ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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285話 魔法にかけられて

 カヤツリに行くよう言われた店の扉を開けると、そこは別世界だった。

 

 まず開けた瞬間に、この間来た時とは違う独特の匂いがアツコの鼻をつく。

 

 この間の重くて甘ったるい匂いではなく、甘くともどことなくスッキリとした匂いだった。

 

 室内も様変わりしている。雑多に何かのボトルが並んでいた壁棚は綺麗に整頓され、大きな椅子の側の台に敷かれたタオルの上には銀色に輝く同じような鋏がいくつも並んでいた。

 

 アツコが知っている鋏とは同じようでいて、全く違う繊細な雰囲気を放っている。それが気になったアツコはゆっくりと店内へと足を踏み入れる。

 

 

「いらっしゃいませ。ご予約のお客様、アツコ様ですね」

 

「!?」

 

 

 椅子に近付こうとした瞬間に、いきなり声を掛けられて、アツコは飛び上がる。声の方向に視線をやると。店の人間だろう。スーツを着こなした、猫の獣人が静かにそこへ立っていた。

 

 

「はい……?」

 

 

 何とか返事を絞り出したアツコを見て、店主は頷くと、アツコの側の椅子を指差した。

 

 

「それでは、アツコ様。そこに腰掛けてお待ち下さい。上着はこちらへ、銃は、そちらのラックへ」

 

 

 あれよあれよと、上着と銃は指定の場所へと仕舞われて、アツコは椅子にすっぽりと収まった。

 

 椅子の正面の大きな鏡に映る自分が、間の抜けた顔でアツコを見ている。

 

 

「ご予約されたカヤツリ様からは、私どもにおまかせすると承っております」

 

「おまかせ」

 

「ええ、おまかせでございます」

 

 

 ただ店主の言葉を繰り返したアツコへ、鏡越しに店主は話す。

 

 

「先日、ご予約にいらした際の事をお覚えですか?」

 

「うん。何か、色々……測られて……」

 

 

 何だか、落ち着かなくて。ボソボソとアツコは話す。この間とは雰囲気が違い過ぎて、なんだか場違いだ。

 

 

「はい。先日はアツコ様の寸法を測らせていただきました。会談に恥ずかしくない物をという事で、こちらにご用意してあります」

 

 

 店主が指差した先には、ハンガーにかかった白い服と靴、帽子、ジャケット。アウターとしてのコート。近くのサイドテーブルには、ハンドバッグといくつもの装飾品が輝いている。

 

 

「パーティや式典ではないとの事で。あまり格式張らずに、セミフォーマルなものです。些か派手さは抑えめにしてあります」

 

 

 一つ一つを手に取って、店主が解説してくれているが、中々会話が頭に入ってこない。

 

 鏡の前に立たされて、身体の前で服の取り合わせの確認が始まる。鏡の自分が自分ではないような気すらする。

 

 そわそわと、視線を彷徨わせたアツコは、コートの違和感に気がついた。

 

 どんな服にも付いているタグがない。ブランド名らしい刺繍はあるが、それらしい物はない。

 

 

「タグは……?」

 

「そのようなものはありません。全て、オーダーメイドですので」

 

 

 店主の一言に、アツコは凍りついた。アツコはオーダーメイドの相場は知らない。だが、タグがないという事は説明の必要がないという事くらいは分かる。それはつまり……

 

 

「お肌に触れる物は別ですが、そのコートにクリーニングは必要ありません。お付けする専用のブラシで払って頂ければ充分でしょう。それだけで、とても長く使って頂けます」

 

 

 やっぱりと、アツコは呻く。なんだか、心臓がバクバクする。

 

 その昔、雑誌を集めているヒヨリから聞いたことがある。

 

 時計にしろ、服にしろ、鞄にしろ。本当に高いものは、一生モノだと。

 

 

 ──そういう物をプレゼントされるなんて、女の子の夢ですよねぇ……

 

 

 そんな、雑誌を眺めながらの。諦めたようなヒヨリの呟きをアツコは思い出した。

 

 そして、このコートはそういった類のものだ。値段など恐ろしくて想像もしたくないし、そんな大金をアツコは持っていない。それに、なんと言えばいいのか分からない。

 

 

「それは、どれくらいの……」

 

「心配の必要はございません」

 

 

 アツコの質問にも、店主は変わらぬ調子だ。そうはっきりと言い切った。

 

 

「料金は既に一括で頂いております。勿論、カヤツリ様から」

 

 

 アツコはまた呻いた。何て反応をすれば良いか分からない。喜ぶべきなのだろうが、カヤツリの目的を思うと素直に喜べない。アツコの為にいくら使ったのか。それを考えるだけで気分が重くなる。それに、カヤツリはこの意味を分かっているのだろうか。

 

 女の子に一生使える物をプレゼントする。その意味を。

 

 

「問題ないようですね。では、髪の方を失礼します。少しだけ、整える必要があるようですから」

 

 

 悶々とするアツコは店主へ言われるがまま、椅子に座らされる。店主はアツコの髪を丁寧に解いていった。

 

 解かれた髪に、櫛がゆっくりと通されていく。多少は引っ掛かりを感じるものの、全く気にならない。さっきの衝撃で、これまでとは違う感覚に、アツコは翻弄されるばかりだった。

 

 さっきのカヤツリの事もあって、何とか落ち着かせる為に、アツコは忙しなく視線を動かす。けれども、周囲にあるのはアツコの知らない物ばかりだ。

 

 あの人はそういう意味で、プレゼントしたのだろうか?

 

 そんな浮ついた想像がアツコを茹で上がらせていて、何か、気を紛らわせる物が無いとおかしくなりそうだった。

 

 

「あのコートは……?」

 

 

 アツコが漸く見つけた物は、黒いコートだった。アツコの物よりふた周りは大きい。

 

 それは、アツコの服の隣にひっそりと掛けられていた。大きさからしてアツコのものではない。そして、場所からして店主のものでもない。

 

 

「あれは、カヤツリ様の物ですよ。少しばかりの手直しに来られたようですね」

 

 

 アツコの疑問に、店主は櫛の手を止めずに答えた。それは、アツコには興味が湧く話題だった。

 

 

「手直し……? じゃあ」

 

「ええ、カヤツリ様はここを何度かご利用になられています。前回は……数年前になりますか。まさか、アツコ様のような方とご一緒だとは思いませんでしたが」

 

「別……? 別だと、何かあるの?」

 

 

 何だか、一人では入れないような言い方だ。しかも、アツコではなく他の誰かと来ていたような。

 

 

「ここは会員制ですから。会員か、会員からの紹介でしか利用できません。アツコ様は、カヤツリ様の紹介でのご利用なのです」

 

 

 店主は、突然というような雰囲気だ。アツコも、そんな風にも思えてくる。だから、先日は訪ねるだけだったのかもしれない。一緒に回らないのかと聞かれて、変な物を見るカヤツリの反応の理由も今分かった。

 

 

「じゃあ、あの人も誰かと一緒に来たんだ。あのコートは、その時の……」

 

「ええ、この子はとても大事に使われていたようで。大して手はかかりませんでした。手入れは欠かしていなかったようで、私どもとしても嬉しい限りです」

 

「そうなの?」

 

 

 本当に嬉しそうに店主が言うので、アツコは思わず聞き返してしまった。

 

 

「ええ、自らの作品を粗末に扱われて喜ぶ性分ではありません。そして、そのようなお客様は遠慮したい。だからこそ、こうして店を構えているのです。その程度には腕に自信がありますので」

 

 

 店主は毛先を整えると言いつつ、鋏を選んでいた。その背中からは、どことなく自信とは違うものが溢れているような気すらした。

 

 

「しかし、似たような事をお聞きになりますね」

 

「え……」

 

 

 鋏を選び終わった店主の言葉に、アツコは声を漏らす。この場合の聞いたのが誰かなど、一人しかいない。

 

 

「初めてここへいらしたカヤツリ様も、似たようなことをお聞きになりました」

 

 

 まさか、ストレートに聞いたのだろうか。儲からないとか。アツコに対してはそうだったから、そんな想像しか出来なかった。

 

 でも、それなら店主はこんな反応はしないだろう。店に対する語り口からして、そんな事を聞けばどうなるかは分かる。

 

 

「何て聞いたの?」

 

「どうして、そういった結論に至ったのかとね。そういった質問でした」

 

 

 鏡の中の店主は、過去を懐かしんでいるのか、髪を梳き毛先を整える速度が落ちた。

 

 

「そうしたかったからだと。私は答えたのを覚えています。袂を分かった、かつての仲間も同じことを言ったでしょう。自分の道は、自分で決めるべきだ。ただ、それだけでいいのだとね」

 

 

 もう、店主は口を開かなかった。それを聞いたカヤツリがどうしたのか。それは教えてはくれないのが、髪を梳く速度が元に戻った速度から察せられる。

 

 アツコは気になった。カヤツリがどうして、そんな質問をしたのか。その答えにどうしたのか。それが気になった。

 

 だから、ここから出たら、どうするかは直ぐに決まった。

 

 

 □

 

 

「……着てきたのか?」

 

 

 店から出てきたアツコに、カヤツリは溜め息を吐いた。

 

 店に入る前と後では、アツコの姿は様変わりしている。

 

 白いワンピースに帽子。小脇には他の装飾品類が入ったトランクを抱えていた。深窓の令嬢といった趣が全開であった。

 

 

「どう? 似合ってる?」

 

「……当たり前だろ。あの店主が選んだんだぜ?」

 

 

 こんな所で店を開いているが、あの理事イチオシの店だ。そうでなければ、大枚を叩いた甲斐がない。しかし、それを聞いたアツコは、喜ぶどころか頬を膨らませている。如何にも不機嫌そうだ。

 

 

「……その答えはちょっと無いと思う」

 

「俺が選んだ訳じゃないんだから、俺が褒めるのは違うだろう」

 

「そういう事じゃないんだけど。その公平さも、いい加減にしないと刺されると思う」

 

 

 刺されると聞いて、カヤツリは鼻で笑った。崩す理由がないだけで、公平が一番丸いのだ。それを不満に思って刺す方の頭がおかしい。

 

 

「まぁ良いや。これで用事は終わりで、後は帰るだけだ」

 

「あ……!」

 

「なんだよ……」

 

 

 突然アツコが声を出すので、カヤツリは顔を顰めて振り返った。カヤツリの用事、装備の調達も終わったから、いい加減に早く帰りたかったのだ。

 

 

「これもって。渡されたんだった」

 

「ああ、早いな。もうできてたのか」

 

 

 それは、数日前に予約のついでに頼んだカヤツリのコートだった。綺麗にたたまれて、アツコが開いたトランクの上にあった。少し色あせていたはずのそれは、今では新品のように見える。

 

 

「それ、誰に買ってもらったの?」

 

「店主め、喋ったな……」

 

 

 トランクを閉めながらのアツコの質問に、カヤツリは犯人がすぐに分かった。どうせ、状況がそっくりだからと、いらぬ気を回したに違いなかった。

 

 黙り込むカヤツリに、アツコは態々正面に回り込んでくる。

 

 

「誰に買ってもらったの? まさか、女の人?」

 

「バカを言うな。男だよ。それも二回り以上の年上だ」

 

「……でも、凄い大切にされてるって言ってた」

 

 

 アツコはグイグイと聞いてくる。とんでもない圧の強さだ。アツコのアツは圧力の圧とでも言うのだろうか? 

 

 

「それはそうだ。初めての報酬みたいなもんだぞ。”男なら恥ずかしくないくらいの一張羅は持っておけ”って買ってくれたのさ」

 

 

 それを聞いて、アツコは驚いたようだった。目を丸くしている。

 

 

「その口調じゃあ、あの黒服の人じゃないんだ」

 

「あー……黒服からはスーツを貰った。同じことを言ってきてな」

 

 

 それら一式は、理事や黒服に与えられた物とはいえ、カヤツリが勝ち取ったものだ。カヤツリにはそういった物を粗末にする趣味はない。

 

 

「ふーん。じゃあ、私にこれを買ってくれたのは? 私はまだ何もしていないのに、どうして?」

 

「これから、必要だからだが?」

 

 

 その時のアツコの表情は見ものだった。一瞬虚無になった後、恐ろしく不機嫌そうになった。笑っているのに、妙な圧を感じる。

 

 

「…………なら、こんなに高くなくてもいいよね?」

 

「黒服も言ってただろう。手を抜くなってさ」

 

 

 ──取引という戦場で、服装というのは鎧です。時に言葉よりも雄弁に語ることもあります。

 

 

 かつて、黒服がカヤツリへと語ったことを、アツコに言うと。アツコは胡乱な目を向けてきた。

 

 

「……ゲヘナへは、話し合いに行くんでしょう? 戦いに行くわけじゃ──」

 

「戦いだぞ」

 

 

 今度はアツコは言い返してこなかった。カヤツリの声に真剣さを感じ取ったからだろう。

 

 

「明日は学園同士の利益を奪い合う戦いだ。ゲヘナとは違って、お前らアリウスは弱すぎる。取れる手は何でも使うべきだ」

 

 

 闇討ちは別としてな? そんな嫌味を混ぜ込めば、アツコの圧が強くなる。だが、痛くもかゆくもない。

 

 

「ゲヘナ視点では、アリウスから態々アポを取って話があると言われたんだ。どうするのか、向こうの立場で考えて見な」

 

「多分……取引について聞きに来たと思うはず。もしかしたら、催促に来たって」

 

 

 やりゃあ出来るじゃないかと、パチパチと小さく拍手をする。それを受けたアツコの笑みが深くなる。勿論、圧が強まる方向で。バカにされていると思っているらしい。

 

 

「あんな高い服を用意する理由になってない……」

 

「普段の会談なら、制服で十分だ。しかし、アリウスには制服が無いし、向こうもそれを知らない。その状況下で、用意した服装で行けばどうなると思う」

 

 

 分からないのか、アツコの顔からは笑みが消えていった。そして、暫く考えても答えは出なかった。

 

 

「……どうなるの?」

 

「簡単だ。ビビるんだよ。そこまでいかなくとも、精神上で相手へ優位に立てる。それこそ相手は、寝間着で外出しちまったような心持だろうさ」

 

 

 そういった学園同士の話し合いで、そういった服装は過剰だ。しかし、明日行うのは訪問による話し合い。それにこんな服装でやってくるのだ。それも、アリウスのトップが。そこまで本気なのかと、万魔殿の議長は思うはず。

 

 

「そこで、聞いてやるんだ。エデン条約の話はどうなっていますかってな」

 

「でも、素直に答えるかな?」

 

「態度で分かる。知らないなら、エデン条約について話すだろう。知っているなら、取引について、それとなく話すはず。ボロを出したところを、マトが後で詰める手はずだ」

 

 

 内容を理解するにつれて、アツコの目が微妙なモノになっていく。反応に困るモノを見る時の目だ。

 

 

「性格悪いって言われない? もっと、何かないの?」

 

「褒めてるのか? お前にやれとは言わないけど、嫌って知ろうとしないのは考え物だ。まだまだ、半人前なんだから」

 

 

 カヤツリの返しに、アツコの圧が消えた。少し、落ち込んだようにも見える。

 

 

「……別に、直ぐに俺みたくなる必要はないんだ。マダムの件までは手伝ってやる。お前は、お前のやり方でやればいい。ゆっくりとな」

 

「半人前……」

 

 

 勝手に落ち込んで面倒くさい。直ぐに人間は成長できないのだから、ある程度の割り切りは必要なのだ。でも、アツコは焦っているせいか、自分が進歩しているという何か証拠が欲しいのかもしれない。

 

 だから、あのコートを買った理由からして気に入らないらしい。認めた証として買って欲しかったのだろうか? そうでないから拗ねている?

 

 店主はあの頃のカヤツリを知っている。知っていて、アツコに情報を漏らした。顧客第一主義の店主がそこまでしたのは、あの時のカヤツリとアツコを重ねたのだろうか。

 

 本当に面倒くさい。そんな思いをカヤツリは押し殺した。もしかしたら、黒服や理事もこんな気持ちを抱いたことがあるかもしれなかったからだ。

 

 

「……店主は、どこまで話したんだ? どうせ色々話したんだろ?」

 

「……何で、こんな形態で店をやってるのか聞かれたって」

 

 

 やはり、カヤツリの想像は当たっていたのかもしれない。これは、店主なりのアツコに対するアドバイスだ。

 

 

「自分の道は、自分で決めるべきだみたいなことを言われたと思うが。それに必要なモノは分かるか?」

 

 

 ふるふると、アツコは首を横に振った。とっくにそれを知っていて、もう持っているくせに。贅沢な人間だった。

 

 

「必要なのは理由だ。目的と言ってもいい。絶対に成し遂げるっていう強い目標だ。心当たりしかないだろ? それは、誇っていいんだ。自分でちゃんと見つけたんだからな」

 

「あなたは違うの?」

 

「違う。俺は、流されているだけだ。自分だけで決めた物なんて、何一つないんだよ」

 

 

 アビドスに行ったのも、生徒会に入ったのも、アビドスから出て行ったのも、今ここに居るのも。全部が全部カヤツリが決心して決めたことではない。全部が状況に流されたものだ。

 

 アビドスに行く羽目になったのは黒服のせい。生徒会に入る羽目になったのもそうか。出て行くのは、ホシノに拒絶されて、セイアが現れたから。今ここに居るのも、アツコが襲撃してきたからだ。

 

 

「だから、平等なの?」

 

「性格もあるが、道理を曲げるほどの理由が無いからな。そこまでリスクを考えない。そんな目的が無いだけだ。でも、お前は自分で決めた。だから買ったんだ」

 

「え?」

 

 

 アツコは、トランクとカヤツリを交互に見ている。

 

 

「だって、必要だからって……」

 

「お前は、アリウスを何とかしたいんだろ? なら、これからも使うんだろ? 制服が出来たらそれでもいいけど、あれば便利だろうと思ったんだ。それくらいの事はしても良いとは思ってる。悪いと思うなら、後でちゃんと返せ。理由が達成できた後にな」

 

「うん」

 

 

 ちらりとアツコを確認すると、何かを噛み締めるかのように頷いていた。どうやら、立ち直ったらしい。ようやく、カヤツリは帰路に付くために店の傍から足を踏み出した。

 

 

「じゃあ、帰るぞ」

 

「待って」

 

「まだなんかあるのか……!?」

 

 

 先に立ったカヤツリが振り返れば、アツコがまだ立っていた。だが、何か様子がおかしい。何か、もじもじしている。

 

 

「まだ、私が持ってるような理由が無いんだよね?」

 

「そう言ったが?」

 

「じゃあ、いい考えがあるの。聞いてくれる?」

 

 

 ニコニコとアツコがそんな事を言う。カヤツリは身構えながらも、どうぞと先を促した。

 

 

「やりたい事がないなら。私と一緒に──」

 

 

 何かを言いかけたアツコの声を塗りつぶして、辺りに大きなサイレンの音が響く。

 

 

「ッ! 何……?」

 

 

 一瞬の苛立ちの後に、アツコが不安気な顔になる。どんどん音が大きくなっているからだ。何か近づいて来ている。

 

 

「マーケットガード……」

 

 

 今も響くサイレン。それはブラックマーケットの警備部隊、マーケットガードの出動を知らせるものだ。それが近づいて来ているというのなら、追跡対象がやって来る。

 

 

「隠れるぞ」

 

 

 巻き込まれてはたまらないと。カヤツリはアツコの手を引いて、店の陰に身を潜めた。直ぐに、けたたましい音と共に現金輸送車が通り過ぎていく。その後ろには数台のマーケットガードの装甲車が銃撃をばら撒いていた。

 

 

「行ったの……? 早く帰ろう? どうしたの……?」

 

 

 マーケットガードたちが通り過ぎて、辺りには静寂が戻って来ていた。ユサユサとアツコが、動かないカヤツリを揺らす。

 

 グラグラと頭が揺れて、視界も揺れるが、カヤツリはそれどころではない。あの現金輸送車、そこに乗っている人間に、見覚えしかなかったからだ。

 

 本当に信じられなくて、言葉がポツリと溢れた。

 

 

「何やってんだよ……ホシノ……!」

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