ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
返信できないのもありますが、励みになっています。
遂に季節は冬に突入して暫く経った。もう一年も終わり、新年も明けた。異常な暑さの夏と同様に冬も相応に寒い。早朝から空き教室は暖房が全開だった。ホシノも多少は傷も癒えたのか最近は落ち着いている。それとは反対にカヤツリは全く心中穏やかではなかった。
「じゃあ、時間になったら起こしてね」
登校するなりカヤツリの空き教室で寝具に潜り込んだホシノはあっという間に眠ってしまった。カヤツリは隣の机で書類仕事を処理していく。教室の中で響く音は、カヤツリのペンとキーボードの音とホシノの寝息だけだ。
確かにあの日パトロールは一緒に周るとは言った。ただ一緒に寝るのを了承した覚えはなかった。確かにあの時、妙に会話のつながりが変だなとは思った。翌日にあんなことになるなんて想像すらしていなかったのだ。
──パトロール”も”って言ったよね?
あの日の翌日、嬉々として一人分の寝具の用意をするホシノが、書類仕事をしようとしたカヤツリに言ったセリフだ。あれは有無を言わせない迫力があった。
誰かと一緒だと眠れるのなら一人分でなくていいはずだ。そういう理屈で全力で抵抗して、二人分の寝具で並んで寝る事を納得させた。最近は同じ部屋であれば寝れるようで、カヤツリの寝不足は解消された。確かに悪夢は見なくていいのは助かるが、別の理由で眠れない。
ホシノがどう思っているかは知らないが、もう少しこっちの事も考えて欲しい。
ホシノの寝顔を見れば幸せそうに眠っている。カヤツリはそれを見て少し微笑んだ。夜はどうだか知らないが、昼は魘されることもないようだった。週末にもいい気分転換になるかと思って、色々なところに連れ回している。最初のうちは、カヤツリが適当に場所を選んでいたが、ホシノが行きたい場所を言うことも増えてきた。宝か何かを探しているのか、砂漠を指定することが多い。
それもあるのか、ホシノは睡眠時間は変わらないはずだが調子が上がっている。それか最近、ここに時々来るようになった彼女のおかげかもしれない。仕事中に来るのは普通に迷惑だが、ホシノがよく接するカヤツリや柴関の大将は異性だから、同性の生徒の存在がホシノに良い影響を与えているのも確かなのだ。
もっと時間がかかると思っていた。カヤツリの思った以上にホシノは強かった。しっかり、あの事実を受け止めて何とかしようとしている。仕事に逃げている自分とは大違いだ。
彼女も前回来た日と頻度から逆算して、たぶん今日ここに来るだろう。
──まあ、出迎えても罰は当たらないか。
そんなことを思い、カヤツリは仕事の手を止めた。
□
カヤツリが準備をして待っていると扉が控えめにノックされた。校門前のカメラで誰だか分かっているカヤツリは小声で入室を促す。校門の時点で誰か確認しているのだから、そんなことしなくてもいいとは言っているのだが。やっぱり育ちがいいとこうなるのだろうか。
ゆっくりと扉を開けて女生徒が入ってきた。中学の制服を着た女生徒だ。顔を合わせるのは初めてではないし、むしろ合わせる前から知っていた。
──十六夜ノノミ。セイント・ネフティスのご令嬢。
幽霊との取引の時にネフティス関連の情報は頭に入れている。最初ホシノに接触した時は何事かと思った。砂漠横断鉄道の契約関係で来たのかと思ったのだが。そうでは無いようで、後でホシノから話を聞けば、アビドスの借金を何とかしようと接触してきたらしかった。たぶん何も知らないのだろう。
今日にいたるまでホシノに付きまとっていたが、今日の相手は自分らしい。用意していた席へ促すと彼女は静かに座った。
「今日は何の用だ? ホシノは寝てるから、用があるなら出直した方がいい。しばらく起きないぞ」
「いえ、今日はカヤツリ先輩に用があるんです」
「別に、俺を説得してもホシノは頷かない。二度手間になるぞ、お嬢。それにまだ、後輩になると決まったわけじゃないだろう?」
何が目的か知らないが、自分よりホシノを説得した方が速い。生徒会の役職上ホシノの方が立場が上だし、ホシノに押し切られたらカヤツリは勝てないからだ。それに傍からみれば、ホシノは彼女に絆されている感じがする。わざわざ、やわらかい口調を選択して使っているくらいだ。ただ彼女は引く気はないようだった。
「ホシノ先輩とは、お話ししましたけど、カヤツリ先輩とはあまり話していませんよね」
本当に押しが強い。まあ、普段はホシノが喋らせようとしないし、カヤツリも同じことを話す必要性を感じないせいだが。こちらに迷惑が掛からない範囲で好きにすればいい。脇で会話を聞いていたのと、ホシノから聞いた話も併せて大体の事情は把握している。
「で、何を話す? ホシノに聞いたのと同じ質問なら、責任とれる範囲で好きにすればいいと思うが。お嬢の人生なんだからな」
カヤツリの返答に彼女は驚いたようだった。何をどうしたいかなんて、本人が決めればいいのだ。契約か何かで縛られているわけではないのだから。その結果について、ホシノみたいに一々理由を説明する義理もない。こっちに被害が行くなら別だけれど。
「止めないんですか? ホシノ先輩とは違うんですね」
「何をやるかは言ってほしいけれど。まあ、おすすめはしない。ホシノにも言われただろ? 罪悪感を消したいだけならやめときな。お嬢のせいじゃないだろ」
「それでも、私は何とかしたいんです。アビドスがこうなってしまったのは、ネフティスのせいなんです。だから私にも手伝わせてほしいんです」
──私はアビドスの生徒会長だから。
先輩みたいなことを言う。昔の事を思い出して、塞がったと思っていた傷が疼くのを感じた。書類仕事の手を止めて、彼女の表情を見る。罪悪感もあるだろうが、本気の表情だった。先輩を連想する表情だった。カヤツリは理由が知りたくなった。理由の如何によっては考えを改めてもよかった。
「お嬢はネフティスの令嬢だから何とかしたいのか? それとも何か他の理由があるのか? どうしてアビドス高校に拘る?」
カヤツリは、この令嬢の事をよく知らない。罪悪感といっても腑に落ちなかった。嘘は言っていないと思う。アビドスを何とかしたいのは本当だろう。手伝いをしたいのも本当で罪悪感もあるのだろう。ただそれだけでは薄い。
「……数ヶ月前にホシノ先輩がずっと、泣きながら誰かを探してるのを見たんです」
──ああ、だからか。その時を思い出したのか、悲痛な表情を浮かべる彼女を見て、カヤツリは納得しつつも気分が落ち込んだ。一応、表向きには先輩は失踪扱いになっている。ただ、この様子を見ると彼女は隠されている事実を知っているようだ。調べたのかもしれない。ネフティスなら知っているだろうから。
それなら、ここまでする理由も理解はできる。先輩の件に間接的に関わっているようなものだから、そしてその実際の被害者を目で見てしまったから。だから、カヤツリじゃなくて、ホシノに付きまとうのだ。もちろんこんなことは、ホシノには言えないだろう。逆鱗に触れるようなものだ。しかも、このアビドス校舎に残っているのはホシノとカヤツリの二人だけだ。どういったことをしているかの噂なんて、掃いて捨てるほどあるだろう。
「だから、ホシノのいるここに来たわけか。せめてもの罪滅ぼしって?」
カヤツリの答えに彼女はこくりと頷いた。カヤツリは悩んだ。カヤツリとしては、本当にどちらでもいいのだ。来てくれれば助かるし、ホシノもなんだかんだ言っているが悪くは思っていないはずだ。そうでないなら、あんな突き放す態度をとらないで、銃を突き付けて追い出している。
ただ、アビドスに来るということは、ネフティスに反抗するということだ。ホシノと話しているのを耳に挟んだがハイランダーに行くのが決まっているとか。きっと砂漠横断鉄道の件でのコネがあるのだろう。黙って従えば、順風満帆な人生が待っている。自分の罪悪感か、それとも約束された明るい将来か。二つのうち一つしか選べない。彼女にとっては、どちらも後悔しかないのだろうけど。
「……悪いな。嫌なこと言わせて。ただ、これに関しては自分で決めた方がいい。勢いじゃなくて、しっかり考えたほうがいい。まだ時間はあるんだから」
彼女はまだ、どちらか決めきれずに揺れている様子だった。ここで、多少の罪悪感を刺激する言葉を耳に流せば容易く転ぶだろう。ただそれをするつもりはなかった。そのまま帰るように促す。これ以上カヤツリから話すことは何もない。あとは彼女がどうするかだ。
ただ、彼女はまだ帰ろうとしなかった。仕事の邪魔だし、ホシノが起きたりなどしたら事だ。なにを言われるか分かったものではない。最近はホシノの機嫌が悪くなるポイントがただでさえ分からないのに。
彼女をさっさと帰そうと、教室の扉を見てカヤツリは凍り付いた。
あの人影だ。先輩がいなくなってから見るようになった。顔は分からないし、制服を着た人型であることしか分からないのに。先輩のような雰囲気がする影だった。
カヤツリ以外には見えないし、向こうも物理的な干渉はして来ない。一度寝ているところを覗き込まれていて、驚きのあまり拳銃を発砲したが、何の意味もなかったからだ。ただこちらを見ているか、何かを指さすだけだ。それが、扉の窓から教室を覗きこんでいた。
ずっとこうだ。あの日から、カヤツリの視界は最悪なことになっていた。ホシノがいる時は今まで出てこなかったのに。先輩の姿をしているならまだしも雰囲気だけだ。不気味だし気持ちが悪くて仕方がない。
「……っ。お嬢は、ここに来て具体的にどうしたいんだ? 借金返すっていうくらいだから、案くらいあるんだろう?」
急に態度を変えたカヤツリに彼女は不思議そうな顔をしたが、少し考え始めた。少なくとも、あの人影は覗いているだけだが、彼女が部屋を出るために扉を開けたりなんかしたら、どうなるか分からなかった。それなら、話に付き合った方がましだった。
「やっぱり、大きなイベントが必要だと思うんです!」
「ホシノが起きるから、少しボリュームを下げてくれ」
さっきまでの様子が嘘かのように、彼女は声を上げる。彼女の口からあふれ出る、アイドルだのなんだのの構想にカヤツリは飲み込まれた。
──こいつ、こっちが素か。適当に相槌を打って話を流す。おおむねはイベントでの町おこしのような感じの内容だった。砂祭りを先輩と話した時の事を思い出して、また胸が苦しくなった。
振り払うように話題を振る。
「誰がやるんだ。まさかホシノにやらせる気か?」
「はい! 先輩はかわいいですから、きっと人気が出ると思うんです」
少し想像してみる。ステージでなんかひらひらした衣装を着たホシノが大勢の観客の前で踊っているのだ。きっと仏頂面が隠しきれていない張り付けた笑顔で踊っているに違いない。想像したらなんか腹が立ってきた。
それよりも動画配信かなんかで、”今日のアビドスのごみ掃除”みたいなタイトルつけて、ヘルメット団への襲撃を動画化した方が面白いと思うのだ。ただ、それを楽しそうに話している彼女に言うのは気が引けた。
□
「また来ますね」
長いアイドル談議が終わり、カヤツリは疲れ果てていた。教室を出る彼女に向かって手を振ったあと、カヤツリは仕事に戻った。あのアイドル談議が始まったあたりから人影は消えていた。しばらくして教室内に静けさが戻ってくる。
──静けさ? 嫌な予感がしてホシノが寝ている方に視線をやると、ばっちり目が合った。しかもこの目つき、少し怒っている。最悪だった。
「フーッ……いつから?」
「イベントがどうとかの所かな。随分楽しそうだったね。花の中学生と話すのはそんなに楽しかった?」
「……話してただけなんだけども。大体、自分で言ったんだろ。おじさんって。自爆してるようなもんじゃないか」
怒っている理由は察するに余りある。寝ているところを叩き起こされたからだろう。あの大声で起きたようだし、起きる時間にはまだ早い。
後輩の為に優しい先輩になろうとするのはいい。そのために参考にするのがユメ先輩しかいないのもいいだろう。むしろ、それをやっても大丈夫なくらい落ち着いていることに感動を覚えるくらいだった。ただ、いくら先輩に”不器用なおじさんみたいでかわいいね”と言われたからとはいえ、一人称がおじさんなのはどうかと思う。こう、もっとなんかこう、あるはずだった。
「それで、カヤツリはノノミちゃんが来るのは賛成なの?」
「別にどっちでも。それに来て欲しいのはホシノの方だろ」
寝具を片付けながらのホシノの質問に肯定で返す。図星を突かれたホシノがたじろいだ。このアビドスに後輩が来るのは喜ばしいことだった。先輩がホシノに望んでいたことでもあるし、ホシノもカヤツリとずっと一緒に居るのは息が詰まるだろう。ただホシノは気が進まないようだ。
「でもね。やっぱり悪いよ。ノノミちゃんにつらい思いはして欲しくないな」
「相変わらずだな。そういう所は」
カヤツリは、面倒くさそうな眼差しでホシノを見る。ホシノは不満そうな顔だった。
「ここが大変なのはカヤツリもよく知ってるでしょ。それをノノミちゃんに負わせるの?」
──だから、そういうところだと言っているのに。本当に不器用が過ぎる。
「それなら、そう直接言えばいいだろ。それで入るなら覚悟の決まった奴で、そうじゃないならそれまでの奴って話だ。決めるのはあの娘だ。その選択の結果はあの娘のものだよ。それをきっちり言わないで、ああだこうだと外野が心配するのは、筋が通らないだろ」
きっと、十六夜ノノミは四月にアビドス生として、ここにやってくるだろう。そんな確信があった。たぶん、カヤツリが彼女と話したせいもあるかもしれない。だから、ホシノが彼女とギクシャクしないように棘だけ抜いておく。
「ホシノが心配してるのも、優しいのも知ってるよ。ただ大事にしすぎて言葉が足りないんだ。後で後悔したくないんなら、ちゃんと言え。突き放すように言うんじゃなくて正面から”私はあなたが心配なんだよ”って。それでここに来るなら、あとはあの娘の責任だよ。ホシノのせいじゃない」
「……そうかな。ここに来て後悔しないかな」
「そう思うなら、ホシノが何とかすればいいだろ。俺も手伝うし、あの娘もそんなこと思うタマじゃない」
だから、そんなに心配して一人で背負い込むこともしないでいいのだ。
「……また来たら話してみるよ。ありがとね。カヤツリ」
笑うホシノを見て、カヤツリは仕事に戻る。新しい三人目のための仕事をどうするか考えながら。