ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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300話 トリニティの“裏切り者”

 ナギサやミカとの話し合いから、数週間が過ぎた。

 

 先行きが危ぶまれていた補習授業部の合宿は概ね上手くいっていたものの、二回目の試験は不合格に終わる。

 

 ティーパーティーによる合格ラインの引き上げ、そして試験会場がゲヘナ自治区内に指定されたのだ。急いで向かった補習授業部試験会場は数々の騒動に巻き込まれた挙句に、全員の答案用紙は焼失してしまった。

 

 ただ、それは怪我の功名だったらしい。この奇妙な試験場所と介入、全員不合格の先には何が待っているのかが共有された。

 

 それからは、あれ程バラバラだったのが嘘の様に、補習授業部はまとまっていた。

 

 合宿所の掃除、夜間の無断外出。それらの共同作業。そのおかげでもあったのだろうが、各々が互いを信じたお陰だと先生は思っていた。

 

 特に、ヒフミが一番頑張っていた様に思う。環境づくりや、模試の報酬を用意する。そんなヒフミの努力は実を結び、補習授業部全員の模試結果は合格点を叩き出していた。これなら全員合格も確実。

 

 ついこの間の模試では、全員が九割台を叩き出し、ヒフミやアズサ、コハルが跳ね回っていた程だ。

 

 しかし、その喜ばしかった昨日までの空気は、今この現状では荼毘に付していた。

 

 

「明日の第三回特別学力試験……これが、最後の……」

 

 

 沈黙に包まれた部屋にヒフミの絶望した声が響く。試験自体は問題ない、全員の学力も同様、試験範囲も問題ない。

 

 なら、何が問題かといえば、試験場所であった。

 

 

「第十九分館。今度はゲヘナ自治区内じゃないけど……」

 

「私がシスターフッドに聞き込んできましたが、エデン条約重要書類保護の為、明日一日中、第十九分館は正義実現委員会によって封鎖されるそうです」

 

「そんなの……」

 

 

 ハナコの言葉に、コハルが絶望した声を上げた。

 

 これが何を意味するかといえば、試験会場に入れない。入れないのであれば、試験は受けられない。つまりは全員退学である。

 

 

「コハルは、正義実現委員会だろう。話は通せないのか?」

 

 

 アズサが冷静に解決策を提示するも、コハルはうなだれたまま首を横に振る。

 

 

「ムリよ。無理。ハスミ先輩なら、話は聞いてくれると思うし、ティーパーティへ怒ってもくれると思うけど……」

 

「流石に正式な仕事をボイコットは出来ない。羽川ハスミがティーパーティー。桐藤ナギサに抗議したところで、取り消しはしない。羽川ハスミ単独では、明日までに全員の説得や私たち全員を素通しも難しい。なら、正義実現委員会を敵に回すしかない」

 

 

 コクコクと頷くコハルを見て、アズサは黙ってしまった。続いて、ヒフミが耐えきれなくなったのか、言葉を漏らす。

 

 

「どうして、ナギサ様はここまで……」

 

「……きっと、もう何も信じられないのでしょう。復讐と恐怖にとらわれるあまり、自分以外の全てが敵にしか見えなくなってしまった。だから、ヒフミちゃんの声も届かない。ヒフミちゃんの所為ではありませんよ」

 

 

 ハナコの慰めも、気休めにしかならない。ヒフミも黙ってしまった。

 

 そう、結局。先生はトリニティの裏切り者を見つけ出す事は出来なかった。

 

 先生とて、遊んでいたわけではない。ミカの情報を元に調査を進めていた。

 

 ヒフミは真っ先に容疑者から外れた。疑惑は、犯罪組織のリーダーであるという疑い。ある意味真実ではあるが、それはアビドスの銀行強盗。あの場の一回限り。そもそも、百合園セイアを襲う理由はない。

 

 アズサは、ミカの言った通りの娘だと先生は思う。そうでないなら、ここまで頑張れはしないだろうし、スカルマンを手に入れた時の笑顔に嘘はない筈だ。

 

 コハルも、そう言ったことが出来る人間ではない。能力の問題ではなく、気質の問題。そんな正義に外れた事をコハルはしようとも思わない筈。ミカの言う通りに、成績不良と正義実現委員会への布石だったのだろう。

 

 ハナコも選択肢から外れて久しい。異常行動、優等生から露出魔へと転落した彼女だが、ワザとやったのだと自分からそう言った。他者の評価や何やらが、煩わしかったのだと。トリニティが嫌いになりかけていたと。でも、心変わりしたのだと言う。

 

 それは現状を見れば、一目瞭然だった。テストは満点で、他の生徒にも勉強を教えている。他の補習授業部メンバーの点数向上はハナコの力が大きく影響していた。

 

 きっと、補習授業部を好きになれたのだと思う。トリニティを嫌いにならずに済んで、先生は良かったと思っている。今のハナコは輝いている。その輝きを最近何処かで見た気がするが、先生は思い出せない。

 

 そして、その隣。用を足しに行って空席の空間を見る。

 

 

 ──瀬戸カミガヤ。あの子はね。ゲヘナのスパイなんだよ。

 

 

 最後の一人。それを思い浮かべた途端に、あの時のミカの言葉が再生された。

 

 

 ──瀬戸カミガヤ。ゲヘナからの転入生。三年生。いつもニコニコしてて、クラスの評判も普通。悪い人じゃないんだけど、何時も便利に使われてる。そんなポジションの娘。みんなはそう思ってる。でもね。私たちがゲヘナを嫌う様に、向こうも私たちが嫌い。セイアちゃんが居なくなったこの時期に態々転入してくるなんて、何か企んでるに決まってるよ。もしかしたら、全部の黒幕かも。あんなニコニコして、腹の中じゃ何を考えてるか分からないんだよ。だから、先生も気を付けて。

 

 

 ミカの話では、エデン条約のテストケースとして、連邦生徒会を通して、ゲヘナから送り込まれた生徒。それが瀬戸カミガヤだった。

 

 成る程、確かに怪しい。彼女は補習授業部にもかかわらず、フリーハンドで行動している。見た目は綺麗で、物腰は柔らかい。ゲヘナの出身とは思えない程の優等生。

 

 時期も今ではなくてもいい。それこそ、エデン条約が成立してからでもいい。お互いの空気がビリついている今でない方が安全だ。

 

 そうでないなら、ミカの言う通りに、今でないといけない理由があると言う事だ。

 

 けれど、そこが先生は気になった。

 

 あまりにも怪し過ぎるのだ。何かを企んでいたとして、そこまでリスクを高める必要はあるだろうか?

 

 それこそ、普通のゲヘナ生らしく振舞った方が、監視の目を躱せただろう。まるで、怪しんで欲しい様な。例えるなら釣り餌だ。美味しそうな餌の中に、鋭い釣り針が紛れ込んだ罠餌。

 

 

 ──瀬戸カミガヤ……? 気にしなくて良い。先生は先生の仕事。トリニティの娘たちに集中してあげて。

 

 

 二回目の試験でゲヘナに行ったついでに聞いた言葉だ。発言したヒナは、何も隠した様子はなかった。ならカミガヤは、そんな事をする人間という線は薄い。

 

 それに、ミカの様子もおかしかった。何か必死さが感じられた。ナギサの為もあるのだろうが、必死に自分にそう言い聞かせているかのような印象だ。

 

 結局のところ、完全に手詰まりで、何か思い違いをしているとしか思えない。だから、今も先生は上手い案を出せないでいる。補習授業部のメンバーも、ヒフミですら何も言い出せない状況だった。

 

 その場の全員が黙ったままで、教室には時計の針が進む音だけが響いていた。

 

 

「私のせいなんだ……」

 

 

 その堪え難い沈黙を切り裂いて、アズサは言った。何かを決意するかの様に、唇は引き結ばれている。

 

 

「桐藤ナギサが探しているトリニティの裏切り者。それは私の事なんだ」

 

 

 アズサの語ったことは、半分ほどは概ねミカの言う通りだった。アリウスに騙されたミカによって、トリニティへ入学した事。アリウス出身である事。百合園セイアと兎馬カヤツリを襲ったのは、アリウスだったこと。そして、正義実現委員会の封鎖が解ける明日、ナギサをアリウスが襲撃するということ。

 

 

「私は皆を騙していた。そのせいで、皆だけじゃない。桐藤ナギサもこんなことになった。私はずっと言い出せなかった……」

 

 

 アズサは、恥じるように俯いていた。それでも、なにか決意の様なものが漲っている。

 

 

「だから、私はやるべきことをやらなければならない。アリウスを止める。止めなければ、同じことが他の学園でも繰り返される」

 

「……それだけですか?」

 

 

 アズサの語りが終わって、数拍のちに、ハナコが明るい口調で、けれど責めるようにアズサへ問うた。

 

 

「皆を騙して、自分も騙して、ここまで状況を引っ掻き回した。アズサちゃんは嘘つきで、裏切り者。今になってやって来た揺り戻し。それに耐えられなくなって、今こうして吐き出している。その償いの為に単身でアリウスに戦いを挑もうとしている。それで、そんな綺麗なお題目で。いいんですか?」

 

「ハナコちゃん!?」

 

 

 剣呑な雰囲気に、ヒフミが腰を浮かすが、先生は手で止めた。今のハナコなら、先生にああ言ってくれたハナコなら。きっと想像通りには行かないはずだ。

 

 

「違うでしょう? それだけじゃないはずです。アズサちゃんが皆を騙していたのはそうでしょう。でも、ずっとここに居る必要はありません。模試も本気でやる必要も。何度も黙って補習授業部を抜け出すチャンスはありました。今の話ではアリウスと連絡を取っていたくらいですからね。そのまま煙のように消えればよかったはず。けれど、アズサちゃんはそうはしなかった」

 

「ハナコ……?」

 

「それは、楽しかったからじゃないんですか? この補習授業部の日々が楽しかったから、それを捨て去りたくはなかったから。ずっと続けていきたいと願ったから。だから、今もここに残っている。そうでは無いのですか?」

 

 

 責められると思っていたアズサの間の抜けた声が響くが、ハナコは全くに意にも介さなかった。むしろ、祈る様な。そうであってほしい響きが込められていた。

 

 

「アズサちゃんは裏切り者だったのかもしれません。でも、決してそれだけでは無かったことを私は知っています。ヒフミちゃんや、コハルちゃんも、いまも用を足しているカミガヤさんも。なら、アズサちゃん自身が信じてあげてください。アズサちゃんに単身で償われたところで私は嬉しくはありません。寧ろやめてほしいくらいです。アズサちゃんの居ない日々は、まったく楽しくはないんですから」

 

「……ありがとう」

 

 

 補習授業部の三人が頷くのを見て、アズサは微笑んだ。最初よりも空気は幾分かマシになっていた。

 

 

「でも、どうするのよ。試験会場には入れない。入るにはハスミ先輩たちと敵対しなくちゃいけない。でもそうしたら……」

 

「アリウスがナギサ様を襲撃する……そんな事になれば、試験どころじゃ……」

 

「桐藤ナギサも、何を言ったところで聞き入れはしないだろう。先生は?」

 

 

 アズサの問いに、先生は首を横に振った。あの話し合い以降、ナギサとは決裂状態だ。裏切り者の名を言ったところで意味はない。ナギサ本人が納得できるかも怪しい。

 

 

「ナギサが信じてくれればいいんだけどね……いや、その材料が用意できないのが悪いんだけど……」

 

 

 結局、全ての問題はここに帰結する。全員が、何かを信じることが出来なかった。ミカがアリウスの事をナギサを信じて話していれば、ナギサが他の人間を信じていれば、この状況は起こらなかったのかもしれない。だが、環境がそれを許さなかった。あの状況下で、もっと信じればよかったというのは結果論だ。

 

 

「なら、材料があればいいんです。そうすれば、アリウスを止め、ミカさんとナギサさんを救い、私たちも全員合格できる。そうでしょう?」

 

「だから、そんなのは無理……」

 

「そうでしょうか? 今までだって、無理だと思われたことを私たちはやってきました。コハルちゃんだってそうでしょう? なら、何故、今回も無理だと言えるんですか? それに、私たちにはシャーレの先生が居ます」

 

 

 こちらを見つめるハナコの視線に、先生はしっかりと頷く。存分に権力を使ってくれても構わない。これは、最善を掴むための戦いで。それに先生が必要だというのなら断る理由はない。そのための先生であるからだ。

 

 そして、ハナコは、これからどうするのかを端的に言った。

 

 

「ナギサさんに、サプライズゲストを用意しましょう」

 

 

 □

 

 

「紅茶はもう結構です」

 

 

 セーフハウスのナギサの自室。そこに入ってきた気配に対し、ナギサは言葉を投げかけた。

 

 緊張と恐怖で口が乾いて仕方がないが、流石にこれ以上は必要ない。そう考えての発言であったが、扉の外の気配は動く気配が無かった。

 

 

「……遂に、ですか」

 

「おや? 予想していた反応と違いますね」

 

「いえ、私も覚悟はしていましたよ。浦和ハナコさん。それと、白洲アズサさん」

 

 

 扉を開けて、入ってきた二人に。冷たくナギサは声を掛けた。

 

 

「やはり、あなた方でしたか。なら、ここで私と共にリタイアしていただきましょうか」

 

 

 ナギサは懐の銃を抜き放つ。もう少しだ。あと少し近づいてさえくれればそれでよかった。そして、それは今達成された。

 

 

「私たちを巻き込んで、自爆するつもりですか」

 

「おや、怖いのですか? 二人にはそうしたくせに」

 

 

 ナギサが左に握り込んだ起爆スイッチ。それに怯んだ二人をナギサは嘲る。これは、最後の手段だった。穏便に退学してくれればこれでよかったが、実力行使に来たのならやり返すまで。部屋中に仕掛けられた爆弾が、三人を襲う。

 

 ナギサもタダでは済まないだろうが構わない。これで、ミカを守れる。復讐は終わる。

 

 

「それは、少し早い判断だと思いますよ」

 

 

 ハナコの言葉を無視して、ナギサは起爆スイッチを握り直す。親指がスイッチの上に掛けられて、何時でも準備万端だ。

 

 

「戯言を……!」

 

「そういう情熱的なところは、君の悪い癖だよ。ナギサ」

 

 

 部屋に三人のモノではない声が響いた。その声に思わず、ナギサの指が緩む。だって、聞いたことがある声だ。もう聞けないと思っていた声だ。

 

 影になって見えない扉の向こう。そこから足音が聞こえて、その主がようやく姿を現した。

 

 

「セイアさん……? 何で、生きて……」

 

「生きてるさ。ナギサ。カヤツリもね。まあ、私の方は長い間眠っていたせいで、ここまで動けるようになるまで今までかかったがね」

 

 

 ──嘘だ。私を騙そうとしている。

 

 

 起爆装置を手放そうとしたナギサに、誰かが囁く。スイッチの上の指は動かない。

 

 

 ──おかしいじゃないか。余りにも都合が良い。もしかしたら、セイアさんが黒幕で、何かを企んでいるのでは?

 

 ──何故ここにカヤツリが居ないのか

 

 ──何故自分やミカを騙すような真似をしたのか

 

 ──何故セイアさんが被害を受けずに……ここまで来れたのか

 

 ──その答えはただ一つ……

 

 

「ナギサ。すまなかった」

 

 

 逡巡で固まって動けないナギサに、セイアが頭を下げる。

 

 

 ──騙されてはいけません。目の前の人間はまた騙そうと……

 

 

 内心で響く声を無視して、ナギサの手から起爆装置が零れ落ちた。それは、セイアが正面からナギサを抱きしめたから。

 

 

「私は君に言うべきだったんだ。ちゃんと話すべきだった。そんな私の怠慢が、君をそこまで追い詰めた。私が君をここまで追い詰めてしまった。本当に、本当にすまなかった……」

 

「ああ……ああ……セイアさん。良かった。よかった。よかっ……生きていて、本当に……ああああ……!」

 

 

 それだけで、ナギサは良かった。十分だった。ちゃんとセイアは生きていた。ナギサが取り返せないと、もう戻らないと信じていたモノは。ここにあった。なら、なら。もうこんなことをしなくてもいいのだから。

 

 

 □

 

 

「……随分と見苦しいところをお見せしてしまいましたね。補習授業部の皆さんにも、申し訳ないことを……」

 

「いや、それを笑う者はここには居ないだろう。君がこうした理由も、覚悟も知っている。違うかい?」

 

 

 いつものセイア節に、ナギサは苦笑した。ハナコとアズサ、セイアから、それぞれの事情を聴き、おおよその全体像が明らかになっていた。

 

 

「アリウスはミカさんを騙した。そして、それはアリウスを支配する存在。ベアトリーチェの指示だったと……」

 

「ああ、カヤツリが調べ上げてくれた。ミカも悪くはない。手段が些か過激だが、それはいつもの事だろう?」

 

 

 ナギサは、セイアの言葉に一先ず頷く。そうであるのなら、あそこまでミカが憔悴した理由も分かろうという物だ。日を追う毎にそれが酷くなったのも、自分の気持ちに途中で気がついたせいだろうから。

 

 しかし、それも杞憂に終わった。カヤツリも生きているらしいし、ミカとの間も時間を掛ければケリがつく。だが、それは未来の話。そのためには兎にも角にも、今は動かなければならない。

 

 

「今からすべきことは?」

 

「アリウスの部隊が迫っています。今は先生とヒフミちゃん、コハルちゃんが対応していますが。アズサちゃんの残したブービートラップでは限界があります。私たちも増援に向かわねばなりません」

 

「……各首長に連絡を取りましょう」

 

 

 ナギサの発言に、全員がナギサを見つめた。驚愕の視線が、ナギサを貫く。

 

 

「大部隊を動かすのは止めた方が良い。大事になれば、ミカを守れなくなってしまう。カヤツリが用意したカミガヤというスケープゴートでは対処できな……」

 

「ですから、部隊は必要最低限で信頼のおけるもの。それが判断できる各首長だけを呼ぶのです。カヤツリさんが交流していた彼女達なら、ある程度の理解は示してくれるでしょう。それに、これからアリウスの事は向き合わねばなりません。巻き込むなら最初から。それが誠意という物です」

 

 

 ナギサは決断した。やるなら徹底的にやるべきだ。だが、セイアはまだ不安そうに聞いてくる。

 

 

「だが、各首長。ミネ団長以外は、瀬戸カミガヤがカヤツリだと知らないだろう。話がややこしくならないかい」

 

「何を言っているのですか?」

 

 

 セイアの戯言に、ナギサは驚いた。そんな事は多分ないはずだからだ。

 

 

「恐らく、彼と交流のあった首長は気づいていると思いますよ。私は今までああでしたし、ミカさんも追い詰められているから分かりませんでしたが……なにせ、トリニティでは、あんな話し方をするのは彼くらいでしたからね。ゲヘナ生がそんな話し方をするのは考えにくいですし……」

 

 

 転入時の会話での、あの厭味ったらしい忠言と言葉回し。如何にもトリニティらしさに溢れてはいるが、中身はちゃんとした助言なのだ。関係が薄い者に対するカヤツリの話し方だ。剣先ツルギや蒼森ミネなどは、身体の動かし方で看破していそうな気さえする。

 

 

「…………何だって?」

 

 

 セイアは現実が受け入れられないのか、目を白黒させている。けれど、ミネはそうだったのだから、信憑性は高い様に思う。セイアの様子では、露ともそんな事は思っていなかった様子だ。だから、ナギサが色々と手を回さずを得なかったのだが。

 

 

「それで、カヤツリさんは何処に居るのですか? 味方になってくれているアリウススクワッドでしたか、彼女たちと一緒に居るのですか?」

 

「いや、ミカのところへ向かっている」

 

「…………何ですって?」

 

 

 セイアの言葉を聞いて、ナギサはセイアと同じような言葉を返してしまう。まじまじとセイアを見つめるが、セイアはキョトンとした顔で見つめ返してくるだけだ。

 

 

「私が行ってもミカの事だ。狂乱して暴れかねない。ナギサ、君を私たちが説得できるかは不確定で、アリウスの部隊が来ている今は時間もない。なら、ミカを抑え込めて、説得や戦闘もできるだろうカヤツリを向かわせるのは鉄板だろう。アリウスが襲撃する恐れもあることだしね。それで、全部が終わった後に、私がミカに一発入れれば、今回の件はそれでチャラさ」

 

「……今すぐ、連絡を」

 

「だから、ナギサ……」

 

「早くカヤツリさんに連絡を! 間に合わなくなってしまいます!」

 

 

 ナギサの焦りに、全員が呆気にとられたが。ナギサはそれどころではない。セイアをガクガク揺さぶって、通信機を要求する。

 

 ダメなのだ。カヤツリだけは、今のミカに会いに行ってはいけない。今のミカはそれに耐えられない。そして、それはナギサしか知らないことだと今知った。セイアは分かっていると思っていたのに、全くそんなことは無かったのだ。

 

 

「うっぷ……落ち着きたまえ! いったい何なんだい!?」

 

「セイアさんもミカさんの性格は知っているでしょう!? あの娘は興味が無いなら、あの娘の世界にはないようなモノなんです! 話題にも上げませんし、記憶にすら残らない! そんな娘なんです!」

 

「ああ、そうだね。ミカは優しいが、その範囲は限定的だ。無意識の防御策だろうね。でも、それがミカらしささ。そうだろう?」

 

 

 まだ何も分かっていないセイアに、苛立ちながらも、ナギサは過去の事を論う。

 

 

「良いですか! 何故ミカさんがセイアさんに世話を焼いたと思っているんですか! 何度も何度も、そういう話をしましたよね!? しかも、カヤツリさんに毎度怒られてもです! 飽きっぽい、あの娘にしては妙だなと、不思議には思わなかったんですか!?」

 

「ああ……カヤツリのミカに対する嫌味はいつもの事じゃないか。内容は真っ当だし、ミカも素直に直していただろう。それに私の時も、コイバナとやらがしたかったんだろう? だから、今回の事も……」

 

「バッ……そんなわけないでしょう!? アレは、ミカなりのじゃれつきと諦めようとした……ああもう! 本当におバカさんですね! 本当に二人、いや三人揃って……!」

 

 

 余りの察しの悪さに、遂にトリニティらしくない悪態が飛び出すが、ナギサはそれどころではない。とうとう、セイアから無線機をひったくった。

 

 

「カヤツリさん! 今どこにいるんですか!?」

 

『聖園の部屋だ。聖園が目の前にいる』

 

 

 最悪の事態に、ナギサは絶望する。何とか、ナギサは持ち直して、落ちついて声を出した。

 

 

「いいですか。カヤツリさん。今、瀬戸カミガヤの格好なんでしょう? どうか、そのままで。私とセイアさんが、そこへ向かうまでミカさんを刺激しないで下さい」

 

『何で……今更……なんで、もっと早く……私の……』

 

 

 カヤツリからは答えは無かった。代わりに響いたそれは、静かであるがゆえに良く響き、誰の声かはナギサには容易に想像できた。無線機の奥から、ミカの据わった声が聞こえる。

 

 

『な!?』

 

『カヤツリ君の所為だよ!!』

 

 

 その直後、カヤツリの驚愕の声と。何かを振り回す風切り音。何かが乾いた木が粉砕される音。最後にミカの叫び声が無線機から響いて、通信は切れてしまった。

 

 

「アズサさん! ハナコさん! 各首長への説明はお任せします! セイアさん! 早くミカのところへ行きますよ!」

 

 

 未だに理解が及ばないのか、固まったままのセイアを引っ掴んで、ナギサは部屋を飛び出した。

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