ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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27話 これからのこと

 ホシノは明け方にアビドス校舎へ戻ってきた。日の出で明るい空とは反対にホシノの心は沈んでいた。夜通し廃墟を掘り返したが何も見つからなかったからだ。

 

 とうとう一人になってしまった。校舎内を歩いていると嫌でもそれを実感した。自分の足音以外何も聞こえないからだ。

 

 つらい。苦しい。寂しい。そんな内心と、夜通しの捜索での肉体的な疲労でホシノは限界に近かった。まだ余裕はあるが、休息のために、カヤツリの空き教室まで進む。

 

 

「……?」

 

 

 扉の前まで来たホシノは不審に思った。誰かの気配がする。扉越しに耳を澄ませば寝息も聞こえる。

 

 ──侵入者だ。いよいよ運にも見放されたらしい。銃を構えて扉を静かに開ける。誰かが机に覆いかぶさるように眠っている。誰か確認するために近づいたホシノは、そのまま動けなくなった。だって、居るはずの無い人間だったからだ。

 

 

「え……カヤツリ?」

 

 

 カヤツリが部屋で寝ていた。目の周りは擦ったのか赤いし、頬には涙の痕があった。まるで泣きつかれて眠っているようだった。

 

 ホシノは安堵で崩れ落ちそうになった。今までどうしていたのかはどうでもよかった。今はただ、カヤツリが生きていてくれたことが嬉しかった。

 

 ホシノの気配を感じたのか、カヤツリの頭上のヘイローが点滅し始めた。カヤツリの目が開いて、ホシノの方を見た。

 

 

「……ホシノ?」

 

「うん……おかえり。カヤツリ」

 

「……ただいま。ホシノ」

 

 

 □

 

 

 埃塗れだったカヤツリの空き教室は、目覚めたカヤツリに多少掃除されて綺麗になっていた。教室の机には、カヤツリが用意した二人分の缶ジュースが汗をかいていた。

 

 掃除が終わって飲み物の準備をするカヤツリから、ホシノは仕事の顛末を聞いた。先輩の事はすでにカヤツリは知っているようだった。

 

 

「仕事で失敗して今まで入院してたの? それで連絡がつかなかったんだ……。大丈夫なの」

 

「もう平気だし、それはいい。大事な話が二つあるんだ」

 

「大事な話……」

 

 

 何だろうか。ホシノには思い当たることがいくつかあったが、カヤツリのそれと合っているかは分からない。正面に座るカヤツリの顔は真剣だった。

 

 

「先輩の事と、これからの事だよ」

 

 

 ホシノにとって、おおむね予想通りの物がきた。ただカヤツリの雰囲気が変だった。何か悲壮感めいたものを感じる。

 

 

「先輩と俺が何かやっているのは知ってたか?」

 

「……っ。砂祭りの事だよね。何で話してくれなかったのさ。そんなに私は……っ。ごめん……」

 

 

 ホシノの気分と機嫌が悪くなった。先輩との喧嘩を思い出したからだ。疲労もあって、カヤツリへの口調がきつくなる。それを聞いたカヤツリの顔が悲しそうに歪んだ。たぶん自分も同じ顔をしているのだろう。ただ今にも消えてしまいそうなカヤツリを見て、ホシノは冷静になれた。先輩の時と同じ様になるところだった。

 

 

「いいんだ。だから、先輩の事は俺のせ──」

 

「でもいいよ。もう話さなくても。もう先輩はいないんだから……」

 

 

 カヤツリの言葉を遮る。ホシノは聞きたくなかった。先輩がいなくなったことはもう変えられないのだ。今更、カヤツリと先輩がやっていたことをこねくり回したところで、先輩は戻ってこない。ただお互い嫌な気分になるだけだ。

 

 ホシノは先輩と喧嘩したことをカヤツリにだけは絶対に言いたくなかった。あんな自分を見せたくなかったし、それが原因で先輩が死んだかもしれないなんて、思いたくなかった。

 

 それに、一人きりで先輩を探した一ヶ月間で、ホシノも色々思ったことがある。どうしてこうなってしまったのか。きっとホシノが甘えていたせいなのだ。自分が先輩を守っているつもりだったけれど、本当は自分は先輩に守られていた。それを自覚しないでいたから、あの奇跡のような日々を失ったのだ。

 

 だから、ホシノは先輩の言葉や守りたかったものを大事にしていきたかった。先輩の代わりに守っていきたかった。これ以上失わないように。それが先輩を死に追いやってしまったかもしれないホシノにできる唯一の事だからだ。

 

 その中には先輩が望んだアビドスもそうだが、自分と先輩やカヤツリとの日常も入っているのだ。だから、これはホシノも悪かったし、カヤツリも悪かった。そういう話で終わらせたかった。

 

 カヤツリは話を続けたそうだったが、有無を言わせないホシノの態度に根負けしたようだった。そしてホシノに押し切られたことに、納得いっていない様子のまま、二つ目の事について話し出した。

 

 

「……じゃあ。次はこれからの事についてだけど……。どうする?」

 

「このまま続けるよ。私はそうしなきゃいけないし、私がやりたいことだから」

 

 

 ホシノの答えを聞いたカヤツリの顔がさらに歪んだ。どうして、そんな悲しそうな顔をするのかホシノには分からなかった。これはホシノがやりたくてやっていることなのに。カヤツリは違うのだろうか。

 

 

「本当に? 自棄になっているわけじゃなくてか?」

 

 

 まるで、そうであってほしいようなカヤツリの問いを否定する。もちろん、話してくれなかったことへの怒りはある。先輩がいない悲しみもある。あんな言葉が最後になってしまった後悔も。だけど、まだ全部終わったわけではない。

 

 まだ残っている。先輩はいなくなってしまったけれど、先輩が残したアビドスが、ホシノの中には先輩の言葉が残っていた。それに──

 

 

「……カヤツリも手伝ってくれるよね? 相棒だもんね」

 

 

 ホシノはカヤツリを手離したくなかった。一人で先輩を探した時間で、それを嫌というほど思い知ったからだ。一人は辛くて、苦しくて、寂しかった。何もかもがうまくいかなかった。カヤツリもそのはずだ。自分がいれば仕事で失敗して入院するなんてなかったはずだ。

 

 先輩に続いてカヤツリを失うのは耐えられない。今度こそ一人ぼっちになるのは。この後悔と痛みは、一人では耐えられない。でも二人なら耐えられる気がした。

 

 ただ、これ以上誰かに甘えるのも、先輩の時と同じ轍を踏みそうで不安だった。

だから、カヤツリに決めてもらうことにした。自分を一人で置いていくような真似をしないとは信じている。カヤツリは優しいから、今の自分と同じ気持ちのはずだから、残ってくれるように少し卑怯な言い方をする。

 

 正面のカヤツリを見て、ホシノは答えを待った。

 

 

 □

 

 

 ──私はそうしなきゃいけない。

 

 これほどカヤツリを追い詰める言葉はなかった。寝ているときも悪夢をみて気分が最悪だったが、そこまでホシノが追い詰められている現状に眩暈を覚える。今のホシノのそれは状況に流されていやしないだろうか。それを言う自分がどんな顔をしているか分かっているのか。どこかで見たような酷い顔をしているのに。

 

 ホシノと先輩の間に何かあったのは察する事ができた。先輩がいなくなって、それが自分のせいなのかもしれないのは分かる。先輩の想いに報いたいのもわかるのだ。カヤツリだってそうだからだ。ただ、ホシノのこれは嫌な感じがする。運び屋に捨てられた直後の自分のような感じがするのだ。

 

 それだけが自分の生きる理由だとでもいう様に、ただそれだけに自分の人生を消費する。機械のようにそれだけしかしない。それは生きているとは言わない。そんな事を続けていれば、いつか肥大化した理想の先輩の虚像に押し潰されるだろう。まるで求めるものが分からないまま砂漠をさまよっていた、先輩に会うまでのカヤツリみたいに。

 

 嫌な汗をかいた手を、履いているズボンで拭く。正面のホシノは、相変わらずのひどい顔をしている。おそらくまともに休んでいない。そんな頭で考えても碌なことにならないのに。だから、最初にこれからの事でなくて、わざわざ、お互いにとって話しにくい先輩の話を振ったのだ。

 

 先輩があんな風になっただろう経緯を言うつもりだった。それからホシノがどうしたいか聞くつもりだったのだ。ホシノの選択如何では、カヤツリは撃たれても構わなかった。一旦強く揺さぶって落ち着かせたかった。まさか、話を遮られるとは思わなかった。よほど言いたくない何かがあるようだった。

 

 きっと、ホシノは先輩がああなったのは自分だけのせいだと思っているのだ。ただその場合カヤツリにはどうしようもなかった。だって先輩の件は誰にもわからないからだ。カヤツリの言おうとしたことだって、結局は予想でしかない。真実は誰にもわからないのだ。

 

 

「本当に? 自棄になっているわけじゃなくてか?」

 

 

 祈るような思いで聞くが帰ってきた答えは否定だった。ホシノは考えを変える気はないらしい。

 

 ──だめだ。今ここでホシノをどうにかすることはできない。やらなきゃいけないという強迫観念で凝り固まっている。自棄になっていないのは本当だろうが、このまま、無理をして燃え尽きるのが目に見える。

 

 どうにかできるとしたら先輩の言葉だけだ。それか、ホシノが自分を許して折り合いをつけるかだ。前者はもういないし、後者は時間が足りなさすぎる。カヤツリですら年単位はかかったのだ。

 

 そんなカヤツリを見て、不安そうな顔でホシノは言った。

 

 

「……カヤツリも手伝ってくれるよね? 相棒だもんね」

 

「……」

 

 

 ホシノの縋るような、祈るような視線を感じる。ここで頷くのは簡単だった。首をただ縦に振るだけでいい。それに状況によっては、ホシノが全くこちらの話を聞かないで、一人で突っ走る可能性もあったのだ。その場合よりよっぽどましだった。

 

 ──でも自分にできるだろうか。また不安がよぎる。ホシノが潰れてしまわないように、カヤツリが調整するのだ。先輩の代わりにそれをする。失敗は許されない。カヤツリもそれなりに自分が先輩の件でダメージが入っているのは自覚している。今、平気を装えているのは二回目で慣れているのと、目の前にホシノがいるからだ。しばらくしたら、取り繕えなくなるだろう。

 

 でも、やらない後悔より、やってする後悔の方がずっと良かった。カヤツリはホシノに居なくなって欲しくないのだ。その気持ちは本物で、手伝いたい気持ちも本物だった。

 

 

「俺が困った時は、ホシノが手伝ってくれよ?」

 

 

 カヤツリの答えに、ホシノは微笑んだ。

 

 

 □

 

 

「まずは、ホシノ」

 

「何? カヤツリ。早く行くよ」

 

「寝ろ」

 

 

 カヤツリの第一声はこれだった。装備を纏めているホシノが不思議そうな顔をする。カヤツリは長い溜息が出た。先が思いやられる。

 

 カヤツリが手伝いを了承してから、ホシノは少し元気を取り戻したようだった。用意した飲み物は、すっかり温くなっていたが、お互い飲み干した後、カヤツリはいったん解散にしようと思ったのだ。二人とも精神・肉体共に疲れているし、一回リフレッシュした方がいい。

 

 ただそのまま、ホシノが装備を纏め始めるのは意味が分からなかった。確かに明け方だが、ホシノは多分寝ていない。目元に深い隈が見える。女子としてどうかと思うし、安全面でも認められない。

 

 

「平気だよ。私の頑丈さは知ってるでしょ」

 

「寝ろ。今は興奮してアドレナリンが出てるだけだ。しばらくしたらガス欠だ。もう一度言うぞ。寝ろ」

 

 

 恐れていた事態がもう起こった。話を聞けばホシノはこのまま、パトロールに行くつもりだという。断じて認めるわけにはいかなかった。

 

 

「でも場所がないよ」

 

「この部屋でいいから寝ろ」

 

 

 言い訳は許さない。壁を一部ぶち抜いて隣の小部屋を改造して作った自室から、マットレス代わりの体育マットを持ってくる。名も知らぬ先輩達の遺産である高級羽毛入り体育マットだ。寝心地はカヤツリのお墨付きだ。

 

 

「寝ろ」

 

「……わかったよ」

 

 

 机をどかしてマットレスを敷く、新しいタオルケットと枕代わりのクッションも持ってくる。そこまでされて諦めたのか、のそのそと即席の布団に入る。するとすぐ寝息が聞こえてきた。ヘイローも確認するが消えている。

 

 

「やっぱり、疲れてるじゃないか」

 

 

 そのままカヤツリも寝ようと自室に引っ込もうとするが、小さく声が聞こえた。その方向へ振り向くとホシノが寝ている方だった。近づくと、ホシノはただただ誰かに謝っていた。きっと先輩にだろう。限界まで疲れて寝てしまえば人は夢を見ないが、そうでないなら夢を見る。確かにホシノの限界はまだ先だったのだろう。だから寝たくなかったのかもしれない。悪夢を見るのがわかっていたから。

 

 

「はぁ、また失敗か……。俺もそうだったじゃないか。学習しないな。本当に」

 

 

 どうしようかなんて考えながら、魘されたホシノが除けたタオルケットを掛け直す。その時にホシノに手首を掴まれた。外そうとするが力が強い。起きているのかとも思ったが、ヘイローの様子からして、それはなさそうだった。

 

 しばらく外そうとしているうちに、ホシノが魘されていないことに気がついた。手を無理やり外せば起きてしまうだろう。

 

 

「……」

 

 

 カヤツリは、自室に戻るのをやめた。座って寝るのは起きた時辛いだろうが、そのくらいは、ホシノの安眠に比べれば些細なことだった。それに、カヤツリも悪夢を見ないで済みそうだった。

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