ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

282 / 335
281話 キヴォトス破壊爆弾(小鳥遊ホシノ)

「おや? 随分と掛かりましたね」

 

「まさか、これでも早い方ですよ」

 

 

 やっとの思いでアビドスにたどり着いたカヤツリがオフィスに入ると、当然とばかりに黒服が待ち構えていた。

 

 カヤツリの分なのか、二人分のカップから白い湯気が立っている。そのうちの一つを啜りながら、黒服は世間話の様な気軽さで口を開いた。

 

 

「アビドス砂漠を縦断して来たのでしょう? 貴方なら昨日の内に着いていた筈ですよ?」

 

「分かっていて聞いているでしょう」

 

「クックック……ええ、少し揶揄っただけです。それは出来無かったということ。つまり、そういう事なのでしょう?」

 

 

 相変わらずの黒服にカヤツリは言葉も無い。多分、全部知っているのだ。意味ありげに、後ろの扉を見ているのがその証拠だ。

 

 

「全く、酷い手を使いますね。アビドス砂漠の縦断など、真っ赤な嘘でしょうに」

 

 

 黒服の言う通り、カヤツリはここまでは遠回りして来た。アビドス砂漠を避けて大回りでやって来た。

 

 それは、足止めの意味が多分に含まれる。トリニティのブラックマーケットでは、砂漠を縦断する装備は絶対に手に入らない。

 

 追いかけて来るだろうアリウスに、そんな事は分からない。情報屋を当たっても、カヤツリがアビドス砂漠を縦断しようとしている事しか分からない。

 

 だって、カヤツリはそういう風に振る舞ったからだ。情報屋へアビドス砂漠の越え方を聞いても、方法は無いと言われるだけだ。実際に方法はない。

 

 情報屋がカヤツリの意図に気がついたとしても、そう聞かれなければ言わない。情報屋にとって、それは商品だから。出し時という奴は見極めるだろう。

 

 よって、アリウスは足止めを食らっている。黒服の言葉はそういう意味だ。

 

 

「アリウススクワッドでしたか。彼女たちは苦労するでしょう。下手を打てば、死の可能性すらある」

 

「ああ、それが名前ですか。後、それ程までに大事なんですね」

 

「クックック……やはり、探っていましたか」

 

 

 カヤツリの目的に、アリウススクワッドは気付かない。ただカヤツリの跡を追うだけなら絶対に。

 

 彼女たちはカヤツリの目的を知らない。目的地が分からない。だから、見失わない様にアビドス砂漠を縦断するしかない。

 

 そこまで行けば普通は、別の方法を考える。目撃情報から行き先を追うなり、捜索範囲を広げたり、それこそカヤツリの行動を予測してみたり。

 

 けれど、アリウススクワッドと、その上であるマダムは諦めなかった。力技でカヤツリを追ってくる。

 

 つまり、マダムはそれ程にあのアツコとかいうのが大事。所謂本気度が分かる。絶対に見失う訳にはいかないという意思を感じる。なら、カヤツリの選択は間違っていなかったのだろう。

 

 

「それで、連れて来たのでしょう? ロイヤルブラッドを」

 

「……ええ、ここには取り引きをしに来ました」

 

 

 黒服の雰囲気が張り詰めた。仕事の時の空気だ。机の上で手を組んで、黒服はカヤツリの言葉を待っている。

 

 

「秤アツコ、そっちで言うロイヤルブラッドでしたか? それを、マダムとやらに返して欲しいんです」

 

「成る程、確かに私経由であれば、彼女は受け取るでしょう。しかし、私への対価はどうしますか?」

 

「これを」

 

 

 カヤツリは、アツコの付けていた仮面を取り出す。それを見た黒服の反応は分かりやすかった。露骨に一瞬、動きが止まったからだ。

 

 

「あの爆弾に対する仮面の実動データ。欲しくないです?」

 

「ええ! 欲しいですね。待っていた甲斐がありました。貴方ならそうしてくると思っていましたよ」

 

 

 黒服からはウキウキとしたものが伝わってくる。早く、解析したくて仕方がないらしい。

 

 だから、カヤツリは少し踏み込む事にした。

 

 

「ただの横流しと、このデータが釣り合っているとは思えないんですが」

 

「ふむ……何か要求があると。良いでしょう。先ずは聞きましょう」

 

 

 カヤツリの思った通りに、黒服は拒否しなかった。黒服も釣り合ってはいないと考えてはいるらしい。言わなかったらそのまま流したに違いないが。

 

 そしてカヤツリは、とりあえずの要求を口に出す。

 

 

「マダムとやらの計画を教えて下さい」

 

「それは出来ません」

 

 

 即答だった。余りにも早すぎて、面食らったくらいだ。だが、それから分かる事もあった。

 

 

「契約ですか?」

 

「いえ、そこまで強くはありません。ただのゲマトリアの決まり事のようなものです。お互いの邪魔をしない。そんな最低限のルールです」

 

「契約ほど重くはない。しかし、約束事のようなもの。だが、ルールはルール。だから、それを大っぴらに破ることは出来ないと?」

 

「その通りです」

 

 

 黒服は大きく頷いた。

 

 

「マダム。彼女はベアトリーチェと言います。彼女の人物像は、ロイヤルブラッドから聞きましたね?」

 

「ええ、その通りだと?」

 

「彼女は、私と貴方の関係を知った上で。自身の計画の障害になると考え、貴方の事を襲撃しました。こうなる可能性を考慮せずね。彼女は些か、自信過剰な所がありますから」

 

 

 そこは我々にない美点でもありますが。そう言いながらも、くつくつと黒服は笑う。

 

 

「私が利益の為に敵対行動をとったと受け取れば、そうですね。腹いせにアビドスに攻撃するくらいはしかねません。どうにでもなりますが、対処は手間がかかります。貴方も本意ではないでしょう?」

 

 

 カヤツリは面倒な事態に叫びだしたくなった。向こうから殴りつけておいて、反撃されれば激怒するらしい。しかも、手段を選ばないときた。

 

 黒服も、世間話にかこつけて、このくらいしか話せないのだろう。となると、引き出せるものは、そう多くない。

 

 

「なら、手出しはしないで下さい。それくらいは出来ますよね」

 

「クックック……本気ですか? 彼女と事を構えると?」

 

「降り掛かる火の粉は払う。当然だと思いませんか? 自分の家が燃えるのを黙って見ている趣味はないんです」

 

 

 人の家に付け火した犯人を取っ捕まえても、何も知らない。主犯に文句を言おうにも、そいつは身内でも手が付けられない。

 

 隣人としては最悪の部類だろう。黒服の言い方からして、人の話も聞かないらしい。なら、カヤツリで対処するしかない。

 

 

「参考までに、どうするのか聞いても?」

 

「……ベアトリーチェでしたか? そいつは、手札が多くはない。それか、それなりの代償が伴う。だから、アリウスを支配した。取り敢えずの手札として」

 

 

 黒服は答えない。興味深そうに耳を傾けている。

 

 

「きっと何かの力が欲しいんでしょう。アリウスにそれがあるのか、その為にアリウスが必要なのかは分かりません。でも、関わっている物は分かりますよ」

 

「それは?」

 

「エデン条約。ティーパーティーのホストを狙った事。ゲヘナに何かしたらしい事からも臭います。だから、この後調べに行くんです。どうするかはそれから決めます」

 

「伝手は……ありましたね。成る程……まぁ、良いでしょう」

 

 

 黒服は頷いて、紙を机から取り出した。OKという事だろう。あれは契約書だ。

 

 

「それと、ロイヤルブラッドですが。私に預けて構わないのですか?」

 

「ゲヘナに連れて歩けと言うんですか?」

 

「ええ。その方がいいと思います。余計なリスクは避けた方がいい」

 

 

 アツコを連れて歩く方がリスクだ。そんなカヤツリの考えを見透かしたように、黒服は契約書を差し出す。

 

 

「ここ数日の間、雲隠れしていた貴方は知らないでしょうが。キヴォトスに先生、そう呼ばれる大人がやって来ました。失踪した連邦生徒会長の手引きですから、彼女の代わりでしょう」

 

「それがどうしたんですか。連邦生徒会がガタガタだということしか分かりませんよ」

 

 

 道理で、連邦生徒会長と会えない訳だ。居ない人間に会えるはずもない。どうやら、連邦生徒会は生徒会長の失踪を必死に隠蔽していたらしい。ここまでの道のりで、何回もカツアゲされたのも納得がいく。あの超人が居ないとなれば、治安は奈落へと真っ逆さまだ。

 

 

「キヴォトスは大混乱でしょう?」

 

「ええ。この間まで、サンクトゥムタワーが不具合を起こしていましたしね」

 

「あれの管理は向こうの仕事でしょう。連邦生徒会の存在意義の危機じゃないですか」

 

 

 受け取った契約書を確認しつつ、カヤツリは軽口を叩く。それはマズイどころの話ではない。キヴォトス中の学園が大混乱だろう。

 

 

「まで、ですか。その先生とやらが修理したんですか?」

 

 

 黒服は頷いて、面白そうに言うのだ。

 

 

「その通りです。非常に興味深い」

 

「珍しいですね」

 

 

 黒服が他人に興味を示すのは珍しい。カヤツリは数えるほどしか見たことがない。

 

 

「あのサンクトゥムタワーの権限を手放すなど……信じられません」

 

「そうですか」

 

「ええ、信じられない事です。あれは文字通りの世界の中心です。それこそ、マダムなら手放さないでしょう」

 

 

 またぞろ、黒服の専門分野の話だろう。そう興味を失ったカヤツリへ黒服は信じられない事を言うので、カヤツリは勢いよく顔を上げた。

 

 

「冗談です。あくまでも例えですよ。マダムなら欲しがるだろうなというね。彼女はサンクトゥムタワーにも、キヴォトスにも興味はありませんよ。彼女の興味は自分だけです」

 

 

 それは、サンクトゥムタワーに興味がないだけで。似たようなモノに興味があると言っているのと同じだ。

 

 そして、そのモノをカヤツリは知っている。何せ、ここまで連れて来た。きっとアツコの事だ。でも、黒服はベアトリーチェの興味は自分だけと言う。

 

 多分、黒服は嘘は吐いていない。なら、その通りなのだ。

 

 ベアトリーチェは自分にしか興味はないが、アツコは大事。それこそ、アビドス砂漠を越えてまで追いかけようとするように。

 

 きっと、アツコは大事だが、それは自分の為なのだ。黒服とカヤツリの様な関係ではなく、もっとどうしようもない物のような雰囲気がする。

 

 けれど、問い詰めるカヤツリの視線に、黒服は答えない。それどころか別の話を始める。

 

 

「それだけではありません。かの先生は、その場の生徒を指揮したそうです。それで外敵を撃退したと」

 

「はぁ、中々やりますね」

 

 

 全く関係ない話に切り替えた黒服は、不満そうなカヤツリを揶揄う目で見ている。

 

 

「その場の生徒が、ゲヘナの風紀委員会の幹部と、トリニティの正義実現委員会の幹部だとしてもですか?」

 

「へぇ……」

 

 

 それは、凄い。

 

 犬猿の仲の二人を連携させたという事だ。カヤツリには、その場で、初対面の人間にそうは出来ない。

 

 

「それで、ロイヤルブラッドを連れ歩けというのに、何の関係があるんですか?」

 

 

 少しイライラしたカヤツリは、話をもとに戻そうとする。でも、後から思えば、それは間違いだった。

 

 

「先生は超法的機関シャーレの先生として活動するようです。その記念すべき初仕事。それはここ、アビドス自治区の為に奮闘しているアビドス廃校対策委員会の救援だそうですよ」

 

「そうですか」

 

 

 思ったよりも冷たい声が出て、カヤツリは嫌な気分になる。まあ、外から来たというのだから、手を出せそうなところから出すと言ったところだろう。でも、黒服の言葉は止まらなかった。

 

 

「アビドスからの要請だそうです。良かったですね。待ちに待った連邦生徒会からの救援とは。ですが、アビドスは荒れるでしょう。ここも被害を受けるかもしれません」

 

「……だから、調査がてらに、ゲヘナへ退避しろと。分かりました」

 

 

 ムカつきが腹の底から立ち上って来る。内容を確認して、サインをした契約書を黒服へと突き返した。

 

 

「確かに。なら、ロイヤルブラッドにも話があります。扉の外に居るのでしょう?」

 

「検査ですか。なら先に出てます。終わったら呼んで下さい」

 

 

 満足そうに契約書を眺める黒服の前から、カップを引っ掴んで足早に部屋を出て行く。手元のカップからはいい匂いがしていたが、決してそれはカヤツリを慰めてはくれないのは分かり切っていた。

 

 

 □

 

 

「クックック……怒らせてしまいましたか」

 

 

 黒服は、契約書を確認しながら独り言ちる。カヤツリは完全に不機嫌だった。それでも、お互いの望み通りになっている契約書の完璧な出来に黒服は満足する。鈍っていないようで何よりだ。

 

 

「しかし……まだ振り切れないようですね」

 

「何が?」

 

 

 急な声に、契約書から黒服が顔を上げると、ロイヤルブラッドが立っていた。怪我らしい怪我もなく、目立たない服に着替えさせられた姿でだ。随分とカヤツリの仕事は早かったようだ。

 

 

「ああ、彼の話ですよ。ロイヤルブラッド。いえ、秤アツコさん」

 

「……私に何の用なの? マダムの所へ送り返すんでしょう?」

 

 

 随分と怯えている様子だ。以前の、仮面の受け渡しの時の空虚な態度とは違う。

 

 

「なに、貴女の願いも聞こうと思いましてね」

 

「……私の?」

 

「ええ、仮面の稼働データは、貴女の協力もあっての事です。ならば、多少の礼はしなくては」

 

 

 即席の理由に、アツコは納得したようだった。すぐさま願いが飛び出す。

 

 

「どうして、あの人は怒っていたの?」

 

「ほう? それだけでいいのですか? もっと有意義なものがあるかと思いますが」

 

「だって、それは、あなたは叶えられないんでしょう?」

 

「クックック……なるほど。ルールの話は聞いていた様子ですね。話を盗み聞きとは……いけない子供です」

 

 

 少し、黒服は驚いた。やって来た時間からして、外で話が聞こえる距離に居たのは間違いないだろう。でも、この質問は少々予想外だった。それに、答える速さも。

 

 そして、アツコの様子と雰囲気は見た覚えがある。奇しくも、昔に見た覚えがある。

 

 大体の事情を察した黒服は、とりあえずアツコの質問に答える事にした。

 

 

「彼の怒っていた理由ですか。つまらない理由ですよ。単なる嫉妬です」

 

「嫉妬……? だって、あんなに……」

 

「自分とは違って、何でも出来るのに?」

 

 

 黒服が答えを先回りすると、アツコは黙ってしまう。つまりは正解なのだ。何となく、ここまでの道程でカヤツリがアツコへ何をしたのかが見えてくる。

 

 恐らくは、アツコがカヤツリの地雷を踏んだに違いない。そうでなくとも、カヤツリはアツコの事が嫌いだろうに。誰だって、自分の持っていない、かつて持って、もう手に入らないモノを持っていて、それを当人が粗末に扱っているのを見れば腹が立つだろう。

 

 きっと、懇切丁寧にこれから先に待つ未来を教えたのだろう。情報収集込みだけでなく、嫌がらせ。それと、自身ですら気づいていない衝動で。

 

 

「想像してみてください。アツコさん。貴女に頼った方が絶対に正しい状況で。それでもアリウススクワッドの彼女たちが、貴女以外を頼る状況を」

 

「それは……」

 

「そうです。腹が立つでしょう? そうまでする理由があると勘繰り、そこまでして頼りたくないのかと失望する。それが、彼が怒っていた理由ですよ。早い話、自分が頼られなかったことに怒っているのです」

 

 

 カヤツリには小鳥遊ホシノが意地を張って、先生を頼ったように見えるだろう。そんなことは絶対にありえないが。あんなに拗らせている小鳥遊ホシノが、そんな誤解を生むような事をするはずもない。カヤツリの支援を知らない新入生の誰かが独断でやったのだろう。

 

 また、面倒なことをしてくれたものだと思う。これが、カヤツリをロイヤルブラッドを連れていけと言った理由だ。今の状態の小鳥遊ホシノと鉢合わせるのは、非常に危険だ。最悪世界が滅びかねない。

 

 最初の内、黒服はそれでもいいと思っていた。小鳥遊ホシノが不安定であればあるほど、契約に持ち込みやすくなる。寧ろ、最初は煽ってすらいた。しかし、それはとんでもない間違いだったのだ。

 

 ある日黒服は、ヘルメット団の戦闘跡から、運よく小鳥遊ホシノの神秘の残滓を複製することに成功した。

 

 その日の黒服は小躍りする程だった。様々な実験ができ、とても有意義だった。余りに気分が良くて、二つの神秘の混合実験などをやってしまうくらいには。

 

 その実験の成果は兎も角として、大元の計画のために、黒服は複製した神秘の耐久実験を開始した。神秘に恐怖を加える実験の前段階。加減を知るためにも、これは外せない実験だった。

 

 もう、他の神秘で何度もやっている実験だ。しかし、結果として黒服の実験室が一つ丸ごと焼失した。

 

 余りにも濃度が高く、圧縮され過ぎていた。少しのストレスで爆発し、爪楊枝の先一つに満たない量が、大型の実験室を跡形もなく消し飛ばした。念のためと遠隔での実験でなければ巻き込まれていたに違いなかった。

 

 余りにも予想外の事態に、黒服は好奇心が止まらなかったが、喜べたのはここまでだった。導き出された仮説が、あまりにもどうしようもなかったからだ。

 

 

 ──今の小鳥遊ホシノは爆弾である。

 

 

 これが、黒服の出した結論だった。どうにも絶望などの、そういった負の感情。それも純度が高く深いものを当てると反転するのは分かっていた。しかし、それは条件が揃って初めてできるものだった。それも、実験室でないと揃わないような条件だ。余りに現実的ではない。

 

 だが、流石キヴォトス最高の神秘というべきか。最高質の神秘がストレスに晒され続けた今の小鳥遊ホシノは非常に反転しやすいようだ。特に、過去のあの事件。梔子ユメとカヤツリの事件に関するトラウマか。それか、ホルスとセト故なのか。その類の記憶が刺激されると良くない事が判明した。

 

 とんでもない事である。恋する乙女は爆弾に例えられるのは知っているが、本当にキヴォトスごと爆発するとは聞いていない。今まで爆発しなかったのが不思議なくらいで、黒服は自らの行いに恐怖していた。しかし、そればかりしてもいられない。

 

 原因はハッキリしている。色恋沙汰だ。不完全燃焼で終わってしまい、梔子ユメの死によって、解けなくなってしまったモノ。今もこんがらがって、日々悪化している。

 

 黒服は困り果てた。どう手を出していいか分からない。完全に黒服の専門外だった。余りにも煮詰まり過ぎて、一時期本気でマダムに相談しようかと思ったほどだ。幸いにも、そうはならなかったが。

 

 

 ──ロミオとジュリエットにもあるでしょう。新しい恋が、失恋を忘れさせると。

 

 ──ふむ、新しい刺激という訳か。スランプからの脱却にも通じるところだ。

 

 ──そういうこった!!

 

 

 ゴルゴンダとマエストロ、デカルコマニーのアドバイスである。それは、正に天啓だった。小鳥遊ホシノはどうしようもできない。なら、カヤツリをどうにかすればいい。カヤツリが、過去のそれを振り切ってしまえばいい。全ては関係性の狭さが原因である。

 

 小鳥遊ホシノもカヤツリの言う事なら、落ち着いて聞くだろう。その後は健全な痴話喧嘩か、血みどろの取り合いでも好きにすればいい。少なくとも、世界の為には今の冷戦状態を解除しなければ話にならない。だからこそ、カヤツリに女性慣れさせる。経験値を積ませる意味では、予言の大天使、百合園セイアの勧誘は好都合だったのだ。あの時の判断を後になって黒服は感謝した。

 

 が、黒服たちの想像とは違って、なかなか上手くは進まなかった。

 

 

 ──いけません。彼に頼りきってしまっている。これでは、何も変わりません。

 

 

 ゴルゴンダ曰く、あまりにも一方的な関係ではいけないという。契約にも通じるところで、黒服は納得しかなかった。

 

 

 ──トリニティでは駄目かもしれません。我々で探しましょう。容姿は二の次です。大事なのは心意気。諦めないで自立するという心持ちです。

 

 

 ゴルゴンダの的確な分析が光っていた。流石テクストの使い手だと拍手を送りたい。しかし、黒服たちがそう言う人間を探して送り込む機会はなかった。小鳥遊ホシノが爆発しないようにするので精一杯なのが現状ではあった。

 

 しかし、今は違う。

 

 候補は目の前にいる。境遇が似ていて、頼ろうとしているが、自立する意思も感じ取れる。それに重さも太陽(小鳥遊ホシノ)のような恒星級という訳でもないだろう。

 

 

 ──好意の反対は無関心。嫌悪と好意は意思の方向性が違うだけなのです。

 

 

 以前にゴルゴンダの言う通り、カヤツリへの掴みも悪くはない。ああも嫌うというのは興味があるという事だ。

 

 だったら、黒服たちは機会を作るだけでいい。トリニティでの様子からして、上手くやるだろう。

 

 マダムの計画に影響はあるだろうが、それは脇に置いておく。なにせ、爆弾(小鳥遊ホシノ)が爆発すれば計画どころではない。そもそも、無計画同然でカヤツリへと手を出したのが悪いのだから。そんな事を知ったら、即座に爆弾が爆発する。カヤツリが療養中という情報を隠すのにどれだけの苦労をしたのか分かっていないのだ。

 

 だから、これくらいは許容範囲内だと黒服は判断する。

 

 概ねの計画も用意してある。ゴルゴンダとデカルコマニー、マエストロと黒服で作ったものだ。

 

 

 ──タイトルをつけるなら、そうだな。ゲヘナの休日(Gehenna Holiday)といったところか。

 

 

 マエストロが会心の笑みで言い、ゴルゴンダとデカルコマニーも賛同した題名が、黒服の中に響く。

 

 秤アツコがアン王女の様に物わかりが良いのかは、まだ誰にも分からなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。