ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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282話 橋渡し

 アツコは目の前で考え込む大人を見て困惑していた。

 

 黒服と呼ばれる大人だ。やはり、アツコの想像通りに以前に見たことがある人物だった。

 

 しかし、どうにも様子がおかしい。マダムと話していた時とは違う人間に見えた。

 

 

「ああ、すいません。お待たせしてしまったようですね。まだ上限には達していません。流石にこれをカウントするのはせせこましい」

 

 

 他にはと、黒服はアツコへ先を促してくる。アツコの困惑が更に増した。

 

 

「どうして、そこまでするの?」

 

「貴女が聞きたいであろう事が分かっているからです」

 

「なら、それを答えれば良いと思う」

 

 

 アツコの答えに、黒服は笑っていた。それはカヤツリと話していた時の笑いとはまた違った様に思えた。

 

 

「それでは意味がありません。だから、貴女は彼に嫌われているのですよ」

 

「それは、私が諦めて何もしなかったから……」

 

「違います。埒があかないので言いますが、その諦め癖です。マダムの影響が多分にある事は否定しませんがね」

 

 

 また言われた言葉に、アツコは嫌な顔になる。二人は諦めやすいと言うが、アツコとてしたくてしている訳ではない。

 

 単純に、やり方がわからない。行動しようにもどうすればいいか分からない。ここに来るまでの数日間考え続けてもだ。

 

 今までしようともしなかった事が、高々数日頑張った程度でどうにもなる事はない。そんな現実をアツコは叩きつけられていた。

 

 

「でも、私には分からない。どうすればいいかが、分からないの」

 

「なら、分かればやるのですね?」

 

 

 アツコは失言をしたのだろうか。まるでそんな反応の黒服に不気味なものを感じて、アツコは身構える。

 

 黒服はそんなアツコを気にもしない。

 

 

「話を戻しますが、貴女には目的がないのですよ」

 

 

 どきりとした。数日前のカヤツリの言葉が、再びアツコを襲った。そして、あの時と同じ様に、アツコは言い返す。

 

 

「そんな事ない。私だって考えた」

 

「そして、何も思い浮かばなかった。恐らくは、目の前の問題。ここからどうするのか。それから一歩も進めなかったと思いますが……違いますか?」

 

 

 その通りの事を言い返されて、アツコは言葉に詰まった。ここに来るまでの事をまるで見て来たかの様に言う黒服が不気味でしかない。

 

 

「私が言う目的とは、将来的にどうしたいのかです。長期目標と言ってもいいかもしれません。貴女が上手くいかないのは、短期目標しか建てられないから。そして、その短期目標もその場しのぎのものでしかない。そんな状況に陥っている時点で手遅れなのですから、考えるだけ無駄というものです」

 

 

 そうかもしれない。アツコが考えていたのは、この場をどうするかだった。それはアツコにはどうしようもなくて、直ぐに無理だという結論に達してしまう。

 

 

「だから、方法が思い浮かばない。その場しのぎの短期目標に囚われて、目指すべき長期目標がない。目的地が分からないのに、ランドマークは愚か、道が分かるはずもありません」

 

 

 黒服の言葉は丁寧ではあった。しかし、内容は厳しかった。お前は間違っていると丁寧に説明されるのが、ここまで辛いとは知らなくて。アツコは頭がクラクラした。

 

 

 ──お前は空っぽなんだよ。

 

 

 それは、そういう事だったのだろうか? どうして分かったのだろうか? 目の前の大人は、アツコを知っている。でもカヤツリは知らなかった筈だ。何で、あんな短期間で……

 

 そんな疑問がアツコの中でグルグル回る。

 

 

「あの人は何で分かったの……?」

 

「クックック……気になりますか?」

 

 

 黒服が不気味な笑い声と共に、アツコを見ている。

 

 

「同じだからです。貴女が彼を同じだと思った様に、彼も貴女を同じだと認識した。故に、貴女を見て嫌った。それが理由ですが、その前に貴女は決める事がある筈です」

 

「目標……?」

 

「ええ、その通りです。それこそが、貴女の求めるものですよ」

 

「え……?」

 

 

 アツコは、目を瞬かせる。そんな事でいいのだろうか?

 

 

「何でもいいってこと……?」

 

「目標とはそういうものです。自らの実現したいもの。そのままでは難しいそれを明確にする行為。簡単に出来る事などに、そうする必要はありません。健常人が、普通に生活する事を目標にはしないでしょう?」

 

「でも、いいの? 失敗するかもしれないのに……」

 

「その為の目標です。そこに至るまでの問題点を可視化する。それが短期目標なのです。つまり順序が全くの逆、短期目標を積み上げて長期目標にするのではなく、長期目標ありきなのです。そもそも、失敗を恐れないのもいけませんが、恐れすぎるのも考えものですよ」

 

 

 なら、ある。

 

 この数日間、何度も頭に過って、すぐに思い直したものが。

 

 いいのだろうか。それを言ってもいいのだろうか。

 

 

「私は……」

 

「それは、彼に取っておくといいでしょう。何せ、私は手出しができませんから」

 

 

 勇気を出して絞り出そうとしたアツコの言葉は、黒服によって遮られてしまう。その事実に、アツコの声が鋭くなる。

 

 

「聞いてくれるって……!」

 

「いいえ。私は決めろと言いました。それに、彼との会話を聞いていたなら分かるはずです」

 

 

 大っぴらには手を出せない。盗み聞きしたそれを思い出したアツコはそれでも言い返した。

 

 

「でも、願いを聞いてくれるって……!」

 

「ええ、聞いてここまで導いた。充分でしょう。貴女の足りないものはしっかりと自覚できたはず。私が教えても意味のないことは理解できると思いますが?」

 

 

 アツコは唇を噛んだ。黒服の言うことは正しい。冷たい程に正しい。カヤツリそっくりの物言いで、全く反論を許さない。

 

 分かる。黒服が手を出さない理由も、答えを直接言わない理由も。でも、それだけだ。アツコが求めたのは、どうすればいいのかだ。

 

 確かに、やりたい事は見つかった。逆算して必要な事が分かった。でも、それより先には進めない。

 

 それより先は、考え方の問題ではなく、アツコ自身の力量の話だからだ。問題解決の為に、一億円が必要だと分かっても、それを手に入れられなければなんの意味もない。アツコが欲しいのは、その方法だった。確かに、方法だけをアツコへ伝えても意味はないだろうが、余りにも理不尽だ。

 

 

「別に、一人で対処する必要はありません。私以外にも貴女には頼れる人間がいます。そして、力もね」

 

「サッちゃんには頼れない……ミサキやヒヨリにも……」

 

 

 あの三人は、戦闘能力は兎も角として、アツコと考え方はそう変わらない。そもそも、出来るならとうにやっているのだ。

 

 

「……まだ居るでしょう。貴女の知り合いで、貴女の望みに対処できる人間が。貴女はそうやってここまでやって来たのでしょう?」

 

「ありえないよ……」

 

 

 思わず、アツコの口から言葉が飛び出る。ありえない。該当する人間は分かる。アツコをここへと連れてきた人間は一人しかいない。そして、それが出来るのなら、マダムを翻弄することが出来たのなら、アツコの願いだってどうにかしてしまうかもしれない。

 

 

「何が、ありえないのですか? ありえない事を証明するのはとても難しいのですよ」

 

「だって、私は殺そうとした」

 

「そのことについては、彼は気にしていませんよ。詰られた筈です。道具に怒る趣味はないとね」

 

 

 そうだ。そうだが、アツコには信じられない。普通、ありえない。たとえ、そうだったとしても、そうする必要がない。

 

 

「でも、理由が無い」

 

「ありますよ? 同じだと、そう言ったでしょう? そもそも、何故彼は、貴女に嫌味を言ったと思いますか?」

 

 

 アツコの頭が回転する。でも、分からない。怒っていないのに、嫌味を言うなんて。アツコの人生経験では答えは導き出せなかった。

 

 

「先ほど、彼は怒っていました。アレの理由は覚えていますか?」

 

「嫉妬だって……」

 

「そう、嫉妬です。原因は別として、彼は貴女に嫉妬したのです。そう感じた事すら嫌だったのでしょう。ですから、しなくてもいい説明をして、貴女を詰った」

 

「何で……? 私は何もないのに……」

 

 

 未だに回転するアツコの頭は、またまた答えを出してはくれない。嫉妬というものは、羨む行為だ。アツコはそんなものは持っていない。

 

 

「彼女たち、アリウススクワッドが居るでしょう。マダムの命令とはいえ、貴女を案じ、必死で追いかけている。ロイヤルブラッドであることは関係なく、貴女が秤アツコである。それだけの理由で」

 

「そうだけど、あの人だって居るでしょ? あんなに何でもできるんだから」

 

「……ええ、居ましたね。能力を抜きに、彼の存在を肯定した人間が」

 

「居た……?」

 

 

 それは、過去形だった。その意味をアツコが考える間もなく、黒服は告げる。

 

 

「確かに、貴女は持っているとはいえません。経験も知識も環境もありません。でも、それは取り返せるものです。時間と手間を掛ければ幾らでも。そして、貴女にとって当然のように傍にある物は、彼にとっては代えがたいものだった。貴女にとっては取るに足りないモノでも、彼にとってはそうなのです。だからこそ、貴女が許せなかった」

 

 

 アツコの中に、嫌な予感が広がっていく。もしかして、アツコはとんでもないことを言い放ったのではないのか?

 

 

「貴女は彼にとって、努力しなかった彼なのです。ただ流されるままに生きている弱い存在。そうならないために彼は努力した。そして、何かを失い何かを手に入れてきました」

 

 

 黒服の淡々とした言葉が、アツコの頭を揺らす。ここまでくれば、その先は何となく分かる。

 

 

「私が持っているから?」

 

「そうです。彼が取りこぼしてしまったモノを。もう取り返せないモノを。貴女は持っている。そうはならないと決めたはずの弱い存在が、それを持っているのです。強いなどと言われれば、八つ当たりもしたくなるでしょう」

 

「だから、強いって言った時に……」

 

「ええ、怒ったのでしょう」

 

 

 何て悪い冗談だろう。見下して、そうはならないと決めたはずの存在が。自分が求める物を持っている。なおかつ、強いんだねと言われる。

 

 完全に煽りだ。殴られなかったのが不思議なくらいだった。

 

 

「しかし、だからこそ。彼は貴女に力を貸す可能性があります」

 

「だから、ありえないよ」

 

 

 先ほどよりも強く、アツコは否定した。完全にいけない事を言った人間に協力するなんて、あり得ない。

 

 

「そうでしょうか? なら何故、彼は貴女にこれから起こる事。マダムに使い捨てにされるだろう未来を話したのですか?」

 

「だから、嫌がらせ……」

 

「違いますね」

 

 

 黒服は大きく首を横に振った。

 

 

「それならば言う必要はありません。結果は変わりませんからね。言うべき理由は唯一つ。もう見たくないからですよ」

 

「見たくない……? だって、おかしい」

 

 

 気にくわない人間が破滅する場面を見たくない人間がいるというのは想像ができない。さっきから、アツコの常識が軋みを上げて崩れ始めている。

 

 

「おかしくはありません。彼は貴女へは怒っていません。ただ、貴女の態度に怒っているだけです。彼は何もしなかった事に怒ったのではなく、しようとしない事に怒っている。貴女の人柄や発言などどうでもいいのです」

 

 

 ふぅと黒服はため息をつく。

 

 

「自分と似たような境遇の人間が、過去自分が経験したことを経験してほしくないのですよ。彼は、それが耐えられない程に嫌なのです。貴女は彼にとって、失わなかった彼なのです。だから、貴女に嫌味を混ぜて助言した。気にくわなくとも、貴女の破滅を見て見ぬふりは出来なかった」

 

 

 ようやく、アツコの頭の回転が止まった。それでも、信じられはしなかったが。

 

 アツコは他人だ。幾ら境遇が似ていると言っても、他人なのだ。それも、殺そうとした他人だ。それでも、助けるというのだ。

 

 自分の許せる範疇で、アツコに出来ることをした。諦めるばかりだったアツコへ、諦めなくてもいい切っ掛けをくれた。理由は自分勝手かもしれないが、結果と行動が全てだった。

 

 

「答えが得られたようで何よりです」

 

 

 ニヤニヤと、意地の悪そうな雰囲気の黒服がアツコを見ていた。何だか恥ずかしくて、アツコは目を逸らした。

 

 

「貴女が、ようやくやる気になったところで、最初に戻る訳です。彼に助けを求めても、きっと動きません。表向きの理由が無いからです。なら、貴女が作ればいい」

 

「出来るかな……?」

 

「出来ますとも。貴女は案外多くのモノを持っていますよ。マダムさえ欲しがるモノを。ロイヤルブラッドの名のとおりね」

 

「分かった。考えてみる」

 

 

 アツコは呟く。不安は付き纏う。しかしもう諦めはない。その理由はなくなった。

 

 だったら、少しだけ頑張ってみようと思うのだ。なにせ、何もしなくても終わるのだ。やれるだけやってみるのもいいかもしれない。

 

 それに、あの不器用な人のことを知りたくなった。今言った事は、あくまで黒服の推測だ。一体、どんな気持ちでアツコにああ言ったのか。どうしても気になり始めたから。

 

 それを知ってどうするのか、どうしてそれを知りたいのかは、まだよく分からなかった。

 

 

 □

 

 

 ──上手くいきましたか。

 

 

 名案を思い付いたのか、足早に居なくなるアツコを見送って。黒服は一息ついた。

 

 流石マダムの教育というべきか、アツコの諦め癖は尋常なモノでは無かった。何度、あり得ないとか、無理とか、途中から数えるのを止めてしまったくらいだ。

 

 

「本当に手間を掛けさせてくれるものです。彼女たちも、貴方も」

 

 

 そんな言葉も漏らしたくなるという物だ。結局、黒服がやっていることはカヤツリ次第なのだから。

 

 アツコをカヤツリへと嗾けた理由は嘘ではない。確かに、アツコと過去の自分の境遇を重ねて見たのはそうだろう。しかし、それだけでもない。

 

 きっと、証明したいのだ。カヤツリが間違っていたのか、そうでは無かったのか。きっと、唯々、言って欲しいのだろう。

 

 

「言って欲しいのでしょう? 君は悪くないとね」

 

 

 誰に? とは決まっている。梔子ユメと小鳥遊ホシノだ。

 

 カヤツリは、あの過去の選択を後悔している。その結果失ったものを今でも想っている。だから、アツコを見捨てられなかった。

 

 過去の自分と重ね合わせたアツコが助かるのなら。それも、カヤツリの努力で助かるのなら。それは、カヤツリが過去の自分を今の努力で救った事になる。何とも遠回りで哀れな代償行為。

 

 カヤツリは信じていたいのだ。努力が報われて、諦めないことが無駄ではないと。かつて、梔子ユメが信じ、小鳥遊ホシノが疑いながらも信じているそれを。世界はそれほど優しくないと知っていても。

 

 だから、世話を焼くのだ。せめて、自分の周りはそうであってほしいと願っている。

 

 それが健全でないことくらい、カヤツリだって分かっているだろうが、どうしようもない。

 

 

「本当に、やってくれたものですよ……」

 

 

 苛立ちとも諦めともつかない呟きが、黒服の口から漏れる。本当なら、こうはならなかったからだ。

 

 カヤツリは迷っていた。小鳥遊ホシノに対してどうするかを。梔子ユメの償いとして関わるのか。それとも、自分がそうしたいから関わるのか。そのどちらかを。

 

 あの様子であれば上手くいけば、小鳥遊ホシノを選んだだろう。梔子ユメに対する想いにある程度の結論を出して、小鳥遊ホシノを選んだ。

 

 しかし、小鳥遊ホシノは待てなかった。小鳥遊ホシノもカヤツリと同じように過去の後悔に喘いでいる。カヤツリと同じように自分のせいではないと思いたかったに違いない。彼女ももう限界だった。

 

 だから、カヤツリを詰った。そうではないと知っていても、もう耐えられなくて。自分の後悔をカヤツリへと放り投げた。カヤツリの所為だと、そう言い放って。

 

 そして、カヤツリはどうしようもなくなった。誰にも、自分は悪くないと言えない。小鳥遊ホシノに拒絶されたせいで、梔子ユメの為の償いもできない。梔子ユメも死人である以上はどうしようもない。

 

 だから、こんな哀れで回りくどい事をしている。我慢できなかった小鳥遊ホシノも哀れだ。自分で自分の命綱を切断してしまった。このまま、限界を迎えて爆発するはずだった。

 

 けれど、百合園セイアが、カヤツリに君は悪くないと言った時。トリニティでの生活を見て、もしやと思ったのだ。少しだけ、カヤツリに変化が現れたからだ。だから、黒服たちは計画を立てた。

 

 

 ──まず私たちは、ロレンス修道士になりましょう。

 

 

 ゴルゴンダはそう言った。カヤツリ(ロミオ)小鳥遊ホシノ(ジュリエット)の橋渡しをしようと。

 

 今の冷戦状態での遭遇は絶対に避けねばならない。カヤツリが離れていくことを確信した小鳥遊ホシノは耐えきれないから。それが誤解だとしても、誤解の末に服毒自殺したジュリエットの様に。

 

 小鳥遊ホシノを何とか出来るのはカヤツリだけだ。黒服たちは心象が最悪で、他の人間は資格がない。しかし、今のカヤツリでは上手くいかない。余裕がない今のカヤツリでは、あの夜が再現されるだけだ。

 

 だから、まだ理性的なカヤツリを女慣れ。つまりは回復させる。幾ら、小鳥遊ホシノが荒ぶろうと、どうにかできるように。

 

 数多の生徒と交流することで、カヤツリは過去の後悔を乗り越えられるかもしれない。第三者の意見から、冷静に自分を評価できるようになるかもしれない。

 

 その点で、秤アツコは好都合だった。かつてのカヤツリと同じ境遇である彼女を救えれば、カヤツリはアツコを通して自分を許せるかもしれない。

 

 恋仲にならないか。そんな事はどうでもいい。何故なら、そうなるとしても、カヤツリは絶対にそうなる前に、揺らぎ始めた段階で小鳥遊ホシノと話す。過去の事を清算するために。

 

 小鳥遊ホシノが耐えきれないのは、自分の一時の感情で、自分がどうしようもできない場所へカヤツリが行ってしまったから。でも、カヤツリが事前に清算しに来るなら、話は変わる。

 

 そうなれば、これは尋常なる恋の戦争だから。もう試合終了したあとの勝利宣言ではなく、宣戦布告から始められる。そうであるならば、爆発はしないはずだった。そしてそれは、今の所上手くいっている。

 

 

「幸福である時に約束をしてはならず、怒りの最中である時に返答をしてはならず、悲しみの中に居る時に決断してはいけない。決断まで行かなかったのが、不幸中の幸いでしたね……おや?」

 

 

 まだカヤツリは二番まで。それを再確認した黒服は、扉の外からの大声に意識を飛ばした。

 

 

 ──私の身体を触ったくせに……心配してくれたんじゃないなら、そういう意味だったってコト?

 

 ──己惚れるのも大概にしろよ。欠食児童。

 

 ──へぇ……やっぱり、心配してくれたんだ?

 

 ──コイツ…………!!

 

 

「…………上手くやれているようです。攻略法など、言わなくても良かったかもしれませんね」

 

 

 梔子ユメの時と変わらず、押しに弱いカヤツリに呆れながら、黒服は次の準備を始めた。

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