ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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284話 義姉たちとジュリエット

「そろそろ出発だ! 準備しろ!」

 

 

 そんな運転手の掛け声で、ウトウトしていたサオリは準備に掛かった。

 

 寝泊まりしていた車内から外を見れば、窓ガラスが黄色味を帯びている。この色は砂の色。これは目的地に近づいている事をサオリへと教えてくれていた。

 

 

「リーダー」

 

「ミサキか……外は?」

 

「砂が酷い。マスクした方が正解かも」

 

 

 それでも入ってしまったのだろう。ペッと口の砂を外へと吐き出して、昨夜の見張りだったミサキが外から戻ってくる。

 

 

「もう、アビドスに入ったみたい。明日には着くって」

 

「そうか……」

 

 

 ミサキの言葉に対して、サオリの口からは言葉が漏れる。目が覚めて、身体は好調であるはずなのに、なんだか色々なモノが籠っていた。

 

 

「リーダー、また疲れてるの? マズイよ。明日からが本番なのに……」

 

「分かっている。しかし、色々あったろう……」

 

「あー……まぁ、色々あったね」

 

 

 ミサキがどこか、遠くを見る目になる。サオリはそれを見て、どこか可笑しくなって少し笑う。

 

 

「何が可笑しいの?」

 

「いや、何。私達は何も知らなかったんだと。そう思ってな……」

 

「そうだね……」

 

 

 少し目を瞑って、ミサキは宙を見ていた。きっと、思い出しているのだ。今日までにあった、沢山の事を。

 

 情報屋は、嘘を吐かなかった。言葉の通りに、契約の通りに、サオリ達を護衛として扱った。

 

 そこで、サオリ達は様々なモノを見た。

 

 悪事を働く者、搾取される者。勝者と敗者。這い上がる者、蹲る者。

 

 色々な人間が、色々な理由で。自分の為に他人を騙し、踏みつけにする。

 

 そこは、欲望の街。全てが手に入り、全てを失う街。ブラックマーケット。

 

 サオリ達が一時とはいえ足を踏み入れた世界はそんな場所だった。

 

 そこにいる人間は、サオリ達とは違って見えた。

 

 力とか、知恵とか。そういった持っている力ではなく。あの場所にいる人間は、全員が本気で生きているように見えた。

 

 あれが欲しい、これも欲しい。気持ち良くなりたい。理由は低俗で褒められたものではない。でも、本気だった。本気で生きていた。

 

 サオリ達や、アリウスに残された生徒とは違う。あれと比べたら、サオリ達は死んでいたようなものだ。

 

 

「でも、悪くはなかった」

 

「騙されたのに? あのパグ、本当のことを言わなかった」

 

 

 ミサキは、別れ際の一悶着を思い出したようで、マスクの上からでも分かるくらいの渋い顔だ。

 

 簡単な話だ。サオリ達はあの情報屋に騙されていただけだ。

 

 サオリ達が就いている仕事は、運送団の護衛。トリニティのブラックマーケットから、アビドスのブラックマーケットまで向かう運送団の。

 

 サオリ達は報酬の一部として、その便が出るまで、それと騙してきた大人にケリをつけるまでの間、情報屋の護衛として振る舞った。

 

 そして契約の条件が終わり、この仕事について説明する時に、こう言ったのだ。

 

 

 ──お前さん達の追う男。アビドス砂漠は越えないだろう。恐らくは、大回りした筈だ。

 

 

 つまり、最初から情報屋は知っていたのだ。サオリが追うカヤツリが、アビドス砂漠を越えなかった事を。

 

 その事にいち早く勘づいたミサキは激怒した。もし、最初からそう言ってくれたなら。ミサキやサオリ、ヒヨリは騙されはしなかったから。でも、情報屋は愉快そうに言い返した。

 

 

 ──嘘は吐いてない。それに、聞かなかっただろ? 俺は情報屋だぜ? 商品の安売りはしない。その事を、お前さん達はここ数日で思い知った筈だぜ?

 

 

 そこまで言われてしまえば、ぐうの音も出ない。ここに来る前であれば、無知ゆえに言い返せた。しかし、サオリ達は知ってしまった。この世界の仕組みを一端とはいえ知った身で、この論理に言い返す事は出来なかった。

 

 

「だがミサキ。騙されたが、最初とは違って得た物もある筈だ」

 

「何? あのパグみたいに、経験とか言わないよね?」

 

 

 ミサキの眉間には深い皺が寄っている。あの事は相当腹に据えかねたらしい。随分と不貞腐れている。

 

 なんだかんだで、あの情報屋に心をある程度は許していたのかもしれない。その相手に最初から騙されていて、そんな自分が滑稽に見えているのだろう。

 

 だが、ミサキも分かっている筈だ。騙されただけではない事を。

 

 

「知識だ。知識を身につけて、それを活用して、上手くいくのは楽しかっただろう? 少なくとも、私は楽しかった。今も役立っている」

 

 

 サオリは今回の仕事の契約書を取り出した。しっかりと内容は確認済みで、騙される心配は無かった。

 

 

「それにヒヨリも喜んでいただろう? 今もそうだ」

 

 

 サオリが手で示した先には、ヒヨリが寝袋の中で眠っている。そして、ブツブツと何かが聞こえてくる。

 

 

「ふへ、ふへへへ……お金がこんなに一杯……これが私達の? 良いんですか!? 夢じゃないですよね……!!」

 

 

 残念ながら夢である。しかし、全くの嘘というわけでもない。

 

 サオリ達は情報屋と契約して働いた。よって発生した賃金。それを別れ際に支給された。

 

 金額としては、マダムに渡されたモノより大分少ない。でも、それはサオリ達にとっては特別だった。

 

 自らで稼ぎ出した金だ。何に使っても良い。自らの金。自らの価値の証明。

 

 

「あの大人も言っていただろう。この金は、私達の働きを見て算出したと。あれは、それだけの働きをしたという証明だと」

 

 

 そう言われた時、サオリは不思議な気持ちになった。その時は分からずとも、今なら分かる。

 

 サオリ達は認められたのだ。あの大人に、唯の子供ではなく、これだけの賃金を払っても良い人間だと認められた。

 

 それは、全員がそう感じた筈だ。だって、ミサキもヒヨリも、サオリと同じ顔だったから。

 

 

「……そうかもね」

 

 

 ミサキは、サオリから顔を背けて答える。見えないミサキの表情がサオリには何となく分かる様な気がして、笑うのを我慢する。バレてしまえば、また臍を曲げるだろうから。

 

 もう、サオリ達はおかしくなってしまった。ミサキは以前よりもあの回数が減った。ヒヨリは悲観的なのは変わらないが、内容が随分と俗物的になった。

 

 サオリも前より考える事が多くなった。

 

 それは、本気になった所為だ。サオリ達は本気を知ってしまった。本気で何かに取り組んで、何かを手に入れる喜びを。そして、誰かに認められるという充足感を。

 

 そうした喜びと同時に、不安もサオリに訪れていた。

 

 

「私達は、これからどうするべきだ……?」

 

「またそれ?」

 

 

 もうウンザリ、そんな感情がミサキの表情にありありと現れている。

 

 

「姫を見つけるんでしょ?」

 

「その先だ。見つけて、どうする?」

 

「それはマダムの言う通りに…………」

 

 

 ミサキの言葉は尻すぼみになって、遂には消える。ヒヨリに聞いても結果は同じだろう。全員の頭に、あの光景が思い浮かぶに違いないのだから。

 

 

 ──止めろ! 私が、悪かった……! だから、助けてください……!

 

 

 泥と血にまみれて這いつくばり、泣き言を吐く姿。

 

 それは、サオリたちを騙した猫の獣人。詐欺師の末路だった。

 

 情報屋やサオリを含めた、彼に恨みを持つ人間に追い詰められて。詐欺師は最初喚いていた。

 

 

 ──騙された方が悪い! ここはそういう場所だろう! お前たちがやったことを、私はやり返しただけだ!

 

 

 どうにも、詐欺師はそういう人間だったらしい。騙されて、全てを失い、ここまで堕ちてきた。

 

 

 ──これは、復讐だ! お前らの様な悪人が、今更被害者ぶるな!

 

 

 不快だった。唯々不快。それが、サオリたちの感想だ。

 

 成程、言っていることは兎も角、道理は通っている。やられたことをやり返す。その気持ちはよく分かる。サオリたちだってそう思った。

 

 けれど、言っている事とやっていることが合っていない。詐欺師が復讐するべきだったのは、詐欺師を騙した人間だけだ。

 

 それを、詐欺師はそうしなかった。その過去が本当かは分からない。けれど、その理由を言い訳に使った事は分かる。

 

 詐欺師は、何時しか自身を騙した人間と同じに成り下がっていた。泥に塗れて汚水が滴っているのが自分でも分かっているくせに見ないふりをしている。

 

 ()えた匂いが鼻を突き、黒い泥の汚れが目に見えていても見ないふりを続ける。私は奇麗だと嘯く。そして、それを最後まで貫けもしない。

 

 それは、醜くて。とてつもなく不快だった。

 

 

「あのクソ猫、私たちと……」

 

「そうだな。そうだったかもしれん……」

 

 

 きっと、同じだった。サオリはその想像が頭から離れない。

 

 だって、おんなじだ。サオリたちがマダムから言われ続けていたことと全く同じ。

 

 昔、トリニティに酷い目にあわされた。だから、復讐しよう。

 

 道理は通っている。やられたなら、やり返す権利は確かにある。けれど、それはやってきた相手にだけだ。アリウスを迫害したトリニティ、彼女たちへの復讐の権利はある。しかし、今のトリニティにはあるのだろうか?

 

 あの詐欺師はあると思っていた。その結果、恨みを周囲に振りまいた詐欺師は、かつての自分が憎んだモノ。そのものになり叩き潰された。

 

 それと同じ結果が、サオリたちへと訪れる。そんな事を考えずにはいられなかった。

 

 昔はそれでもいいと思っていた。自分たちにはそんな価値しかないのだと。でも、今はそうではない。

 

 サオリたちの価値を認めて、対価を払う人間がいた。仕事を任せてくれる人間もいた。もう、サオリたちは変わってしまった。

 

 トリニティへ復讐する事。それが本当に、自分たちにとって正しい事なのだろうか?

 

 そんな疑問がずっとサオリの中で渦巻いている。昨日も今日も、暇さえあれば考えていて、疲れているのはそのせいだった。

 

 そして、きっと。この答えはサオリだけでは出すことはできない。そんな直感はしていた。ならと、サオリはその直感に従う事にした。

 

 

「ミサキ、お前はどう思──」

 

「おい!? いつまでチンタラしてる!! そろそろ出発するぞ!!」

 

 

 サオリの問いは、我慢の限界といった風な運転手の怒鳴り声で掻き消されてしまった。だが、聞こえてはいたのだろう。不安そうなミサキの瞳がサオリを見つめていた。

 

 

「……そろそろヒヨリを起こすとしよう。手伝ってくれ」

 

「仕方ないね……」

 

 

 言い直した言葉にミサキは頷いて、サオリを通り越して寝袋のヒヨリへ近づいていく。サオリはそれを止めない。

 

 きっと、ミサキは分かっていただろう。サオリが何を言おうとしていたか。だから今、ほっとしたような顔をしている。

 

 この答えは直ぐには出ない。そして、今は絶対に。話し合うべき人間がまだ足りないからだ。

 

 だから、全てはそこからなのだろうなと。サオリはミサキの怒鳴り声とヒヨリの悲鳴を背に、決意を漲らせた。

 

 

 □

 

 

「起きて! ホシノ先輩!!」

 

「うへぇ!?」

 

 

 耳元で鳴り響いた大声に、ホシノは寝ていたソファから転がり落ちた。叩き起こされた直後の眠気でぐらぐら揺れる頭を押さえてみれば、セリカが腰に手を当ててホシノを見下ろしていた。

 

 

「いつまで寝てるのよ! もう、放課後なのよ!?」

 

「うえ~? ホントぉ~?」

 

 

 そんな風におどけて窓を見れば、外は赤い日差しで染まっていた。セリカの言う通りに夕方である。数十分のはずの昼寝が、数時間の昼寝に延長してしまったらしい。

 

 きっと、他の皆は帰ってしまって。セリカが代表して起こしに来てくれたのだ。

 

 

「あ~ごめんねぇ、セリカちゃん。おじさん、すっかり寝入っちゃったみたいでさぁ~」

 

 

 ホシノは、いつものようにセリカへおどけて見せる。そうすれば、ホシノ先輩はこうだもんね。といったような目線で、セリカはため息をつく。いつものようにホシノはおどけて有耶無耶に終わる。

 

 寝坊助で、やる気があるんだか無いんだか分からない変な先輩。そんな風に見る。

 

 初めのうちは上手くできなかったそれは、今は息をするようにできるようになった。おかげで、後輩たちは楽しく学生生活を過ごすことが出来ている。

 

 だから、寂しくなんてないのだ。苦しくなんてないのだ。ホシノには、後輩たちが居てくれる。だから、もう少しだけ。セリカが帰った後、またここで一寝入りすればそう出来るはずだ。

 

 

「およ? どうしたの? セリカちゃん」

 

「ねぇ、ホシノ先輩」

 

 

 しかし、セリカがいつまで経っても教室から出て行かないので。仕方なく起き上がったホシノが声を掛けると、セリカが妙な雰囲気と共にそう聞いてくる。

 

 ははぁ、とホシノはにやりと笑った。

 

 

「うへへぇ……何々ぃ? そんな真面目な顔しちゃってさぁ。アレかな、もしかして先生の事で相談かなぁ?」

 

 

 先生。そう、ホシノは頭の中で呟く。

 

 先生とは連邦生徒会からやって来た大人だ。アヤネがホシノに黙って連邦生徒会へ発信した救援要請。それに則ってやって来た大人。

 

 その大人は、ヘルメット団に攻め込まれているアビドスの問題を瞬く間に解決してしまった。先日など、誘拐されて行方が知れなかったセリカを違法スレスレの手段で見つけ出してしまったくらいだ。

 

 そのおかげか、初めはツンケンしていたセリカも、態度をかなり軟化させている。アヤネは言わずもがな、シロコやノノミだってそうだ。

 

 きっと、そのくらいの質問だ。出まかせで言った言葉だが、ある意味的を得た質問だったのか、セリカの顔が真っ赤に染まっていく。

 

 

「うっさいわね! 今はそんな事いいでしょ! それより聞きたいことがあるのよ!」

 

 

 我慢の限界に達したのか、セリカが怒鳴る。うへぇとホシノは耳を塞ぐ。すっかり大声が収まってから、ようやくホシノは手を離した。

 

 

「え~? 先生の事じゃないならなんなのさぁ」

 

「ブラックマーケットのことよ。聞きたいのはそれ」

 

「……ブラックマーケットぉ?」

 

 

 一瞬、被った皮が外れかけたのを被り直す。質問の意味が分からないからだ。それをホシノへ質問する意味はない。

 

 

「今日の会議で決着したよね。ヘルメット団の装甲車が違法なものだったって。だから明日か明後日にブラックマーケットで手掛かりを探しに行くって。なんでおじさんにそんなこと聞くのさ」

 

「聞きたいのは、そんな事じゃないわ」

 

 

 セリカの質問は要領を得ない。それなのに、セリカの視線はホシノをがっちり捕えて離さない。

 

 

「私が聞きたいのは、ブラックマーケットについて、シロコ先輩が言ってたことよ」

 

 

 ゾワリと冷たい何かがホシノの背を撫でた。思わず、身体が固まる。それは聞いてほしくはなかった。

 

 

「あの時、カヤツリ先輩ならって。シロコ先輩はそう言ったわ。ブラックマーケットに詳しい人が誰がいるか話した時にね。一体誰なの?」

 

 

 ホシノは答えられなかった。答えたくなかった。考えたくない。もう、カヤツリの事は平気なはずなのに。考えただけで胸が激痛を発した。

 

 

「シロコ先輩もノノミ先輩も教えてくれないのよ。シロコ先輩の先輩なんだから、ホシノ先輩の同級生でしょ?」

 

 

 ホシノ先輩の同級生。何も知らないセリカの言葉が、ホシノを引っ掻き回す。そうだ。たった一人の同級生。同級生だった。ホシノの事を心配して、大事に思ってくれて。絶対に放したくなかった、とても大切だった人。

 

 

「……セリカちゃんはさ。それを聞いてどうするの?」

 

「そりゃあ、勿論。協力してもらうのよ。ブラックマーケットについて、知恵だけ貸して貰えればいいわ。アビドスに来いなんて言えないもの。きっとアビドスから出て行った人なんでしょ?」

 

「居場所は知らないよ」

 

 

 アビドスから出て行った人。ミシミシとホシノの心が悲鳴を上げた。出て行った? それどころか追い出したのだ。ホシノが追い出した。そうでなければ、ここに今も居てくれたはずだ。

 

 そうであったなら、日々無くなっていくカヤツリの痕跡に絶望しなくてもいい。カヤツリの痕跡を塗りつぶす先生に嫌な思いを抱かなくていい。自分で追い出したくせに、今更戻って来て欲しいなんて思っている。こんなどうしようもない自分に絶望しなくていい。きっと今とは違って、毎日がもっと幸せだったはずなのに。

 

 どうにか暴れ狂う感情を押さえつけた素っ気ない答え。それにセリカは、困ったように目を瞑って。名案を思いついたというように手を叩いた。

 

 

「じゃあ……先生に頼んで──」

 

「止めて!!」

 

 

 ここに至ってようやく、セリカはホシノの様子がおかしい事に気がついたらしい。いきなりのホシノの大声に、少し焦ったような顔をしていた。

 

 

「……止めて欲しいな。セリカちゃん」

 

「……どうしたのよ。変よ。ホシノ先輩……その人に何か酷い事でもされたの!? もしそうなら、その人の事は許さないわ!!」

 

 

 セリカは何を勘違いしているのか、勝手にヒートアップしている。セリカはいい娘だから、ホシノを心配しているのだ。出まかせでは、もう止まらないだろう。出まかせを話せば、セリカは嘘を言っていると直ぐに見抜く。

 

 

「……座って、セリカちゃん。全部話すから」

 

「……分かったわ」

 

 

 疑問で一杯のセリカを向かいの椅子に座らせて、同じように座ったホシノはどこから話したものかと悩んで、ユメ先輩の事を抜いたすべてを話すことにした。

 

 ある日突然やって来たこと。初めは仲が悪かったこと。でも、ある大きな出来事を経て信頼するようになったこと。そして、追い出したこと。

 

 

「追い出した……なんでよ? 何でそんな事……」

 

「ただの我儘なんだよ。おじさんは、カヤツリがおじさんの事なんてどうでもよかったと思ってたんだ。絶対にそんなことは無いと分かってたのにね……でも、確実じゃなかった。おじさんがそう思っているだけかもしれなかった。それがどうしても知りたくて、おじさんはバカな事を考えたんだよ」

 

「バカな事……?」

 

 

 セリカは、不思議そうな顔だ。きっと分からないだろう。その時のホシノの事なんか分からない。ホシノ自身ですら、あの時の自分の行動が分からない。

 

 

「おじさんは……カヤツリに八つ当たりしたんだ。絶対に受け止めて、そんなことは無いって言ってくれると思ってた。バカなおじさんは試したんだよ。理由の全部がそうじゃなかった。理由の中のほんの一欠片でしかなかったけど、おじさんはそうした。そして、それは絶対にやってはいけない事だったんだ」

 

 

 唯々、言って欲しかった。ユメ先輩の為じゃないと。カヤツリが自分の意思で、ホシノにそうしていると言って欲しかった。ユメ先輩より、ホシノの方が大事だと。そう言って欲しかった。

 

 そして、世界というのはよくできている。当然の帰結として、カヤツリはアビドスから居なくなった。カヤツリの事を何も考えず、ホシノの都合だけしか考えなかった報いだった。ユメ先輩の時と同じように。

 

 

「それで、そのままってわけ? 探そうとしなかったの? シロコ先輩や、ノノミ先輩は?」

 

「まるっきり連絡が無いわけじゃないんだ。シロコちゃんやノノミちゃんには、電話が時々掛かって来るんだよ」

 

 

 それを聞いたセリカの目が吊り上がる。

 

 

「何で、ホシノ先輩には無いのよ! 言いたいことの一つや二つはあるはずでしょ!」

 

「……最初は掛かって来てたんだよ。でも、おじさんは取らなかった」

 

 

 セリカの眉がさっきとは正反対に下がる。冷水を掛けられたように意気消沈していた。

 

 

「おじさんは、怖かったんだ。それを取って、聞いてしまえば決まってしまうから。だから、そのままズルズルと引き延ばした」

 

「待ってよ。シロコ先輩達には連絡があったんでしょう? なら何で、あんな悲しそうな顔をするのよ。そこで聞けば……」

 

 

 セリカは相変わらず勘が良かった。ホシノが気づかないようにしていたことを、言い当ててしまうくらいに。

 

 ホシノは沈んだ声で、セリカへ言った。

 

 

「セリカちゃん。アヤネちゃんが連邦生徒会に連絡を送ったのはなんでだと思う? 会計のセリカちゃんなら分かるはずだよ?」

 

「そりゃあ、大将が持ってきてくれる募金だっけ? それが打ち止めだって言われたからよ。でも、仕方ないじゃない。永遠に続くモノじゃ──」

 

「──カヤツリだよ」

 

 

 言葉を遮られたセリカは、よく分からないような顔をして、ぼんやりと座ったままだ。だから、分かるように、ホシノはもう一度口を開く。

 

 

「募金なんて嘘だよ。アレは大将が買い出しの日の帰りに持って帰ってきた。いつも大金で金額は一定だった。何より、募金なんて一回もアビドスには来なかった。そんな大金を定期的に稼いでアビドスに送る人間を、それが出来る人間を、おじさんは一人しか知らない」

 

「待ってよ。大将もグルってコト……?」

 

「セリカちゃんの柴関の制服。それ、セリカちゃんには随分大きくて、アヤネちゃんに仕立て直してもらったでしょ? その元の制服を着てたのがカヤツリなんだよ。カヤツリはセリカちゃんのバイトの先輩なんだ。だから、大将も知ってる。大将が厨房に立たせるくらいには仲が良かったんだよ」

 

 

 それを聞いて、セリカは愕然としていた。水中の魚の様に、口をパクパクさせている。

 

 ホシノが思うに、大将は知っていたのだと思う。カヤツリの想いも、居場所も知っていて、黙ってそうしてくれていた。ホシノとは違ってカヤツリを尊重したのだ。だから、カヤツリは大将に頼んだ。

 

 

「待って、募金がなくなったってことは……」

 

「そう。遂にカヤツリが愛想を尽かしたってことだよ。送るのを止めたってことは、そういう事でしょう?」

 

 

 セリカの気がついたそれは、恐れていた事だった。しかし、いつか絶対に来るものでもある。いつか来る日が、この間だった。それだけの話だ。仕方のない事なのに、唯々、ホシノは悲しくて苦しかった。

 

 

「ホシノ先輩は、それでいいの?」

 

「仕方ない事なんだよ」

 

 

 それでいいも何も。そうでしかない。それでも、セリカの勢いは止まらなかった。勢いよく、机を叩きながら立ち上がる。

 

 

「仕方なくなんてない! ホシノ先輩はちゃんと話すべきよ!」

 

 

 勢いに押されて何も言えないホシノへ、セリカは怒鳴る。

 

 

「私がこれまでの事を謝った時、先生が言ってたわ! 幾ら辛くても、嫌でも、恥ずかしくても、そうするべきなんだって!」

 

「……それは、正しいから?」

 

 

 世間一般の答えが返ってくると思って、ホシノは答えを先回りした。そんな答えはもう何回も自問自答したのだ。終わったことは、もうどうしようもできない。

 

 ホシノは諦めの境地で、セリカの答えを待つ。

 

 

「終わらないからって、先生は言ってたわ」

 

「終わらないから?」

 

 

 返ってきたのは予想外の答えで。ホシノは鸚鵡返しに繰り返す。終わらないなんて嘘だ。それはホシノが望んだことで、それはこの間に結果がやって来てしまった。

 

 

「お互いに謝って、話して、その出来事に決着がつくんだって。その結果がどう終わるにしろ、そうしないと、お互い前に進めないって。だから、私は話すべきだと思う。だって、ホシノ先輩やシロコ先輩、ノノミ先輩は辛そうだったもの」

 

 

 セリカの目には、憐れみは無かった。ただ心配する色だけが、そこにはあった。

 

 

「募金のことだって、確認したわけじゃないわ。そのカヤツリ先輩じゃないかもしれない。全然怒ってなくて、会いにくいだけかもしれないわ。まだ、何にも終わってないのよ」

 

 

 そうなのだろうか。セリカの言う通りなのだろうか。それとも、ホシノがそう思いたいだけで、何も変わらないのかもしれない。

 

 でも、セリカの渾身の叫びだった。少なくとも、セリカは本気でそう思っている。

 

 

「……そうかな」

 

「そうに決まってるわ!」

 

 

 だから、こんなことも平気で言えてしまうのだ。なら、少しは言う通りにしても良いかもしれない。

 

 

「じゃあ、この件が、ブラックマーケットの事が行き詰ったら聞いてみようかな」

 

「うんうん。 絶対そうするべきよ! 私は、先生にあんなに酷く八つ当たりしたのよ? ホシノ先輩だって見てたでしょ?」

 

「ああ、あれは酷かったねぇ……」

 

 

 初対面のセリカの態度を思い出す。完全に八つ当たりだった。憶測で先生を貶めての言いたい放題。普通なら、怒って帰るところだ。

 

 

「なら、大丈夫よ! 効果のほどは私が証明したんだからね!」

 

「うへ、そうだねぇ……」

 

 

 笑顔で頷くセリカに釣られて、ホシノも普段の調子が戻ってきていた。なら、何となく上手くいくような気もしてきた。全く根拠はない、その空虚な自信に身を委ねて、ホシノは笑った。

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