ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
ベアトリーチェは苛立っていた。
それには幾つかの要因があるが、まずはその内の一つに目をやる。
「マエストロ。貴方には仕事を頼んだ筈ですが?」
「今、している」
「この体たらくで? 与えられた仕事もマトモにこなせないで。よくもまあ、芸術家などと言えたものです」
相変わらずの騒音と共に答えるマエストロに、ベアトリーチェは苛立ちをぶつける。
マエストロのやる気が無いことは分かっていた。だが、これは看過は出来ない状況だ。
眼前では、ベアトリーチェへとアリウススクワッドが銃を向けている。まぁ、それはいい。問題はそれらの後方だ。ロイヤルブラッドが倒れ伏している。
「ロイヤルブラッドに何が起こったのですか? 説明を」
「見ての通りだ。意識を失っている」
「マエストロ!」
巫山戯ているのかと声を荒げれば、マエストロは溜め息代わりの騒音を立てた。
「何、先送りにされていた筈のイベントだ。その血の運命とも言うべきか。故にユスティナ聖徒会が顕現している」
「……血? まさか、ロイヤルブラッドそのものに、余計な事をしたと言うのですか?」
そうであれば、ベアトリーチェはマエストロを許すわけにはいかない。ロイヤルブラッドに危害を加えたことになる。秤アツコの意識の有無などどうでもいいが、その血に宿る神秘に傷がついたのならそうも言っていられない。
食ってかかろうとするベアトリーチェだが、マエストロは気にした様子もない。
「貴下の依頼は、顕現したユスティナ聖徒会を複製する事。私は、それ以外の事は何もしていない」
「それすらしていないように見えるのですが?」
それは確かだ。ベアトリーチェがここへと来るまでには、十分な時間があった。しかし、マエストロは何も持ってはいないのだ。
「当然だろう。貴下の目的は戒律の守護者。正確には、戒律を犯すものに対して起動したユスティナ聖徒会であろう?」
「……これが、そうではないと?」
「ああ、違う。今の彼女らは守っているだけだ。これを複製したところで、貴下の望むように調整された贋作は手に入らない。貴下にとっては嘆かわしい事だろうが」
こちらから聞かなければ要点を話さないマエストロに、ベアトリーチェの苛立ちが増してきていた。だが、茶々を入れたところでマエストロの話が伸びるだけ。この調子であれば、まだ黒服やゴルコンダの方がマシだったかもしれない。
「何を守っていると?」
「彼女らが守るのは戒律に決まっているだろう」
「ですから、この状況はおかしいと言っているのです!」
ベアトリーチェは苛立ちながらも、思考は鈍っていなかった。マエストロの言葉は理解できる。ユスティナ聖徒会は戒律の守護者。その機能しか持たない現象。だからこそベアトリーチェはそれを求めた。
敵対状態で起動したユスティナ聖徒会をマエストロにコピーさせ、無限の軍団を手に入れるつもりだった。
だが、おかしい。ロイヤルブラッドを連れてきたのは、その血がユスティナ聖徒会を励起させる触媒だからだ。触媒としてただ励起させるだけであって、ロイヤルブラッドに実害は出ない筈だった。
だが、現実は違う。ロイヤルブラッドは昏倒し、回収しようにもユスティナ聖徒会が行く手を阻んでいる。想定を超えた事態だ。
戒律としてお膳立てしたエデン条約を守っている筈なら、ロイヤルブラッドを守り続けている、この状況はあり得ない。
マエストロはユスティナ聖徒会の使い方に難色を示したが、手を加えるとは考えにくい。それはマエストロに言わせれば、芸術を破壊する行為だ。
なら、この状況は一体何なのか。ベアトリーチェの思考は迷宮入りし始めていた。
「彼女らが守っているのはエデン条約ではない。別の物だ」
マエストロが回答するも、それは信じられない答えだ。ありえない。
「この状況で、エデン条約以外の何を優先すると言うのですか!」
「それは分からぬ。分からぬが、予想はつく。ロイヤルブラッドの言葉を聞いた筈だ。それ故に貴下はここへ来た」
言葉も何も、ベアトリーチェはロイヤルブラッドが逆らったから来ただけだ。無理矢理にでも言う事を聞かせるつもりで、重い腰を上げたのだ。
一々生贄が言った言葉など正確に覚えていない。だが、断片だけは覚えていた。
「アリウスの生徒会長……」
「そう、その宣言の後に意識を失った。ともなれば答えは一つ。それに関する戒律があるのだろう。何より、アリウス分校生徒会長の血脈はユスティナ聖徒会の者なのだから」
あまりのことに、ベアトリーチェは言葉も無い。そんな事で計画が崩れ去ろうとしている。
ユスティナ聖徒会はついでだ。有ってもなくても構わない。だが、ロイヤルブラッドは別だ。アレはベアトリーチェの計画の要。ここまで育てた生贄を最後の仕上げで台無しにされては堪らない。
慌てるベアトリーチェだが、救いはすぐ側にあった。マエストロだ。
「何、戴冠式のようなものだ。それが終われば目を覚ます。この事態だ、黒服も動くだろう」
「戴冠式。つまり、ロイヤルブラッドとして完全に覚醒すると? ……なら、問題ありませんね。むしろ好都合です。生贄の質が上がる」
怪我も功名だとベアトリーチェはほくそ笑む。大事なロイヤルブラッドを見ようとして、苛立ちの原因である二つ目。邪魔な物が目に入った。
「ロイヤルブラッドを渡すと思っていたのですが……何を呆けているのですか?」
アリウススクワッドが、気にくわない視線でベアトリーチェを睨んでいる。全く意味が分からない。分からないなりに考えて一つ思い付く。
「ああ、命令していませんでしたね。道を開けなさい」
しかし、スクワッドは動かない。それどころか目つきが鋭くなる。
──まさか、この私に怒りを覚えている? それで逃げないというのか?
スクワッドの、そんな道具らしからぬ行動に溜め息を吐く。まさか、捨てる時すら手間だとは思わなかった。
「もう一度言いましょう。あなたたちの役目は終わりです。ですから、道を開けなさい」
「姫を置いていけと? 姫を守るのが私たちの仕事だったはずだ」
サオリはいつもと同じような目でベアトリーチェを見ていた。それなのに、いつもと変わらないはずなのに、命令に従わないせいだろうか、やたらと癪に障った。
「それに、生贄だと? そんな事は初耳だ」
「……なるほど。現実逃避ですか。私の与えた命令に固執する事しかできないわけですね」
今までの出来事で頭が固まっているようだ。なら、それを解していやればいい。
「一つ、教えてあげましょう。あなたたちに与えたロイヤルブラッドの護衛。それはあなたたちへ向けた表向きの理由です」
だから、本当の事を教えてやることにした。アリウススクワッドは決まった道を歩いて来ただけなのだと。
「ロイヤルブラッドを生贄に、崇高に至ることが私の目的。しかしアリウスを支配し、それを手中に収めた時。それはまだ蕾でした。生贄にするにはあまりに純度が低すぎた」
その時ベアトリーチェは落胆した。純度を高める方法も、ベアトリーチェでは難しかった。
「だから、あなたたちへ預けたのです。私では痛めつける事は出来ても、育てる事は出来ない。上手くやってくれたものだと思いますよ。あなた達のお陰で、ようやく収穫の時期を迎えられました」
黒服は言った。純度を高める方法は起源をなぞる事だと。自身で育てられないのなら任せてしまえばいいと。ベアトリーチェは、だからそうしたのだ。
だから、かつて弾圧されたトリニティやゲヘナの憎悪を掻き立てた。スクワッドと交流させることで、アリウスへの帰属意識を持たせた。そしてそれは上手くいった。
「私の敷いたレールの上では良い夢を見れたでしょう? トリニティやゲヘナへの憎悪に身を任せるのは楽だったでしょう? ですがもう終点です。あなたたちの役目は終わった。せめてもの慈悲にと、私が与えた復讐の機会を自ら投げ捨てた。ならば使えない道具はゴミ箱へ、それが道理という物です。早く道を開けなさい」
「そうか……」
これまでの人生はベアトリーチェの為だったと、やったことはロイヤルブラッドを出荷するため。救うどころか、生贄にするための片棒を担いでいた。それを伝えても、スクワッドは変わらなかった。恐怖に震えず、絶望もしない。ただ、納得したように頷くだけ。
「そうか。敷かれたレールの上とはいえ、これまでの結果は私が選んだモノだという事か。なら、無駄ではなかった」
やっと、ベアトリーチェはこんなにも苛立っているのかが分かった。ロイヤルブラッドが手に入らないのでも、マエストロが言うことを聞かないのでも、スクワッドが道を開けない事でもない。
希望だ。スクワッドたちの目には希望が見えた。それが、ベアトリーチェは腹立たしいのだ。
子供は大人に消費される物。そうであるはずの存在なのに、今目の前にいるスクワッドはそうでない。支配したはずなのに、いつの間にか恐怖の軛からスクワッドは逃げ延びていた。
子供は大人のための消耗品。絶望の後に死んでいくべき存在。それがベアトリーチェの中の常識。そうなっていない事が激しくベアトリーチェを苛立たせる。
「あくまで逆らうと。そうですか。なら、処分することにしましょうか」
「初めから、そのつもりだったろう」
「いえ? 力を手に入れた暁には、試し切りの巻き藁くらいには考えていました」
スクワッドの声に、ベアトリーチェは嘲りで答えた。何も気にする必要はない。ロイヤルブラッドは時間が解決する。スクワッドの処分は暇つぶしに丁度いい。
「それでは本番前の練習と行きましょうか。未だ調整中ですが……出来るだけ長持ちしてほしいものです。なにより、今はそれだけがあなたたちに残された価値なのですから」
そして何より、子供は大人に勝てないものだ。ベアトリーチェはスクワッドに向かって、嗜虐心に満ちた笑みを浮かべた。
□
「皆……!」
アツコの上空。バシリカの開けた空間に、外の出来事が映し出されていた。本性を露わにしたベアトリーチェ。それに対峙するスクワッドの危機にアツコの全身を冷たさが襲う。
「戻して!」
「戻せません。それに、戻ったところでどうするというのですか?」
「私が戻れば、ユスティナ聖徒会が起動する筈。だから……」
「しませんよ」
目の前の修道服が元凶だろうと声をぶつけるも、修道服は動じない。それどころか、信じられない事を言ってくる。
「あなたにはまだその権限が無い。知識と資格はあっても、まだ認められていない。ですから無駄ですよ。それにね」
修道服が指を鳴らすと、また別の場面が映し出された。カタコンベをアツコの知っている人たちが走っている。
「カヤツリ……それに、聖園ミカ……」
二人だけではない。他にもアツコの知らない大人や、知らない人間、見た事だけのある人間がいる。全員が分かれ道で顔を突き合わせていた。
「ここへ増援は向かっています。しかし、とうとうカタコンベの機能が不具合を起こしたようですね。地図は合っていますが、その切り替わりが早すぎるようです。ですが、あなたが資格を得れば正常に戻すことが出来るでしょう」
「……何をすればいいの? 待ってたって言ったけど」
仕方なく、アツコは目の前の修道服の際に乗ることにした。元より、道はそれしか残されていない。そして、それを聞いた修道服は自分の両手を合わせる。
「あなたにしてもらうのは、アリウスの生徒会長になるための試練です。心配はいりません。そのために私はここでずっと待っていたんですよ。初仕事という訳ですね」
「なんで? それがいるなら、マダムはどうしたの? 初仕事じゃないんじゃ……」
「……チッ、あの異端者ですか」
当然の疑問を呈したアツコに修道服は舌打ちで返した。幸いなことに、その対象はアツコではなくベアトリーチェの様だ。本当に気にくわないのか、修道服は苛立ちを隠そうともしない。
「私としても不本意です。アレに資格は端からありませんが、アリウスを支配したという実績がありました。この世界は案外曖昧でして、他者がそう認識すればそう反映されるんですよ。その数が多ければ多いほど、それは強固になる。噂がいつの日か真実になるように。そして、これまでそうだったはずです。ロイヤルブラッドは生きた王冠でしかなかった。違いますか?」
「マダムがそう名乗っていて、皆がそう信じたからってこと?」
「ええ、概ねそれで合っています。私たちが切り開き、辿り着いたニコメディア。ここはそういう場所なんです。キヴォトスにはまだそんな場所がいくつか残っているはずです。そして、それが試練の必要な理由なんですよ」
ガスマスクの頭を振りながら、修道服はアツコを見た。表情は見えないはずなのに、なぜかダイレクトに感情が伝わってくる。
それは、期待だ。この修道服はアツコに期待しているのだ。
「全てが曖昧で、負の感情が堆積したこの場所では、様々なことが起こるでしょう。人は弱く、迷い移ろうもの。だから、アリウスの生徒会長は大事なことを覚えておかねばならない。道に迷わぬよう、全員が前を向けるよう。ある事だけは許されているのだと、そう皆が信じられるように。かつての私では出来なかった。でもあなたなら、それが出来る」
アツコは分からない。修道服がそこまで期待する理由に見当がつかない。疑惑の目を向けるも、修道服は気にした様子もなく、話を続けた。
「そのための一助として、一つのモノがありました。それは歪められてしまいましたが、まだその真意は残っている。あなたはそれを知っているはず。それでは時間もありませんし、そろそろ始めましょうか」
自分勝手に話をした修道服は再び指を鳴らす。すると、そこに扉が現れた。その扉はアツコが触れもしないのに開き始め、奥からまばゆい光が放たれる。
「その先が試練の場です。安心して下さい、試練の内容を考える時間は与えますから」
真っ白になった視界の中で修道服の言葉が聞こえ、光が晴れた先はまた違った場所だった。
今度はバシリカではない。だが、アツコはその場所を知っていた。
「ポルタパシス……」
ポルタパシス。平和の門。アリウスの禁足地。だが、アツコの知るものとは幾分様子が違った。アツコの知るそれとは違って、目の前にある物は随分と新しかった。
そして、その前では多くの人間が言い争っていた。
「ふざけた妄想も大概にしろ!」
「それは、そっちの方だ!」
喧々諤々と怒号を浴びせ合っているのは、アリウスの人間たちでしかありえない。それをアツコは知っている。サオリも、ミサキも、ヒヨリも知らないが、ロイヤルブラッドたるアツコだけは知っていることだ。
ポルタパシスは平和の象徴として作られた。だから平和の門と呼ばれていた。しかし、実体は少々異なる。
初めはそうあれかしと、平和の門は建造された。しかし、門の完成が近づいた時に限界を迎えてしまったのだ。
元々、アリウスには二つの派閥があった。トリニティから破門されたが、いつの日か和解できると信じた派閥と信じない派閥。そして、門の完成を前にこの二つは衝突した。
それは追い詰められた境遇もあったのかもしれない。あらゆるものが不足した中で無意味なモノを作る空虚さからかもしれない。ただ怒りをぶつけたかったのかもしれない。そして、どちらが勝ったのかは今のアリウスが証明している。
そして、今目の前で繰り広げられているのは、その場面に違いなかった。
「埒が明かない! もう決めてもらうしかない!」
「ふん! 答えは決まっている!」
言い争いは白熱していき、いつの間にか人だかりが二つのに分かれていた。そして、全員がアツコを見ている。
「ロイヤルブラッド! あなたはどう思いますか!? 勿論、トリニティと和平は出来るとお考えですよね!?」
「いいや! そんなものは不可能です! アイツらは私たちをここまで追い込んだ! 考え方が違うだけの理由で! そんな奴らと和平などできるはずがありません!」
さあ。さあと、群衆がジリジリとにじり寄って来る。意見は対立していても、その目に映るモノは同じだった。
彼女らは救いを求めていた。こんがらがってしまったこの状況を解決する一手として、アツコを。アリウスの象徴としてのロイヤルブラッドを求めているのが嫌でも分かった。
それは、怖くて恐ろしい。アツコは近づいてくる彼女らから後ずさる。でも、逃がしてはくれないし、逃げられない事も分かっている。
アツコが答えなければ、彼女らは爆発するだろう。ここが本物の過去かは分からないが、歴史の通りに内乱へと突入する。しかし、答えても結果は変わらないだろう。ロイヤルブラッドという神輿を手に入れた派閥が、そうでない派閥を蹂躙するだけだ。自らが行われたことを他者に向かって行う救えない光景が展開されるだけ。アツコにはどうしようもない。
「さあ早く! 早く決めてください!」
「答えは決まってますよね!」
「あなたが決めてくれればすべて丸く収まるんです!」
「あなたが生徒会長でしょう!?」
アツコをみつめる目、目、目。アツコを求める手、手、手。アツコを問いただす声、声、声。それらが迫ってきて、反射的にアツコは目を閉じる。しかし、予想していた感触と衝撃は訪れなかった。
閉じた目を開けば、アツコはバシリカに戻ってきていた。目の前には変わらず修道服が佇んでいる。
「お帰りなさい。その様子を見るに、熱気に当てられたようですね」
息も荒く、床に座り込むアツコへ修道服は手を伸ばす。その手は冷たく、生気は感じられなかったがアツコをしっかりと引き上げてくれた。
「あれは……」
「ええ、お察しの通り。アリウスの内乱が始まろうとした瞬間の場面です。それが試練の内容ですよ」
そうであってほしくないというアツコの声は、修道服の頷きで小さくなる。
「あれが……試練?」
「そうです。迷い悩む彼女らにどう対応するか。あれがあなたに課する試練となります」
アツコの視界が暗くなった気さえする。あれに相対しろと修道服は言っているのだ。安全だと分かった今でも、身体の震えが止まらない。
溺れる者は藁をも掴むというが、掴まれる藁はたまったものではない。あれは、責任の押しつけだ。決められないから、言うことを聞いてくれないからと、責任をアツコへと投げ出しただけ。
そして、望み通りにならなければ、アツコを責めるだろう。暴力を振るうだろう。自分たちの望む答えを言わせるまで、収まりはしない。ただただ、遠慮のない願望だけがむき出しになっている。そんな人間たちに何をどう対応しろというのか。そんなものは無理に決まっている。
どうすればいいのか分からないまま、アツコはその場に蹲るしかなかった。