬け続けたとしても、この反応はおかしい。鍵はサっちゃんとやらだ。これを掘り下げれば、もう少し情報が取れるかもしれない。

 

 

「何だ。心配なのか? まさか、作戦失敗で折檻されるわけじゃないだろ? 今回の作戦を立案したのは、マダムとやらなんだから」

 

 

 ジャブを投げてみる。如何にも心動かされたような、そんな振りをして。けれどアツコは答えない。きっと答えないという事は、そう言う事なのだ。

 

 

「……折檻されるのか? お前もされたことがあって、だから、こんなに立ち直るのが早いって?」

 

 

 今度は、小さな頷きがあった。カヤツリの中に困惑が広がる。

 

 マダムとやらの行為には意味がない。マダムがやるべきことは、作戦失敗のリカバリーを考える事で、決して実行役に八つ当たりをすることでは無い。そんな事をしてしまえば、モチベーションが下がるだけだ。下手をすればボイコット。それどころか銃を向けられるはずだ。

 

 それは妙だ。黒服の知り合いだと言うのだから、マダムは大人。大人は、生徒に正面から太刀打ちはしないモノだ。生徒との直接戦闘は避けるはず。それは、黒服も理事も、カヤツリが出会った全ての大人がそうだった。正面では勝てないから、こすっからい手段を使うしかない。それはマダムが、カヤツリの排除にアツコたちを使った事からも分かる。アツコたちを恐れないのなら、カヤツリも自分の手で殺しにくればいい。

 

 

 ──それなのに、アツコはマダムを恐れている。

 

 

 妙だ。マダム自身が強大な力があるのであれば、それは納得できる。しかし、その場合はカヤツリ殺害をアツコたちに振った理由が不明だ。折檻するくらいなら、自分でやればいいだろうに。

 

 そうでないのだとしたら、マダムが他の大人たちと同じであるのなら。殺害を委託したのは理解できる。自分ではできないから、アツコたちを使った。失敗したのに腹が立って折檻をするかもしれない。

 

 でも、そうすると。アツコたちが恐れる理由が不明だ。大した力が無い人間相手に従う理由はない。少し確認が必要かもしれない。

 

 

「何……!?」

 

 

 アツコが悲鳴を上げた。カヤツリが腕や足を触りだしたからだ。勿論アツコが暴れるが、カヤツリは無視する。大腿や上腕の太さ、爪の色を見る。

 

 

「お前、飯食ってないだろ。それも、日常的に食ってないな。細いし、爪の色も悪い。確かに、折檻の跡っぽいものはある。と言っても、後遺症が残るレベルのものは無い。腿も二の腕も細いが、やせ気味で通るレベルか」

 

「だから、何だっていうの」

 

「お前、マダムのお気に入りか何かか? 絶対に自分は酷いことをされないって、薄々は分かってる。だから、自分の事は二の次なんだろ。だから、自分以外の、そうではない仲間を気にするんだ。特に、全責任を取らされるかもしれない。サっちゃんを」

 

 

 アツコが小さく息を呑む音が聞こえた。これで、どことなく余裕がある理由も察せられた。

 

 恐らくは、文字通りに姫なのだ。そう言った立場にアツコは居る。少なくともマダムはそう扱い。周りもそう見て、アツコもそうだと分かっている。時間稼ぎをすれば、助けが来ると思っているのだ。

 

 それに、黒服の立場も何となく分かった。黒服は装備提供だけだ。黒服が深く関わっているのなら、戦闘部隊に虐待など許すはずがない。道具の手入れを怠るなど、それは非効率だからだ。でもそれがまかり通るという事は、黒服は口を出すことが出来ない立場に甘んじている。

 

 これならアツコと仮面の実働データを材料にして、黒服から何かを引き出せるかもしれない。マダムはアツコを探しているのだから、その処理も黒服に投げつければいい。少しだけ、道筋が見えてきた。

 

 となると、目下の問題が見えてくる。マダムに気づかれず、黒服だけと接触する必要が出てきた。電話は使わない方が良い。盗聴の恐れがある。よってアツコを連れて、アビドスまで。黒服のオフィスまで行かなければならない。普段ならアビドス砂漠を抜けるのだが。足手まといを連れた状態での縦断はリスクが高すぎる。準備が必要だ。

 

 

「サっちゃんとやらが追い付く前に、お前をアビドスまで連れていく。準備のため、ここに二日ほど滞在する。食えないモノは?」

 

「? 無いけど……」

 

「よろしい。後でそれは解いてやるし、この場所の説明と禁止事項を伝える。それと……」

 

「ねぇ」

 

 

 アツコによる再びの中断に、カヤツリは内心舌打ちした。けれど、表には出さない。どうせ黒服に売り飛ばすのだ。煽てておくに越したことは無い。

 

 

「何だ。質問は説明の後にした方が効率的だと思わないのか?」

 

「違う。サっちゃんが追いかけてくると分かった理由も聞きたいけど、あなたの事」

 

 

 普通に考えれば分かる事だ。少数精鋭でなければ、カヤツリに捜索範囲がバレる。それなら、襲撃部隊をそのまま使った方が効率的なだけだ。折檻する暇などない。そして、カヤツリはアツコにそれを説明する義理はない。

 

 無視しても良かったが、アツコの声は真剣だ。様子も、少しだけだが生気を取り戻している。これを無下にするとどうなるか分からない。仕方なく黙ったカヤツリに、アツコの質問が響いた。

 

 

「どうして、あなたは諦めないでいられるの?」

 

「理由が無いからだが。俺は、俺を信じている」

 

「信じている? どうして? 黒服という大人に縛られていたんでしょう? あなたは、マダムに縛られた私と同じはずなのに。どうして?」

 

 

 黒服という単語に、カヤツリは驚く。アツコの口から出てくるとは思わなかった。それに、カヤツリの事情も軽くは知っているようだった。

 

 

「何だ。お前だってマダムとやらと契約したんだろう。得る物はあったんじゃないのか?」

 

「無いよ。マダムは、いきなり内戦状態のアリウスにやって来た。内戦を治めたマダムは、私を探し出して捕まえたの。それから、ずっとこのまま。あの人は何も私にさせなかった」

 

 

 アツコは、本当に疑問に思っているのか。口数が多かった。とんでもなく重要なことを口にしているのに気がついていない。

 

 マダムの目的だ。その一部を口に出している。アリウスの生徒会長と言っているが、アリウスの事などどうでもいいのだ。大事なのは、このアツコに違いない。

 

 カヤツリの予想通りの内乱状態のアリウス。それを平定してまで探し当てた者。それ以外は本当に興味が無い。

 

 だから、アリウスの生徒や戦闘部隊のコンディションに興味が無い。雑に扱う。折檻する。襲撃にアツコを参加させた理由もそのせいだろう。一番丁重に扱われているはずのアツコでこの細さだ。多分、選択肢が無かった。あの四人くらいしか、実用に足る生徒が居なかった。

 

 恐らくは、アリウスは使い捨て。あくまで一時しのぎ。だから丁寧には扱わない。そう言う事だろう。マダムの本命は分からないが、足掛かりは掴むことが出来た。

 

 

「なら、経験の差だろう」

 

 

 機嫌が良いから、とりあえずの答えをカヤツリは用意した。

 

 

「自分がどこまでできるか。お前は知らない。知らないから、自分を信じられない。だから、諦めるんだ。その方が楽だから」

 

「どうすれば良いの?」

 

 

 ヤケに食いついてくるアツコに、カヤツリは答えを言う。

 

 

「失敗しろ。何度も失敗して、自分の身の程を知るだけだ。そうすれば、どこまでできるか見えてくる。足りないことが分かれば、他のところから持ってきてもいい。俺は、そうしてきた。だから、諦めない。その理由がまだないからだ」

 

「強いんだね。あなたは」

 

 

 興味を失った。そんな風なその言い方に、カヤツリはカチンときた。

 

 

「俺のことを勝手に分かったようなことを言うんじゃない。自分の事すら分かっていないのに、随分な口を叩くじゃないか」

 

「……」

 

 

 拗ねたのか何なのか。アツコは無視を決め込んだ。カヤツリの額に青筋が立つ。

 

 カヤツリのアツコに対する第一印象は底値に落ち着いた。カヤツリの一番嫌いな奴だ。空っぽのお人形のくせに、カヤツリが欲しかったモノを持っている。

 

 少し、本当に少しだけ、手荒にいくことにした。肉体は責めないで、精神を責めてやる。その反応で真実を絞り出す。

 

 

「とりあえず、説明に戻る。俺についての質問は受け付けない」

 

 

 少なくともこれから数日間。この少女とやっていかなくてはならない。説明の文章を考えながら、カヤツリはどう攻めてやろうかと思いを馳せた。

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