ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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277話 言葉責め

 アツコは、未だに椅子へと雁字搦めに縛り付けられていた。変わったところと言えば、場所が浴室から普通の居室へと変わったくらいだ。

 

 目の前にはテーブルがあって、向かいには襲撃対象だったカヤツリが何かを紙へと書きつけていた。

 

 きっと、自分から聞き出したことだろうな。そうアツコは、物思いへと耽る。カヤツリはアツコが知っていることを根掘り葉掘り聞きだしたから。

 

 アツコが知っていることは、そう多くない。アリウスの生徒なら誰もが知っている事。アリウスは内乱が起きていて、どこからともなく現れたマダムがそれを平定した事。それから、マダムの支配するアリウス。全ては虚しいという教えと、トリニティとゲヘナへ復讐する事を強制。そして、苛烈な人殺しの為の訓練を施したこと。トリニティとゲヘナへの復讐が終われば救われること。

 

 後は今回の襲撃作戦の概要だけ。それも、サオリから聞いた事だけだ。詳しい経緯など知るはずもない。

 

 それなのに、カヤツリはそれ以上の事を紙に書きつけている。あーでもない、こーでもないという呟きが聞こえてきそうなほどだ。

 

 これから、アツコをどうするのか考えているのかもしれない。けれど、アツコは焦らない。アツコ自身にはどうしようもない事であるし、どうにも水責めは止めたようだ。

 

 自分と同じ立場の人間なのに、どうにも自分と違う。アツコはあんなに強くはない。何故だか分からないが、少しだけ気になっていた。色々聞いてみたかったのに、アツコはカヤツリの機嫌をどうにも損ねた様子。それに諦めるのは慣れている。今までのようにするだけだ。

 

 今のアツコにとって大事なのは、サオリを始めとしたアリウススクワッドのメンバーの事だけ。大丈夫だろうか、マダムに酷い目に遭わされては居ないだろうか。今はどこを探しているのだろうか。ただ、それだけだった。

 

 

「そろそろ、始めるぞ」

 

 

 気づけば、書きつける音が止まって、カヤツリがアツコを見ていた。また水責めかとも思ったが、様子がおかしい。

 

 

「これからの予定を説明する」

 

 

 アツコの目の前で、カヤツリが淡々と言った。さっきのアツコの失言から、仏頂面が戻っていない。

 

 

「お前を連れて、アビドスまで行く」

 

「……どうして?」

 

「事態の収拾のためだ」

 

「収拾……?」

 

 

 収拾も何も、アツコにはもうどうしようもない事態に陥っているようにしか思えなかった。あのマダムから、アツコを浚ったのだから。きっとマダムは怒り狂っているに違いなかった。収拾などつけられるとは到底不可能だ。

 

 

「私を返しても、意味ないよ」

 

「それはそうだろう」

 

 

 そのアツコの心ばかりの忠告を、カヤツリは鼻で笑った。

 

 

「マダムとやらは苛烈だ。向こうから見たら俺は泥棒だし、泥棒が盗んだ物を返すからって許すわけがない。俺もそうする。まぁ殺しに来ておいて、その態度は中々の物だけど」

 

 

 それなら、どうするのか。アツコはカヤツリの答えを待つ。

 

 

「アビドスにはマダムの知り合いだろう人間がいる。その人間を経由してお前をアリウスへ送り返す」

 

 

 アビドスと言うのがどこだか分からないが、マダムの知り合いは分かる。あの黒い大人だろう。無難な対応だと思う。

 

 マダムと同等の力を持つ人間を間に挟む。それで返した瞬間には襲われない事は分かる。

 

 けれど、それでは根本的に解決しない気がする。さっきカヤツリ自身が言った事だ。

 

 

「マダムは諦めないよ。あの人は、そういう人」

 

「別に、許して貰おうとする訳じゃない。お前は邪魔だからな。大した情報もないし、さっさとパージしたいだけだ」

 

「邪魔……? さっきの、強いっていうのをまだ根に持ってるの?」

 

 

 アツコは頬を膨らませる。さっきの一言はカヤツリを苛立たせたのかもしれない。けれど、そこまで邪魔と言われるのは腹に据えかねた。例え、お互いに加害者と被害者という関係であってもだ。

 

 

「アリウスの事は私から聞いた癖に……」

 

 

 何となく、気に食わない。まるでお荷物の様な。アリウスの皆とは普段と違う対応に、なんだか胸が騒つく。

 

 

「ああ、まだ気づいてないのか? それとも、気付かない振りをしているのか?」

 

 

 カヤツリはアツコをまたまた鼻で笑って、部屋のテーブルに紙を広げた。

 

 

「何?」

 

「お前から聞き出した証言を時系列にした。一目で分かるアリウスの歴史……そういうヤツ」

 

 

 年代は書いていないものの、概ね合っているように思う。間の空白が多いこと以外は。

 

 カヤツリはそれを無視して、一番上を指差した。

 

 

「最初は言うまでもなく、旧トリニティから追いやられた所から。そこから、この間まで内乱が続いていた」

 

「うん……」

 

 

 アツコは小さく頷く。合っている。アツコから、カヤツリがアリウスの細かな事情を聞き出したお陰だ。

 

 その際も不満そうな顔を隠しもしない。本当にアツコをただの情報源としか見ない。アリウスの対応とは全くの逆だ。

 

 なのに、今は少し面白そうな顔をしている。

 

 

「そこに、マダムとやらがやって来て、内乱を終結させた。それで何だったか、全ては虚しいだっけ? そんな眠たい教えを広めた訳だ。お前らにはトリニティとゲヘナへ復讐すべきと」

 

 

 それが、アツコの人生の全て。気づけばアリウスに居て、気づけばマダムがアリウスを支配していた。全てが、アツコの知らない所で起こっていて、アツコはそれをただ押し付けられるだけ。

 

 けれど、カヤツリはそんなアツコに斟酌しない。お前が今から押し付けられる物はこれだと、強引に顔を向かせてくる。

 

 

「そこで問題だが、マダムの目的は何だろうな?」

 

 

 トリニティへの復讐。サオリはそう言うだろう。ミサキやヒヨリも口には出さないがそう思っている。

 

 でも、アツコはそうだとは答えられない。けれども、答えはそれしか知らない。それしか与えられなかったから、こう言うしかない。

 

 

「トリニティへの復讐?」

 

「不正解。そんな訳がない。それは薄々分かっているだろ? だから、ここまで大人しいんじゃないのか?」

 

 

 カヤツリは薄汚れた白い制服を指差す。トリニティの制服だ。確かに、アリウスにその制服で踏み入れば袋叩きにされるだろう。捕まったのがアツコでなければ、ここまで緩い雰囲気にはならない。

 

 

「じゃあ、何なの?」

 

「分からない」

 

 

 アツコの抗議の視線をカヤツリは気にした風ですらない。紙だけ見て、アツコの方を見ようとすらしない。

 

 

「全部は分からないが、一部分は分かる。マダムはアリウスなんかどうでもいいってことは。そのことを、お前は薄々は気がついていたんじゃないのか? お前は、そういう立場には居たはずだ」

 

「……」

 

 

 アツコは言葉が出てこない。確かに薄っすらとは感じていた事だ。でも、はっきり断言されると、こんなに不安になるとは思わなかった。なんだか嫌な気分だ。

 

 

「何で、そんなことが分かるの……?」

 

 

 もう何度目かも分からない。何での言葉をアツコは放つ。カヤツリは大したことないような口調で話す。

 

 

「本当にアリウスが大事で、救う為に内乱を治めたのなら。最初にやるべきは復興だよ。団結のお題目に復讐を掲げるのはいい。でも、何かやったか? アリウスの内乱を治めた後だ。奴は学校の体裁さえ整えず、人殺しの方法を教えたんだろ?」

 

 

 まさにその通りで、アツコはまた何も言えない。足元がぐらつく感覚が止まらない。

 

 

「その事から分かるのは、間に合わせの手駒が欲しいと言う思惑だよ。ほら」

 

 

 カヤツリは紙にカリカリと数字を書く。四桁の数字が二つと、三桁の数字が一つ。

 

 

「トリニティとゲヘナの生徒の大体の合計と、アリウスの生徒数の概算。トリニティを構成する筈だった学園の内一つだから、このくらいだろ? それでどうだ? 戦いになると思うか?」

 

 

 数字に表されたのは正しく桁違いの戦力差だった。それをひっくり返すのはアツコには一つしか思い浮かばない。それに縋るように、アツコは答えた。

 

 

「あの爆弾がある」

 

「へぇ……やっぱり、あれはそういう物だった訳だ? それで? それが効くのは初めだけだが? 直ぐに対策される。文字通りに桁が違う。一人当たり十人がノルマで、尚且つ物資不足でコンディションは最悪。勝負になれば御の字だろうな?」

 

 

 ぐらつきは無視できないレベルに達していた。自分が拠り所にしていた物は、そうだと思わさせれているに過ぎない事を突き付けられている。

 

 今までは平気だったはずなのに。他の人間に言われても平気なはずなのに。なぜ今はこんなに狼狽えるのだろう。

 

 事実を交えているからだろうか? それとも、水責めにされた恐怖からだろうか。全くアツコに見当がつかない。

 

 けれど、カヤツリはアツコの事を待ってなどはくれなかった。何時のまにか、後ろから声が聞こえる。

 

 

「もう一度言うが、マダムはお前らの事なんかどうでもいいんだよ。そのせいで、こんなことになっているのは笑えるけどな」

 

 

 カヤツリは話すのを止めない。アツコたちの様に力ではなく、唯の言葉で。アツコの世界の常識を叩き壊し続けている。

 

 

「アリウスにはまともな戦力はない。その日食うのがやっとの食い詰めた集団。アリウスの復興に何も手を付けないという事は、アリウスを使い潰す気でしかない。きっとマダムはその場しのぎの戦力とアリウスの生徒会長という肩書が欲しかったんだろう。それと、お前か」

 

 

 もうやめて欲しかった。環境のせいにして、アツコが目を逸らしていたことを容赦なく突き付けてくる。流石のアツコも、先のない未来を提示されて諦められるほど厭世はしていない。けれど、カヤツリの言葉責めは止まらなかった。動けないアツコの耳へ、延々と囁き続ける。

 

 

「お前はアリウスのお姫様なんだろ。マダムはそうすることで、お前を世界から遠ざけ自分の手の内へと置いた。アリウス内の数少ない物資を集める理由付けにもなる。お前も甘い汁が吸えてよかったじゃないか。サっちゃんとやらは護衛か? 大事なお友達もできて、さぞ居心地が良かっただろう?」

 

 

 が。とカヤツリは嘲るように言う。

 

 

「権利には義務も付随する。今回の襲撃はトリニティへの反撃の第一歩だろう。他のアリウス生はそう見るぞ。それに旗頭たるお姫様がついて行かないんじゃな。不満の矛先が大事な大事なお前に向きかねない。直接俺を殺しに来ない事や、力ずくでなくあの眠たい教えを活用している所からして、マダムはアリウスを平定する程の力は早々使えないんだろう。アリウスはそれを安定化させるまでの繋ぎってところか。黒服からの装備品を保険にして参加させたってところかな」

 

「……私にそんなことを言って、何になるの?」

 

「言っただろ? 説明をするって。お前には、ここに至るまでの状況を全部聞いてもらう」

 

 

 カヤツリは、縛られて耳も塞げないアツコに唯々情報を注ぎ込む。その情報が決していい報せでない事は、アツコには嫌でも分かった。

 

 

「マダムは、何かを企んでいるらしいな。それが俺に邪魔されると踏んだと。セイアと俺を狙った事からして、エデン条約関連か? 俺は先延ばしに動いていたから、それが嫌だったか? あの万魔殿の議長が邪魔しないのは、アイツから聞いた話からして妙だとは思っていたが……もしかして、ゲヘナにも何か仕掛けてるんじゃないか?」

 

 

 どきりとアツコの心臓が大きく跳ねた。確か、サオリがマダムの命令でそんな事をしていた気がする。ゲヘナと何かを話していた。アツコはそれを隠そうとするが、カヤツリは見逃してはくれなかった。

 

 

「ああ、その反応で大体わかった。ったく、予定が増えたな……」

 

 

 カヤツリは一人で勝手に納得した様子で、少し考え込んでいる。そんなカヤツリが、アツコは唯々不気味だった。

 

 アツコには理解できない。アツコと同じように、カヤツリは大人に縛られていた。でも、カヤツリはアツコとは違う。

 

 諦めないとカヤツリは言った。自分を信じているとも。それは、今の説明を聞いてもそうだ。アツコからの断片的な情報だけで、それらしいマダムの目的を作り上げてしまった。アツコにはマネできない芸当だ。そして何よりアツコが怖いのは、カヤツリの態度だ。

 

 怒っていない。散々、アツコに言葉責めを繰り返すカヤツリは、アツコにそれほど怒っていない。それは、絶対にありえない事だから。

 

 

「あなたは、どうして怒らないの?」

 

「あん?」

 

「私は、あなたを殺そうとしたのに。あなたはそれを、もう分かってる」

 

 

 そう、おかしい。確かに水責めされたが、あんなものは可愛いものだ。マダムのものはもっと激しく厳しかった。

 

 それに、カヤツリにはそうする理由がある。殺されかけたのだから、やり返されても文句は言えない。

 

 それなのに、カヤツリがアツコに向ける視線には何もない。最初はあった何かの感情も話をするにつれ消えていく。怒りも何もかも、カヤツリの視線にはなかった。

 

 

「お前は銃弾や爆弾に怒りを向けるのか? 随分とロマンチストだな?」

 

「何を言ってるの……?」

 

 

 アツコの疑問に、カヤツリは漸くアツコの目の前に立って言う。

 

 

「お前は言われてやったんだろ? お前がそうだと決めた訳じゃない。だから、全部どこか他人事なんだよ。お前は、マダムにとっての道具に過ぎない。なら怒りを向けるべきはマダムであって、道具じゃない」

 

 

 強い言葉に、アツコの頭が揺れた。カヤツリはあの眼差しのまま、尚も言う。

 

 

「だから俺に、()()()()()。何て言うんだ。()()()()()()()()()()()()。そう言った口でそんな事を言える。私は出来ないから、私とは違う強い人間だから。だから、仕方ない何て思考が透けて見える。勝手に俺を理解して、理解したような気になって、勝手に失望する」

 

 

 漸く、カヤツリの視線に感情が見えた。

 

 それは、呆れと憐れみ。それと、微かな後悔だ。

 

 

「実に理にかなった教えだよ。全ては虚しくて、意味がない。だから、このままでいい。だって私たちには意味がないから。停滞を後押しするのに都合のいい言い訳だ」

 

 アツコたちは救われない。先が無い。与えられた希望は偽りで、後には何も残らない。何とかそれを飲み込もうとするアツコにカヤツリは追い打ちをかける。

 

 もう、アツコはカヤツリが怒っていない理由が分かった。カヤツリの言ったとおりだ。道具に怒る人間は居ない。それを使って害した人間へ怒るのであって、道具には怒らない。つまり、カヤツリはアツコを人間としては見ていない。

 

 

「だから、俺はお前に怒らない。期待しない。お前は何も知らなくて、知ろうとしなかった。そんな奴に怒る価値はない」

 

 

 そして、怖い理由も今分かった。カヤツリはアツコが目を逸らしていることを知っているのだ。アツコが自覚していなかったそれを、強引に見せつけてくる。ただただ、アツコが何もしなかったことを並び立てる。そのせいで何が起こるのかを理路整然と提示する。

 

 

 ──お前の先には何もない。お前が何もしなかったからだ。

 

 

 説明というのもある意味正しい。カヤツリは、アツコに説明している。これから先に起こることを、アツコが下手な考えを起こさない様にしている。お前の行く先は決まっていて、今更何をしようとも手遅れだと言っている。頼むから、無駄な手間を掛けさせてくれるなと。

 

 ようやく、今更ながら。アツコはマダムが警戒していた理由が何となく分かった気がした。

 

 もう、十分だった。アツコはただでさえなかった抵抗する気が折れていた。カヤツリの言う通り、アツコに出来る事はもうない。このままカヤツリの言う通り、マダムの所へ帰されて、いつもの日常が始まるのだ。約束された終わりが来るその日までは、満喫することが出来るだろう。しかし、アツコは知ってしまった。もう見ない振りは出来なくなってしまった。日々訪れるかもしれないカウントダウンに怯えるしかなくなった。

 

 これからの予定の説明に切り替わったカヤツリの説明を聞きながら、アツコは思う。

 

 

 ──諦めなかったらよかったのかな。そうしたら、何かが変わったのかな。

 

 

 そうしたら、目の前のカヤツリの様に強くあれたのだろうか。出来たかもしれない。アツコとカヤツリの立場は一緒だったから。だから、アツコが諦めなければ、カヤツリが語った未来は無かったのかもしれない。

 

 けれど、そんな疑問には誰も答えてはくれなかった。

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