ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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294話 コハルとカミガヤ

「どうしよう……」

 

 

 下江コハルは問題を前にして、呻くことしか出来ていなかった。

 

 コハルの前には薄い紙が一枚。今は、小テストの真っ最中。数題の問題が書かれたテスト用紙は、いまだ余白の方が多い。

 

 詰まる所、コハルはテスト用紙を全く埋められていない。いくつかは埋めたものの、それすら万全の自信はない。

 

 けれど、コハルは諦める訳にはいかなくて。泣きそうになりながらも答案を作り始める。

 

 しかし、時間すらも味方では無いようで、幾つかの問題だけを埋めた所でアラームが鳴った。

 

 

「じゃあ、採点を始めましょうか」

 

 

 明るいヒフミの声が、コハルには死刑宣告の様にしか聞こえない。

 

 配られた正解用紙と、自分の回答用紙は全く違って。赤ペンを動かすたびに、バツが増えていく。そうしてペンが止まれば、いつもの様な惨たらしい点数が突きつけられた。

 

 

「……しょうがないじゃない。他の皆も……」

 

 

 あんまりな点数に。コハルは、なんとか言い訳を捻りだそうと嫌な現実から目を晒す。でも、その言い訳は、とっくに使えないことをコハルは忘れていた。

 

 

「凄いじゃないですか! また上がりましたよ!」

 

「うん。頑張った。これで、スカルマンは私の物」

 

 

 後方からの突然の声に顔を上げれば、ヒフミがアズサの手を取って喜んでいる。アズサも自信有り気に笑っているし、ハナコも微笑ましそうにそれを見ていた。

 

 また、点数が上がったのだろう。ここ最近、アズサの点数が伸びてきていた。以前までの差はもう届かない程に広がっている。

 

 その理由は、ヒフミの考えだした報酬だった。ヒフミの好きなモモフレンズ。そのキャラグッズを贈呈するというもの。

 

 コハルやハナコに対しては、受けは微妙だった。もうコハルはそういう物が好きな年齢ではないし、子供っぽくて恥ずかしかった。ハナコは、よく分からない。

 

 でも、アズサは違ったようだ。その中のスカルマンというキャラクターを気に入って以降、メキメキと実力が伸び始めていた。

 

 その事実だけで、コハルは消えてしまいたくなる。

 

 今までなら、平気だった。自分があの正義実現委員会の一員というだけで耐えられた。何を言われようとも、心の中で、こう答えればよかったからだ。

 

 

 ──私は正義実現委員会だけど。あなたはどうなの?

 

 

 正義実現委員会の一員という立場が、コハルを守っていた。でも、もうそれは使えない。

 

 

 ──成績の向上が見られるまで。正義実現委員会の復帰は制限する。

 

 

 つまり、今のコハルは正義実現委員会の下江コハルではない。この間の何も知らなかったコハルが嘲笑った、補習授業部の下江コハルになってしまった。

 

 それから抜け出す方法は唯一つ。六割の点数を取ればいい。でも、たったそれだけの事がコハルには何よりも難しかった。

 

 初めは、中学時代やトリニティに入学してすぐはこうでは無かった。寧ろ、普通位の成績だったかもしれない。最初の授業は普通に乗り越えることが出来ていたように思う。

 

 けれど、いつの間にかこうなってしまった。コハル自身、何が悪くてこうなってしまったのか分からないし、どうすれば良いのかもわからない。

 

 今も、勉強をサボったわけでは無い。勉強をしているはずなのに、何も進歩が無い。完全なる袋小路にコハルは嵌まっていた。

 

 

 ──何で? 頑張ってるのに……こんな点数……。

 

 

 目の前の答案を睨みつけても現実は変わらない。これがお前の今の実力だと、低い点数が睨み返してくる。コハルは限界が来て、視線を逸らした。

 

 

 ──どうしよう。このままじゃ……。

 

 

 コハルの胸がギリギリと絞られるように痛む。この痛みの原因は分かり切っている。コハルが全員の足を引っ張っているという、今の現状。

 

 ヒフミは元々点が取れている。アズサはさっきも言ったとおり。ハナコも六十点付近まで上がっている。

 

 コハルだけだ。コハルだけが、何も変わらない。

 

 それだけなら、まだよかった。コハルだけが悪いのだから。でも、今回はそうではない。

 

 補習授業部から抜け出す方法は、特別学力試験で()()が六十点以上を取る事。

 

 個人ではなく、全員だ。コハルが落ちれば、それだけで。コハル以外の全員も落第する。

 

 そんなのは嫌だった。コハルだけが悪くて、報いを受けるのならいい。でも、他の全員は頑張っているのだ。結果だって出ている。それを、コハルが台無しにするのだ。そんなものは、耐えられはしない。そんなのは、間違っている。

 

 今日はシャーレへいったん戻っている先生の教え方が悪いとは思わない。一生懸命にコハルへ教えてくれるし、コハル用の問題集だって用意してくれた。でも、結果はこの様だ。

 

 あんなに頑張ってくれた先生が、この点数を見たら、どう思うだろう。呆れるだろうか? 怒るだろうか? そんなことは無い。きっと、今までと同じように、励ましてくれるに違いなかった。

 

 それが、何よりもコハルには辛かった。皆が、コハルに手間を掛けてくれているのに。コハルは全くそれに答えられないのだから。

 

 余りの情けなさに涙が滲んできて、コハルは制服の袖で乱暴に拭きとる。でも、拭いても拭いても涙は止まってくれない。仕方なく机に突っ伏すしかなかった。

 

 

「……どうかしました?」

 

 

 小さく掛けられた声に、小さく顔を上げる。腕の隙間からは、いつも通りの格好のカミガヤが見えた。

 

 

「何でもないです。カミガヤ先輩……」

 

「先輩付けは無しという話だったでしょう?」

 

 

 そう言えばそうだったと、コハルは思い出す。補習授業部は学年がバラけている。コハルが一年。ヒフミとアズサ、ハナコが二年。最後にカミガヤが三年だ。一々、先輩付けが面倒なのと、連帯感を高める目的で、ヒフミがそう言い出したのだった。

 

 

「カミガヤ先……あっ」

 

 

 また、コハルは言い間違えて。唇を噛んだ。カミガヤを、ハナコやヒフミ達のようには呼べなかった。

 

 カミガヤは、補習授業部に所属はしている。けれど、ヒフミたちの様にずっと勉強漬けになってはいなかった。

 

 

 ──この通りに点数は取れているので。私は他の皆さんのフォローに回りましょう。

 

 

 その言葉の通りに、カミガヤは忙しく動き回っている。プール掃除の時だって、皆の為にアイスを買い出しに行っていたくらいだ。今も、お茶のポットと糖分補給のためのお菓子が入ったカバンを抱えている。

 

 そう言われた先生は良い顔をしなかったが、小テストや模試で九十点台を連続で叩き出されては頷くしかなく、カミガヤは自力でその権利を勝ち取ったのだ。

 

 それもあって、コハルはカミガヤを呼び捨てにはできなかった。コハルに出来ないことをやった人間に、そんな態度は取れない。補習授業部に居るのだって、素行不良や露出などの理由ではない。多分、補習授業部で一番まともな人間がカミガヤだった。

 

 

「おや? 今日の小テストですか?」

 

「あっ! 待っ──」

 

 

 机の上の答案に気づいたカミガヤの声に、コハルは悲惨な答案を引っ込めようとする。でも、少し遅かった。机の答案は、コハルの小柄な身体で全てを覆い隠せはしない。

 

 コハルは、そのまま動けない。直ぐ聞こえるだろう言葉は、コハルを傷つけるからだ。

 

 

「……あれ?」

 

 

 ため息とか、落胆の声とか。コハルの想像した、そういった音は聞こえてこなかった。恐々と、コハルが顔を上げると、カミガヤは神妙な顔でコハルの回答を見ている。

 

 

「コハルさん。この問題は、分かっていて解いたんですか?」

 

「違います……何とか、頑張って……」

 

「つまり、見たことはあるんですね?」

 

 

 カミガヤの質問に、コハルは頷くことしかできない。呆れているわけでも、怒るわけでもない。ましてや、感心しているような雰囲気だった。

 

 

「……先生から貰った問題集があったでしょう。それを解いたノートを出してください」

 

 

 流石にそれは、今は持っていない。そう言うと、カミガヤはヒフミの方に声を掛けた。

 

 

「ヒフミさん。コハルさんを少し借りていきます」

 

「えっ、分かりました」

 

「じゃあ、行きますよ。コハルさん」

 

 

 あれよあれよという間に。コハルの机を片付けて、カミガヤは部屋の案内を催促してくる。流されるまま教室を出ようとする二人をハナコが止めた。

 

 

「ウェルギリウスのつもりですか?」

 

「どっちかというと、ベアトリーチェの方ではないですかね? ウェルギリウスは先生でしょう?」

 

「ああ、あなたは先生に頼むだけと。フフフ……あなたがベアトリーチェですか。永遠の淑女?」

 

「分かって言ってるでしょう? アズサさんだって驚いているじゃないですか。立ち上がってしまうなんて、相当でしょう。ねえ?」

 

 

 コハルには分からない会話だ。永遠の淑女呼ばわりされたカミガヤは渋い顔をしている。アズサは驚いたのか、勢いよく椅子から立ち上がっていた。

 

 

「アズサさんのフォローはお願いしますよ。古代語の話でもすればいいでしょう」

 

 

 そう言ったカミガヤは、コハルの部屋までやって来て。問題のノートを見た途端、納得の息を吐いた。

 

 

「なるほど。ちょっと、この問題を解いてください」

 

 

 カミガヤは、さらさらと問題を紙に書いて寄こした。見れば何のことは無い。これは、コハルでも解ける問題だった。すぐさま解いてみせると、カミガヤはやっぱりと呟く。

 

 

「コハルさん。この問題は、あのテストに出た問題の派生元なんです。ですから、これが解けるなら、あの問題も解けるはずなんです。先生が作った問題集は、そういう基本問題が集められたものですからね」

 

「でも……」

 

 

 コハルは解けない。それは、あのテストの結果が証明していた。似ているとは思ったが、どうすれば良いかは分からないのだ。

 

 

「解けない理由は簡単ですよ。コハルさんは、同じ問題なら解ける。悪く言うなら、同じ問題しか解けないんですよ」

 

 

 カミガヤは、問題集と紙に書いて寄こした問題を比べる。

 

 

「数字を変えた物をコハルさんに出題しました。つまり、答えを丸暗記したわけでない。なら、答え方を丸暗記しましたね?」

 

「う……でも、そういう風にするんじゃ……」

 

 

 図星であった。でも、どうすれば良いのか分からない。間違えたから、答えを見て。解けるようにすることの何がいけないのだろう。

 

 

「良いですか。勉強においては、間違っていても良いんです。それは、自分が分かっていない所の指標なんですから」

 

「だから、解けるように……」

 

「同じ問題を解けるようにしたところで意味はありません。実際、派生先の問題は解けなかった。何故なら、この基本問題の意味を理解していないからです。この問題は、何の理論を使うのかと言うね」

 

 

 だから、解けないのだと。カミガヤは言う。

 

 

「この問題集の問題は基礎です。基礎という事は、これを使って他の問題を解くという事。基礎を疎かにして、他の問題は解けません。これは数学だけでなく、暗記でもそうです。間違ったところだけを覚えても意味がない。選択問題でも、他の選択肢の意味も調べてみる。それが大事です」

 

「じゃあ、どうすれば良いの?」

 

 

 そうすればいいと、カミガヤは言うが。コハルにはどうすれば良いのか分からなかった。意味を理解しろと言われても、具体的に言われなければ分からない。

 

 そう問われたカミガヤは、顎に手を当てて考え始めた。

 

 

「そうですね……一番いいのは自分用の間違いノートを作る事ですが。時間がありません。じゃあ、こうしましょう。コハルさんが私に説明してください」

 

 

 カミガヤは、今解いた問題を指差して、コハルを見た。

 

 

「説明? でも、先輩は分かるんじゃ……」

 

「ええ、分かりますよ。説明だって出来ます。そう出来て初めて、理解したというんです。まずはやってみてください」

 

「うん……あれ?」

 

 

 こんなの簡単だ。そう思って説明しようとしたコハルであったが、言葉が出てこない。解き方は分かるが、何故そうなるかは言葉に出来なかった。

 

 

「難しいでしょう? とりあえずは、少しづつやっていきましょうか」

 

 

 にっこりとカミガヤは笑って、コハルを質問攻めにした。分からないなら、何でも使って良いとのことで。教科書と睨めっこの上、カミガヤの助けを借りて。コハルはどうにか説明を終えた。

 

 

「じゃ、さっきのテスト問題を解いてみましょうか」

 

 

 疲労で回らない頭では無理だ。でも、カミガヤが言うのだ。コハルは解けなかった問題に取り掛かる。

 

 

「あれ?」

 

 

 さっきと同じ言葉が飛び出るが、意味は真逆だった。どうすれば良いのかが、何となく分かる。そのまま問題をこねくり回しているうちに、答えが出てしまった。

 

 

「はい、正解です」

 

 

 カミガヤが手を叩いて褒めてくれるが、コハルは実感が湧かない。本当に自分が解いたのかが疑わしい。

 

 

「別に、コハルさんの出来が悪いという訳ではないです。トリニティに入学出来ている以上、それはあり得ない話ですから。単純に、やり方の問題ですよ」

 

 

 その言葉は、優しかった。コハルは、少しだけ元気という物が出てくる。

 

 

「ありがと……」

 

「お礼などいりません。先生のやり方に横から口を出しただけです。それに、嫌でしょう? 頑張ったのが報われないというのは」

 

「頑張った?」

 

 

 コハルが鸚鵡返しに呟くと、カミガヤは大きく頷いた。

 

 

「ええ、やり方は間違っていましたが。でも、意味はあった。サボっていたなら、ここまで早くは終わらなかったはずですから」

 

 

 カミガヤは、どこか遠くを見ていた。それは、どこか寂しそうで。コハルの口からは反射的に言葉が飛び出す。

 

 

「先輩は違ったの?」

 

 

 カミガヤの反応は劇的だった。遠くを見ていた視線が戻ってきて、コハルを見た。まさか、そんな事を言われるとは思わなかったような顔だった。

 

 

「そうですね。意味は無い努力。それは徒労というんです。それを努力とは言いませんから」

 

 

 如何やら、そんな事がカミガヤにはあったらしかった。少し、元気がなくなったように見える。何だか、それが悲しくて。コハルは中身の少ない頭を引っ掻き回す。

 

 

「その時が来てないだけじゃ?」

 

「……コハルさんは良い人ですねぇ」

 

 

 カミガヤは、懐かしそうに笑う。

 

 

「それは、大事にした方が良いと思いますよ。勉強は幾らでも取り返せますが、それは取り返せないモノですから。それは、勉強が出来る事よりも、高い地位を手に入れる事よりも、何者かになる事よりも、何倍も何倍も大切なモノです」

 

「そうなの?」

 

 

 コハルは首を捻った。それは、誰だって持っている物だと思うのだ。他人が悲しければ悲しいし、間違った事は間違っていると言わなければならない。またはその逆も。それは、カミガヤが今していることでは無いのだろうか。でも、カミガヤはしっかりと頷くのだ。

 

 

「ええ、そう聞き返せるという事がその証です。それをコハルさんは当然のことだと思っている。願わくば、失くさないでほしいですね」

 

「……先輩も、そうしてるじゃない。今だって……」

 

「違いますよ。全くの善意という訳ではありません」

 

 

 カミガヤは、コハルの言葉に頷いてはくれなかった。

 

 

「コハルさんが落第になったら、全員が困りますからね。コハルさん自身も悲しいでしょう? 私が何とかできるからしたまでです」

 

 

 ここには居ない誰かをバカにしたような言葉で、カミガヤは言う。

 

 

「今回に限らず、誰かがやらなければならなかったことです。ですが、利益だけを前面に押し出すのは良くない事です。コハルさんも、最初からそう言われていたら、嫌だったでしょう?」

 

 

 それは、そうかもしれない。初めからカミガヤが、教えてやるとか。落第になったら困るからとか。そんな意識を前面に押し出して来たら、コハルは拒否しただろう。

 

 そんな目的がカミガヤに無かったか。そう問われれば、コハルは違うとは言えなかった。今、カミガヤが言った思惑は確かにあったように思う。でも、それだけではなかったはずだ。そう言うカミガヤに何だか腹が立った。

 

 

「そうかもしれないけど……でも、私は、皆がそうなんだと思う」

 

「……ええ。だからこそ。大事にして欲しいんですよ」

 

 

 カミガヤは困ったように言うが、コハルの言いたいことは、それでは無かった。

 

 

「違くて……私が言いたいのは……ああ、もう!」

 

 

 コハルの頭では、上手い言葉が出てこない。思わず声が荒ぶるが、カミガヤは静かに待ってくれていた。

 

 

「先輩だってそうでしょ! 良い人なの!」

 

「打算はありましたよ」

 

「そうじゃなくて! それだけじゃなかったじゃない!」

 

 

 思わず出た言葉が、コハルの言いたいことと合致した。そのままコハルは思うがままに口を開く。

 

 

「そうだったかもしれないけど、それだけじゃなかった。善意百パーセントじゃないといけないなんて間違ってる」

 

 

 コハルはそれほど大した者ではない。今も補習授業部でヒイヒイ言っているくらいだ。それでも、カミガヤはコハルを良い人だという。そして、カミガヤ自身は良い人ではないとも。

 

 それは違うと思うのだ。打算があったにしろ、何かをしてくれたのは事実なのだから。何もしてくれない人よりもずっといい。

 

 

「善意だなんだって、どうでもいいの。私の為に、何かやってくれたのは間違いじゃない。善意だけの人なんて、居ない……と思う」

 

 

 百パーセント善意ではないのも、当たり前だ。カミガヤが褒めたコハルだってそうだ。好き嫌いはあるし、善意だけではない。コハルが嫌だからやっているに過ぎない。

 

 多分、先生だってそうなのでは無いのだろうか。コハルたちが喜ぶのが見たいからやっている。そういう見返りを求めて、動いているのは変わらない。

 

 

「だから、先輩だってそうだと思う」

 

「……本当に。本当に、コハルさんは良い人ですねぇ」

 

 

 しみじみと、カミガヤは呟いていた。コハルは、生意気なことを言ったのに。カミガヤは怒りもしなかった。それどころか、少しだけ嬉しそうだ。

 

 

「なら、私も一肌脱ぎましょうか」

 

「え」

 

「次も行きましょうか。説明」

 

 

 カミガヤの言葉に、コハルは嫌な予感がした。どこか、揶揄うような雰囲気を感じたからだ。その予感は当たっていたようで、カミガヤは恐ろしい言葉を吐いてきた。

 

 

「次も……?」

 

「ええ、次もです。そのまた次も、その次も。最後まで行きますよ」

 

 

 恐怖の宣言と共に、次の問題が指される。何とかこなせば、また次が。そんなだから、コハルの頭は直ぐにパンク寸前になる。

 

 

「も、もう無理……問題が頭の中で練り歩いてる……」

 

「じゃあ、今日はここまでにしましょうか。このペースなら、間に合うでしょうし」

 

 

 ようやく終了の言葉が告げられた時、窓の外の日は大分傾いていた。ここまで集中したのは初めてかもしれなかったが、そんな事を思う余裕はコハルに無い。机に突っ伏して、頭を休める事しかできない。

 

 

「私は帰りますが。今日は頑張ったので、ご褒美です。後で冷凍室を覗いておくと良いと思いますよ。甘いのがありますから」

 

 

 ごそごそと部屋の冷凍室に何かを入れる音の後、そのまま、カミガヤが部屋のドアを閉じる音がした。もぞもぞとコハルが冷凍室を開ければ、少しお高めのアイスが入っていた。

 

 

「やっぱり、カミガヤ先輩も、良い人じゃない……」

 

 

 甘く冷たいアイスを掬いながら、コハルはやっぱり同じことを思った。

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