ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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323話 お前たちの青春って、醜くないか?

「理事……? あり得ません。まだ二年しか経っていないんですよ……?」

 

 

 カミガヤの言葉に、ノノミはかぶりを振った。

 

 

「たった二年で私の世話係から、理事に……? 一体何をすればこんなこと……」

 

「裏技を使えば簡単ですよ? ネフティスを救い上げればいいんですから。これからやることに比べれば簡単なことですよ。ずっとね」

 

 

 カミガヤは当然のことのように言って先生を見た。

 

 

「それで、先生。砂漠横断鉄道の件はいいです。そちらの契約書の通りにしましょう。契約期限内であれば、支払いはいつでもいいですから」

 

 

 カミガヤは笑顔でそう言ってくる。顔は笑っていても、目の奥は全く笑っていない。声と態度は友好的で、実際には全くそうでない。それはどこか黒服を彷彿とさせた。先生の目の前にいるのは確かに悪い大人だった。

 

 そして、これらの動きの筋道を立てたのはカミガヤだと、先生は半ば確信していた。

 

 この状況に持って行くために、シェマタをビナーヘ向けてワザと撃った。それはアヤネの言うとおりにパフォーマンスだったが、様々な思惑があったに違いない。

 

 あれは囮の側面も持っていた。あれを見た者のうち、シェマタを知っているものは絶対に食いつく。特にゲヘナはそうだ。絶対に取り返そうとしてくることは織り込み済みのはず。シェマタを手に入れるためにゲヘナがやりそうなことは簡単だ。過去の契約を使うか、債券を買い取ること。

 

 二つのうち、ネフティスが一番やられたくないのは債権の買い占めだ。金がないなら債権は買えない。それは真実で、だからこそゲヘナはそうした。確認して、余裕があると安心した。私募ファンドという別動隊を考えもしなかった。それも、カイザーの攻撃に便乗するという念の入れようだ。

 

 その時点で、先生たちは詰みに入っている。契約は砂漠横断鉄道の権利を保障してくれるが、シェマタの権利は保証していない。シェマタと砂漠横断鉄道が紐づけされていたのは、誰も知らないことになっている。それを先生は証明できないのだ。

 

 まだ誰も手をつけていない状態なら何とかなった。列車砲はシェマタとしてそこにあっただろう。でも、シェマタは動かされ、正体不明の物体へと変わってしまった。先生の手札では、シェマタを確保できはしない。

 

 

「君は、何のためにそこまでするんだい?」

 

 

 どうしようもなくなって、先生はずっと聞いてみたかった事を聞くことにした。

 

 ノノミの驚きようからして、二年で理事になるのは並大抵のことではないのだろう。そこまで登りつめて、何かしらの大きな犠牲と長い時間を払って、まだ学生である年にしか見えない青年は、シェマタを手に入れた。

 

 シェマタで何をしたいのかが、分からない。あれは破壊にしか使えない物で、ここまで登りつめた人間が欲しがるものには思えない。どうにも違和感が付き纏うのだ。

 

 

「何をしたいか? そういえば言ってませんでしたね。簡単です。ある意味で、其方の方々がやっていた事になりますか」

 

 

 カミガヤは、半数が項垂れる対策委員会に目をやる。対策委員会がやっていた事といえば一つしかない。

 

 

「アビドス高校の廃校を止めるのかい?」

 

「まさか、違いますよ。結果としてアビドスが復興するだけで、私は金を稼ぎたいだけです。アビドスに列車を走らせて、ここを輸送基地にしたいだけ。アビドスは物流の中心になれるポテンシャルを秘めている。そもそもの砂漠横断鉄道の目的はそうなんです。何処かの誰かが余計な事をしなければね」

 

 

 そういえばと、先生はキヴォトスの地図を思い出す。アビドスはトリニティとゲヘナに挟まれた場所にある。立地だけなら最高だろう。出来ればの話であるが。

 

 

「砂嵐はどうするの?」

 

「手はありますよ? 心配して頂けて嬉しいですがね。まぁ、それの成功の可否に関わらず、アビドス高校は廃校でしょうが」

 

「ふざけないでよ!?」

 

 

 いよいよ我慢できなくなったのか、セリカがカミガヤを怒鳴りつけた。

 

 

「廃校なんかにされて溜まるもんですか!? あんたになんか、絶対に負けやしないんだから!」

 

「誤解が生じているようだ。私がアビドス高校を潰すと考えているんですか?」

 

「それ以外に何があるって言うのよ!? 私たちがお金を稼ぐのに邪魔だから、潰そうって言うんでしょう!? ノノミ先輩やホシノ先輩に酷いこと言って!?」

 

 

 カミガヤの落ち着いた態度に怒り過ぎて、セリカの顔が真っ赤になっている。反対にカミガヤの顔は冷めきっている。

 

 

「はぁ……会計のくせして算数が出来ないんですか? 三年後、アビドス高校はどうなってると思うんですか? このまま、細々と存続するとでも考えている?」

 

「それの何がいけないのよ!? 借金だって返す先は変わったけど、目処は付いてるのよ!?」

 

「そこですよ。対策委員会は致命的な勘違いをしている。ずっと、初めから。あの愚かな生徒会長ですら分かっていたことを分かっていない」

 

 

 カミガヤの言葉に蔑みの色はない。それがただ不気味だった。

 

 

「何故アビドスはこんな風になったんですか? 砂嵐など、何回も起こったのに。一度の特大の砂嵐で全てが変わってしまったのは?」

 

「それは、砂嵐の借金のせいで……」

 

「違いますよ。それは結果です。結果として法外な利子の借金をする羽目になった理由がある」

 

 

 セリカの勢いは死んでいた。言いくるめられるのもあるが、カミガヤの声に嘲りはなかったせいだろう。

 

 

「かつてのアビドスは巨大な自治区だった。それなりの収入と財源はあったのに、借金塗れになるまで落ちぶれたか。それは見積もりを誤ったから」

 

 

 カミガヤはさっきの列車の見積もりをヒラヒラさせる。

 

 

「見積もりは大事です。会計なら勿論分かっていると思いますがね。ただ、かつてのアビドス生徒会はそうではなかった。あんな特大の砂嵐が何度も来るはずがないと考えて見積もりをした。あり得ない予算運用だ」

 

 

 先生はアビドスがこうなった経緯を思い出す。

 

 砂嵐に飲まれてこうなったと、初めてここに来た時にアヤネが語った事だ。ただ、そこに何かがあるのは初耳だった。それは先生だけでなく、対策委員会もそうだった。全員が目を見開いている。

 

 

「それ故に、自治区の大部分が砂を被り、インフラが長期間使用不能。経済基盤が吹き飛び、住人が流出。普通の砂嵐ですら止められなくなり、今に至ると。確かに不運ではあると思いますがね。余りにも大雑把が過ぎる。体育マットに高級羽毛を使うような連中ですからね。仕方ないとも言えますが」

 

「何が言いたいんですか……そんなの未来から見たから言える事です」

 

 

 復活したノノミが、カミガヤを睨んだ。

 

 

「前のアビドス生徒会も、私たちもやれる事をしました! 住人の皆さんが安心できるように、パトロールとか……」

 

「それで、結果は出たんですか? 対費用効果、その努力に見合った結果は? まさか、やり甲斐なんて言わないでくださいよ?」

 

 

 無慈悲に、それこそ理事らしく。カミガヤはノノミの反論をはたき落した。

 

 

「確かに、お嬢の着眼点は悪くありません。住人へのサービス維持は大事だ。しかし、優先順位があるでしょう? 一度に全てを拾えるほどお嬢の手は大きくはない。先ずはそれを補うための物からでしょう。金ですよ」

 

「じゃあ何をすれば良かったんですか!? 借金塗れの中で、カイザーの妨害の中で、私たちはやったんですよ! 何もない中で必死にやったんです! それ以上、何をやれって言うんですか!?」

 

 

 ノノミは怒っていた。目の前のカミガヤだけではなく、何か他のものにも怒っているように見えた。

 

 その言葉と勢いだけで、ノノミや対策委員会に本気で打ち込んできたのは十分に伝わってくる。先生もそれをよく知っている。

 

 けれども、カミガヤはそうではないらしい。ノノミの熱意など感じてすらいないように冷たい雰囲気のままだ。

 

 

「本当に? やれる事を全部やったんですか? だったら、胸を張ってここに居られたはずだ。カイザー理事との時みたいにね。分かっているでしょう? お嬢。言えないなら、こちらから言いましょうか? 選んだでしょう?」

 

 

 選んだと言う言葉に、ノノミが大きく震えた。

 

 

「手段を選びましたよね? お嬢は手段に拘って、保身に走って、最適解を選ばなかった。誰かに頼るという手を使わなかった。お嬢だけが使えるかもしれなかった手を使わなかった」

 

「私が止めたんだよ……」

 

 

 ノノミを庇うように、ホシノが呟く。

 

 

「ノノミちゃんは、ゴールドカードで借金を帳消しにしようとしたんだ。それを私が拒否したんだ。借金の相手が変わるだけだって。それは君のお金じゃないって。そんな楽な手段を使っちゃダメだって」

 

 

 確か、銀行強盗の時に言っていたことだ。真剣な表情でホシノが語っていたからよく覚えている。

 

 それは予想外だったのか。それを聞いたカミガヤは目を丸くしていた。

 

 

「呆れた……そんな事しようとしたんですか? それは会社の金であって、お嬢の金ではないのに。自分と他人の物の区別も付かないんですか?」

 

 

 グチグチとカミガヤはボヤいた後、ジッとノノミを見た。

 

 

「お嬢がやるべきだったのはね。ご両親に頼る事でした。あの二人なら、なんだってするでしょうし、実際しました。可愛い、可愛い大事な一人娘なんですからね」

 

「そんなの、出来るわけ……」

 

 

 ノノミは悔しそうに呟くだけだ。まぁ、家出同然に抜け出して親を頼るのは難しい。ただ、出来ない話ではない。ノノミのプライドを抜きにすれば。

 

 

「別に全部頼れとは言いませんよ? どうすれば良いかだけ聞けば良かった。少なくとも、ネフティスを運営していたんですから、幾つかのアドバイスだって出来た」

 

 

 視線を上にやったカミガヤが、例えばと口を開く。

 

 

「対策委員会に援助の話が幾つもあったでしょう。殆ど詐欺みたいな物でしたが、幾つかはマトモな物があった。それの見分け方や付き合い方なんか、一番聞くべき事だったんですよ」

 

 

 大きな溜め息を吐いて、ノノミから目を離したカミガヤはセリカを見た。

 

 

「話がお嬢のせいで逸れましたが、アビドスに必要だったのは、人と産業と金です。対策委員会は、対策委員会だからこそ取れた手段を使わなかった。いや、一回だけなら使いましたか。ねぇ、書記さん?」

 

 

 狙いを付けられたアヤネが震えた。シロコが庇うように前に出る。

 

 

「連邦生徒会は助けてくれなかった。それをアヤネは知らなかった」

 

「まぁそうですね。だから、貴女達は諦めた。そこは良いです。仕方のない事です。でも、その次は違いますよね? 貴女達は知って、経験した筈だ。先生は助けてくれる、ちゃんとした大人だと。ねぇ、どうして先生に頼らなかったんです? 顧問にまでなってくれたのに。相談すれば絶対に力になってくれたのに。どうしてですか?」

 

 

 シロコ達が相談しなかったのは嬉しかったからだ。初めて自分たちが望んだ正しさが証明されて、初めて自分が選んだ道を進めたからだ。そうなったのに、選択権や決定権を大人に丸投げする子供はいない。

 

 先生からも積極的に干渉しようとは思わなかった。シロコ達の自主性を大切にしてやりたかった。

 

 カミガヤは迂遠に言うが、それは酷い言い方だった。

 

 

 ──お前たちは最初から間違っているんだから、大人の言う通りにしていれば良かったんだよ。自分勝手に行動した事全てが間違い。

 

 

 まるで毒親じみたそれである。間違いを一片たりとも許さない。余りに苛烈すぎる生き方だ。

 

 ただ、タチが悪いのはカミガヤはそうしたのだろうという事だ。これまでのシェマタの立ち回りからして、そうやって動いた。経験上、そんな事を言う人間はどこか矛盾からの怯えがあるものだが、カミガヤにはそれが見えない。

 

 

「答えられませんよね? そんなだから、こんなことになる。事態を無駄に悪化させただけだ」

 

「そういうアンタは如何なのよ!? 何かアビドスの為にやったの!?」

 

 

 セリカが、またカミガヤを追求した。カミガヤは一拍置いて、セリカの方を向く。

 

 

「……そういえば、貴女は一年生でしたね。今年、アビドス高校に入学したのは二人だけ。そうですよね?」

 

「それが何だって言うのよ! やっぱり何も」

 

「どうして、来年も新入生が来るなんて無邪気に信じられるんですか? 来年誰も入学しなかったら、どうなるか。分からないなんてことは無いですよね」

 

 

 攻め立てようとしたセリカは言葉に詰まる。そんなものは誰も答えられない質問だから。未来の事は誰にも分からない。けれど、カミガヤの言う未来は簡単に予想が出来る。

 

 もし、新入生が来なかったら。三年後にはアビドス高校に誰一人いなくなる。生徒がいない学園は学園としては認められない。つまり廃校が確定する。

 

 

「借金よりも何よりも。貴女たち対策委員会は、新入生を確保しなければならなかった。ここへ入学したいと思うようにするべきだった。借金を返す目途がついたのはいい。けれど、その先を全く考えもしなかったでしょう? 借金を返して終わりではない。そこから始まるんですよ。貴女達は借金が一息ついたなら、先生とそれを相談するべきだった」

 

 

 セリカは何かを言い返そうと呻く。呻いて、何かを思いついたらしい。俯きから復帰した顔には希望が宿っている。

 

 

「でも、見学が来たのよ。これは来ないなんて言いきれないんじゃない? この間の事件で、私たちは活躍したから」

 

「ああ、私立ネフティス中学からの見学者ですか」

 

「そう……待って、何で知ってるのよ……」

 

「当たり前でしょう? アビドス内で稼働している中学校はそこだけですから。それで、その学校の名前は、なんでしたっけ?」

 

 

 セリカは顔が青くなった。先生も背中に冷や汗が伝う。残っていた中学校の名前を思い出したからだ。

 

 

「私がアビドスの為に何をしたか……でしたっけ? 私立ネフティス中学校を維持しましたが? これに文句があるなら聞いてみたいものですよ。ねぇ?」

 

 

 セリカはおちょくられた羞恥と怒りで、プルプル震えていた。それを見たシロコが肩を怒らせて、カミガヤに立ち向かった。

 

 

「どうして、ネフティス中学校なの? 私たちのいるアビドス高校でもよかったはず。寧ろ、そっちが道理にかなってる」

 

 

 それは、当然の疑問でもあった。生徒会組織を持ち、猫の額ほどの自治区の保持をしているのは対策委員会だ。支援をするならそこになる。けれど、先生はもう、カミガヤがそうしなかった理由には想像がついていた。なにせ、似たような事例を聞かされたことがある。

 

 そして、カミガヤの表情を見る限り、それは当たっているように思う。

 

 

「ああ、それはね。無駄だからです。話を聞いていなかったんですか?」

 

「は?」

 

「疑問に思わなかったんですか? どうして私が貴女達の活動を知っているかって」

 

「まさか、全部知って……」

 

 

 ドスの利いたシロコの声が尻すぼみになっていく。恐らくはカミガヤの言っている意味を把握したに違いなかった。

 

 

「そうですよ。私は貴女達、対策委員会の軌跡とやらを知っています。全部調べて、評価して、その価値が無いと判断した。さっきまでのは全部、その説明だったんですけどね」

 

「君は、アビドスの支配者になるつもりなんだね」

 

 

 先生がそう言えば、少しカミガヤは驚いた顔をして、頷いた。

 

 

「結果的に言えばそうなりますかね。アビドス高校が機能を失えば、学園としての機能を残すのは私立ネフティス中学校ただ一つ。アビドスの支配者、そういう見方もできるでしょう」

 

 

 カイザーの時と同じだ。カイザーはアビドス高校をホシノを利用して廃校にしようとした。それは、生徒会組織の喪失という形でだ。空白地帯になった自治区に、その土地の所有権を持つカイザーが後釜になるという筋書き。

 

 今回の場合は、もっと悪辣だった。私立ネフティス中学校は、連邦生徒会に認められている学校組織。だから、設立を認めないという手は使えない。アビドス高校がなくなれば、アビドス高校の権利がそこへと自動的に滑り込んでくる。キヴォトスに企業を主体とした学園が誕生する。

 

 そのことをいち早く理解したのか、ノノミが三度目の立ち上がりを見せた。

 

 

「カミガヤさん! あなた、どこまで自分勝手な──!」

 

「──自分勝手?」

 

 

 背中に、冷たい何かを突っ込まれたかと思った。そう錯覚するほどの何かが、カミガヤから放たれている。

 

 

「貴女達は連邦生徒会に認められた、アビドスの生徒会組織。このアビドスを守り発展させる権利と義務と責任がある。それなのになんですか? 手段を選び、助けを拒み、問題を見ないふりをし、それで十分やっている? ふざけているんですか? 貴女達の失敗は、アビドスに住む者全員の問題なんですよ。大人も子供も関係が無い。訓練もリハーサルもない一発こっきりの本番しかない。それなのに、自分勝手?」

 

 

 表情は変わらない。口調も元のまま。それなのに、怒っているのが分かる。カミガヤは明確に怒っていた。

 

 

「好き放題やっているのはそっちです。生徒だから、子供だから。そうやって責任がないような風に過ごしている。それでも世界が回るのは、誰かが責任を被って、やらなきゃいけない事をやってくれていたから。行動には責任がつきものだ。だが、この世界はそうじゃない。自分の物じゃない責任を押し付けられるのは、もう御免なんです。だったら、自分でやった方がまだいい。こんな世界はもう懲り懲りだ」

 

 

 ピシリピシリと、何かが軋む音がする。先生以外の誰もそれに気づかない。何か致命的なものが壊れる音がする。

 

 けれど、それは先生にしか聞こえないようだった。カミガヤとノノミの二人が言い争っている。

 

 

「大体、私ばかりに怒りますけど。ゲヘナはどうなんですか?」

 

「あの二人は! カミガヤさんみたいに私たちを騙したりなんか──!」

 

「列車砲が幾らか知っていますか? ざっと、百億に届かないくらいです。それで、アビドスの債権は幾らでしたっけ?」

 

 

 ノノミの目線が、ゆっくりとゲヘナの二人に向かった。二人は顔を顰めている。

 

 ゲヘナの二人は、アビドスの債権を買えるだけの金を出すと言った。債権の値段は、今は上がってしまったものの最初は違った。アビドスの借金、九億円を少し下回るくらい。債権はアビドスの借金だから、その総額を下回るのは当然のことだ。

 

 すると、どうだろう。列車砲シェマタの価格と釣り合いが取れない。これではゲヘナが買い叩こうとしたように見える。二人の表情を見る限りは、実際そうなのだろう。もしかしたら、マトが後回しにした話題が、その件なのかもしれない。

 

 だが、それを今の対策委員会は気にする余裕はないだろう。それをカミガヤも分かっているのか、口元が笑っている。

 

 

「これで、私が支援しない理由が一つ増えましたね。いや本当に、ここが私たちの青春の場所だからでしたっけ? そうだとしたら、貴女達の青春って、醜くないですか?」

 

 

 何故アビドスに固執するのか。カイザー理事の問いに対しての答え。それをカミガヤは醜いと言う。

 

 

「ねぇ、そうでしょう? 本当にそれは貴女の望みでしたか? 他人の物じゃないんですか? 普通は諦めて出て行くんですよ。他の皆はそうしているのに、何故諦めないんですか? きっとここ以外なら幸せになれる。友達だって出来る。大切な人だってできるかもしれない。ここにはなにもない。砂と廃墟と、辛い思い出しかないのに」

 

「それは……それは……」

 

 

 カミガヤはホシノに近づいて、優しく問いを投げかける。ホシノは混乱して、上手く答えられてはいない。どこか、ホシノを見るカミガヤの目の奥には光があったような気がした。

 

 

「ホシノ先輩から離れて!」

 

「はいはい。離れますよ」

 

 

 シロコの声に、カミガヤは下がるも。何かを思いついたように手を叩く。

 

 

「ああ、そうですよね。貴女は現実主義で賢い。そうなのに離れない。それは後輩が来たから、貴女はここから離れられなくなった。見捨てるのは気分が悪いですもんねぇ……後輩の為に、自らの青春を投げ捨てたわけだ。先輩をやってあげている。健気で泣かせますねぇ……哀れすぎて」

 

 

 口調とは裏腹に冷たい視線が、シロコ、ノノミ、セリカとアヤネを射抜く。

 

 

「行き倒れに、逃亡者に、考えなし。最後はまぁ、マシですか。無駄に延命するだけ質が悪いですがね。責任ある立場に就いている癖に、責任を取らない。手段を選び、上手くいかないなら何かの所為にする。いいじゃないですか。生きやすそうで。生徒はいつもそうだ。いつもどうにも無くなった責任を投げつけてきやがる。そんなに綺麗でいたいのなら、何もしなくていい」

 

 

 カミガヤは一度言葉を止める。荒ぶった言葉に気づいたらしい。直ぐに元に戻るのが、どこか先生は悲しかった。

 

 

「はぁ……結局、目的はこうです。見せかけの青春で汚れた道を、綺麗に整備してやると言ってるんですよ。力不足の貴女方に代わってね」

 

「コイツ!!」

 

「もう撃つよ。セリカ」

 

 

 セリカが我慢の限界に達したのだろう。遂に銃を向けた。シロコなど、もう引き金に指を掛けている。

 

 

「何やってるんだい!? 一々挑発なんかに乗るんじゃないよ!?」

 

「そうよ。落ち着いて、どうなるか分かるでしょう?」

 

「ダメだよ。シロコ……」

 

「でも、でも!」

 

 

 マトとヒナと先生の説得に、シロコは睨みつけて反抗する。それをカミガヤは、ニコニコ笑って見ている。

 

 

「ほぅら、また迷惑を掛けて……いつも助けられて恥ずかしくないんですか? 貴女なんか、最初から居ない方が良かったんじゃないんですか?」

 

「──ッツ!!!!」

 

 

 もう駄目だと、先生は直感した。カミガヤはシロコの地雷をワザと踏みつけたからだ。きっとホシノへの言葉で、ある程度のアタリをつけたに違いなかった。

 

 このままでは、シロコはカミガヤを撃つだろう。撃ったらどうなるか、それは決していい未来を呼びはしないだろう。

 

 

「シロコ! ダメ──!」

 

 

 シロコの銃の引き金が引かれる直前、窓ガラスの割れる音が響いた。

 

 

 □

 

 

 ホシノは、半ば起きている感覚が無かった。目の前では後輩たちがカヤツリに怒っているのに、自分はそれを止めなければならないのに。身体が中々動いてくれない。

 

 

 ──だめだよ。止めなきゃ……

 

 

 そう思って、立ち上がろうとしても、足はすくんで動かない。身体と心が分離してしまっている。

 

 

 ──待ってよ。なんで、そんなこと言うの? 私に怒ってるのに、どうしてシロコちゃん達に……

 

 

 あれは、カヤツリだ。名前や細かいところを変えても、ホシノには分かる。魂がそう言っている。あれは、カミガヤなどではない。カヤツリでしかない。

 

 カヤツリは、後輩たちを詰って貶めていた。あれは昔のカヤツリだ。悪い大人相手に立ち回っていたカヤツリ。ホシノに怒っているなら、ホシノに怒ればいいのに。後輩に怒っている。

 

 ホシノには優しい言葉を掛けるのみだ。内容はホシノの求めた物とは大きくかけ離れているのを除けば喜ばしい事だった。だが、今はそれに浸っている暇はない。シロコを早く止めないと、とんでもないことになる。

 

 このままでは、カヤツリは大義名分を手に入れるだろう。そうしたら、カヤツリは手が付けられなくなる。けれど、ホシノには分かっていた。

 

 

 ──これは、間に合わないね……

 

 

 シロコは完全に頭に血が上っていた。カヤツリの得意技に嵌まってしまっている。もう、ホシノの声ですら届かないだろう。シロコの仲間想いの良いところが、完全に悪用されていた。それでも、懸命に身体を動かすが、どうやら間に合わない。

 

 万事休すかと思われたが、部屋にガラスの割れる音が響いて、何かが部屋に飛び込んできた。

 

 

「な──!」

 

 

 飛び込んできた人間ほどの大きさのそれは、三つの何かを振り落としながら、思い切りシロコに体当たりを敢行。シロコを教室の外の廊下まで吹き飛ばした。

 

 大きく黒光りするそれは、音もなく空中でゆっくり回転している。それをホシノはよく知っていた。

 

 

 ──アレは、カヤツリの……

 

 

 カヤツリのレールガンだ。フォルムは大きく変わって、どういった理屈か空中浮遊しているし、ヘイローの気配も感じるが間違いない。当てが外れた様にしかめ面のカヤツリに、すり寄る様に浮遊していた。

 

 

「ひぃん! 痛いです……」

 

「ビナちゃんさぁ……急に何なの?」

 

「何で私たちを乗せたままで来るんですか!? 痛いじゃないですか!?」

 

 

 床から三つの小さな人影が立ち上がって、何かを言っていた。見たことない制服を着た白い少女だ。一人は懐かしい悲鳴を上げて、二人は浮遊するレールガンに文句を言っている。

 

 

「君たちは……どうして……? あの時、止まってしまったはずじゃ……」

 

 

 先生は、この三人を知っているのか。よろよろと近づいていく。けれど、三人は怪訝な顔をするのみだ。

 

 

「ソフ、この大人の人……誰ですか?」

 

「知らないよ、アイン。オウルなら知ってるんじゃないの?」

 

「知りませんよ、ソフ。思うに、昔の顔見知りなんじゃないですか?」

 

 

 それを聞いた先生はショックなのか、感動なのか。茫然と立ち止まってしまっている。けれど、ホシノはそれどころではない。三人がカヤツリに近づいたからだ。

 

 

「……何で来たんだ? 今は仕事中だ」

 

「学校でビナちゃんに乗って、空中散歩をしてたんですよ。そしたら急発進したんです! この状況を見るに、危険を察知したんでしょう」

 

「ああ……そのままくっついてきたわけか。こんな機能があるなんて聞いてないぞ……」

 

 

 この状況はカヤツリの所為らしい。恐らくはシロコの敵意に反応して、あのレールガンが飛んできたのだろう。納得するホシノの耳に、オウルとやらの声が響いた。

 

 

「兎に角、謝罪を要求します。貴方の所為なんですから……」

 

「後にしろ。今は取り込み中だ」

 

 

 カヤツリは仕事中だからか、にべもない。そう言われたオウルは頬を膨らませる。また文句を言おうとしたのだろう。口を開けようとして、途中で何かを思いついたのか、にやりと笑った。

 

 

「何ですか。私たちのパパなら、パパらしくしてくださいよ」

 

 

 空気が凍った音がした。ハイランダーのCCCも、眼帯の監督官も、シロコ達もヒナも、先生も。目を見開いて、カヤツリを見ている。

 

 勿論、オウルの発した言葉は、ホシノにもよく聞こえた。

 

 

 ──パパ? 誰が? 誰の? カヤツリが、パパ? 相手は誰なの? 私じゃ……ああああああああああ!

 

 

 ホシノの頭に嫌な負荷がかかる。考えてはいけない事を考えようとしたせいだ。けれど、考えないようにしても、カヤツリがパパという現実は無くなってくれない。

 

 部屋の電気が切れるように、ホシノの視界は真っ暗になって。ブツリと意識は途切れた。

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