ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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304話 淑女協定

 呆れ。焦り。使命感。

 

 ナギサの心中はそれらで埋め尽くされていた。そして目の前には、ナギサにそうさせる原因が三つも鎮座している。

 

 それぞれが、ナギサが用意した紅茶やお菓子に手を付けていた。そして部屋に入ってきたナギサを見る。

 

 

「随分遅かったじゃないか。態々こんなところに呼び出して……一体何の用なんだい? 病み上がりとはいえ、これでも私は忙しいんだ」

 

 

 まずはセイアだ。不満そうな顔で、いかにもそれらしいことを宣わっているが、ナギサは知っている。忙しいと言っても、それは口実に過ぎないことを。

 

 

「忙しい? カヤツリさんに構い倒すのがセイアさんの仕事なのですか?」

 

「ナギサにはそう見えるらしいね。私は息抜きを提供しているだけさ」

 

 

 ふふんと、余裕を持った表情のセイアであるが、言い訳にすぎない。ちゃんと必殺の道具はいくつも用意してある。

 

 

「なら、カヤツリさんは私の提案に頷かなかったと思いますが?」

 

 

 そう指摘してやれば、セイアはそっぽを向いた。都合が悪くなると誤魔化すところは、療養生活でも治らなかったようだ。

 

 何のことは無い。セイアはカヤツリを構い倒すのに忙しいだけだ。だから、ナギサがちゃんとした理由を作ってやれば、カヤツリはセイアをあっさりナギサに引き渡した。端的に言えば、仕事の邪魔だったのだろう。

 

 今のカヤツリは、療養生活を送らされている。あのアリウスの襲撃からこっち、療養室に叩きこまれていた。

 

 セイアが復帰したからと、カヤツリは戻れない。ベアトリーチェがカヤツリを狙った理由は邪魔だからというその一点。療養中で動けないとした方が、何かと厄介ごとを持ち込まないで済むだろうとの判断だった。

 

 じゃあ、瀬戸カミガヤとして活動しているのかと言えば。それも違う。

 

 今のトリニティは忙しい。アリウスについて、首長間での協議や支援内容などの予算確保など仕事が増えた。こんな仕事を一般生徒に振るわけにもいかず、カヤツリを遊ばせておく余裕もなかった。

 

 じゃあ、どうするのかと言えば簡単だ。カミガヤを休養扱いにした。理由は適当に月のものが重いとでもしておけばいい。計画では一ヶ月ともかからない。

 

 そしてナギサは、カヤツリがこうならざるを得なかった原因に声を掛けた。

 

 

「関係ないと言った顔をしていますが。同じことが言えますからね。ミカさん」

 

「え? 私は仕事の邪魔なんかしてないよ?」

 

 

 カヤツリの療養の原因であるミカの返事に、ナギサは額に手を当てた。テーブルに肘をついていて行儀も悪いし、まるで何も分かっていない。

 

 

「……確かに。ミカさんはセイアさんの様に仮病で病室には来ていませんね」

 

「うんうん。ナギちゃんは分かってるね! ちゃんと私はこれからの事についての相談にきているんだから」

 

 

 えへんとミカは胸を張る。そして機嫌よく、それこそ印籠を掲げるように言うのだ。

 

 

「私はアリウスの担当になるからね。全部終わるまではアリウスの子たちから話が聞けないもの。カヤツリ君に相談するのは自然でしょ? それに、私から権限を取り上げたのはナギちゃんだもんね?」

 

 

 なるほどなるほど。ミカの建前はこれらしかった。あくまで仕事の為と、カヤツリと色々話しているのはおかしくないという事らしい。まあ、取り繕えている方の言い訳だ。

 

 

「今、カヤツリさんに聞く必要性は薄いでしょう。それに、もっと聞くべき人間が居ますよね?」

 

「え? そんなの……」

 

「秤アツコさん。次期アリウスの生徒会長。彼女と話した方が有意義でしょう。今はまだ早いですが、彼女らの求める物を聞きとり、それからカヤツリさんへというのが正しい順序という物ではありませんか?」

 

「……何が言いたいの?」

 

 

 効果覿面だ。アツコの名を出した瞬間、ミカの目が細くなった。その名前が相当腹に据えかねるらしい。だが、それだけだ。正論に対しては反論も出来まい。本当のところの理由は全く別なのだから。

 

 

「そして……浦和ハナコさん」

 

「おやおや、聖園さんの質問には答えなくていいのですか?」

 

「後で纏めて答えるので問題ありません」

 

 

 セイアと同じく不満たらたらのミカを放置して、ナギサはハナコに向き合った。

 

 浦和ハナコ。かつての、いや今もそうであろうトリニティの才媛は、内心を読ませない笑顔でナギサを見ている。軽いジャブは簡単に受け流された事からして、ナギサの目的は何となく察しているらしかった。

 

 

「浦和ハナコさん。あなたが、カヤツリさんの病室に来る理由。それをお聞かせ願えませんか? 私にはとんと思いつかないのですよ。試験は恙無く終わり、補習授業部は全員が合格しました。病室に足しげく通う理由はないように思えますが?」

 

 

 ちらりとナギサは他二人の様子を盗み見る。特に反応が無いことに、ナギサの胃が痛くなった。

 

 

「嫌ですねぇ。カミガヤさんとは長い付き合いなんです。一緒に生活した仲でもありますし、部屋に缶詰では退屈でしょうから」

 

「ただ話に来ているだけと?」

 

「ええ、友人ですからね。お二人の様に会いに行く時、特に理由なんていらないでしょう?」

 

 

 友だちの頭に喧嘩が付くのに? そんな突込みは野暮だからしない。しかし、友人を矢鱈と強調するのは牽制だろうか。セイアとミカは面白くなさそうな顔をしている。

 

 

「友だちなら、それでいいんじゃない?」

 

「ああ、それで満足しているのだろうさ」

 

「ふふふ。そのままなんて話はしていませんよ?」

 

 

 三人の会話で、もうすぐ夏だというのに空気が冷え込んできた。今はナギサの前だからいいが、最初の頃の様に先生の前でやるのは勘弁願いたいのだ。

 

 実際問題、先生は少し引いた眼をしていた。それに、そのせいで先生の助力が望めるかもしれない可能性が低くなったのを、本当に気づいているのだろうか?

 

 そして、問題の三人はナギサの事など目に入っていない様子だ。最初の時の団結はどこへ行ったのか。まあ、最初から土台無理な話だろう。一等は一人しかなれないのだから。

 

 しかし、この状態が一番良くないのである。仕方なく、ナギサは爆弾を投下する事とした。

 

 

「……そんな事をしているから、取られそうになって、不安になっているのではありませんか?」

 

 

 ナギサに冷気が叩きつけられるが、何のことは無い。正面から受け流して、さらに煽る。

 

 

「私にそう言う事をしている暇があるのであれば、協力したらどうです? 特に、浦和ハナコさん」

 

「おや? 私ですか?」

 

「ええ、あなたです」

 

 

 ナギサは、食事の時に嫌いなものは最初に処理するタイプだ。故にハナコに狙いを定める。

 

 他の二人は人柄をよく知っている。先生の前での醜態も理由は分かる。その思いもある程度は。

 

 でも、ハナコは分からない。いや、きっと同じなのだろうかとは思うが。さっきのやり取りである程度分かった。

 

 

「別に外面を取り繕う必要はありませんよ。セイアさんとは友人同士のようですし、ある程度の人柄は聞いています。それに二人と同じなのでしょう?」

 

「知ったような口を利くじゃないですか」

 

 

 珍しく、直接的な毒をハナコは吐いた。聞いた通りの反応で、ナギサはある意味安心する。安心して切り返す。

 

 

「ええ、聞きましたからね。カヤツリさんに」

 

「……やっぱり、あなたはそういう人なんですねぇ。勝手に話すカヤツリさんもカヤツリさんですが」

 

 

 ハナコは笑っている。しかし、目は全く笑っていなかった。細めた目の向こうで、怒りが渦巻いているのが分かる。カヤツリではなく、ナギサに対してだ。

 

 

「ナギサ……」

 

「ナギちゃん。そこまでしなくても……」

 

 

 流石にやり過ぎだと感じているのか、セイアとミカですらナギサを非難がましい目で見ている。確かに、やり過ぎだろう。勝手に人の事を他者から聞き出すのだ。それも、好意がある事を話題に出して聞いたように聞こえる。

 

 勿論していないが、ナギサにもこうしなければいけない理由はある。

 

 ミカとセイアだけなら何もしなかった。そこにもう一人増えても、幾ら空気を凍えさせようと、それで失敗しようと、何もしないつもりでいた。でも、ハナコはダメだ。

 

 この三人の中で、一番の問題はハナコだ。何をするのか分からない。セイアは感情任せ、ミカは思い付き。それぞれ思う所はあるが、被害は大したことでは無い。精々がカヤツリが気疲れするくらいだろう。

 

 だが、ハナコは違う。ハナコだけは後先考えない。

 

 アリウス襲撃での行動もそうだ。カヤツリにどういう手はずだったのか聞きだしたが、補習授業部の介入は想定外だったらしい。

 

 確かに、ナギサの説得に必要なのはセイアだ。セイアを連れてくる護衛としても別にハナコである必要はない。それこそミネだっていい。頭は固いが、ナギサを救護するとでも言えば簡単に着いてきてくれただろう。

 

 セイアともカヤツリを通して連絡を取っていたのなら、そうできたはずだ。ハナコほどの人間が思い浮かばなかったとは考えにくい。

 

 でも、ハナコはそうしなかった。先生側の戦力を割いてまで、ハナコはナギサに会いに来た。

 それは、カヤツリから聞き出したことである程度の想像は付いた。

 

 

 ──浦和ハナコがどういう人間かって? 俺や桐藤みたいに、ハナコは面倒くさがりで臆病者なんだよ。それを自覚してるかしてないかの違いだけだ。

 

 

 これが、カヤツリのハナコ評だった。今回の件を謝罪したいから、人柄を教えて欲しいと聞いたせいで。それ以上は答えなかったが。

 

 ただ、今の揺さぶった結果の様子や過去の事。カヤツリに対しての態度で、ある程度の事は想像できた。やはり、ナギサの懸念は合っていたのだ。

 

 

「気分を害しましたか。ええ、分かっていてやりました。しかし、それはあなたも人の事を言えないでしょう?」

 

「そうでしょうか? 私はナギサ様の様に、他人に嘘を吐いてまで人を傷つけたことはありませんが?」

 

 

 ハナコは、嫌味を飛ばしてくる。だが、これでいい。ナギサが垂らした餌に食いついた。だから、ナギサは用意しておいた答えを言うだけでいい。

 

 

「なら、アリウス襲撃のあの夜。何故私のセーフハウスまで会いに来たのですか?」

 

「え? それは……」

 

 

 ハナコは言い淀む。そう、ナギサに言い返せない。その理由は真っ当ではないからだ。

 

 

「アズサさんという補習授業部にとっての最高戦力。それを先生から離してまで、あなたは私に会いに来た。セイアさんに連絡を取っていたなら、あなたは居なくても良かった。違いますか?」

 

 

 ハナコは答えない。答えれば、負けが確定するからだ。それをさっきまでハナコは分かっても居なかった。

 

 

「あの夜にセーフハウスまで来た理由。それは、私に文句を言うためでは無いのですか?」

 

 

 あの夜にハナコがナギサに会いに来た理由。それは文句を言うためだ。補習授業部全体を勝手に巻き込んだことに対して嫌味を言いたかった。

 

 なぜかと言えば、ハナコがそうしたかったからだ。他人の都合で自分の、他の人間の生活を滅茶苦茶にされたから、ハナコは怒っていた。

 

 ナギサが自爆する気概でなかったら、嫌味の一つは言っていたに違いない。あの状況下でそう言ってしまえば、全員吹き飛んで終わりだから言わなかっただけで。

 

 だから、この部屋に入った時から気にくわなそうな雰囲気なのだ。そして、それを隠しきれていない所が、一番まずいところでもある。

 

 

「……いけませんか? あそこまでの事をされて、ニコニコ笑って許せと、あなたは言うんですか?」

 

「いいえ。文句を言われるくらいでは許されないことです。本当なら、辞任ものの出来事ですからね」

 

 

 ハナコが押し殺した声で言うのをナギサは否定しなかった。気持ちは分かる。あそこまでの事をしておいて、ナギサとミカは大した罰は受けていない。しかし、ハナコたちは違うから。文句の一つや二つは言う権利がある。だが、問題はそこでは無いのだ。

 

 

「ですが、あのタイミングを選んだ理由が問題です。あなたは、あのタイミングでなければいけなかった。その理由がある」

 

 

 ハナコがあのタイミングでそうした理由。それは一番安全だから。あのタイミングなら、鬱憤を晴らしても見逃してもらえる。あのタイミングは全てが揃っていた。ナギサの所へ乗り込む理由。自身を守る人間。カヤツリに知られない状況。全てを治める手段が。だから、ハナコはそうした。

 

 

「ですが、それはここで言う事はしません。十分にわかっているようですし、晒し者にしたいわけでもありません」

 

「ここまでしておいて、よく言いますね。これが目的ですか? 諦めさせようとでも言うんですか?」

 

 

 黙っていたハナコは口答えする。声もさっきと全く変わりない。相当にお冠なのだろう。だが、ナギサはハナコとは違って、必要だからやっているのだ。

 

 

「諦めるも何も、好きにすればいいでしょう。あなた達三人の恋愛事情に関して口を出す権利は本来ありませんから」

 

「なら、どうしてここに集めたんだい?」

 

 

 鋭い質問がセイアから飛んできた。見れば真剣な眼差しでナギサは安心する。色ボケモードからようやく復帰したらしい。そっぽ向いていたミカも興味深そうに見ているし、ハナコは疑いの眼差しだ。ようやく真面目な話ができるとナギサは席に着く。

 

 

「あなたたち三人が事態を大きくしないための釘差しです。個人間の諍いが回りまわって、アリウスとの関係が拗れたらどうするつもりですか? 次は先生の前での醜態ですよ。それに、あの後三人で何を話していたんですか? ミカさん?」

 

「え、えっと……」

 

 

 人指し指同士を突き合わせて言いにくそうにするミカにナギサはため息をつき、幾つか想像を語ってみる。

 

 

「あれですか。トリニティに監禁しようとしたでしょう?」

 

「うっ」

 

「うっ。じゃありませんよ。本当に、一体何を考えているんですか? そんなことをしても意味なんてありません」

 

「じゃあ、どうしろというんだい? 肝心のカヤツリはああさ。フラフラしているし、アリウスの事もあるし、先生の話もある。いい考えがあるなら聞かせて貰おうじゃないか」

 

 

 偉そうなセリフの割に他力本願。そんなセイアの台詞に答える前に、ナギサはハナコを見た。

 

 

「とりあえず……発案はあなたですね? 方法はいくつか考えられますが……補習授業部にカヤツリさんを入れるのが一番確実でしょうか。なにせ療養中で試験を受けていませんからね」

 

 

 ハナコは答えない。答えないが概ね正解であることは他の二人の様子で分かる。良さそうに聞こえるが、全く良くはない。

 

 

「それを理由に、カヤツリさんをどこにも、アリウスにもアビドスにも行かせないようにする。全く意味はありませんが」

 

 

 これは、秤アツコと小鳥遊ホシノへの対抗策。しかし、カヤツリを移動させずとも向こうから会いにくれば意味はない。それに気づかない三人ではないと思うが、あの爆弾発言で冷静さが吹き飛んだに違いない。

 

 そして。そこがハナコの問題でもある。後先考えず、勢いのまま突っ走ってしまう所だ。

 

 

「カヤツリさんの事も考えたらどうですか? いいえ、正確には自分には関係ない他の人間の事を考えてみては?」

 

 

 黙ったままのハナコにナギサは優しく語りかける。

 

 

「浦和ハナコさん。あなたの気持ちは分かります」

 

「心にもない事を言わないで下さい……!」

 

 

 ハナコの仮面が剥がれ落ちていた。ようやくである。ようやく、ナギサの言葉が届くところまで来た。

 

 

「いいえ、分かりますよ。決して同じではないかもしれませんが、ここに居る全員は、いえ。カヤツリさんですら同じことを思った事があるはずです」

 

「そんなこと……」

 

「面倒なのでしょう?」

 

 

 ナギサの言葉にハナコは黙った。

 

 

「他人が面倒くさい。自分を見てくれない人間に真摯に対応したくない。そこまでの労力を割きたくない。分かりやすいように会話レベルを下げるのも嫌だ。そんなものは疲れるし、楽しくない。そこまでする価値がない」

 

 

 図星なのだろう。ハナコの目が揺れていた。

 

 

「かといって、正面から嫌だという勇気もない。当然です。それは隙でしかありません。だから、あなたは奇行を繰り返した。そうすれば誰も近寄ってこないから。そして、一人でも耐えきれなかった。当然です。人は一人では生きていけない。だから、補習授業部が大事だった。本当のあなたを受け入れてくれた場所だから、それを傷つけた私に怒りを抱いた」

 

 

 カヤツリの事に関してはナギサは言わなかった。流石にそれは人の心が無い。ハナコを叩き潰すことがナギサの目的ではない。

 

 

「そして、その苦しみは、あなただけの専売特許という訳ではありません。ここに居る全員、そんな思いはしています。同じことを思ったことだって数えきれない程ありますよ。範囲を広げれば、他にも沢山いるでしょう」

 

 

 ナギサが言ったことに、セイアが黙って頷いている。ミカも大きく頷く。ティーパーティーにいれば、そんな事は日常茶飯事だ。だが、ハナコとは決定的に違う点がある。

 

 

「そこは仕方のないことですし、だから、あなたの苦しみが軽いものだとも言いません。ですが、あなたは余りにも対応がおざなりすぎます。それではカヤツリさんに迷惑を掛けるでしょう。カヤツリさんは気づいてはいますが、あなたが事を起こすまで。起こし掛けるまで言わないだけです。そして、あなたが事を起こす時は、きっとただでは済まないはず」

 

 

 こういった事が不得意なミカですらああだったのだ。得意そうなハナコがすればどうなるか、それは火を見るよりも明らかだった。今回の様に、ミカとセイアを隠れ蓑にして掻っ攫おうとする。隠蔽だけは上等だから、きっと連作爆発を起こして手に負えなくなる。

 

 そして、その時に被害を被るのはハナコだけでなく、セイアやミカ。それどころか無関係なものを含めた全員だ。

 

 それは、ハナコが顧みないからだ。初対面の人間含め、気にしなくていいと思った相手への配慮はゼロに近い。ハナコには一かゼロしかない。補習授業部への対応を見る限りは出来ないわけでは無い。ただ面倒だからやらないのである。そこまでの価値を感じていない。そしてハナコはそれでいいと思っている。それは対人関係では致命的だ。世界は自分一人では回らない。自分がどうでもいい相手で世界は回っている。それを疎かにした不手際は回りまわって自身へと襲い掛かって来る。

 

 そして、その経験がハナコには無いのだ。他人を遠ざけて生きてきたハナコは、世界が狭い。ナギサにとってのミカやセイアの様な。ハナコにとっての補習授業部やカヤツリの様な存在が居なかったから、世界の広さを知らないのだ。

 

 

「その時に、カヤツリさんはあなたをどう思うかは分かりません。ですが、それはあなたも本意ではないのではないのですか?」

 

「……ええ、そうですね。なら私に、そうしてほしいという事ですか? 他人と交流しろと?」

 

「違いますよ。最低限は取り繕えと言っています。それくらいならできるでしょう? 大体、そのままでは友人という立ち位置から出てこれませんよ? それより上に行くのなら、カヤツリさんの友人とも話すこともあるでしょう。あなたは、その人たち相手に同じ態度を取るつもりですか? カヤツリさんの迷惑を考えずに?」

 

 

 ハナコは押し黙る。よくよく考えれば分かるだろう。そんな人間は付き合いにくいというレベルではない。上手く付き合えたとしても、周りが止めるかもしれない。それは余りにも悲しいと思うのだ。

 

 

「好き放題言いましたが、文句があるなら聞きますし、傷ついたなら謝りもしましょう。これは補習授業部に迷惑を掛けた、私なりの誠意です。あなただけは不満そうでしたからね。あなたが一番欲しいだろう物を用意しました」

 

「……なんですか。それは」

 

「私から見たカヤツリさんの攻略法ですね。ここに居る三人の情報を集めれば、カヤツリさんがああも、鈍いのかは分かるはずです。今日はそれを共有するために呼んだんですよ。全員に益があるでしょう?」

 

 

 ナギサの言葉に、全員が食いついた。一応はその根拠も口に出す。

 

 

「私とカヤツリさんの思考回路はおそらく似ていますからね。きっと近い物が導き出せるはず」

 

「まさか、ナギちゃん?」

 

「違いますよ。向こうも願い下げでしょう。きっとお互い疲れるだけです」

 

 

 ミカの問いに、ナギサは短く答える。それは、カヤツリの関わりで分かる。

 

 

「弱みは見せたくない。でも他人は気になる。そんな二人が出会えば探り合いになります」

 

 

 ナギサとカヤツリの思考は似ている。臆病であるがゆえに他者が気になって仕方がない。スムーズに生きていけるように、他人を探る。

 

 

「だから、小細工に頼ることに意味はありません。それはセイアさんにも言えますが」

 

「今度は私かい?」

 

 

 セイアが不満そうに顔を顰めるが、ナギサは意見を変えるつもりはなかった。

 

 

「セイアさんはカヤツリさんの好みを把握して活用しようと思っていますね? 桃色の髪色で、薄い体型の方が好きだと。これを見てください」

 

 

 写真をみた三人ががハッとした顔になる。そう、これに意味はない。

 

 

「小鳥遊ホシノさんの写真です。どうですか? 彼女に寄せたところで意味はないでしょう? カヤツリさんはそれが好みではなく、小鳥遊ホシノさんが好みというだけです。紛い物を幾ら用意したところで意味はありません」

 

「じゃあ、どうするの?」

 

 

 ナギサはミカの問いに短く息を吐く。ミカは答えを知っているはずだからだ。

 

 

「ミカさん。あなたはカヤツリさんから、過去の話を聞いたのでしょう? それで分かったのではないですか?」

 

「あー……」

 

「何だい。早く言いたまえよ」

 

 

 納得するミカにセイアが噛みつく。ミカは仕方なさそうに口を開いた。

 

 

「多分ね。容姿はどうでもいいと思うんだ。カヤツリ君は失くしたものを、ずっと追いかけてるだけなんだよ。カヤツリ君が評価するのは、考え方? 生き方? 何じゃないかな?」

 

 

 事件後のミカの落ち着き具合からして、そうではないかと思っていたのだ。カヤツリから何か言われたのだろう。それで、セイアに対する宣戦布告だ。恐らくは、過去の話を聞いたに違いなかった。

 

 

「だから、そのままで勝負するべきです。セイアさんも、ミカさんも、浦和ハナコさんも。カヤツリさんが求めているのは過去ですが。過去など塗りつぶしてしまえばいい。だからこその、アリウスの秤アツコさんの発言だと思いますよ?」

 

「しかし、先生の話はどうするんだい? きっと、カヤツリは……」

 

 

 セイアが不安そうに口を開くが、ナギサは全く気にする必要はないと思う。むしろチャンスだ。

 

 

「いいですか? カヤツリさんは先生の話に了承しました。つまり小鳥遊ホシノさんと向き合う事を選んだという事です」

 

「それまでずっとアビドスには出かけなかったからですか。カヤツリさんは逃げていたから。でも小鳥遊ホシノさんに会うという事は、それに向き合うということ。つまりは過去を振り切ると?」

 

「ええ、その通りです。つまり、全員にチャンスがあるということです」

 

 

 三人の息を呑む音が聞こえ、ナギサは満足した。締めの言葉を言って話を締めに掛かる事にする。

 

 

「ここでの話は他言無用です」

 

「紳士協定ならぬ淑女協定ですか……」

 

 

 しみじみと呟くハナコに、ナギサは頷く。

 

 

「ええ、そのくらいの方が、あなたは信用できるはずです。自らにも不利益がありますからね。知識を活用することは問題ありませんが、それをカヤツリさんに言ってはいけませんからね? 特にミカさん?」

 

「分かってるてば……」

 

 

 ミカは嫌そうに返事をするが、頭はそれどころではないらしい。色々考えているのか百面相をしている。それはセイアも同様で、療養前の活気が戻ってきている気さえする。

 

 

「桐藤ナギサさん」

 

「なんでしょうか? 浦和ハナコさん」

 

 

 ハナコがいつの間にかナギサを見ていた。さっきまでの怒りや不信感は鳴りを潜めている。

 

 

「ありがとうございます。それと、さっきは意地悪な言い方をしました。ごめんなさい」

 

「……ええ。私も意地悪な言い方でした。それと、補習授業部の事も。もう一度だけ謝らせてください。申し訳ありませんでした」

 

「はい。もう、気にしていません。ナギサさん」

 

 

 ハナコの答えは本心だろうと分かって、ナギサは肩の力を抜いた。そして、言った事を直ぐに実行する事にも安心する。

 

 

「ええ、ありがとうございます。ハナコさん」

 

 

 そんなナギサの答えに、ハナコはゆっくりと微笑んだ。

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