ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
ミカが居るであろう場所は、ティーパーティの本部。ミカ個人に割り当てられた仕事部屋に違いない。そう判断したナギサは、セイアを引きずりながら、そこへと向かって駆けていた。
こんな風に走るのは、ほんの小さい時以来かもしれない。それでも、足は思った通りに動いてくれている。ようやく、トリニティ校舎が見えてきて、ナギサは周囲の様子に唖然とした。
校舎までの道には何人もの生徒が倒れ伏している。気絶しているのか、ピクリとも動かない。
「これは……」
「げほっ……見慣れない制服だが、アリウスの生徒だろう」
引きずられて息が切れたセイアが、つま先で彼女たちを小突く。動かないのに安心したのか、セイアは、うつ伏せのアリウス生をひっくり返す。
「見たまえ、銃弾の痕や焦げ跡がない。それに全員がうつ伏せに昏倒している。つまりは、後ろから急襲されたという事だね」
「まさか、ミカさんが?」
いつかの昔、ミカが癇癪を起こした時の事を思い出す。小さい時ですら、ああだったのだ。今なら、人一人は余裕で昏倒にまで追い込めるだろう。
「……その結論は些か予想外だね。これはカヤツリだろう。……アリウスからすれば、ミカは全ての責任をかぶせるのに都合が良い。絶対に確保しなければいけない。だから、ミカの元へと兵力を差し向けるのは当然だろう」
ミカは味方だと思っているだろうから、確保も容易だろう。とセイアは息を整えつつ話を締めた。能天気なセイアの様子に、ナギサの焦りが加速する。
「ならセイアさん! ミカさんやカヤツリさんが危険です! 早く行かなければ……!」
「落ち着くんだナギサ。カヤツリの事だ。これくらいは予想して、この一帯のアリウス生を排除はしているだろうさ。だからこそ、銃声で気づかれる恐れのない素手での無力化を選んだんだろう」
「ですが……討ち漏らしがあるかもしれません」
カヤツリとて、完璧ではない。一人くらいは討ち漏らしているかもしれない。今のミカとカヤツリの争いに、何か余計なことをする可能性もある。けれど、ナギサの焦りなど素知らぬ顔で、セイアはいつもの調子で言うのだ。
「なら、なおのことだよ。私たちに何かあれば全てが水の泡さ。ここで、各首長の寄こした増援を待ってからの方が良い。どうしてもというなら、話が分かりそうな人間だけでね。どうしたんだい、ナギサ。いつもの君らしくもないじゃないか」
セイアは心配そうな表情でナギサを見ている。いつもの煽り染みた冗談ではなく、本気で心配している様子だった。だが、そうならざるを得ない理由があるのだ。
「カヤツリさんが危険です。このままではミカさんは……」
「……一体、さっきから何を言っているんだい?」
「ですから……! ミカさんが…………」
余りの物分かりの悪さに、少し口調が荒くなる。そこにセイアが口を挟んだ。
「待ちたまえ。さっきから自己完結し過ぎだ。この間までの私と同じ轍を踏む必要はないだろう? 私の失敗を今こそ生かす時だ」
セイアの真剣な言葉で、ようやくナギサは我に返った。
ふと忘れそうになるが、ミカとセイアの付き合いはあまり長くない。数年単位のモノではあるが、幼馴染で十数年物のナギサには劣る。そこで齟齬が出ているのが今の状況だった。ナギサにとっては当然のことでも、セイアにとっては寝耳に水の状況。寧ろ文句も言わずについてきてくれているだけで十分に優しい。
それを何だろう。ナギサは一人で突っ走るどころか、病み上がりのセイアを引きずりまわした。ナギサは自身のやらかしたことに、顔色が悪くなるをの感じた。
「ごめんなさい。セイアさん……」
「いいんだ。寧ろ、そうやって熱くなるところは変わっていなくて安心したくらいさ。私は随分と迷惑を掛けたからね。何処かおかしくなってやしないかと心配していたんだ」
さっきとは逆に、セイアはナギサの手を引いて校舎の陰へと移動した。ここからなら、校舎までの道は良く見えた。ナギサが落ち着きを取り戻したところで、セイアが静かに聞いた。
「それで、ミカがどうなんだい? 無線からは何か物音がしたが……」
「ミカさんが、カヤツリさんを襲ったのでしょう。私が焦っているのは、まずそこです」
ナギサが懸念を伝えると、セイアはホッと息を吐く。安心した様子だ。
「なんだ。そのくらいか。何、カヤツリはああ見えて強いからね。ミカくらいなら暴れたところで……」
「ミカさんは強いですよ。まさに何でも出来ます。それゆえに努力をしないのが玉に瑕ですが」
まず一つの間違いをナギサは訂正することにした。
「ミカさんは、優しくて御しやすい。そう思われて舐められがちですが、パテル分派のトップです。先輩たちがミカさんを指名した理由はちゃんとあります。セイアさん、思い出しても見てください。ゲヘナ嫌いの、あのパテル分派ですよ」
ナギサの促しに少しセイアは考え込んで、納得したかのように息を吐いた。
「ああ、少し血の気が多かったね。あそこは」
そう、ナギサのフィリウス分派や、セイアのサンクトゥス分派、ミネのヨハネ分派。それぞれ色はある。それこそ、サンクトゥス分派は、カヤツリへの嫌がらせが良い例だろう。ああやって、表向きに誤魔化す、そうしてもいいという空気を醸造するのは得意なのだ。
そして、パテル派ではあるが。セイアの言う通りに血の気が多い。それこそ、大義名分さえあれば、ミカの想定通りに事が進めば。他の分派を力づくで抑え込むのに異は唱えない。
そして、そこにミカが配置されたのには理由がある。
「ミカさんは優しくて温厚。頭も人並み以上。それに理系を選択するくらいには論理的です。だから、パテル分派の下が暴走したとしても、その熱にミカさんは引っ張り込まれはしない。そして、説得できない下は何をするかと言えば、暴力に訴える方法ですが……」
「ミカは負けないというんだね? パテル分派全員を敵に回したとしても、負けない。それが首長に選出された理由の一つだと」
そうだとナギサは思っている。セイアが外向きの活動メインで、ナギサが内部。そして、ミカはいざという時の最終安全弁。それがナギサたちの期待された役割だった。
「しかし……そこまでかい? 私には想像ができないんだ。なにせ、そんな場面を見たことが無いからね」
「ええ、喜ばしい事に。そんな機会はありませんでしたからね。でも、そうですね……まだ小学生に入学したての頃でしょうか。ミカさんは片手で机を持ち上げていましたからね」
ナギサの発言に、セイアが安堵の息を吐く。
「なんだい。溜める割には、普通じゃないか」
「書斎の机ですよ? それも黒檀の」
のんきな回答をするセイアに、ナギサは言葉を付け加える。黒檀と聞いたセイアの顔が青くなった。
それも当然だろう。セイアは教室の机を想像したらしいが、実際には親の書斎の机だ。恐らく七十キロはくだらない重さの机を、ミカは小学生にして軽々と持ち上げていた。それに、ボール遊びでボールが車の下に入ってしまった時など、車の方を持ち上げてボールを回収していた。
小学生でこれだ。今なら、もっと力があるだろう。素手でコンクリートの外壁くらいは粉砕できるかもしれない。
「小学生で、そのくらいの力です。今となってはもっとでしょうね。それがカヤツリさんへと振るわれるのです。カヤツリさんとて、正面から受け止めれば腕の一本や二本は折れるかもしれません」
「あの乾いた木のような音は……」
「そうでない事を願いたいですね……」
攻撃を受け止めた腕が、あっ、一発で折れたッ。みたいな展開があり得ると。ナギサは本気でそう思っている。ミカの強力な握力は人間の骨など一掴みで砕く。その腕力は人間の腕など一瞬でひきちぎる。カヤツリは絶体絶命。そんな煽り文をつけても違和感はない。
それに、普段の手加減したミカですらあのパワーなのだ。今のミカは狂乱状態。幾らかリミッターが外れている恐れすらある。つまるところ、
だからこそ、ナギサは焦っていたのだ。それはもう手遅れでしかないのだが。
「おや……? ハナコ達からだね」
丁度話がひと段落したところで、セイアの無線が音を立て始めた。声からして、浦和ハナコかららしい。セイアは無線を手に取って、向こうからの声に頷き、直ぐに終わった。
「向こうは何と?」
「各派閥の首長たちが来てくれたようだ。一先ず剣先ツルギは先生の方へ、私たちの方へはミネ団長が来るらしい」
まさか、自分の方に人員が回って来るとは思わなかった。ナギサが見る限り、セイアはこちらの状況を伝えはしていなかったはずだ。
「ミネ団長が? 何故こちらに?」
「ナギサ。私は病み上がりなんだよ。あの団長が、そんな私を戦場に出すことを許すと思うかい?」
いつもの調子が戻ってきたセイアに、ナギサは納得した。確かに、あの団長はそれを許さないだろう。もしかしたら、ナギサですら救護対象に入っているかもしれない。
だが、チャンスでもある。
「なら、丁度いいですね。ミネ団長にも協力して頂きましょう」
「すると思うかい? 私たちを優先すると思うがね」
セイアは半信半疑といった感じだ。けれど、ナギサには秘策があった。もしかしたら、ミネも気づいているかもしれない物。
「今のミカさんの状況を説明すれば、協力してくれるはずです。それでも足りないのなら、カヤツリさんの事も言えばいいんです」
「……カヤツリの?」
ナギサをまじまじとセイアは見て、一度視線を逸らした後にハッキリと言う。
「ナギサ。君は何かを知っているようだ。私が知らないミカや、カヤツリの事を。教えてはくれないかい?」
「ええ、いつかは話そうと思っていた事です。こんな騒動の中で話すことになるとは思いませんでしたが……」
本当なら、ミカの踏ん切りがつかない場合に考えて用意しておいたものだ。だが、これからの事を考えれば、セイアは知っておくべきだろう。
「単刀直入に聞きますが、セイアさんは、カヤツリさんへ好意を寄せていますね?」
「…………ああ、そうさ。これで満足かい?」
「ええ。十分です。前提をハッキリさせなければ、何も始まりませんから」
思ったよりスムーズに返ってきた答えに、ナギサは頷く。以前のセイアなら、屁理屈をこねて煙に巻いただろう。ここで手間取ると思っていたが、この調子なら、ミネが来る前に終わるかもしれない。
すると、満足なナギサとは正反対に。セイアは口をひん曲げて、機嫌が悪そうに聞いて来る。
「さっきの会話を鑑みるに。ミカもそうなのだろう? いつからだい? 一体いつから……」
「さぁ? それは分かりませんが。最初はそうでは無かったはずです。最初の私たち三人での話し合いは、純粋に心配の気持ちからでしたから」
そう、その時はそのはずだったのだ。一体いつからなのか、それは定かではないが、確かなことは一つある。
「少なくともミカさんは、この事態が起こるまで。セイアさんとカヤツリさんが行方不明になるまでは、しっかりと自覚はしていなかったはずです」
あくまでナギサの想像でしかないが、きっとそのはずだ。ミカはきっとその感情を持て余す。持て余したからこその、あの狂乱ぶりなのだから。
「いつからでしょうか。ミカさんは理由をつけて、カヤツリさんとセイアさんをその……ミカ風に言えば、くっつけようとしていました。未来が見えているせいか、セイアさんは慢心していたようですけど」
「ああ、あの企画の発案は全てミカだったね……」
セイアがしみじみと呟く。どうやらセイアは全く、その意図に気づいていなかったらしい。いや、余裕だったのかもしれない。
けれど、今はもうそんな余裕は持てない。さっきのミカの話をした時、セイアの顔から表情が消えたのを、ナギサはハッキリ見たからだ。
そして、そのうちにナギサが何を言いたいのか。セイアも気づいているのか、表情が苦々しい。
「まさか、アレかい? カヤツリが居なくなってから。そうやって初めて気がついたというのかい?」
「きっと、そうなのでしょう。だから、私は止めたのです」
親友と好きな人を殺してしまったと。全てが終わってからミカは気づいたのだろう。だから、最初の道を突き進むしかなかった。けれど、そこに死んだと思っていたカヤツリが現れたらどうだろう。現実を認められずに、そのまま終わりの道を突き進もうとするに違いない。
ナギサは知っている。ミカは、知らない顔で悪事を働ける人間では無いことを。今だって、そうするしかないから。そうするのが、そんな末路がふさわしいと思っているに違いないのだ。
全ての元凶であるのに幸せな未来が許せない。それを持ってくるのが、よりにもよってカヤツリ。そんな未来を受け入れるわけにはいかないという気持ちと、そうしたいという気持ちがぶつかって、ミカはもう我を失っている。
そこまでになるくらいには、ミカはカヤツリが好きなのだろう。同じ考えに至ったのか、セイアはしかめ面のまま聞いてくる。
「切っ掛けは何なんだい? まさか一目惚れだ。何て言わないだろうね?」
「流石に違いますよ。ミカさんは、人のモノが欲しくなるような人間ではありません。これは、ミカさんの環境の問題でしょうから……」
環境と聞いて、セイアのしかめ面が戻った。今度は少し、居心地が悪そうな顔だ。
「あれかな。私とカヤツリの空気に当てられたのかい?」
「はぁ……違いますよ。その環境は、私たちと同じものです。私たちは、他の方よりもお金を持っています。それなりに、そういった階級のパーティにも顔を出しますよね」
大した自信だと微笑みたくなるのを堪えつつ。ナギサは本題の話題を放り込む。
「私たちも学んだはずです。どんな目で見られて、どんな役割を求められるのか。それぞれのやり方で、私たちは処世術を身につけた。外行きの仮面という奴です」
「ペルソナだね。私たちが他者と接する上での顔。だが、そんなものは誰だって持っているだろう。特定の人間の間でだけ、それをズらすか外す。それが許される関係を親友と呼ぶのだろう? 私たちはそういう間柄だったはずだ」
セイアの話から要点だけを摘まんで。ナギサはミカについて話し始める。
「ええ、ミカさんも持っています。あの天真爛漫で優しいキャラクターは仮面。ただ、あまり上手ではないようで、ほぼ素顔です。ただ、その代わりに勘だけは良いんですよ」
「勘? 勘とは、まさか、未来が分かるとかかい?」
まさかと、ナギサは笑いを堪える。それだったなら、どれほどよかったか。きっとこんなことにはならなかったはずだ。ナギサはセイアにハッキリと告げる。
「違います。悪感情が分かると言いますか。何となく、相手がどんな風に自分を見ているか分かるみたいなんです」
それは、ナギサもできる芸当だ。しかし、ある程度の材料を必要とはするが。けれどミカはそれが必要ない。ただの勘で、相手の狙いや意図をおおよそ当ててしまう。
それに頼り切っていたから、錠前サオリ。その後ろのベアトリーチェの思惑に気づけなかった。錠前サオリにそんな意図は全くなかったのだから。
「セイアさんもご存じの通り。私たちに接する人間は、何かしらの意図があります。要求を呑んでもらいたかったり、此方を利用しようとしたり。褒められた理由であることの方が少ない」
「ミカは……分かるというのかい? 自分がどう思われているのか」
ナギサは黙って頷く。聞くだけなら便利だと思えるが、実際はそうではないだろう。それは、セイアもそうなのか、沈んだ表情になっている。
相手が求める理想像をずっと押し付けられている。そうであることを望まれる。それは究極の自己否定。ナギサは考えないでいればいいが、ミカはそうもいかない。感覚として分かってしまうがゆえに、防ぎようがない。
「きっといい気分ではなかったでしょう。でも、私たちが居ました。私とセイアさんが。私たちの前では、きっとミカさんは素のままで居られた。しかし、不満はあったのでしょうね。そして、そんなミカさんの前にカヤツリさんが現れた」
ここで、ナギサは話を一旦切る。ここからは、カヤツリの話になるからだ。
「カヤツリさんも仮面を被っていますが、ミカさんや私たちとは比べものになりません。あの時の私では、その奥の物が何か分からない。私たちの様な付け焼刃ではない、社交界でも通用する。それほどに分厚い仮面です」
「でも、私には……」
「ええ、セイアさんには、私よりも、少し緩めていたように思います。そうでなければ仮面だとは分からなかったでしょう」
そうナギサが言えば、セイアはニヤニヤと笑い始めた。きっと、カヤツリから本音を引き出しでもしたのかもしれない。それは確かに偉業かもしれないが、この先の話を聞けば、それが曇る事は間違いなかった。
「カヤツリさんの仮面は、特定の人物だけ緩みます」
「ああ、身体の薄い。桃色の髪の人物だね」
自信満々のセイアの答えに、ナギサは首を傾げた。ナギサの想定とは、少し違ったからだ。
「……それはそうでしょうが。それなら、個人間で何故違うのでしょうか? 私が観察した限り、セイアさんとミカさんでは、大分対応に差がありましたよ?」
「何だって?」
セイアは信じられないというかのように、口をあんぐりと開けている。あまりやりたくは無かったが、ナギサは事実を叩きつける事にした。
「セイアさんからでないと、カヤツリさんは動きませんでした。要求以上の事はあまりしません。しかし、ミカさんの時はどうでしたか?」
「……そういえば、甲斐甲斐しく面倒を見ていたね。仕事だと思って目を瞑っていたが……」
その通りである。ミカは理由をつけてカヤツリに絡んでいた。大体が素気無くカヤツリに追い返されるのだが、必ず何かしらは教えている。それを、ミカは真面目に聞いていたのが印象的だったから。ナギサはよく覚えているのだ。
ミカは飽きっぽい。恵まれた身体スペックでのごり押しが効くから、大体の事は直ぐにできてしまうのが理由だ。そして、嫌いなものは意にも介さない。
だから、カヤツリに何度も絡んでいくのは変だ。小言を言われて、いい気分の人間は居ない。居たとして、ミカはそういった特殊性癖ではない。
その理由だけは、ミカの幼馴染であるナギサにはお見通しだった。
「きっと、ミカさんは嬉しかったのでしょう。あれは、無意識にミカさんが求めて、手に入らないと諦めていたモノでしたから」
「それが、カヤツリだと? 一体、何をしたって言うんだい?」
「ただ、普通に接しただけです。普通に接して、ミカさんをミカさんとして扱った。その上、耳に痛いことまで言うんです。それも、嫌味ではなく。ただこちらを思っての言葉ですよ? 唯の他人であるはずなのにです。あんなもの、私たちの様な立場の人間には劇薬のようなものです。飲みやすい猛毒ですよ。口当たりが良いからと飲んだが最後、それ無しではいられなくなる。セイアさんも、自覚くらいはあるでしょう」
ミカは戸惑ったに違いない。勘が反応しないどころか、全く逆の反応を返してくるのだから。それはミカにとっては初めての事だ。セイアやナギサは悪感情は向けないが、距離が近い。距離が近いがゆえに言えない事も多くある。仲が拗れるのが怖くて言えない事も。
それを、カヤツリは気にせず言う。含むところも無しに、唯の善意でだ。それも、ミカをしっかり見ていないと分からない部分を。それも頑張れば頑張るだけ、きっと褒めてもくれるのだろう。自己肯定感がぐんぐん上がる。理論で動くナギサには効きは薄いが、ミカには特攻だ。ミカはカヤツリにとっては、ティーパーティの聖園ミカではなく、唯の聖園ミカなのだ。ミカにとっては何の意図も、思惑も、何もなく、ただそうでいられる場所がカヤツリだった。
それで、こうなった。最初は信じられなくて、次からは半信半疑。最後は沼に首まで浸かる。
そして、無意識のうちに好意を寄せた。そして、それがいけない事だというのも、しっかり分かっていたのだ。
「だから、セイアさんとカヤツリさんをくっつけようとしたのです。そうするのが正しいから、そうしないといけないから、そうしないと苦しくてたまらないから。ミカさんは諦めたかったのです」
「それで、こうなったと。オム・ファタール……? いやいや、否定できないね……なんだいなんだい、こうなったら縛り付けなくちゃいけないじゃないか……」
諦めたように、セイアは大きなため息を吐く。なにやらブツブツ呟くところを見るに、カヤツリへの恨み言だろう。案外元気そうな姿に、ナギサはもう一つの爆弾を放り込むことにした。
「それで、カヤツリさんですが。恐らく好きな人が居ましたね」
「……居た? いや、そんなはずは……」
セイアが混乱しているが、ナギサには自信があった。ミカに接する時のカヤツリの表情。あの何かが混じったかのような、ミカを見ているようで見ていないような。あの目。
あの目には、見覚えがある。なにせ、ついこの間までナギサがした目だ。セイアとカヤツリが居なくなって、二人を思う時の目だ。
「……きっと、人によって対応が違うのは。それが理由でしょう。もう取り返せないモノの影をずっと、カヤツリさんは追い続けている。それが無意識では戻らないのは分かっていても、やめられないのでしょう」
それが、ミカに異常に肩入れした理由ではないのかと思っている。それだから、セイアにはしっかりと言っておかねばならない。
「いいですか。セイアさん。気持ちは分かりますが──」
「急いては事を仕損じるというんだね。分かっているさ」
セイアの様子に、はてとナギサは首を傾げた。もう少し取り乱すと思って、ここまで温存していた情報だが、狼狽えもしない。寧ろセイアは、自信満々で告げる。
「だが、私も変わった。ナギサやミカだってそうだろう。なら、カヤツリだってそのはずさ。何、私なりのやり方でやらせてもらうよ」
「そうですか。なら、何も言いません。ミネ団長を待つとしましょうか」
カヤツリには好きだった人間がいる。中々の出来事ではあると思う。それを乗り越えて、カヤツリにアタックするのは勇気や根気がいるだろう。だから、最後までセイアには温存していたのだが。セイアは気にした様子もない。ミカ以外にも恋敵がいるにもかかわらずだ。
それが、ナギサには嬉しかった。どことなく、前よりも距離が縮まったような気さえする。そうであるのなら、ミカとだって同じようになれるはずだ。決して元に戻れないことは無いのだと、ナギサの口からミカに伝えなければならない。
きっと、その言葉はミカに届くと信じて。ナギサは轟音が響き始めた校舎を見上げた。