ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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319話 ゲヘナの提案

「それでは、対策会議を始めます……」

 

 

 いつもと同じように、会議はアヤネの司会で始まった。だが、アヤネの声には緊張が滲んでいた。アヤネはゲヘナの二人を見てから、ホシノを見ている。

 

 その原因は実に分かりやすくて、アヤネと同じように、シロコはちらちらと周囲を見る。シロコはさっきの懸念が当たったことに眉間に皺を寄せた。

 

 

「本日は、先生だけでなく。ゲヘナからも風紀委員長さんが来ています」

 

「一応はオフだから、個人的な用事で今日は来たの」

 

「個人的な用事、ねぇ……建前でしょ」

 

 

 ホシノは完全に不機嫌さを隠しもしていない。近くではノノミが冷や汗を流している状況だ。流石のノノミも、この事態の収拾はお手上げだったらしい。

 

 

「とりあえずは、今日の議題を教えてもらってもいいかい?」

 

「はい、先生。今日お呼びしたのは、アビドスの借金について進展があったからです」

 

 

 あんまりな空気に、先生が助け舟を出して。アヤネがそれに飛びついた。借金の進展という言葉に、会計であるセリカが首を傾げる。

 

 

「進展? 月々の稼ぎは変わらないし、利子も同じよ? 特に進展なんてないんだけど?」

 

「うん。借金自体に変動はないんだよ。セリカちゃん」

 

「じゃあ、何なのよ? 意味が分からないんだけど?」

 

 

 セリカのお陰で空気が多少緩んだ。シロコはホッとして肩の力を抜いて呟く。

 

 

「ん。債権。債権が売り出されるの」

 

「債権? 何よそれ」

 

「借金を取り立てる権利の事だよ。セリカちゃん」

 

 

 ホシノが機嫌よく注釈を入れた。そのままセリカに債権という物について解説をしている。ホシノも不機嫌さで威圧していたことを自覚していたらしい。

 

 よくよく見れば、ゲヘナの二人は空気を極限まで消していた。自分たちが元凶だと、ようやく理解したらしい。本当にとんでもない時に来てくれたものだ。もう少しタイミングという物を読んで欲しかった。

 

 

「つまり、債権が売り出されるのね。それを私たちが買えば、その分借金が帳消しになると……」

 

「うん。合ってるよ。自分たちの借金を自分に返さなくていいし、カイザーが売りに出すってことは利益が見込めないってことだから。多分安くなると思う」

 

「なら、早く買わなきゃ! いつから売り出すの!?」

 

 

 セリカは今にも飛び掛かりそうな勢いで、ホシノに食いついていた。それをノノミが苦笑しながら答える。

 

 

「今日ですよ。あと数時間もありません」

 

「じゃあ早く準備しなきゃ!」

 

 

 空気が普段の物に戻っていた。セリカが騒いで、ホシノが便乗して、アヤネが止めて、ノノミが調整する。そんないつもの対策委員会に戻っていた。このまま、パソコンを開いてやいのやいのと騒ぐのだ。

 

 でも、今日は。そうはならない事をシロコはもう知っている。

 

 

「少しいいかい?」

 

 

 そんな聞き覚えのない声が、対策委員会の会話を遮った。見ればヒナでは無い方のゲヘナ生が、シロコ達対策委員会を見ていた。

 

 

「良くないよ。アビドスの話に、ゲヘナが何の関係があるの。無いよね?」

 

「あると言ったら? どうするんだい小鳥遊ホシノ」

 

 

 挑発的な言い方に、ホシノの機嫌が悪くなるのが分かる。シロコが何かを言おうとする前に、風紀委員長が相方を小突いた。

 

 

「止めて。マト先輩。喧嘩しに来たわけじゃないでしょう?」

 

「……こんなのただのジャブだよ。こんな程度で、ここまで感情をむき出しにするようじゃあね。本当に巻き込むのかい? やっぱり私は反対だよ」

 

 

 対策委員会を他所に、ゲヘナの二人は何かを言い争っている。

 

 

「この娘らを巻き込んで、何かメリットがあるのかい? 私には邪魔にしか見えないよ」

 

「メリットも何も資格がある。アビドスの事なのよ」

 

「そして、ゲヘナの事でも、キヴォトス全体の事でもある。違うかい? 終わってからでいいじゃないか」

 

 

 マト先輩と呼ばれていた方は、風紀委員長の言葉に全く耳を貸さない。

 

 

「この娘達には先生に話を通して、後からの説明で構わないんだ。必要以上に巻き込むべきじゃない。絶対にろくな事にならないんだ。大体、あの時の事を忘れたんじゃないだろうね」

 

「話すべきよ。あの時だって話していたら、こんな風にはなっていなかった筈。小鳥遊ホシノには知る権利がある。先輩だって、後悔してるんでしょう? 小鳥遊ホシノに伝えれば違ったかもしれないって。だったら、今からそうすべきじゃないの?」

 

 

 そう言われたマトの反応は劇的だった。肩の力を落として、諦めたように溜め息をつく。

 

 

「分かった。言うのが後か先かの違いだからね。好きにすればいいさ」

 

「……結局、何の話なの?」

 

 

 ホシノが我慢の限界というように唸ると、先生が代わりに答えた。

 

 

「二人はね。アビドスの債権をアビドスに取り戻してほしいんだって」

 

「言われなくともそうするけど?」

 

 

 ゲヘナの二人に対するホシノの返事は冷たい。当たり前の事を言われているせいかもしれない。

 

 シロコは、ノノミとアヤネをちらりと見た。二人とも首を小さく横に振る。

 

 つまりはこれ以上は聞き出せなかったと言う事だ。何故ゲヘナがそうしてほしいかまでは言っていない。

 

 

「さっきもさ、お金を出してくれるって言うけど、怪しいんだよ。先生まで巻き込んでさ。何が目的?」

 

「アビドスに、アビドスの権利を保持してほしいのさ。自治区としての役割を果たしてほしいんだよ」

 

 

 借金によって、自治区としての体裁を成していないアビドスに権利を取り戻してほしい。マトの言うことは真っ当だ。

 

 けれど、セリカを除いた対策委員会。勿論シロコも額面通りには受け取れない。

 

 

「ん。本当にそれだけ? 借金の型にはめようとか……」

 

「まさか、そんなんじゃない。他にちゃんと理由がある。先生にも説明できるちゃんとした理由がね」

 

 

 あっさりとマトは目的とやらをはいて、先生に目をやる。

 

 

「先生。この間の空が赤く染まった事件の事を覚えているかい?」

 

 

 先生だけでなく、その場にいる全員が頷く。アレを忘れられる人間などいない。

 

 それを見たマトは満足そうに頷いて続ける。

 

 

「じゃあ、虚妄のサンクトゥムの守護者。ビナーが倒されたのは?」

 

「そんなの皆知ってるわよ。何だっけ、ネフティスが倒したんでしょ?」

 

 

 セリカが不審そうに答えた。マトは当たり前の事を繰り返している。先生に説明できる目的とやらをやらが全く見えてこない。

 

 ホシノが我慢の限界なのか、マトに口を挟む。

 

 

「誤魔化そうとしてるでしょ。おじさんは騙されないよ。関係ない話を──」

 

「じゃあ、ビナーはどうやって倒されたのか知ってるのかい? 小鳥遊ホシノ」

 

 

 そう問われたホシノは黙った。答えられないのだ。シロコはそれがわからない。その答えはヒナが教えてくれた。

 

 

「そう。答えられない。先生もね。対策委員会と先生は、方舟に突入していた。だから、ビナーが倒されたという結果だけを知っている」

 

「それは、方舟が爆発したから……」

 

「大元が消えたから、方舟によって顕現したビナーも消えたと。そういう風に考えたわけだ」

 

 

 マトがホシノへ言葉を投げると、ホシノは噛み付く。

 

 

「だってそうだよ。ネフティスじゃ無理に決まってるよ。だって」

 

「ビナーは何処ぞの部隊を蹴散らして、自分を含めた二人がかりでギリギリ倒せたから。そうだろ? 小鳥遊ホシノ。先生経由のミレニアムの依頼で戦ったのとは訳が違う。アンタは本物の、逃げの選択肢を持たないビナーの性能を一番よく知っているからね。そんな答えになるだろうさ」

 

「何で? ねぇ?」

 

 

 マトの言葉を聞いた瞬間、ホシノの表情から緩さが抜け落ちたのが見えた。シロコの背中に怖気が走る。

 

 

「何で知ってるの? アレは私と……」

 

「それは、後にしようか」

 

 

 ブツブツと何かを呟くホシノは、マトを睨みつけるが、マトは怯みもしないで言う。

 

 

「本筋には関係ないからね。煙に巻かれたくないんだろう?」

 

「……分かったよ。後で絶対に話して」

 

「もちろん」

 

 

 顔を顰めて、ホシノは黙った。逆立ったシロコの産毛は元に戻って、シロコは一息吐いた。さっきからヒヤヒヤしっぱなしだ。

 

 

「じゃあ……これを見てほしいんだ」

 

 

 先生がタブレットを全員に見せた。何処かの監視カメラか、それともドローンからか、画面には赤い空と砂原が写っている。そして、凪いだ海の様な砂原を、何かが泳いでいた。

 

 

「ビナー……」

 

 

 砂の下から、宇宙色の大蛇が顔を出していた。それは、辺りを見渡してから何処かを見て、大口を開ける。

 

 黄色の閃光と共に熱線が吐き出され、地平線の向こうへと着弾した。

 

 

「変ですね……」

 

「ノノミ?」

 

 

 ノノミが目を細めながら画面を睨む。何か違和感があるようだが、シロコには分からない。

 

 

「シロコちゃん。ネフティスがビナーを倒したなら、綺麗すぎませんか?」

 

「綺麗って何よ?」

 

 

 セリカもシロコと同じようで、頭上にクエスチョンマークが乱舞していた。それを見て、ノノミが困ったように笑った。

 

 

「ネフティスがビナーを倒した。そうであるなら、無傷とはいかなかったはず。それなのに、砂原には何もありません」

 

 

 言われて確認すれば確かにそうだ。砂原は奇麗なもので、鉄くず一つ落ちてはいない。よく考えれば、動画は進んでいるはずなのに攻撃の一つもビナーにやって来ていないのだ。

 

 

「何……!」

 

 

 ピカリと画面の奥で、何かが光った。ビナーも気づいたのだろう。尻尾をくねらせ壁にする。そんなビナーを眩い光が飲み込んだ。

 

 ビナーの、その判断はある意味で正しく間違っていた。攻撃に対処するという判断は正しかったが、防御という手段は間違っていた。

 

 

「嘘でしょ……?」

 

 

 セリカが信じられないとばかりに声を上げた。セリカだけでなく、対策委員会の全員がそうだろう。

 

 ビナーは半壊していた。盾に使った尾は飴玉のように溶け落ちて、本体も崩れかけている。それでも、まだ稼働している。砲口を閃光のやって来た方角へと向けた。

 

 けれどビナーへ再びの閃光がまた光る。

 

 

「躱した!?」

 

 

 ビナーもバカではないのか、攻撃の反動で閃光を躱した。射線の外から、今だ暗闇に伸びる閃光の根元へ頭を向ける。

 

 しかし、攻撃は放たれなかった。ビナーの首が閃光に飲まれているからだ。首から上を失ったビナーは、そのまま力なく崩れていく。

 

 

「射線を変えた?」

 

 

 シロコは見た。射線がビナーに追随したのを。先生が好きなロボットアニメのレーザーソード。似たような光の刃そのものと化した閃光がビナーの首を切り飛ばしたのだ。

 

 ビナーが崩れた後には、砂丘の向こうに赤く光る何かを最後に、映像は終わった。全員が放心していて言葉もない。

 

 

「何ですかあれは……あんなものをネフティスが……?」

 

 

 一番に声を上げたのはノノミだった。普段の落ち着き様が嘘のように狼狽えている。シロコも気づいた事を口に出した。

 

 

「最後の光ってたの、動いてた。それに棒みたいにも見えた」

 

 

 最後に光っていたモノは、長い棒としか言いようのないものだった。それが左から右へ水平移動していたのだ。そこまで考えれば、何となくあの正体が見えてくる。

 

 

「あれは長距離砲か何かでしょ?」

 

「そうだね。あれは、列車砲だよ」

 

 

 正解というように、マトがポツリと言った。そんなマトに、ノノミが勢いよく顔を向ける。

 

 

「ネフティスがあんなものを持っているという事ですか? そんなものをいつ、何時作ったんですか。私は何にも……」

 

「ノノミ。どうしたの?」

 

 

 ノノミの様子がおかしい。ホシノよりはマシであるが、普段のとは全く違う。その証拠に、アヤネやセリカも心配そうに見つめている。

 

 

「何でもないですよ? 少し驚いただけで……」

 

「それなら、話を戻してもいいかい?」

 

 

 シロコが問い詰めよう。そう考えた矢先にマトの邪魔が入った。ホシノの時といい、ノノミの時といい、話の主導権が全く取り戻せない。シロコを置いてけぼりに、マトは知らない名前を口に出す。

 

 

「あれは、列車砲シェマタ。過去、ゲヘナがアビドス生徒会と共同で作り上げた兵器さ。仕様書とは随分違うけどね」

 

「出鱈目言わないで……!」

 

 

 ホシノが強い口調で叫んだ。らしからぬ様子に、シロコは驚く。

 

 

「そんなわけない! アビドス生徒会がそんなものを持ってたなんて、ユメ先輩は、何も……」

 

「そうだよ。知るはずがない。これは砂漠横断鉄道を隠れ蓑にした極秘計画。生徒会の一部の人間しか知らない。知っている人間は一足早くアビドスから逃げ出しただろうからね」

 

「それを何故、ネフティスが持っているんですか!?」

 

「……砂漠横断鉄道だからでしょ」

 

 

 今度はノノミだ。ノノミが強くマトを問い詰める。けれど、答えたのはホシノだった。

 

 

「砂漠横断鉄道はネフティスとアビドス生徒会の共同事業だったはず。つまりは、ネフティス、アビドス、ゲヘナで作ったんだ。それで、アビドスは借金まみれともなれば、どうするか簡単だよ」

 

 

 きっとネフティスに売りつけたのだろう。だからネフティスは持っていた。となると、嫌な想像がシロコに浮かぶ。

 

 

「それを返せって事? ゲヘナに?」

 

 

 アヤネとセリカの顔が青くなったのが分かった。けれどヒナは首を横に振った。

 

 

「返さなくていいわ。寧ろ、破壊してほしいの」

 

「どうして?」

 

 

 シロコは分からなくなった。あれだけの兵器だ。喉から手が出るほど欲しがりそうなものだが。シロコの予想に反し、ヒナは真剣な表情だ。

 

 

「アレはね。ゲヘナの昔の生徒会長が図面を引いた超兵器。雷帝の遺産。遺産は碌な物じゃないの。私はそれを破壊して回っている」

 

「でも、ネフティスが持ってるんなら。どうして私たちなのよ」

 

 

 セリカが声を上げる。確かにそうだ。持ち主に話を持っていくべきだろう。シロコ達ではない。普通ならできるだろうが、その権利を持っていないのである。

 

 

「私たちは、この校舎の権利しかない……いや、待って? どうして、ネフティスは列車砲を持って、運用してるの? ネフティスはアビドスから撤退したんじゃ……」

 

 

 ノノミが言ったことがシロコの頭に溢れ出す。アビドスの土地は、殆どカイザーに取られてしまっている。列車砲を走らせることなどできない。ネフティスが所有する土地はアビドスには残っていない筈。

 

 

「砂漠横断鉄道です。あれだけは、ネフティスの持ち物です。だから、あの時ゴールドカードを……」

 

「そう。砂漠横断鉄道だけはネフティスが持ってる。だから運用が出来た。でもね。そこが狙い目」

 

 

 シロコは続きが何となく分かった。砂漠横断鉄道とはいうが、アビドスの鉄道は廃線状態だ。恐らくまともに使える場所は殆どないだろう。

 

 列車砲というくらいだ。線路が無ければ話にならない。しかし、線路を敷設は出来ない。その権利をネフティスは持っていないから。持っているのはカイザーだ。

 

 

「だから、債権を買うの?」

 

「そうさ。流石のネフティスも、借金まみれの対策委員会が債権を買うとは思わない。一気に全部買うとは思わないだろうさ。向こうもそれは不可能だと調べがついてる。それほどの金はない」

 

「カイザーは? 債権を売り出さないんじゃ?」

 

「いや。カイザーはこないだの方舟に攻撃されたのと、各サンクトゥムの守護者の被害でボロボロだからね。どうにもアビドス砂漠から何かを掘り出すことに執着してるみたいだ。そのせいで本業がかなりひっ迫してるようだよ。生き延びるためにも売るしかないのさ」

 

 

 問題は全て解決済みにしてから来たと。シェマタの代金として、ゲヘナが金を出す。そう言う話なのだろう。とても美味しい話に聞こえた。けれど、ノノミは違うようだった。

 

 

「でも、シェマタと砂漠横断鉄道はネフティスの物なんですよね? どうするんですか?」

 

「……秘策があるよ。それは心配しないでいいんだ。最初から、アンタたちが受け取るべきものなんだからね」

 

 

 どこか、マトの様子はおかしく見えた。とても悲しそうな顔をした気がしたのだ。もう一度マトの顔を見ても、それは読み取れなかった。

 

 

「やっぱり、信用できないよ」

 

 

 ホシノはゲヘナの二人を睨みつけている。シロコの懸念が当たった形だ。過去の苦い経験から、怪しい取引はすべて拒否するという思考に流れている。

 

 そんな頭ごなしに否定していいものか。そう思うシロコであったが、ゲヘナの二人はそのくらいの事は考えの内に入っていたらしい。

 

 

「私が間に挟まるよ」

 

「先生……」

 

 

 話をずっと黙って聞いていた先生が口を開いた。その口調はとても優しい。

 

 

「ゲヘナからじゃなくて、シャーレからにする。ゲヘナとアビドスの取引ではなく、シャーレとアビドスの間の取引にするんだ。お金はシャーレに返してくれればいいよ。アビドスに降りかかるモノは、私が変わりに請け負う」

 

 

 そのために、先生に話を通したのかとシロコは考える。それほどまでに二人は本気なのだろう。シェマタの事など、話さなくても良かったはず。これは誠意と考えてもいいのかもしれない。

 

 それに、このチャンスを逃すのは惜しかった。

 

 

「ホシノ先輩……」

 

「分かった。そんな目で見ないでよ……」

 

 

 シロコだけではない。他の対策委員会の視線を受けて、脱力したホシノは頷いていた。

 

 

「そうだね。この間の事もあるし、カイザーに首根っこを押さえられてるのはリスクが高い。シャーレに一度払ってもらって、そこに私たちが返す方が良いのかも。本当は、最初からこうすべきだったのかもね」

 

 

 今思えば、その方がきっとよかった。そうであれば、春先の事件など起こらなかったに違いない。そう思ったが故の先生の提案だったのだろう。

 

 

「じゃあ、早速。債権を買う準備をしようか」

 

「その前に、話すことがあるでしょ?」

 

 

 マトに対して、ホシノが鋭く指摘すると、マトは諦めたように項垂れる。

 

 

「分かった。年貢の納め時だね……ヒナ。そっちは債権の購入を進めておいてくれないかい?」

 

「うん。私たちは先生と一緒に別の部屋へ行きましょう」

 

 

 小さく頷いたヒナは、シロコ達を部屋の外へ連れ出そうとする。シロコは抵抗した。

 

 

「何するの? 私も聞きたい」

 

「あれは、二人だけの話よ。私たちには資格も権利もないの」

 

「権利?」

 

「そう。権利」

 

 

 鸚鵡返しにヒナは呟いている。シロコは何を言って良いのか分からなくなった。何か様々な断片が一つに繋がっているような気がする。その大きな一つが、ホシノとマトの話であるような気がするのだ。

 

 

「そんなに気になるなら、小鳥遊ホシノ本人から、後で聞きなさい。そこまで止める権利はないから」

 

 

 ここまで言われてしまえば、シロコは退き下がるしかない。ヒナに了解の返事を伝えようと口を開いたところで、ブツリと何か音がした。

 

 

「何……!」

 

 

 全員が慌てて天井を見る。電気が消えている。スイッチを連打しても光る気配はない。ノートパソコンを見たアヤネが悲鳴を上げる。

 

 

「ダメです! 電気が来てません! 停電です!」

 

「停電!?」

 

 

 こんなタイミングで? 図ったようなタイミングに文句を言いたくなる。だが、アヤネのパソコンはノートパソコン。充電が切れない限り問題はない。

 

 けれど、アヤネは焦ったように操作を繰り返していた。

 

 

「停電で、ネットに繋がりません! このままじゃ……!」

 

「ん。携帯は?」

 

 

 携帯なら問題はない。そう思って携帯を取り出したシロコは余りの事態に固まった。

 

 

「電波が……!」

 

 

 バリバリに三本立っている筈のアンテナが圏外になっていた。シロコは突然叩き落とされた状況に、何をしていいのか分からない。

 

 この時をもって今、アビドスの通信網が完全に止まってしまったのだ。

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