ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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278話 君だけが居ないトリニティ

「いらっしゃ……あの時のお嬢さんじゃねぇか。どうやって……」

 

「お久しぶりです……」

 

 

 柴関の屋台に入ったハナコを出迎えたのは、大将の驚きの声だった。相当に驚いたのか、ハナコの挨拶に言葉もない様子だった。

 

 その反応が当然だと、ハナコは知っている。普通は、ここには辿り着けないからだ。

 

 この間に連れて行ってもらった場所とは違う。来る時期も教えてもらっていない。アビドスから来たことしか分からない。

 

 でも、ハナコにはそれで十分だった。仕入れのついでという言葉を覚えていたお陰だ。

 

 トリニティでラーメンの屋台など珍しい。だから、必ず誰かがSNSに上げる。それと、あの屋台の容積で仕入れの周期を概算。ルートはアビドスから来ていることが分かれば十分。

 

 その結果が今だ。ハナコは、しなければならない事があってここへ来た。

 

 

「そうだ。お嬢さん。坊主を知らないかい? 連絡が取れないんだ」

 

 

 大将は心配そうな顔で、ハナコに問いかけてくる。

 

 

「少し……お話いいですか……?」

 

「……立ったままじゃ疲れるだろう。座りな」

 

 

 ハナコの態度で大将は何ごとかを察したのか、目の前の席を指差した。

 

 

「カヤツリさんは、事故で療養中です」

 

「なら何で、連絡が無いんだい? 電話すら掛けられない程酷いのか……?」

 

 

 今回を含め、まだ二回しか会っていないハナコですら、大将の心配が伝わってくる。ハナコの胸の奥がミシリと軋んだ。

 

 

「それは、表向きの話なんです。私は、それを伝える為に来ました。あなたは、カヤツリさんと親しいんですよね……?」

 

 

 大将は頷きながらも、ただただ困惑している様だった。仕方のない事だと、ハナコも分かっている。いきなりこんな事を言われても、直ぐには受け止めきれない。

 

 これは、ハナコの独断だ。誰に頼まれた訳でもなく、ハナコがするべきだと判断した。

 

 本当なら、アビドスへ伝えるべき事だ。でも、内容が内容だから大将に伝えるしかなかった。

 

 

「話してくれ……坊主に何があったんだい?」

 

 

 ハナコの想定よりもずっと早く、大将は整理を終えた。姿に違わぬ黒い瞳は真剣さに満ちていた。

 

 ハナコも真剣に口を開く。

 

 

「詳しくは分かりません。先程お伝えしたものは表向きに公表されたものです。しかし、大将さんの言った通りに連絡が全く取れないんです」

 

「療養中ってぇことは、病院にいるんじゃないのかい? 面会謝絶とか」

 

「私もそう思いましたが、おかしいんです。病院ではなくて、トリニティの医療組織の救護騎士団預かり、団長は表に出てこず、団員は何も知らないんです」

 

 

 どうにもおかしい。何かを隠している。どこで療養して居るのかすら分からない。

 

 

「って言うと、お嬢さんはどう思っているんだい?」

 

「……」

 

 

 大将の質問にハナコは答えることは難しかった。でも、何とか言葉を絞り出す。

 

 

「……行方不明」

 

「そうか、どうしてお嬢さんがそう思ってたのか、聞かせてもらえるかい?」

 

 

 大将は静かにその先を遮った。それは、ハナコの方を慮るような仕草だ。情けなさを押し殺して、ハナコは口を開く。

 

 

「あの人は、ある事を調べていました。療養中という発表がなされたのは、翌日の朝なんです」

 

 

 カヤツリが居なくなったのは、アリウスの話をした後だ。実にらしいタイミング。

 

 

「なら、それを調べたせいで?」

 

「はい……」

 

「そうか、それを態々教えに来てくれたのか……ありがとうな。お嬢さん」

 

 

 大将は腕を組んで、目を瞑っている。きっと、カヤツリの事を思い出しているに違いなかった。

 

 黙っている事も出来たが、ハナコはこれを抱えておくことは出来なかった。隠されてなかった事にされるなんて耐えられない。

 

 もうトリニティは滅茶苦茶だ。表向きはそうでなくとも、派閥間の空気は完全に冷え切っていた。

 

 正義実現委員会は、正体不明の犯人に神経を張り詰めさせている。

 

 救護騎士団はさっきも言った通りに団長不在のまま。

 

 シスターフッドは不気味な沈黙を保ち続け、図書委員会も古書館へ引き篭もっている。

 

 そして、ティーパーティー。代理のホストとして収まった桐藤ナギサは方針を百八十度転換した。エデン条約を成立させようと、精力的に動いている。

 

 あまりに強引なその方針に、各派閥からは難色の声が上がっている状況だ。ある所では、二人を排除したのはナギサではないかという噂すらあるくらいだ。

 

 余りの豹変振りだが、ハナコにはナギサの狙いは透けて見えた。

 

 ナギサは、エデン条約が原因だと踏んだのだろう。

 

 カヤツリはエデン条約に乗り気ではなかったが、状況がそれを許さない事は分かっていた。

 

 連邦生徒会のごり押しに、文句を言っていたのを覚えている。回避出来ないならと、出来るだけトリニティの混乱が小さくなるように動いていた。

 

 そんなカヤツリとセイアが行方不明になって、エデン条約は宙ぶらりんの状態だ。

 

 その上、連邦生徒会長が失踪したとかいう噂すら流れてくる始末。このままではエデン条約が空中分解する。

 

 だからナギサは、こんな強硬姿勢へと走る。多分、誰も。トリニティの誰も、信用出来ないに違いない。疑心暗鬼の闇の中だ。

 

 だって、犯人はその中に居るからだ。そしてナギサにとっては、これは検査に過ぎない。

 

 犯人探しだ。どんな判断基準かは知らないが、犯人を炙り出そうとしている。シスターフッドの勧誘もピタリと止まり、向こうも派手な動きは控えているのがその証拠だ。

 

 すっかり、元通りのトリニティだ。ハナコの好きではないトリニティに戻ってしまった。

 

 

「……お嬢さん。大丈夫かい?」

 

 

 いつの間にか、大将がハナコを心配そうに見つめていた。

 

 

「大丈夫ですよ?」

 

「……そうかい。なら、時間も時間だ。食べていくといい。坊主の分の材料が残ってるからな」

 

 

 何時もの笑顔の仮面を貼り付けてのハナコの返事に、大将はそんな提案をしてくる。

 

 ハナコは迷った。これは、ハナコを慮る提案。大将への義理立てで来たはずなのに、逆にハナコが慰められていた。

 

 きっと、この間の様には楽しめないと思う。しかし、ここで断っても、大将は気にするだろう。ハナコは大将の提案に頷く事にした。

 

 そんなラーメンを待つハナコへ、大将は話し掛けてくる。

 

 

「お嬢さんはどうするんだい?」

 

「どうするって……?」

 

「俺に伝えに来てくれただろう? その後さ。坊主を探すのかい?」

 

「……どうして、そんな事を聞くんですか」

 

 

 それは、聞かれたくない事だった。ここに来るまでずっと、ここに来てからもずっと。胸の靄が晴れてはくれない。

 

 大将は知ってか知らずか、手元に目をやりながら答えた。

 

 

「だってお嬢さん、迷っているだろ?」

 

 

 ハナコの心臓が跳ね上がって、一瞬止まった様になる。顔を上げた大将はハナコをじっと見つめて言ってくる。

 

 

「きっと、親切心もある。でも、それだけじゃないだろう? 俺に言って欲しかったんじゃないか? 坊主を探して欲しいって」

 

「……何故、そう思うんですか」

 

 

 ハナコの仮面が嫌な音を立てていた。上手く機能しているはずのそれは、大将には通じていない。大将はハナコではない何処かを見る目で言う。

 

 

「見た事があるからさ。今のお嬢さんと同じような顔を、俺は見たことがある」

 

 

 そう言う大将の表情は後悔が滲んでいる。ハナコをして、見たことがないもので、思わず聞き返した。

 

 

「それは、いつなんですか?」

 

「二年前……いや、まだ一年前か、そうだな、俺が口を滑らしたことにしてくれよ」

 

 

 今度はちゃんと、大将の目はハナコを捉えていて。ゆっくりと大将は話し出した。

 

 

「俺はアビドスで店をやっている。客の一人と仲が良かった。なにせ、珍しい同性の生徒だったんだから」

 

「それは……」

 

 

 それは、カヤツリではないのか。その言葉は、ハナコの口から飛び出す前に消える。大将の態度が如実に示していた。

 

 

「アビドスは、まぁなんだ……寂れてる。それをあの子たちは、最初二人だけで回していたんだ」

 

「……出来るんですか? そんな事……」

 

 

 ハナコとて、ティーパーティーやシスターフッドから勧誘が掛かる身。学園の運営が楽ではない事を知っている。それも、アビドスは借金まみれのはずだ。それに治安も悪く、住人もほとんどいない。

 

 でも、大将は言う。

 

 

「出来たんだろう。方法は分からないが、あの子はやったんだ」

 

「それは、真っ当な方法では……」

 

「ああ、無いと思う。実際にあの子たちは身を削っていた。俺の店での一時はそうではなくて、その時だけは普通の生徒みたいだった。それが俺は嬉しかったんだ」

 

 

 ああ、とハナコは言葉を漏らした。本当に、本心からそう思っていることが分かる。その時の大将の顔は眩く見えた。

 

 

「でも、ある時から、陰りが見え始めた。あの子は迷っていたんだ」

 

「何を?」

 

「……これからの事さ。自分の都合に、他人を巻き込む事を悩んだ。自分では抱えきれない事を吐き出すかそうでないかを」

 

 

 大将の言葉は抽象的過ぎて、ハナコは首を傾げる。それを見た大将は、少し笑いを滲ませていた。

 

 

「……俺の屋台を自力で見つけるくらいだ。お嬢さんは頭が良いんだろう。そして、人には見えない物も良く見えるんじゃないか?」

 

「はい……」

 

 

 ハナコは小さく頷く。確かに、他の人間には見えない物が見える。ある程度の大まかな未来や、行動の結果が分かる。それゆえに、ハナコはトリニティの才媛として注目の的だったのだから。

 

 

「お嬢さんがそうなら、きっとあの子もそうだったはずだ。人には見えない物が見えてしまったんだ。それを、絶対に見せたくはなかったんだ。それは完璧なはずだったんだ。でも、あのお嬢ちゃんは分かってしまったんだ。あの二人はずっと一緒に居たんだからな……」

 

 

 大将の声からは、後悔が滲んでいた。断片的な情報だが、ハナコは大体の光景が想像できてしまう。かつて自分が言った一言は、とんでもない言葉だったのを今更ながら噛み締める。

 

 

「まさか……喧嘩したんですか?」

 

「そうさ。一方がもう一方を問い詰めて、大喧嘩になったらしい。今も顔を合わせもしないし離れ離れだ。昔は毎日顔を合わせていたのにな。俺は、二人はずっとそうなんだと。いつかそうなるんだと、無責任に信じていたんだ」

 

 

 大将はしょぼくれていた。毛並みや耳もどこか萎れているように見える。

 

 

「俺が、何も言わなかったせいなんだ。機会は幾らでもあった。でも、色々言い訳をして引き延ばしたのさ。あの時に、俺がちゃんと思った事を伝えていれば、絶対に違ったはずなんだ」

 

「見たことがあるというのは……」

 

 

 それが、誰なのか。ハナコはよく分かった。なにせ、目の前にいる。

 

 

「そう。一人は俺だよ。なにせ毎日嫌でも顔を合わせる」

 

「だから、ここまで屋台を?」

 

「ああ。あの子、坊主が居るからな。俺なりの罪滅ぼしって奴だ」

 

 

 ブルリと全身を震わせた大将は、もう萎れてはいなかった。さっきまでの様子に戻った大将は、しっかりとハナコを見つめている。

 

 

「だから、お嬢さん。迷っているのなら行動するべきだ。反対材料が必ず出てくるだろうが、それに流されるな。流されたが最後、俺みたいになる。間違えないのは素晴らしい事だが、間違えられなかったというのも嫌なもんなんだ」

 

「間違えないのは大事なのでは?」

 

「お嬢さん、そうじゃないんだ」

 

 

 少しだけ優しい目になって、大将は呟くように言う。

 

 

「俺は何もしなかった。行動することを放棄した。他人には深入りしないという()()()()をした。その結果、俺の与り知らぬところで事態は動いてしまった」

 

「それは、大将さんの所為じゃ……」

 

「そう。俺の所為じゃない。それが問題なのさ」

 

 

 大将は、ほうと長い息を吐いた。後悔を絞り出すように、ハナコへ告げる。

 

 

「俺の所為じゃないってことは、関われないってことだ。幾ら後悔して穴埋めしたいと思っても、その資格がない。だって、そうだろう? 俺の所為じゃないんだからな。坊主からしたら余計な節介なんだ。あれは、坊主とあのお嬢ちゃんの間の話なんだから」

 

 

 ゾワリと悪寒がハナコを襲った。それは、怖かった。それは際限のない後悔に苛まれるという事だ。だから、大将はアビドスからトリニティまで往復するという遠回りな手でしか、カヤツリと関われなかった。だって、関係が薄いからだ。カヤツリは絶対に踏み入らせはしないだろう。

 

 もし、もしも大将がカヤツリに何かを言うことが出来たのなら。失敗しても、それを口実に関わることが出来ただろう。それならカヤツリだって断らない。

 

 確かに、間違えなかったが、決定的に間違えている。そこまで考えて、ハナコは大将へ聞き返した。

 

 

「どうして、私なんですか?」

 

 

 ハナコが迷っていたのも理由の一つだろう。自分と同じ轍を踏んでほしくは無かったのも分かる。でも、ハナコでなくてもいいはずだった。それこそ、アビドスに残っている人間でもいいはずだ。

 

 

「お嬢さんは初めて俺と会った時、どうやってここへ来た?」

 

「それは、あの人に連れてこられて……」

 

「そう。坊主に連れてこられてここへ来た」

 

 

 大将の言葉に、ハナコは頷く。確かそうだったはずだ。ハナコはあの時の事を思い出す。シスターフッドの勧誘を言い訳に、カヤツリに絡んだのだったか。その成り行きで、ここへと来たはずだった。

 

 

「それは、今までの坊主ならあり得ない事なんだよ」

 

「それは、私が色々言ったせいで……」

 

「いいや、違う。お嬢さんは、坊主が良いと思ったからここに来れたんだ」

 

 

 鍋を火に掛けながら、ニヤニヤと大将は笑っていた。

 

 

「坊主の対応は極端だ。徹底的に大事にするか、徹底的に排除する。俺や、保護者相手だとそうでもないみたいだがな」

 

 

 それはそうかもしれない。あの元筆頭に対する仕打ちを思い出せば、その通りだ。

 

 

「坊主は、自分からは絶対に声は掛けない。基本的に、他人が嫌なんだ」

 

「でも、アビドスには仲のいい人がいたんでしょう?」

 

「ああ、人嫌いってわけじゃないからな。寧ろ反対かもしれない。坊主は人を傷つけたくはないし、人の行動を操るのも嫌いなんだろう」

 

 

 またぞろ、大将が意味不明の事を言い出した。カヤツリが、人嫌いの反対だとは思えなかった。寧ろ、人嫌いの方がしっくりくる。あの仏頂面しか思い浮かばないし、コソコソ何かをやっている。

 

 

「想像できません」

 

 

 ハナコは心外だと断言するが、大将は疑わしそうにハナコを見る。

 

 

「そうか? お嬢さんなら多分よく分かると思うぜ。多分、似てる」

 

「どこがですか? 私はあんなに陰湿ではありませんよ」

 

「はは、陰湿か。ボコボコに言い負かされただろ?」

 

 

 カラカラと大将は笑って、道具を取るためか屋台の下へとしゃがんだ。

 

 

「人には見えない物が見えるって言っただろう? 坊主の場合、それはどうしようもないものだったんだ。だから、言わないことを選んだ。どうしてか分かるかい?」

 

 

 姿のない大将の質問に、ハナコは憤慨した。そんなのは簡単だったから。

 

 

「言っても無駄だからですよ。どうしようもできないのなら、言わない方がまだマシという物です」

 

「そう、坊主はそうした。きっと、大事だったから。あの嬢ちゃんの全てを肯定してやりたかったんだと思う。それはお嬢さんも同じ選択をしたんじゃないのかい? 坊主が行方不明だと。そう言ったろう。そうでないのなら、最悪の可能性を言っただろうさ」

 

 

 ハナコは上手く言い返せなかった。確かに、ハナコは言葉を選んだから。死んだという言葉を伝えようとはしなかった。

 

 

「……それで、何がありえないんですか」

 

「お嬢さん、その様子じゃ坊主に何かやっただろう? それで何かボロクソにこき下ろされたんじゃないのか?」

 

「……」

 

 

 大将がまるで見て来たかのように言うから、ハナコは黙るしかなかった。湯切りと生麵を取った大将が、優しい顔になる。

 

 

「俺はずっと何が出来たのかを考えていた。それで分かったこともある。坊主は、言葉が刃物だと思っているんだ。銃弾とも思っている。だから、大事な相手程、何も言わないんだろう。自身が言った言葉で傷つけたくないと思っている。自分の言葉で行動を捻じ曲げたくないとも」

 

 

 ハナコは苦い顔になる。その結果をさっき聞いたばかりだからだ。それに、ハナコに対する対応からも、カヤツリの中でのハナコの立ち位置は下から数えた方が早そうに思う。

 

 

「だから、気に入らない相手には銃を向ける代わりに口撃すると。それでも倒れないなら、実力行使するんですね」

 

「そこさ。アビドスではそうだったらしい。でも、ここではどうだったんだ?」

 

 

 麺を茹でる湯気の向こうから、大将の声が響く。ハナコは考えてみて、違和感に気がついた。

 

 

「……私はどうなんでしょうか?」

 

 

 カヤツリにボロクソに言われたが、元筆頭の様にはされていない。大将の言い方だと、そうではないように聞こえたはずなのに。心当たりは一つだけだ。

 

 

「やり返していないから……?」

 

「多分、そうだと思うぜ。坊主は初めてだったんだろうな。言葉のナイフを振るっても、へこたれない人間は。だから、坊主の中で新しい枠が出来たんだろう。言い方は悪いが、雑に扱ってもいい枠が」

 

「雑……」

 

「それは良い事だと思うぜ。人間関係全部が、雑じゃいけないが。そうでなくとも息が詰まるし、いつかは限界が来る。そうすれば、あの嬢ちゃんとも上手くやれるかもな」

 

「む……」

 

 

 それなら、カヤツリがハナコをここへと連れて来た理由も分かる。雑に扱っても傷つかないからだ。変な気遣いをしなくてもいいから、何も考えずにカヤツリの都合でここへと連れて来た。

 

 何とも言えない気持ちになって、ハナコはまた黙り込んだ。何だろう。どうにも妙な気持ちで、反応に困った。

 

 

「ほうら、完成だ」

 

 

 その間に注文の品が完成したようだ。大将が湯気の立ち上る器を持っている。だが、それをハナコに差し出そうとはしなかった。

 

 

「それで、どうする?」

 

「後悔のしない方にしようと思います」

 

「そうか。俺の言葉は必要ないみたいだな」

 

 

 大将はにこりと笑って、器を手渡した。それはとても暖かくて、この間の物よりも美味しそうだった。

 

 一口啜れば、思ったよりも美味しい。カヤツリは、これをハナコへ勧めもしなかったのだ。それは、とても腹が立つ。おかげで、今もハナコの胸中はムカムカしている。

 

 それに、カヤツリが居なくなったせいで。ハナコの環境は滅茶苦茶だ。シスターフッドの勧誘の事と言い、アリウスの事と言い、ハナコをこの妙な騒動へと巻き込んだのだ。一言、いや、何回も文句を言ってやらねば気が済まない。

 

 今思えば、あの性格の悪い男が死ぬとは思えない。それで、モヤモヤするのもカヤツリに負けたようで、とても癪だ。

 

 だったら、探し出して、言ってやるのだ。貴方の所為で、面倒なことになっているんです。どうしてくれるんですかと。今までの環境に戻す義務がある。そのくらいのことを要求する権利は、ハナコにだってある。

 

 

「全く……後でこの労力の責任は取ってもらいますからね」

 

 

 そう呟いて、ハナコはラーメンを啜った。やっぱり、この間の物よりも美味しかった。

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