ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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311話 カヤツリの攻略法

「えー、本日のカヤツリステークスの出走は……」

 

 

 解説のために言いたくも無い事を言うセトの頭上では、盛大にファンファーレが鳴り響いていた。

 

 目の前には緑の芝生が広がっている。そこにファンファーレと解説と来ればそこはどこか決まっている。

 

 

「ああもう、解説なんて面倒くさい。見れば分かるでしょ」

 

「あなたの解説はあの子に対して辛口なので。あの子が他の四人と変わらない? そんな訳がないでしょう!」

 

 

 ホルスの要求にセトは呆れる。あの五人の修羅場、その後の五人のカヤツリに対してのアプローチに口を挟んでいたら、臍を曲げたのである。

 

 

「シミュレーターです! そうすればハッキリします!」

 

「……意気地なしめ」

 

 

 セトは嘆息する。他の四人のアプローチに発狂していたからこれだ。セトの解説が、幾らホシノに対して辛辣だとしてもやり過ぎだった。

 

 態々、競馬の真似事をしなくてもいいだろうに。分かりやすく人でも走らせればいいのだ。そうしたなら、テクスチャが乗っ取られそうな予感もするが、それは自己責任だ。

 

 

「ほら、始まりましたよ」

 

「あー……?」

 

 

 がシャンと門が開く音に下を見れば、競争が始まっていた。馬群は一列に伸びている。

 

 

「逃げ二、先行二、差し一、追い込み二」

 

「つまり?」

 

「ガンガン攻めてるのが二体。だから前を突っ走ってる。このままのペースで逃げ切るつもり」

 

「二体? 百合園セイアと、後は聖園ミカですか?」

 

「いいや?」

 

 

 首を横に振るセトをホルスは睨んだ。さらりと流してセトは言う。

 

 

「このルートが始まった時からのデータを反映してる。まだ、聖園ミカは気づいていない段階。だから、その次、先行の位置にいる」

 

 

 二つの馬群の後ろ、付かず離れずでプレッシャーを掛けている。突っ走しりはしない。けれども、タイミングを見計らって強気に行くポジションにいる。

 

 

「となると……秤アツコですか?」

 

「そう、それで、その後ろが浦和ハナコ。隙を見せたら全ツッパするつもりでいる。前の様子がよく見えるから、風よけにも、邪魔だって出来る」

 

「その後ろは?」

 

「桐藤ナギサと、小鳥遊ホシノ」

 

 

 そう言った瞬間、ホルスが口をひん曲げた。

 

 

「桐藤ナギサは分かります。あの話し合いと言う名の騒ぎを見れば、それは当然です」

 

 

 桐藤ナギサは積極的には動かない。それは自覚がないのか、他の二人に遠慮しているのか。答えは、二人とは求めるものが違う。それをまだ言う義理はないから、ホルスは気づかない。

 

 

「あの子が何で後ろなんですか!?」

 

「……盛大に出遅れたでしょう? 何度も言ったけど、これはまだ出だし。まだ流してるだけ。レースの基本も知らない訳? 昔に、戦車くらいは乗り回したでしょうに」

 

 

 コースの進捗を見ても、まだ半分もいっていない。まだまだ序盤に過ぎず、序盤から飛ばすのはよっぽどのバカか、それこそ底抜けの強者だけ。そして、そんな奴は一人を除いていやしない。

 

 

「ほら、そろそろかな。最終レーン」

 

 

 馬群の先頭が最後のカーブを曲がりきり、そこで速度がガクンと落ちた。

 

 

「何故です?」

 

「坂がキツイ。あー、実況風にいうなら、カヤツリのトラウマは根深いぞってヤツ?」

 

 

 そう、カヤツリのトラウマは根深い。それが坂という障害になって走り手の行く手を阻む。

 

 

「だけど、どんな悪路にもコツってものがある。それを持っている者もいるし、持っていない者もいる」

 

 

 最後尾だった、ホシノとナギサがグングンと前へと上がってくる。それを見たホルスは歓声を上げて立ち上がる。

 

 

「良いです。良いですよ! このまま……」

 

「上手くはいかない」

 

 

 セトの冷たい声と共に、他の候補者もスピードが上がる。横並びまで着いたはいいが、そこから少しも前には進まなくなる。抜きも刺しもせず、拮抗状態で固まった。

 

 

「……何でですか」

 

「ここに居る全員、根本的に取るべきムーブという物を間違えてる。だから、抜け出せない」

 

 

 やり方が違えば、求める結果は得られない。当たり前の話である。セトは淡々と事実だけを言う。

 

 

「カヤツリの好みに合わせるのは間違ってない。でも、それだけじゃダメ」

 

「恋愛とはそういう物では?」

 

「ハァ……これだから……」

 

 

 やれやれと、肩をすくめて挑発すれば。ホルスの目が吊り上がった。

 

 

「何ですか!? 梔子ユメや、あの子に似ている人物に、粉を掛けていたのは間違いないでしょう!?」

 

「カヤツリを下半身に脳があるみたいな人間と一緒にしないでくれる? そうなったのは、小鳥遊ホシノの所為でしょ? カヤツリを追い出して、何にもしなかった。そうしなければ勝ちだったのに、そうしないで出遅れた。その場限りの感情に捕らわれたガキには分からないでしょうよ」

 

 

 ホルスの見ているようで、見ていない所に腹が立つ。カヤツリの外見の好みというなら、過去のホシノそのままだ。それを自ら捨て去っておいて何を言うのかという話だ。

 

 だから、テラノはあの姿のままなのだ。幾らでも髪など伸ばせるし、アレンジできる癖して、テラツリの為にワザとそのままでいる。それにセトは軽く舌打ちしてから、答えを言った。

 

 

「先。カヤツリはね。先を見ているの。恋愛ゲームじゃないの。恋愛が成就してからも人生は続く。相手をずっと幸せにできるか。自分と居て苦ではないのか。もう梔子ユメの様な事にならないか。そんな事を考えている」

 

「……それは、私たちの世界の話でしょう。ここの彼がそうとは限りませんよ」

 

「性格もあるけどね。それだけじゃない」

 

 

 未来を幸福だけで満たそうなど、クソ真面目である。いや、クソ真面目になってしまったというべきか。その理由を組み立てて、セトは心が沈んだのを思い出した。

 

 

「小鳥遊ホシノが言っていたでしょう。この日常がずっと続くと思っていたって。それは、カヤツリもそう。そして、小鳥遊ホシノは何もしなかったが故に、何かすることを決めた。なら、カヤツリは? 何をしようと思ったと思う?」

 

「……それが、答えですか?」

 

 

 セトは鼻を鳴らす。それが、答えでなくて何だというのか。今までさんざん見たくせに。何でも見える目を持っているくせして、あまりにも近視眼だ。

 

 

「もう二度と。もう二度と起こさせはしないと決めた。カヤツリ自身の努力で、そう出来た時だけは安心できた。あの出来レースとは違って、思うように進んで安心できた。それを優越感というなら、そうなんでしょう。でも、そうであろうとした矢先に、その対象に拒絶されてしまった。そこに百合園セイアがやって来た」

 

 

 セイアの名前を出した瞬間、ホルスの顔が歪む。どうせ、セイアが来なければホシノと仲直りできたとでも思っているのだろう。ちゃんちゃらおかしい。その場合はミレニアムに派生するだけだ。

 

 だが、今更そんな正論をぶちかましたところで意味はない。それを胸に仕舞って、セトは言いたいことを優先する。

 

 

「百合園セイアに、カヤツリはね。なんだかんだ感謝してるの。未来視ゆえの行動で、それに臆病かつ皮肉屋だけれど、あのままでいるよりはよかったと思ってる。それで、ティーパーティの日々は楽しかったんでしょう。あのアビドス生徒会と比べる事は出来ない。でも、脇目もふらずに助けるくらいには気に入ってる。それに、百合園セイアの強引なところに救われてもいる」

 

 

 そこは、セトも感謝している。理由が理由とはいえ結果を出した。今も結果を出し続けている。なら文句は言わない。

 

 

「聖園ミカは、中々特殊。過去のカヤツリと小鳥遊ホシノの失敗、それと梔子ユメの夢想。それぞれが混ざったトリニティ。カヤツリは聖園ミカが止まった時、少しだけ救われた。過去のミスを、少しだけ帳消しにすることが出来た。それにカヤツリは、ああいう夢想家は嫌いじゃない」

 

 

 余りに愚かで短絡的。でも、その思いは本物だ。カヤツリが欲してやまないそれを、聖園ミカは持っている。

 

 

「桐藤ナギサはね。彼女とカヤツリの行動原理は似ている。だから、カヤツリの事をある程度は理解してる。他者が喜ぶ方が良いってことや、それを整える方が得意ってことも。だから、カヤツリの行動に何も言わないで居てくれた。だからカヤツリは、エデン条約時の桐藤ナギサの行動にはとやかく言わなかったの。自分だってそうしただろうし、言われたくない事も分かってるから」

 

 

 だから、ナギサはカヤツリに感謝している。自分の配慮に掛かった労力や、その配慮がどんな意図で行われたのか。その思惑と労力を正確に把握して感謝してくれる。ましてやお返しもする。

 

 それを一年以上もだ。誰からもしてもらえなかったそれ。そういうところの居心地が良くて、ナギサは無自覚に、あんなことを思っているのだ。逆にカヤツリもそんな風に思っている。カヤツリがしたことを、ナギサもしたから。ぶっちゃけた話。一番相性がいいのは、あの二人だ。

 

 ティーパーティのおおよその解説を入れると、ホルスはセトを睨む。

 

 

「それで、何なんです。だから、選べないという話ですか?」

 

「そう。今はまだ、選べない」

 

「なら、他はどうなんです」

 

 

 苛立ちを隠さずに、ホルスは勢いよく椅子に腰かけた。どうにも鬱憤が溜まっているらしかった。原因は上手くいきそうで行っていない現状の所為だろうが。

 

 

「秤アツコはどうなんですか? 浦和ハナコは?」

 

「秤アツコは言うまでもないでしょう。荒廃した故郷を再興せんとする何も知らなかった子供。彼女がカヤツリを同一視して、ああなりたいと思ったように。カヤツリも思った。上手くいった自分が見てみたいってね。向上心のある人は好きだから」

 

 

 だからこその、ゲマトリアの介入。彼らの狙いが上手くいけば、カヤツリはある程度は立ち直るだろう。アツコも、そうしたいと願っている。

 

 

「浦和ハナコは……過去の小鳥遊ホシノそっくりなの。違いは暴力か、頭脳の違いだけ。自分の力を過信して、それで世界を動かせると思ってる。狭い世界でふんぞり返った、外が怖くて出て行かない子供。でも、カヤツリの好み。自身の無力さを知りながら、それでもと足掻くのはね。過去の小鳥遊ホシノに似ているなら猶更でしょう」

 

 

 だからこそ、小鳥遊ホシノはキレたのだ。普通なら流したそれを流せなかった。何故なら、過去の自分。それも、梔子ユメを死に追いやったと思っている悪癖だったから。古い鏡を見せられたようなものだ。

 

 

「それで、小鳥遊ホシノ。説明するまでもないと思うけど、カヤツリが好きな人。でも、今は内心が定まってない。選択肢も多く増えて、傷つく人も増えた。だから、選べない」

 

「選べないなら、何であちこちに手を出すんですか?」

 

「後悔。それが、全ての原因。前に言った事を覚えてないってことが良く分かった」

 

 

 鳥頭と口をついて出そうになったが、すんでのところで止めた。

 

 

「前提として、この世界線のカヤツリは小鳥遊ホシノと喧嘩をしていない。あの夜の契約も、想いも何もかもを吐き出していない。それが、一番大きい」

 

「……続けてください」

 

 

 ホルスが興味を向けたのを見て、セトは核心を突く。

 

 

「前にも言ったけど。あれでカヤツリは小鳥遊ホシノへの想いを自覚した。いや、そうであろうと決めたの。梔子ユメへの未練を断ち切った。過去の後悔よりも、目の前で壊れそうになっている小鳥遊ホシノ。好きな人間が壊れようとしていることに、カヤツリは耐えられなかった」

 

「……そこで、自覚したんですか? あそこまでしていたのに?」

 

「そう。好意はあった。それこそ、君が良いと言った時からね。でも、種類が分からなかった。それが異性としての好意だったのか。感謝としての好意だったのか。それとも、居場所の居心地の良さでそう思ったのか。それの判別がつかなかった」

 

 

 驚くホルスに、セトはため息をつく。ある意味、ホルス自身の所為なのだが。

 

 

「それはね。梔子ユメの所為。梔子ユメは初対面のカヤツリを肯定した。追い出さなかった。その理由は、好意を持っていたから。正確には、好意を持っていた誰かと重ねていた」

 

「あ……」

 

 

 ようやく得心が言ったホルスに、セトは意地悪く言った。

 

 

「そう。未来のカヤツリ。梔子センとカヤツリを重ねた。決して表には出さなかったし、優しくしたのはそれだけの理由でもない。でも、確かに影響はあった。カヤツリは、梔子ユメがそこまでの好意を向けた理由をずっと理解できなかった」

 

 

 カヤツリは鈍くない。誰がどんなふうに感情を向けているかくらいは分かる。その理由が分からないだけだ。

 

 

「親切心だけだったなら、そうだと思えたでしょう。でも、それだけでは無かった。確かに、親切心以外のもの。好意があった。梔子ユメにとっては当然の理由でも。それを知りえないカヤツリには分からないし、それに気づかない程鈍感でもない」

 

 

 そのまま行けば、カヤツリは悩んだだろう。梔子ユメと小鳥遊ホシノの選択を迫られた。すんなり決着がつくのか。泥沼の様相を呈するのか。それとも、もう一つの選択肢を取るのかは分からない。でも、そうはならなかった。

 

 

「そして、それを確かめる前に、梔子ユメは死んでしまった。もう、梔子ユメの真意を確かめる方法はない。その答えは、カヤツリが自分で見つけ出すしかなかった」

 

 

 その後どうなってしまったのかは自明だった。横並びの六人を引き離し、最前列を最初から維持しているのが結果だ。

 

 

「そしてその間は、色恋に本気になれない。梔子ユメの想いが何だったのか。その答えを見つけるまではね。だって不誠実でしょう? 赤の他人を梔子ユメと比較して、ここが違う。なんてさ。梔子ユメにも、その人物にも不誠実で失礼。それが嫌で、小鳥遊ホシノはキレたんだしね?」

 

 

 完全に振り切る事も出来ない。似たような人間も状況も見捨てられない。ホルスが言う、粉を掛けるの正体はこれだ。

 

 

「それでは、私たちの世界で上手くいったのは……」

 

「そう、小鳥遊ホシノが狂乱してカヤツリを襲ったから。あれで、カヤツリは漸く自覚した。本当なら、あそこで見捨てても良かったのに。そうはできなかった。そうできず、そうしたいのは、梔子ユメより小鳥遊ホシノが好きだからなんだって」

 

 

 セトは長い息を吐く。梔子ユメが生きていたら、結果は違ったかもしれない。でも、もういないから、結果の確認はしようがないが。

 

 

「待ってください。おかしいですよ」

 

「何が?」

 

 

 ホルスが興奮したように言うので、セトは適当に聞き返す。ホルスは、勝ち誇るでもなく聞いてくる。

 

 

「他の世界はどうでしたか? ゲヘナとミレニアムルートは。おかしいじゃないですか。片方は恋人関係で、もう一つは家族みたいでしたよ。今とは全く違いますよ。前提条件は、そう変わらないはずです」

 

「ああ、そっちにしてはやるじゃない。考えつくとは思わなかった」

 

 

 上からの言葉にホルスの目線がきつくなるが、本当に感心しているのだ。

 

 

「まず、ゲヘナルートだけど。大事なことを忘れてる。記憶喪失ってこと。梔子ユメの好意という、カヤツリをこうした後悔は消え去っている。そのことを空崎ヒナは知らないし、小鳥遊ホシノは絶対に言わない。カヤツリも経験ではなく伝聞だから分からない」

 

「……だからだと?」

 

「そう。だから、あのルートだけは。あの段階で恋人関係なの。そっちは気に入らないみたいだけどね」

 

 

 ホルスは口をへの字にしているが、納得するしかないようだった。そして、残りのミレニアムルートの解説を始める。

 

 

「ミレニアムルートは、そっちの言う通り。トリニティルートとそう前提条件は変わらない」

 

「じゃあ、何でですか」

 

「セミナーとゲーム開発部、それとアリスのお陰」

 

「は?」

 

 

 ホルスは呆気にとられたようにセトを見た。恐らく、本気で理解できないのだろう。セトは上げた評価を、こっそり元に戻した。

 

 

「……カヤツリは先輩として、彼女たちの面倒を見た。黒崎コユキや才羽モモイという問題児たち。才羽ミドリや花岡ユズの様な普通……の生徒。それに、早瀬ユウカや生塩ノアのような秀才。最後に、何も知らないままに放り出された天童アリスも」

 

「それが何だと……」

 

 

 何だとホルスは言うが、これが一番大事だった。これのあるなしが、大きな分岐点。

 

 

「梔子ユメの立場を、カヤツリは実感したの。先輩からの後輩への感情ってやつを。アビドスだけでなくミレニアムでもね。廃校寸前のアビドスと成長中のミレニアム。正反対の環境でも同じ物なら、それは正しいって事。その好意は恋愛感情とは違う好意だけど、梔子ユメのそれを、そういう物だと認識した。そう思う事にした」

 

「待ってください。さっき言いましたよね? 梔子ユメの好意が、恋愛感情の混じったそれだったと。それに気づいていたと」

 

 

 そうだねと。セトは頷いた。だからこそ、あの水族館での反応なのだ。

 

 

「そう。カヤツリは無理やり納得させたの。カヤツリだって、何時までも梔子ユメの手を離せないのは良くないと分かっているからね。だから、少しずつ調月リオの好意を受け入れた。小鳥遊ホシノにアビドスから追い出されたんだから。少なくともカヤツリはそう思っているんだから、それも当然でしょう?」

 

 

 図星であるため、ホルスからの反論はなかった。セトはホルスをチクリと刺す。

 

 

「でも、中々誤魔化しきれるものでない。時間をかけて飲み込んでいる最中に、小鳥遊ホシノは過去を突きつけた。そりゃあ、攻撃的にもなる。振り切ったと思った過去が追いかけてきた。それも、今までのカヤツリの努力を台無しにする形でね」

 

 

 あれで、カヤツリはキャパシティがオーバーした。その結果のキツイ態度である。だから先生が間に入らないとホシノを拒絶し、キヴォトス破壊爆弾が爆発する。

 

 

「トリニティでもそうだったはずでは?」

 

「あれは、仕事でしょうよ。損得勘定だけでティーパーティの後輩と接している。そういう心持ちでないと足元を掬われる。そうしなくていい首長たちは三年生でしょうが。だから、アプローチが間違っているという話になるの」

 

「というと?」

 

 

 相も変わらず察しが悪いホルスに、セトは溜め息しか出てこない。

 

 

「いい? もう全員、好みがどうこうという段階は過ぎている。後は、カヤツリが梔子ユメのゴーストを振り切れるかの段階」

 

「だから、アタックするんでしょう!?」

 

「そこで、カヤツリの好みと思っている物に合わせるからダメ。それはカヤツリの好みじゃない。それは梔子ユメや小鳥遊ホシノの要素で、居ない誰かの影を求めただけ。個々人の強みを生かすの。持ち味を生かす」

 

 

 だからダメなのだ。幾ら髪を伸ばそうが、髪が桃色だろうが、幾ら頭がお花畑だろうが。故郷を復興しようが。それには何の意味もない。カヤツリの興味を引くなら有効だ。だが、もうカヤツリの内側に全員入った今、それにはなんの意味もない。

 

 

「カヤツリが、この人と生きていきたいと思うようにならなきゃ。それは自分も幸せにならなきゃいけない。もう小細工は通じない。生身の自分で勝負するの」

 

「それなら、秤アツコが一強では? トリニティ組とも横並びなんでしょう?」

 

「そう。アリウスを復興するという環境。それに立ち向かうと言う意思。それはいいかもね。でも時間が掛かる。アリウスが軌道に乗るまでじゃない。アビドスも何とかしないといけない。それの目処がつくまではどうしようもない。カヤツリの好意とは別の条件が発生する」

 

 

 それは、小鳥遊ホシノの件で分かり切ったことだ。ホシノが参戦しなければ、アビドスの条件は無かったから。秤アツコは上位陣だった。

 

 

「その点で、トリニティ組は有利。持ち前の能力と立場で、アビドスとアリウスの両方に干渉できるから問題点がかなり減る。ティーパーティは勿論、浦和ハナコもやる気を出せばそれくらいは簡単でしょう。でも、距離を縮めるのが大変かな」

 

「それでは、あの娘は……」

 

「初期ブーストがあるから、その点では大分有利。でも、アビドスは独力じゃ無理。だから、どうしても、他の面子とコミュニケーションを取らないといけないのがネック」

 

 

 おおよその総評の後、セトは締めに入った。

 

 

「つまり、時間が掛かるって事。その代わり、だれでもチャンスがある。裏技もあるしね」

 

「……裏技?」

 

 

 嫌そうな顔で、ホルスが聞くから。セトは簡単に答えてやった。

 

 

「障害は協力すれば簡単に解決できる。でも一人占めしようとするから難しくなっている」

 

「待ってください。まさか……」

 

 

 ホルスはワナワナと震え出した。完全に癪に障った感じだ。まぁ、純愛過激派のホルスらしい。

 

 

「その場合はカヤツリが最大の壁だろうけどね。寧ろ、一番難しいかもしれない」

 

「フン。当然でしょう」

 

 

 鼻を鳴らして嬉しそうにするホルスに腹が立って、セトは爆弾をぶち込んだ。

 

 

「まぁ、滅びるんだけど。そっちは忘れてるみたいだけどね」

 

「……理由は? あのベアトリーチェは再起不能でしょう。儀式前に撃退できたから、色彩は来ない」

 

「でも、来てるけど?」

 

 

 セトがシミュレーションを終わらせて、画面を切り替えれば。赤く染まった空とアトラ・ハシースの方舟が見えた。毎度おなじみ世界の終焉。色彩襲来である。

 

 

「は? どうして……」

 

「相も変わらず、人ってものが分かってない。時に、プライドが命より重い人間も存在する」

 

 

 ホルスのその推測は正しい。今までの世界の色彩襲来は、ベアトリーチェが引き金だ。儀式で中途半端に色彩へと接触したが故の凶行である。

 

 だから、儀式前のベアトリーチェはそのような凶行に走らない。とは限らないのが悲しいところである。

 

 

「私たちの世界では、ベアトリーチェは先生に負けた。大人同士で負けたから。だから、ギリギリまで動かなかった。色彩に狂わされて初めて、あんな行動をとった。でも、ここでは違う」

 

 

 そこまで言えば、ホルスの顔に理解が広がっていくのが分かった。茫然とホルスは呟く。

 

 

「まさか、子供に負けたから? だから、黒服に止められていても儀式を決行したと?」

 

「そう。それほどまでに、子供に負けたというのが受け入れられなかった。だから、いち早く、先生の時よりも早く、その元凶を消すことにした」

 

 

 ホルスは心底理解できない目で、画面を見ていた。信じたくないのか、縋る様に聞いてくる。

 

 

「しかし、材料はどこにも……」

 

「ある。黒服はロイヤルブラッドの神秘を持ってる。カヤツリとの取引で、秤アツコから回収したやつが。ベアトリーチェは、それを盗み。ありあわせの物で儀式を決行しようとした」

 

 

 その時のベアトリーチェの気持ちが、セトにはよく分かる。数で劣るとはいえ、格下に負けた時の気持ちが。普通に手に入るはずだったものが、台無しにされる気持ちは。もう、成功するかなどどうでもいいのである。ただ、かつての失敗を払拭するためにそうする。そして、当然のごとく失敗する。

 

 

「恐らく、黒服は止めたでしょう。しかし、ギリギリ間に合わなかった。色彩はここを見つけてしまった」

 

「しかし! 私たちの世界と条件はそろっているはずです! ゲヘナとトリニティは協力済み! 戦力は確保できています! 先生も……ほら! ミレニアムに居ます! 名もなき神々の王女と鍵を確保している! このまま行けば……」

 

 

 ホルスは必死だ。結末は分かっているのに、諦められないのだろう。でも、セトは止めを刺さざるを得なかった。

 

 

「……よく見て。カイザーPMCの襲撃は? どうして、調月リオがミレニアムに居るの?」

 

「……それは、たまたま……」

 

 

 そんなわけがない。ミレニアムルートなら、話は分かる。でもここはトリニティルート。なら、調月リオがミレニアムに居る理由はたった一つだけ。

 

 

「まだ、途中なの。ミレニアムでの事件。調月リオが天童アリスを破壊しようとした事件の途中。この段階では、まだ鍵は敵対状態にすぎない」

 

「しかし、説得すれば……」

 

「時間が無い。カイザーの襲撃もないようだし、ウトナピシュティムの本船もまだ砂の下でしょう。虚妄のサンクトゥムを捌きながら、鍵を説得して本船を掘り出す? 無理に決まってる」

 

 

 そう。早すぎる。ベアトリーチェの凶行のタイミングが早すぎた。余りにも迎撃の準備が足りやしない。名もなき神々の王女も、ウトナピシュティムの本船もなしでは、アトラ・ハシースの方舟は対処できない。そして、それを準備する時間もない。

 

 

「つまり……ベアトリーチェを倒すのは、先生でないといけないと。子供相手では、プライドの高さから、ベアトリーチェは確実性よりも速度を優先する。だから、間に合わないと」

 

 

 ぶつぶつとホルスは呟いて、何かを思いついたかのように手を叩いた。

 

 

「箱舟を撃ち落せばいいでしょう。そうすれば、名もなき神々の王女も、ウトナピシュティムの本船も必要ありません」

 

 

 呆れたセトは、画面を進める。そこでは、数多の巡航ミサイルが防壁に阻まれていた。アトラ・ハシースの方舟に届く前に、巡航ミサイルは姿を消している。

 

 

「……多次元防壁を忘れたの? あれのせいで方舟は無敵。あれを抜かなきゃ攻撃は届かない。ミレニアムにあるスパコンじゃ、アレを解析できない。あれの解析に本船が必要だった」

 

「黒服が居るでしょう」

 

 

 ホルスの鳥頭加減に、セトは文句を言うのすら億劫になる。

 

 

「……向こうのシロコ。アヌビスは、それを予想してゲマトリアを襲撃した。鬱憤晴らしもあったろうけどね。それに多次元防壁の波長を、幾らでも向こうは変えられる。それを無視してぶち抜くのに、名もなき神々の王女の力が必要だったのを忘れた?」

 

 

 これは、もう終わった世界だ。ぐちぐちと諦めきれないホルスを置いて、セトは残りのディスクを探しに席を立つ。目当ての物は直ぐに見つかったが、とてつもない違和感に、セトは眉を顰める。

 

 

「ん……?」

 

 

 おかしい。ネフティスルートの、抽出までのタイマーが復活している。確かに、ホルスは終わったと言ったはずだ。それに、名もなき神々の王女ルートもまだ終わる気配を見せない。

 

 

「なに? 壊れた? いや……まって? なんで、ミレニアムとゲヘナまで……」

 

 

 とっくに抽出が終わって、タイマーなど点いていなかったはずの二つが復活している。時間を確認すれば、最初の物よりも時間が伸びている。

 

 

「あのバカ。サンクトゥムタワーの何かを壊した?」

 

「ちょっと! 早く来てください!」

 

 

 ホルスが大声でセトを呼んだ。この様子だと、何か不具合がモニターに出たのかもしれない。苛立ちながら、セトはホルスの方へと足を向ける。

 

 

「何したの!? 向こうのタイマーが壊れ……て……」

 

 

 セトは画面を見て言葉が途切れた。信じられない光景が映っていたからだ。多次元防壁の()()から青い光が伸びている。それが、箱舟を貫いていた。

 

 

「アトラ・ハシースの方舟が……」

 

 

 そう呟くセトの前で、アトラ・ハシースの方舟は炎上し、地上へと墜落していった。

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