ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
十六夜後輩はあの後も定期的にアビドス高校へやってきていた。ホシノとも何か話したようで、二人でパトロ-ルに行ったり、買い物に行ったりと順調に交流しているようだった。ただ今日は何かがあったようで、ちょっと昇降口まで来て欲しいと連絡があった。
「元の場所に返してきなさい。ってわけにもいかないか」
ホシノと十六夜後輩が連れてきた、小さい少女を見てカヤツリは唸った。銀の髪に獣のような耳、ぼろきれ同然の服を着て身体も相応に汚れていた。まさに浮浪児といった感じだった。ホシノがしていたマフラーを大事そうに抱えている。
「記憶喪失なんだって、カヤツリも親近感湧くんじゃない? カヤツリもそうだって前言ってたでしょ」
「名前も覚えてないレベルなのか? 難儀だぞ。それは」
「名前は砂狼シロコちゃんって言うみたいです。でもそれ以外は何も」
十六夜後輩が首を横に振る。名前しか覚えていないということだろう。正直どうすべきか分からない。でもホシノはどうするか決めているみたいだった。カヤツリと十六夜後輩にてきぱきと指示を出す。
「カヤツリは、ほら倉庫に古い制服あったでしょ。あれ、持ってきてよ。ノノミちゃんは、私と一緒にこの子をお風呂に入れてあげよう。このままだと、風邪をひいちゃうから。ああ、覗いちゃだめだからね、カヤツリ」
「そんな趣味はない」
アビドス校舎に風呂は三つある。旧校舎と体育館に一つずつと、用務員室に一つだ。旧校舎と体育館は、どちらも部活で使っていたためか大浴場である。今回は、カヤツリがたまに使う用務員室の方を使うようだった。
校舎へ消えていく三人を見送る。倉庫に制服を取りに行きながら、あの子供の事を推測する。普通ならキヴォトスの警察組織であるヴァルキューレに直行させるが、あの子供は普通ではない。自分が言えたことではないが、この世界で学生でないということは身分証明がないのと同義だ。じゃあ、自分のように大人が後ろにいるかと言えば、あの格好と凍え死にそうになっていた時点でそれもない。
まるで、そこに降って湧いたようだ。十分怪しいが、カヤツリ自身人の事を言えない。あのホシノの様子を見る限り保護する気だろうと思う。あの子供が受け入れればの話だが。
ちょうど目当ての物を見つけて用務員室に届けた後、空き教室でしばらく待っていると銃声が聞こえた。聞き覚えのある音からして、ホシノのショットガンだろう。校舎の補修を誰がやるのか考えてほしい。
「仕事を増やすんじゃない。外でやれ。外で」
「うへ~。ごめんね。あんまり手加減できなくてさ」
現場まで行くと、シロコとかいう子供がホシノに鎮圧されていた。ホシノは息一つ乱れていない。その代わりに校舎は酷いことになっていたが。十六夜後輩はあまりの事態に固まっている。十六夜後輩に事情を聞けば元々、外で襲われたのをホシノが撃退したのが始まりだったらしい。襲ってきたのが誰かと思ってみれば、こんな子供だったから保護することにして、カヤツリを呼んだらしかった。で、身体を清潔にしてもらった後、リベンジを挑み──
「こうなったわけか。本当に、このまま保護するのか? 正直不安しかないけど」
噛みつく相手の力量も分からないのはどうかと思う。それに保護したら、この野良犬がやらかした責任はカヤツリ達がとるのだ。今のカヤツリのシロコに対する評価は最底辺だった。狼どころか野良犬呼ばわりで十分だった。
「まぁ、そこは私が何とかするよ」
自信満々な顔で言うホシノに正直カヤツリは不安しかなかったが、何か手があるのだろう。ホシノに任せることにした。
□
「カヤツリ──」
「ないよ。ホシノか十六夜後輩に着いていけ。いつもと同じ……。待て。何でここにいる?」
平日の空き教室で仕事中のカヤツリは、シロコに絡まれていた。結局ホシノは、勝負を挑んだシロコをもう一度鎮圧してアビドスに入学させることに同意させた。そこまではいい。問題はそのあとだったのだが。
無知ゆえの問題行動が多かった。荷物をトラックごと奪ってくる。転売を企む。銀行強盗を計画する。数え上げればきりがない。皆で何度頭を下げに行ったか分からない。ただ幸いにもホシノが教えれば、もうやらないのが救いだった。悪気は本当に無いらしい。
「ホシノ先輩とノノミが、今日はここに行ってって」
「……また何かやらかしたな」
「? まだ何もしてない」
何を言っているかわからないという様に、首をコテンと傾げるシロコを放置して、ホシノに電話を掛ける。今は外回りの時間でカヤツリ以外の3人は外にいるはずだ。ただ、シロコがここにいるという事は帰ってきているはずだった。
『シロコちゃんは来た?』
ホシノはすぐに出たが、何かあったような声色ではない。カヤツリは顔を顰めた。
「来たけど、何をさせるつもりなんだ。あの子に事務仕事はできないだろ。まだ早い」
シロコは、悪い奴では無い事くらいカヤツリにも分かっている。ただ記憶喪失のせいか、一人で過ごしていたせいかは知らないが、随分と子供っぽい。一人で事務仕事をさせるより、まだホシノや十六夜後輩と一緒に外回りした方がシロコの為になるだろう。
ホシノは、後輩向けのふざけた口調で言う。
『いや、おじさんも歳だからさ。振り回されるのに疲れちゃってね。今日はカヤツリに面倒見て貰おうかなって』
「……何考えてるんだ? それだけじゃないだろ」
まさか本当に疲れたからみたいな理由では無い事は明白だ。ホシノは打って変わって真面目な口調で続ける。
『カヤツリも先輩になるんだし、後輩の面倒は見なくちゃダメでしょ。いつも空き教室に引きこもってないでさ』
正論だ。ぐうの音も出ない。確かに後輩たちの面倒は、ホシノに押し付けている。カヤツリとしては、どう接していいか分からないのだ。
物音が気になって、ちらりとシロコを見れば暇を持て余したのか、教室の備品を弄りだしている。壊される前に慌ててそれを止めていると、続きが耳に入る。
『それにさ。カヤツリからもシロコちゃんが何かしたら言ってあげてね。そういうの得意でしょ。私とノノミちゃんはホントに疲れたからさ……。今日は頼むね』
そのまま、電話は切れた。最後の声は疲労が滲み出たような声だった。冗談抜きで疲れているらしい。恐るべきはシロコだろう。ただこの猛獣の面倒を見なければならないのが自分だということに眩暈を覚える。
十六夜後輩よりかは、まだシロコの方が接しやすい。カヤツリは、買い物に行っても、服の良し悪しなど分からない。まだホシノの方が分かっていた。その点シロコなら、分かりやすい方だからだ。
自分と一緒なら、依頼に行くのもいいかもしれない。事務作業などおそらくできないだろうから、戦闘系の依頼だ。ちょうどいい物を探そうとして、カヤツリはまた凍り付いた。
「どうしたの?」
固まるカヤツリにシロコが不思議そうに聞くが、それどころではない。また人影だ。最近は出現の頻度が跳ね上がっている。今では校舎どころか、自宅や外でも出現するようになった。
カヤツリは良さそうな依頼は付箋に書いて、カレンダーに貼っている。そのカレンダーの前に人影は立っていて、一枚の付箋を指さしていた。確かヴァルキューレからの依頼だったはずだ。
「ちょうどいい依頼内容なのが腹立つな……」
近づくと人影は消えた。雰囲気どころか、行動まで先輩らしいのはやめて欲しかった。昔も先輩とホシノの三人で仕分けをしたことを思い出す。今も先輩がいたらどうだったのだろうか。今みたいにちょうどいい依頼を差し出してくれたのだろうか。また古傷が痛み出す。
「泣いてるの?」
「眠くてね。あくびが止まらないだけ」
シロコの疑問に慌てて取り繕う。きっと疲れているだけだ。そうであってほしかった。先輩の幽霊なら自分じゃなくて、ホシノの所に出ればいいのだ。きっと泣いて喜ぶだろう。今はシロコの相手が優先だった。きっとこの依頼はぴったりだ。準備をしながらシロコに声をかける。
「銀行強盗に興味はあるか?」
シロコは目を輝かせて頷いた。
□
バイクを飛ばして学外の依頼場所へ着いた。シロコはバイクに乗っている最中も、何故だか目を輝かせていたため静かだった。おかげで疲労はそれほどでもない。
依頼内容は簡単だ。指定の場所の銀行を襲えばいい。ただ、本当に襲うわけではない。ヴァルキューレが訓練で犯人役を募集していた。結構内容が面白そうだったので、確認だけはしていたのだ。
依頼内容をシロコに説明すると、少し落ち込んだようだった。どうやら思ったようなものではなかったらしい。カヤツリの見立てとしては、計画を立てて、攻略していくのが好きかと思ったのだが、当てが外れたようだ。
「借金が返せると思った」
「そういうのは良くないって、ホシノに怒られただろう。頭ゲヘナなアイツが言えたことでもないんだけどな」
「? でも、銀行強盗は楽しみ」
ふんすと鼻息が荒いシロコを見て、カヤツリは安心した。お気に召したようだ。依頼場所である建物の中に入ると、ヴァルキューレの学生が何人かいた。建物も銀行を模しているのか、受付のフロアが再現されている。学生は二人を見つけると、駆け寄ってきた。
「依頼を受けてくれた方ですか?」
頷くと、流れの説明が始まった。シロコも真剣に話を聞いている。銃と装備は向こうが用意したものを使う。やり方はこちらが決めていい。こちらの勝利条件は、偽の金の強奪。向こうの勝利条件はこちらの捕縛か金の回収。簡単に言えば、金を奪って逃げればこちらの勝ちということだ。
「シロコ。どうするか決めていいぞ」
「ん。頑張る」
準備時間ということで、建物の確認をしているシロコにカヤツリは告げる。
本物の銀行強盗なら、カヤツリがハッキングして終了するが、今回は訓練という名のお遊びだ。失敗が許されている。シロコの好きなようにやればいい。それを聞いたシロコの口から、計画が立て板に水のごとく流れ出す。
内容はシンプル。脅して、金を出させて、逃げる。ただ、監視カメラの位置や逃走経路とタイムスケジュールが綿密に計算されている。さっき建物を見て回っていたのは、これを計算したのだろう。なかなか面白そうだった。そして、互いの役割を話し合っている間に、始まりの時間になった。
「全員手を頭の上に置いて床に伏せろ!!」
「ん。抵抗はしない方がいい」
銀行に入るなり拳銃を上に掲げて発砲する。職員役の生徒がのろのろと床に伏せる。視界の隅ではシロコが警備員役の生徒に発砲していた。二人とも目出し帽と厚手の服という古き良き銀行強盗スタイルだ。
二人で警備員を排除した後、カヤツリは伏せた生徒を銃で脅しながら一ヶ所にまとめ、シロコは残った一人に金庫を開けさせていた。ここまでは順調で5分程度しか経っていない。まだ、ヴァルキューレが来るまで時間はある。ただここで問題が発生した。警報が鳴って、奥から警備ドローンが数体出てくる。
「少し失敗。金庫と警報が連動していたみたい」
「現金を詰めるのを続けてくれ、あれはこっちで何とかする」
シロコは申し訳なさそうに言うが問題ない。ここはキヴォトスの共通言語である暴力で解決すればいい。よくある円盤型ボディのドローンだ。受付の長いソファーを片手で掴んで警備ドローンに向かって投擲する。ソファーはドローンと周囲の壁を巻き込んでスクラップになった。念の為、追加でもう一つ投げる。伏せている生徒から化け物を見るような視線を感じるが、十六夜後輩も同じことが出来るだろう。
「ん。詰め終わった。先輩。案内する」
警報が鳴ったせいで、通路や出口にはシャッターが降りていたが、側に置いてある誘導用のポールで数回殴ると簡単に破れた。そのままシロコの指示に従って逃げるとクリアとなった。結局ヴァルキューレは間に合わず、二人は順調にゴールできたのだ。あまりにも拍子抜けだった。本来ならドローンと奥から追加の警備員役が来る予定だったらしい。ただカヤツリのソファー投擲やシャッター破りを見て怖気づいたようで、終わるまで隠れていたそうだ。そんな彼女たちは、帰り際に上級生に説教されていた。
「で、今日は楽しかったか」
「ん!すごい楽しかった!!」
帰りのバイクで感想を聞くと大満足の返事が返ってきた。報酬は壊したソファーとシャッター、ドローンの分を減額されて雀の涙だが、久しぶりにカヤツリも暴れられたので多少すっきりしたし、シロコも喜んでいる。まあプラスでいいだろう。
上機嫌な二人はアビドス校舎に帰ると、空き教室で外回りを終えたであろう二人が待っていた。二人は上機嫌なシロコを見て目を丸くした。
「あれま。随分ご機嫌だね」
「シロコちゃん。良いことでもあったんですか」
その質問にシロコは嬉しそうに答える。
「カヤツリ先輩と一緒に銀行強盗してきた。楽しかった」
さっきまで微笑ましかった空気が凍り付いた。シロコ以外の二人の視線がカヤツリを射抜く。カヤツリは逃げ出そうとしたが、ホシノに先回りされた。必死の言い訳を考えるが、そもそもホシノには聞く耳がなさそうだ。
「あのさぁ。カヤツリ。面倒を見てとは言ったけど、犯罪してきてとは言ってないんだよね。いくら私でも怒るよ」
「違うから。あくまで訓練であって……」
「銀行強盗の訓練なんてあるわけないでしょ! シロコちゃんにこんなこと教えてどうするのさ! 折角落ち着いてきたところだったのに」
ホシノに詰められているカヤツリの後ろでは、十六夜後輩がシロコに事情聴取していた。
「シロコちゃん。なんて言って誘われたんですか」
「ん。銀行強盗に興味あるかって」
「先輩……」
シロコの証言と共に逃げ道が塞がれていく。シロコの言葉選びが最悪だった。わざとやっているのかと思うほど言葉選びが悪いうえに、全て事実だからたちが悪かった。
「ちょっとこれはダメだね。カヤツリ。久しぶりに二人きりで話そうか」
「あの……。ホシノさん。話を聞いて……」
「うん。だから聞いてあげるよ。いつ終わるか分からないけど」
結局、ホシノの誤解が解けたのは夜遅くになってからだった。もうすぐ桜が咲く季節の日の事だった。