ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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314話 世界はそれを

「おおう……」

 

 

 ゲヘナルートでは、カヤツリが記憶を取り戻した。それを聞いた時、セトはうまく言葉を返せなかった。

 

 そうであるなら、この様子も納得がいく。

 

 

「最悪……あの引き篭もりが……!」

 

 

 セトの口から怒りが溢れる。なんて事をしてくれたのか。八つ裂きにしてやりたくとも、あの引きこもりは炭になっているからどうしようもない。

 

 

「はぁ……最初から説明してもらってもいい?」

 

『……へぇ? 聞いてくれると?』

 

 

 ホルス達は、予想外みたいな反応だった。それも当然かもしれない。さっきまでは聞くつもりなど毛頭なかったのは事実だ。

 

 

「別に、無理矢理に小鳥遊ホシノとくっ付けようって訳じゃないんでしょ?」

 

『そうですね。……それが理由ですか?』

 

 

 それだけで十分。それなら相談くらいは聞く。セトにとっては、それだけの理由だった。

 

 

「別にね。カヤツリが選ぶなら、小鳥遊ホシノだって良いの。だから、私はあの日に何も言わなかった」

 

「そうなんですか? 恐ろしく怒っていたじゃないですか」

 

 

 モニターからではない声に目をやれば、こちら側のホルスが再起動していた。

 

 画面と、目の前のホルスは目を丸くしてセトを見ている。

 

 

「さっきまでだってそうです。あの娘との交際に乗り気でなかった。どんな風の吹き回しですか」

 

「どんなも何も、私は態度を変えてなんかいない。あの日から、今の今まで、一度もね」

 

 

 ホルス達を睨め付けて、セトは口を開く。

 

 

「私はカヤツリの自由意思に任せてる。だから、あの子の選択に口を挟んでも、決めたなら邪魔しないことにしてる」

 

 

 あの問答で小鳥遊ホシノの評価を待ってほしいと言われた。だからセトはそれだけに徹した。内心でたとえ、相性は良くないと分かっていてもだ。

 

 これは、カヤツリの人生。セトはこのキヴォトスに来る気はなく、偶然と必然が重なって放り込まれたに過ぎない。だから、ここを生きる資格はカヤツリにあるのだと思っている。

 

 

「私が手を出すのは、私の領分の時だけ。それこそ、無名の司祭や名もなき神々。それと私の因縁。それは私の最低限の責任だから」

 

 

 だから、助言はする。警告もする。それでも進むなら、何も言わない。これは、カヤツリの人生だから。セトの人生ではないし、他の誰かのものでもない。

 

 

「私が、この鳥頭に怒ったのは、カヤツリの選択を捻じ曲げようとしたから。世界の為、カヤツリの為、小鳥遊ホシノの為ってね」

 

 

 ここまで言うと、ホルス達の顔に理解の色が広がっていく。

 

 

「だから、どうすればいいかのアドバイス。別の道を示すくらいは良い。強制しないならの話だけど」

 

『分かりました。あなたの言う通りにします。夢を介して、あの娘に助言するに留めます』

 

 

 ゲヘナのホルスはそう言い、ミレニアムのホルスはただただ頷く。二人ともセトの条件を受け入れる事にしたらしい。

 

 

『それでは、初めから説明します。方舟の流れはほぼ同一だと説明しましたが、それ以降もほぼ同じです』

 

「ハイランダーが来た?」

 

 

 セトの世界のキッカケ。それはハイランダーによる砂漠横断鉄道の工事だった。あそこから、芋づる式に事態が動き出す事になる。

 

 砂漠横断鉄道の契約、梔子ユメの手帳、小鳥遊ホシノの後悔。それら全てのキッカケがあれだ。

 

 今思えば、あれは地下生活者の手引きだった。ハイランダーが来たのは、私募ファンドとネフティスがシェマタを手に入れるための布石。その為に、地下生活者は忘れられた筈の契約を日の元に晒した。ハイランダーが来るとは、そういう事だ。

 

 その意味をホルス達も分かっているのか、質問は飛んでこない。

 

 

『……多少の期間をおいて、地下生活者が活動を開始しました。テラツリを探す対策委員会はそれを中断、ハイランダーの対応をせざるを得ませんでした。その瞬間から、地下生活者は過去の夢を見せました』

 

 

 らしからぬ盛大な舌打ちがホルスの口から溢れたのを、セトは聞こえないふりをした。地下生活者の目的はハッキリしている。

 

 

「揺さぶり?」

 

『ええ、揺さぶりをかけ、カヤツリと小鳥遊ホシノと空崎ヒナ。それぞれを全員から分断するのが目的でしょう』

 

 

 ホルスの言う通りだと、セトも思う。地下生活者の作戦は初動が一番大事だ。

 

 小鳥遊ホシノを反転させる事が、地下生活者の目的。その為には小鳥遊ホシノに精神的ダメージを与える必要があった。

 

 方法は簡単。過去の後悔を突いてやればいい。ただ、小鳥遊ホシノも過去を思い出しただけで簡単に反転しない。後輩や先生、梔子ユメの遺した意思が小鳥遊ホシノを引き止める。

 

 一番の問題はカヤツリだ。カヤツリがいる限り、小鳥遊ホシノは反転しない。記憶の有無は関係はない。カヤツリは、幸せだった日々が確かにあった証だから。

 

 

『カヤツリ君が居れば、あの娘は安定する。でも、そちらの世界ほどではない。あの娘の手にはカヤツリはもういない』

 

「そこで、シェマタを使う事にしたと」

 

 

 セトは地下生活者の思考を追いながら、口を回す。

 

 

「シェマタを使う以上、過去だけじゃなくゲヘナ、空崎ヒナも絡んでくる。そこに目を付けた。過去と今を対比させ、後悔を増幅させようとした」

 

 

 きっと、地下生活者が夢を見せたのはカヤツリだけではない。小鳥遊ホシノにも見せたはずだ。それも、過去の幸せだった時の記憶。カヤツリと梔子ユメがいた時の記憶を。

 

 夢から目が覚めれば、夢とは違う悲しく辛い現実が待っている。そして、シェマタの件が追い打ちを掛ける。

 

 カヤツリもそれどころではない。過去を夢で追体験させられたに違いない。それも、中途半端に。

 

 昔と今で、カヤツリは板挟みになる。記録では無く記憶。実感として小鳥遊ホシノへの好意を思い出してしまった。これではマトモな介入が出来る状態でない。

 

 

『空崎ヒナが介入しようにも、カヤツリとあの娘の間には口を挟めない。恋人であるけれど、それ以上に彼女には弱みがありますから』

 

「はぁ……記憶を飛ばして寝取った様なものだからね」

 

 

 あんまりな言い方であるが、そういう見方もできる。記憶のない、誰かに好意のあった男を好きになってしまった。

 

 それこそ、どこかの少女漫画でありそうな展開だ。記憶を失った男に、他の女の影。その女は男を誘惑するも、男はヒロインの所へ戻ってくる。勝利が約束されているからこその、甘い恋を引き立たせる多少のスパイス。

 

 だが、そうはならなかった。カヤツリは帰って来なかったし、小鳥遊ホシノはヒロインではなかった。

 

 無情な現実を想像しつつ、セトはゲヘナのホルスへ話を振る。

 

 

「空崎ヒナは、それを自覚していたんでしょ? 他のこともさ」

 

『ええ、あのゲヘナの娘は聡い。いえ、ずっと引っかかっていただけかもしれません』

 

 

 ホルスはどこか同情の色が強かった。ヒナはヒナなりに苦しんではいたのだろう。

 

 なら、次の手は容易に読めた。セトは口の端を歪ませて、続きを聞いた。

 

 

「地下生活者はそこを突く。そして、ある可能性も見せたんじゃない? 空崎ヒナが、あの夜に来なかったらのもしもをさ?」

 

『やっぱり、性格が悪いですね』

 

 

 悔しさか、そうさせた地下生活者への嫌味か、ゲヘナのホルスが悪態を吐く。きっと正解なのだ。

 

 

 これの何が救えないかといえば、記憶を失ったのは空崎ヒナが原因の一端である事だ。

 

 ヒナがあの場に居たから、カヤツリは居なくなった。カヤツリは、梔子ユメを探せなかった。もしかしたら、カヤツリが間に合っていれば、梔子ユメは生きていたかもしれない。

 

 そんな可能性を提示された小鳥遊ホシノからしたら、憎んでも憎み足りない。何をヒナから言われても、耳には入らない。

 

 対策委員会とゲヘナの連携など望むべくもない。恐らくは、今の想像をヒナに向かって突き付けたのかもしれない。

 

 カヤツリがいれば何とかなっただろう。でも、カヤツリはそれどころではない。自身のアイデンティティに罅が入っている。

 

 こうなったら、どうしようもない。三人はバラバラになってしまった。

 

 

「……それで、上手いこと小鳥遊ホシノを分断した訳だ。そこで、テラツリはどう関係してくるの?」

 

『……地下生活者は、あの娘を苦しませたかった。自分を否定させたかった。あの娘は……自身の選択を後悔しています。だから、それを再度、突きつけるつもりだったんです』

 

 

 怒りと悲しみ。正反対の感情が混ぜこぜになっていた。ゲヘナのホルスは吐き出す様に言った。

 

 

『地下生活者は、テラツリだけを分断して、あの娘に会わせるつもりでした。テラツリにも夢を見せ、テラノとあの娘を誤認させようとした』

 

「ああ……」

 

 

 えげつない方法に、セトは掛ける言葉もない。

 

 地下生活者の想定通りなら、テラツリは小鳥遊ホシノを、テラノの様に扱っただろう。

 

 もう会えないと思った大事な人が目の前にいる。きっと抱きしめて、泣くかもしれない。

 

 小鳥遊ホシノは、テラツリがシロコ・テラーと同じ世界から来たことは知っている。そのテラツリが、小鳥遊ホシノを抱きしめるのだ。泣きながら、色々な事を話すだろう。

 

 そこで、小鳥遊ホシノは突きつけられる。ここまで、カヤツリに思われた自分も居たのだと。その可能性があったのだと。

 

 今まで、その未来は夢や可能性でしかなかった。かもしれないで、見ないふりができた。でも、目の前にその未来そのものがあればどうだろうか?

 

 お前はこうなれたかもしれない。それを突き付けられた。なら、次はどうしてそうなってしまったか考える。

 

 空崎ヒナのせいだろうか? 何も言わなかったカヤツリのせい? それとも、勝手に遭難した梔子ユメのせい?

 

 違う。そもそもの原因は、梔子ユメに暴言を吐いた、小鳥遊ホシノのせい。小鳥遊ホシノは、そんな風に考える。なにせ、ここの世界はそうだったから。

 

 そして、小鳥遊ホシノは反転する。というのが、地下生活者の計画だったのだろう。ただ現実は、そうボードゲームの様にはいかない。セトは先を見て目を細める。

 

 

「でも、そうはならなかった」

 

『はい。そちらの私の言う通り。テラツリに干渉した瞬間、テラツリに焼かれました。その上、テラノまで目覚めましたからね……』

 

 

 あれだろう。寝ているとはいえ、片割れが別世界の自分を誤認させられようとしているのだ。最大規模の直感が動いた。だってホルスは純愛過激派だから、寝取りの気配には敏感だろう。

 

 ただ怪我の功名というべきか、地下生活者のお陰で、テラノが復活した。そうであるなら、テラツリはどうにでもなる。

 

 ハイランダーも、地下生活者の介入がなくなれば、どうということもない。先生はそのくらいは簡単に対処できる。

 

 

「そこで残ったのは、メンタルをズタズタにされた三人って訳か」

 

 

 セトが話の肝を言うと、二人のホルスが頷いた。

 

 

『そうです。過去に飛ばしても、梔子ユメの後悔が晴れるだけ。あの三人の問題はそこではありませんから』

 

 

 大体の流れを把握して、セトは大きな溜め息を吐いた。

 

 ゲヘナのホルスの言う通り、問題はこれからどうするか。記憶のない時と同じ様に空崎ヒナを選ぶのか、記憶のある時に従って小鳥遊ホシノを選ぶのかだ。

 

 

「選択肢は三つある。小鳥遊ホシノか空崎ヒナのどちらかを選ぶか、誰も選ばないか」

 

『それで、あなたはどれを選ぶんですか? まさか、選ばないなんて言いませんよね』

 

「当然。だけど、選ぶのはカヤツリだから」

 

 

 そう言うと、ホルス達は一斉に黙った。同じ顔が同じ表情をしているのは、相当に気持ち悪い。

 

 

『彼は選べると? それがあなたの選択ですか?』

 

「選べる。カヤツリは選ぶしかない。自分で決めて選ぶの。まずはそこから」

 

 

 セトは迷いなく言っても、ホルスは信じていない。確認するかのように、同じ事を繰り返す。

 

 

『分かってますか? 空崎ヒナは仇なんですよ? 彼女のせいで、カヤツリ君は間に合わなかった。そのせいで記憶を失った。それを飲み込めるというんですか』

 

「でも、空崎ヒナは言った。記憶がまだ戻っていない時期にちゃんとね。謝りすらした」

 

 

 ホルス達は押し黙る。これに言い返せはしない。実際にあった事だからだ。

 

 

「それは、言わなくてもいい事だった。でも空崎ヒナは言ったの。私はあなたの仇だと。はっきりではないけど、言ったと言う事実が大事」

 

 

 付き合う前に、そのイベントはあった事は知っている。向こうのカヤツリが独白していたくらいだ。ホルスだって知っている。

 

 その証拠に、顔が納得出来ない不満で一杯だ。

 

 

『幾ら、その場で納得しても仇は仇です。いつか納得出来ない日が来ますよ。もっと慎重に……』

 

「でも、愛ってそういうものだと思うけど?」

 

「は……?」

 

 

 セトの言葉に、こちらのホルスは理解できないモノを見る目を向けた。そのまま勢いよく捲し立てる。

 

 

「そんなわけがないでしょう!? 愛とは、もっと穏やかで、幸せなモノのはずです! 仇と知りながら一緒になるんですか!? 許せない気持ちをどこか抱えたままで? こんなに殺伐として、苦くて、苦しいものでありません!」

 

「でも、それが愛だと私は思う。そっちは違うの?」

 

「違うに決まっているでしょう!」

 

 

 これだから、純愛過激派かつ、お子ちゃまは困るのである。まるで本質が見えていない。セトは小さくため息をついた。

 

 

「じゃあさ。空崎ヒナじゃなくて、小鳥遊ホシノを選ぼうか。そっちも地獄だけど? 空崎ヒナは悪気があったわけじゃない。結果として、そうなっただけ。悪気なく梔子ユメを殺したかもしれない小鳥遊ホシノと、悪気なくそうした空崎ヒナ。何が違うって言うの? それとも、選ぶなと。そう言うの? それこそ誰も幸せにはならないけど」

 

「う……」

 

 

 呻いたホルスに、セトは更に畳みかける。

 

 

「愛って言うのは、退屈や苦しみの中で好きでいたい理由を探す行為の名前。私たちの世界のカヤツリと小鳥遊ホシノを見て、私はそう思った」

 

「何ですか!? あの娘たちがそうなるって言うんですか!?」

 

「なる。断言してもいい。いつか、熱は冷める。愛は枯れる。特別は普通に成り下がる。永遠に続く気持ちなんて、そんなものは無いの」

 

『どうして、そう思ったんですか?』

 

 

 今まで黙っていた、ミレニアムのホルスが聞いてくる。目の前のホルスとは違って、冷静に聞いてきていた。

 

 

「こっちの世界の小鳥遊ホシノは、最初からカヤツリが、本当の意味で好きだったわけじゃない。あの、二人だけの大喧嘩。あそこで初めて好きになった」

 

『……おかしくはありませんか?』

 

 

 ゲヘナのホルスが不思議そうに言う。

 

 

『好きだから。あそこまでしたのでは?』

 

「好きにも種類がある。あの時までの小鳥遊ホシノの好きはね。執着って言うの」

 

 

 あの時の小鳥遊ホシノの好意の多くを占めた物。それは、愛ではない。恋でもない。あれは唯の執着だったとセトは思う。

 

 

「梔子ユメがいたという幸せの証。それが小鳥遊ホシノにとってのカヤツリだった。それが傍に居てくれる間は、救われたように感じた」

 

『……だから、居なくなることを察知して狂乱した?』

 

「そう。だから、あんな暴力的な手段に出た。そうでなくとも、同情を誘ったりとか。まあ、トリニティルートみたいにいじらしい手を使ったりとか。全部が小鳥遊ホシノの都合。カヤツリの事なんて考えもしない。世界はそれを執着と呼ぶの」

 

『しかし、それはカヤツリ君も同じでは? あの娘を贖罪の道具の様に使ったのは否定できませんよね?』

 

 

 ゲヘナのホルスの言う、その通りであるから、セトは頷く。お互いに互いを利用した共依存。それが梔子ユメが居なくなってからの二人だ。

 

 

「だから、相性が悪いって言ったの。思い出してもみなさいよ。セトとホルスの仲が良いなんて、悪い冗談でしょう?」

 

『……それが、あなたの言う愛の話にどう繋がるんです?』

 

 

 軽い冗談だったが、ゲヘナのホルスは居心地悪そうに話を逸らした。逸らしたというよりは軌道修正だろう。セトは改めて、愛とやらの話に戻る。

 

 

「さっきも言ったけど、愛って言うのは枯れる物。永遠なんてない。人は快楽に慣れる生き物だから。今では目新しく楽しいそれも、ありきたりの物になる。でも、そこから人生は続く。お互いの人生を続けていくなら、ありきたりの中から、一緒に居る理由を見つけなきゃいけない。毎回毎回ね」

 

 

 ホルスたちは何も言わない。考えているのか、目を瞑っている者すらいる。セトも、その時の事を思い出そうと目を瞑る。

 

 

「あの喧嘩の時、カヤツリは苦しむ小鳥遊ホシノを見て、自身の気持ちから愛を見つけた。小鳥遊ホシノはね。そこまでしてくれるカヤツリを通して、今の自分を俯瞰したの。それで恥ずかしくなった。カヤツリにふさわしい自分になろうとした。それは、愛なんじゃないの? 利用と執着の中から、二人は好きでいる理由を見つけ出した」

 

 

 目を開けば、次の場面も直ぐに思い出せる。

 

 

「小鳥遊ホシノが精神世界に乗り込んできた時、私は言う事を聞く気はなかった。でも、小鳥遊ホシノは努力すると言った。だから、ずっと見ていたの。エデン条約、名もなき神々の王女、アトラ・ハシースの方舟、最後に砂漠横断鉄道」

 

 

 それは、これまでの二人の間にあった軌跡。その全てで困難が二人を襲った。打ちのめされるのも、そうでない事も。全てをセトは見ていた。

 

 

「色々あった。隠し事が発覚したり、エゴで相手を振り回すこともあった。でも、小鳥遊ホシノはカヤツリのことを考えるようになった。カヤツリもそう。自分の事も勘定に入れるようになった。それは、お互いの事を考えるようになったから。お互いの事と自分の事を考えて、お互いの人生の中から、好きでいるために、一緒に居るために、何ができるのかを探すようになった。世界はそれを愛と呼ぶの」

 

 

 小鳥遊ホシノを褒めるなど、初めてかもしれない。言ううちに、何だかイライラしてきた。これは敗北宣言だからだ。

 

 

「私は負けを認めた。あれなら、大丈夫でしょうってね。だから、同じことをすればいい」

 

『何をするんです?』

 

「そっちの小鳥遊ホシノは執着だけ。どうして執着するのか。執着したいのかを考えたことが無い。ゲヘナはカヤツリがいなくなり、ミレニアムは突き放しちゃったから。小鳥遊ホシノは考えられてない。執着に振り回される」

 

 

 そして、トリニティルートはそうはならなかった。ブラックマーケットでの遭遇と、カヤツリのか細い支援を切っ掛けに、そのことを小鳥遊ホシノは考えたのだ。

 

 考えて考えて、自分なりに理由を見つけた。だから、他の候補と太刀打ちが出来る。空崎ヒナも、調月リオも、トリニティの面々も、カヤツリも、此方の世界とトリニティの小鳥遊ホシノですらしたことだ。ゲヘナとミレニアムの小鳥遊ホシノに出来ないとは言わせない。

 

 

「伝えればいい。ちゃんと考えろって。カヤツリも空崎ヒナも考えるから時間はある。そうすれば空崎ヒナと戦えるでしょう。選ばれなくても納得は出来る。カヤツリは死ぬほど小鳥遊ホシノに甘いんだし」

 

『選ばれないのに?』

 

「前にも言ったかもしれないけど、何があっても小鳥遊ホシノはカヤツリの相棒なの。それはたぶん揺るがない。もしかしたら、伴侶よりも強いかもしれない」

 

 

 ゲヘナとミレニアムのホルスの目が輝いている。活路と希望を見出したらしい。一応、トリニティも不承不承に頷いていた。

 

 

「ゲヘナ向けに言ったけど、ミレニアムもそれでいいの?」

 

『ええ、それで大丈夫です。勝負はあの娘の物ですからね。調月アリスは兎も角、クソ従者がネックですが……』

 

「クソ従者……?」

 

『ああ、やっぱり知らないんですね。こっちの話です』

 

 

 ミレニアムの方は答える気はないようで、口を開こうとはしなかった。ホルスたちは納得したようで、セトは一安心する。

 

 

「じゃあ、さっさと帰っ──」

 

『待ってください……』

 

 

 セトはうんざりした顔を、モニターに向ける。声を出したのはやっぱり、ネフティスのホルスだった。王女の方は未だに口をへの字に結んでいる。

 

 

「……今の答えじゃ不満?」

 

 

 語気を強めにすると、ネフティスの方は恐々と頷いた。どうにも様子がおかしい。自信過剰なホルスらしくはない。何というか、芯がポッキリ折れている気さえする。

 

 

『ああ、ネフティスの方は今のじゃ無理でしょうね』

 

『ああではね』

 

『王女の方とはまた別の方向でダメですからね』

 

 

 ゲヘナ、ミレニアム、トリニティのホルスたちが、微妙な顔でネフティスの方を慰めていた。こちら側のホルスと言えば、険しい顔でセトを睨んでいる。相談に乗れということらしい。なんて面の皮が厚いのだろう。

 

 

「はぁ……どうせ、カヤツリがやらかしたんでしょ?」

 

『!? なんで……』

 

 

 びくりとネフティスの方が震えた。驚いたのか目を丸くしているが、そんなのは簡単だ。

 

 

「だって、こっちのホルスは順番を気にした。小鳥遊ホシノがやらかした方を先に見せた。だったら、最後はカヤツリがやらかした方でしょう? 見せ方の問題にすぎない。先に見せた方が印象が薄れるからね。料理漫画とおんなじ。後出しの方が、いつも勝つでしょう? 例外はあるけどね」

 

 

 今回の乱入であやふやになってしまったが、ホルスの狙いなど読めている。最初に小鳥遊ホシノの失態を出して、最後にカヤツリの失態を出す。それで言うのだ。でも、カヤツリも悪いんですよと。

 

 セトは、あまりの浅知恵に呆れつつ。ネフティスの方に手を振って催促した。

 

 

「役に立たなさそうだけど、おんなじ顔が五人もいるの。まともな考えが多少は出るでしょうよ。だから、さっさと見せつつ、端的に言って」

 

 

 ネフティスのホルスは、何度も頷いて。画面を切り替えた。画面の中心に白黒の砂嵐が吹き荒れ、それを周りの小さい画面から他のホルスが見る。

 

 そんな中で、ネフティスのホルスは重い口を開いた。

 

 

『カヤツリが居なくなってしまったんです……』

 

 

 その一言には、やるせなさが溢れていた。何があったのか、それを聞こうとすると同時に、画面の砂嵐が収まる。

 

 暗い部屋だ。そこにカヤツリと小鳥遊ホシノが向かい合っている。

 

 二人の表情は暗く、流れる雰囲気もどこか張り詰めているのが伝わって来た。嫌な予感がひしひしと、セトの背中を這い上って来る。

 

 いや、予感ではなく、もう分かっていた。ネフティスルートというなら、このタイミングしかない。

 

 

『なら、全部……カヤツリのせいだよ!』

 

 

 画面からの、そこに映るまだ髪の短いホシノの絶叫。それを叩きつけられたカヤツリは何も言わない。それどころか、今にも消えてしまいそうだ。

 

 でも、画面の中の小鳥遊ホシノは、それに気づきもしない。止めとばかりに、言ってはいけない事を口に出した。

 

 

『出てってよ! 今すぐここから出て行って!』

 

 

 湧き上がった感情を押し殺す。言いたいことは山ほどあるが、それは見終わってからだ。

 

 そう自分に言い聞かせ、セトはネフティスルートの始まった画面をじっと見た。




次回、ネフティスルート。
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