ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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310話 My Fear Lady

「今回はありがとうございました。対策委員会の小鳥遊ホシノさん」

 

 

 呼びつけた部屋。その席に着いたナギサの言葉に、向かいに座ったホシノが緩い表情のまま手を振った。

 

 

「いいよ。ヒフミちゃんや先生に頼まれたのもあるし、おじさんたちも前に手助けしてもらったからね」

 

「お互い様と?」

 

「そう、持ちつ持たれつで行こうよ。週に何度か来てくれるカヤツリのこともあるしね?」

 

 

 ホシノは、ナギサに向かっていきなり切りつけて来た。そのせいで、ナギサとホシノがいる部屋の空気が張り詰めてくる。

 

 その原因は明白だ。原因の四つのうち、二つはナギサの両隣から放たれていた。

 

 セイアは無表情でホシノを見つめているし、ミカは行儀悪く肘をついて、ホシノを品定めしている。

 

 あと二つは、表面上はそうでもない。斜め前方のアツコはニコニコしながら眺めていて、その反対のハナコも同様に微笑んでいる。二人の内心は全くの真逆であることは明白だった。

 

 四角形に並べられた机。その三辺から、強い感情を叩きつけられているホシノではあるが、全く堪えた様子が無い。それどころか飄々としているのが恐ろしい。

 

 

「カヤツリさんの事。それは、アビドスへの出張の事ですか?」

 

「出張?」

 

「ええ、出張です。出張であれば、スケジュールを立てねばなりません。そうでしょう?」

 

 

 言いたくもない言葉を吐いて、ナギサは内心嫌になる。暴走状態では出来たことが、今ではやりにくくて仕方ない。

 

 本当に勘弁してほしい。出張と言った瞬間に、ホシノがスッと目を細めたのを見て、ナギサは紅茶が飲みたくてたまらなくなった。

 

 ナギサとて、好きでこんなことをしているわけでは無い。態々、助けてくれるという決断をしたアビドス。その首長をトリニティとアリウスの中に引きだすなんて。

 

 助けてくれたお礼を言いたいと言って引きずり出したが、四人の所為で雲行きが怪しい。何度も、ナギサだけで、話を進めるまで何もするなと言ったのに。こうなってしまっては苛めと変わりない。

 

 ハタから見れば完全にナギサの勝手で、ホシノを振り回す行為である。ただ、必要なことだからやるしかない。

 

 

「前提として、カヤツリさんは予定が立て込んでいるのです」

 

「まず、私の補佐だ。私が休んでいたからね。その分の仕事が溜まっている」

 

「セイアさん!?」

 

 

 ナギサの台詞を乗っ取って、セイアが口を挟んできた。ナギサの胃が、シクシク痛み始めてきた。この次どうなるかなんて、想像するに容易い。

 

 

「次にぃ……カヤツリ君は、私とアリウスの支援に行くことになってるんだ」

 

 

 ミカが笑いながら、そんな事を言う。あんまりにも予想通りの展開に、ナギサは全てを放り投げたくなった。

 

 

「だから忙しくて。すぐには無理だと思うなぁ」

 

「ミカさん……!」

 

 

 今すぐ二人にロールケーキを叩きこんでやりたい。淑女にあるまじき行為だ。アリウスのアツコの方が、まだわきまえている。

 

 気持ちは分かるが、やめてほしい。カヤツリは忙しいから、アビドスに行く暇は無いよとでも言いたいのだろうが。まるで意味のない行為だ。

 

 普段なら、こうはならない。でも、セイアとミカの二人は思いもかけずに見せつけられた光景のせいで脳が破壊されている。完全に嫉妬のエンジンが唸っていた。脳に優しい物でも与えるべきだったかもしれない。

 

 二人とも普段は噛み合いが悪いくせして、こういう時に息が合うのは何だというのか。

 

 現実逃避も込めて、ナギサは物事を整理する事にした。

 

 そもそもの事の起こりは単純だった。エデン条約調印式の全てが恙無く終わった後。

 

 何度も協議を重ね、綿密に計画された作戦は、終わってみれば呆気ないものだった。掛けた時間に比例せず、昼過ぎには全てが終わっていた。

 

 そこで、セイアが言い出したのだ。

 

 

 ──カヤツリはどこだい?

 

 

 ナギサは調印式に参加していたから別行動で知る由もなく、一番知っていなければならないのは、ミカの筈だった。でも、ミカは言うのだ。

 

 

 ──いや、アツコちゃんを救護室まで運びに行ったんだよ。だから、途中で別れたの。

 

 

 そうなら、アツコに聞けばいい。最悪、先を越されているかもしれない。その可能性にミカもセイアも気づいたのか、途端に慌てだした。仕事をナギサに押し付けて、二人で行動しだしたのだ。

 

 ナギサが直接見聞きしたのはここまでだ。後は四人からの伝聞になる。

 

 

 ──私も知らないよ? 起きてなかった事を残念に思ってたくらいなのに。

 

 

 救護室での、アリウススクワッドに囲まれたアツコの言葉はこうだったらしい。

 

 だとすると、残る容疑者は一人だけ。ハナコである。あの頭脳を使って、抜け駆けしようと言うのだろう。そんな考えに三人は至ったらしい。手近なサオリを連れて、捜索に入った。

 

 スクワッドの他の二人は呆れたに違いない。ミネの足止めをすると言って、付いていかないのがその証拠だ。

 

 

 ──いや、知りませんけど……

 

 

 二人から四人に膨れた捜索隊は、コハルといたハナコの答えに頭を悩ませる事になる。ここで、どん詰まりかと思われた捜索は、サオリとコハルのお陰で怒涛の進展を見せたという。

 

 二人は、セイアやミカ、アツコとハナコを余所に、補習授業部でのアズサについて話していたらしい。正確には、コハルが質問責めにされていたのだろうが。

 

 

 ──そういえば、アズサを知らないか?

 

 ──え? アズサ? 確か、ヒフミと一緒に、先生に着いて行ったけど……

 

 ──着いて行った? どこへだ?

 

 ──えっと……確か、ヒフミが知り合いに紹介するって言って……そう、アビドスだったかな……先生が、その人たちのいる場所を知ってるって……

 

 

 アビドス。その単語が聞こえた瞬間。ハナコは焦り始めたのだという。四人から六人に増えた捜索隊は、ヒフミを探して行動を開始した。

 

 

 ──カヤツリさんですか? いや、見てないです。

 

 ──私たちも知りませんねぇ……

 

 ──ん。知らない……

 

 

 ヒフミとアズサはすぐに見つかる。モモトークで場所を聞けばすぐだろう。だが、答えは期待したものでも無い。そして、アビドスの四人の生徒たちもそうだった。驚くべき事に、ここでハナコは場所の見当を付けた。

 

 

 ──分かりました。あそこですね。

 

 

 そう言って、捜索隊が向かった場所にカヤツリはいた。ベンチでぐっすりと眠っていたらしい。それだけなら良かったが、今こうなっている以上、そんな訳はない。

 

 もう一人居た。もう一人である小鳥遊ホシノは、カヤツリと一緒にベンチで微睡んでいた。

 

 それも、抱き着きながら首筋に顔を潜り込ませて、薄く笑ったのだと言う。

 

 完全に挑発であった。頭に血が上った二人は怒髪天。引き剥がそうと迫った。そこで、見てしまった。

 

 それはカヤツリの寝顔だ。一度も見たことはないそれを見た。

 

 それがショックだったと四人は言う。

 

 

 ──有罪(ギルティ)! 没収(コンフィスケイション)! 死刑(デス・ペナルティ)

 

 

 ホシノとカヤツリの状況を、インモラルと判断したコハルが騒ぎ出すまで、四人はピクリとも動けなかったらしい。

 

 騒ぎを聞きつけたのか。先生がやって来てカヤツリを連れて行ってから、四人は酷いものだった。しかめ面のアツコなどはまだいい方で、セイアとミカは紙のように真っ白に。特にハナコは塵に帰りそうな程に存在感が失せていた。一番ハナコの被害が大きい理由は何となく分かっている。

 

 少なくとも四人が再起不能のままでは困る。後始末のためにナギサが動きだした結果がこれである。穏便に済ませようとしたナギサの想定からは大きく外れていた。

 

 

「あー……おじさんが勝手に言ってるだけだと思ってるんだ?」

 

 

 ホシノは余裕たっぷりに笑っている。ナギサは嫌な予感がした。さっきのアビドスにカヤツリが行くと言う発言。ナギサの予感は当たっていたらしい。

 

 だが、二人はそうではないのだ。地雷原へと足を踏み入れてしまう。

 

 

「何を言うんだ。普通に考えて、カヤツリがアビドスへ行く暇は無い。週二、三回? 君は何も知らないで、カヤツリに無理を……」

 

「言ってないよ? おじさんからは言ってない」

 

 

 そう言われたセイアは、眉をひそめた。自分がいつもやっている事をされて、不機嫌になっている。

 

 

「……カヤツリ君が、言ったの?」

 

「うん。そうだよ?」

 

 

 ミカがボディーブローを食らったかのごとく呻いて動かなくなった。セイアはまだ認めずに足掻いている。

 

 

「君がワガママを言ったんだろう。だから、カヤツリは──」

 

「ううん。カヤツリから言ってくれたんだよ。おじさんからはワガママを言って強請らないよ。その必要も無いんだ。君とは違って」

 

 

 君とは違って。痛烈なカウンターがセイアに突き刺さる。

 

 ホシノの口論は上手くない。ただ事実を並べているだけだ。しかし、その事実が強過ぎた。そのせいで、二人は満身創痍になっている。

 

 多分、ホシノは怒っている。初めからではなく、途中から。ナギサの言葉をセイアが奪った辺りからだ。

 

 一番の懸念要素たるハナコを、ナギサはちらりと確認する。微笑んでいるが、さっきからピクリとも動かない。まだ、脳破壊の衝撃から復帰できていない。それにナギサは安心する。

 

 

「私は、色々とプレゼントしてもらったけど? アリウスの復興も手伝ってくれるって」

 

 

 アツコの参戦に、ナギサの視界が一瞬揺れた。信じられない目で見ると、アツコは微笑みながら追撃を放つ。

 

 

「勿論、デートもしたよ? 一日中」

 

「……頼んで、でしょ? カヤツリからは言わなかった。私と違ってね」

 

 

 追撃はホシノには効いていなかった。追撃されたのはアツコの方で、唇がへの字になった。

 

 目まぐるしく変わる戦況に、ナギサの頭が悲鳴を上げる。どうにかして、軌道修正しなければならないのに。元凶の二人は伸びているのが救えない。まだ幸運なのは、アツコとホシノが言いあいに終始していることだ。

 

 内容はまだ可愛い。私はカヤツリにああしてもらった。いや、私はこうしてもらった。子供の喧嘩だ。まだ、その程度に収まっている。だから、これ以上悪化する前に──

 

 

「私は一緒に暮らしましたよ?」

 

 

 ナギサの胃が捻じれた。みれば、再起動したハナコが何かを話している。ホシノは眉をひそめながらも、反撃する。

 

 

「でも、寝顔は見てないと思うな。カヤツリは君の前じゃ安心しないだろうから」

 

「じゃあ、あなたはどうなんですか?」

 

 

 終わった。今は聞こえて欲しくなかった言葉を聞いて、ナギサの腹が更に捻じれるように痛んだ。

 

 

「随分と、自身を上等の様に言っていますけど。あなたはどうなんですか? 結局は我儘を言って、あの人を困らせているんじゃないですか? あの人の気持ちも知らないで」

 

 

 ハナコが、ホシノに向かって悪態をついている。脳破壊の影響か、随分と悪態の火力が高い。二人と同様に嫉妬のエンジンが全開だ。それも、二人とは違って、理性が飛んでいる恐れがある。ナギサがこの前言った悪い癖が完全に出ていた。

 

 ハナコが言っているのは、ホシノとカヤツリの間のいざこざの事だ。ただ、ぼかして言う事で、ホシノに刺さる様に言っていた。ハナコがいざこざの内容は知らなくとも、こう言えばホシノが喋ってくれる。ハナコはそれに対して嫌味を言うだけでいい。トリニティでは言い負かせばそれで片が付くが故の戦法だった。

 

 ただ、ここはトリニティではあるが。相手はトリニティではない。相手はカヤツリの居たアビドスの人間だ。トリニティの戦法は通じない。

 

 

「…………その台詞。そっくりそのまま返すよ。自分を棚上げして、安全な所から刺そうとする。それより私はまだ、まともなつもり。それにさ、そもそも君は、どうしてここに居るの?」

 

 

 ハナコの顔が真っ青になった。そう、ハナコの悪い癖。まず、なめてかかるところだ。自分より下だとなめてかかる。無意識にトリニティの常識を持ち込む。自身の信じるそれが世界の常識だと思い込む。

 

 要するに舐めているのだ。幾ら言っても反撃されないと舐めている。今までそうだったから、相手にされなかったから。だから、平気だと。それを完全にホシノに見透かされている。

 

 

「アリウスの人や、ティーパーティの人は分かるよ? 首長だし、カヤツリに関係あるからね。私を呼び出したのも分かる。だけど、君は何? 補習授業部の部長はヒフミちゃんだよね? どういう立場で、君はここに居るの?」

 

 

 ハナコは言い返せない。それも当然である。だって、言われたとおりだからだ。ナギサは一応、居る理由としての隠し玉を用意してあるし、もしセイアが火をつけなければ、ちゃんと切り出すつもりでいた。

 

 しかし、そうはなっていない。ハナコにも伝えてあるが、そこまで頭が回っていない。何か強いエネルギーの様なものが、ホシノから立ち上っていた。

 

 

「そんな立場でさ。どうして、カヤツリと私の間の事に口を出すの? それも、カヤツリの仕事の事じゃない。アリウスの人や、ティーパーティの人は仕事の話なのに。これは君の感想だよね? 君の鬱憤を吐き出しただけだよ。それで気持ちいいのは君だけだよね? どうせカヤツリにも同じことしたんでしょ? 何を言ってるかも理解しないでさ」

 

 

 ホシノはキレていた。一人称が、おじさんではなくなっている。そして、恐ろしい気配が勢いを増した。

 

 

「カヤツリは優しいからね。そんな強くは言わないのかも。でも、私はカヤツリじゃない。私は、昔の私みたいなのは好きじゃないんだ」

 

「申し訳ありませんでした!」

 

 

 これ以上は収拾がつかなくなる。ナギサはそう判断して大声で叫んだ。大声で叫んだおかげで、一旦は視線がナギサへ集中した。

 

 

「呼びつけて置いて、申し訳ありません。本来なら、こんなことを話すためではありませんでした。ただ、今は謝罪を」

 

「……いいよ。おじさんから吹っかけたし、嫌なことを思い出して、理不尽に怒っちゃったから。さっきも言ったとおりに、お互い様だよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 何とか、ホシノは矛を収めてくれた。茫然としていたハナコも、ようやく我を取り戻して、ホシノに謝る。

 

 ハナコは、まだ心もとない様子だ。それは当然だと思う。恐らく、初めてだろうから。

 

 何がかと言えば、失敗だ。失敗らしい失敗を、ハナコは初めてしたのだろう。自身の立場をわきまえず、いつもの調子で、いつものトリニティの論法で詰った。

 

 トリニティならそれで終わる。口で言い返せないのは負けを意味する。その場で暴力で返せば負けと同義だ。

 

 しかし、アビドスではおそらく違う。ホシノのアレは、恐ろしかった。直接向けられないナギサですら身震いした。直接向けられたハナコはどうだっただろう。

 

 

「ハナコちゃんだっけ? 怒ってたとはいえ、自分の論理と理屈だけで話すのは止めた方が良いよ。トリニティでは良いのかもしれないけど、他じゃ違うからさ。あと、そうやって怒りのままに話すと、取り返せない失敗するよ?」

 

「はい……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい……」

 

「いいよ。次からは止めてね。もう言わないからさ」

 

 

 答えは目の前にあった。ハナコは萎れて小さくなっていた。そんなハナコに、ホシノは告げる。

 

 

「それで、どうして君はここに居るの? まさか、カヤツリが好きだからって言う理由だけじゃないよね?」

 

「……私が、アリウスで勉強を教えに行くからです」

 

「勉強?」

 

 

 よく分からない顔をするホシノに、ナギサは注釈を入れる。

 

 

「アリウスは何もありません。生徒たちも何も知らない。誰か教師役が必要です。ですが、先生はずっとは張り付けない。ともなれば、トリニティから講師役を出さねばなりません」

 

 

 順当に考えれば当然の話だ。アリウススクワッドやアズサも多少は教えられるだろうが、不安が残る。そこで白羽の矢が立ったのが、ハナコだった。

 

 

「ハナコさんは適任でした。元アリウスであるアズサさんを、あそこまで押し上げた実績があります。アリウスに対する偏見もない。まさにぴったりの逸材です」

 

「だから、ここに居るの?」

 

「はい。ここにホシノさん。あなたを呼んだのは、カヤツリさんのスケジュールを話し合うためです」

 

 

 そう言われたホシノは目を丸くしている。続けざまにナギサは畳みかけた。

 

 

「カヤツリさんは本気で、二・三日を空けるつもりです。しかし、アリウスの仕事もあります。アツコさんやミカさん、ハナコさんの手伝い。それに、本来の業務であるセイアさんの補佐も。最初にセイアさんが言ったとおりに無理があります。カヤツリさんですから、出来はするでしょうが……」

 

「まぁ、倒れるかな」

 

「その通りです。今回は、その配分を話し合いたいのです。勿論、色恋の部分で譲れない所もあるでしょうから、この場を用意しました」

 

「分かったよ」

 

 

 静かにホシノが頷いたことに、ナギサは心底安堵した。安堵して、元凶の二人を叩き起こす。ようやく、望んだ流れが舞い戻ってきた。

 

 

「まず、一週間の内訳だが。三日は取り過ぎではないか?」

 

「アビドスは砂嵐があるんだよ? 荒れてる日は帰れない。そのための三日だと思うな。一日が往復の時間で、一日が稼働日。残りが予備日。そうでないなら、その余分の一日を休みにするんだろうね」

 

「む……」

 

 

 勢いよく突っ込んだセイアはしかめ面になる。ミカに視線をやるも、ミカは無慈悲に首を振る。

 

 

「ダメだよ。セイアちゃん。アリウスは三日は欲しいよ。アツコちゃんに、私に、ハナコちゃん。それぞれ一日はつけないと」

 

「私が一日しかないじゃないか!」

 

 

 セイアは不満一杯に叫ぶ。確かにそうかもしれない。アリウス組は、何だかんだ一緒に動くこともある。しかし、セイアはそうも行かない。

 

 

「大体、私はカヤツリと、キ……接吻までしたんだ!」

 

「……そんなこと言ったら、私は黒服って人にあいさつしたよ!」

 

「いい加減にしなさい! 二人とも!」

 

 

 もう我慢の限界だ。ナギサは本気で怒鳴る。

 

 

「大体、接吻や挨拶をしたからなんだというのです!? カヤツリさんにとっては、同じくらいの意味しかありませんよ! ホシノさん以外は横並びです! ホシノさんですら、私たちより判定が甘いだけです!」

 

「……そうなのかい?」

 

「そうなの? ナギちゃん?」

 

 

 驚く二人を見て、ナギサはイライラしてきた。見れば分かる事なのに、何故分からないのか。全く理解できない。

 

 

「そもそも、ミカさんたちが言ったのも、事故か強引に言っただけではないですか。カヤツリさんがやったことを並べれば分かります。不可抗力な物を除いて、殆ど健全なものばかりですよ。そうでないモノは状況が差し迫った物だけです」

 

 

 コクコクとセイアが頷き、ミカが息を飲む。ハナコの顔に生気が戻る。

 

 

「そうでなければ、こんなことにはなっていないでしょう。ホシノさんが勝負を決めて、それで終わっていた。カヤツリさんは真面目ですから、ここまで来てお別れを言ったでしょう。しかし、出張です。カヤツリさんは、トリニティを捨てられない程には大事に思っている。だから、アビドスへの移籍ではなく、トリニティからの出張になる。そうではありませんか?」

 

「凄いね。当たってるよ」

 

 

 肯定するホシノに、全員の視線が集まった。物怖じしないで、ホシノは言う。

 

 

「カヤツリは真面目だからね。そう言う事をするなら、もう勝ってるというか……そう出来る関係性にならないとやらないよ? ユ……先輩が、スキンシップ激しかったのもあるけど。私は長く過ごしたから、その分優しいだけ」

 

「そうです。そういえばセイアさん。ミネ団長から聞きましたよ。錯乱したせいだというではないですか」

 

 

 セイアは聞こえないふりをして、そっぽを向いている。ナギサの額に青筋が浮かびかけた。

 

 

「いいですか。カヤツリさんが欲しいなら、コツコツやるしかありません。アツコさんも、ホシノさんも分かっている。だから、泰然自若としている。何ですか、ミカさんたちの体たらくは。そもそも、それを前提として、この話し合いを開いたのです。あの時の四人の話し合いで、カヤツリさんが、そんな人なのは分かっているでしょうに」

 

 

 苛立ちが中々収まってくれない。何も分かっていない。ちゃんとナギサは言ったのに、全く参考にしてはくれない。何回も、ナギサとカヤツリの考え方は似ていると言ったのに。カヤツリ相手ならこんなことにはならなかった。

 

 

「全く、カヤツリさんは一度言えば分かってくれますよ。それにここまで拗れません。毎回のお茶会だってちゃんと私の好みを……」

 

「……ナギちゃんさ。ちょっといいかな」

 

 

 憤怒に悶えるナギサに、冷たい声が掛けられた。少し頭が冷えて、声を見れば。ミカがじっとナギサを見ている。少し冷たい目だ。

 

 

「ミカさん……?」

 

 

 気づけば、ミカだけではない。ナギサを除いた全員が、ナギサを見ている。

 

 

「どうして、そんなにカヤツリ君の事に詳しいの?」

 

「? それは、考え方が似ているせいだと、前に言いましたよね?」

 

 

 そう言ったはずなのに、ミカは疑わしい目でナギサを見るだけだ。ゆっくりとため息をついて、ナギサに聞いてくる。

 

 

「じゃあさ。カヤツリ君と暮らす想定をしてみてよ」

 

「カヤツリさんと? 良いですが……?」

 

 

 多分、行動する時間帯の話し合いから始まるだろう。そこで分担を決めていく。まぁ、家事は使用人に全振りだから、仕事になるだろう。詳しいのはナギサだから、最初は主導権をナギサが握るべきだ。しかし、直ぐにカヤツリは慣れてくれる。

 

 それで、任せられる仕事が多くなって。それぞれが別の仕事をするようになっても、食事やティータイムは共有していく。いつか両親にも認められて、家族が増えて……それで……

 

 

「正体現したね」

 

 

 気がつけば、ナギサは取り囲まれていた。全員が微妙な顔でナギサを見ている。だが、大いに反論の余地があった。

 

 

「はぁ……あくまで想像です。そもそも、別に、大したことはありません。お互い三十手前くらいまで相手がいないなら、いいかなくらいのものに……」

 

「暮らす想定をしろって、私は言ったんだよ。いきなり結婚生活の想定をしろなんて言ってないじゃんね」

 

「そう言えば、この間。カヤツリに名前呼びしてもらってなかったかい?」

 

「自覚無しですか。質が悪いですね……」

 

 

 そんな時が来る前に、決着はついている。あくまで想像に過ぎないのだ。それを一々怒るのは違う。

 

 そんなナギサの反論はミカたちには通じず、部屋にはまた騒がしさが戻ってきた。

 

 

 □

 

 

「今頃、大変なことになっているんじゃないかな」

 

「まぁ、そうでしょうね」

 

 

 ベンチに座った先生の隣では、カヤツリが青空を眺めていた。視線の途中にある、トリニティ校舎の一室にはホシノたちがいるだろう。外から見た部屋は、不気味な静けさに包まれていた。

 

 

「全員に本気なの?」

 

「まさか、そんな浮ついたことはできませんよ」

 

 

 本当? そう、確認する先生の視線に、カヤツリはにやりと笑った。

 

 

「先生も人の事言えないんじゃないですか?」

 

「まさか、私は生徒が大切だけどね。思わせぶりな事はしないよ」

 

「へぇー。そうですか」

 

 

 カヤツリはまるきり信じていない様子だ。先生が抗議の声を上げれば、カヤツリは一つの単語を呟いた。

 

 

「小学校の卒業アルバム」

 

 

 先生の背中に冷たい汗が流れた。いや、まさか、そんなはずは……

 

 

「足舐め、混浴、頭皮の匂いを嗅ぐ。首輪とリードで散歩。それと……」

 

「分かった。訂正するよ。私はカヤツリの事はとやかく言えないね」

 

 

 ここまで知られていては、降参するしかない。でも、言うべきことは言わなくてはならないのが辛いところだ。

 

 

「でも、これだけは言わせて。ちゃんと向き合うんだよ。答えはカヤツリに任せるし、幾らでも時間が掛かってもいいからさ」

 

「分かってますよ……だから、一週間の割り振りは好きにさせるんです。勝手にそうするでしょう」

 

 

 そう答えるカヤツリの声は、寂しそうだった。

 

 

「……見捨てられないんです。それはもうしたくない。それだけは嫌で、ここまで来た。どうして、こんなことになるんですか」

 

 

 部屋を見上げていたカヤツリの視線は、誰も居ない箇所に向けられている。まるで、そこに誰かが居るように、言う。

 

 

「かといって、忘れ去ることもできない。幸せな気持ちになるといつも思い出す。何で居てくれないのかって。それは、失礼じゃないんですか? 向こうにも、あの人にも失礼だ」

 

 

 カヤツリが言っていることの、半分は知らない。あの人が誰なのか。大体の想像は付くが、先生は踏み込まなかった。恐らく、踏み込めるのはホシノだけだ。それか、カヤツリが良いと思った人間だけ。

 

 そして、先生はそうでない。だから、言える事だけ言う事にした。

 

 

「だから、カヤツリが良いようにしていいんだ。ホシノやミカや、セイアたちのそれは、セイアたちの勝手なんだからね。向けられたそれをどう扱うか何て、個人の自由さ。なにせ、好き勝手に向けるのは向こうなんだから」

 

 

 だから、気にしなくていいのだ。人はしたい様にする生き物だから。勝手に恋愛感情を向けるし、報われなければ怒る。それは暴力の様な物だ。向けられた方は溜まったものではない。

 

 

「だから、好きにすると良いよ。そのための時間はまだあるし、そうする時間を与えるのが、私の仕事なんだから」

 

「……そうですね。ありがとうございます」

 

 

 カヤツリは納得したように頷いて、また部屋へと視線を戻した。そして、思いついたように言った。

 

 

「一つ決めました」

 

「何だい?」

 

 

 それが何かは分かり切っていたが、先生は聞くしかない。

 

 

「まずは……怒らせないようにしようと思います」

 

「そうかもしれないね……」

 

 

 女の子って怖い。観察中の部屋から響く轟音に、二人の答えはそれしかなかった。

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