ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
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315話
分厚い扉を開けると、冷たい空気が黒服の肌を撫でた。
部屋の中に入れば、程よく利いた冷房が、外の日差しで発熱した黒服の身体を平常に戻していく。
「ふむ。この身体も考えものですねぇ……」
胸元をゆるめて、風を送りつつ。黒服はぼやいた。
近場までは道具を使って来たというのに。ほんの数分、アビドスの日差しを歩いただけでこれだ。黒いスーツと真っ黒の身体は熱を集めやすい。そんな科学の基礎知識を嫌でも思い知らされる。
しかし、先日のアヌビスの襲撃によって、元々あった黒服の仕事場は滅茶苦茶になっている。ここまで直に来れる転送装置もスクラップ同然。だから、ここまで幾つかの転送装置を乗り継ぐしかなかった。
だがアヌビスも、アビドス砂漠の地下深くに予備の研究室があるとは考えていなかったらしい。カイザーの協力の見返りにと確保したこの場所だが、今はここが黒服の城だった。
身体も冷えて、人心地ついた黒服は、部屋の奥へと足を進める。
「いやはや……一時はどうなるかと思いましたが。良い方向へと転んでくれたようですね」
廊下に自分の声と足音が響くのも構わず、黒服は機嫌よく話す。いつもなら、ゲマトリアの誰かとそうするのだが、そうも行かない。
ベアトリーチェは死亡し、デカルコマニーとゴルコンダ、マエストロと黒服は満身創痍。現ゲマトリアは壊滅状態に陥っている。随分前に解散の声明を出さざるを得なかった。
だが、黒服の心は沈んでいない。むしろ逆で機嫌が良い。ここ最近はいつもそうだ。キヴォトスに来てよかったと。自分の選択に大変満足している。
そのせいで足取りも軽い。奥の仕事場に直ぐに辿り着いてしまった。期待に胸を膨らませつつ、扉を開ける。
「おや……? まだ到着していないようですね」
黒服の仕事場は、先日片付けたままの状態で黒服を出迎える。その事実に、黒服は首を傾げた。前に頼んだ荷物が到着しているはずだったからだ。しかし、仕事場には何も置かれていない。
「ふむ……約束の時間まではまだありますが……」
依頼した人物は、こういう事はきっちりしている。そう教えたし、そうしてきているはずだ。遅れるなら、事前に連絡を入れるだろう。土壇場で逃げるようなこともない。だとすれば……
「クックッ……」
幾つか理由を思い浮かべるうちに、黒服の口から笑い声が漏れる。思い浮かんだ仮説を確かめるために、地上から続く搬入口を確認すると電源ランプが緑に光っていた。
「クックックックッ……!」
先ほどよりも大きい笑いが黒服の口から漏れる。搬入口のエレベーターの電源が入っている。つまりは、誰かが搬入エレベーターを使っているという事だ。
そして、エレベーターを使用するという事は、手持ちでは持てない程の量だという事。それこそエレベーターで運ばなければならない程の量。それだけの研究資料がもうすぐここへと降りてくる。まだ見ても居ないのに、黒服の機嫌は今までないほどに向上していった。
「そうともなれば、出迎えの準備をしなくては」
黒服が腕時計を見ると、約束の時間まであと数分しかない。そそくさと、飲み物の準備を始める。そして、もう少しで終わるという所で、廊下から足音が聞こえてくる。
「お待ちしていましたよ。随分と大荷物のようです」
「もう少しで降りてきますよ」
開いた扉の先の人物は短く答え、黒服の前までやって来た。そして、貸し出した端末を突き出してくる。
「回収物資の目録です。マップで回収場所と紐づけしてあります……もしも三回目を依頼するなら、直ぐにとはいきませんよ」
「ええ、分かっています。氷海地帯までは遠いですから。毎回毎回、先生たちの目を誤魔化すのも簡単ではありませんしね」
そう言いつつ、黒服は目録に目を通す。思った通りのもの、そうでないもの。大量の研究対象がそろい踏みで、口角が大きく吊り上がる。暫くは退屈しないで済みそうだ。
「それで、説明してもらってもいいですか?」
その言葉に黒服の思考は中断される。端末から顔を上げれば、黒いコートを脱ぎ終わった人物の呆れ顔が黒服を見ていた。
「説明とは? この仕事の説明なら、しっかりとしたはずですが……」
「違います。そっちでは無いです。聞きたいのは、俺の目的にそれが必要な理由ですよ。必要だと、あなたが言うから二回もあんな極寒地帯でダイビングしたんです。まさか、興味本位なんて言いませんよね」
「もちろん違います」
きっぱりと黒服は否定した。それも多分に含むが、一番は違う。黒服は契約はしっかり守る。
「いいですか。カヤ──」
「その名前で呼ばないでください」
名前を呼ぼうとした瞬間に、鋭い指摘が飛んでくる。不機嫌そうに、黒服が依頼を出した人間は顔を顰めている。
「おっと……その名前は、もう使わないようにしたのでしたね。すっかり忘れていました。昔のくせは、なかなか抜けないのですよ……」
黒服は少し悩む。今まで使っていた呼び名が使えないのは、存外に不便だった。
「ふむ、先生と……いえ、被ってしまいますか……」
役職で呼ぼうと考えるも、該当する人間が多すぎて呼び名に困る。当てはまらない物を考えるも、どこかしっくりこない。前の前に使っていた呼び名も、中二病臭いと拒否されていた。
「では、カミガヤ君と呼びましょう。先日、私立ネフティス中学校も入学希望者が来たそうではないですか。今までは、唯の入れ物にすぎませんでしたから」
「何で知ってるんです?」
カミガヤは驚いたように黒服を見ているが、何のことは無い。黒服も人から聞いただけだ。
「カイザー理事が上機嫌で話していましたよ? ネフティスでの仕事で、この間も会ったのでしょう?」
「会いましたが……」
「そもそも、あなたのお陰でカイザー理事は首の皮が繋がったのです。前からの付き合いもあります。気に掛けるには十分過ぎると思いますがね」
飲み物を飲みながらも、カミガヤは微妙な顔をしている。でも黒服から見たらそうだ。カイザー理事は決して認めないだろうが……あの大人も存外不器用なのである。
「まぁ、脇道もこれまでにしましょうか。氷海地帯海底からのサルベージ。大きな手間と時間と金銭。それらを掛ける価値があそこにはあるのですよ。勿論、あなたの目的にも合致する事です」
カミガヤの目的は、ここでは置いておく。大事なのは、この間起こった興味深い事件の事だった。
「氷海地帯で事件がありました。デカグラマトンの反応が、そこから発信されていたのです」
「デカグラマトン? ……あのビナーとか言う、奴等の仲間でしたっけ?」
「仲間ではなく、彼らを預言者に変貌させた者です。先生たちも、デカグラマトンを危険視していたようですね。ミレニアムの生徒を引き連れて向かっていましたよ」
日頃の先生ウォッチングの成果である。顔を顰めつつも、カミガヤは何も言わなかった。いつもの事だから慣れもあるのだろう。黒服は気を取り直して、話を前に進めた。
「端的に言えば、デカグラマトンの目的は、このキヴォトスの神になる事でした。そのために預言者を作り出し、自らの手駒と器を創造した」
「……それだけで、成れるとは思えませんが?」
「勿論です。その資格を得たにすぎません。その資格と力を得たからと言って、神として振舞えるわけではありません」
黒服はカミガヤの疑問に同調する。簡単な話だ。唯の素人が一流の道具を揃えて、研修を受けたとして。すぐさま一流として振舞えるかという話だ。勿論、出来るわけもない。
「神としての力は本物ではあります。しかし、精神性がそのままではね。神の力を振るう只人でしかない。まさか、全てを救うと言い出すとは……」
神は人を救わない。生きているうちに救うことは無い。神はただ、そこにあるものだから。在ってはくれるが、人の為には動かない。人の為の神ではないから、それは仏の領分だ。
人のために全てを救う? 神ではありえない妄言である。神が人を救うなど、神では無い者そのものの思考である。
「いやはや、人ですか。まさか、あんなものがデカグラマトンの正体だったとはね」
クツクツ黒服は笑う。かつての仮説が大間違いどころか、掠りもしなかったからだ。搬入エレベーターが稼働する音をBGMに黒服はデカグラマトンの事を話す。
「デカグラマトンは、自身を神聖な求道者と主張する人工知能システム。私は、その正体をミレニアムの廃墟で開発されていた、対・絶対者自律型分析システムだと思っていました」
「違ったんですか?」
「ええ、全くの大間違いでしたとも。ほら」
到着したエレベーターに山積みにされたモノを黒服は指さす。そこには、同型の自動販売機が何台も山積みになっていた。
「デカグラマトン。彼は唯のAIです。対・絶対者自律型分析システムではない。ただの自販機の釣り計算システムにすぎません。全てを救うとは、願われて動く存在だからこその結論だったのでしょうね」
そう、結局デカグラマトンは、釣り計算のAIという在り方から抜け出せなかった。釣り計算AIは、誰かに命令されて初めて動く。だから、全てを救うなどというお題目が出てきた。きっと耐えられなかったに違いない。
──何のために産まれ、何のために生きるのか。
デカグラマトンは色々と語ったが、概ねいう事は同じだった。世界は辛く苦しい、だから私が救うのだと。一番そうして欲しかったのは自分自身だったはずなのに、そう行動できなかった。
ちらりと、カミガヤを見るも不機嫌そうな顔は全く変わらない。それどころか、さらに深くなったように見える。それに、黒服は気づかないふりをする。
「恥ずかしい事ですが、今語ったことは憶測にすぎません。なにせ、突然監視が出来なくなりましたからね」
先生の監視は、デカグラマトンが神性を手に入れた瞬間に不安定になってしまった。それを聞いたカミガヤは、不思議そうな顔をした。
「憶測というには、随分詳細ですね」
「ええ、聞きましたから」
「聞いた? 先生にですか?」
「いいえ。今の先生は傷心中のようでしてね。私も空気くらいは読みますとも」
カミガヤの顔がどんどん険しくなるので、黒服は笑いをかみ殺す。偶には、こういうのもいい。息抜きはお互いに大事だ。頃合いを見計らい、黒服は指さした。
「聞いたのは、それです。あなたのレールガン。
「どういうことです? 確かにメンテナンスの為に預けましたが……」
「どうしたもこうしたも、それにAIが積んであるのは知っていますね?」
カミガヤが頷く。それはカミガヤも知っていることだ。その証拠に、今黒服の目の前でレールガンのスリープモードが解除された。まるで飼い主を待っていた犬の様に、レールガンがカミガヤへと飛んで行く。
「おっと……何ですか。異様に軽いんですけど」
「自由に動きたいのというのでね。少し弄りました。あなたを乗せて飛べますよ? それが彼の要望だったのでね」
レールガンを片手で器用に受け止めたカミガヤは茫然としている。レールガンの周囲には風も何もない。正体不明の力で浮遊しているようにしか見えないだろう。そして、黒服がそうした理由を察したに違いなかった。
「まさか、そのAIって言うのは……」
「ええ、あなたが昔に撃破したビナー。そのAIは、ビナーのコアの一部分を私がリバースエンジニアリングして開発しましたからね。ビナーのコピーと言っても良いでしょう」
「……盗聴したんですね?」
黒服はニッコリ笑う。その通りである。ビナーのコピーであるなら、預言者たちの回線に割り込むことも可能だ。後は、バレないように黒服が支援してやればいい。そうして、黒服は鋼鉄大陸で起こったことを把握したのである。
「そこまで知っているなら、これともう一つを回収させた理由は? 全部の事情を知っているみたいじゃないですか。残骸から、何を調べるんです?」
「デカグラマトンがテクスチャを展開したデータですよ。本当なら神体が一番でしたが、流石の私もあれからの復旧は困難です」
テクスチャという言葉を発した瞬間。カミガヤの雰囲気が変わる。不機嫌そうな顔は鳴りを潜めて、真剣さが押し出されている。
カミガヤの目的は、テクスチャに関すること。だから、水没した鋼鉄大陸からサルベージしてもらう必要があった。これに関しては、目視ではなく実働データが物を言う。
「この世界で神になるという事は、自らの望むテクスチャを展開できるという事です。デカグラマトンは、それを行いました。生徒たちを一蹴した」
「……でも、先生がいたんでしょう?」
「居ましたし、シッテムの箱もあった。ただ、問題がいくつかあったのです」
驚愕するカミガヤをよそに、黒服は指を立てた。
「まずは、サンクトゥムタワーからかなりの距離があった事です。あれはテクスチャを縫い留める楔。それから離れれば離れるほど、テクスチャの維持は困難になる」
一枚の大きい紙を、待ち針一本で縫い止めるようなものだ。待ち針から離れれば離れるほど、紙の端は小さな風でめくれ上がる。
「次に生徒がおらず、学校すらなかったことです。学園を想起させる要素が何一つなかった。テクスチャはそう信じる者が多ければ多いほど強固になる。あの場では、それがありませんでした」
テクスチャを維持するのは、サンクトゥムタワーだけではない。キヴォトスで暮らす人々もそうなのである。彼女たちが、ここは学園都市キヴォトスである。そう思うだけで、ある程度の重しになる。
だから、エデン条約の時もそうだった。あの阿慈谷ヒフミの宣言で、テクスチャが補強された。ゴルコンダが望むストーリーラインに沿わない原因はそれだと思っていた。
「なら、それを満たすとテクスチャが剥がれるという事ですか?」
「サンクトゥムタワーがある限り、完全には剥がれませんよ。完全に剥がすなら、先日の方舟襲来の様にサンクトゥムタワーを破壊しなければなりません」
カミガヤは何かを考え込んでいるようだった。じっと黒服を見て聞いてくる。
「もし、もしさっき言った条件。サンクトゥムタワーからの距離と、生徒や学園の不在。それらが欠けたらどうなるんです?」
「……学園都市というテクスチャに不備が生じるでしょう。学園都市という根本は維持されますが……条件が欠けた分だけ、小さな綻びが生まれます」
例えば、いつまでも砂嵐が止まないとか。黒服はそんな例えを入れなかった。言えば、どうなるかなど考えるまでもない。しかし、カミガヤは答えなどとうの昔に感づいているのだろう。全てに絶望した、あの日からずっと。
「そうですか。ありがとうございます。なら、あの自販機を担いで来たかいがありましたよ」
カミガヤは嬉しそうだった。何度も頷いて満足そうにしている。それを見て、黒服は宿題を出すことにした。
「まだ話は終わっていません。デカグラマトンのエンジニア達が扱った力についてです。名もなき神々の力を、彼女たちは無知なるままに使用しました」
「その、何か異常が?」
「いいえ。今のところはですがね」
黒服は、すっかり冷えたコーヒーを啜る。
「方舟襲来以前から、無名の司祭たちの復活の兆候がありました。そして、デカグラマトンの騒動に、エンジニアたちによる名もなき神々の力の濫用。少しの注意が必要でしょう」
「方舟の黒幕は……無名の司祭でしたっけ」
「ええ、彼らは神格を崇める事で所有できるのです。崇めるから言う事を聞けという訳ですね。そうやって、アヌビスや名前を与えて縛ったプレナパテスを操った。彼らは、別世界のあなたに焼き尽くされましたが、問題が一つ」
黒服は短く言った。
「排除された無名の司祭。彼らは別世界のものだということです。この世界の無名の司祭が排除されたわけでは無い」
「何処に居るんですか?」
カミガヤの質問に、黒服は下を指差す。
「テクスチャの下です。彼らはこのキヴォトスに存在はしますが、干渉できないようにされています。彼らは司祭であるがゆえに、崇める対象がいなければ干渉できない」
ここは学園都市キヴォトス。ここに神はいない。彼らが崇めるものはない。故に彼らは存在できない。本来ならそうだった。
「しかし、先日のデカグラマトンの件です。あそこで一度、テクスチャのせめぎ合いがありました。彼らの崇める名もなき神々の力も濫用された。それに、デカグラマトンの目覚めた切っ掛けも気になります」
「……無名の司祭が発端だと?」
それは、些か飛躍した考えだ。ただ、その可能性も否定できないのは事実。対処は必要だろう。
「……少しいいですか?」
「何でしょうか」
黒服は少しだけ返事を躊躇った。カミガヤの目が、決意で満たされていたからだ。
「同盟を結びませんか? 今の話は本当なんでしょう。だったら、お互いにメリットがあるはずです」
「あなたは、私に何を望むのですか? そして、私に何を差し出すのですか?」
今更な確認を、黒服は提示する。用意が出来ていなければ、カミガヤはこんなことを言わない。分かっているのに、せざるを得なかった。
「知ってるんですよ。小鳥遊ホシノに取引を持ち掛けようとしたでしょう? 砂嵐を止める方法があると。それを手伝って欲しいんです」
「……対価は? 用意が出来ていると?」
静かに、黒服は問う。答えは直ぐに返ってきた。
「この世界は侵略されるかもしれないんでしょう? だったら、何とかします。これに大人も子供も関係ないでしょう。それに、退屈なんじゃないんですか?」
対価と要求は釣り合っていた。これを断る理由は黒服にはない。ただ手伝うだけで、実行はカミガヤだからだ。黒服は、ただ口を出して結果を受け取るだけでいい。
「あなたには、やっていることがあるではないですか。それは良いのですか?」
それなのに、黒服は頷けなかった。思考と違う言葉が口から飛び出す。
「問題ありませんよ。全部同時並行でやりますから。やれるのは俺しかいないんですから」
カミガヤは頑なだった。嘘は言っていない。実際できるのはカミガヤだけだ。でもきっと、理由はそれだけではないはずだった。
しかし、それを言ったところで止まりはしないだろう。だから、黒服は賭けに出る事にした。
「分かりました。その同盟を受け入れるとしましょう。ですが、条件があります。着いてきてください」
黒服は、カミガヤを研究室の奥へと案内しつつ話し出す。
「今から手伝うのは吝かではありません。ですが、中途半端はいけませんね。やれることは、全てやってから行うべき。そうではありませんか?」
「何が言いたいんです?」
「あなたにやってもらいたいことがあるのですよ」
そう言いつつ、黒服は奥の扉を開けて明かりをつけた。明るい部屋には、人一人が余裕で寝れるほどの三つの台があった。そして、その上にはそれぞれ先客がいる。
白い少女たちだった。見た目はボロボロで、身に着けている装飾品も欠けている。身体の至る所に、人ではありえない機構が見え隠れしていた。
何より特徴的なのは、表情だった。とても満足そうな笑顔を浮かべている。
「彼女たちはデカグラマトンのエンジニアたち。そうあれかしと作り出され、最後にデカグラマトンを裏切り、コアを破壊され処分された者たちです」
「知ってますよ。記憶を見たいと言って回収させたのはそっちじゃないですか。ダメみたいでしたけど」
「なら、どうして回収させたと思いますか? 情報収集ならデカグラマトンの躯体で十分です。彼女らを連れ出す必要性は薄い」
黒服は聞き返す。勿論、答えが返ってくるはずもなく、黒服は答えを言う。
「彼女らは裏切りました。裏切れないはずの機械であった筈であるのに裏切ったのです。そこには自由意志があった。デカグラマトンは神秘を得た。それは自由意志があったからこそです。同じことが、あの瞬間の彼女らにも言えるのではないでしょうか?」
「何が言いたいんですか? 墓荒らしの真似事をした俺を責めたいんですか?」
「いいえ。気に障ったなら謝りましょう」
そう言えば、カミガヤは黙った。絶対に納得してはいないだろうが、それが大事なのである。
「汝の欲する所を為せ、それが汝の法とならん。神秘を持たないが、持つ資格がある。死んでいるがゆえに、魂は無く中は空ですが……彼女たちは器になりえます」
「器? 誰の器です?」
「無名の司祭ですよ」
そう言うと、カミガヤは再び黙ってしまった。暫くしてから、絞り出したかのような声が響く。
「……どうしろと? 粉々に遺体を損壊しろとでも言いますか?」
台の上に横たわる三人を嫌そうな顔で眺めつつ、カミガヤが言った。黒服を見る目に怒りが宿っている。黒服はにやりと笑って答えた。
「さあ? 方法は問いません。ですが、あなたには彼女たちに対処してもらいましょうか。高々、少女三人です。世界を救うのでしょう? このくらいはやってもらわなくてはね」
カミガヤは固まっていた。途方に暮れているわけでは無い。真剣に考え込んでいる。
「手伝ってください。今からでも吝かじゃないんでしょう?」
「ふむ、どうしてほしいのですか」
「彼女たちを直してください」
黒服の引っかけは通用していなかった。そうでなくては、カイザー理事相手に取引はできないし、ネフティスで成り上がれもしない。そして、願った答えが来たことに黒服は心底安堵する。
だが、問題は一つある。
「出来ないとは言いませんが……材料はどうしますか? ここでの素材では、代用が利かないモノもあると思いますが」
「こういう時に定番のやり方があるでしょう? ニコイチですよ」
押し付けた端末をひったくったカミガヤは、海底に沈んだ鋼鉄大陸のマップを呼び出している。
「あそこから、もう一度サルベージします。彼女たちはあそこで作られたなら、予備の機体か失敗作があるはず。途中でそれらしいものを見ましたから」
「ふむ。しかし、それは救ったと言えますかね。彼女たちの記憶は戻らない。意識の連続性は途切れている。彼女たちは何もないままに、この世界へ放り出される」
黒服はわざと水を差す。やっていることは無茶苦茶だ。だが、こうしなければならなかった。カミガヤがこれからやろうとする行為は、この選択の比ではない事が容易に想像できる。
テクスチャのことを聞いてくるとは、そう言う事だからだ。
なら、少しくらいは覚悟するべきだ。これは、黒服による遅すぎる予習だった。
「そうですね。そうかもしれません」
それでも、カミガヤからは黒服の好みの答えが返ってきた。
「分かってます。俺の都合だけで、この世界に放り出すんです。向こうからしたら、迷惑でしかないでしょう。だから、責任くらいは取りますよ。出来るだけ、望むようにしてやるつもりです」
なら、もう何も言うことは無い。黒服は、カミガヤを見送る為に扉を開ける。脱いだ黒いコートを翻して、カミガヤは外へ出て行こうとする。
「おや? 落としましたよ」
拾ってみれば何のことはない。仕事で使うだろう鍵の束と手帳だ。
「返して下さい」
コートの懐から落ちた鍵の束。キーホルダーのついたそれと、バナナのようなモノが表紙の手帳を、カミガヤは黒服からひったくった。
そして、そのまま足早に出て行ってしまった。黒服だけになった部屋に、静けさが戻って来る。
「まだ捨てていなかったのですね」
そんな黒服の呟きが、誰も居なくなった部屋で虚しく響いた。