ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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299話 目覚めの後

「全く、問題無いと言っているだろうに……早くカヤツリに会わせたまえ」

 

 

 漸くミネの救護が終わったのに、中々、解放しようとしないミネへセイアは不満の声を上げた。

 

 立ち上がってクルクル回り、両手を振り回して快活さをアピールしても、ミネは頑としてセイアの訴えを受け付けはしなかった。

 

 救護の名の下に、カヤツリから引き剥がしたセイアを検査漬けにして、その全てで異常なしとの結果が出る今さっきまで拘束されてしまったのだ。

 

 

「セイア様。あなたは長期間にわたって臥床していたのですよ? 今は空元気で動いているだけです。それに彼に襲いかかるなど」

 

 

 ミネは有無を言わさぬ口調で、セイアを詰めてくる。

 

 

「大体、カヤツリさんに何をするのです。彼はあなたを心配していたのです。なのに何ですか。完全に混乱しているではないですか」

 

 

 ミネはカヤツリを庇う。それもセイアは気に入らなかった。ここまでの救護はとても感謝しているが、それとこれとは話が別だ。

 

 

「私の権利だとも。カヤツリの方が酷い事をしたのさ」

 

「……聞きましょう。彼はあなたに何をしたのですか?」

 

 

 珍しいミネの肩入れに、セイアの額に青筋が立った。まさか、ミネもだろうか。さっきの部屋の外の会話も今から思えば含みさえ感じる。

 

 

「私を無視したんだ。団長だって見たはずさ」

 

「ですから、それは不意打ちされたせいでしょう」

 

 

 変わらないミネの態度に、セイアの苛立ちが増していく。そのせいで、言わないでおこうと思ったことすら飛び出した。

 

 

「私が前々から部屋を抜け出していたのを、団長は知っていただろう? 見逃してくれていたんじゃないのかい?」

 

 

 そうだ。セイアは知っているのだ。カヤツリが何をしていたのかを知っている。この目で見た。セイアが目を覚ましたのに。全然会いに来ないから、セイアは自ら行動することにしたのだ。

 

 人の目はあったが、隠れるのは簡単だった。セイアは自らの意外な才能に小躍りしたものだ。

 

 未来視で何処にいるかは知れているから、カヤツリはすぐに見つかった。だがそこから問題が発生した。

 

 無視だ。カヤツリはセイアを無視した。何を話しても、怒鳴っても、蹴りを入れても。何の反応も返さない。流石の発砲は思い止まったが、今思うとそれは優しすぎたかもしれない。

 

 連れの誑かされた女生徒達もそうだった。目の前で煽ったりしたのだが、反応は芳しくない。唯一、アツコだけが青筋を立てたくらいか。

 

 だから、セイアは仕方なく待つことにした。するしかなかった。お陰で全く目が覚めなかったというのはそんな意味だ。会いに行ったのに。カヤツリが無視を決め込んだせいで、今まで掛かった。その上何人も異性を引っ掛けている。セイアの行動は正当なものだ。

 

 本当なら、もっと早くに会えた筈だ。なのにカヤツリは来ない。会いに行っても無視を決め込む。無視されて目の前でいちゃつかれる。

 

 本当に信じられない。よりにもよって、本気にしたのが複数人だ。

 

 焼け木杭に火がついたのは、まだいい。本当は良くないけれど、あと二人に比べれば全然マシだ。

 

 

 ──秤アツコと浦和ハナコ。あの二人はマズイ。

 

 

 アツコは、見ての通りにあの押しの強さが厄介だ。それに、言いたい事をズバズバ言えるのも。

 

 セイアだって言えるし、言っている。けれど直して欲しい事を、ああも赤裸々に言えはしない。

 

 それは、カヤツリの地雷源へと踏み入る行為だ。セイアとて、カヤツリが小鳥遊ホシノを引きずっているのは百も承知である。

 

 だからといって、ホシノよりも私を見て。など、言える訳もない。余りにも不躾だ。

 

 それは、カヤツリの意思を無視した言葉だ。カヤツリは嫌な思いをするだろう。だから、セイアはその択を取ることは出来ない。それは、セイアの立ち位置では超えてはいけないラインだから。

 

 でも、アツコは違う。アツコは出来る。踏み越えられる。

 

 それは、一度カヤツリの地雷を意図せず踏んだからだ。

 

 勿論カヤツリは激怒したが、カヤツリ自身、それは理不尽なモノと考えているらしい。

 

 それは、アツコが知らなかったから。アリウス自治区という、そうしても仕方の無い状況に置かれていたから。

 

 それ故に、カヤツリはアツコに対しての判定はあまりにも甘い。普通なら嫌な顔をするところを、仕方ないで流せてしまえる。限度はあるが、その限度はセイアと比べて全然違う。

 

 それを、アツコは気付いていて。コッソリと活用しているのだ。

 

 だから、あんなに我儘放題なのだ。嫌だと思った事をズバズバ言える。謝る必要はあるが、地雷を踏んでも甘く見てもらえる。

 

 セイアが、未来視ありで出したもの以上の成果をアツコは叩き出している。そして、これからも叩き出すに違いない。だって、賢しらなことに、アツコは次の約束を取り付けている。

 

 何がお姫様だ。セイアだって似たようなものなのに。だのにカヤツリは、セイアには同じ事をしてはくれない。

 

 それに、浦和ハナコも問題だ。余りにも危険すぎる。

 

 仲なんて良くないですよ? みたいな顔して、なんだあれは。デレデレデレデレデレデレデレデレと、ああいう輩が一番危険で、寝取られ展開と共に滅びるべきなのだ。

 

 ハナコは扱いが雑であるが、それ故の気安さがある。アツコと同じ様に言いにくい事も言ってしまえる。アツコとは違った方向で距離感が近い。

 

 何処にも所属していない身軽さも厄介だ。セイアが立場故に動けない場合、ハナコは気分次第でカヤツリへの介入が可能。いくらなんでもズルすぎる。

 

 後は、あれだ。小鳥遊ホシノも良くはない。アビドスという距離が最大の障壁になっているだけで、それを抜きにすれば、本当の危険度は二人以上に高い。カヤツリは桃色髪に甘くて、薄い体形にも甘い。そうでなければ、カヤツリはミカの事など疾うに見放しているし、ハナコにああは対応しなかっただろう。まだ何かあるように思うが、答えは一つだ。

 

 その答えはハッキリしている。完全に小鳥遊ホシノの影響ではないか。

 

 ブラックマーケットのあの連携。戦いの素人に近いセイアでも分かるくらい。お互いがお互いを信用していた。あの位置は誰にも座れない。

 

 何かが噛み合ってしまえば、嫌な予感しかない。

 

 セイアはどうだ? アツコほど甘やかされていないし、ハナコほど気安くはない。ホシノほど近くもない。ないない尽くしで嫌になって来る。分析を終えても落ち着くどころか、苛立ちが増すばかり。

 

 あの三人のお陰で、セイアの企みが根本から崩壊した。接吻一つで許そうとしたセイアは褒められて然るべきだ。

 

 長い思索から帰還したセイアは、薄い胸を張ってミネを見るが、ミネの反応は予想外のものだった。

 

 

「部屋を出た? 何を……?」

 

 

 あのミネが、珍しく困惑していた。予想外の反応に、セイアは首をひねる。

 

 

「だから、私は──」

 

「あり得ません。絶対に」

 

 

 ミネははっきり断言した。すっくと立ち上がり、タブレットを持って戻って来る。

 

 

「断言します。それは妄想か幻覚の類です」

 

「妄想か幻覚? どういう事だい?」

 

 

 いきなり病人扱いされて、セイアは鼻息が荒くなる。ミネはそれを冷静に観察している。

 

 

「ですから、妄想か幻覚の類です。セイア様は長い間眠っていました。その間、一度も目を覚ましてはいません」

 

「そんな、まさか?」

 

 

 セイアは鼻白む。そんな事はあり得ない。でも、ミネはセイアの後方を指さすのだ。

 

 

「私も一日中、この部屋に泊まり込んだわけではありません。ですから、見守り用のカメラやセンサーは設置しています。迅速に救護が出来るように、毎日チェックを欠かしてはいません」

 

 

 だから、さっき直ぐに飛んできたのだろう理由が、今分かった。セイアの背中に、何か冷たい物が伝う。それは、薄い寝巻の所為だけではないはずだった。

 

 

「私の眠った才能が花開いて……」

 

 

 セイアの中で、嫌な予感が芽吹き始めていた。そのせいか、言葉も力が無い。

 

 

「ご覧下さい。これがセンサーの起動履歴とカメラの映像です。何が映っていますか?」

 

 

 目の前に、ずいとタブレット画面が突きつけられる。真っ平らなグラフと、窓の明るさしか変化のない映像は、セイアの頭を揺さぶる。

 

 

「確かに見たんだ……カヤツリ……私以外の女と笑って……」

 

「どうやって見たのですか? その身体でどうやって移動を? そこで眠っているのはセイア様ですよ」

 

「うあああああああああ……」

 

 

 セイアは現実に打ちのめされて、顔を覆って床を転がった。余りにも情けない絵面だが、それどころでは無かった。

 

 セイアは目覚めてなどいなかった。予知夢で、未来視でそう見たものを、そうだと思い込んでいただけだ。だから、幾らカヤツリに怒鳴っても無視をするのだ。だって、そこには誰も居ない。

 

 目が覚めないのも当たり前だ。未来視の反動で眠っているのに、夢の中で未来視を濫用すれば反動など溜まる一方だ。

 

 何たる醜態だろう。未来視だから、妄想や幻覚とは断言はできない。でも、ミネから見たらそうではない。そして、勿論カヤツリにも。

 

 カヤツリ視点など想像したくもないが、考えるのは止められない。セイアの頭で、その光景がシミュレーションされる。

 

 想像しても見て欲しい。昏睡状態だと聞かされたセイアを迎えに行ったら、訳の分からないことを耳に流し込まれて馬乗りになられるのだ。完全に頭がおかしい女だ。百年の恋も覚めるだろう。

 

 普通に最悪だ。セイアの思う通りなら問題はなかったが、今の状況では話が違う。けれど、あんまりな事実に死にかけの魚のようになったセイアへ助けの手が差し伸べられる。

 

 

「心配することはありません。長い昏睡の後はよくある症状です。彼も、そこはある程度の理解はあるでしょう」

 

「それは、本当かい?」

 

「ええ、頼むなら私から説明しても構いません」

 

 

 ミネの力強い言葉に、セイアはのたうち回るのを止めた。そうとなれば話は早い。一刻も早くカヤツリのところへ行かねばならない。

 

 

「その前に、あなたには話しておかねばならない事があります」

 

「それは、何だい?」

 

 

 努めて冷静に問うセイアに、ミネは静かに言った。

 

 

「カヤツリさんの事についてです」

 

 

 □

 

 

「……落ち着いたみたいだな」

 

 

 ミネから解放されたセイアを出迎えたのは、すっかりいつもの口調のカヤツリだった。見た目が全く違うのが、殊更に違和感を引き立てている。

 

 取り繕うのを止めたのか、動きがいつもの振舞い方だった。カヤツリなりに肩がこるのか、椅子に座って身体を動かす度に、身体の関節がバキバキ鳴っていた。

 

 セイアは、ミネに言われたことを噛み締めて、カヤツリの前に立った。

 

 

「さっきは済まない。私は混乱していたんだ……」

 

「……黙っていることがあるだろう」

 

 

 カヤツリは、いきなり核心をついて来た。黙ったままのセイアに、カヤツリは淡々と言葉を重ねてくる。

 

 

「混乱しているのは本当だろうさ。そこは信じるよ。でも、あの内容はなんだ? まるで、見てきたみたいじゃないか」

 

 

 カヤツリは、今までに見たことがないような目で。セイアを見た。嘘は許さない。そう言っている眼だった。

 

 

「私は……私は、未来が見えるんだ。夢のような形で、意図せずともね」

 

 

 いつか言おうと思っていたことだ。ミカやナギサにも、誰にも言ったことは無いこと。カヤツリなら受け止めてくれると信じていたこと。でも、今は怖くて仕方が無かった。

 

 

「へぇ……そうか。信じるよ。辻褄が合うからな」

 

 

 カヤツリの返事はあっさりとしていた。その返事が、セイアは怖くてたまらない。その次に聞いてくることに予想がついていたからだ。

 

 

「じゃあ全部知ってたのか? 俺の事も、アリウスの事も、ミカの事も。何もかも全部知ってたのか? 俺をアビドスから連れ出したのは、ただただ必要だったからか? ここに来るためのつじつま合わせか? 結局は道具でしかなかったのか?」

 

 

 何かを押し殺した声だった。今にも爆発してしまいそうな声だった。ミネの言ったことは半分は当たっていた。

 

 

 ──あなたは彼に謝るべきです。知っていることを全て話して、その上で謝るべきです。

 

 

 ミネは、開口一番そう言った。当然そうするつもりだと頷くセイアに、ミネは首を横に振るのだ。

 

 

 ──それは当然です。私が言ったのは、ここまでに至った経緯の事です。あなたは、ある程度のことを予期していたのではないのですか?

 

 

 ミネの疑惑は当たっている。実際に、白洲アズサの件はセイアが動いたからだ。通したのはミカだが、通りやすいように書類を作ったのはセイアだ。それに、ミネには気を失う前の下手な言い訳を聞かれている。その疑問に行きつくのは難しくはないだろう。

 

 そして、ミネは黙ったセイアに続けて忠告した。

 

 

 ──セイア様にも事情があったのでしょう。しかし、そのことは今すぐに言った方がいい。カヤツリさんは、恐らく感づきます。自ら話すのと、問い詰められて話す。そのどちらの心象が良いかは、言葉にせずとも分かるはず。

 

 

 今は、ミネが言った最悪の状況にほど近い。結局、セイアはカヤツリに問い詰められるまで未来視の事を言い出せなかった。そして、ミネが忠告した理由は、セイアだけを心配しての物では無かった。

 

 

 ──いいですか。あなたが意識不明になってからの長期間。私は生きた心地がしませんでした。私は、あなたが永遠に目を覚まさない可能性も視野に入れていました。そして、その責任の一端が私にあるという事も。

 

 

 セイアは、それを聞いた時、眉をひそめた。ミネに責任は全くない。これはセイアの不手際にすぎない。

 

 

 ──セイア様はそうでしょう。あなたはこうなった事情を知っている。しかし、私は知りません。その状況で責任を感じないほど私は薄情ではありません。

 

 

 そう強く言った後、ミネはただでさえ真剣な顔を引き結んでいた。

 

 

 ──私は平気だと思っていました。やれることをしたのだから、後悔はないと。しかし、それは誤りでした。そんな論理を押し流すほど、後悔は強かった。そして、それを他の人間も感じなかったと思いますか? あなたの友人である聖園ミカ様や、桐藤ナギサ様。そしてカヤツリさんも。

 

 

 セイアは愕然として言葉もなかった。それは、当然のことだったからだ。

 

 

 ──ティーパーティの二人はまだいいでしょう。何もできはしなかった。しかし、カヤツリさんはどうですか? 彼は、あなただけではなく、トリニティやゲヘナ、アリウスの責任を背負い込んでいる。その重圧は私の比ではなかった筈。そして彼は襲い来るアリウスを掻い潜って、あなたを助けに行こうとした。そんなあなたが目を覚まさないと聞いた時。間に合わなかったと知った時。どう思ったのでしょうか?

 

 

 セイアは血の気が引いていた。そんな物は決まっている。とても辛かったに違いない。セイアが想像もできない程に辛かったはずだ。それでも、カヤツリは出来る事をやったのだ。そんなカヤツリに、セイアは何を思っていたのだろう。余りにも考えなしだ。

 

 

 ──彼は限界でしたよ。あなたが目を覚まさないと聞いた時、完全に素が出ていました。そして、彼はその類の痛みを一度経験しているはずです。だからこそ、そうならないように動いていた。そして、あなたは彼に知っていたことを言わなかった。

 

 

 セイアの怠慢で、何人も傷つけた。それは、殊更強くカヤツリを傷つけた。そして、そのことをカヤツリは感づいたかもしれない。

 

 ミネの懸念はこうで、それは半分が現実になっていた。それが真実だというのは、カヤツリの声で分かった。セイアが未来を確定させるためだけにカヤツリを呼んだと思っている。なら、カヤツリに対してセイアが出来る事は、たった一つしかない。

 

 

「ある意味ではそうだ。最初アビドスへ君を迎えに行ったのは、夢で見たからさ」

 

 

 セイアの言葉に、カヤツリは何も言わない。何を考えているのか、全くセイアには想像がつかない。それほどまでに、カヤツリは静かだった。

 

 

「私が襲われるであろうことも夢で見た。だから、私は襲撃者を説得することにした。その勝算はあったからね。ただ、反動で眠ってしまってね。それでご覧の有様という訳さ」

 

 

 セイアに出来ること。それは真実を語る事だけだ。カヤツリに嘘は通用しない。そんな場面など山ほど見てきた。

 

 

「言わなかったのは、巻き込みたくなかったからさ。未来視は全てが見えるわけじゃない。断片的で、それが何時かも定かじゃない。見えたのは襲撃される場面だけで、私の生死も定かじゃない。でも、私はやらなくてはならなかった」

 

「それは、どうしてだ?」

 

 

 静かなカヤツリの声は変わらない。でも、セイアは恐れず言い放つ。

 

 

「死にたくはなかったからさ。でも、そう思えたのは君のお陰なんだよ。君が教えてくれたんだ。未来は変えられると、そう教えてくれた。その日から、君は手段ではなくなったんだ。君は私にとって特別になったんだよ。道具扱いなど、君にだって言わせない」

 

 

 セイアは静かに微笑んだ。あの日に、自分が何を思ったのかを言葉にする。

 

 

「私は諦観に満ちていた。未来が分かるというのは、決していい事ばかりじゃない。未来が分かれば覚悟ができるなんて言うけどね。そんなものはいつまで経ってもできやしないんだ」

 

 

 セイアは死んだように生きていた。見知ったばかりの未来はとても退屈で、反抗心をセイアから奪い去っていた。

 

 

「ある時、君を夢に見た。君と一緒にトリニティにいる夢だった。私は、座してそれを待ったが、何も変化はなく、自身で行動をしなければならないと知った。そして、それだけでもなかった」

 

 

 セイアはゆっくりとカヤツリへと近づく。

 

 

「楽しかったんだ。未来視に立ち向かって、自分で選んで生きていくのは楽しかった。君と一緒にトリニティに通うのも、ミカやナギサと過ごすのも楽しかった。夢に見て退屈だったはずの光景なのに、とても楽しかったんだよ私は。きっと君や二人が居てくれたおかげだ。だから、怖くなった」

 

 

 近づいたおかげか、カヤツリが息を呑む音が聞こえた。

 

 

「ミカやナギサ、君を巻き込みたくなかった。失いたくなかった。だから、何も言わずに君を遠ざけた。そして、君を傷つけてしまった。もっと早く話すべきだった。君なら大丈夫だと、嫌われたくないと、私は説明を怠った。本当にすまなかった」

 

 

 セイアの謝罪はここまでだ。でも、あともう一つだけ、言わねばならない事があった。

 

 

「君は間に合わなかったと思っているようだが、それは違う。君が、アリウススクワッドを引きつけてくれていたから。私は白洲アズサを説得する事が出来たんだ。もしそうでなかったのなら、スクワッドは白洲アズサの、私の所へ来ただろう。そうなれば、私は死んでいた」

 

 

 それは当然の帰結だ。あの時のスクワッドは、命令は絶対。アズサを処理してセイアも殺しただろう。そうならなかったのは、カヤツリがアリウススクワッドに立ち向かったからだ。

 

 

「だから、ありがとう。君は、私をちゃんと救ってくれたんだ。あの夜も、その前もね」

 

 

 セイアは全てを語って、カヤツリの反応を待った。カヤツリの雰囲気は近くによっても、分からなくなっていたからだ。

 

 長い静けさと、小さな唸り声の後。カヤツリの声がした。

 

 

「分かった。信じる。最初の動機はアレだが、今は違うというのを信じよう」

 

「理由を聞いてもいいかい?」

 

 

 あっさりと雰囲気を元に戻した理由が知りたくなって、セイアは尋ねる。これまた、あっさりと了承の返事が返ってきた。

 

 

「セイアと同じように俺も楽しかった。取り乱すくらいには大事に思ってる。それに今の今まで気がつかなかったから、道具なんてつもりはなかったんだろう? それに気持ちは分かるよ。大切だから遠ざける気持ちは分かる。それに、選択することは怖かっただろう? でもやり遂げた。俺は諦めない奴は好きだ」

 

「だから、アリウスやアビドスに手を貸したのかい? 特にアリウスは敵だっただろう?」

 

「見捨てるのは嫌なんだよ。特に、自分が手を出して何とかなりそうなことは」

 

 

 セイアから目を逸らして、自分の足元を見つめたままのカヤツリは言う。

 

 

「それは見捨てたってことだ。見殺しにしたってことだ。それも、かつての自分を。そうしてほしかった誰かを見捨てたってことだ。そんなものは御免なんだ」

 

 

 聞いておいてなんだが、カヤツリの話したことは意味があまり分からなかった。セイアの知らない何かが下敷きにあるらしいが、兎に角、見捨てるのが嫌らしい。ならと、いい考えが浮かんだ。

 

 

「ふむ。私は君に対して不義理を働いた。なら、謝罪と礼だけでなく、詫びが必要だろう。何か言ってみたまえ」

 

「なんで。そんなに偉そうなんだ……」

 

 

 呆れた言葉がカヤツリから飛び出して、しばらく後に答えが返る。

 

 

「もう二度とするな。勝手に、俺の知らない所で死にかけるんじゃない。何かあったら言ってくれ。俺は二度は耐えられない」

 

 

 今の言葉で、セイアの胸が跳ねた。これは、もしかすると、もしかするかもしれない。さっきのセイアの言葉が通じたのかもしれない。恐る恐るセイアは問い掛ける。

 

 

「…………君は、その意味が分かってるのかい?」

 

「……言葉通りだろう」

 

 

 ──クソボケが─────────っ!

 

 

 今の答えで、絶対に分かっていない事が明らかで。セイアは悪態をついた。さっきまでのときめきを返してほしい。

 

 勝手にカヤツリの居ないところで死にかけるな。それなら、カヤツリの傍に居ろという事だろう。それも、二度とだから。ずっと一緒というように取れる。告白の文句ではないのか?

 

 けれどカヤツリは全く、そのつもりはないらしい。なら、そう言う風にするだけだ。

 

 

「なら、君も約束したまえ。似たようなことをした身だ。反論は受け付けないよ」

 

「はぁ……分かったよ」

 

「よろしい」

 

 

 セイアは企みが上手くいって、ほくそ笑む。なら、次は共同作業だろう。しなければならない事がいくつか残っている。先払いも済んだ。だから、これで我慢することにした。

 

 セイアは、いつもの雰囲気に戻って、宣言した。

 

 

「又聞きだが、団長から聞いて事情は大体把握しているよ。まずはミカを何とかしようか」

 

「……一応、案を聞こうか」

 

 

 セイアの言葉にカヤツリが顔を引き攣らせていたが、気にしない。セイアは自分の決めた意見を言うだけだ。

 

 

「なに、こういう時は拳で語り合うと相場が決まっているだろう」

 

 

 セイアの自信満々の宣言。その直後にカヤツリの特大のため息が響いた。

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