ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「随分と手間取っていたみたいですね」
ようやく教室へ帰ってきたカミガヤへ、席で待っていたハナコは嫌味を飛ばす。
カミガヤとコハルが出て行った頃には明るかった空は、もうとっくに暗くなっていた。あと少しで夕食の時間に差し掛かろうという時間帯だ。ここまで待たされれば、機嫌も悪くなろうという物だ。
「……ヒフミさんとアズサさんは?」
「二人とも、モモフレンズについて語り合うみたいですよ。今もヒフミさんの部屋でしょう。先生も、こんな時間ですからね。シャーレビルに帰りましたよ」
「そうですか。なら、今日は空振りですかねぇ」
でも、カミガヤはハナコに謝りもせずに、壁のカレンダーを眺めている。きっとカミガヤにしか分からない計算をしているに違いなかった。そして、何時までもじっとしたままのハナコに、不思議そうな視線を向ける。
「誰も居なくなるまで、ここで待っているなんて。浦和さんは、私に何か用でしたか?」
「コハルちゃんと何をしていたんですか?」
ハナコ自身が思ったよりも、強い言葉が出た。それでも、カミガヤは片眉を上げるだけだ。
「そんな事ですか? 勉強を教えていたんですよ。やる気がある娘は好きですからね。だから、浦和さんも、私の言う事を聞いてくれたんじゃないんですか?」
「そうですねぇ」
カミガヤの言う言葉は正しい。コハルをこの状況へ持ち込むために、カミガヤは色々と手を回していた。
──満点を取れとは言いません。ただ、少しずつ点数を上げてください。それくらいは、お手の物でしょう?
カミガヤが何を考えているかは、すぐに分かった。コハルの逃げ場を封じるためだ。ハナコがやる気のない点数を取り続けていれば、コハルはそれを言い訳にするだろう。ハナコが悪いんだから、私は悪くないと。
それをカミガヤは分かっていて、コハルの言い訳する余地を全て潰して回っていた。全ては、コハルを追い詰めて、どうしようもない現実に直面させるために。
選択肢を潰して、選択を強要する。それは、カミガヤが嫌がる手段だったはずなのだ。それなのに、カミガヤの様子はおかしかった。
「やけに機嫌が良いじゃないですか。実行前は、嫌そうな顔をしていたくせに」
「……そうですか?」
カミガヤはとぼけているが、ハナコには分かる。絶対に機嫌が良い。そうでなければ、ここまでの手を掛けないはずだし、ここまで待たされることもなかったし、こんな気分にならずに済んだ。
「あれですか? 聖園ミカさんと同じような髪色だからですか? あなたは何だかんだ言って、私以外の、桃色の髪の方には甘いですからね」
「違うに決まっているでしょう。……止めたんですよ。そういうのは」
ハナコの引っかけを、カミガヤは一蹴した。それは強がりでない事は明らかで、ハナコの胸がざわつく。今、止めたと言ったのだろうか? カミガヤが自覚していないそれを、ハナコが大将の話から類推したそれを、止めたと。
──誰かに指摘された? コハルちゃんに? いえ、流石に無理がありますか。
機嫌が良い理由は、何となく分かる。それで、機嫌が良い癖に。ハナコには適用されないのがイラつくのである。
考え込むハナコの様子を察したのか、立ったままのカミガヤは首を傾げた。
「一体、何が気にくわないんですか? もしも合格できなかった場合、落第で済まないことくらい。ヒフミさんの様子から分かり切ったことでしょうに」
カミガヤは、淡々とハナコに正論を叩きつける。それは間違っていない。大体が、全員が合格しなければならないという基準がおかしい。普通は個人の点数で査定するものだ。それに、最初の試験の点数を見たヒフミの焦りよう。ヒフミだけが何かを知っているのは明らかで。それは、落第という結果よりも重い物。退学という結果なのではないかという推論はとうに出ていた。
「浦和さんは、ヒフミさんたちを守りたかったんじゃなかったんですか? だから、やる気を出したでしょう? なんだかんだで、浦和さんは補習授業部という居場所を見つけられたんじゃないですか? 良かったじゃないですか。ヒフミさんたちは、利用してやろうなんて目で見ないでしょう? そんな人達ではないですから」
またも、その通りで。その点に関しては、ハナコは何も言えない。ここ、補習授業部はハナコにとって、とても居心地が良かった。誰もハナコに強制しない。何者かである事を強制しない。それはハナコの求めた場所だったから。
「機嫌が悪くなる要素が無いじゃないですか」
「そうですね。ここは良い場所です。それは否定しませんよ」
カミガヤの問いかけには頷けた。でも、ハナコはカミガヤに言いたいことが山ほどあった。
「あなたはどうなんですか?」
「どうとは? 言っている意味が分かりませんね」
とぼけるカミガヤに、ハナコはもう一度口を開く。
「あなたは、全部が終わった後。どうするつもりなんですか? まさか、そのままで行くつもりですか? それとも居なくなるつもりですか?」
カミガヤは黙ってしまった。この反応は、ハナコにはお見通しだった。何も考えていないから、答えなど出しようもない。
「あなたは、人の世話ばかり焼いているじゃないですか。あなた自身はどうなんですか?」
「浦和さんには、関係ないでしょう?」
「そんな事はないですよ。私たちは共犯者じゃないですか」
机の上で、ハナコが手を組んでそう言えば。カミガヤは嫌そうな顔になった。言い返そうとしたカミガヤを遮って。ハナコは、また口を開く。
「まぁ、座ってください。立ったままでは疲れるでしょう?」
ハナコの前の席を指差せば、渋々と言った様子でカミガヤは席に着く。
「もう少し、私を頼ったらどうですか? 私の機嫌が悪いのは、そのせいもあります」
「浦和さんは、そう言うの嫌いでしょう」
カミガヤの答えに、ハナコは大きなため息を吐いた。ハナコ自身も面倒くさい自覚はあるが、カミガヤも大概だった。
「ねぇ、カミガヤさん。私が、どうして。あなたを部屋に泊めたと思いますか? 態々仕切りまで作って。ああ、化粧の仕上げもやってあげましたっけ?」
「あなたが、私の計画を滅茶苦茶にしたからでしょう? 何ですか、水着で徘徊してるなんて」
「ええ、お互いに情けない声を上げましたね?」
その時の事を思い出して、ハナコは笑う。遭遇したのが、何も知らないトリニティ生ならこうはならなかった。カミガヤの素の声を聞いて、それが誰だか察したハナコは。羞恥のあまりに情けない声を上げたのだ。
「……そもそも、何で水着で徘徊してたんですか」
「まぁ、趣味と実益を兼ねていました」
「他人の見る目が変わって、相手にされなくなるとでも思ったんですか? 本当に自分を見てくれる人が現れるって? そんなわけないでしょう。口を開けていても、食べ物は降ってきません」
カミガヤは、背もたれに凭れかかって言う。呆れているのはすぐに分かった。
「急にそんな事をして、成績を下げたところで意味なんてないです。なにせ、全裸ではなく水着ですからね。お行儀が良すぎます。優等生が
あんまりな言い方だが、ハナコは平気だった。
「あなたが居ない間に、トリニティは大変だったんですよ。私が辞めたくなるくらいには」
「ハッ! そうしてたら、もっと酷かったでしょうね。なんだかんだで、浦和さんはトリニティが好きなんですから。トリニティの全ては好きではないし、自分のトリニティらしさも好きではない。でも、それだけじゃなかったんでしょう? そうでなかったのなら、辞めたいなんて思いません。好きだからこそ、許せなかったんでしょうに」
「はぁ……そういうところですよ」
カミガヤは、ハナコの知らない事まで分かるくせに、ハナコが言いたいことは分からないらしい。ため息をつきたいのは、ハナコの方だが、ここはぐっと我慢する。
「そうですね。勝手に壁を作ったのは私でした。他人には理解されないと、利用してくると。そう決めつけて、私は被害者ぶって、何もしなかった」
「それが自覚できたなら、良かったじゃないですか。補習授業部に入ったのも、怪我の功名という訳ですね」
「それだけじゃないですよ?」
ハナコの言葉に、カミガヤは身体を起こした。疑わしげな目で、ハナコを見ている。
「……補習授業部の話じゃないんですか?」
「それもありますけど、あなたが居ない間。私が何をしていたと思います? 趣味と実益だと言ったでしょう? 徘徊は趣味ですが、実益は何でしょう?」
「……待て。浦和、お前。一人で調べたのか? あんな危険な情勢下でか? そんなことが分からないお前じゃないだろ」
「剥がれてますよ?」
カミガヤの仮面が剥がれ掛けていた。それを指摘しながらも、ハナコは嬉しく思う。それほどまでに、ハナコを心配したのだろうから。
「だって、調べるでしょう? 柴関の大将さんも心配していましたし、あんな話の後に療養ですよ?」
「……どうしてですか? あなたには、そうする理由はないはずだ。知り合いが下手をこいてケガをした。あなたと私は唯の知り合い。それだけのはず。今回、手伝ってくれたのも、私の邪魔をした埋め合わせというだけでしょう?」
「そうですね。私もそうだと思っていました。でも、あなたが居なくなってからですね。つまらなかったんです。無くなって初めて、あの日常が私は楽しかったのだと分かったんですよ」
大将に伝えなければならないという気持ちもあった。でも、日常が色あせて見えたのも本当だ。一人は平気だと思っていたのに。全然ハナコはそうでは無かった。あの日常が、ハナコは楽しかったのだ。ハナコは目のまえの人間に、そう変えられてしまった。責任を取ってもらわなければならない。
「取り返せるなら、取り返したくなるでしょう?」
「ええ……分かりますよ」
それはカミガヤの本音なのは、考えずとも分かった。なら、ハナコが言いたいことも、きっと分かるだろう。
「それで、最初の質問。何故、あなたを部屋に泊めたかの答えですが。私がそうしたいと思ったからです。私の事情を抜きにしても、あなたを手伝いたいと思った。あの日常には、それだけの価値がありました」
「しかし……」
ハナコがそう言っても、カミガヤは何かが引っかかった雰囲気だった。どうせ、またしょうもない事を考えているに違いなかった。
「あなたは大したことじゃないとか。元筆頭の件で利用したとか。そんな事を考えていると思いますが、それはあなたの考えです。私の考えではないですよね?」
カミガヤは言葉に詰まっていた。それはいたって当然のことだからだ。
「私の気持ちや考えに、あなたが責任を持つ必要はありません。それは傲慢ですし、いらぬ世話という物です。私のやりたいことは私が決めます。その類の事をコハルちゃんにも言われたんでしょう? それが嬉しかったんじゃないんですか?」
カミガヤは聞こえないふりをしていたが、図星だろう。さっきまでの機嫌の良さが、それを証明していた。
「それと、同じです。あなたの思惑が何であれ、私はそれが嬉しかった。それだけのことです」
「だから、手伝うし、一人で調べた。何時までも頼ってこない私に不機嫌だったと? 今の今まで待っていたのも、この事を言うためにですか?」
「はい、正解です」
小さくハナコは手を叩く。カミガヤの真似だと理解したのか、カミガヤはそっぽを向いた。
ハナコを自分の都合でしか見ない。そんな人間もいた。でも、そんな人間しかいなかったわけでは無い。それを一番最初に教えてくれたのは、目の前の人間だ。だったら、その人間が大変そうなら、ハナコだって手を貸すのは吝かではない。ハナコの主義くらいは、曲げられる。
それ以外の理由もあるが、まだ早い。ハナコは今の答えで、とりあえずは満足する事にした。
──全く、面倒くさい人ですね。仕方ないんでしょうし、私も人の事を言えませんけど。
ここまで、カミガヤが面倒になったのは、アビドスの誰かの所為だろう。カミガヤの所為で、喧嘩になったと。決してそんなことは無いのだが、カミガヤは思っている。だから、ここまで他人へ気を揉むし、善意だとかいう物に拘るのだ。
──まあ、それは少しずつ矯正すればいいでしょう。
そう出来たなら、きっと前よりも楽しい日常がやってくるはずだ。全てが終わった後に、補習授業部の皆で弄るのも面白いかもしれない。コハルはどんな反応をするだろうか、今から想像するだけでワクワクする。
──ホシノさん。でしたか……。
カミガヤことカヤツリの。知り合いの名前を思い返す。カヤツリの事を聞いて来た先生から、逆に聞き出した名前だ。どうやら、カヤツリと連絡を取ろうとしているらしい。
──今更、遅いんですよ。元鞘に戻ろうなんて、都合が良すぎますよね?
療養中というのを聞きつけてからの行動など、本当に都合が良い。特に、先生経由でやろうとしている所がこすっからい。先生をクッションにして、久しぶりの再会をスムーズにしようとしているのが見え見えだ。
そういう手段は、ハナコは気にくわない。きっと、ハナコよりもカヤツリの事を知っているだろうに。そんな手段を取るのだ。そうする理由は簡単に分かる。
きっと自分を守りたいのだ。正面から行けなくて、先生を盾にしている。全部が全部、そうでは無いのかもしれないが。多少はあるだろう。
大将の話から、関係性は分かる。きっと、カヤツリはホシノとやらが大事だったのだろう。あそこまで、判断基準が壊れてしまうくらいに。
それならそれで、正面から来るべきでは無いのだろうかとハナコは思う。それで、イーブンでは無いのだろうか。
──それに、アビドスに連れ帰るつもりでしょうか?
きっと、そうしてくるだろう。それは、阻止しなければならない。その点に関しては、きっと無事だろうセイアと共同戦線は張れそうである。
──この日常を壊させはしませんよ。ようやく、見つけたんですからね。
ハナコは、決意する。この日常が、ようやく少し好きになれたトリニティでの日常が、ハナコの守るべきもの。ようやく手に入れた楽園を、みすみす手放すつもりは毛頭なかった。
「それでは、あなたの計画を教えてくれますか? カミガヤさん」
「手伝う前提なんですか?」
そっぽを向いたカミガヤに、ハナコが声を掛ければ、素っ気ない返事が返ってくる。勿論ハナコは、以前の日常の様に答えるだけだ。
「あら、手伝わせてはくれないんですか? ここまで説明させておいて……中々、酷い人ですねぇ。流石、私と真逆の事をしているだけはあります」
「それは関係ないでしょう!」
「ええー? 実際どうなんです? 楽しんでたりしちゃってますか? 女の子になるのが癖になっちゃったりして?」
ハナコは、たじろぐカミガヤをじろじろ見る。以前と比べて、クオリティが上がっている。
「あらあら、お化粧も上手くなったじゃないですか。あのマトさんでしたっけ、あの人のテレビ電話越しでも苦労していたのに……」
制服をじろじろ眺めれば、やっぱり着こなしている。身体の線を隠すためと、少しでも細く見せようと、黒の制服なのが考えられている。
──ふむ……その身体の大きさなら、もっと胸を盛っても良いと思いますけどねぇ。
そうすれば、背の高さと恰幅の良さを誤魔化せると思うのだが。実際、最初は盗み聞いた感じでは、マトとやらも、そうする手はずだったのだろう。
でも、止めたということは似合わなかったのかもしれない。マトも、言葉を失っていたように思うので、ハナコはここは突かない事にした。きっと、カミガヤの最後の矜持なのかもしれない。以前なら弄っただろうが、今はそうでない。ハナコだって成長するのだ。
「どうですか? 今度は私が服を選びましょうか。可愛いのを選んであげますよ? ヒフミちゃん達も呼びますか?」
「そろそろ、怒っても良いでしょうか?」
「ふふふ……可愛い冗談じゃないですか」
以前の空気を思いだして、ハナコは幸せな気分になる。逆に、カミガヤの額に青筋が浮かんでいて。ハナコの言葉に、また椅子へと崩れ落ちていた。
「あなたの冗談は笑えないんですよ。全く……」
「まあまあ、良いじゃないですか。それで、手伝わせてくれるんですよね?」
「分かりましたよ。今日みたいに好き勝手動かれるよりはマシです。ウェルギリウスに絡めて聞いて来たあたり、私とマトの電話を盗み聞きしましたね?」
「私が寝ている時に電話していたのは、カミガヤさんじゃないですか」
悪びれないハナコに、カミガヤは諦めた様子で、がっくりと項垂れて。ため息をつきながらも、何事かを考えている様子だった。
「それで? シスターフッドから、アリウスの何を聞き出したんです?」
「分かります?」
「分かるも何も、アズサさんとの勉強中に何か仕掛けていたでしょうに。それに、あなたの伝手はそこだけですよね。歌住さんは、あなた好みの愉快な方だったでしょう?」
「ああ、そうですねぇ。空回りが酷いですが、珍しいくらいに良い人ですね」
やっぱりいいなと、ハナコは思う。話が早いし、テンポが良い。会話がとっても楽で楽しい。
「じゃあ、そこから話しましょうか。浦和さん」
「ちょっと待ってください。その前に大事なことがありますから」
「大事な事……? まだ、何かあるんですか?」
警戒したように構えるカミガヤに、ハナコは笑いを堪える。いつもはこんなに弄れないから、楽しくて仕方がない。
「私たちは共犯者なんですよ? なら、それなりの呼び方という物があるでしょう?」
「コードネームでもつけろって言うんです?」
「それも、いいですねぇ」
にっこりと笑って。ハナコは提案する。
「名前で呼びましょうか。何時までも浦和さんでは、何かあったと言っているようなものですよ」
「あったでしょうに。この露出魔が」
「何事も形からというでしょう?」
ハナコの強硬な姿勢を感じ取ったのか、カミガヤは諦めたように椅子から身体を起こした。
「分かった。分かりましたよ。ハナコ。これで良いでしょう?」
「へ? ……………………おや? 敬称は付けても構わなかったんですよ? ……それほど呼びたかったんですか?」
ハナコは平静を装って、カミガヤを揶揄った。少々、焦ったが、カミガヤは椅子に崩れてハナコの方を見ていない。
──ちょっと、早まったかもしれません……。
提案しておいてなんだが。思わぬ破壊力に、ハナコは上手く頭が働かない。今のカミガヤで、これなのだ。全部終わった後、このままだったらどうなるか。
いや、呼びたかったんですかと煽ったのも、良くなかった。ここで肯定なんかされたら、情けない姿を晒すことになったかもしれない。
──今度からは、気を付けましょうか……。
浮つく気持ちを抑え込んで、ハナコはカミガヤを起こすために。何て言おうか考え始めた。