ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

29 / 335
28話 二人の日々

「俺が悪いのか……? 絶対違うと思うんだけど」

 

 

 カヤツリは夕食代わりの賄いを食べながら考えていた。此処の賄いは毎回変わるが、今日はアタリの部類だった。大体店長の試作メニューが流れてくる。普通に全て旨いのだが、今日の物はカヤツリの好みだった。分厚い焼豚と、それに絡んだ醬油ベースの甘いタレ、白米の香りが食欲を刺激する。

 

 あの日からホシノは荒れていた。というよりも容赦がなくなった、というのが正しいのかもしれない。ホシノが先輩を探し回り、カヤツリが眠っていた一ヶ月の間にアビドスの治安は大きく悪化していた。道を歩いているだけで、複数回カツアゲに会うのだ。しかも数分ごとに。

 

 それに、ホシノが怒るのは当然の話ではあった。その日から始めたことは治安維持活動の再開だった。カヤツリが運転するバイクや車で自治区内を走り回る日々が続き、ある程度治安は落ち着いた。

 

 治安が回復してどうなったかと言えば、住人が少しではあるが戻ってきた。その中には態々感謝の言葉を述べに来る住人もいた。今のバイトもその伝手で紹介してもらったものだ。柴関ラーメンもその一つだった。

 

 

「坊主。どうだい、その新メニューの味は」

 

「美味しいですけど? 俺は好きですよ。これ。でも大人には重いんじゃないですか」

 

「なら今度は少し軽くしてみるかね」

 

 

 それを聞いた大将は、犬の獣人特有の、もふもふした身体を揺らして店の厨房へ戻っていく。また改良でもするのだろう。今度はハーブを効かせた塩味かもしれない。焼豚丼を掻き込みながらカヤツリは、そう思った。

 

 今、カヤツリの頭を悩ませている問題はホシノの事だった。あの日に危惧した通りになっている。毎日パトロールと賞金稼ぎ相手に戦闘を繰り広げている。その事以外は、ホシノは多少もちなおしてきている。だから、止めさせようとして、こんな事になったのだが。

 

 食事はカロリーバーで、睡眠時間は最低限、寝ても覚めても戦闘ばかり。何度かカヤツリが強引に、まともな食事をとらせたり、即席の寝具に放り込んだりはしたが一向に辞めない。それどころか、”マズイときは今みたいにカヤツリが止めてくれるでしょ”とまで言い放つ始末だった。信用してくれるのは嬉しいが、そういう問題ではないし、カヤツリはホシノの保護者ではない。何時か破綻するのが目に見える。

 

 同行するという選択肢もあったが、今のカヤツリにはまともな武器がなかった。自爆の時にレールガンは消息不明で、オーナーに頼んではみたがバカみたいな値段を提示されたので諦めた。だから、今のカヤツリの武器はホシノに押しつけられた拳銃とドローンだけだ。一緒にいたところで大してできることもないし、負担の軽減もできない。できることと言えば仮眠中の見張りくらいだ。それなら、しっかり休息できるように仕事量を調整した方がましだった。それにホシノ単体で戦った方が、時間も弾代も安上がりというのも、ホシノに同行しない理由に拍車をかけていた。

 

 

「坊主。悩みがあるなら、俺に言ってみたらどうだい。良い案は出せねぇかもしれないが、言うだけでも違うもんだ」

 

 

 食事と考えごとに集中していたカヤツリは気がつかなかったが、大将が戻ってきていた。ここ最近、頭を抱えているカヤツリを見て心配してくれたのかもしれない。大将はキヴォトスの大人にしては、かなりまともだった。他の大人と同じ存在か疑わしいくらいだ。大将ならいい考えがあるかもしれなかった。

 

 

「いや、相棒が、言うことを聞いてくれないというか。もっと自分を大事にして欲しいというか。……無理をしてるのを止めさせたいんですけど」

 

「ああ、あのちっこい嬢ちゃんか」

 

 

 大将はホシノの事も知っている。負担の軽減が出来ないと思って、ホシノに同行しなくなったカヤツリはバイトを増やした。その日から毎回ホシノが迎えに来るのだ。確かに日が暮れる時間帯ではあるが、そこまでされる謂れはない。理由を問いただしても、偶々近くにいたとか、見かけたからとか苦しい言い訳ばかりだった。

 

 

「坊主の事が心配なんじゃないのかい。坊主だって、嬢ちゃんの事が心配なんだろう? もっと、話し合えばいいんじゃないか?」

 

 

「それはもう、やったんですけどね……」

 

 

 大将の案はもうやっている。ただ話し合うにしても平行線なのだ。ホシノは自分と一緒に仕事をして欲しいらしいが、そういう訳にもいかなかった。確かに最初の頃は治安が悪すぎることもあり、移動の足の関係上カヤツリが車やバイクを出した。今は数は多いが前ほどではない。ホシノ一人でも対処できるだろう。

 

 それにホシノは、数時間の仮眠を除いて、ほぼ一日中戦っているのだ。仕事は治安維持だけではない。借金の為のバイトもあるし事務作業もある。ホシノに同行すれば無茶を止められるかもしれないが、その代わり他の業務が滞る。その業務をホシノにやらせるわけにはいかない。それこそ倒れるに違いなかった。

 

 それは、戦っていないせいで余裕があるカヤツリの仕事だった。以前と同じように一緒には仕事ができない。役割分担して、しっかり休息をとって、疲労で倒れないように仕事を回していこうみたいな話をしたのだ。

 

 いままでの反省も踏まえて、しっかり言葉にして説明したし、自分の考えも言ったのだが。どうもホシノの受けは良くないどころか、露骨に機嫌が悪そうだった。むしろ少し怒っていたかもしれない。言い合いになって、そのままにらみ合いに突入した。

 

 でも、カヤツリは何が嫌なのか言わないホシノも悪いと思う。別に何でもとはいかないが、多少は聞く耳を持っているつもりだった。あの日以前は幾らでも言ってきたのに、ここ最近は言ってくれないのだ。

 

 カヤツリのぼかした話を聞いた大将は険しい顔になったあと、少し呆れた目でカヤツリを見た。

 

 

「……もっと嬢ちゃんの気持ちを汲んでやりな。坊主が嬢ちゃんに無理をして欲しくなくて、仕事を割り振ったのは分かるが。たぶん嬢ちゃん嫌がっただろ。それを坊主の事だから、きっと正論で押し潰したろう?」

 

「話だけでよく分かりますね。大将」

 

 

 当たっている。あのあとはホシノと意見が食い違ってそのままだ。相変わらずホシノは無理をやめないし、カヤツリは書類仕事とバイトで忙殺されている。ホシノは疲労がたまってきているのか、朝に学校で会うたびに表情が死んでいる。

 

 こうなる前は、そんなにひどくはなかったのだ。最近は治安が改善したのと住民に礼を言われたことで、先輩がいた時ほどではないが、時々表情が緩むときもあったくらいなのに。

 

 やはり、まだ先輩の件が響いている。あの日から大分経って急に泣き出すことは減ったが、過剰労働は減らなかった。しかも、カヤツリが同行しなくなってから、砂漠に足を運んでいるようで、そこも心配だった。カヤツリにはどうすればいいか、いい考えが浮かばなかった。

 

 

「交換条件にすればいい。嬢ちゃんも坊主も我を通し過ぎだ。どこかで折り合いをつけるんだ。それくらいはまだできるだろ?」

 

 

 見かねた大将が助け舟を出す。ホシノが何を要求してくるかは予測はできないけれど、今のままよりは確かにましだった。ただ、話を聞いてくれるかは分からなかったが。

 

 

「ほら、もう時間だ。うまくいったら二人で食べに来ればいい。うまくいかなくても、俺はいつでも待ってるから行ってきな」

 

 

 壁の時計を見ると、そろそろホシノが迎えに来る時間だった。大将に背中を押されて、カヤツリは店を出た。

 

 

 □

 

 

 店の外で待っていたホシノと合流して無言で二人、夜道を並んで歩く。夏はとっくに過ぎ去って、肌寒さが目立つようになっていた。もう夏服の出番も終わりだ。横を歩くホシノを盗み見る。相変わらずの無表情で歩いている。髪を切るのも面倒になったのか、伸ばすことにしたのかは知らないが、以前と比べて大分伸びてきていた。

 

 

「この後、夜のパトロールに行くのか」

 

 

 ホシノの身体が不自然に揺れた。ホシノはバレてないと思っていたようだが、やり過ぎだ。何時からやっているのかは知らないが、周りのチンピラやヘルメット団の拠点が消える速度が速すぎる。ここまでやればカヤツリでなくとも気づくだろう。

 

 

「身体を壊すから適度に休めって言っただろ」

 

「休んでるよ。前みたいにカヤツリに言われなくてもね」

 

「いつ休んでるんだよ? 夜、眠れてないのに?」

 

 

 ホシノが刺々しい態度で答えるが即座に切り返す。ホシノがそんな事をする理由は大体わかっていた。それでも、休んでほしいのだが。

 

 あの日の魘され具合を見るに、夜ホシノは眠れないのだろう。悪夢か自責の念だろうけれど。だから、夜通し起きてパトロールなんかやっているのだ。痛いところを突かれたのか、ホシノは不機嫌そうに言い返した。

 

 

「カヤツリこそ、人のこと言えないよね。知ってるんだよ。また校舎に泊まり込んで何かしてる事」

 

 

 心の中で舌打ちする。それは間違っていないがホシノみたいに毎日ではない。ただの偵察だし加減はわきまえている。ただこのまま言い合いを続けていても、前回と同じように何も解決しないで終わるだろう。疲れの残る顔でホシノは、黙ったカヤツリに言い聞かせるように言う。

 

 

「お互い、人の事言えないんだし、このままで行こうよ。本当に限界になったら言うからさ」

 

「……ホシノはどうしたい?」

 

 

 一か八かで大将の助言を採用する。前はできていたのに、この妥協案を探る話し合いができなかったのは、あまり深堀りすれば二人の間で禁句扱いになっている先輩の話題に抵触するからだ。せっかく薄皮が貼ってきたかもしれないホシノの古傷をほじくり返したくなかった。それに、カヤツリもそんなに掘り返したい話題ではない。

 

 

「……私は今のままで良いよ。心配だと思うなら一緒に自治区を周ってよ。それとも、前みたいに一緒に眠ってくれるの?」

 

 

 あの日から大分経つが今の様子を見ると、まだまだ時間が必要な様子だった。何かやっていないと不安でたまらないのだろう。たぶん理性では分かっていても、どうしようもないのだ。

 

 これはこっちが折れるしかない。また正論で潰すのは簡単だが、それをやってもホシノが傷つくだけだ。それは本末転倒だった。

 

 大きく息を吐く。自分の中のラインは、アビドスと自分とホシノが破綻しない範囲で仕事を回すことだった。もうそれは諦める。最優先はホシノだ。アビドスと自分の分のリソースを切り詰めて、余剰分をホシノへ投入する。

 

 

「いいぞ。パトロールも一緒に行ってやる」

 

「へっ? いいの?」

 

 

 なぜか知らないが、ホシノが驚いた声を出す。前に、同行を拒否したのは仕事が回らないからで、別に嫌だからとかではない。優先順位を切り替えただけだ。ホシノがいつか、切り替えができるようになればそれでいい。昼と夜の時間が多少潰れるだけだ。このくらいは負担でも何でもない。

 

 

「その代わりに、夜寝れないなら昼でもいいから寝ること。……それと週末に一日でいいから完全な休みを作ってくれ。それが条件」

 

「……じゃあさ。あの空き教室で寝ていい?」

 

 

 ホシノが恐る恐るカヤツリに尋ねる。前に寝た、自分の空き教室の事だろう。ただもっと寝るのに良いところはあるはずだ。保健室とか、それこそ自分の家とか。カヤツリはホシノの意図が掴めなかった。

 

 

「昼だと隣の部屋で俺が仕事してるけど、寝にくくないか? もっといい場所あるだろ」

 

「あの部屋じゃないと駄目なんだよ。それに仕事は関係ないでしょ」

 

 

 やけにあの部屋に固執する。冷蔵庫等の家電や扇風機やクーラーも色々置いてあるし、居心地はいい方だ。それに前の即席寝具が気に入ったのかもしれない。マットの予備はまだあったはずだから、体育倉庫から引っ張り出せばいいだろう。それに、カヤツリは二つ条件を出したから、もう一つの条件を聞かなければならない。

 

 

「そんなに、あの体育マット気に入ったのか。……まあ羽毛入りだしな。それで、他には?」

 

「まだいいの? そうだね。じゃあ、カヤツリも週末休みなよ。私だけなのは不公平だからね」

 

 

 確かに筋は通っている。ホシノに言われるまでもなく、週末は完全休暇なのだが。それ以上の要求は特にない様子だった。さっきとは違ってホシノの機嫌はおそらくいい。表情も何でか緩んでいる。疲れは見えるがにらみ合いの前の状態に戻っている。

 

 それに、前回の言い争いとは違って、やけに提案への食いつきがいい。そんなに自分が付いてくるのがいいのだろうか? むしろ借金が減るとか、住民が戻ってくるとか、仕事が多少減るとか。先輩が求めたものが叶う方が嬉しいと思っていたのだが。カヤツリにはホシノが何を考えているのか分からなくなった。

 

 

「……週末どこかに連れて行ってやろうか? 毎回、水族館とはいかないけれど、事前に言ってくれれば連れていくが」

 

「どうしたの? 今日はこの前と違うじゃない。前は全然私の言うこと聞いてくれなかったのに」

 

「ホシノに、悪い事したなって思ったんだよ」

 

「そうだね。私も悪かったよ。ごめんね。カヤツリ」

 

 

 試しに出した提案もやはり受けがよくて、カヤツリは別の意味で頭を抱える。もうホシノの事が分からない。お互いの謝罪もスムーズに終わった。という事はホシノはもう怒っていないのだ。仕事を減らそうとしたら怒って、寝る場所の提供と週末の外出で喜ぶのだ。もうカヤツリの負けでよかった。

 

 それに聞いてくれないというが、言わないの間違いだとカヤツリは思った。カヤツリはエスパーではないのだから、言ってくれないと分からない。

 

 

「じゃあ、明日からよろしくね」

 

 

 いつの間にかアビドス校舎に着き、少し機嫌のよさそうなホシノと別れる。どうも疲れたが、ホシノとのにらみ合いが終わったのは、喜ばしいことだった。カヤツリの心労が一つ減ったからだ。あとで大将にも報告とお礼を言わなければいけない。

 

 だから、カヤツリは視界の端で、いつものように、こちらを見つめるぼやけた人影を無視できた。

 

 今日はホシノが少しでも喜んでくれた、いい日なのだから。きっと疲れているに違いないのだ。そのぼやけた人影が先輩のように見えるとしても。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。