ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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308話 乱入者

 アツコの立つ場所は、すっかり元のバシリカに戻っていた。ポルタパシスも群衆も、あの熱気も、欠片も気配を感じない。

 

 

「はぁ……」

 

 

 そこまで確認して、ようやくアツコは緊張を解いた。へなへなと身体から力が抜けて座り込む。

 

 

「試練突破おめでとうございます!」

 

 

 喧しい声に顔を向ければ、修道服が立っていた。パチパチと拍手までしていて、ガスマスクの上からでも本当に嬉しそうなのが伝わってくる。

 

 

「本当に良くやってくれました! いや、私の予想以上ですよ」

 

「予想以上……?」

 

「ええ、本当にですよ!」

 

 

 疲労が滲むアツコの言葉に、ブンブンと修道服は頷いた。

 

 

「何でも良かったんです。あの群衆全員を納得させる必要はなかった。ただ、片方の派閥に乗っても良かったんですよ。でも、あなたはそうしなかった!」

 

「そんな事、一言も……ああ、納得させろって、そう言う事?」

 

 

 文句を言おうとしたアツコであったが、口を噤む。修道服は嘘は吐いていない。ただ納得させろと言われて、全員を納得させなければならないと思ったのはアツコの勘違いだ。でも、もっと良い言い方があったと思って、修道服を睨む。

 

 けれど、アツコのそんな視線が気にならないくらいには、修道服は上機嫌だった。

 

 

「……それで、試練が終わったなら早く戻して」

 

「もう始まってますよ。ほら」

 

 

 修道服が親指で後ろを指す。いつの間にかバシリカ全体が薄くなってきていた。端から、糸が解けるように解れていく。そして、それは修道服も同様だった。ぬいぐるみが解けるように、足先から一筋の線と共に解けていく。

 

 

「しばらくすれば目覚める筈。あの大人も何とかなります。アリウスは、アリウス分校として出発できる。私の役目もこれで終わりです」

 

「待って、説明して。役目って? 待ってたって言ってたけど。それに、最後のあの人は……」

 

 

 満足そうにする修道服に、アツコは食って掛かる。何も知らないまま、修道服は消えようとしている。それはあまりにも無責任だ。

 

 アツコに勝手に試練を課して、勝手に批評して、勝手に満足して消えようとしている。それに修道服には気になる事が多すぎる。何もかもを説明してもらわないとアツコは納得出来はしない。

 

 

「あれは、何だったの?」

 

「……アリウスに積もった負の感情が形を成したモノ。アリウスに住む全員が、心のどこかで思い、そう願ったものです。このままでは暴走するはずだったそれを、私が群衆という形で出力しました」

 

 

 オカルト全開の答えに、アツコは言葉を失った。それを可笑しそうに修道服は見ている。

 

 

「不思議に思いませんか? アリウスに続くカタコンベ。あそこは毎回道が物理的に変化する。あなたちはいつの間にか受け入れていましたが、どう考えてもおかしいでしょう?」

 

「そうだけど……」

 

 

 放たれた正論に、アツコは頷く。けれど、やすやすと信じられるものではない。そういう物なのだと、修道服は念を押す。

 

 

「あれは、アリウスへ逃れた全員が思ったからです。道が変わって追いつかれなければいいのにと。そう全員が願ったからこそ、あそこは今でも道が変わるんです。海を割るよりもスケールは小さいですけどね」

 

 

 アツコの理解を越えた話に、頭がくらくらしてくる。それでも、何とか疑問を絞りだす。

 

 

「試練はこれに関係しているの?」

 

「そうですよ。アリウスの生徒会長は、これに打ち勝たねばならない」

 

 

 修道服の機嫌よさげな声が、真面目な、真剣な声に変わった。ガスマスクの奥から、アツコを見る視線が強くなる。

 

 

「人は弱く、迷うもの。私たちは冷たい荒野を行かねばならない。故にあまりにも簡単に何かに縋り、救いを求める。アリウスで、それをしたのならどうなるか。だからベアトリーチェというあの大人は、教えを改変した。あなたたちは願うだけ無駄なのだと。悪いのはトリニティとゲヘナなのだと、そう仕向けた」

 

 

 アツコは思い出す。ベアトリーチェは願うだけ無駄だと言った。アツコたちは虚しい存在なのだから、意味などないと。悪いのはトリニティとゲヘナで、それらに復讐するために生きるのが当然で権利なのだと。

 

 そうすれば、アツコたちは願わない。願う理由が無い。衣食住は本当に最低限だが足りていて、目標も、それに撃ち込む理由もあった。

 

 そこまでベアトリーチェがするのだから、彼女が恐れたものに予想がつく。

 

 

「……つまり、何か出てきたかもしれないってこと?」

 

「出現するとしたら、黙示録の天使でしょう。生きるのが辛くて虚しい。ここには居たくない。そう願った者たちが縋るのは死ですから。しかし、自らへの暴力は禁じられている。なら、アリウスごと滅んでしまえばいい」

 

 

 その仮説は納得だった。黙示録の天使。アリウスに伝わる経典の最終章に記される世界を滅ぼすモノたち。ベアトリーチェとしても、それは困るだろうから。

 

 

「ですが、そうはならなかった。あなたは、私が出来なかったことをやり遂げた。アリウスの生徒会長として。いいえ、生徒会長として一番大事なことが出来た」

 

「私は、必死だっただけだよ。頭は一杯一杯だった」

 

 

 修道服の声には、感心と感嘆の響きが含まれている。けれど、アツコにはそこまで褒める要素はない。本当に必死だっただけなのだ。それでも、修道服は嬉しそうに言う。

 

 

「なら、猶の事。あなたはアリウスの人間たちに夢を見せることが出来た。それは誇るべき事でしょう」

 

「夢?」

 

「そう、夢です。生徒会長とはそういう者。あなたは、彼女らの価値と努力を認めた。そして行くべき先を示した。だからこそ、彼女たちは納得し、静まることが出来た。あなたは誰も見捨てなかった。救いを求め立ち止まるのではなく、救いを探しに行こうとした。あなたの下でなら、黙示録の天使など出現しないでしょう」

 

 

 修道服は誇らしげに、アツコへ頷く。

 

 

「世界は辛い事ばかりでない。だから先へと進む。まさに、アリウスの教義を一部分とはいえ体現したわけです。文句なしの合格です」

 

「教義って、マダムが言ってた……」

 

「……ああ、あれですか。まあ、アリウスの歴史が納められたポルタパシスが、立ち入り禁止区域なのは百五十年前。それに、態々そこに忍び込んで読もうなどという人も居ません。……全ては虚しい。ですか。教義は生きるために、生きやすくするために作られたもの。しかし内乱の勝者の権利とはいえ、それしか残らなかったのは忸怩たるものがありますね」

 

 

 修道服から不機嫌なオーラが放たれて。アツコは口を噤んだ。何となく分かっていたことだが、ベアトリーチェの事は地雷だったらしい。それも、教えの事については。修道服を着ているせいなのだろうか?

 

 

「Vanitas vanitatum, et omnia vanitas.──なんという空しさ、なんという空しさ、すべては空しい」

 

 

 つらつらと慣れた様に、修道服は教義を口ずさむ。

 

 

「かつてあったことは、これからもあり。かつて起こったことは、これからも起こる。太陽の下、新しいものは何ひとつない。何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある」

 

 

 今のアリウスでは聞いたことが無い。そんな教義を修道服は語る。

 

 

「この世に不変のものはありません。人は死にます。学園とて、長い時の中で、いつかは無くなるでしょう。それはずっと繰り返されてきたことです。この世の全てには定めがあり、全てが予定されているのならば、私たちの自由意志など空しい。抵抗するだけ苦しく、そうすることは許されず、するだけ無駄です」

 

 

 それは、ベアトリーチェが語ったことと似たようなものだ。だが、まだ続きがあるようだった。

 

 

「この地上には空しいことが起きます。善人でありながら悪人の業の報いを受ける者があり、悪人でありながら善人の業の報いを受ける者がある。人間の前にあるすべてのことは何事も同じで、同じひとつのことが善人にも悪人にも良い人にも、清い人にも不浄な人にもあります。良い人に起こることが罪を犯す人にも起こり、誓いを立てる人に起こることが、誓いを恐れる人にも起こる事もあります」

 

 

 長い。あまりに長い文章を、修道服は暗記しているらしい。謳うように、願うように続ける。

 

 

「私たちが足掻いたところで変えられない事はある。どうしようもない事はある。道理に合わない事もある。そんな事に一々目くじらを立てるのは空しい事です。私たちがいなくとも世界は回る。だからこそ、本気で生きるべきです。どうしようもない、仕方のない、私たちの力の及ばない事は飲み込んで、道徳に従い、正しく生きるべきです。そうすれば、私たちがなしたことを、きっと誰かが、ずっと見ていてくれるのですから」

 

 

 一息に語り終えた修道服は、ふぅと長い息を吐いた。

 

 

「大分端折って短くしました。とても罰当たりな事です。しかし、これで私の言いたいことが分かったのではないですか? 失われたはずの遺志を、あなたは汲み取ってくれた。謙遜は美徳ですが、やり過ぎれば嫌味になります。称賛は素直に受け取るべきです」

 

 

 アツコは黙って頷く。失礼な話だが、今この瞬間だけは、修道服がその服にふさわしい人間に見えたから。

 

 あの集団。アリウスの妄執というそれ。その正体がアリウスの負の感情の集合意識だというのなら、自分から、あの言葉が出るのも当然かもしれなかった。

 

 あそこにいるのはアツコ自身だった。こうなる前の、助けを求めたアツコ自身。あの時に言って欲しかった言葉をアツコは言うだけでいい。そう思えば、すっと納得が入って来る。

 

 そして、修道服もそうなのだろう。ずっと、そう言いたかったに違いない。最後に残った代表者の姿は、目の前の修道服そっくりだった。

 

 

「そろそろですか……」

 

 

 いつの間にか、修道服の姿が薄くなっていた。アツコの想像が正しければ修道服は消える。群衆を操れて、最後に残ったのという事は、アリウスの妄執の一部なのだ。そしてそれが静まった今、恐らくはもう目覚めない。というのに、修道服は気にした様子もない。むしろ、漲っている。

 

 

「秤アツコ生徒会長。あなたと、アリウスのこの先に祝福を」

 

「うん。あなたも。先輩」

 

 

 アツコの一言に、修道服は笑ったように見えた。ガスマスクの奥から、アツコと同じ色が見えたような気がした。

 

 

「……なら、可愛い、ま……いえ後輩の為、少しだけ頑張りましょうか」

 

 

 □

 

 

「えい!」

 

 

 ミカの短い掛け声とともに、岩壁が粉砕された。何度も見た光景に先生は舌を巻く。

 

 

「……イカれたパワーだ」

 

 

 隣のカヤツリの言葉に、先生は声もなく同意する。あんな白いミカの小さな拳が撃ち込まれたとは思えない火力だ。

 

 別に、ミカの怪力を確かめるためにこんなことをしているわけでは無い。実際、ミカはアリウスまでの道を知っているから、こんなことをする必要もない。ただ、今回は事情が違う。

 

 アリウスの計画は、トリニティとゲヘナ、アリウススクワッドの協力で丸裸にされている。おかげで、巡航ミサイルによる奇襲は完璧に防ぐことは出来ていた。攻め込んできたアリウスの分隊も、次々と確保され治療室に担ぎ込まれている。ここまでは非常に順調であった。

 

 しかし、本命のアリウススクワッドからの通信が途切れた。万一の為にとフリーハンドにしていたカヤツリとミカ、アズサ、それと先生がカタコンベに突入することになる。

 

 最初は良かった。アズサの協力により、カタコンベの地図が完成していたためである。しかし、途中で役立たずになってしまう。

 

 時間で変わるはずの経路が、直ぐに変わってしまう。地図は全く役立たずになる。そこで、ミカが実に単純な策を思いつく。

 

 

 ──邪魔な壁をさ。全部、抜いちゃえばいいじゃん。

 

 

 道が無いのなら作る。余りにも単純で、脳筋染みたそれ。それは、アロナによる高速演算で導き出された最短コースの壁を抜き続ける事で実現していた。

 

 

「次は? 先生」

 

「えっと……このまま進んだ突き当りだね。あと一・二回で着くはずだよ」

 

 

 ミカの軽い質問に、先生はタブレットの情報を伝える。するとミカはカヤツリを引きずって奥へと消えていった。その後ろをアズサがついていく。

 

 壁抜き要員はミカだけではない。カヤツリもである。アズサが爆薬を仕込み。時には二人が交代で、分厚い壁は協力して、ここまでやって来た。ミカの調子は上々のようで、共同作業じゃんね、とニヤニヤしていた。無線機からはセイアの長い話が続いているにもかかわらずだ。

 

 先生は、何故だか胃のあたりがキリキリしてきた。アリウススクワッドの事もそうだが、この後の事も大きな原因の一つだ。まさか、ここまでとは思わなかったのだ。今日、ここに来るまでの自分を殴りつけたくなる。

 

 

「先生! 来てくれ!」

 

 

 ドカン、ガラガラ。そんな生身の人間が出したとは思えない音の後、アズサの呼び声が聞こえる。急いで向かうと、大穴の向こうには光が差している。ミカとカヤツリの二人は、その先を見ているが、反応に困る顔をしていた。アズサも見たのか同じ表情。その理由は明らかだった。

 

 

「何だい。この音は……」

 

 

 轟音が聞こえる。それも、三人が出していた壁を抜く音よりも大きい。嫌な予感と共に覗き込めば、先生は言葉を失った。

 

 

「サオリ……!」

 

 

 アリウススクワッドは床に満身創痍の状態で座り込んでいた。全身が傷だらけで、埃に塗れている。サオリと知らない二人は、もう一人を守る様に抱きしめている。

 

 一応、全員意識はあるようで。ある一点を見つめている。

 

 

「ガッ! 止め、グッ……ア゛ッ!」

 

 

 赤い花の様な怪物が、これまたガスマスクを被っている修道服のようなものを着たシスターに、ボコボコに殴られていた。花は花びらのような器官を掴まれて、逃げられないようにされたうえで、もう片方の拳を受け続けている。

 

 勿論、花の方も抵抗している。しかし、修道服には攻撃が効いていない。意にも介さず拳を振るい続けていた。

 

 

「マエストロ!」

 

「どうしろというのだ……?」

 

 

 近くには双頭のマネキンもいるが、手出しができないようだ。きっと、あの拳を受ければバラバラになってしまうだろう。

 

 

「大丈夫かい……?」

 

「先生か。救援、感謝する……カヤツリたちもな」

 

 

 その隙に、先生はスクワッドへ駆け寄ると、三人が安心したように脱力した。

 

 

「一体、何があった?」

 

「ああ、私も信じがたいのだがな」

 

 

 アズサがサオリに問いかけると、サオリは何とも言えないような表情になっていた。

 

 

「作戦が上手くいかなくてな。姫は意識を失い、マダムに追いつかれてしまった。私たちは姫を守ろうとマダムに戦いを挑んだ」

 

「傷は、その時の?」

 

「そうだ。聖園ミカ。気には病むな。ここに来てくれただけで、十分助かっている」

 

 

 ミカの曇った表情を、サオリは気遣う。無事でよかったと先生は胸をなでおろすが、カヤツリは先を促すように床を足で叩く。

 

 

「済まない、続きだったか。マダムは強くてな。ここまで追い込まれた。だが、急にアレが現れた」

 

「アレって、修道服のあれか? あれを修道服って言って良いのか?」

 

 

 カヤツリは微妙な表情だ。確かに、アレは純粋な修道服ではないだろう。便宜上、修道服と呼ばせてもらったが、厳密には違う。長いスカートには切り込みが入っているし、その下はピチピチのバトルスーツ染みた物が見え隠れしている。

 

 そのバトルスーツもバトルスーツだ。足が丸見えだし、切り込みがやたらとエグイ角度のように見える。凄まじいまでの()()を感じた。

 

 

「アレが、マダムに戦いを挑んだ。そして、今の状況になっている」

 

「……」

 

 

 なんだろう。どう反応していいのか分からない。これが、敵に回ったり、ベアトリーチェに苦戦しているなら反応のしようもあるが、状況は全くの逆である。

 

 ベアトリーチェは、為す術もなく暴行を受けており。反撃の手も先ほどと比べて精彩に欠けている。二体の戦いに手を出す必要性も薄い。このままアリウススクワッドを回収して退くのも一つの手だ。

 

 

「仕方ありませんか。手を貸しましょう、マダム」

 

 

 そんな聞き覚えのある声がして、ずっと響いていた鈍い音が消えた。殴られていたベアトリーチェの姿は消えて、その代わりに先生の知っている大人が立っていた。

 

 

「黒服……」

 

「クックック……アビドス以来ですね? 先生。お元気そうで何よりです」

 

 

 アビドスでの事件で立ちはだかった大人。黒服がそこに居た。あの時と変わらない雰囲気で、先生に向かって微笑みかけてくる。

 

 何故や、どうして。とは聞かない。ずっと見ているという言葉通りに、先生の事を見ていたのだろう。

 

 

「今すぐに語り合いたいところですが、一先ず片付けるべき事がありますね」

 

 

 黒服はそう呟いて、手持ち無沙汰で立つ修道服に向き直った。

 

 

「マダムの事は謝罪しましょう。彼女は我々で引き取らせていただきたいのです。その代わりと言っては何ですが、()()()アリウスから手を引くことを約束しましょう」

 

 

 警戒したように両手を構えた修道服だったが、黒服の言葉に両手を下ろした。

 

 

「ありがとうございます。おや……?」

 

 

 礼を言った黒服であったが、疑問の声を上げた後、不気味に笑い始めた。

 

 

「……」

 

 

 修道服が先生たちの所までやって来ていた。途中で目を覚まさないアツコを抱きかかえて、カヤツリの前に立っている。

 

 カヤツリは顔を引き攣らせて、見えないふりをしているが。修道服はグイとアツコを押し付ける。お姫様抱っこでないと抱えられないようにする徹底ぶりだ。

 

 カヤツリはチラチラとスクワッドの方を見るが、向こうは全力で目を逸らしている。サオリはアズサにそう強制されている。それに全員が満身創痍だ。

 

 仕方なさそうな顔でカヤツリがアツコを受け取ると、修道服はサムズアップをして消えた。

 

 

「クックック……クククク……ハハハハハ」

 

「は?」

 

 

 黒服は腹を抱えて大笑いし、ミカは不機嫌そうに頬を膨らませている。ミカの懐の無線機も五月蠅い。先生の胃が、シクシクと痛み出す。

 

 

「それでは本題に入りましょうか。お久しぶりです。先生」

 

「一体、何をしに来たんだい」

 

 

 笑い終えた黒服の挨拶もそこそこに、緩んだ空気を引き締めて先生が問い詰めると。黒服は素直に答えた。

 

 

「マダムを回収しに来ただけです。マダムの計画は失敗しましたのでね。彼女は、もう手も出せないでしょう。手を出したが最後、ユスティナ聖徒会の彼女が襲ってくるでしょうからね」

 

「……」

 

 

 黒服の言葉は信用できない。黒服は油断してはいけない相手だ。前回は偶々拾えた勝ちに過ぎない。先生が警戒心を高めると黒服は笑い出す。

 

 

「クックック……信用できないのは分かりますが。実際その通りなのです。彼女はゲマトリアの一員なのでね。それと、顔合わせもありますか」

 

「顔合わせ?」

 

「ええ、ベアトリーチェの他にも、メンバーはいます。私と同じように、先生に興味を持つメンバーが」

 

 

 気づけば、黒服の隣に双頭のマネキンが立っている。カタカタ音をたて、マネキンは話し出す。

 

 

「お初にお目にかかる。私はマエストロ。芸術家だ。今回はまだ作品が出来上がっていないが。いつか、先生には是非、私の作品の感想を聞かせて頂きたいのだ」

 

「……よろしく。マエストロ」

 

「ふむ。ありがとうございます。先生」

 

 

 警戒心全開の挨拶であるにも関わらず、マエストロは上機嫌そうだ。軽快な音を立てて、フッと姿が消えた。黒服もなぜか満足そうだ。

 

 

「それでは、私も帰るとしましょう。マダムの回収も、顔合わせも、もう一つの用事も終わりましたしね」

 

「……何を? 一体何を企んでるんだい?」

 

 

 そんな事を言うので、先生は黒服を問い詰める。問われた黒服はあっさりと答えた。

 

 

「なに。ただ、教え子の顔を見に来ただけです。そうでしょう? カヤツリ君」

 

「みたいなものでしょうに」

 

 

 黒服に対して、カヤツリの反応は辛辣だった。それでも、黒服は愉快そうに笑うだけだ。

 

 

「ああ、親代わりをしたこともありましたね。今回は、そのせいでマダムに目をつけられたわけですが。安心して下さい。そちらは手出しできないようにしますので」

 

「……いくらです?」

 

「いいえ、結構ですよ。元々はこちらの不手際です。それに、私にも都合があるのでね」

 

 

 それは真実のようだった。余りにも手慣れたやり取りに、そう信じるしかない。今なら、カヤツリのスペックがなぜあんなにも高かったのか。その理由も分かる。黒服が育ての親なら、それくらいはやってのけるだろう。

 

 

「あの……?」

 

「おや? どうかしましたか?」

 

 

 いつの間にか、ミカが黒服に話かけている。まさか、あんな怪しい大人に話しかけるとは思わず、対応が遅れた。何か起きやしないかと、先生はハラハラしながら見守る。

 

 

「あの、黒服さんは……カヤツリ君のお父さんなんですか?」

 

「そう言う見方もできますね。カヤツリ君は否定するでしょうが、事実はそうです」

 

「えっと……私は聖園ミカっていいます。カヤツリ君とは仲良くさせてもらってます……!」

 

 

 ミカの言葉に、黒服はいつものように笑う。

 

 

「ええ、あなたの事も知っていますよ。聖園ミカさん。随分と彼に良くしてくれたようで」

 

「え? でも、私は迷惑を……」

 

 

 動揺するミカだが、黒服は静かに、優しく言葉を掛ける。

 

 

「いいえ、今回はマダムの所為ですからね。それに彼は、あなたに構われるのは嫌いではないはずです。良ければ、これからも仲良くしてくれると嬉しいですね」

 

「……分かりました。よろしくお願いします!」

 

 

 ミカが隠れて小さくガッツポーズしているのを、先生は見逃さなかった。無線機の奥から怒号も聞こえる。胃がまた痛み出す。そんな先生、ミカや黒服とは反対に、カヤツリは恐ろしく不機嫌そうだ。

 

 

「早く帰ったらどうです?」

 

「ククク……つれないですねぇ。この調子で彼女に接するつもりですか?」

 

 

 そう言われたカヤツリは黙り込む。黒服は、心配そうな声色になる。

 

 

「一度拗れたのです。二度拗れるのは、あなたも本意ではないでしょう?」

 

「大丈夫ですよ」

 

「ふむ……その様子なら大丈夫ですか。なら、信じるとしましょう」

 

 

 じろじろとカヤツリを品定めして、黒服はしっかりと頷く。そして、先生に背を向けて、肩越しに言い放った。

 

 

「それでは、後はよろしくお願いしますね? 地上の予備戦力として、アビドスから彼女たちを呼んだのは先生なのですから」

 

 

 そう言われた先生の胃が、何度目か分からない悲鳴を上げる。トリニティからの邪魔が入らないようにと、理由をつけて連れてくる判断をした自分を責めたくとも、もうどうしようもない。

 

 その痛みは、黒服が消えても同じように消えてはくれなかった。

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