ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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292話 イカれたメンバー紹介

 再起動したヒフミは、先生を正義実現委員会の本部へと連れて来てくれた。

 

 

「ここにいるの?」

 

「はい。まだ勾留されているはずです。そうでなくとも、何処にいるかは教えてくれると思います」

 

 

 そう言いながらも、ヒフミは不安そうだった。それは、この部屋の雰囲気も多分にあるのかもしれない。

 

 トリニティらしい豪華な部屋だ。装飾や照明が派手で、それが部屋を飾り立てている。そのせいでなんだか落ち着かない。

 

 ただ、それに慣れているはずのヒフミもしきりに周りを見渡している。

 

 

「でも、誰もいないのは何故でしょうか?」

 

「もしかしたら、出払ってるか、何かあったのかもしれない。でも……」

 

 

 正義実現委員会は、治安維持組織。人手を必要とする何かがあったにしろ、その本部に誰もいないとは考えにくい。

 

 先生は、奥へと続く扉を強くノックした。反応はない。

 

 もう一度、強くノックする。

 

 すると、先生の想像通りに、奥からバタバタと慌てたような足音と共に扉が開いた。

 

 

「何……? あんたたち」

 

 

 扉の隙間からは、正義実現委員会の制服を着た生徒が顔を出していた。

 

 帽子を被った、小さな羽根のトリニティ生。背丈は小さく、こちらを睨む目付きもキツイ。

 

 

「ここに人を探しに来たんです」

 

「人探し? 何、私たち正義実現委員会を人探しに使おうって訳!?」

 

 

 ヒフミの言葉が気に障ったのか。いきなり少女は怒り出した。

 

 

「私たちは、トリニティの治安を守る正義実現委員会。人探し何て、ボランティアみたいな真似をしている暇はないの!」

 

「いや、違うんです。探してる人がここに……」

 

「うるさい! 仕事の邪魔なんだから!」

 

 

 話をしなければ始まらない。ヒフミが要件を分かりやすく言い直すも、少女は尋常でない怒りようで、取りつく島もない。

 

 

「先ずは、こっちの話を聞いて……」

 

「うるさい! 早く帰って!」

 

 

 先生の言葉にも、少女は対応を変えない。余程怒っているのか、扉を開けて出てくる始末。

 

 なんだか、随分と余裕がないように先生には思えた。出直した方が良いかもしれない。

 

 

「ヒフミ。出直そう」

 

「そうですね……浦和ハナコさんは、最後にしましょうか……」

 

「呼びましたか?」

 

 

 突然の聞き慣れない声に、先生は身構えた。その方向を向けば、扉からまた見知らぬ少女が顔だけ出している。

 

 ホシノやミカとはまた違う、桃色の髪の少女だ。至って普通の表情で扉を開けて、先生たちへと問い掛けてくる。

 

 

「「「……」」」

 

「おや? 人違いでしたか? 確かに、私の名前が聞こえた気がしたのですが……」

 

 

 反応のない先生たちに、ハナコは首を傾げている。

 

 人違いではない。浦和ハナコは、確かに先生たちが探していた生徒だ。ただ、声を出せない理由は他にある。

 

 

「な、ん、で! 服を着て無いのよ! 代わりの服は置いてあったでしょ!?」

 

「嫌ですねぇ。ちゃあんと着ているじゃないですか。制服を」

 

「それは水着じゃない!」

 

 

 その理由は、顔を真っ赤にした少女が教えてくれた。驚くべき事に、ハナコは水着姿で現れたのだ。まさかの現行犯である。

 

 

「学校指定の水着ですよ? 制服とは学校から指定された服。それなら、これも制服と言って差し支えないのではないでしょうか?」

 

「差し支えるわ!! そんなのは詭弁よ! それは制服じゃないし! ただの水着! 早く服を着て、牢屋に戻りなさいよ! 先輩たちが戻ってきちゃう!」

 

「仕方ありませんねぇ……なんてワガママな方なんでしょう」

 

「なんで私が物分かり悪いみたいな感じになるのよ!! ちょっと! 何、肩紐に手を掛けてるの!?」

 

 

 正義実現委員会の少女は、ハナコに振り回されている。ハナコの方は、振り回している自覚しかないのか、満面の笑みを浮かべている。

 

 

「何って、貴女が言ったんじゃないですか。これは制服ではない。制服を着ろと。私も本意では無いのですが、正義実現委員会の方に言われては仕方ありませんよね?」

 

「ここで脱げなんて言ってないじゃない!」

 

「え? ここで脱げ? 仕方ありませんねぇ……」

 

「エッチなのはダメ! 死刑よ死刑!」

 

 

 その気は無いのだろう、ハナコは肩紐に手を掛けたり外したりを繰り返す。その度に少女は翻弄されていた。怒って、叫び過ぎて。少女は息も荒く、肩で息をしている。

 

 この光景で何故少女に余裕がなかったのか、それが分かった。

 

 きっと、この少女はハナコの看守だ。そしてハナコは、今の調子で少女を、揶揄っていたに違いない。その結果、ヒフミの言葉を取り違えたのだろう。

 

 

「ああ、もう! 良いから早く戻って!」

 

 

 当の少女のボルテージは天井知らずに上がっていた。高い声が、キンキンと先生の耳に高い声が響くが、急に弱くなった。

 

 見れば、少女が口をあんぐり開けて。先生の後ろを見ていた。

 

 

「コハル、一体何を騒いでいるのですか? 廊下まで声が聞こえましたよ?」

 

 

 後ろを振り返れば、長身で黒髪の生徒。ハスミが嘆息している。その視線の先には叫んでいた少女の姿があった。少女の顔は今度は怒りではなく、羞恥で真っ赤になっていた。

 

 

「……なるほど。状況は理解しました」

 

 

 グルリと辺りを見渡して、ハスミはさっきよりも大きな溜め息を吐く。そして、先生へと向き直った。

 

 

「先生も、お久しぶりです。シャーレビルの奪還作戦振りでしょうか」

 

「そうだね。ハスミも久しぶり」

 

「ええ。先生も活躍されているようで」

 

 

 ハスミは表情を綻ばせて先生に挨拶をする。ハスミと先生は顔見知りだった。先生が初めてキヴォトスで遭遇した事件を手伝ってくれた生徒の一人だ。

 

 

「先生はどうしてトリニティへ? 正義実現委員会に何か?」

 

「いや、ハスミ達に用があるんじゃないんだ。補習授業部の件でね」

 

「補習授業部……ああ、シャーレの仕事で迎えに来たのですか」

 

「うん……これを」

 

 

 ハスミに、補習授業部の名簿を見せると、何人かの名前に見覚えがあるのか。額を抑えていた。

 

 

「……ええ、合っています。それに、少し待てば、あと一人も来るはずです」

 

 

 先生から、ハスミはハナコと少女──コハルをちらりと見る。

 

 

「容疑者を確保しました!」

 

 

 何かを伝えようとしたハスミの言葉は、後から入ってきた大勢の声でかき消されてしまう。奥からは、複数人に囲まれて誰かが入ってきていた。

 

 

「邪魔が無ければ、あと何人かは道づれに出来たのに……」

 

 

 それはトリニティの制服を着た少女だった。綺麗な銀の頭髪と白い翼が目を引く。ただ、それらよりも目を引くのは、装着されたガスマスクだった。

 

 銀河の暗黒卿の様な呼吸音がマスクから漏れているし、発言も見た目にたがわず物騒だ。

 

 

「……彼女が?」

 

「ええ、白洲アズサ。先ほど見せて頂いた名簿の生徒の一人です。丁度、暴力事件を起こしたところを拘束。抵抗が激しく、通行人が巻き込まれました。そのせいで、ツルギまで出張る羽目になりました」

 

 

 この部屋に人気が無かったのは、アズサの拘束に人手が必要だったかららしい。当のアズサは、諦めたのか。抵抗するそぶりはなかった。

 

 

「それじゃあ、ハスミ。連れていくけど、構わないかい?」

 

「ええ、白洲アズサや浦和ハナコ。残りの人員も同じようにして頂いても構いません」

 

「えっ? 何で?」

 

 

 ハスミの答えが信じられないのか。コハルは先生とハスミを交互に見た。

 

 

「先生は補習授業部の担任という依頼で来られています。なら、その所属の生徒を引き渡す事に異議はありません」

 

「でも、私の仕事は……」

 

「終了という事になります。普段の業務──押収品の整理に戻ってもらって構いませんよ」

 

「そんな……」

 

 

 コハルはハスミの答えが不満な様子だった。理解はするが納得しかねる。そんな雰囲気だ。仕事が中途半端で終わったことが、そんなに嫌だったのだろうか?

 

 

「ふ、ふん。いいザマよ。私だって、こんな悪党と一緒に居なくて清々するわ! それに補習授業部だなんて! 恥ずかしい!」

 

「コハル……」

 

「あははっ。良いんじゃない? 露出狂とテロリスト。そこにバカの称号が加わるなんて。私なら、一緒に居るだけで羞恥心で死んじゃいそう!」

 

 

 コハルは、急に罵倒を始めた。先生には、必死にそう言い聞かせているようにしか見えなかった。それは、ハスミも同じだったようだ。

 

 

「コハル。貴女の仕事への姿勢は評価しています。勿論、貴女なりに努力していることも、貴女の焦りも。それは仕方ないと思えます。ですが、それは土台があってこその物。この時期にしてもう全教科三回連続赤点は、見過ごせないモノがあります」

 

「へ?」

 

 

 コハルは、ポカンとして口をあけっぱなしにしている。

 

 

「……非常に言いにくいのですが。補習授業部の名簿に名前と理由があります。下江コハル。成績不振の為、補習授業部に配属すると。補足で、成績向上と判断されるまでは、正義実現委員会の復帰を制限するとまで……」

 

 

 微妙な顔のヒフミの言葉を、コハルは聞こえていない様に固まって。そして、ただでさえ赤かった顔の赤みがさらに増し、その場に崩れ落ちた。

 

 

「死にたい……本当に死にたい……いっそ殺して……」

 

 

 力ない、羞恥交じりの泣き声が、蹲ったコハルから漏れ出てくる。さっきまでの言動を思えば、妥当な反応でしかない。散々バカにして笑った補習授業部、自分は関係ないと思っていたが故の余裕だったのだろうが、そんな事は全くなかったのだから。

 

 むしろ、もっと酷い。素行不良ではなく、実力で補習授業部に入ったようなものだ。それは、コハル自身が重々承知しているのだろう。もう泣き声すら聞こえない。

 

 

「これで、三人が集まりました。あと一人ですが……瀬戸カミガヤ? 誰なんでしょう?」

 

「ああ、カミガヤさんですか。知ってますよ。相部屋ですからね」

 

 

 ヒフミの声に、ハナコが答えた。名簿の最後の一人。ヒフミが知らないその人物をハナコは知っているらしかった。

 

 

「それで? 最後の一人はどんな犯罪者なの……? この変態の知り合いなんでしょ? どんな変態が出てきても驚かないわ」

 

「フフフフ……変態ですか。どうなんでしょうねぇ?」

 

 

 怪しげにハナコは微笑むだけだ。水着姿なのも相まって、不気味さが増している。

 

 

「はぁ……心配は無用です。至って普通の方ですよ。今日も迷惑を掛けてしまったくらいです」

 

「迷惑?」

 

 

 ええ、とハスミは頷いて。アズサの方へと視線をやった。

 

 

「白洲アズサの騒動に巻き込まれた方が居ると言いました。その人が先生が探している最後の一人です」

 

「その……どんな人なの?」

 

「……普通としか言いようがありませんね。そもそも、補習授業部に選ばれるほど成績は悪くないどころか、非常に良かったはずですが……」

 

 

 ハスミと共に、ヒフミの持つ名簿を確認する。理由の欄には、短い文章だけが印刷されていた。

 

 

「必要単位の不足……?」

 

「ああ、彼女は連邦生徒会長お墨付きの転入生ですから。きっと以前の履修範囲とトリニティの履修範囲が違うのかもしれません。救済措置といった所でしょうか」

 

 

 学生時代の先生の思い出が蘇って。先生は口の中が苦くなった。必修科目、選択科目、単位が足りない、申請終了まであと数時間……。

 

 

「そういえば、ハスミはその人と知り合いなの? 随分詳しいけど……」

 

「私でなく、委員長。ツルギの方です。色々と話をしているようで、さっきも化粧水について話していました。ほら、来ましたよ」

 

 

 ハスミの示した先からは、二人の生徒が歩いてきていた。話しながら歩いているようで、会話が小さく聞こえてくる。

 

 

「他に何を使っている?」

 

「他の人間におすすめされたヤツですね。私には違いが分かりませんが」

 

「それでか? ……羨ましい限りだ」

 

「そんな悲しそうな顔しないで下さいよ……幾つか貸しますから、試して合うのを探してみればいいじゃないですか」

 

「感謝する」

 

 

 一人は知っている。剣先ツルギ。正義実現委員会の委員長。正義実現委員会の神髄、トリニティの最終兵器。先生は依頼での姿しか知らないが、ツルギが普通に話している姿を見て嬉しくなった。

 

 そして、もう一人。制服を着た少女だ。袴の如くに長いスカート、そこから見えるブーツ。日差し対策だろうか、羽織ったカーディガンとストール。背も横に並んで歩くツルギよりも頭一つ分は高いか。

 

 それと一瞬、緑かと見紛う黒髪と掛けた黒縁眼鏡も相まって、図書館やオフィスに居そうな雰囲気が放たれていた。

 

 そして、先生は何かが引っかかっていた。

 

 

「カミガヤさん。貴女に来客があります」

 

「来客? うえ……」

 

 

 カミガヤと呼ばれた生徒は、ハスミを見た後に。その後ろで手を振るハナコを見て、心底嫌そうな顔になった。

 

 

「アレを連れて帰れと言うんですか?」

 

「アレとは酷いですねぇ……色々と教えてあげたじゃないですか。転入してきたばかりのあなたに、今のトリニティのコトとか、女の子の事とか」

 

「生憎、中途半端な変態の言葉には詳しくないんですよね」

 

 

 ピシリとハナコが固まったように見えた。

 

 

「中途半端、ですか?」

 

「中途半端でしょう? 水着で徘徊なんて。露出にしては最後の一線は守っているのが見え見えじゃないですか」

 

「……それは」

 

 

 ハナコが悔しそうにしているのを見て、カミガヤは満足そうに微笑んでいる。そして、くるりと先生の方を向いた。

 

 

「それで、羽川さんの言っていた来客は貴方ですか。その姿を見るに、シャーレの先生ですね?」

 

「うん……どうして分かったの?」

 

「大人の男の人とくれば、先生しかいませんから。それで、この私に何の要件が?」

 

「補習授業部に参加してほしいんだ」

 

 

 そう言われた瞬間、カミガヤの目が鋭くなったように見えた。

 

 

「補習を受けるような成績は取っていないはずですが」

 

「単位が足りないそうですよ」

 

「単位? ……へぇ、そうですか。それなら、仕方ありませんね」

 

 

 ハスミの言葉で納得したのか、カミガヤは後ろのツルギへと振り返った。

 

 

「じゃあ剣先さん。折をみて持ってきますよ」

 

「分かった。私だけか?」

 

「ええ、貴女以外の他の方たちは、必要だと気づいていないようなので」

 

「そうか、ハスミ。行くぞ」

 

 

 ひらひらと手を振ってツルギとハスミを見送ったカミガヤは、今度はヒフミの方へと近づいた。

 

 

「貴女が部長さんという事でよろしいですか? 三年生ではありますが、よろしくお願いしますね」

 

「は、はい。よろしくお願いします……」

 

 

 ヒフミは困惑で縮みあがっている。先生は、ハスミの言った普通という言葉が分かるような気がした。

 

 普通だ。それしか言いようがない。目立つのは、単位を取り忘れるなどという抜けたところがあるくらい。今も、アズサやコハルに挨拶をしている。ハナコに対しては完全に無視を決め込んでいたが。

 

 

「カミガヤさんはハナコと知り合いなの?」

 

「知り合い? 第一被害者と言って欲しいですね」

 

 

 ニコニコ笑いのハナコを手で指して、カミガヤは面倒そうだ。第一被害者というのは、何となく想像がついた。

 

 

「ハナコを見ちゃったの?」

 

「ええ、情けない声でしたねぇ」

 

「ご想像の通りです。物陰から、こんなのが飛び出してくるんですよ? 叫び声くらいあげます」

 

 

 つまりは、そういう関係らしい。ハナコが突っかかって、カミガヤが流す。コハルとはまた状況が違っていた。

 

 

「それで、聞きたいことがいくつかあるんだけど。いいかな」

 

「なんでしょうか。先生ですから、生徒データ位は見放題だと思いますが?」

 

 

 カミガヤは話が早かった。大体の事象を、説明するまでもなく知っている。補習授業部のことを聞いたハスミが驚いていたのも頷けた。

 

 

「連邦生徒会長お墨付きの転入生って?」

 

「……それは誰から? ティーパーティの誰かから、そう聞いたんですか?」

 

「いや? ハスミだけど……?」

 

「へぇ、じゃあ、先生は羽川さんか、私がそう言うまで知らなかったと……」

 

 

 俯いて考え込んでいたカミガヤは、パッと顔を上げた。

 

 

「まぁ、あれですよ。エデン条約成立後のテストケースみたいなものだと考えてくれればいいです」

 

「……エデン条約? それが関係あるの?」

 

「……それも聞いていないんですか?」

 

 

 信じられない。そんな顔をカミガヤに向けられて、先生は顔が引きつった。

 

 

「ごめんね……」

 

「いえ、先生を責めているわけでは無いんです。今回の補習授業部でしたっけ? それとは関係があまりないので。でも説明しない人間が悪いと思うんですよね」

 

 

 カミガヤは安心させるように、先生を庇ってくれた。それが先生の情けなさを加速させる。それを見て、心配してくれたのだろう。カミガヤが顎に手を当てて考えている。

 

 

「聞いてみればいいと思いますよ? 補習授業部のメンバーの事を聞くのは、担任の先生として、いたって普通の事です」

 

「教えてくれるかな……」

 

「仕事を依頼しておいて、それに関わる事を教えないというのはあり得ません。それは依頼主として不誠実です」

 

 

 少し、カミガヤは怒っている様子だった。

 

 

「ありがとう。ナギサに聞いてみるね」

 

「ええ、それは当然のことですよ。それは依頼主として、基本のキでしょうに

 

 

 ぼそっと、カミガヤが何かを呟いた。その聞こえるか聞こえないかの呟きが、先生の記憶を刺激する。

 

 

「あ……」

 

「どうかしましたか?」

 

「カミガヤさんだっけ? 前に会ったことないかな?」

 

 

 ──逃走経路の確保は基本のキでしょうに。

 

 

 ブラックマーケットの逃走劇。そこで助力してくれた声に似ていた。喋り方が何となく似ているような気がしたのだ。もしそうだったのなら、こっそりお礼位は言いたかった。

 

 

「……はぁ」

 

 

 カミガヤは、呆れた目を先生へと向けていた。溜め息まで吐いている。

 

 

「シャーレの先生は、ナンパがお好きなんですか?」

 

「えっ」

 

 

 焦って思い返してみると、自分の台詞はナンパの台詞そのままで。先生は焦った。

 

 

「違う、違うよ。そんなつもりじゃ……」

 

「そうですか? 噂じゃ、生徒の足を舐め回したとか。案外、本当にやったんじゃないですか?」

 

「うっ」

 

 

 先生は思わず呻いた。アレは、緊急避難だった。だが、目の前のカミガヤはそれを知らない。

 

 

「私の足は勘弁してくださいね。ま、舐めたがる人間なんていないでしょうが」

 

「そんなことないよ」

 

 

 そんな悲しい事を言わないでほしい。自分を卑下する必要は全くない。そんな気持ちで飛び出した言葉であったが、この場では逆効果だった。

 

 

「足を? カミガヤさんの足を? 先生が? フフフフフ……クッ、フフフ」

 

「……………………近くには近づかないで下さいね」

 

 

 ハナコは先生とカミガヤのやり取りに、笑いをかみ殺していた。カミガヤは、どうしようもない物を見る目になって、先生から遠ざかる。引き留めようにも、今の先生には言葉が無い。

 

 

「うわ……」

 

「アレは、励ましの言葉だろう?」

 

「あはは……」

 

 

 コハルの目も冷たい。何も知らないだろうアズサと、少しだけ事情を知っているヒフミだけが態度を変えないで居てくれている。

 

 先生は自らの失策と、この後の補習授業部にどう接すればいいのかで、天を仰ぐ。

 

 カミガヤに何を聞こうとしたのかは、先生の頭からすっかり消えさっていた。

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