ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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309話 待ち侘びた再開──Explosive Ordnance Disposal

「まだかな……」

 

 

 晴れやかな空の下は、人っ子一人居ない。避難勧告の出たエリアであるからだ。実際、ミサイルも飛んできた。

 

 そして、待ち合わせ場所として作られただろう広場。今までカヤツリが、柴関の大将の待ち合わせに使った場所。そのうちのベンチの一つで、ホシノはその時が来るのを待っていた。

 

 ずっと待ち望んでいたはずなのに、その時が近づいて来ると何だか落ち着かなくなってくる。手持ち無沙汰に辺りを見渡せば、アビドスとは全く違う、白く綺麗な街並みが見える。

 

 

「うへぇ……トリニティか。初めて来たよ」

 

 

 此処はトリニティ。今日、ホシノはアビドスから態々ここまでやって来たのである。

 

 勿論、一人でこっそりと来たわけではない。それに、ホシノが行きたいとワガママを言ったわけでもない。

 

 そんな事をすれば、後輩達にキッチリ絞られてしまう。今回はちゃんと全員に周知済みであるし、全員トリニティにいる。今も、ヒフミの案内でトリニティを楽しんでいる予定だ。

 

 ホシノが今日、ここにいるのは先生が呼んだからなのだ。

 

 

 ──少し、手伝ってくれないかな?

 

 

 そんな文言と共に、先生はとんでもない提案をしてきた。

 

 

「まさか、トリニティと、アリウスだっけ? 内乱をとめるのを手伝ってくれ……なんてね。おじさんも流石に予想外だったよ」

 

 

 エデン条約のアレコレと、トリニティとアリウスの確執。そこに暗躍する大人たち。彼女たちを助ける為に手を貸してほしいと。

 

 ホシノ達としては断るわけもない。先生は対策委員会を助けてくれた。それにヒフミのこともある。最後に、ユメ先輩なら、一も二もなく頷いたはずだ。

 

 そして、作戦の情報を叩き込まれて頭がクラクラしたが。その後日、シャーレの当番で二人になった時。その時の先生の話で、そんなものは吹き飛んだ。

 

 

 ──ホシノ、いいかい。そこで、カヤツリに会うように場を整えるよ。

 

 

 今でも思い出せるくらい嬉しかった。本音を言えば、カヤツリから言ってくれた方が嬉しかったが、贅沢は言っていられない。喜ぶホシノであったが、ふと思ったのだ。

 

 

 ──カヤツリは終わったらって、言ったんだよね? 大丈夫なの?

 

 

 そう、カヤツリは先生にトリニティの騒動が終わったらと話したはず。約束は守っているが、やけに急ぎすぎではないだろうか?

 

 

 ──いや、このタイミングがベストなんだよホシノ。

 

 

 先生は真剣に考えたのか、机からミチミチのスケジュールを出してきた。作戦の流れが細かく書いてあった。

 

 

 ──このタイミングじゃないと、カヤツリとゆっくり話せない。二人きりで話したいよね?

 

 ──そうだけど。でもさ、先生。このスケジュールじゃ、騒動のすぐ後に会うことになるよ? カヤツリ疲れてると思うんだけど……?

 

 ──向こうがホシノみたいなら、いいんだけどね……

 

 

 その時の先生は疲れた目をしていた。胃も抑えていた様に思う。それでも、ホシノへ言うのだ。

 

 

 ──トリニティとアビドスは離れてるよね? シロコやノノミとそうする様に、その日の内にモモトークで連絡を飛ばして待ち合わせ。みたいにはいかない。少なくとも翌日以降になる。

 

 ──うん……

 

 

 その時に、曖昧に返事したのを覚えている。先生が何を言わんとしたか、まだホシノには分からなかったからだ。

 

 

 ──ホシノは対策委員長でしょう? アビドスのトップだよね? 少なくとも、他の人はそう見るんだ。カヤツリ君も、ティーパーティーの一員だよね?

 

 

 一つ一つ、先生はホシノとカヤツリの立場を確認していった。その時の先生はいい顔ではなく、悲しそうな顔だった。

 

 

 ──お互いに立場がある。アビドスとトリニティは規模が違う。そして、この作戦でトリニティはアビドスの事を知る。とても強くて、でも借金に塗れたアビドスのホシノ達の事をね。

 

 

 その時の、あまり良くない空気感を覚えている。だから、ホシノはストレートに聞いた。

 

 

 ──先生は、何を言いたいの?

 

 ──人はね。自分の都合よく物事を見るし、考えるって事だよ。ホシノもこの間に経験したでしょう?

 

 ──うへぇ……それは言わないでよ。

 

 

 短くホシノは呻いた。黒服に騙された事は記憶に新しい。ホシノは、黒服がカイザーの人間だと思っていたし。ホシノが退学すれば全て解決すると思っていた。事実全くそうではなく、ホシノはそう思い込んでいただけだ。

 

 

 ──普通にやったら、二人きりじゃ会えないかもしれない。だって、考えてもご覧よ。アビドスのトップとティーパーティーの人間が直接会うんだよ? 良からぬ話し合いに見えるんだ。

 

 

 先生は、一度言葉を区切る。

 

 

 ──きっと、他の人は思うよ? カヤツリは昔のツテを使って、自分の勢力を増そうとしてるって。

 

 ──そんな事!

 

 

 先生はサラリと、とんでもない事を口にするから。ホシノは声を荒げるも先生は動じなかった。

 

 それを見つつも、先生は眉を残念そうに下げつつ続けたのだ。

 

 

 ──勿論、そんな事は無いと分かってる。ホシノもカヤツリも、アリウスやトリニティの他の首長たちも。でも、下はそうじゃない。何か、変に気を回して余計な事をするかもしれない。本人は善意のつもりでね?

 

 

 そうだ。トリニティはそんな場所だ。あらゆる派閥が混じり合ってできた学園。あらゆる物が零細なアビドスとは違う。

 

 ホシノが言ったことは後輩たちにすぐ伝わるし、間違っていれば修正も簡単だ。なにせ距離が近いから。

 

 でも、トリニティはそうではない。図体が大きすぎるせいで、伝達も修正も容易ではない。命令通りに動いたのか確認も難しい。

 

 約束を取り付けても、思うようにいかないかもしれない。お互いの予定を合わせるのも楽ではない。

 

 だから、先生はドサクサに紛れて。この時間を捻出したのだろう。

 

 ここまで言われて、ホシノはある程度確信した。少し苛立ちもあったが、これは仕方のないことだ。

 

 

「見た目は、羨ましいくらいに綺麗だねぇ。でも、私はアビドスの方が良いよ」

 

 

 先生との話でのトリニティの感想は、こんな物しか出てこない。嘘、疑念、暴力。余りにもユメ先輩の嫌うものが多すぎる。

 

 でも、同じような事をホシノはカヤツリに対してしたのだ。

 

 自分に都合よく考えた。本心を隠すという嘘を吐き、疑念からカヤツリの思いを探り、それに耐えきれずに、言葉を暴力とし自身の憤りを押し付けた。

 

 恥ずかしい事だ。情け無い事だ。思い出すだけで、羞恥と後悔で心が痛む。

 

 そのせいか、久しぶりに会うからと、きちんと座っていたのに。そのままが耐え難くなってくる。

 

 誘惑に耐え切れずにベンチにもたれると、随分と楽になった。風の音が気持ち良い。

 

 

「あ……」

 

 

 風に紛れて、石畳を歩く硬い音がした。ホシノの心が跳ねる。

 

 ここにやってくる人は一人しかいない。飛び起きて前を見れば、懐かしいようで初めて見るカヤツリがそこにいた。

 

 

「ホシノ。久しぶり。随分と変わったな」

 

「え? あー……そうだね。カヤツリも久しぶり」

 

 

 一瞬面食らうも、当たり前だ。カヤツリはまだ髪の短い、ポニーテールのホシノしか知らないから。銀行強盗の時も覆面越しだ。

 

 

「座っても?」

 

 

 カヤツリがベンチに目をやる。急いでホシノは端に寄ってスペースを空ける。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 カヤツリが隣に座って大きく息を吐く。それだけで、ホシノは緊張して来た。

 

 近い。前までは平気だった距離だ。むしろもっと近い事すらあった。それなのに今はおかしい。

 

 

「「あの」」

 

 

 カヤツリと言葉が被り、お互いに黙り込む。ホシノは、さっき迄組み立てていた言葉は何処かに行ってしまう。

 

 

「まず……ありがとね。会ってくれて」

 

 

 そうともなれば、出てくる言葉は本心の言葉だ。ホシノはまずは感謝するべきだった。普通に会って話すだけでも難しい。それだけの事をホシノはした。それなのに、カヤツリは来てくれたのだ。今だって、黙って隣で話を聞いてくれている。

 

 

「それと……ごめんなさい。今日は、このために来てもらったんだ」

 

 

 隣を向いて、ホシノは頭を下げる。本当はこんな短い言葉では駄目なのだろう。けれど、無駄に言葉を重ねるのも意味がブレて嫌だった。

 

 視界から消えたカヤツリからは、特に何も感じなかった。ただ一つ、短い言葉が聞こえる。

 

 

「……それは、あの夜の事か。俺に怒ったことだな」

 

「そうだよ。私は悪い事をしたんだよ……今更だとは思うけど、ごめんなさい……」

 

 

 長い、長い溜息が聞こえた。それは怒りでも、呆れでもなく、何かカヤツリの中のものを吐き出しているような気がした。

 

 

「顔を上げてくれ……どうして。どうして、俺に怒ったんだ? 俺がそうされる自覚も、理由もある。それは真っ当な理由で、ホシノが許す理由もない。何を悪いと思ったんだ?」

 

 

 しかめ面のカヤツリの言葉には、色々と物申したい箇所があった。けれど、ホシノはまず質問に答える事を優先する。

 

 

「私はね。自分の事しか考えてなかった。ユメ先輩が居なくなったのは悲しかったし、今でも辛いよ。でも、シロコちゃんやノノミちゃんが来て、カヤツリが居てくれたんだ。それで十分だったのに……」

 

 

 ユメ先輩の事は悲しい事だ。今でも夢に見るし、思い出すだけで胸が苦しくなる。でも、そればっかりでは無かった。

 

 

「私はね。嫌だったんだ。カヤツリには、私だけのことを考えて欲しかった。カヤツリは私に良くしてくれたから、それが嬉しくて、心地が良くて、それが当然だって心のどこかで思ってた。そうしてくれないカヤツリが悪いとすら思ってた。私が居るのが一番なんだって、根拠もなくそう思ってた」

 

 

 ホシノはくしゃくしゃになっていた。あまりにもおぞましい。なんて汚くて、厚かましいのだろう。カヤツリは何も言っていない。ホシノが勝手にそう思っていただけだ。思い込んで、そうしたのだ。

 

 

「だから、隠し事に怒ったんだ。私に話してくれなくて、私のため以外に動いてる。それに腹が立ったと思ってたけど、ホントは違うんだ。私は怖かったんだよ……」

 

 

 ホシノは弱かった。とても弱かった。思い込みであることに気づいていて、それでも、そうではない筈と信じ込んだ。その妄想に何の根拠もないし、そのための努力など欠片もしていないのに。

 

 

「だって居心地が良かった。カヤツリは優しくしてくれるし、後輩が出来た。ユメ先輩はいないけど、幸せがそこにあった。それを私は守りたかった。いや、浸っていたかったんだ。それが、誰がどうやって維持しているか。してくれていたかなんて、考えもしなかった。ましてや報いようなんて、少しも。ずっとこの日々が続くって、根拠なく思ってた」

 

 

 愚かだ。本当に愚か者だ。辛いのはホシノだけでは無かった。カヤツリだって、きっと辛かったはずだ。それをホシノにはひた隠しにした。だって、そうだろう? ボロボロの仲間に、そんな姿を見せる人間が何処に居るというのだろう? 今のホシノなら、カヤツリと同じ選択をした。

 

 

「だから、あの夜に聞いたの。きっと謝ってくれるって、私の為って、そう言ってくれると思ってた。きっと謝ってくれて、いつも通りに戻るって。でも、そうじゃなかった。ユメ先輩とアビドスの為だった。想像したのと違う答えに、もう戻らない今までに、私はおかしくなった」

 

 

 根拠なく抱いていた妄想。それが壊れそうになって、ホシノはパニックになった。その結果は言うまでもない。その理由は、先生が語った通りだ。ホシノは、ホシノの都合の良いように物事を解釈した。

 

 

「……だからね。カヤツリは悪くないんだ。私が勝手に怒って、八つ当たりしたんだ。都合の良いように居てくれないからって、そんなあんまりな理由で私は追い出したんだよ。二度と顔も見たくないなんて、そんなあり得ない事を……それに、今の今まで謝りもしなかった。私は悪くないなんて言い聞かせてたんだ」

 

 

 ホシノは、ブルリと身震いした。あんまりにもあんまりだ。でも、言わなければならない事だった。カヤツリの返事を待つが、返ってきたのは質問だった。

 

 

「俺の話も、聞いてくれるか」

 

 

 何だろうと思いつつも、ホシノが頷けば、カヤツリが口を開いた。

 

 

「俺も、ホシノに謝らなきゃならない事がある。あの夜の事だ」

 

 

 カヤツリが何を言わんとしているのか、ホシノには分からない。あの夜悪いのはホシノだけのはずだった。カヤツリが、隠れて何をしていたのかは全て知っている。あれは、アビドスの為、ユメ先輩の願いの為だった。ホシノの様な、私利私欲に塗れた理由ではない。

 

 

「俺は、色々ホシノに隠してた。それは、ユメ先輩に口止めされてたからだ」

 

 

 知っている。苦しそうにカヤツリがあの夜に吐き出したからだ。それはしっかりとした理由だった。

 

 

「でも、ユメ先輩は居ない。俺がそうする理由はない。隠されていた理由は、ホシノへのサプライズだったからだ」

 

「でも、言ってくれてたとしても。私は……」

 

 

 正しい。カヤツリの言った事は正しい。でも、あの時のホシノにそう言ったところで、ホシノは受け止められただろうか。きっと無理だっただろう。

 

 

「……そうだな。ホシノは怒っただろう。でも、こうなったのはなんでだと思う? 俺がアビドスから出て行った所為だと思わないか?」

 

「そんなのおかしい! だって、私はあんなことを言ったんだよ!? 出て行くのは当たり前じゃない!?」

 

 

 ホシノは思い切り怒鳴ってしまった。そんなまるで、カヤツリが悪いみたいな言い方は我慢できない。ホシノがそう言っても、カヤツリは小さいままだ。

 

 

「なら、直ぐに出て行ったはずだ。怒りに任せてな。それでも、俺は何日か残ってた。未練があったんだ。なら、ホシノの所まで行けばいい。それなのに、俺はしなかった。何でかって言えば、後ろめたかったんだ。逃げたんだよ。俺は」

 

 

 カヤツリは、ホシノの方を見もしない。宙を見て、ぶつぶつと何ともなしに話している。

 

 

「俺は……俺は、言わなかった。言わなかったのは、怖かったからだ。拒絶されたくなかった」

 

「どうして? ちゃんとした理由でしょ?」

 

 

 その時、カヤツリがホシノの方を見た。目が動揺したように震えている。

 

 

「なら、言えたはずだろう。あの夜だって、落ち着いていられたはずだ。そうできなかったのは、理由があったんだよ」

 

 

 カヤツリの顔は酷かった。苦々しい顔をし過ぎて、皺が寄っていた。

 

 

「優越感だ。優越感があった」

 

 

 カヤツリが絞り出したのは、一つの単語だった。言いたくないモノを、無理やり引っ張り出している。たどたどしく、カヤツリは続きを話した。

 

 

「ホシノが頼ってくるのが嬉しかった。俺無しで居られないのが愉快だった。守っていると安心だった。全部じゃない。それだけじゃない。だけど、そんな気持ちは確かにあったんだ。だって、そうでもなければユメ先輩の為、なんて言い訳はいらない。そうしないといけないくらいには思ってた。そうやって隠して、言い聞かせてたってことだ」

 

 

 それがドロドロした感情だったのが、嫌でも分かる。それをカヤツリ自身、苦々しく思って言るのも。

 

 

「それをあの夜、ホシノに言い当てられた気がした。ホシノの事なんてどうでもいいって。確かにそうかもしれない。俺は、そう出来るなら。誰かを思い通りに出来るなら、誰でもよかったんじゃないのか? ホシノじゃなくても、ユメ先輩じゃなくても、誰だって……」

 

 

 カヤツリの声は、どんどん小さくなっていく。

 

 

「そのくせ、誰彼構わず。ユメ先輩やホシノの影を見る。忘れられないし、ほっとけもしない。そのくせ、自分は勝手な思い込みで見られたくなかった。他の人やホシノにはそうしたのに……ごめん。それで、逃げたんだ。ホシノに向き合えなかった。先生に言われてようやく。いや、色々な人間に言われてようやくだ。ようやく腹が決まった」

 

 

 ふう、とまた息を吐いて。カヤツリはホシノを見た。もう、瞳は揺れていなかった。

 

 

「ごめんなさい……俺はちゃんと言うべきだったし、向き合うべきだった」

 

 

 少しの沈黙の後、ホシノは静かに言った。

 

 

「……いいよ。私も悪かったんだ。これ以上は言わない。カヤツリは、どうなの?」

 

「いい。お互い様だ……」

 

 

 ホシノは頷いて決着とした。カヤツリが良いならいいし、ホシノもいい。これ以上は堂々巡りになる。それに、カヤツリはすっきりした顔をしている。ホシノもそんな気がした。肩が軽い。

 

 

「……じゃあさ。カヤツリは、アビドスに戻って来てくれたりする? 仕事部屋も残してあるし、シロコちゃんやノノミちゃんも会いたがってる。それに、新入生も来たんだよ」

 

「ごめん……無理だ」

 

 

 カヤツリの返事に、ホシノは怒らない。ただ、静かに笑うだけだ。

 

 

「そうだよね。カヤツリは、そう言う人だもん。責任は投げ捨てられないよね」

 

 

 でも、唯では転ばない。必勝の策がホシノにはあった。

 

 

「ならさ、時々でいいんだ。時間を合わせて会えたりは出来るかな」

 

「週……二、三日」

 

「そんなに?」

 

 

 かなりの日数が捻り出されて、ホシノは目を丸くするが、カヤツリは本気のようだった。

 

 

「いい。そのくらい何とかしてやる。邪魔するヤツも何とかするさ」

 

 

 そう言って、ズルズルとカヤツリはベンチに凭れていた。やっぱり、表情が明るかった。

 

 

「それで? アビドスはどうなんだ? 銀行強盗はあれっきりだろうな」

 

「ああ、やっぱり分かってたんだ?」

 

「どうせ、シロコがそうしようって言ったんだろう。後で、色々聞かなきゃな」

 

「多分、銀行強盗計画に付き合わされると思うけど……そもそも、シロコちゃんがああなったの、カヤツリの所為じゃなかったっけ?」

 

「どうだったかな……」

 

 

 久しぶりの軽快な会話に、ホシノは笑顔がこぼれた。ああ、やっぱりこれは良い物だ。カヤツリもそう思ってくれている。口の端が少しだけ吊り上がっている。

 

 

「ねぇ、私さ。少し眠いんだ。カヤツリもそうでしょ? ずっと忙しかったもんね?」

 

「何企んでる?」

 

「嫌だなぁ、カヤツリ。忘れちゃった? 前はしてくれたじゃない。お昼寝だよ」

 

 

 そう、前はしてくれていた。一緒の昼寝である。ホシノが両手を広げると、カヤツリは仕方なさそうに真似をした。抱き着いて、ごろりとベンチに寝転がる。勿論カヤツリが下だった。

 

 

「前より、固くなったね」

 

「そっちこそ、少し背が伸びたんじゃないのか」

 

 

 カヤツリの肩越しに囁けば、同じように囁きが聞こえる。吐息がくすぐったくて、クスクス笑う。そんな感じで、アビドスや、後輩たちの事を話すとあっという間に時が過ぎた。

 

 

「でね。カヤツリ……寝ちゃったの?」

 

 

 途中から頷きだけだった理由が判明した。すうすうと寝息が聞こえる。身体を起こして顔を見れば、アビドスの時は目立っていた眉間の皺が取れていた。

 

 

「良かったよ……ちょっとは楽になれたんだね」

 

 

 カヤツリが、ホシノと同じように傷ついていたことは知っている。隠した理由だってああは言ったが、それだけじゃない事を知っている。それでも、ユメ先輩の事を少しは下ろせたのが嬉しかった。ホシノではできなかったことは残念ではあるが、カヤツリが楽なのが一番である。

 

 カヤツリは潔癖だから、優越感を汚いと思っているようだ。でも、ホシノは別に良い。ちょっとだけ嬉しい自分がいたし、そうしたくない程に大事だったのだろう。きっと、ユメ先輩と同じくらいには。

 

 だから、昔は選べなかったのだと今は思える。今はきっと、そうして良い理由を探しているのだ。誰かを好きで良い理由をずっと探している。

 

 

「守っていると安心する。そうだよね。分かるよ。言えば巻き込んじゃうもんね?」

 

 

 それは、怖いから。ホシノと同じようにユメ先輩の事があるから。ホシノと同じように大切な誰かを失うのが、怖くてたまらない。

 

 それを、カヤツリが何故そうしたのか。後輩たちを一人で守らなくてはならなくなった。その瞬間から、カヤツリが思って悩み、苦しんだものをホシノは経験した。シロコたち後輩の面倒を見る中で何度も思い、勝手に判断して行動し、カヤツリと同じように失敗しかけた。その上ホシノが何とかなったのは、先生と後輩たちのお陰にすぎない。

 

 そして、カヤツリに対して、ホシノはそうしなかった。今なら、カヤツリの気持ちが痛いほどに分かる。そして、ホシノがどうするべきかも。

 

 待とう。強くなろう。選ばれても恥ずかしくない様に、怒らなくてもいいように。カヤツリが安心できるように。

 

 もう一度カヤツリを抱きしめる。カヤツリとホシノの心臓が、一緒にトクトク鳴っている。ジンワリと暖かくて、幸せな気持ちが全身に広がっていく。

 

 

「やっぱり、一緒が良いよ。さっき言ったことは嘘じゃないんだ。まだ、そうしてほしいって思ってる。そうはいかないだろうけどね」

 

 

 やっぱり、好きなのだろう。抱きしめるだけで幸せだ。首筋に顔を埋めると、カヤツリに包まれている気分になる。すりすりと頭をこすりつけているうちに、何かが鼻についた。

 

 

「チッ、臭い……」

 

 

 カヤツリの匂いではない。他の匂いだ。しかも、二種類。一つは微かな花の様な匂い。高そうな香水の匂い。もう一つは、体臭だ。カヤツリのとは似てもつかない。

 

 ザワザワと心が苛立ち始める。匂いがつくという事は、抱き着いたか。長時間傍に居たという事だ。しかも複数人。あの、ブラックマーケットの人影だろうか。

 

 嫌な気分になって、カヤツリから顔を背ける。すると、ホシノたちに注がれる視線に気がついた。

 

 

 ──一の、二の、三。飛んで四、五……いや、もっと……

 

 

 こっそりとベンチの隙間から確認すると、居た。

 

 キツネ耳の小柄な少女に、傍には桃色の髪の少女。木陰からこちらを無表情で見ている。目に色々感情が乗っている。

 

 もう一人も同じように物陰から見ている。これまた桃色髪でグラマラスだ。どことなく呆然としている。そして、傍には小柄で顔を真っ赤にして両手と頭の羽で隠した生徒がいる。

 

 最後は、ホシノが見たことある人間だ。ブラックマーケットで見た人間。頬を膨らませてこちらを見ていて、帽子の生徒が混乱したように引きずられている。

 

 なるほど、なるほど、なるほど? これが、カヤツリを狙う生徒たちらしい。ホシノを警戒や苛立ちの含んだ目で見ている。

 

 

 ──思ったよりイラつかないね……

 

 

 なぜか、ホシノはイラつかなかった。よくよく考えて、観察すればそれが分かった。

 

 全員、ホシノとユメ先輩の面影を感じる。それにアリウスの境遇も聞けば、なるほどと思う事もある。

 

 それに焦りが、全員から見えた。その理由は簡単だ。カヤツリは、今はトリニティに居る。でも、それはもう一年もないのだ。卒業したらどうするのか、それは聞いていないから分からない。でも、アビドスには寄ってくれそうな気がする。

 

 ホシノは焦らない。怖くない。あれだけしてしまったホシノを、カヤツリは許してくれた。秘密を話してくれた。大切に思ってくれていた。それだけで嬉しいし、十分だった。

 

 なら、焦る必要はない。ゆっくりと進めればいい。カヤツリの傷。ユメ先輩の傷を一緒に癒していけばいい。そして、一緒に立てるように成ればいい。ホシノは、そうしたかった。

 

 ホシノ自身の傷も癒して、カヤツリと向き合いたくなった。そうしないとカヤツリとは真剣に向き合えない気がするのだ。

 

 それを自覚したおかげか、胸の燃え盛る炎が小さくなっていく。今は、こうして一緒にお昼寝をすることが最優先だった。

 

 カヤツリに抱き着いて、首筋に顔を埋めて、ホシノは覗き魔へ分かりやすく笑ってから眠りについた。

 

 覗き魔たちの反応は気にもならない。気になるのは、カヤツリとの昼寝。その夢見だけだった。




次回、修羅場。
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