ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
先生と、カミガヤとハナコを除く補習授業部は、駄々広い部屋で何ともなしに待たされていた。
部屋には剣先ツルギと羽川ハスミ、正義実現委員会の二人が、先生たちと同じように席に座って何かを待っている。
今現在、先生は困惑していた。先生だけでなく補習授業部もだ。今状況はどうなっているのか。全く分からない。
そもそも、先生と補習授業部は、アリウスからナギサを守る為に秘密裏に戦っていた筈だ。
それがどうだろう。ヒフミとコハル、それとアズサの残したブービートラップ。それだけでアリウスと戦っていた先生達に増援が現れた。
元々は、アズサとハナコ、カミガヤが戻ってくる手筈ではあった。しかし、増援は三人ではない。
ツルギとハスミ。協力はできない筈の正義実現委員会の二人とアズサが増援にやって来た。
その追加の二人の活躍で、あれよあれよと言う間にアリウスは蹴散らされ、先生たちは二人に、この部屋へと連れてこられているのが今だった。
連れてこられてしばらく経つが、この部屋は兎も角、それがある校舎は静かで人の気配がない。
「一体、どういうことなんだい?」
そんな先生の呟きは、補習授業部全員の総意だった。けれど、二人の反応は芳しくない。
「私もツルギも、アリウスについては説明がありました。しかし、全体の説明はまだなのです。ただ、ここで待つようにと」
「幾らかは浦和ハナコが把握している筈だ。だから、ここで待つ」
ハスミは困ったように、ツルギは静かに。態度は各々違えど、共通しているのは、二人とも詳しい事は何も知らない。
「良いんですか? ハスミ先輩、ツルギ先輩……」
「良いとは、何でしょうか。コハル」
「だって……」
コハルが心配そうに二人へ問う。二人は気にした様子は無いが、コハルはそうでない。その理由は明らかだ。
「今日は用事があったんじゃ……明日の警備の準備とか」
そう、二人とも今日は用事があった筈だ。ティーパーティーから試験会場の警備の依頼がティーパーティーから出ているから。
でも、ハスミは気にした様子もない。
「コハル。あなたの心配は無用です。準備はほぼ終わっていました。私たちは最終点検で起きていただけですからね」
なるほどと先生は納得する。二人が直ぐに駆けつけてくれたのは、警備の準備で起きていた為だったのかもしれない。
「でも……」
しかし、コハルの顔はすぐれない。何よりコハルが懸念していたのは、二人が来てくれた事ではない。もう一つの方だ。
「でも、会場が滅茶苦茶に……」
そう。コハルが懸念しているのはそこだった。
アリウスとの戦闘。その戦場になったのは試験会場だった。勿論、戦場になったのだから試験会場は滅茶苦茶だ。
そこは、二人の警備場所であった筈。それなのに、二人はコハル達を守る為に迷わなかった。それが、コハルは心苦しいのだ。
「そうですね。コハルの言う通り、これでは警備は不可能でしょう」
「じゃあ、どうして助けに来てくれたんですか? ハスミ先輩……?」
「コハル。あなたが補習授業部の方々と戦っていると、そう聞かされたのが理由の一つです」
恐る恐るのコハル問いにハスミはにっこり笑う。けれども、コハルは暗いままだ。
「じゃあ、私の都合で、ハスミ先輩は……」
「理由の一つと言ったでしょう。早とちりは良くありません」
混乱で、コハルは両目を瞬かせる。そんなコハルへ言い聞かせるようにハスミは言った。
「試験後の答案用紙を紛失。それは、回答者の不手際です。ですから、二回目の試験は不合格になりました」
「えっ? 何で知って……」
驚くコハルに、ハスミは再び微笑む。
「あなたは私の後輩ですよ? 学年というだけではなく、正義実現委員会の後輩でもあります。先輩が後輩を心配するのは、それほどおかしな事でしょうか?」
それは当然のことだ。でも、コハルは驚いた顔のままだ。それは、この事実がコハルにとっては当然ではなかったから。
コハルは、自分が出来ない側の人間である事は最初から分かっている。努力しても上向きにならないコハルが何をしたかといえば、立場を誇ること。
だからこその最初の酷い態度である。立場を笠に着て、罵詈雑言の嵐だった。
それが張りぼてに過ぎない事は、コハル自身が一番分かっているのだ。今の状況が良くない事も。正義実現委員会に入った最初の気持ちも。でも何もかもが上手くいかなくて、コハルは負のスパイラルに嵌っていた。
そのことを、ハスミはずっと心配していた事を先生は知っている。補習授業部の夜遊びに引率した時に、コハルの様子を聞いてきたくらいだ。
そして、今のコハルは昔のままではない。そのこともハスミはよく分かっている。
「今の姿を見れば分かります。あなたは大事なものを手に入れた。それを守りたくて、アリウスと戦うことができた。もう立場に頼る事なく立てることの何よりの証明です。よく、頑張りましたね」
コハルは感極まったのか、何も話せないでいる。それをツルギが薄く微笑んで見つめつつ、簡潔に言った。
「会場設営は運営側の責任だ。試験会場が試験を受ける状況にないのであれば、それはティーパーティーの責任となる。そして、この状況なら、少なくとも明日に試験が始まるという事はない。そうならないなら、私が何とかする」
つまり、ツルギは狙って会場を破壊したらしい。先生がお礼を言うと、ツルギは真っ赤になってしどろもどろになってしまった。
試験が何とかなるかもしれない。そんな知らせに場の空気が緩む中。アズサがピクリと反応した。
「来たようだ」
その言葉の通りに、扉の向こうから足音と見覚えのある姿が見えた。
「ハナコ!」
「ああ、良かった! 皆さん無事だったんですね」
ハナコは補習授業部とハスミとツルギを見て、安心したように息を吐く。そして、部屋に入るなり頭を下げた。
「お二人とも、ありがとうございます」
「これが正義実現委員会の本分です。しっかりとした理由があるのなら、いきなりの招集など気にする必要はありません。コハルにもあなたは良くしてくれていたのですから」
それでも嬉しいものは嬉しいのだろう。ハナコに礼を言われたハスミの羽が小さく上下していた。
話が進まないことに溜め息をついたツルギが、ハスミを小突き、ハスミは咳払いで誤魔化した。
「んん……それでは、説明して頂いてもいいでしょうか?」
「はい、先ずはここまでの経緯を説明します。直ぐに後続の方々が来るので駆け足ですが」
気になることを言いながらも、ハナコの説明は分かりやすかった。
全ての発端は、エデン条約と、聖園ミカがアリウスへの道を見つけてしまったことだ。
アリウスは過去にトリニティに迫害された学園。ミカは、アリウスと仲直りしたいと考えた。
その為にはエデン条約が邪魔だ。ゲヘナと和平などすれば、アリウスは乗っては来ない。
ミカは、様々な策を弄してアリウスの事を伏せたまま、エデン条約を撤回させようとした。
しかし、その時のホストである百合園セイアにすげなく却下。補佐のカヤツリの反応も芳しくない。だから、ミカは賭けに出た。
狂言の襲撃である。
セイアとカヤツリの二人を襲わせ、そこを予め手配しておいたアリウスに助けさせる。そこで恩を売りつけるといった方法。
しかし、それは失敗に終わる。アズサの裏切りとカヤツリの抵抗により、二人は姿をくらます事になった。
「これが、先生の来る前。セイアさん療養事件の真実という訳です。この先は、当事者からの方が分かりやすいでしょう」
ハナコは一先ずの説明を終えて、小休止に入る。そこに、ハスミの質問が飛んでいく。
「つまり、その経緯からして。ここにアリウスを呼び込んだのは、ミカ様と?」
「はい、そこでミカさんは二人を殺したと思ったのでしょう。もう後には引けなくなってしまった」
「そして、そのままズルズルと。ですか。ナギサ様も経緯は知らずとも同じように思った。二人が何者かに殺されたと。それ故の行動だと」
ハスミの言葉には責める色はなく、ただ同情的な響きが含まれていた。首を静かに振って、ハスミは次の質問を繰り出す。
「襲われた二人は今までどこに?」
「セイアさんは、ミネ団長が匿っていたそうです」
「意外ですが、納得です。ミネ団長はそういう方面は不得手だと思っていましたが……人は見かけによりませんね」
ウンウンとハスミは頷くも、先生は気になる事があった。
「その、カヤツリ君は? 同じように匿われてたの?」
「えっとですね……」
ハナコは言い淀んでいた。その場の全員が首を傾げる。ハナコには珍しく、顔が赤かった。
「無事だったのなら、それは瑣末事だろう。そろそろ、当事者たちが来る頃だ」
話の停滞を嫌がったのか、ハナコが哀れに思えたのか、ツルギが助け舟を出した。
なんとなく違和感がある。ツルギにしては珍しいのか、ハスミも訝しげだ。しかし、どうしようか悩む時間は残されていなかった。
「先生はいらっしゃるでしょうか?」
その言葉と共に、部屋の扉から黒い服が覗いていた。その生徒に、先生は見覚えはない。けれど、その制服には見覚えがあった。これは、シスターフッドのものだ。
「サクラコさんではないですか。シスターフッドも招集を受けたのですね」
「ええ、アリウスとのことでしたから、それに、他の皆さんも直ぐ来られますよ」
サクラコと呼ばれた生徒は、ハスミから先生に向きなおる。
「シスターフッドの取りまとめをさせていただいています。歌住サクラコといいます。先生とは初対面になりますが、よろしくお願いします」
「うん。よろしくお願いします……」
あんまりにも丁寧な挨拶に、先生は怯む。何とも真面目そうな雰囲気が修道服で倍増していて、近寄りづらさがあった。それでも、先生は一歩踏み込む。
「いきなりで悪いんだけど。聞いてもいいかい?」
「ええ、どうぞ。私が知っていることでよければ」
よく分からないが、サクラコは満面の笑みだ。どこかウキウキとした雰囲気すら感じる。好都合とばかりに、先生は気になっていることを口に出した。
「他の皆って? これから何が始まるんだい? それとカミガヤは?」
そう、最初から気になっていることだ。最初からずっと振り回されてきたが、これが最たるものだろう。一体、何のために先生たちはここに集められたのかだ。
そう聞かれたサクラコは、顔色を変えずにあっさりと答えを口にする。
「これから始まるのは、この事件に関する話し合いと行った所でしょうか。他の皆さんというのは、ティーパーティから招集を受けた首長の方々ですね。カミガヤさんは、私は姿を見ていません」
「カミガヤが居ない? それは……裁判をするってことかい?」
嫌な想像が、先生の口から突いて出た。首長を集めるとは、そう言うことでは無いのだろうか。今回の件を引き起こしたミカの処分を決める裁判を、今やろうとでも言うのだろうか? それに、カミガヤの姿が無いのがずっと気がかりだ。
「それは、私から説明します」
答えに窮したサクラコの代わりに答えたのは、聞き覚えのある声だった。みれば、ナギサが部屋に入ってくるところだった。
また過激なことを考えているのか。そんな言葉は、ナギサの顔を見た瞬間にどこかへ飛んで行ってしまった。
今のナギサを一言で表すなら、憑き物が落ちたようだ。あの疑心暗鬼と復讐心に捕らわれた姿ではなく、何か覚悟を決めたような。何か強いエネルギーの様なものが発散されていた。
「まずは、謝罪を。先生だけでなく、ヒフミさんやアズサさん。ハナコさんにコハルさん。補習授業部への皆さんへの謝罪です。私の都合に巻き込んでしまい申し訳ありませんでした」
それは奇麗な謝罪だった。ナギサの気持ちが真に伝わってくる。
「けれど、もう少しだけ。私に付き合っては貰えないでしょうか。これからの事は、少しでも誰かの助けが必要なのです」
「……それは、私の力かい? シャーレの力?」
「違います。補習授業部の力を借りたいのです」
ナギサは即答した。力強い眼で先生を見つめてくる。そこに嘘はないように思えた。振り返れば、ヒフミもアズサもコハルも頷いている。ただハナコだけが、不服そうに頷いていた。
「ありがとうございます。まずは、皆さん。席についていただけますか」
ナギサが声を掛けると、室内にぞろぞろと複数人が足を踏み入れた。その中には先生の知っている生徒が何人かいた。
ミカ、それと小さなキツネ耳の少女だ。二人がナギサの隣に並んだ。きっと、その少女が百合園セイアなのだろう。
「まずは、招集に応じていただきありがとうございます。正義実現委員会、救護騎士団、シスターフッド、補習授業部の皆さん」
挨拶と礼を述べたナギサは、早速とばかりに本題を切り出した。
「今日招集をかけた理由は、事前に説明させていただいた、セイアさんとカヤツリさんの襲撃事件に関する事。その主犯であるアリウスについてです。彼女たちはミカさんを騙し、今日もここトリニティに襲撃を掛けてきました」
主犯であるアリウス。その言葉を聞いた途端にアズサがびくりと震える。ヒフミが強くアズサの手を握るのが視界の端に映る。
アズサの不安ももっともだ。今のままでは、アリウスを糾弾する場面にしか見えない。けれど、そうではないと先生は信じていた。今までのナギサではない、今のナギサを信じている。
そして、ナギサの口から言葉が飛び出す。
「しかし、彼女らにも事情があったようです。そうせざるを得なかった理由が。ですから、今ここに来てもらいました」
ナギサの言葉を理解するのに、少々時間が掛かった。今、何と言ったのだろうか? アリウスを呼んでいる?
先生と首長たちが混乱している間に、二人の生徒が部屋に入ってきた。一人はカミガヤで、怪我でもしたのか、ところどころが赤く染まった包帯を巻いて痛々しい。
「サオリ……? なんで、ここに……」
もう一人の帽子をかぶった女生徒を見た途端に、アズサは目を見開いていた。それなら、あの生徒は本当にアリウス生なのだ。
「失礼する。アリウススクワッドの錠前サオリだ。今日は、あなたたちに頼みたいことがあってここへ来た」
そう言うなり、サオリは頭を深々と下げる。下げて、声を振り絞った。
「アリウスを助けて欲しい。虫のいい話だとは分かってはいる。だが、頼れるのはここしかないんだ」
「……今のアリウスは、ベアトリーチェと呼ばれる大人に支配されているようです。それも、トリニティやゲヘナへの憎悪を煽る教育を広めている。それに、今日襲撃を掛けてきた生徒たちの状態も酷い物でした。そうでしたね? ミネ団長」
ミネ団長と呼ばれた生徒は、凛々しい顔を険しくさせていた。そのままの雰囲気にたがわぬ鋭い声で見解を述べる。
「襲撃犯を救護のち保護しましたが、アリウスの生徒はサオリさんを含め、全員が栄養失調です。しかも、一日や二日のものではない。慢性的なものです。一刻も早い救護が必要でしょう」
「サオリさんから聞きましたが、アリウスの環境はベアトリーチェが来る前から酷い物だったようです。その原因の一端は、トリニティにもあります」
そこでと、ナギサは息を吸い込む。
「代理ではありますが、ティーパーティーのホストとして。私はアリウスへ救援が必要だと判断しています。この件の代表として、ミカさんを据えます。今回の件もありますから、権限の制限は勿論のこと、アリウス以外には関わらせない事。そういった方針で考えています。それらのことについて、皆さんの意見を聞きたいのです」
あまりにも急な話だった。先生も寝耳に水だ。ベアトリーチェ、栄養失調、弾圧。聞きなれない単語が頭の中でグルグルしている。
しばらくすれば整理は出来たが、かなり粗削りな提案だった。ベアトリーチェとかいう大人の命令だとしても、襲撃を掛けたのは事実。それも、問題を起こしたミカを続投するのは角が立つにも程がある。
けれど、真っ先にミネの手が挙がった。
「救護騎士団としては、特に反対意見もありません。救護が必要であれば、そこへ急行します。考えるだけ時間の無駄でしょう。事態は一刻を争うのです」
「しかし、大丈夫なのですか? サオリさん」
ミネの熱い言葉とは裏腹に、サクラコの言葉は冷静だった。
「そのベアトリーチェでしたか。それと、アリウススクワッド。アリウスの名を冠するスクワッドという事は、サオリさんは上の立場でしょう? 今ここに居る事が発覚する心配はないのですか?」
「問題ない。今も仲間が戦闘しているふりをしている。この話が終われば、私はアリウスに帰る。マダムは、この作戦は失敗前提で組んでいるから、全く問題はない。私は兎も角として、保護してくれた者も捨て駒としての認識だ」
「そうですか……」
サクラコは黙って、サオリをじっと見て言った。
「なら、白洲アズサさんでしたか。彼女は、あなたとどんな関係なのでしょうか? 先ほどからずっと見ているので気になりまして」
「そうですね。正義実現委員会としても気になります。お聞かせ願えますか?」
嫌な流れだと先生は思う。アズサがアリウスの生徒なのは、事前の情報共有で知っているのだろう。その答え方で反応を見ようとしている。それに正義実現委員会が便乗した形だ。ハスミの人柄は知っているが、これは組織間の話だ。私情は挟まないだろう。シビアな判断が求められる。
「アズサは、私が戦闘技術を教えたんだ。それだけではなく、色々な事を。そして、アリウスで一緒に暮らしていた。それだけだ」
「そうですか……」
サクラコの返事は、先ほどと同じものだ。それなのに冷たい笑顔と相まって、剣呑な雰囲気しか感じない。ハスミも無表情を貫いていて、空気が冷たい。
「私どもの見解としては……」
サクラコが冷たい笑顔と共に口を開く。いい結果でないことくらいは雰囲気で分かる。きっと断るに決まって……
「信じる事といたしましょう」
「何……?」
予想外だったのか、サオリ自身も驚いている。それにサクラコは気づいていないのか、上機嫌そうに話す。
「アズサさんは教え子のようなモノなのでしょう? なら、サオリさんもアズサさんと同じように良い方なのでしょう。なにせ、アズサさんはいじめを自らの身を顧みずに助けるほどの方ですから。そうですよね。ハスミさん」
「ええ、その節は申し訳なかったと思っていますよ。いじめのターゲットが切り替わったが故の反撃を、暴行と見間違うなど……」
確かに、そんな事があったのを先生は思い出した。最初、アズサが正義実現委員会に拘束された暴行事件。それはいじめられっ子を庇ったが故の結果なのだと。いじめっ子に反撃したアズサを庇いに、助けられた生徒が行動した。それをアズサの事を調べた時に先生は知ったのだった。
これで、反対するものは誰一人いなくなった。ナギサはハッキリと宣言する。
「特に異論はないようですね。それでは、アリウスへの救援を決定します」
──だから私は、あの娘に和平の象徴になってほしかった。
ふと、ミカの言葉が思い返されて、ミカの方をちらりと見る。ミカは少し涙ぐんでいるようにも見える。違った形とはいえ、ミカの願いが今、叶っていた。
それは、ミカだけの力ではない。アズサの努力や、ヒフミたちの努力。ハスミやサクラコたちの協力もあるだろう。でも一番は、全員が信じようとしたことでは無いのかと思えた。
ナギサがここまでする必要はなかったはずだ。秘密裏にやった方が、面倒は無かっただろう。でも、首長たちに話すことを選んだ。首長たちもナギサの気持ちを尊重したのかもしれない。でも、先生は唯々それが嬉しかったのだ。
□
採択は順調に終わり、詳しい内容はまた後日という話になった。先生もその時には呼ぶとのことで、補習授業部の目標はナギサが再度実施する特別試験の突破で固まっていた。
「それで、カヤツリさんは何処に居るのでしょうか? 頼まれていたアリウスの情報についての話があるのですが」
サクラコの間の抜けた問いが、その場に響く。先生も同じ思いなのだが、それに対する反応は微妙なものだった。
何しろ、人は掃けている。ここに残っているのは、ティーパーティーの三人と補習授業部。それとアズサと話し込むサオリだけ。
そして、反応したのは三人だけだ。
「カヤツリ君なら、目の前にいるじゃんね」
「ミカ、先生に対する配慮だろう。それに、カミガヤには良くしてくれたとも聞く」
「本当に面白い人ですねぇ……」
ミカとセイアは言いあって、ハナコはニコニコ笑っている。サクラコの目の前と言っても、そこにはカミガヤしかいない。サクラコも訳の分からない顔をしている。
「私の目の前にはカミガヤさんしかいませんが……」
「だから、そう言う事なんですよ。ね? カミガヤさん」
ハナコがそうカミガヤに問いかけると、カミガヤの雰囲気が変わった。柔らかい雰囲気から、どこか尖った雰囲気が出てきている。よく見れば、いつも和やかな表情が険しい。
「好きでやってるわけじゃない」
低い聞いたことのない声がカミガヤから発せられた。余りの事態に、先生の頭は真っ白になる。それは、他の補習授業部員もそうだったようだ。
「ああああああああ! エッチなのはダメ! 死刑よ! 死刑!」
「待ってください。ずっと? ずっと、そうしてたんですか?」
コハルは何故か顔を真っ赤にして狂乱し、ヒフミは反対に顔を青くしている。きっと、ブラックマーケットにペロログッズを買いに行った話をしていたのを思い出したのだろう。
当のサクラコは笑顔のまま固まって、ピクリとも動かない。
「そうしてたが。別に一緒に風呂とかプールとかは入ってないだろう。部屋だって別々だ」
「へぇ~? そうなんですか?」
「そうなんですよ」
ハナコはニヤニヤして、カミガヤことカヤツリを揶揄うが、カヤツリは露程も効いていない。ナギサやセイア、ミカも気にした様子が無いあたり、殆どの人間は知っていたようだった。
なら、先生の用事を今こそ果たす時かもしれない。女装していたことや、これまでのこと。数多くの疑問を呑み込み、挨拶もそこそこに、先生はカヤツリへと声を掛ける。
「カヤツリ君。ちょっといいかな」
「何でしょうか?」
「ブラックマーケットのは、君かい?」
そう聞けば、カヤツリは観念したようにため息をついた。その反応だけで、肯定しているようなものだった。
「そうですよ。その件ですか?」
「……ホシノの件だよ。君に気づいてる」
「……そうですか。ホシノはなんて言ってましたか?」
どこか、カヤツリは身構えているようにも見えた。先生は静かに、ホシノの望みを言う。
「また、会いたいって。謝りたいんだって」
「……分かりました。このアリウスの件が終わったら、時間を作りましょう。一ヶ月ほど待ってほしいと伝えてください」
それは、ホシノにとって良い返答だった。カヤツリも眉間の皺が取れて柔らかい雰囲気。ホシノもきっと喜ぶだろう。そう思ってカヤツリの方を見た先生は、恐怖に固まった。
「先生?」
カヤツリが心配そうに聞いてくるが、それどころではない。見ている。三人がカヤツリをじっと見ている。
ミカとセイアとハナコだ。その三人の目の瞳孔が開いているのが恐怖を煽る。カヤツリも先生の目線の先を見るが、その瞬間に元に戻っている。
「む。そうだ。カヤツリ。私は帰るが、姫から伝言だ」
「秤からか? 何て?」
非常に都合が悪い事に、アズサとの会話が終わったらしいサオリが此方へやって来た。アズサやサオリは機嫌が良さそうだが、先生はそれどころではない。ホシノや、秤といった名前が出るたびに、空気が軋んでいるような気さえする。それを先生以外は感じないのだ。
「また、デートしようね。だそうだ」
──ああ、ダメだ。
完全に空気が凍った音がした。恐る恐る三人をみると、三人が顔を寄せて、何かを話している。カヤツリをチラチラ見て、その度に何かを言っている。
ここまでされれば、あの三人がどんな感情をカヤツリに持っているのか分かろうものだ。完全に先生とサオリの発言はまずかったらしい。
先生としてはホシノに味方したいところだが、どうにも事情が読めない。それに、こういう事に首を突っ込むのは教師としてどうなのか。そんな言い訳をしながら、先生は見に回る事しかできなかった。