ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
31話 アビドス廃校対策委員会
季節は春になった。校門前の桜は花開き、花弁が舞っている。開けた窓からは肌寒さの中に日差しの温かさが混じる朝の空気が吹き込んでいた。吹き込んだ風が教室の埃を吹き飛ばしていく。四月になって、ホシノとカヤツリは二年生になり、ホシノとの約束があったシロコと、遂に決心がついたのか十六夜後輩が入学してきた。入学式はずっとニコニコしながら、うへうへ言っているホシノを除き、つつがなく終わった。
今、カヤツリが何をしているかと言えば、教室の掃除だった。かつて、砂祭りのために使用されていた学園祭事務局のだ。人数が増えたことでカヤツリの空き教室では手狭になったため、ある程度の広さがあって比較的綺麗なこの教室が選ばれたのだ。残りの三人は、元々の空き教室を掃除しているだろう。
掃除する場所が逆だと思うのだが、カヤツリの空き教室は他の三人のたまり場と化しており、彼女たちの私物で浸食されていた。最近カヤツリは就寝用の小部屋に追いやられていた。文句を言おうにも、銀行強盗の件でグループ内の発言力が大幅に低下していたカヤツリに為す術はなかった。
教室の中には机や椅子、棚など基本的な家具はそろっていた。すでに溜まった埃は雑巾で落とし終わり、もう換気をするだけで終わりそうだった。開けた窓から空を見つめて物思いにふける。
これからの事はホシノともう相談済みだ。アビドス生徒会ではなく、新しい組織──アビドス廃校対策委員会を立ちあげることで話はまとまっている。
──アビドス生徒会名義の方がいいことは分かっている。
きっと、ホシノはまだ、あの部屋をそのまま残しておきたいのだろう。先輩がいたことを思い出せるように。先輩がいなくなってしまわないように。だから、新しい教室も生徒会室ではなくて学園祭事務局の教室を選んだのだ。
連邦生徒会の認可が下りているか、いないかの差は大きい。ただ、その話をしようとしたときのホシノの顔を見て、カヤツリは触れないことにしたのだ。きっとその方がいいだろうから。
「あ、綺麗になったね」
ホシノの声に振り向くと、三人はそれぞれの私物を持って教室の入り口に立っていた。三人は思い思いの場所に配置していく。空っぽだった棚は埋まり、教室の中には生活感が多少戻った。用意した椅子にそれぞれが座り、ホシノが音頭を取る。
「じゃあ、記念すべき第一回目のアビドス廃校対策委員会会議を始めようかな。意見がある人は挙手してね」
「ん!」
「銀行強盗はダメだよ。それに、ノノミちゃんのカードもダメだからね」
シロコが勢いよく手を挙げるが、すぐに下ろした。十六夜後輩は気まずそうな顔をしている。後輩組は全滅だった。確かに親の金で九億返すのはどうかとカヤツリも思う。
「カヤツリは何かないの? ほら、ヘルメット団をどうにかするとか言ってたでしょ」
「ああ、あれね。リスクの割にリターンがないから没にした。ホシノこそどうなんだ」
ホシノとの夜のパトロールの時に言った冗談である。ヘルメット団を見逃す代わりに強制労働させるという内容の。深夜テンションで考えた案だったが、落ち着いて考えればリスクばかりで、どうしようもない。ヘルメット団が言うことを聞くとは考えられないし、よしんば聞いたとしても、”また言うことを聞けば許してくれるだろう”の精神で同じことを繰り返されてはたまらない。そんな奴らの仕事を見張るくらいなら、自分でバイトした方がましだった。
「うーん。今ままで通りにやるんじゃダメだよねぇ」
「あの、生徒を増やしてみるのはどうですか?」
十六夜後輩がおずおずと発言した。真っ当な意見だ。ただとても難しいが。そもそも、アビドス高校に入るような生徒はそうそういないだろう。今年二人増えたのも偶然が重なって起こったものだからだ。
「じゃあ、今日はそれについて考えようかな。ノノミちゃんは案があるんでしょ?」
「やっぱり、復興の為にまだ頑張っている先輩達みたいな人がいる事を知らないと思うんです。だからイベントとか何かで知ってもらえばいいんじゃないでしょうか」
イベントと聞いて、カヤツリは嫌な予感がしてきた。少し前の十六夜後輩との会話と、それに伴う騒動を思い出したからだ。またアイドルなどという話になったら脱線どころの話ではない。悪ふざけでまたウィッグでも被せられてはたまらない。その姿を見てホシノが絶句するくらいだ。余程悍ましい絵面だったのだろう。あの惨事を再現する気はなかった。カヤツリは軌道修正を図る。
「アイドルはまたの機会にしてくれ」
「そうですよね……」
苦笑いする十六夜後輩を見て、カヤツリは思いついたことがあった。
「十六夜後輩は、どこでここの事を知ったんだ? 通っていた中学校でそんなに噂になっていたのか?」
「いえ、”まだ、アビドスの校舎に残っている人たちがいる”くらいでしょうか。あとは他の学校が廃校になったとかの噂が多かったですね」
あまり登校はしなかったので、細かいのは分からない。と続ける十六夜後輩の発言を覚えておく。そういえばシロコはどうしてここに来たのだろう。斜め前に座るシロコは退屈そうな顔をしている。彼女にとっては、まだよくわからない話だろうし、銀行強盗も却下されたから退屈になるのは分かった。
「シロコは?」
「偶々近くの何かありそうな建物がここだったから」
つまるところ、アビドス生徒会の活動自体があまり知られていなかったということだ。まあ、ずっと宝探しかバイトしかしていなかったから当然だったのかもしれない。これでは誰も来ないだろう。案外先輩の人助けの活動は理にかなっていたのかもしれない。これまでの話を聞いていたホシノは何か思いついたように口を開いた。
「じゃあさ、それで行こうよ」
「どうやる? 学校回ってビラでも配るのか?」
あまりに非効率だし、ビラ代もバカにならないだろう。疑わし気なカヤツリに対して、ホシノは笑いながら”違う違う”と手を振った。
「ほら、二人が来る前の事覚えてる? 前に助けた人がお礼言いに来たでしょ。今でも会ったら挨拶するから、パトロール経路の人たちは私たちの事を知ってると思うよ」
「パトロール活動で認知してもらおうって? そんな都合よく、生徒が困るところに遭遇するかな」
住人たちは武装はしているが生徒ほど強くはない。だからトラブルに巻き込まれやすいのだが。逆に生徒はそうではないことが多かった。
「登下校の時間帯とかを狙ってみるだけでも違うと思うな。時間はかかるかもしれないけどね」
「二人はどう思う?」
カヤツリは後輩たちに意見を求める。カヤツリとしては特に反対する理由もない。後輩二人も特に反対意見はないようだった。
「決まりだね。登下校の時間帯にパトロールをしてみようか。全員でね」
そうして一回目の対策委員会会議は終わった。
□
「カヤツリ。ちょっと」
夕方になって会議で話したパトロールに出かけようとしていると、二人には聞かれたくないのか小声でホシノが話しかけてきた。手招きするので近づくと、準備している二人には聞こえない声量で話す。
「流れで決まったけど、大丈夫なの?」
「なにが?」
借金や砂嵐、ヘルメット団やチンピラなど、大丈夫ではないことなど山のようにある。談笑しながら準備している後輩二人の様子を見ながら、ホシノはそのままの声量で続ける。
「さっきの会議で全員で回ることになったでしょ。夜も二人で回るんだよ。しかも、明日は柴関でバイトじゃないの」
ホシノは心配しているようだが、別に大したことではない。夕方のパトロールは人数が多い分楽だろう。夜はホシノが大体片付けるから、そんなでもない。柴関はランチタイムの修羅場があるが、夜のパトロールが終わってから、ぐっすり寝ればいい。
カヤツリは大丈夫と返すが、ホシノは目を細めて続ける。
「あと、銃もどうするの? 前使ってた銃が高くて買えないのは聞いたから知ってるけど、いつまで先輩の銃で誤魔化すつもりなのさ。前はドローンとか使ってたでしょ」
「弾がもったいないし、これがあるから」
腰に下げた警棒を指さす。最近は銃よりもこちらを使う方が多かった。
弾薬はヘルメット団やチンピラたちの補給物資からある程度拝借していたが、最近は口径が合わなかったり、そもそもの銃種が違うなど使えないことが増えてきていた。売れば金にはなるが、それで弾を買っても効率が悪いし、今のメンバーの銃から考えて、カヤツリが使う銃は狙撃用のライフルになるだろう。見事に全員使う弾がばらけている。
ドローンだって、修理代や点検がバカにならない。それなら使用は偵察用にのみ絞って、ホシノや他の二人に万全の状態で戦ってもらう方がいい。自分の戦い方は費用が掛かり過ぎる。それなら銃やドローンを使うよりも、警棒で殴るか石でも投げた方が速い。
「弾代を節約しなきゃならないほど苦しいの?」
「いや。ビナーの時の報酬が残ってるから、何もしなくても利息はあと半年は払い続けられる。ただ備えておくに越したことはないだろ」
その心配は今のところ杞憂だ。どうも、ヘルメット団の武装に誰かが介入している節がある。以前の迫撃砲の件もそうだが、誰かの意思を感じる。
それもあって連邦生徒会の方に再三の支援を要請してはいるが、なしのつぶてである。足元を見られているのか、他の学園に掛かりきりなのか、権力闘争で忙しいのかは分からない。なんでも、今の連邦生徒会長は”超人”とかいう触れ込みだ。そんな人物が要請を無視し続けるというのは、何か裏がありそうだった。
「ああ、連邦生徒会ね。そんなに無視されてるなら私が直談判してこようか? きっと舐められてるんだよ」
連邦生徒会と聞いてホシノが不機嫌になった。カヤツリも色々思うことはあるが、直談判しても変わらないだろう。むしろホシノを突撃させて、被害請求でもされたら面倒なことこの上ない。それなら、無視されたことを盾にして吹っ掛けた方がずっといい。
それに、連邦生徒会などどうでもよかった。カヤツリが気にするべきは、アビドスとホシノと後輩たちだけだ。
カヤツリは今が楽しかった。後輩二人が来る前は、このまま潰れていくものと思っていたが、そうならなかった。後輩二人は何だかんだ楽しそうだし、面倒を見ているホシノも笑うことが増えてきたし、無理も前ほどしなくなった。
まさか、四人で会議などできるとは想像もしていなかった。今は頑張れば頑張っただけ結果が出るのだ、幾らでも頑張れる気がした。
「最近、カヤツリ頑張り過ぎじゃない? 少しは休んだら?」
気遣わし気なホシノの声が聞こえる。横目で見ると心配そうな顔が見える。けれど今はそれどころではない。人数が増えた分の仕事の割り振りや、やり方も教えなければならない。十六夜後輩はともかく、シロコに教えるのは骨が折れそうだった。やる気は十分あるのが救いかもしれない。
それに、彼女たちが仕事を覚えれば、効率が上がって楽になるはずだった。安心させるようにホシノには言い聞かせる。
「もう少ししたら落ち着くから」
「……わかったよ」
ホシノはまだ納得していないようだったが、後輩二人も準備が終わり、もう出発の時間だ。二人が手を振って呼んでいる。話を切り上げて後輩たちの方へ向かうが、カヤツリは背中にホシノの視線をずっと感じていた。