ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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デカグラマトン編、炎の蛇・不離一体の空。これらの時系列はアビドス三章より前説を採用しています。


313話 五等分のホルス

 モニターに同じ顔が五つも並んでいるのは壮観だった。

 

 一瞬、合わせ鏡で悪戯でもしたのかと思うほど。見れば見るほどホルスにそっくりで、セトは何とも言えない気持ちになる。だが、最初に言う言葉は決まっていた。

 

 

「何の用? 世界を救ってもらったお礼でも言いに来たってわけ?」

 

 

 自分で言っておいてなんだが、そんなわけはない。ホルスは、そんな殊勝な性格でないことは知っているが、これは唯の確認だった。

 

 

『相変わらずですね。随分前に会ったきりじゃないですか』

 

 

 どことなく、やさぐれた雰囲気のホルスが口を開いた。その反応に、セトはせせら笑う。

 

 

「何? そっちの全員の世界に私はいないでしょう? さっさとどこのルートか言いなさいな」

 

『はぁ……私はゲヘナの方です。それで、そっちの私はどうして固まっているんです?』

 

 

 確かに、こちら側のホルスは固まっている。表情が分からず、前に回り込めば完全に無表情。そうなった原因はすぐに分かった。

 

 

「ああ、ほら。自分の推している娘のサポートをしているつもりが、墓穴を掘ってた感じかな。しかも、二人分」

 

『それに気づいて放心していると。羨ましい事ですよ。本当に』

 

 

 今度は別のホルスが口を開いた。さっきと同じくやさぐれた雰囲気はするものの、ゲヘナのよりはマシそうだ。

 

 

「……ミレニアムの方?」

 

『よく分かりましたね』

 

 

 感心したように、ミレニアムの方は驚いている。理由を聞かれないのは幸いだった。そして、残る三人のホルスを見る。

 

 

「あー……そっちはトリニティの方?」

 

『そうですが?』

 

 

 トリニティの方のホルスはイラついている。不機嫌さを隠そうともしていない。となると、残る二人が問題だった。

 

 二人の様子は特徴的で、セトには判断がつかないのである。

 

 片方は、どこかオロオロしているように見える。眉が下がっていて、如何にもな困り顔だ。

 

 もう一人は、殺気を迸らせている。まるで、誰かと一戦交えてきた様子。アビドスの制服も、解れて焦げた跡すらある。

 

 

『私が、ネフティスの方です』

 

『フン……』

 

 

 困り顔の方がそう宣言し、傷塗れの方は鼻を鳴らすだけ。つまり、消去法で、傷塗れの方が名もなき神々の王女の方なのだろう。

 

 思った通りに、この五人のホルスは、並行世界に格上げされた世界のホルスだ。ゲヘナ、ミレニアム、トリニティ、ネフティス、名もなき神々の王女。それぞれのルートを辿ったホルス。

 

 三者三様ならぬ五者五様。五等分のホルスとも言える状況。とりあえずどこの誰だか確認が取れたところで、セトは本題を切り出す。

 

 

「それで? もう一度聞くけど。何で来たの?」

 

 

 問題はそこだった。答えようによっては、セトが対応を考えねばならない。しかしホルスたちは、画面の中で互いに顔を見合わせている。

 

 ホルスでないといけないのかと、こちら側のホルスの前で手をひらひらさせても無反応。再起動には時間が掛かるのが見て取れる。

 

 

「まさか、本当にお礼を言いに来たってわけじゃないでしょ? 誰でもいいからさっさと話して」

 

『ちょっと、全員が相談をしたくてですね……』

 

「……相談?」

 

 

 ネフティスの方が言った言葉に、セトは眉をひそめた。嫌な予感がまた全身をひた走っている。碌でもないことを言いそうな感じだ。

 

 

「なら、少し待って。まだコイツが再起動しないから」

 

『いえ、私たちが相談したいのは、あなたの方なんですよ。セト』

 

「はぁ? なんで?」

 

 

 どこかで見たような展開に、セトは逃げの一手を打つことにする。また変なことに巻き込まれてはたまらない。それどころか、もう片足が飲み込まれている。セトはホルスの面倒を見るのはもう懲り懲りだった。

 

 

「待って、こっちの事情は把握している? そうでないなら……」

 

『してますよ。なんといっても、全部この目で見ましたからね。本当に羨ましい限りです』

 

 

 どうにもホルスの目で完全に覗かれていたらしい。話は早いが、拒否する理由が一つ減らされた。

 

 頭を捻って何とか、セトは拒否の理由を絞り出す。

 

 

「……こっちのホルスに頼んで。まずは自分同士で相談するべきでしょう?」

 

『それはもうやりました。この五人で何回話し合ったか……もう覚えていないくらいには。その上での結論です。そこの私は役に立たなさそうですし、あなたに聞いた方が良い』

 

 

 面倒ごとが転がり込んできた。セトとて暇ではないし、自分の世話で精一杯。よりにもよってホルスの、それも別世界の面倒など見ていられない。

 

 大体、相談事など透けて見える。サンクトゥムタワーの制御権持ちのホルスが出来ない事など、そう多くない。セトにそれ以上の事は出来やしない。

 

 でも、セトに相談したいと言う。ここのホルスでなくだ。つまりはカヤツリ関連で、おおよその察しは付く。それで、セトはそれを手伝うつもりはなかった。だから聞くだけ聞いて、突き放すしかない。

 

 

「で? 何を相談したいの?」

 

『勿論、あの娘の事です』

 

「無理、不可能、お手上げ」

 

 

 もしかしてマトモな質問が飛んでくるかも。そんなセトの期待は裏切られた。口調をキツくして突き放す。

 

 

「ネフティスと、名もなき神々の王女の方の状況は知らないけどね。ゲヘナとミレニアム、トリニティは無理でしょうよ」

 

『……』

 

「あの状況から、あの子が今更浮つくと思うの? 小鳥遊ホシノだけに靡くなんて無い。他の娘に靡かないようにするなんて無理。名もなき神々の王女の力でも使えば別だけどね」

 

 

 当たり前の事実を突き付けると、トリニティの方は黙り込んでしまった。ミレニアムとゲヘナは何か言おうとするも、一先ずは飲み込んだらしかった。

 

 この反応にセトは言葉もない。

 

 事ここに及んで相談事がこれだ。こっちのホルスと変わらない。あまりのことに呆れを通り越して表情が無になりかける。

 

 

「大体さ。そっちの世界の方は大丈夫なわけ? 方舟が落ちたとはいえ、拾わなきゃいけない物が沢山あるでしょ」

 

 

 あの色彩襲来は方舟を撃破して、はいおしまいとはいかない。拾わなければならない物が沢山ある。

 

 

「あっちのシロコはどうしたの。プラナとかいう向こうのシッテムの箱のAIは? プレナパテスやテラツリは? 今みたいな下らない質問よりも、するべき事が沢山あると思うけど?」

 

 

 シロコ・テラー。それとプラナだったか。二人は掬い上げなければならない。

 

 異世界とはいえ可愛い後輩だし、好きで攻め込んできたわけではない。二人を救わんとしたプレナパテスの遺志を酌むべきだ。あそこまでの覚悟を見せた者を見捨てるのはセトの沽券に関わる。

 

 テラツリもそうだ。向こうでは手に負えないだろう。

 

 その後の地下生活者のことも考えれば、小鳥遊ホシノのことよりも聞くべきことが沢山ある。

 

 でも、五人は気にした様子もない。

 

 

『それは、問題ありません。世界の安定が一番ですよ。それくらいは分かっています。だから私たちは五人で相談していたんです。私たちは方舟も、デカグラマトンも、地下生活者も乗り越えてここにいます』

 

「へぇ、じゃあどうしたの」

 

 

 ネフティスの方が自信満々に言うので、挑発の意味を込めてセトは聞いてみた。こうやって挑発すれば乗ってくるところは気に入っている。

 

 デカグラマトンという。聞き覚えがありつつも、何が起こったか判然としないことは知っているフリをする。

 

 知らないなどと言えば、それと引き換えに協力させられてしまう。そうならないために、会話の中から情報を引っこ抜くのだ。

 

 そんなセトの思惑など知らず、トリニティの方が話し出す。

 

 

『先ずは方舟ですが、墜落した後に困った事になりました』

 

「困ったこと? あの娘の説得に骨が折れた?」

 

 

 セトは、自身の思う難関を口にする。

 

 シロコテラーは世界を滅ぼしたことを悔いている。だが、悔いているからこそ。アヌビスではなく、もう一人のシロコとしてこのテクスチャに馴染めた。その悔いているというのがまた厄介だった。

 

 無銘の司祭と色彩で引き出された、シロコの本質。世界を滅ぼすという形で出力された本能。司祭に都合良く歪められたとはいえ、それは死の神たる彼女のあり方で、どうしようもない事だ。

 

 だが、シロコは割り切れない。反転したとはいえ、シロコはシロコだ。アヌビスそのものではない。アヌビスでなく、シロコとしての思い出が彼女を苦しめる。

 

 シロコでいたいのに、思い出はそうなのに。身体と本能はアヌビスなのだ。そのギャップがシロコを苦しめる。

 

 それをシロコは表に出さない。出す資格すらないと思っている。何を言っても耳を貸しはしない。

 

 それを何とかできるのは、プレナパテスとテラツリだけ。

 

 プレナパテスは死んでいる。意地で踏み止まっている。テラツリは何度も死んでいる。意地で何度も蘇る。そんな二人に、シロコはシロコでいても良いと伝えられたのだ。

 

 プレナパテスは生徒として扱う事で、テラツリは可愛い後輩として扱う事でだ。

 

 そうやって初めて、シロコはシロコを認められた。

 

 今回はプレナパテスは問題ないが、カヤツリが問題だった。困った事というのは、それ関連に違いない。

 

 

『流れは大きくは変わりません。虚妄のサンクトゥムに対処し、ヒエロムニスの代わりにディビジョンシリーズ。それらに守られた中枢をトリニティとアリウスが切り開き、対策委員会が突撃する』

 

 

 成る程と、セトは頷く。ゲーム開発部が居ないが、本船と多次元防壁がない。それにアリス関連の事件の途中だ。だから居ない。恐らくは他のサポートに回っている。

 

 後回しにした後の、調月リオの説得は簡単だ。今も、虚妄のサンクトゥムでアリスは戦っているのだろう。名もなき神々の兵器たるアトラハシースの方舟の前で。

 

 それは、ある意味では証明だ。ある程度は調月リオも考えを改めるだろう。なにせ、初めから躊躇していたくらいだ。説得の芽も出てくる。

 

 

『そこまでは、問題ありませんでした。内部の砂狼シロコは無事で、待ち構えるのもプレナパテスです。唯一違うのが、テラツリでした』

 

「そりゃそう。だって正気じゃないもの」

 

 

 当然のことだ。トリニティの方も否定しなかった。

 

 

『ええ、アトラ・ハシースの方舟の中枢まで乗り込んできましたよ。マフラーを渡すためだけにね』

 

 

 やはり、予想通りだ。自我が擦り切れても、何があってもそう出来るように、テラツリは己を契約で縛ったのだから。そして、問題はその後なのだ。

 

 

「それで? マフラーを渡して、シロコは説得できる。でもプラナはどうやって説得した? 想像するに、差し迫った事態が起こったと思うんだけど?」

 

 

 そうに違いないと、セトは思っている。何故なら、プラナはきっと、プレナパテスと運命を共にする気だったから。先生に合流したのは、プレナパテスの最後の頼みがあったのと、大気圏から墜落する方舟からプレナパテスの生徒と願いを託された先生を守るためだ。

 

 トリニティでは方舟は地上に墜落した。その状況では墜落することは無い。普通に撤退すれば先生は助かる。プレナパテスは助からない。それでもプラナは、プレナパテスの願いでも首を縦に振るだろうか。彼女が一番守りたかったものは失われた。自身が頑張らなくても、プレナパテスが託した物は先生に受け継がれている。

 

 だったら、一緒に機能停止を選ぶ可能性は十分にあった。でも、そうならなかったのなら、大気圏からの落下に相当する事態が起こったという事だ。

 

 

『無名の司祭。向こうの世界の方ですね。それが、テラツリを操ろうとしたんです』

 

 

 静かに、トリニティのホルスは言う。殆ど全員が頷くところを見るに、これは共通の認識らしい。

 

 

「プレナパテスが制御から外れたから……シロコ・テラーも候補だった。でも、テラツリの方が強い」

 

『ええ、なにせ死にませんから。キヴォトスを滅ぼすにはうってつけでしょう。実際、それは途中まで上手くいきました。テラノとテラツリのバランスを崩し、テラツリの本質をむき出しにするところまでは』

 

「ああ、正気が無いから抵抗できない。でも、バカなんじゃないの?」

 

 

 思わず、呆れが口から飛び出た。ホルスたちも苦笑いしている。無名の司祭がしたことが、どんな行為か分かっているからだ。

 

 

『ええ、あなたの本質の一つは叛逆と簒奪。あなたの認めない者が上に立つのが気にいらない。だから、殺して奪い取った。無名の司祭は資格なしに、あなたの上に立とうとした。支配しようとした』

 

 

 その結果は明らかだ。テラツリは無名の司祭に牙を剥く。無名の司祭は直ぐに消し炭に変わっただろう。その後の結果がゆっくりと聞こえてくる。

 

 

『本質をむき出しにされたテラツリは、アビドス砂漠に飛びました。きっと迷惑を掛けたくなかったのでしょう』

 

 

 トリニティのホルスは一度言葉を止めて、小さく呟く。

 

 

『アビドスを滅茶苦茶にする前に、自爆しようとしました。黒服との契約で、何とか本能を抑え込んでいたが故の決死の抵抗です』

 

「……そりゃそうでしょうよ。幾ら別世界とはいえ、アビドスを滅ぼしたくないに決まってるもの」

 

 

 セトは物悲しげに言う。その後の事もすぐに分かった。

 

 

「それで、プラナが味方になったわけか。テラツリは、プレナパテスにとっての生徒だから。それを助けて欲しいと託された訳ね。地下生活者は?」

 

 

 もう一つの問題である地下生活者の事を聞く。ゲマトリア襲撃があった以上、フランシスは確定で出てくる。フランシスは地下生活者を解放するだろう。フランシスはそのまま殺されるだろうが……地下生活者がどうするか分からない。

 

 

『テラツリが暴れ出すまで、一ヶ月ほどの猶予がありました。本来ならあり得ませんが、地下生活者は能力だけなら無法ですから。テラツリを利用してやろうと思ったんでしょう。その隙に地下生活者は……無名の司祭と同じような事をしたんです。テラツリを悪用して、あの娘を反転させようとした。ですが……』

 

「無名の司祭と同じように叛逆された訳ね。バカな奴」

 

 

 セトは吐き捨てるように言う。こちらの世界でゲームに参加したのは、テラツリが正気だったから。地下生活者がどんな人間で、どんな目的があったのか。それを知りたかったから。だから、態々乗ってやっただけ。そうでないなら問答無用で焼くだけだ。

 

 となると、残る問題は数少ない。

 

 

「……過去には誰が行ったの? あれは無視できない。全部がガタガタになる」

 

 

 こちらのホルスが行った工作だ。過去へカヤツリを送り、梔子ユメと接触させなければならない。目の前のホルスたちの世界は過去は共通している。どうにかして、帳尻を合わせる必要があった。

 

 

『二人ともです。二枚の大人のカードと、シッテムの箱の限定解除。それによる混沌の領域。それで、テラツリとテラノを分離。二人を過去へと送ったんですよ。後悔を晴らせるようにね』

 

 

 セトは感心した。それは暴走するテラツリを止め、過去の辻褄を合わせる一石二鳥の策だった。

 

 テラノは、ユメに会って立ち直るだろう。別世界とはいえ、梔子ユメだ。テラノをホシノだと信じる。テラツリは、何が一番大事だったのかを思い出す。

 

 きっと、それは上手くいったのだ。テラツリの暴走は止まり、テラノとテラツリの後悔に区切りがついた。万々歳の終わり方だ。幾つかの点を除いては。

 

 

「じゃあ、そっちの世界の小鳥遊ホシノは、梔子ユメに会えなかったか……」

 

『そこで、相談なんです』

 

 

 トリニティのホルスが、食い入るようにセトを見ていた。それだけで、セトは嫌な顔になる。何を聞いてくるかなんて、すぐ分かる。

 

 

「無理。奇跡は二度も起きない。トリニティルートならカヤツリがちゃんと、梔子ユメの真意を教える。そっちの小鳥遊ホシノなら、ちゃんと受け止められるはず。だって、邪魔した地下生活者はもう居ないんだから」

 

 

 そもそも、それだけが目的ではあるまい。それだけでセトはイライラする。トリニティのルートは、どうせ候補の数だけ分岐するから何の意味もない。ルートを小鳥遊ホシノだけに確定は出来ない。

 

 

「そんなに、カヤツリと小鳥遊ホシノをくっつけたいの? それは、あの娘の戦いでしょう! 上から口を出すのは恥ずかしいと思わない?」

 

 

 そう言ってやれば、トリニティのホルスは目を逸らした。恥ずかしい自覚はあったようだ。同じように、ゲヘナとミレニアムのホルスに向き直ると、二人は同じようにしたから。セトは回りくどく聞く。

 

 

「そっちの方舟はどうなったの」

 

『こっちは方舟は滞空してました。名もなき神々の王女のバックアップがある区画を吹き飛ばせばいいですから。その後のデカグラマトンもどうにかなりましたし、地下生活者もテラツリ君が始末しましたから』

 

『こっちも同じ。アリウスやトリニティが戦えない分、こっちは本船があります。それに、地下生活者がいないならどうにでもなりますよ』

 

 

 ネフティスの方も、名もなき神々の王女の方も頷いている。どうにも墜落まで行ったのは、必須要素が少ないトリニティだけらしい。後は、此方の世界と同じように行動できるように調整したようだった。

 

 その手際は良いのに。その後に考える事が最悪だ。

 

 

「さっきも言ったけど、交際の可能性はゲヘナもミレニアムも無理だから。トリニティは幾らでも可能性あるけどね」

 

『何とかなりませんか? 二人とも、あんまりにも見てられないんですよ……あの引きこもりが、あんなことするから』

 

「あんなこと?」

 

 

 何故かミレニアムの方は泣きそうになっていた。地下生活者が何をしたのか気になって聞けば、ミレニアムの方は吐き捨てるように言う。

 

 

『結局、其方と同じように二人を過去に送る羽目になりました。梔子ユメの後悔は解決しましたが、あの娘はカヤツリと、あり得た未来を想像して傷ついたんです。いつ爆発するか分かりません。カヤツリ君も、梔子ユメを振って戻ってきたんです。あの娘を気遣うどころでもない』

 

 

 それを聞いて、セトの表情が歪む。

 

 確かに予想できる事だ。梔子ユメを乗り越えても、ミレニアムの方の小鳥遊ホシノは、カヤツリの後悔が残っている。誤魔化したそれを、地下生活者の顛末で見つめる事になってしまった。

 

 カヤツリも、梔子ユメの事で一杯一杯だろう。なにせ、本当に梔子ユメが好いてくれていたと知ってしまったから。

 

 そして、悩むセトの耳にもう一つの声が入る。

 

 

『一応言っておきますが、私の方でもカヤツリが酷い目に合っています』

 

 

 いつの間にか、そう言うゲヘナの方は眉間の皺が深くなっていた。

 

 

「……脅し?」

 

 

 眦を吊り上げて、セトが食って掛かると。ゲヘナのホルスはため息をつく。

 

 

『違いますよ。トリニティの方とは違って、私の方も方舟は落ちませんでした。だから、トリニティの方とは展開が少し違うんです』

 

 

 ゲヘナのホルスは宙を見つめて、話し出す。

 

 

『方舟での展開は、そう変わりません。違うのはテラツリのダメージです。トリニティとアリウスがいない分、テラツリが虚妄のサンクトゥムの守護者を撃破しました』

 

 

 セトの苛立ちが募るが、それを何とか抑えこむ。それが意味することは明白だ。蘇生回数が一番多いという事。つまり、その分再生した部分が多い。

 

 テラツリが正気を失っているのは、死に過ぎたからだ。シロコ・テラーの即死攻撃を耐えるため、使わない機能を切り捨てすぎた。

 

 だから、物理的に欠損すればそこは再生する。全身にダメージがあれば、機能は元に戻る。トリニティルートはそうでは無かったから、正気を失っていたのだ。

 

 セトの苛立ちを理解したのか、ゲヘナのホルスはそそくさ話を進める。

 

 

『正気を取り戻せば、流れは其方と同じです。地下生活者が活動を開始した』

 

「……上手くいったんでしょう?」

 

 

 今ここに居るのが上手くいった証。そう聞けば、ゲヘナのホルスは頷く。

 

 

『ええ、地下生活者の混沌の領域を使い、テラノとテラツリを分離。トリニティとは違い、此方の世界のあの娘とカヤツリは過去へと飛び梔子ユメと会った。そこはあなたたちと同じです。ミレニアムの方もね』

 

「じゃあ、何が不満だと?」

 

『こうですよ』

 

 

 ゲヘナのホルスが画面を弄る。

 

 すると隠し撮りか、小鳥遊ホシノに対応するカヤツリの姿が映るが、どこか妙だった。傍には空崎ヒナもいるが、どこか不安そうだ。どうにも様子がおかしい。

 

 

「……何? 凄いぎこちないというか。雰囲気が最悪だけど」

 

『記憶が戻ってしまったんです』

 

 

 最悪の言葉を、ゲヘナのホルスは吐く。そして、もう一度聞こえるように言った。

 

 

『地下生活者が、カヤツリの記憶を戻してしまったんですよ』

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