ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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305話 最後の試練

 アツコの足取りは重かった。止まるわけにもいかないので、必死に足をアツコは動かす。

 

 何故重いかと言えば、アツコには圧し掛かるモノがあるからだ。それは、きっとアツコしか背負えないモノで、きっと誰にも分からないものだと。アツコは何となくそう思っている。

 

 

「姫。緊張しているのか?」

 

 

 不意にかけられた声に顔を上げれば、サオリが心配そうにこちらを見ていた。

 

 サオリだけではない。後ろを歩いていた筈のミサキとヒヨリも前側にいる。どうにも、歩く速度がかなり遅かったらしい。本当に足取りが重くなっていた。

 

 

「……大丈夫」

 

「仕方のない事だ。私とて緊張している」

 

 

 答えるのに時間が掛かったせいか、サオリはアツコの答えを額面通りには受け取らない。歩く速度を落としつつ、優しく語り掛けてくる。

 

 

「ここから全てが始まる。遂にこの日がやって来たのだからな」

 

 

 そう、今日はエデン条約調印式。アツコ達はベアトリーチェの命令通りに、カタコンベの地下から古聖堂へと向かっていた。

 

 サオリの言う通りに、ここから全てが始まる。温めておいた計画の通りに、アツコが頑張るだけでいい。勿論、ベアトリーチェの命令通りにエデン条約の書き換えはしない。

 

 そうしなくてもいいように、カヤツリと先生と言う大人がトリニティとゲヘナを動かしてくれた。巡航ミサイルによる先制攻撃の事も、アツコ達が横流ししたから対抗策は完璧で、万一の時に備えて幾らか策もあるらしい。もう全ての準備は揃っていて、エデン条約機構への加入を宣言すれば良いだけだ。

 

 だからこそ、アツコは不安だった。隠し通していた不安を、サオリはしっかりと見抜いていたらしい。聞き出すまでは歩みを早めないのがありありと分かった。

 

 不安の理由を吐き出せと、サオリは言っているのだ。仕方なく、アツコは久し振りに手話を使った。

 

 

『サッちゃんは怖くないの?』

 

 

 あんまりなアツコの言葉を、サオリは黙って聞いてくれていた。だから、ポロポロと不安が口を突いて出る。

 

 

『私は怖い。全部が私に掛かってる』

 

 

 今のところ全てが順調でなんの問題もない。だからこそ、アツコは不安なのだ。

 

 ベアトリーチェの命令は、エデン条約を奪い去り、ユスティナ聖徒会を目覚めさせる事。

 

 正確にはエデン条約の書き換え。カタコンベの上、かつて第一回公会議が開催された通功の古聖堂。そこで宣言すれば良いとの事だ。

 

 書き換え内容は単純明解。エデン条約機構をアリウススクワッドへ、鎮圧対象をトリニティとゲヘナに。

 

 そうすれば、ユスティナ聖徒会が起動し、トリニティとゲヘナを滅ぼすという。

 

 そして、そこから逆算して練られた計画はこうだ。

 

 途中までは、ベアトリーチェの命令通りにする。エデン条約機構をアリウススクワッドではなく、アリウス分校全体へ変更する。たったそれだけで、アリウスからベアトリーチェを排除できるかもしれないという、一先ずの結論が出た。

 

 けれど、それだけだ。

 

 

『作戦だって、確かなものじゃない。マダムが、そう言っただけ』

 

 

 作戦の骨子はガタついている。確かな理論がある訳ではない。だって、かもしれないだ。何故、かもしれないという疑問系なのか。それには色々な理由がある。

 

 ユスティナ聖徒会は何十年も前に姿を消した。それが、一つ二つ条件を整えただけで復活する?

 

 普通に考えてあり得ない。幾ら道が勝手に変わるアリウス育ちのアツコですら分かることだ。異常の次元が違う。でも、ベアトリーチェは本気でそうしようとしている。

 

 そして、あの黒服もベアトリーチェのやり方を否定はしていないのだ。協力してさえいる。

 

 彼等が関わっている。それだけでカヤツリと先生は納得したが、アツコはそうもいかない。死者は蘇らない。誰だって知っている当たり前のこと。作戦の根拠が、ベアトリーチェが本気だからという不確実なもの。

 

 

『それに、私達が強くなるわけじゃない』

 

 

 ベアトリーチェを追い出すのはアツコたちではない。勿論カヤツリでも、先生でもない。誰がするのかと言えば、ユスティナ聖徒会になる。

 

 ユスティナ聖徒会の後継組織、シスターフッドの情報提供により、アリウスとユスティナ聖徒会の情報は徹底的に調べられた。全てがトリニティ側からの情報で、正確性と信頼性に欠けるものの、明らかになったこともあった。

 

 ユスティナ聖徒会は戒律の守護者と呼ばれているらしい。戒律とはルールの様なもの。元々は第一回公会議で定められたもので、それを守る存在という事だ。だから、ベアトリーチェはエデン条約を書き換えさせた。エデン条約を悪用し、ユスティナ聖徒会を顕現させる計画。

 

 それをアツコたちが乗っ取るのである。エデン条約機構へアリウス分校を加入させることで、ベアトリーチェの手出しを封じる作戦だ。ユスティナ聖徒会はエデン条約という戒律の通りに、ベアトリーチェからアリウスを守るだろう。アツコたちが何かをするわけでは無い。

 

 今のアツコたちは準備万全だった。計画も、その方法も、そのための戦力も。全てがアツコの手の中にある。

 

 だから、怖いのだ。準備が完璧なのが恐ろしい。言い訳が出来ない。

 

 

『怖い。失敗したらどうしようって。皆んなの信頼を裏切ったらどうしようって。そんな事ばかり思い浮かぶの』

 

 

 そう。アツコが恐怖しているのはそこだった。この作戦は余りにも簡単すぎるのである。

 

 なにせ、アツコがそう宣言するだけでいい。そうするだけで、後は勝手にユスティナ聖徒会がやってくれる。

 

 作戦も一人で立てたわけでは無い。多くの人の力を借りて、多くの時間と手間を掛けて作られたもの。

 

 最終的に実行するのはアツコだ。ロイヤルブラッドたるアツコがそれを宣言しなければ、ユスティナ聖徒会は起動しないだろう。だからこそ、ベアトリーチェはアツコを大事に保護していたし、今もそこへと向かわせているのだろうから。

 

 恐ろしいのは、これが失敗するかもしれないという可能性を孕んでいる所だ。本当にアツコが宣言すればそれで終わるのだろうか、考えた作戦は上手くいくのか、ユスティナ聖徒会は動いてくれるのか。不確定要素が多すぎて、失敗の可能性が常にチラつく。

 

 

『私が、やらなきゃいけない。私が言わなきゃいけない。私が何かやり方を間違えるかもしれない』

 

 

 宣言のチャンスは一回だけだ。命令に背いた瞬間、ベアトリーチェは怒り狂うだろう。アツコを連れ戻しに来る。それだけならまだいい。最悪なのは傍に居るサオリたちや、協力してくれた人たちだ。

 

 ベアトリーチェは彼女たちに報復するだろう。考えるまでもなく、ベアトリーチェはそういった大人だ。

 

 

『私は……私は、怖い。あんなに威勢が良かったくせに、今更になって怖気づいてる』

 

『姫……』

 

 

 ミサキとヒヨリの視線と、サオリの言葉が耳に痛かった。迷わないと決めたのに、アツコは大して変わっていなかった。

 

 今までは、そんなことを感じもしなかった。正解をカヤツリが用意してくれた。失敗を担保してくれた。被害を受けるのはアツコ自身だった。

 

 それが、どうだ。抱える物が増えた瞬間に、アツコは恐ろしくなった。

 

 そして何より救えないのは、失敗することが怖いのではない事。失敗したらどう思われるかが恐ろしいのだ。何と思われるだろう。決していいようには思われない。

 

 だって失敗したらそう思う。全員の努力を台無しにした。地獄へと叩き落した。アツコが裏切ったとすら思うかもしれない。サオリたちになんて思われるか、想像もしたくなかった。

 

 アツコはそれが恐ろしかった。そして、抱えきれもしなかったのだ。こんなことは今この段階で言うべきではないのに、不安をあたりに撒き散らした。

 

 

『……それは、当然の事だと私は思う』

 

 

 ポツリとサオリが呟くように手を動かす。サオリの顔を見れば、落胆した様子ではない。それどころか、微笑んですらいる。

 

 

『姫。姫の思う事は当然だ。私とて、感じていた事だった』

 

『でも……ずっとサッちゃんは平気そうで……』

 

 

 アツコの言葉に、サオリは首を横に振る。

 

 

『いいや。私は姫が今感じている気持ちを自覚したのは、ここ最近だ。ずっと前から感じてはいたのだろうがな。ブラックマーケットで騙された時、初めて私は後悔した』

 

 

 そのことは三人から聞かされて知っている。ブラックマーケットに足を踏み入れたサオリたちは、騙されて持ち物を殆ど奪われてしまったと。

 

 

『そして、恐怖した。マダムに報告することではない。二人を路頭に迷わせてしまった事。それに姫を助けられない事が、私は恐ろしかった』

 

『でも、何とかなったんでしょう?』

 

 

 意地悪な返しだと、アツコは自嘲する。それは結果論であって、その時のサオリには何の関係もない事だ。論点がズレている。

 

 けれど、サオリは一顧だにしていなかった。

 

 

『ああ、なった。問題なのはそれからだ。そこから、私は決断することが恐ろしくなった。それは、責任を全て自分が負うという事だ。あの時の二人は気にしないでいいと言ってくれても、私の恐怖は拭えなかった。私のミスは、二人にも向かうからだ』

 

 

 サオリの独白など初めてだ。いつも、冷静な顔をしていたから気づかなかった。サオリも、サオリなりに抱えている物があったのだ。それでも、サオリはアツコとは違って平気そうだ。

 

 何故なのか、アツコが考えていると、また別の意見も上がる。

 

 

『リーダーは、そこまで気にしなくていいんだよ。従うと決めたのは私たちなんだから』

 

『私なら、リーダーほど上手くは出来ませんから……投げているとも言いますか……』

 

 

 アツコがミサキとヒヨリを見ると、片方は怒って、もう片方は仕方なさそうに笑っていた。二人なりの想いなのだろう。信じて任せているし、自分よりも上手くやる。だから、任せるのだと。それはサオリが背負うものではないと。

 

 

『それで、サッちゃんは平気なの?』

 

 

 アツコとて、それは分かっている。きっと皆アツコを信じていてくれる。でも、その期待が重い。その期待は、アツコが失敗した時に重しに変わる。それでも、投げ捨てるわけにはいかないのだ。

 

 

『平気ではない。今だってそうだ。私は昔の様に諦められなくなった。しかし、それでよかったこともある』

 

 

 そう言うサオリの目は曇ってはいない。何か素晴らしい物を見たかのような目だ。

 

 

『私はアズサと話したんだ。それだけで、私はどうでもよくなった』

 

『アズサと? 何を話したの?』

 

 

 この間の襲撃の時だろう。その時が唯一の接触する機会だったはずだ。それ以降はアリウス自治区の入り口に隠された暗号でのやり取りだから、そこしかない。

 

 

『アズサはトリニティの生活を楽しいと言った。ここへ来てよかったと。本当に幸せそうに言ったんだ。それだけで、それだけで私は、決断の重みはどうでもよくなった』

 

 

 その時のサオリの表情で、アツコは察した。サオリはきっと手に入れたのだ。

 

 

『私が聖園ミカを騙して、アズサをトリニティへ潜入させた時。僅かに幸せになってほしいという思いもあった。私はこの世は虚しいと思いながらも、そう言われながらも、最後まで捨てきれなかったのだろう。この世界はそれだけでは無いことを、ずっと知っていた。そして、幸せそうに笑うアズサを見た時、それが証明された気がしたんだ』

 

 

 サオリが大事に抱えている物。それはきっと、ずっと昔に四人になったばかりの頃の思い出だ。アツコやミサキ、ヒヨリの胸の中にある思い出たち。

 

 

『だから、姫。その重みは消えないだろう。だが、それだけの価値はある。きっとこの先に実感するはずだ』

 

『そうだね……』

 

 

 そう伝えられれば、アツコに圧し掛かる重さが楽になった気がした。重さは変わらないけれど、アツコに力が湧いてくる。

 

 それを感じとったのか、三人が幽かに笑う。

 

 

『フン……あんな伝言を頼むくらいの心持ちで行けばいいのに。アレが出来るなら何でも平気でしょ』

 

『あー……あの牽制ですねぇ。牽制というには切れ味が良すぎる気がしますけど』

 

 

 二人の言葉に、アツコの口がへの字に曲がる。嫌なことを思い出したからだ。

 

 

『まさか、あんなにいるなんて』

 

 

 トリニティに居るだろう候補者の炙り出しと牽制。そのために意図を理解していないだろうサオリに伝言を頼んだこと。狙いは上手くいったものの、結果が結果だった。二人が言っているのはそのことだ。思い出すだけで、少しムカムカする。

 

 

『三人とも、そろそろ目的地だ。マダムも連絡を入れてくるだろう。準備を』

 

 

 サオリがカタコンベの先の光を指差す。気づけば足取りが軽くなっていたらしかった。サオリの反応に、三人は顔を見合わせる。

 

 

『サッちゃんはさ……』

 

『む? 何かやってしまったか?』

 

 

 アツコの言葉にも、全く話題を理解していないサオリに、ミサキが話を締めた。

 

 

『リーダーはそのままでいて』

 

『? 私には分からないが、全員元気になったようで何よりだ』

 

 

 何とも締まらないが、これがらしさという物だろう。アツコは、先の光に向かって足を進めた。

 

 

 □

 

 

「ふむ。来たようだな」

 

 

 サオリたちが指定の場所に着くと、そこには先客がいた。双頭のマネキンが音を立てて振り向いている。

 

 マエストロと呼ばれていたこの人物。人と言って良いか分からない存在は、ベアトリーチェの知り合いらしい。アツコが黒服と言っていた人間とも違う。

 

 だが、ここに居るとは聞いていない。少しばかり、サオリは探ることにした。

 

 

「……あなたは何故ここに居る?」

 

「何? 説明を受けていないというのか?」

 

「いや、受けてはいる。だが、あなたが必要な理由は聞いていない」

 

 

 マエストロの反応は妙だった。ベアトリーチェの様に不機嫌になるかと思ったが、そのようなそぶりを見せない。カタカタと身体を震わせるだけだ。

 

 

「いいだろう。説明しよう。疑問を持つのは悪ではない。聞こえる場所まで来るといい」

 

 

 サオリたちが寄ると、マエストロは語りだした。

 

 

「私が請け負ったのは複製だ。ここに眠る神秘の観察と引き換えに、それを受けた」

 

「複製?」

 

「そうだ。ロイヤルブラッド」

 

 

 マエストロは質問したサオリではなく、アツコに注目している様子だった。アツコもアツコで、マエストロに質問を飛ばす。

 

 

「それはユスティナ聖徒会? 起動したら、ずっとそのままなんじゃ?」

 

「それは違う。彼女たちは戒律の守護者ではあるが、過去の存在だ。今のエデン条約締結という、トリニティとゲヘナ、アリウスが集まっている。この状況でしか顕現は出来ない。故に現象として複製しなければならない。そうしなければ瞬く間に消えてしまう。過去の存在である彼女たちは、現在のテクスチャではなく、過去の再現というキャンバスの中にしか存在できないのだ。その儚さも芸術ではあるのだが、ベアトリーチェは理解しない。非常に業腹ではあるがな」

 

 

 後半は専門用語の羅列で、理解はできなかった。だが、今のマエストロの説明でベアトリーチェの目的が分かった。

 

 ベアトリーチェは、その複製が欲しいのだ。複製すれば消えないというのなら、それは強力な力だろう。目減りしない無限の軍隊。それはサオリたちの代わりになり得るどころか、それ以上の物だから。

 

 

「じゃあ、私たちが呼ばれた意味は?」

 

 

 アツコも、ベアトリーチェの目的を理解したのが分かった。隠してはいるが、怒っている。

 

 

「今の説明なら、起動は私でなくてもいいと思う。アリウスが居ればいいなら、アリウスの生徒会長はマダムでしょ」

 

「ほう? 確かにそうだ。状況の再現だけであれば、ベアトリーチェが行った方が確実だろう」

 

 

 だが、マエストロは意外な言葉を発した。

 

 

「ロイヤルブラッド。君はこの場に必要ないとでも思っているようだが、それは違う。アリウスの生徒会長の肩書だけでは、ユスティナ聖徒会は起動しない。貴下の血が必要なのだ。その貴き青い血が」

 

「血?」

 

「ああ、そうだ。貴下はロイヤルブラッド。その血の起源が重要なのだ。ベアトリーチェはまた別の思惑があるようだがな」

 

 

 マエストロはアツコに告げる。

 

 

「貴下の血は、アリウスの生徒会長であり、戒律を守護せし者の血統。故にユスティナ聖徒会は貴下の下でなければ起動しない。その血が、その血に宿る神秘が、彼女らの存在を担保するのだから」

 

「分かった。ありがとう」

 

 

 アツコは今の話で何かを掴んだようだった。さっきまでの迷いも怒りも、サオリには感じ取れない。

 

 

「ふむ。それでは仕事にかかるといい。準備はしておいた」

 

 

 マエストロもマエストロで、サオリたちの様子を見ているようだ。サオリたちの邪魔はしないように離れたところで佇んでいる。

 

 

『やるよ。準備して』

 

『了解した』

 

 

 こっそりと手話で会話し、アツコが目的地へと向かう。サオリたちは周りを警戒しながらついていく。

 

 そこにあったのは、小さな聖堂。そこは奇麗に片付けられ、整えられていた。マエストロの準備とはこれの事だったに違いなかった。

 

 サオリの目の前で、アツコが前に出る。アツコは大きく深呼吸して告げた。

 

 

「私は、私たちアリウス分校は、エデン条約機構に加入する。私はアリウスの生徒会長。ロイヤルブラッドとしてそれを宣言する!」

 

 

 サオリたちはアツコを守る様に銃を構えた。無線が五月蠅いくらいに鳴っているが、それは無視だ。直ぐにマエストロを視界に収める。

 

 

「なるほど、それが貴下らの選択か」

 

 

 マエストロはそう言うだけで、何もしようとはしない。ただそこへ佇むだけだ。

 

 

「何もしないというのか?」

 

「ああ、私は複製という仕事でここへ来ている。貴下らを止めるなどという仕事は受けていない。そもそも、複製には乗り気では無いのだ。私は芸術家(アーティスト)であって、贋作師(フェイカー)ではない」

 

「なら、何故……」

 

 

 そこに居るのか。そう聞こうとしたサオリの後ろを、マエストロは指さした。振り向いたサオリは悲鳴を上げた。アツコが倒れていた。全くピクリとも動かない。

 

 

「な!? 姫!? 一体何をした!?」

 

 

 マエストロに銃を向けるが、マエストロは態度を変えない。

 

 

「私は芸術を鑑賞しに来たのだ。戒律の守護者たちを、過去に残された情念を。それらがもたらす神秘を。インスピレーションを得られると思っての事だ。ロイヤルブラッドに私は何もしていない」

 

「だが!? まさかマダム……!」

 

「いいや? ベアトリーチェでもない。今まさにここへ向かっているだろうがな」

 

 

 マエストロの答えを期待するのを止めたサオリは、アツコに近寄ろうとした。他の二人もアツコを抱えようと腰を下ろそうとする。

 

 瞬間、サオリたちは殴り飛ばされた。その下手人を見て資料で見た姿を思い出し、サオリは絶望の声を上げる。

 

 

「まさか、ユスティナ聖徒会……!」

 

 

 地面から染み出してきたガスマスクと修道服を身に着けた集団。彼女らはアツコを囲んで守る様に、サオリたちを阻んだ。

 

 

 □

 

 

「ここは……?」

 

 

 アツコが気がつくと、知らない場所に立っていた。明るく、荘厳な雰囲気の聖堂だ。高い位置でステンドグラスが静かに輝いている。

 

 

「ここは、どこかで……」

 

 

 知らない場所であるはずなのに、アツコはここを知っているような気がした。周囲を何度も見渡して、ようやく思い出す。

 

 

「もしかして、バシリカ……?」

 

 

 そう、過去のアリウスが使っていたという建物で、今はベアトリーチェの根城になっている。だが、何度か足を運んだ時とは印象が違う。

 

 見た時は廃墟と化していた。けれど、今目の前にあるのは真新しく荘厳な聖堂。だから、思い出すのに時間がかかったのだ。

 

 しかし、それどころではない。異常事態だ。早く、三人の元へ戻らなければならない。

 

 

「サッちゃん、皆……!」

 

「どこへ行くのですか?」

 

 

 アツコは他の三人を探そうと足を踏み出す。しかし、それを呼び止める声があった。振り向くと一人の人間が立っていた。ガスマスクを被っていて、表情は見えない。ただ、見覚えのない修道服を纏っている。

 

 

「あなたは……?」

 

「今代のロイヤルブラッド、秤アツコ。私は、あなたをずっと待っていました」

 

 

 聞いたことがある様な、若しくは聞いたことのない声で、その誰かはアツコへ告げた。

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