ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
綺麗に片付けられた対策委員会の教室。そこは普段よりも静かなざわめきで満ちていた。
「何だねここは、砂まみれじゃないか」
「屋内でも服が汚れる心配をしておくべきだったかもしれませんな」
ざわざわと、大人たちが教室を眺めながら文句を言っていた。それを対策委員会は黙って聞いている。セリカは口をモゴモゴさせているが、何とか文句を言うのを耐えている。
普段なら、相手が誰かなど構わず噛みついていただろう。道理の通らない事は通らない。そういつだって言えることがセリカの良いところだから。だが、今は状況がそれを許さない。
「それで、話をするのは先生。あなたでよろしかったですか?」
「それで構わないよ。自己紹介も終わったことだしね」
先生はそう言ってくる相手をしっかりと見つめ返した。少しばかり恰幅の良いロボットだった。彼は、私募ファンドの代表だという。
私募ファンド。少数の投資家から資金を募り、事業を運営するグループ。それが、ネフティスが金を調達した奥の手。
アヤネや、ヒナやマトが予想した通りに、ネフティスは私募ファンドを利用してアビドスの債権を確保したという事だろう。
両肩に重い何かを抱えつつ、先生はあたりを見回した。
先生の前にはネフティスがいる。正確には私募ファンドと、ハイランダーのCCCと監督官。それと正体不明の男性と、傍に付くロボットが一人。
対する先生側は対策委員会と、マトとヒナの二人。ただ、様子がおかしかった。アヤネとセリカ、シロコは良い。普段通りどころか、今も血気盛んにネフティス側を睨みつけている。
問題は、残りの四人だった。
まずはノノミ。顔が青いし、どことなく怯えも見える。相手の視界に入りたくないのか、一番後ろで小さくなっている。隠していた悪事がバレて、怒られるのが怖くて逃げている子供の様な。いつも笑顔で他人を気遣っているノノミとは信じられない。
ヒナとマトも同じく、顔が青い。けれどノノミの様に逃げはしていない。どこか納得と諦めのようなものが見え隠れしている。
最後にホシノ。ホシノが一番深刻だった。顔は青さを通り越して真っ白。いつもの緩んだ表情でも、戦闘時の真面目な表情でもない。
目を見開いて、口が小さく開いたままだ。驚愕と何か、色々な感情が綯交ぜになって固まってしまっている。例えるならあれだろう。死人が生きて歩いているのを見てしまったような顔だ。それで感情に身体がついてこない感じ。
すなわち、先生側の半数が平静を保てていない。本当なら、アヤネが主体になって話を進める予定ではあったが、それはもう望めないだろう。アヤネ単体で、血気に逸るシロコとセリカを止められるとは思えない。出来て、どちらか一人。それをしていたノノミとホシノはご覧の有様だから。
兎に角、先生が私募ファンドの相手をするしかない。
そう先生が思案している間に、代表は身体を揺らして話し始める。
「先日の騒動ですが。こちらとしても悪気はなかったという事を、まずはお伝えしておきたいのです。何しろ、工事中に停電したのです。インフラを管理している対策委員会に抗議するのは当然の事。その時のハイランダーは、カイザーの仕業だと知るはずもなかったのですから」
「それは、そうだね」
先生が肯定すれば、代表は猫なで声で揉み手をした。
「ええ、理解して頂けて嬉しいです。それでは誤解が解けたところで、本題に行きましょう。対策委員会の皆様には、不干渉で居て頂きたいのです」
対策委員会が騒めいた。横目で見れば、全員が穏やかでない表情だ。シロコなどは、今すぐにも飛び掛かりそうな顔をしている。
それもそうだろう。私募ファンドの提案は中々に厚かましい。
「何に対して不干渉で居て欲しいと?」
「勿論、砂漠横断鉄道です。それの建設に口出しは勘弁願いたいのですよ」
「それは、対策委員会に対して言うべきじゃないかい? アビドスの生徒会組織はアビドス廃校対策委員会。連邦生徒会の認可も降りているしっかりとした組織だよ。私はそこの顧問に過ぎないんだ。彼女たちの決定には口を挟まない」
「ええ、確かに。それは私どもも分かっていますよ?」
用意しておいた反撃に、代表はゆっくりと頷いて笑う。
「しかしねぇ……私たちは砂漠横断鉄道を建設する立場なのですよ。今回は違いましたが、邪魔をされては困る。工期が一日遅れるごとに損害が発生する。その意味がお分かりですか? シャーレの先生?」
シャーレの先生。その一言で、先生は私募ファンドの狙いをおおよそ察した。対策委員会の顧問だと、そう言った後のこれだ。私募ファンドは端から、対策委員会など視界に入っても居ない。最初から狙いは先生。
彼らは対策委員会顧問の先生ではなく、連邦捜査部シャーレの先生に用があるのだ。とりあえず様子見で口を開く。
「……私に手を出すなと言いたいのかい?」
「まさか……ただ、シャーレに認めて欲しいだけなのですよ。私たちが砂漠横断鉄道に関わる事をね」
「なるほどね……」
先生は息を吐く。想像が当たっていたことに頭痛すら覚える。
私募ファンド。いや、ネフティスは本当に手を出されたくないらしい。だから、ここまでの手段を取ってきた。
債権を確保し、砂漠横断鉄道の権利を抱え込む。それだけしてしまえば、誰しも手が出せない。ただ、シャーレだけは別だ。あらゆる組織に縛られないシャーレは、屁理屈をこねさえすれば、介入するだけならできる。
それこそ、対策委員会がネフティスが不審だから調べて欲しいというだけで、調査という名の粗探しをすることも。しかし、ネフティスはそれすら潰す算段だ。それが、探られて痛い腹があるのか。単純に邪魔だからなのかは分からないけれど。
──どうしようか……
少し先生は悩む。シャーレは何物にも縛られない組織ではあるが、一つだけ例外がある。
それは、シャーレ自身。シャーレの先生が関わらないと言って、それを言質に取られてしまえば。シャーレは同じ案件には関われない。自分の言葉を破る。そんな事をすれば、誰も信用してくれなくなる。言葉の重みが消えてなくなる。それは、先生がしないようにしてきたことだから。
だからこそ、私募ファンドはここで先生に言って欲しいのだ。砂漠横断鉄道に関わらないと、先生が言いさえすれば、もう誰にも止められない。
そう来るであろうことはある程度想定済み。先生も言い訳は用意してある。だが、反動が心配だった。ホシノの様子と、これからの事を天秤にかけて、先生は選ぶ。
「認めるわけにはいかないね」
「何故です……?」
代表はたじろいだ様に見えた。実際、似たようなモノだろう。声が多少上ずっている。反撃は少々予想外らしい。
「我々は、債権を持っている。砂漠横断鉄道の権利すら! 何が気に入らないというのですか!?」
「まだだよ。まだ、砂漠横断鉄道の権利は君たちの物じゃない」
「は……?」
ポカンと代表は言葉を漏らす。後ろで聞いていた獣人たちも同様だった。一拍の間をおいて、代表は少し笑いを含んで言ってきた。
「いやいや、砂漠横断鉄道は最初からネフティスの物ですよ。いきなり何を言いだすかと思えば……」
少しだけ、安堵の表情が見える。それと、ちらちらと後ろを見やる視線も。これだけで、この仕掛けは代表の物では無いことが分かる。だが、とりあえずは目の前の事からだ。
「アビドス生徒会とネフティスの間に売買契約があった。そんな訴えがあったとすればどうかな? しかも、それがまだ契約期限内だとすれば」
「そんなものある訳がありません……あまりにも都合が良い。出鱈目に決まっている」
「都合が良いのはそっちもだろう? キヴォトス全域のインフラが停止したのに、君たちだけが取引できた……なんて。余りにも都合が良い。どうやって防いだのか教えて欲しいくらいさ」
ぐっと代表は言葉に詰まった。思った通りにあまり強くない。シャーレの様な相手と相対するのは初めてだろう。そもそも、そんな相手とは事を構えない立場の人間たちだ。次に言ってくる言葉は大体分かっていた。
「ならば、それを出してください。契約書です。そう言うのなら、それくらいはあるでしょう」
「残念ながら無いんだ」
敗北宣言に等しいそれを聞いて、代表は笑った。笑って、とどめの一撃を放とうとしてくる。
「そうでしょう? だったら──」
「だから、探させてほしいんだ」
先生の言葉に、代表は固まっていた。きっと理解が追い付かないのだ。その間に先生は逆襲を始める。
「現物は無いけどね。状況証拠ならあるんだよ。二年前、アビドスの生徒会長名義で大金が動いてる。それも、ネフティスの口座にね」
「それが何だと。砂漠横断鉄道だという証拠はない」
「うん。そうだね。だから調べさせてほしいんだよ」
更に真っ白になったホシノの様子を気にしつつ、先生は攻め手を強める。
「今よりも人数が少なかったアビドス生徒会にとっての大金。それをカイザーではなく、ネフティスに入金した。何かを買ったと考えた方が自然だよ。そうでないのなら、調べる必要がある。まさか、無料で現金を渡すとは思えないからね。しっかりと取引が行われたかどうか。それを調べるくらいは構わないだろう?」
「……それは、それは……」
代表の顔には汗代わりの冷却液が垂れ始めていた。チラチラと目配せの回数も増えている。
「受け入れないなら強制執行する。それだけの権限がシャーレにはある」
「バカな。見つかるはずがない……そうでなかったら、シャーレの権威は地に墜ちる。あなたはそんな事を選ばないでしょう? ねぇ、先生」
「するよ? 私はそう言ってくれた生徒を信じているからね。先生なら、当然のことだよ」
代表は呻く。契約書が見つかる、見つからない問わず。この状況が私募ファンドにとっては最悪なのだ。どう足掻いてもシャーレの調査が入る。その間は工事などできない。そもそもさせない。そうともなれば、向こうは計画が総崩れだ。
ここまで強引な手段を取る以上、恐らく急いでいるのは分かる。だから、先生は時間を人質に取ってやるのだ。
この状況を脱する手段は唯一つ。恐らく隠し持っているであろう契約書を素直に出して、対策委員会と交渉のテーブルに着くこと。そうすれば、彼らが恐れる工事の停滞はない。列車砲シェマタさえ諦めてくれればいい。
そしてヒナとマトが言った契約書。それは捨てなどしていないはず。契約書は複数枚作るもの。自分の分を失くしてしまえば、相手が改ざんしたそれを振りかざしてきた場合に対抗できない。そのくらいの事は考えて、この計画を考えた誰かは取ってあるはずだ。
「……」
未だに私募ファンドの代表は言葉もなく固まっている。言うべき言葉の代わりに、点滅する液晶と、冷却液が留まるところを知らない。後ろの私募ファンドの他メンバーも言葉が無い。
「契約書はここにあります」
しびれを切らしたか見かねたか。細身のロボットが複数枚の紙を取り出した。それを見た代表は漸く声を上げようとするが、何もせずに黙ってしまう。
「そちらの言う通り、確かにございます。アビドス生徒会とネフティスの間で結ばれた売買契約書は」
「隠してたんですか……? 執事さん……!」
ノノミが、細身のロボット。ネフティスの執事にくって掛かっていた。さっきまでの怯えようが嘘のようだ。しかし、そうされた執事は静かなままにノノミを見た。
「……お久しぶりです。お嬢様。私とてお嬢様の面倒を見た身。そう言いたくなる気持ちもわかります。ですが、私もそうせざるを得ない理由があるのですよ。お嬢様がそちらに居るのと同じように、私も立場という物がありますから。好き勝手にという訳には行かないのです。お嬢様とは違ってね」
嫌味の込められた言葉に、ノノミの顔が歪んだ。実家がネフティスだという、ノノミの事情は知っている。けれど、関係性については知らなかった。
てっきり、アビドスに行かざるを得なかったか、自ら向かったのだとは思っていたが。あの執事の言い様は、制止を振り切ってアビドスにやって来たように聞こえる。
「どうぞ。これがその契約です。確認をお願いします」
差し出された契約書に、対策委員会全員が群がった。内容を聞いて知っているが、先生も後ろから確認する。
──売主”セイント・ネフティス”と買主”アビドス生徒会”は……
──砂漠横断鉄道の全権利を一千万円で売り渡し……
──契約金の一部として、百万円を即時に支払う。そして二ヶ月以内に、代理人を指名する事を約束する。
──本契約の締結後、二年以内に残金をすべて支払い……
──本契約不履行時、買主として、別紙の代理人が本契約と権利を引き継ぎ、支払い義務を負うものとする。
──アビドス生徒会長、梔子ユメ。
二人が警告した通りに、ホシノが大丈夫かどうか。先生は心配しながら、ニ枚目にも目を通す。
──売主”セイント・ネフティス”と買主”兎馬カヤツリ”は……
──砂漠横断鉄道の全権利を一千万円で売り渡し……
──契約金の一部として、百万円を即時に支払う事を約束する。
──本契約の締結後、二年以内に残金をすべて支払い……
──代理人、兎馬カヤツリ。
「全員、目を通されたようですね?」
しばらく後に、執事が声を掛けた。全員が頷き、私募ファンドの代表は項垂れる。
「そちらの言う入金は契約金の一部でしょう。一千万は入金されていない。違いますか?」
先生は頷く。確かにこれほどまでの大金ではない。それを見た執事は静かに頷く。
「確かに、契約書の通りなら売買中ではあります。契約期限もまだ半月ほど余裕がある。ですが、払えますか? 一千万円を」
「払えるよ」
「なるほど……シャーレの先生が言うなら、そうなのでしょう。であれば仕方がありませんか。お嬢様なら悪いようにはしないでしょうしね」
執事は残念そうにしつつ、諦めた様に言った。先生はホッと胸をなでおろす。これで、何とかなったのではないだろうか。列車砲シェマタはこれで──
「待ってほしいですね」
先生の思考を遮って、聞いたことのない声がした。声の方を見ると、黒いコートの男性が鋭い目つきで執事を見ている。
「何を勝手に決めているんですか? 貴方に決定権はないはずだ。違いますか?」
「……ええ、そうです。決定権はあなたでしたね。カミガヤ理事」
静かに淡々と、けれど冷たい怒りを滲ませて。カミガヤと呼ばれたその男性は執事を詰めていた。執事もその通りなのか、あまり言い返せないでいる。
「そうです。それに債権は名義上はネフティスものですが。誰が一番金を出したのか忘れましたか? ここまで這い上がれたのは、ここまで漕ぎ着けたのは、誰のおかげだと思っているんです?」
「それはネフティスの……」
「違いますよ。私も、貴方も、私募ファンドの皆様も、ハイランダーもそうでしょう? 態々、ネフティスを選んで投資して頂いた。こんな依頼を受けて、懸命に仕事をしてくれている。それなのに、あなたの勝手で、お嬢可愛さに、他者へ不利益を被せるんですか? 大勢の金で買った物を身内に流そうとした。そんなだから、アビドスの住人から見放されたんじゃないですかね」
バッと、代表がカミガヤを見た。砂漠で遭難中に水でも恵まれたかのような感謝が、目に宿っている。他の私募ファンドも例外では無かった。
CCCの二人と監督官も満足げに頷いている。掴んだ流れが持っていかれようとしていた。
「カ、カミガヤ理事……」
「大丈夫ですよ。砂漠横断鉄道などなくても構いませんから。何、新しく作るだけのことですよ。砂漠横断鉄道など長年の風化で使い物にならない。そうだろ?」
「んー……そうだね。ちらっと見た感じ、一からの方が早いかも。その場合は、これくらいは追加で掛かるかな」
ツインテールの方のCCCが、さらさらと紙に金額を書いて渡す。カミガヤはそれを一瞥して頷く。
「許容範囲内。これくらいなら、此方から出す」
「相変わらず、値切らないね……」
「当り前だろう」
何を当然のことをと、言葉通りの顔をして。カミガヤがCCCの二人を見る。
「専門家がこれくらい必要だと言ったなら、口は挟まない。俺はその分野は分からないし、他は兎も角、二人が水増し請求なんぞしない事は知っている。それくらいの信頼は積み上がっている」
「おー太っ腹ー」
「べたべた触るな……」
腹に手を伸ばしたロングヘアーの手を何度も叩き落としながら、カミガヤの目が私募ファンドへ向かう。
「砂漠横断鉄道は無くても構いません。一から敷くのと変わらないようですしね。まぁ、対策委員会が、あの廃線を何に使うのかは知りませんが」
「カミガヤさん……!」
ノノミの声が、カミガヤへと叩きつけられた。強い叫びの様な低い声。先生の初めて聞く声。ノノミの怒り声だ。
「カミガヤさん! あなたは、全部分かっているんでしょう! あなたが考えたんですよね! あんなものを使うなんて、そんな事をすれば……」
「何を言っているんですか? ネフティスの御令嬢」
カミガヤは涼しい顔で、ノノミの声を受け止めていた。そよ風にも感じていないくらいの表情で、どうしようもない物を見る目でノノミを見ている。
「どこか、勘違いしているようです。まるで、砂漠横断鉄道に付属品がついているような言い方じゃないですか」
「誤魔化さないで下さい! ビナーに向かって何を使ったんですか!?」
ゲヘナの二人が動いた。ノノミを止めようと静かに動き出す。おそらくここの人員はシェマタの事など把握しているだろうが、正面から弾劾するのは非常によろしくない。何も得られない上に、此方の狙いが読まれてしまう。
それに、ノノミは今までにない位に怒っている。掴んだ机の天板にひびが入っていた。ノノミの怪力で殴りかかりでもすれば、最悪のパターンになりかねない。カミガヤの横に居る眼帯の生徒は銃に手すら掛けている。
それでもカミガヤは全く恐怖を感じていないのか、眼帯の生徒を手で制して、涼しい顔でノノミをねめつけた。
「ああ、私の傘下が開発した対ビナーの新兵器の事を言っているんですか? 何を勘違いしているか知りませんが、あれは私の物ですから。砂漠横断鉄道に付いてくるわけではありませんよ? 雑誌の付録じゃないんですから……」
「そんな屁理屈……!」
「屁理屈も何も、事実ですから……証拠はあるんですか? それが、私の物ではない証拠は? ね? お嬢」
今の言葉で、私募ファンドの表情に余裕が戻ってきていた。砂漠横断鉄道が無くとも、シェマタの技術と力の恩恵に与れると気づいたからだろう。
事実、これは痛かった。列車砲シェマタには、ゲヘナとアビドスの校章が描かれているらしいが、それだけだ。最悪、塗り直されている可能性がある。その上で白を切り通されればどうしようもない。
だから、砂漠横断鉄道と敷設権を確保することで、運用自体を封じたかった。が、それも不可能に近くなっている。敷設権は向こうで、金もあるとなれば非常に厳しい。
実際、強制捜査に踏み切った方が粗探しできるだけ有利だったのだ。それすら想定して潰しにかかっている。対策委員会の打てる手は、それ程残っていない。
確実性が高そうなのは、砂漠横断鉄道の権利を有効活用することだ。どんなに言いつくろおうと、シェマタはシェマタ。カミガヤ以外にあれがシェマタだと証明してもらえばいい。それが出来そうな人間は一人いた。
「そんなに、私が憎いんですか……」
「憎い? 何の話ですか?」
「だって、何でこんなことをするんです!? 私のこと以外に、カミガヤさんには理由が無いじゃないですか! 私があの日に帰らなかったから……!」
不思議そうに首を傾げるカミガヤに、ノノミは食らいつく。先生には知る由もない関係性が二人にはあるようだった。
「変わりませんね。お嬢は。相も変わらず、随分と自信過剰だ。自分の価値を高く見積もっているようで。見ていて恥ずかしくなりますよ」
「どこが──」
「さっきまでコソコソ隠れていたでしょう? すぐわかりましたよ」
ぴしゃりとカミガヤが言った瞬間。ノノミは静かになった。刺さる視線はCCCや私募ファンドに向ける物とは違う、優しさの欠片もない目だ。
「それで、大義名分が出来たから出てきましたね。それは直した方が良いと言ったでしょうに。相も変わらず、随分と自分に自信が無いようで」
「そんなこと──」
「ありませんと? 何もないから、芯すらないから、叶えたい物すらないから。そうやって外からの評価に頼って、怯えるんでしょう? いつも他人の顔色を伺ってビクビクしている。だからさっきまで隠れていた。私の目的を自分への恨みだと思い込んだ。自覚あるでしょう?」
ノノミは滅多打ちにされて満身創痍になっている。全く言い訳を口に出せなくなっていた。それをカミガヤは鼻で笑う。
「まあ、安心して下さいなお嬢。あなたの事なんか、まるっきり関係ありませんから。良かったですね。お嬢の所為じゃなくて、取り巻きに責められなくて安心したでしょう? まあ折角の機会を棒に振って、アビドスくんだりまで来て、何も見つからなかったのは残念ですけど。それはお嬢の選択ですしね」
捨て台詞と共に、カミガヤが先生を見た。真っ黒な瞳が、ジロジロと先生を舐め回す。
「シャーレの先生ですか……まだ、名乗っていませんでしたね。私はネフティス理事の、瀬戸カミガ──」
「カヤツリだよね……?」
そう言われたカミガヤの顔が、一瞬だけ不愉快に歪んだように見えた。
「カヤツリだよね。そうなんでしょ……? ユメ先輩とこの契約の事を知ってるんでしょ? だから、そこに居るんでしょ……?」
ホシノだった。ホシノがカミガヤに向かって、カヤツリと呼ぶ。
表情は一杯一杯で、自分が何を言っているかも分かっていないだろう。それでも、たどたどしく、ホシノはカミガヤに何かを言おうとする。
「私、私……謝りたくて。あの時……酷い事……」
「……何のことです?」
「え……?」
自分に向かって放たれた冷たい言葉に、ホシノは言葉を漏らす。そんな言葉を掛けられるとは思われなかったような顔で、カミガヤを見る。
「私は、貴女の事なんか知りません。人違いですよ。私と貴女は、そんな親し気な関係ではない」
「そんな……」
茫然とするホシノに、カミガヤは冷たく言い放った。
「随分馴れ馴れしいじゃないですか。うっとおしいんで、今は話し掛けないでくれますか」
「あ……」
短く言葉を漏らして黙ってしまったホシノに、カミガヤは何の反応も示さない。まるで路傍の石だ。
「では、改めて。ネフティスの理事の一人を勤めさせて貰っています。瀬戸カミガヤです。短い付き合いになるでしょうが、宜しくお願いします。シャーレの先生」
アビドスの校庭で倒れていた二人の片割れ。ホシノではない方の人物と同じ顔で、カミガヤはそう告げた。