ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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283話 シンデレラガール

『無理だねぇ……それは』

 

 

 電話口から飛び出したマトの言葉に、カヤツリは歯噛みした。

 

 

「状況証拠じゃ駄目か」

 

『そうだね。それこそ、密約の内容か、その証拠を突き付ける必要がある。そうしなきゃ、マコトは認めないよ。知らないとか、関係ないとか。そんなシラを切り通して終わりさ』

 

「頭がおかしいんじゃないのか!?」

 

 

 上手くいかない苛立ちが、カヤツリの声を荒げさせた。

 

 それも仕方がない。だって、本当に信じられないからだ。何かないかとマトへと確認しても、碌な返事が返って来ない。

 

 

「何かを隠してるのは、間違いないのか?」

 

『ここ一ヶ月、ヒナへの嫌がらせが無い。エデン条約がそれかと思ってたんだけどね。今から思えば、おかしい。失敗するのが前提なら、幾らでも妨害するのがマコトさ。それが全くないんだからね』

 

「チッ……」

 

 

 らしくもなく、舌打ちが飛び出す。まさか、万魔殿の頭が、ここまで残念とは思わなかった。

 

 

『先ずは休んだらどうだい? 今どこにいるかは知らないけれど、トリニティから休み無しなんだろう? 無事なのは嬉しいし私も探るけれど、直ぐにどうにかなる訳じゃない。焦るのは禁物だよ。だから、らしくもなく舌打ちなんてするのさ』

 

「ハァ……分かった。一旦切る」

 

『ああ、ゆっくり休みな』

 

 

 カヤツリの返事に、マトは安心した様な声の後、通話が切れた。

 

 

「あー……クソ。どうすっかな……」

 

 

 携帯を傍に放り出し、座っていたソファに身体を預けて、カヤツリは投げやりに吐き捨てる。

 

 一歩目から躓いているからだ。マトに連絡がついたところまで良かったのに。そこから先は行き止まりになってしまった。

 

 マト経由で、ゲヘナの事を調べられると思ったが、そう簡単な話ではなかった。考えれば当然の話で、ゲヘナではマトの様な人間が珍しい。

 

 アリウスがゲヘナへと仕掛けたものの正体。カヤツリはそれが知りたかった。だが、それを知っているのは、サッちゃんとかいうアリウススクワッドのリーダーとマダム、それとゲヘナのトップ。

 

 

 ──きっと認めないよ? ヒナ相手にはマコトは拗らせてるからね。小鳥遊ホシノに対するアンタと同じさ。

 

 

 療養中で面会謝絶扱いらしいカヤツリからの連絡に喜んだマトの言葉だ。

 

 

 ──情報収集は上手くて一級品なんだけどね……それ故に思い込みが激しいというか。自分の思った通りに進むと思ってる。だから、私らがアリウスと何か取引したか聞いても、シラを切る。マコトの中では上手くいく計画だからね。話すはずもないよ。

 

 

 どうにも、今のゲヘナのトップは想像以上に面倒くさい人間らしい。カヤツリの頭が痛くなる。

 

 アツコの反応からして、アリウスが何かをゲヘナに対して仕掛けたのは間違いない。なら、一体どういった仕掛けなのか。

 

 アリウスがゲヘナに勝る点はそう多くない。数は少なく、戦力も低い。優っているのは恨み辛みくらい。仕掛けた内容は大したことないもの。でも、アリウスにとっては大事なもの。

 

 だから、直接的なものではない筈。でも、そこまでしなければならないもの。それがなんなのか分からない。

 

 

「困ってる?」

 

「チッ……」

 

 

 いつのまにか、アツコが側に立っている。黒服の話か何かが終わったのだろう、さっきまで閉じていたオフィスへの扉が少し開いていた。

 

 アツコは近づいて、カヤツリを覗き込んでくる。

 

 

「困ってるんでしょう?」

 

「別に」

 

 

 カヤツリの内心を見透かしたかのように、アツコは尋ねてくる。その態度が取れる理由は直ぐに思い至った。

 

 

「盗み聞きか……」

 

「盗んだわけじゃないよ。聞こえただけ」

 

 

 いけしゃあしゃあと言うアツコに、カヤツリは呆れた目を向ける。聞こえる位置に、気配を隠して潜んでいることを盗み聞きというのだ。手癖ならぬ耳癖が悪すぎる。

 

 

「だとしても、お前に出来ることは何も無い」

 

「あるよ?」

 

 

 おや? とカヤツリは目を細め、アツコをじぃと見た。さっきまでとは様子が違う。さっきまでなら、言い返せずに俯くだけだったのに。ベキベキに折れていたはずの何かが治っている。

 

 カヤツリはソファから身体を起こして、アツコを見た。

 

 

「何があるって言うんだ? お前は何も知らないし、知ろうとしてこなかった。俺が欲しい答えなんかは持っていない」

 

「うん、私はあなたが欲しい答えは持ってない。持っていたとしても、私はそれを上手くは使えない」

 

 

 カヤツリが起き上がった分、一歩退いたアツコの答えは前と変わらない。だから状況は変わらない。そのはずなのに、アツコの目の奥から何か懐かしい光がカヤツリを見ていた。

 

 

「でも、あなたは使える。だから、お願いをしに来たの」

 

「黒服から何かを吹き込まれたな。だが、それを聞く義理はないね。俺にメリットが無い。目的地が同じだからとタダ乗りするのは許さない」

 

 

 アツコの狙いは分かっている。待ち受ける未来を突つけられて、その終わりと、どうしようもできない自分に絶望していた。ならば、その手段を手に入れたのなら。この状態も頷ける。答えを黒服から願いの対価として聞いたのだろう。だからこその、この復活劇という訳だ。

 

 

「マダムとやらを何とかしろと言うんだろ。情報を話すから、何とかしろなんて、虫のいい話じゃないか。お前がやったことを忘れたのか? そんな俺におんぶにだっこで恥ずかしくないのか?」

 

 

 少しだけ残念な気持ちを押し殺して。カヤツリは強く突き放した。何のことは無い。あの光は天然モノではなく、黒服によって作られた養殖モノ。カヤツリには気にする程度の物ではない。

 

 

「そう、恥ずかしい。今までの私は恥ずかしかった。それに、これはあなたの問題だし、私の問題でもある。人任せは嫌」

 

「……じゃあ、どうするんだ?」

 

 

 まだ折れないアツコの姿に、段々と、あの砂漠の日の事や生徒会室での問答が思い出される。もう戻らないそれに似た光が、カヤツリを苛む。

 

 ただただ、腹立たしい。責めるように輝くそれが忌々しくて仕方がない。

 

 

「知識もない、情報もない、技能もない。それで、俺に頼りきりにならず、何をするっていうんだ?」

 

 

 その光はカヤツリを責め立てて。カヤツリは八つ当たり気味にアツコを責め立てた。でも、アツコの瞳からは光が消えない。諦めない。寧ろ、強くなったように見える。

 

 

「私をあなたが使うの」

 

「鉄砲玉としてか? 生憎、間に合ってるんだ」

 

「違うよ……アリウスでの、私の立場は分かってるでしょ。あの大人も言ってた」

 

「ロイヤルブラッド……だったか」

 

 

 不満そうに頬を膨らませて、アツコは頷いている。カヤツリとしても、ベアトリーチェの本気度合いと、黒服の文言からも嘘ではないと分かっている。アツコは文字通りの姫なのだろう。

 

 つまり、アリウスのお姫様。アリウスの生ける王冠。その立場を持つアツコを上手く使えという事だ。

 

 

「フン……だが、俺が動くのは変わらない。言う事を聞くだけなのは楽でいいなぁ? ただ命令される対象が、マダムから俺に換わっただけじゃないか」

 

「そうだね。楽だった。全部、誰かの所為に出来るから」

 

「……」

 

 

 カヤツリは、アツコの様子にたじろぐ。何かがおかしい。黒服に何かを吹き込まれた程度では、こうはならないはずだ。今までの様に諦めるか、それか逃げだすのか。そのどちらかのはずだった。

 

 でも、アツコは退かない。どうしようもない現実にも折れない。目の輝きが消えてくれない。

 

 何だこれは。アツコは何をしようとしている? いったい何をしようとしている?

 

 

「諦めるのは楽だった。だって、怖くない。何をしても自分のせいじゃないから。自分の意思じゃないから。だから、悪いのは私じゃない。私は、今まで選んでこなかった」

 

 

 選んでこなかった。そんなアツコの言葉が、グサリとカヤツリに突き刺さった。

 

 とてつもなく痛い。痛くてたまらない。それも、当然の話だった。だって、カヤツリも選んでこなかった。

 

 したり顔をして語っていたくせに、カヤツリだって選ばなかった。

 

 カヤツリは、自分で決められなかった。ユメ先輩とホシノの事を選ばなかった。どっちを優先するのか選ばなかった。

 

 だって、決められなかった。カヤツリは契約で縛られていたから。そんな言い訳をして、しようともしなかった。本当はもっと悪い。そうしようとも思わなかった。

 

 その結果が、あの顛末。ユメ先輩とホシノ、どちらも優先できずに。カヤツリは一人で行動して、ユメ先輩を死なせてしまった。あまつさえ、それをホシノへ見つけさせてしまった。

 

 その後など、最悪だ。黒服の契約が切れる事が、カヤツリは恐ろしかった。

 

 そんな事になれば、アビドスに居る理由がなくなってしまうから。もう、誰の所為にもできないから。これからホシノが傷つくなら、それは自分自身の所為だから。

 

 そんなだから、そんな中途半端のクソ野郎だから、ホシノが泣いて怒る羽目になった。

 

 

 ──もう二度と顔なんか見たくない!!

 

 

 あの一言を言われた時。どこか安堵はしなかっただろうか? もうこんな苦しまなくていいと思わなかっただろうか? ああ、自分で決めなくてよかったと。ホシノに決めてもらったから、自分は悪くない。そう思わなかっただろうか?

 

 分かっている。自分の事だ。きっと、そう思った。そして、カヤツリは逃げたのだ。これ幸いと逃げた。アビドスから、ユメ先輩から、ホシノから。逃げて、逃げ続けて、今ここに居る。

 

 

「だから、私は選ぶの。どうするか選ぶ。誰かの所為じゃなく、自分で」

 

「……それで? 何をどう選ぶんだ?」

 

 

 静かに、アツコへと問いかけながら。カヤツリはアツコの光に焼かれていた。怒りとは他に、別の感情も湧きだしていた。

 

 

「私は、諦めないことを選ぶ。情けなくても、虫が良いと言われても。アリウスの皆を、アリウスを何とかして見せる」

 

「それは、お前がロイヤルブラッドだからか? 何とかできる立場だったからやろうと思ったのか?」

 

「違うよ? さっきも言ったはず」

 

 

 まるで心外だというように、アツコは唇を尖らせる。

 

 

「私はやって来なかったからこうなった。だったら、やってみたいと思ったの。別にロイヤルブラッドの立場は勝手に押し付けられたみたいなもの。だったら、使った方がお得でしょ。今まで散々私を振り回してきたんだから。今度は私が使ってやるの」

 

「そうか……そうか……」

 

 

 羨ましかった。境遇や環境、何も失わずに済んでいることでは無い。今、ここで。手遅れになる前に選べているという状況が羨ましかった。

 

 もう駄目だ。ここで突き放すのは、もうできない。それをしてしまえば、唯の私怨でそうしたことになる。それはフェアではない。命を狙われても、悪いのはアツコではなくマダム。そう言った事を破るわけにもいかない。

 

 

「……分かった。お前を上手く使ってやる」

 

「ありがとう」

 

 

 アツコは満面の笑みだった。それは、選択するという恐怖を乗り越えた故の笑顔だったのだろう。もしかしたら、カヤツリもそう出来たのかもしれなかった。どうにも敗北感がカヤツリを襲う。

 

 

「……八つ当たりして、悪かったな」

 

「やっぱり、そうだったんだ……」

 

 

 分かってましたよ。そんな表情のアツコは、力を抜いたように笑う。

 

 

「でも、分かったよ。あなたは平等なんだね」

 

「平等……?」

 

 

 うんとアツコは頷いた。

 

 

「全部、八つ当たりって言うけど。心配してくれたのはホントでしょ? 八つ当たりした分だけ、ちゃんと私が言われなければならない事を言ってくれたんでしょ?」

 

「……どうかな」

 

「へぇ……」

 

 

 苦し紛れのカヤツリの返事に、ニヤリとアツコは唇の端を持ち上げる。

 

 

「私の身体を触ったくせに……心配してくれたんじゃないなら、そういう意味だったってコト?」

 

「己惚れるのも大概にしろよ。欠食児童」

 

 

 カヤツリの喉から、少し大きな声が出た。冤罪にも程がある。手足を触られたくらいで何をがなり立てているのか。カヤツリにそう言った趣味はない。

 

 

「へぇ……やっぱり、心配してくれたんだ?」

 

「コイツ…………!!」

 

 

 アツコは、このネタを擦り続けるつもりらしい。今までの八つ当たりに対する仕返し。そう言う事になるのだろうか。それなら我慢するしかない。苛立たしさと敗北感を振り落とすように、カヤツリは立ち上がる。

 

 

「ハァ……着いてきな」

 

 

 口をへの字に結んで、カヤツリはさっきアツコが出てきた部屋へと逆戻りする。そこには黒服が手を組んでカヤツリを待ち構えていた。

 

 

「おや? どうかしましたか?」

 

 

 余りの白々しさにカヤツリは閉口する。どうせ、アツコに何かを吹き込んだのは間違いないのだ。だから、こうして待っている。

 

 

「現金を貸してください」

 

「貴方は十分に持っているはずです。私から借りずともね」

 

「……分かって言ってるでしょう。今は使えませんよ。使い切ってしまいましたからね」

 

 

 カヤツリはそこそこの小金持ちだ。幾らでも引き出せばいい。だが、今は出来ない。

 

 

「ベアトリーチェでしたか? 俺の口座くらいは見張ってるでしょう?」

 

「ええ、機材の設置を丸投げされましたからね。通常の口座から下ろせば即座に居場所が割れるでしょう。ブラックマーケットのモノは別ですがね」

 

 

 白々しさを崩さずに、黒服は座っている。隠し口座の金は、あくまで緊急用だ。ブラックマーケットでしか使えない。カヤツリは、アツコを連れてブラックマーケットをうろつきたくはない。鴨葱にしか見えないからだ。

 

 

「魔法を掛けるためですか?」

 

 

 そのまま見透かしたように、黒服が問うてくる。

 

 

「魔法? ……ああ、そういう言い方もできますね。その状態で、ブラックマーケットをうろつく危険性は理解できるでしょう?」

 

「ええ、ええ。誘蛾灯に群がる蛾の様に、貴方たちへと群がるでしょう。しかし……それはゲヘナでも変わらないと思いますよ? 如何にもな格好ですからねぇ……」

 

 

 黒服は、カヤツリの提案には頷かない。理由は余りにも真っ当だった。

 

 

「……何を考えてるの?」

 

 

 後から着いて来たアツコが、カヤツリの袖を引っ張る。斜め後方を見れば、話から置いてけぼりにされて、不満そうなアツコが見えた。

 

 

「貴女に魔法を掛ける相談ですよ。それも、真夜中には解けないモノをね」

 

 

 カヤツリの考えていたことを黒服が代弁した。一瞬黒服へと向いたアツコの視線は、カヤツリへと直ぐに戻ってきた。説明しろという視線だ。

 

 

「……お前をアリウスの使者としてゲヘナへ連れていく。それで、万魔殿の議長に問い詰めてやるのさ」

 

 

 それが、唯一と言って良いアツコの活用法だった。ありもしないアリウスからの使者。それを羽沼マコトへぶつける。

 

 恐らくは何かしらの反応があるはずだ。そこから、取引内容を吐かせればいい。そこはマトに丸投げだろうが、そこはもう少し詰めていけばいい。

 

 

「あなたもついていくの?」

 

「まさか、途中までだ。俺の予想が正しけりゃ、トリニティ側の俺が来るのは良くはない。だから、途中から二人。ゲヘナ側の俺の知り合いだけになるんだ」

 

 

 そう言われて、アツコは不安そうになった。けれども、それは直ぐに消えた。別の疑問に行き当ったらしい。

 

 

「それに、何でお金の話?」

 

「お前、その恰好で行くつもりか?」

 

 

 カヤツリはアツコの服装を指差す。ブラックマーケットで適当に買った、どことも知れぬ学校の制服の寄せ集めだ。強行軍でここまで来たせいもあって、どことなく小汚い。

 

 

「勿論、最初の服装もダメだ。あんなボディスーツで行ったら、変態扱いされる。制服があれば一番なんだが……」

 

「そもそも、アリウスには制服などありません。マダムはそんな非効率的な事はしませんから」

 

「だから、真っ当な服がいるんだ。どこに出ても恥ずかしくないような奴がな」

 

 

 そういったモノを手に入れるの場所の一番はトリニティだ。あそこは高級品が揃っている。しかし、まさか逆戻りするわけにはいかない。なら、近場から調達するしかない。

 

 

「彼は、それをゲヘナで調達しようとしているのですよ。私はブラックマーケットの方が良いと思いますがね」

 

「どうして?」

 

 

 黒服の言葉に、不思議そうな顔のアツコが二人を見ている。

 

 

「こういった小道具に、手を抜くのは主義ではない。それだけです。そうするように私は教えたはずですがね」

 

 

 カヤツリは思い切り舌打ちした。確かにその通りだが、リスクという物を考えていない。

 

 

「ブラックマーケットでそんな買い物をすれば、狙われるでしょう?」

 

「しかし、それは治安からしてゲヘナも変わらないと思いますが? 治安は連邦生徒会長の失踪で悪化していますから。先ほどの私の言葉。アビドスに近づかない方が良いという言葉なら、気にしなくても良いでしょう。彼女がブラックマーケットに用があるとは思えませんのでね」

 

 

 カヤツリは言葉に詰まる。黒服の事だから、お見通しという訳らしい。的確にカヤツリの逃げ道を潰してきていた。

 

 

「準備も、服装だけではいけません。髪や化粧、装飾品。貴方には縁遠いものが必要です。貴方にそれらを選び、彼女に施すことが出来ますか? オーダーした服や、装飾品の品定めに二日はかかります。ゲヘナでそのような事をする方が、万魔殿の議長に情報を与える事になる。しかし彼女の目も、ブラックマーケットには届かない。準備を終えてから、アツコさんの護衛として。ゲヘナを周った方が彼女を威圧することが出来るでしょう」

 

 

 ここまで言われてしまえば、どうにもならなかった。アツコは黒服の方の案に納得したのか、しきりに頷いている。そちらの方が確実なのだから、言うまでもない。

 

 

「分かりましたよ……」

 

「ええ、その方が良いでしょう。灰かぶりやロドピスとて、素材の良さはありましたが。決め手は靴でした。魔法使いでも隼ではない貴方は柄でもないでしょうが、手を抜く理由にはなりませんよ」

 

 

 カヤツリの諦めの言葉に、黒服は当然というように頷いている。忠告まで入れてくる念の入りようだ。

 

 完敗である。カヤツリは諦めて、黒服へと背を向けた。後ろを黙ってアツコがついてくる。ここに来た時とは違うしっかりとした足音に、カヤツリは何とも言えない気分になる。

 

 ここからが、アツコの始まりだ。その結果がどう転ぶにしろ、アツコは選択した。できれば、上手くいって欲しいとも思う。トリニティ側の事情も多くあるが、カヤツリ自身もそう思っている。

 

 もし、アツコが上手くいったなら。そうしたら、カヤツリも変われそうな気がする。余りにも人任せで嫌になるが、それが今のカヤツリの精一杯だった。

 

 そのためには、下準備が必要だった。それも大掛かりで、高額な。きっと軽くなるだろう自らの財産の事を思って、カヤツリはため息をついた。

 

 魔法使いも楽じゃないのだ。

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